エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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がんばりや②

 

 

イオルブの一番古い記憶は、ボールの中から見上げた少年の姿だ。

 

 

 

野生だった時のことはほとんど覚えていない。

石ころを握りしめた少年が飛び出して、気付けばボールの中に居た。

 

 

 

「サッチムシ、ゲットだぜ!‥‥なんちゃって」

 

 

 

ボールから見上げた照れくさそうに笑う姿が、いつまでも記憶に焼き付いている。

 

 

 

自分を捕まえた少年は不思議な人だった。

どこか子供らしくなく、独り言が多い。

独り言によると、初めての「おこづかい」を貰ってすぐにモンスターボールと列車の代金で使い切ったらしい。

 

主人はまず、自分をバトルに連れまわした。

 

「えーっと《むしのていこう》?とりあえず攻撃技か」

 

少年は技の使い方すら知らなかった自分を教え導いてくれた 。

指示に従えば天敵だったはずのココガラにも勝利出来た。

戦闘が終わるたびにオレンのみを食べさせ傷を治してくれた 。

いつかポケモンを捕まえた時のために集めていたらしい。

そして、慌ただしく次の戦闘を始める。

 

そうやって、日が暮れるまで野生のポケモンと戦わされた。

 

日が暮れる頃には、姿が変わった。

レドームシになった自分は新たな力にも目覚め、感じ取れる世界も大きく広がった。

知らなかったものを知り、分からなかったことが分かるようになっていく。

 

翌日にはもう、昨日苦戦した相手を易々と倒せるようになった。

 

「流石虫ポケ。進化が早いな」

力と世界を与えてくれた『主人』に敬意のような感情を抱くようになった。

もっと役に立たなければ、と思うようになったのも自分の中では自然な事だった。

 

 

 

 

 

 

どうやら自分の主人はバトルを好んでいるようだった。

 

自分を手に入れたのもきっとバトルの為だろう。

常にバトルの相手を探し求め、自分を連れて挑みかかる。

地元ではあっという間に有名になった。

「めとめがあったらポケモンバトル!」

「うわっ!またアベリだ!」

「目を合わせるな!追いかけてくるぞ!」

毎日毎日。その内、近所の人たちから勘弁してくれと言われるまで。

仕方ないので辻バトルはやめることになった。

 

次は子供の参加出来る大会にも出場するようになり、大会でも大人に負けない実力で優勝を奪い取った。

 

 

バトル漬けの日々に経験値は着実に貯まり、次の進化もすぐにやってくる。

 

「テントウムシ…か?レディバと全然違うなー」

更に巨大化した頭部。それにぶら下がるような手足。

身体を持ち上げるサイコパワーはより強力になり、感じ取れる世界が更に広がる 。

だが、イオルブはそんなことよりも主人の隣にさえ居られればよかった。

「とにかくすげえかっけえからよし!」

 

 

誇らしい主人の隣こそがイオルブが欲しかったものだったからだ。

「ビババグ!」

 

 

 

 

 

 

主人の隣がすっかりイオルブの定位置になり始めた頃。

少し大きな大会に優勝した主人へ、ジムチャレンジという催しへの推薦状が届いた。

ジムチャレンジというのは、ガラルで最も大きなトレーナーの催しだそうだ。

 

当然、主人は参加する事を決めた。

大いに喜び、イオルブを持ち上げて振り回した。

両親も喜び、その日は主人の大好きな料理が食卓にたくさん並んだ。

かつてバトルしていた近隣の子供も大人達も次々に訪れ「ライバルとして鼻が高いよ」「アベリ君は俺が育てた」等と調子よく茶化して、追い出された。

 

イオルブはよく理解していなかったが、誇らしいものならば主人に相応しい、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、この旅が終わったらどうする?」

 

次の目的地へと向かう列車の中。

イオルブはボールから出され、主人の向かいに座っていた。

正確にはサイコパワーで自分を浮かせているので、座ってはいないが。

 

主人は退屈そうに窓の外で流れる風景を見ている。

 

ジムチャレンジが始まってしばらくが経った。

 

主人は、退屈そうな顔が増えた気がする。

どうやらジムチャレンジャーの中で、主人の強さは突出しているようだ。

退屈そうなのはジムバトルに歯応えを感じていないからだろう。

 

「旅が終わったらっつうか、将来的にさー」

主人は手元でジムリーダーから貰った名刺を遊ばせる。

チャレンジ後、是非来てくれと言われて渡されたものだ。

「考えなかったなー仕事とか。ゲームだとバトルさえしてればよかったんだし…」

うーん、と唸りながら悩む。

イオルブにはよく分からない。

主人はバトルがしたいのだから、ずっとバトルをしていればいいのではないか。

しかし、主人は聡明だ。

きっとイオルブには理解出来ない深謀遠慮があるに違いない。

イオルブに分かるのは、どんな道を選ぼうと自分が傍についていってみせるということだけだ。

「あっ、そもそも優勝したらチャンピオンじゃん」

はっと気づいたように呟く。

主人はスマホロトムを呼び出すと、チャンピオンの『しょーがいねんしゅー』などを調べ始めた。

チャンピオンというのは、一番強いトレーナーの事だ。

同世代だけでなく、大人にも負けた事のない主人がチャンピオンになる事は何もおかしくないだろう。

楽しそうに調べる主人の顔に先程までの暗さがなくなったことにイオルブは安堵した。

 

ジムチャレンジはまだまだ続く。

徐々に厳しくなっていくらしいので、きっと主人の退屈も減るに違いない。

主人の飢えを満たす相手が現れる事を、イオルブは静かに願った。

 

 

 

 

 

 

 

願いはすぐに叶った。

 

 

 

バトルのきっかけは些細な事だ。

1人のジムチャレンジャーが泣いている所に主人が通りかかった。

話を聞いてみると、彼女は誰かに相談したかったのかポロポロと話してくれた。

彼女は実力がそれほど高くなく、何よりもバトルが好きではないらしい。

それなのに両親に期待されてジムチャレンジに参加してしまった。

だが、家族のように育ったポケモンが傷つく事も、他人のポケモンを傷つける事もやはり苦手だ。

 

話を聞いた主人はため息を吐きながら解決策を提案した。

「じゃあリタイアしなよ」

ジムチャレンジャーには常にリタイアが認められている。

実力から厳しいと思ったり、どうしても辛くなったら辞める事が出来るのだ。

その上で両親に改めてバトルがやりたくないと相談してみたらいい。

このまま苦しみ続けるよりも遥かにマシだろう。

 

 

イオルブは主人が言うならそうすべきだと思ったが、彼女は泣きながら首を振るばかりだ。

面倒だが、泣いている女の子を道端に置いていく事もし辛い。

 

そこにやってきた少年がマクワだ。

マクワはどこか澄ました雰囲気で呆れたような口調で割って入ってきた。

 

「やめてあげなよ」

 

「あ?」

 

恐らく主人が少女にリタイアを強要していたように見えたのだろう。

「おっと。お前あれだろ?ジムリーダーの息子だとか言うお坊ちゃんだ」

それに対して、煮え切らない態度にイライラしていた主人が挑発するような物言いをして、マクワが静かに勝負に乗った。

 

 

「なんだよ、俺とバトルする気か?

 いいけど、俺強いからさ。負けても、泣いたりするんじゃねえぞ?」

 

 

「おぼっちゃまのマクワがしょうぶをしかけてきた!ってな!」

 

 

 

 

 

 

 

初めての、敗北だった。

 

実戦的なバトルスピードに翻弄され、主人の指示が間に合わなかった。

イオルブ自身、体験したことのないバトルに混乱してしまった。

マクワのてもちも何匹か倒したが、最終的にイオルブは倒れた。

 

 

 

目が覚めるとポケモンセンターに居た。

「‥‥‥‥」

主人はイオルブの体調を軽く確認すると何も言わずに、何か考えている。

沈黙が辛い。

イオルブは主人の顔を見る事が出来なかった。

初めての敗北。

初めての敗北なのだ。

叱咤されるに違いない。もしかしたら自分は捨てられるかもしれない。

 

「楽しみだな」

 

恐怖していたイオルブは、だから主人が呟いた言葉の意味が解らなかった。

 

 

「やっぱりライバルは強くないと。このままあっさりチャンピオンになれたら、むしろ嫌だし」

 

 

顔を見上げる。

主人は笑っていた。

牙を見せる不敵な笑みだった。

 

「行くぜ相棒。ここからリベンジだ」

 

主人の目には今までにないものがあった。

それは『決意』と呼ぶのかもしれないし、『夢』と呼ぶのかもしれない。

あるいは、そんな大それたものではなかったのかもしれない。

ただイオルブに分かったのは、その旅の隣に自分が居てもいいという主人の言葉だけだった。

 

 

 

旅と夢の終わりのことなど、何も分かりはしなかったのだ。

 

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