エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

38 / 79
がんばりや④

 

夢を見ている。

何故夢だと思ったかと言えば、余りにもイオルブに都合のいいものだったからだ。

 

主人の夢だ。

主人が大きなスタジアムでバトルをしている。

 

輪郭も、声色もはっきりとしない。

目も耳も、もう嫌だと情報を拒絶しているのだ。

だが、きっとそこにいるのは主人だ。

スタジアムで堂々と立つ主人の姿を間違えるはずもない。

 

過去の記憶を見ているのだ、と最初は思った。

 

最早自分に縋れるものはそれしかない。

ジムチャレンジやセミファイナルの輝かしい思い出に縋りつくような夢なのだ、と。

悲しくて、辛かった。

現実から逃避してしまう自分の弱さにまた絶望したが、夢の情景はそれでも輝かしい。

文字通り夢見ていたものなのだ。

夢だから仕方ない、と必死に言い訳をして見続けた。

幸い、夢はすぐには覚めなかった。

 

浅ましい事にもっと見たいと思ったのか、少しずつはっきりと見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

見ていると、どうやら過去の映像ではないようだと気付く。

 

夢の中の主人はイオルブの知る過去とは違った。

バトルは常に劣勢で進み、最後は敗北で終わる。

勝利のみを重ねていた主人からは想像も出来ないような姿だ。

 

何故、自分はこんな夢を見るのだろう。

 

主人に辛い目にあって欲しいなど考えたことはない。

それなのに、どうして。

 

 

気付けばもうイオルブは夢を疑うこともなく、ただ知りたくてそれを見ていた。

 

目が少しずつ見え始める。

以前よりもはっきりと戦況が分かる。

相手の実力は主人より遥か高く、主人の一手二手先を行く。

たった一つの読み間違い、知識不足があっという間に致命傷。

はっきり足りないと思い知らされるような敗北がただ積み重なっていく。

 

 

耳が少しずつ聞こえはじめる。

周囲から心ない言葉が投げられている事に気付いた。

「実力が足りていない」「むしジムは酷い八百長をしてたとか…」

耳を塞ぎたくなるような雑音の渦中を歩く主人。

 

その表情は、まだはっきりと見えない。

 

 

 

敗北と非難の汚泥に塗れながら、主人の足取りは止まらない。

時折道に迷う素振りは見せるが、「前に進む」という一点だけは迷わない。

 

何故だろうか。

 

イオルブには分からない。

 

イオルブはいつも分からない。

主人の事を一つも理解出来ないまま、それでもいいと思ってついていった。

だけど今、イオルブには考える事しか出来ない。

ただ夢を見る事しか出来ないイオルブは主人について考え続けた。

あんなに鈍く重かった頭脳が、少しずつ動き始める。

 

夢の中の情景がきりばらいされ、見える部分が増えていく。

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■?」

ノイズだらけの言葉。まだ夢の中の全てが分かるわけではない。

誰かが主人に疑問を投げかけているようだ。

聞いているのは同業のジムリーダーか、興味本位の記者か。

あるいは道行く知らない誰かかもしれない。

主人は答えた。

 

 

「やめられないんだから仕方ない」

 

 

仕方ない。

そう言って主人は変わらずに日々を過ごす。

 

負けて、謗られ、負けて。

きっと主人には選べなかった。

この苦境は望んで得たものではなく、無理矢理与えられたものなのかもしれない。

だから「仕方ない」。

 

 

‥‥イオルブの知る主人は、そんな人間だっただろうか。

主人はいつも、どんな顔をしていただろうか。

 

 

 

 

夢の中が更にはっきり見えていく。

 

主人の日常は流れる。

思っていたよりも穏やかに流れる。

 

「あの《で■■ほう》が当■■てれば■の■ちだった■だよ」

 

「■■ュー戦、負け■んだ■てな!」

 

「一寸の■■■■分の魂ってな!■の魂な■んじゃねえ■!■■ー!」

 

「えぇぇ!?ロー■委員■が■■■んな風に!?やっ■ああああああ!」

 

主人の日常は進む。

イオルブが思っていたほど、辛そうでも、苦しそうでもない。

耐えている訳でも、忘れたわけでもないだろう。

 

醜聞は今なお主人の周囲を取り巻いている。

敗北も未だ主人の前に積もり続けている。

 

それでも主人の日常は変わらない。

 

何故?

 

自分の中に自傷ではない疑問が浮かんだのは久方ぶりのことだった。

主人がバトルをやめられなかった理由。

主人がバトルをしている理由。

主人がバトルを続ける理由。

 

 

確かめたい。

そう思ってしまった時。

 

沈んでいた意識が一気に浮上する感覚があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けばイオルブは暖かな庭に居た。

目の前には、主人が居る。

別れた日以来の主人が、目の前に居る。

 

あれからどれだけの月日が経ったかも分からない。

身体も頭もやはりまだ、重たい。

だが、今までの夢よりもはっきりとした感覚だ。

 

目の前の主人は間違いなく現実だ。

疑問を投げかけようとして、イオルブはそれが出来ない事に気付いた。

主人は人間でイオルブはポケモンだ。

そこに言葉などありはしない。

当たり前のことなのに、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

身体も動かない。

イオルブに出来たのは主人をじっと見つめる事だけだった。

 

「‥‥‥」

 

伝わるはずもない。

自分がサイコパワーを使えなくなっている事もイオルブには分かっている。

主人に何かを伝える力などない。

 

「バトルは‥‥やめられなかった」

 

だから、主人が口を開いた時イオルブは本当に驚いた。

まるでイオルブの問いに答えたようだったからだ。

 

「まぁ何か色々あったけど、やめられなかった」

 

夢の中で見た通りだ。

主人には事情が、たくさんの事情があって、あの苦行のような日々を送ったのだ。

聞くべきではなかった。確かめるべきではなかった。

イオルブの意識がまた沈み始め

 

 

「だって、楽しくてさ」

 

 

主人の言葉が意識を水面まで引っ張り上げた。

「楽しくて、楽しくて。俺はそれを忘れてしまっていたけれど。

 結局、ポケモンバトルが楽しかったんだ」

 

耳鳴りが消えていく。

 

「どんだけ痛い目にあっても()()()()()()()()()()()()()()よな。

 才能がなくても、経験が足りなくても」

 

視界を覆う霧が完全に晴れていく。

主人の表情が見える。

 

主人は、楽しそうに笑っていた。

 

そうだ。

主人はいつもこんな顔で笑っていた。

バトルの時も、初めて負けた時だって。

 

忘れていない。

忘れるはずもない。

忘れたことなどなかった。

 

最初からずっと。

 

「だからあの日、モンスターボールを握りしめてお前に出会ったんだしな」

 

『サッチムシ、ゲットだぜ!‥‥なんちゃって』

 

最初からずっと、主人は主人だった。

主人の本当の願いはずっと変わっていなかった。

 

 

「ごめん。俺は、お前達に相応しい奴じゃなかった。ずっと自分の都合で戦って、別れて…」

そんなはずはない。

主人はずっと誇らしい主人だった。

主人の隣に居る事だけがイオルブの望みだったのだ。

楽しげに笑う主人を見ているだけで、イオルブも楽しかったから。

「だけど、もしも。お前が一緒に来てくれるって言うならさ」

主人がボールを差し出した。

きっといつも持ち歩いていたのだろう。

始まった時と同じ、最も一般的なモンスターボール。

ボタンの側がイオルブに差し出されている。

 

「俺の隣に居てくれよ。相棒」

 

あれだけ重かった腕が動く。

言葉はない。

言葉は要らない。

 

イオルブの小さな腕がボールのボタンを押した。

 

 




イオルブ ♂

せいかく がんばりや
とくせい テレパシー

アベリの相棒。
実は物語が始まった時からずっと腰のモンスターボールに居た。
転生直後の無双時代から一緒に居て、苦楽を共にしている。
イオルブ視点のアベリは完璧超人と言った感じだが、実態はあんまり変わっていない。
幼少期は悪ガキと心酔する従者と言った感じ。
ヒロイン属性としては「普段明るく振舞っているあいつがいつも通う病室で話しかけ続けている寝たきりのあの子」。
強い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。