ポケットモンスター。
縮めてポケモン。
この世界に住む不思議な不思議な生き物。
空に、海に、森に、街に。
世界中の至る所に彼らはいる。
この世界の人々はポケモンと力を合わせ、共に暮らす。
当たり前の、日常だ。
俺は、そんな世界に転生した。
今はもう一端のポケモントレーナー。
ポケモンを育て戦わせ競い合う人たち。
色々あって、その中でもジムリーダーというちょっと凄いポケモントレーナーになった。
カブさんに勝利して、オープン戦を終えて8位。
ここでリーグ戦が終わればメジャージムなのだが、残念ながらまだまだ続く。
今までの成績を思えば大躍進の結果だが、油断してはいけない。
激闘を乗り越え、大きな経験を得る事は出来たが、急に強くなれるわけじゃない。
むしろ何かを掴んだ気がする今だからこそ、その感覚を確かめなければ。
勝って兜の緒を締めよ。勝った時こそ、心を強く持たねばならない訳だ。
ここからリーグ戦はしばらくお休みだが、出来る事はたくさんある。
新たなメンバーの選出、戦術の研究。
ここからはルールも複雑化していくから『もちもの』への知識も重要度は増していくだろう。
休みの期間をいかに活用するかは、ジムリーダーとしての才覚が試される部分だ。
当然、俺だって色々と考えている。
まずは――――
「あぁ、布団から出たくない」
翌日、俺は布団の中に居た。
太陽はもう高い。お昼前かな。
特訓?勝って兜の緒を締めよ?
すみません、よく聞こえませんでした。
頑張った次の日くらい休ませてくれ。
俺にとっては全てを出し尽くした試合だったんだよ。
しっかり休む事だって大切だろ。
よく働き、よく休む。
それだって立派な事だと思うんですよ。
ただまぁ、あんまり寝続けるのもよくない。
ポケモン達のご飯があるからな。
ネーナジムの裏はルミナスメイズの森と繋がっている。
俺は基本ポケモン達を放し飼い気味にしていて、きのみなんかも好きに取っていい事にした。
ポケモン達は活動時間がバラバラだから、各々朝ごはんは好きな時間に適当に食っているはずだ。
夜ごはんも寝るのが早いポケモンが多いので、別々。
俺と言う人間と一緒に暮らしているせいか、虫なのに夜行性の子は少ない。
なるべくみんなで一緒に取りたいな、と思っている俺としては昼ご飯が狙い目だ。
そのためにポケモンフーズは大量に用意している。
だから起きなければいけない。
起きなければいけないんだけども、今日は少しだけ寒い。
あとちょっと、あともう少しだけ‥‥。
ぐうぐう。
「ヤッテキマッシャー!!」
「ぐえー!」
突然、襲い掛かってきた影に布団が勢いよく奪われた。
影は素早く去っていったため、姿は見えなかった。
くそっ!一体何ガノンなんだ!
「ふんわわ」「ふわわ」「あいすすー」
いつの間にか同じ布団の中に居たらしいユキハミ達もあわあわと行き場をなくしてしまっている。かわいそう‥‥いや、道理で寒いと思ったよ今日!
別に寝床用意してるんだから、そっちに行ってくれ。
かわいいから許すけどさぁ!
「くっ…起きるしかないか…」
「ふんわ」「あいすすす」
掛け布団を容赦なく剝ぎ取られたため、仕方なく立ち上がる。
脚の周りにまとわりついてくるユキハミ達を踏まないように慎重に。
それにしても、どこまで布団持って行ったんだ?
ちゃんと返してくれるんだよな?
まずは顔を洗おうと洗面台に向かう。
「ぷぎゅるぷぎゅ」
「ぷぎゅ?」
何故か洗面台の周りにはレドームシ達が集まっていた。
いや何で?レドームシ達は集まって洗面台に流れる水を見ているようだ。
普段家の中でこんなに密集する事ないんだけど…。
「ちょっとどいてくださいな」
そう言いながら洗面台に近づこうとするが
「ぷぎゅる!」「ぷぎゅ!」
何か抗議してきた。
だが、全く分からん。
信じらんない!お父さんの靴下と一緒に洗わないで!みたいな感じだけど、何言ってるか全くわからん。
「ぷぎゅぎゅ」
いや、分からんて。
ただでさえ起き抜けで頭回ってないんだよ、俺は。
起きてても回ってないけども。
どう説得するべきか…と洗面台の前でぼーっと突っ立っているとレドームシの方で動きがあった。
「ぷぎゅっぎゅ!」「ぷぎゅぎゅ!」
レドームシ達が体の模様を光らせて、サイコパワーを発揮する。
「おお」
《ねんりき》で水を持ち上げ、オニシズクモのように水泡を作り上げた。
洗面台でこれを練習していたのか。
素直に拍手してしまうと、レドームシ達が心なしか胸を張ったように自慢気だ。
……胸、どこだ?
さて、用事も終わったようだし俺も顔を洗わせてもらうか。
「よし、じゃあ終わったならガボボボボボボボ!!」
「ぷぎゅ!」「ぷぎゅぎゅ!」
レドームシ達に顔面を全自動丸洗いされた後、リビングへと辿り着く。
休みたいって言っているのに、どうして自分のポケモンに襲われてるんだ俺は。
「‥‥ッス」
「アィアン!」
リビングでは既にヘラクロス達が昼ご飯の準備を始めていた。
倉庫から重たいポケモンフーズの袋を取り出して、みんなのための皿も並べている。
あるぇー?トレーナー要らないんじゃないのこれ。
作業の邪魔にならないように端っこの方でコーヒーを淹れる。
そうしていると、アブリボンが近寄ってきてコーヒーの中に《かふんだんご》を放り込んだ。
おかげでちょっとコーヒーがこぼれちゃったけど、まぁ美味いからよし。
蜜で味付けされて少し甘くなったコーヒーを飲みながら、今度はリビングから庭に出る。
うちは普段過ごしているリビングと庭が直接繋がっていて、ポケモン達が行き来出来るように基本的には常時開放状態だ。
庭の奥はルミナスメイズの森に繋がっているから、最近だと孵化で増やしたスコルピ達はせっせと住処を作っていることだろう。
孵化で思い出した。
ポプラさんから貰ったタマゴはまだ生まれそうにない。
孵化装置に入れて、なるべく持ち歩くようにしているけれど、先は長そうな気がする。
一体どんな子が生まれてくるのか、楽しみだ。
「ギュオオン!」
「テッカァァァァァ!」
庭では、ペンドラーとテッカニンが競走していた。
速過ぎて土埃しか見えないが、あんな速さで走るのはあの二匹しか居ない。
いつもは無口なテッカニンが珍しく熱くなっている辺り、真剣勝負っぽい。
‥‥それはいいけど、どこまで行くんだあいつら?
スピードの向こう側でハードラックとダンスしに行きそうな二匹を見送って庭を歩く。
起きた時はユキハミのせいで寒いと思ったけれど、今日はむしろ陽射しのおかげか暖かい。
朗らかないい天気だ。
日向ぼっこしないともったいないような晴天だ。
こんなこともあろうかと、ネーナジムの庭先で最も日当たりのいい場所には日向ぼっこ用のベンチが置いてある。
‥‥まぁ、置いたの先代だけどな。
「‥‥‥‥」
「えっ」
誰もいないと思ったら先客が居た。
俺の全く予想していなかった相手だ。
「あー、いい天気だもんな?」
甘いコーヒーを片手に俺も隣に座った。
俺の隣で遠くを見ているのか、見ていないのか。
手足をダランとぶら下げて、光の灯っていない眼が庭を向いている。
隣に座ると少しだけ反応があった。
「ビババグ…」
イオルブ。
ななほしポケモン。
タイプはむし・エスパー。
俺の、エースポケモンだ。
そろそろ第一部終わります