エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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おやこあい

 

 

 

私達の息子は、少し変わっている。

 

 

 

 

「えぇ!?じゃあ帰れないの?もう夕ご飯用意しちゃってるわよ?」

 

『いや、帰るって。遅くなるってだけだよ』

 

料理の準備を前に絶望しかけたが、電話先の返事にほっとする。

久々だから張り切っちゃおうと思ってたのよね。

あの子、私が仕事で忙しかったのを家事が出来ないと思っているようだけれど、そんなことはない。私だってやれば出来るのだ。

‥‥ロトムにレシピを探してもらえば。

 

「やっぱりジムリーダーって大変ね。せっかく丸一日空いてたのに」

『いや、今回はジムリーダー関係ないって言うか、ジムリーダーとしてはやっぱり暇っていうか』

ロトムが表示してくれるレシピの中から買ってきた食材であの子が好きそうなものを探してみる。

もしかしてこれ、普通はレシピ見てから食材買ってくるんじゃないかしら。

今からでも買いに行くべき?

 

『何か俺が取り寄せて育てたきのみが、本来ならこの辺じゃ育つはずないって話題になってさ。学者とかが調査にやってくるから立ち会えって』

「ふむふむ、なるほどね」

『聞いてないですねこれ』

「昔からきのみ栽培得意だったよね。庭先にオレン三本生えてた時は何事かと思ったわ」

『聞いとるんかい』

 

 

私の息子、アベリは昔から変わった子だった。

 

最初は手間のかからない子だと思っていた。

物心ついた時から不思議と意思疎通が出来ていたように思うし、幼い子にありがちな感情が爆発してしまうような事もなかった。

親として少し我慢し過ぎかと心配にはなったが、問題が出たわけでもない。

実際、私も夫も共働きで(育児の時期は流石に在宅業務にしてもらった)、手間がかからない事に助かったと思っていたことも確かだ。

 

 

だが、徐々に奇行が目立ち始める。

ある日は夫のレアコイルを分解しようとドライバーを差し込もうとしたりした。

電気タイプにドライバーなんて危険行為を賢い息子がするとは思わず、とても焦ったものだ。

 

次の日は町で貰った風船を近所のディグダにたくさんくくりつけていた。

その上、ディグダの周囲をスコップで掘り荒らし、他所の庭を穴ぼこだらけに。

 

オレンの樹を生やしていたのもこの頃。

他にもたくさんの実を集めて来ては栽培に成功させていた。

いや。本人は「何で上手く行くんだ?」と首を傾げていたので、成功かは微妙かな。

 

「好奇心が強い。将来は学者かもね」と夫は笑っていたが、私はハラハラしていた。

この頃になるともう息子は『賢い』のではなく『小賢しい』のだと気付く。

目を離していないつもりでも、しれっと居なくなる。

お目付け役に付けたはずのコイルが実験装置?に組み込まれていた時は悲鳴をあげた。

 

とにかく息子の興味はポケモンに向いているようだった。

逆に周囲の子供達とはほとんど遊ばない。一度だけ遊んでいる所も見たが、同世代の癖に『遊んでやってる』と言った感じで、首を傾げた。

 

そんな様子が大人びた頼れる子と見えたのか、意外にも周囲からの評判は悪くなかった。

子供達の面倒を見てもらってーだなんて近所の人からも言われる始末。

いや、あの子も子供なんだってば。何なら年下なのよあの子。

 

だが、まぁ私も油断していた。

息子もしばらく騒動を起こさなくなっていたし、近所からも評判がいい。

家事手伝いもしてくれるし、忙しい私達に我儘を言うこともない。

うーん、もしかしてうちの息子は良い子なのでは?

そう思い、少し早いがお小遣いをあげることにした。

 

痛恨のミスである。

 

 

お小遣いをあげたその日。

息子は失踪した。

 

いつも帰って来る時間になっても帰ってこない。

今までこんな事はなかったので軽くパニックになりながら、近所に聞いて回る。

すると「モンスターボールを買っていった」だの「駅の方に向かっていった」だのと出るわ出るわ。

分かるのはもう近所には居ないという事実。

 

何て行動力!

あの息子に金銭の自由は与えてはいけなかった!と後悔するのも遅い。

 

警察にも相談したが、日が暮れても息子は帰ってこない。

息子は信じられない程小賢しいが、世間についてまるで知らない。

野生のポケモンと戦う危険や、そもそも悪い大人についても知らないだろう。

ご近所さんは皆いい人だが、世の中そんな人ばかりではない。

 

流石の夫も厳しい顔をして警察からの電話を待つ中。

 

ふらりと息子は帰ってきた。

「た、ただいまー」

泥だらけになってボールを握りしめたまま。

申し訳なさそうにしながらも、喜びが隠しきれていない。

初めて見た息子の子供らしい顔だった。

 

その顔に思わず私も夫も毒気を抜かれてしまって…

 

 

 

一息ついてから一晩中お説教した。

 

 

 

 

「‥‥なんてこともあったわよねー」

『すみませんお母様。もう学者の方も揃ってきたんで一旦切って良いですか。ただの俺の黒歴史晒しだったじゃねえかよ』

「あっ待って!今晩、何食べたい?」

『えぇーハンバーグでもオムライスでも何でも…』

「あら昔は…」

『あーあー!ハンバーグ!ハンバーグ食べたいなぁ俺!じゃあね!』

 

つー、つー、つー。

ロトムが切断音を響かせる。

切られてしまったらしい。

 

「子供の頃は肉料理苦手って言ってたのに」

原材料が分からんとか何とか小難しい事を言っていた。

きのみだけ食って暮らすわなんて言いながら次の日には普通にヴルストのせカレー食べていたけど。

残したりはしなかったが、食卓に出る度に複雑そうな顔をしていたはずだ。

だからてっきり嫌いなんだと思っていたのだけれど。

 

いや、でも息子から前にも肉料理をリクエストされたことがあった。

 

「確かジムチャレンジが終わった後にも『ハンバーグが食べたい』って言われたっけ」

 

 

 

ハンバーグの材料とレシピを確認しながら、リビングの一番目立つ所に飾られたものを見る。八種のバッジで形作られた大きなメダル。

ジムチャレンジを突破した、セミファイナリストだけが貰えるガラルの栄光ある勲章だ。

どこの家庭にもそうそうあるものじゃない。

今でもこれを見に近所の人が寄ったりする事もあるほどだ。

 

「アベリにとっては、栄光じゃないのかもしれないけれどね」

 

 

ジムチャレンジで何があったかは知らない。

親だって、子供の全てを知っているわけじゃない。

 

ポケモンを手に入れてからのあの子は、もう手の付けられない程だったけど。

でも、楽しそうだったから止めはしなかった。

近所の人にバトルを吹っ掛けまくっても。

大会に出てくると勝手に決めた時だって。

止めはしなかった。

諦めただけとも言うかもしれない。

 

そんなわけだから、ジムチャレンジの招待状が届いた時だって止めはしなかった。

むしろ、一緒に喜んでしまった。

 

私も実は元チャレンジャーだ。

私はバッジ4個でリタイア。

しかも、息子よりずっと年上になってからの話だ。

 

私と夫は我が事のように喜び、送り出した。

 

旅が始まってからは夫はマクロコスモスの社員としての立場を最大限に悪用して、息子の状況を事細かく確認していた。

あれは羨ましかった。私はテレビで見るしかないのに!

夫から写真付きでメッセージが届くたびに敗北感を味わわされたものだ。

 

テレビで伝わってくる息子の活躍はまさに快進撃。

強いかも?とは思っていたがジムチャレンジャーの中でも抜きん出た実力だったらしい。

ジムバトルでも臆す事なく指示を出し、イオルブちゃんもそれに応えて頑張っている。

必然、解説も息子の話題に触れることが多くなり、私は何も教えていないのに少し鼻高々になってしまったりもした。

 

解説曰く、今年は息子とマクワ君と言う子の二強だと聞いた。

ジムリーダーの息子とアマチュア大会歴戦の猛者の対決としてテレビでもバチバチに取り上げた。

 

実際の二人は口喧嘩はするけど微笑ましいものだったらしい。

こっちはテレビではなく、夫からの情報だ。

持つべきものは情報通の身内ね。

 

 

そして、そして…

 

 

ジムチャレンジが終わって、息子は傷ついて帰ってきた。

身体に傷はなかったけれど、心が傷だらけだった。

 

ずっと一緒だったイオルブちゃんも居なくてたった一人で帰ってきた。

どうしたの、と聞いてもはぐらかされるばかり。

 

そうだった。私の息子は小賢しいんだった。

 

小賢しい事に自分の事を隠すのが上手だった。

 

一週間くらい、だったと思う。

家でダラダラしながら、調べ物をしていた様子だった息子がふらりと居なくなった。

 

初めておこづかいをあげた日を思い出した。

 

でも、今度は探さなかった。

もしかしたら戻ってこないかも、とも思ったけれど。

探すべきじゃないな、なんて思ったのよね。

 

 

だけど、息子は戻ってきた。

イオルブちゃんを連れて戻ってきた。

その時の顔は…あんまり思い出したくはない。

 

傷を抉られたような、諦めたような。

やけっぱちのような、覚悟を決めたような。

 

 

それからネーナジムに行って、あっという間にジムリーダーになって

 

最近の息子は、何だかとっても楽しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

「えぇっ!?まだ出来てないわよ!?」

 

唐突に、息子が帰ってきた。

「もう全然話分からんから任せて帰ってきた。何か地質調査する機械持ち込むとか言い出してさー」

バタバタと玄関から音。息子の足音だ。

大きくなっているはずなのに変わらない音なのよね、何故か。

「おかえりー」

大慌てでタネを手のひらサイズにまとめる。

息子が玄関のコイルと戯れている内に形くらいは整えておかねば。

だが、息子はずかずかと勝手知ったる我が家を歩いてあっという間にやってきた。

 

くっ!料理下手の汚名返上したかったのに。

「ただいまー」

改めて帰宅の挨拶をする息子の手には…花。

赤い花弁の小さなかわいらしい花だ。

息子がそんなものを持っている所なんて見たことがない。

「あら、どうしたの。その花」

「あー、そこのウソハチ居る店で買った」

「あんたがウソハチに水やる悪戯してたあの店」

「謝っといたよ!」

恥ずかしそうに頭を掻きながら、花を差し出してくる。

私に。

 

「何かこう…日頃の感謝的な?」

 

あら。

あらあらあら。

何も言えず、黙って受け取ってしまう。

何か喋らないと。

「わぁ…母の日はもう過ぎたわよ」

「あーいや‥‥。ミスったな…」

「でも嬉しい!今日の料理は腕によりをかけちゃうわ!」

「いいよレシピ通りで…」

照れくさいのだろう。そそくさと去ろうとする。

でも、もっと感謝を伝えたいのに。

去り行く息子に速攻で届くようにシンプルな一言にまとめた。

 

「お母さん、あなたを産んでよかった!」

 

 

その言葉に、去ろうとした息子がピタリと止まって振り返った。

 

「俺も、ありがとう」

 

 

そしてまたそそくさと去っていく。

その背中を懐かしい影がふらふらと追いかけて――――

 

 

 

 

 

 

今日は十人前くらいハンバーグを作ってやろう。

 

 

後先考えず、私はあふれ出る思いを形にするためにそう思った。

 

 

 

 

 

 

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