タマゴ。
ポケモンのタマゴは謎に満ちている。
人類とポケモンは永い時を共に暮らしてるのに、だ。
正直な話、俺はこの世界に来るまで「子供相手だからボカしているんだろうな」と薄っすら思っていたのだが。
実際問題、タマゴがどこから来るのかは謎のままである。
タマゴが『発生した』所を押さえた映像、記録は存在しない。
『気付けばあった』。それのみである。
監視カメラで常時見ていたはずなのにベッドの下から出てきた事例だってある。
みんなでピクニックしていたら籠の中で見つかった事例も聞いた。
タネも仕掛けもない手品は最早奇跡だ、とどっかの論文に書いてあった。
遺伝子上、間違いなくタマゴ発見時に近くに居るポケモンと親子関係だというのが謎を越えて怖くなってくる。
これに関してはもう人類が理解出来るものではないのだろう。
そんなポケモン界のブラックボックスを抱えながら俺は今、とある場所に来ていた。
「あいしてーるのエールをあげーる」
「「「「あげーる!!」」」」
ステージの上では奇抜な髪型の細身の男が歌っている。
ネオンに塗れた薄汚れた町、金網に囲まれた危険なムードのライブ会場。
そこに居るのは奇抜なメイクの狂信者達だ。
足元ではガラルマッスグマ達もはしゃいでいる。
タマゴを抱きかかえた俺は哀れな羊達と共にコールを叫んでいた。
周りの人に合わせて大声あげるの、意外と気持ちいい。
ペンライトは買えなかったが法被は買ったぞ。
何故こんなことをしているのか。
それを説明するにはタマゴについてもう少し詳しく説明する必要がある。
ポケモンのタマゴは、卵ではない。
何を言っているんだお前って感じだが、要はポケモンが全て卵生という訳ではない、ということだ。
ウツギ博士の最新研究によるとこれは卵の殻ではなく、土などの材料で作られている説が強く提唱されており、それなりの証拠も出揃っている。幼体を保護するための保護器、ゆりかごのようなものではないか、というのが現在の有力な説だ。
この辺の論文、正直滅茶苦茶面白かった。ウツギ博士って名前だけでテンション上がったし。
ただ、有名な論文だけに反論や反証もそれなりにされていて、未だ議論は絶えない。
タマゴについては、これからのウツギ博士の研究努力に期待だ。
とにかく研究によると、この中は既に幼体のポケモンが居る可能性がかなり高い。
ポプラさんから貰ったタマゴもかなり大きくなっている。多分中に居るポケモンもそれなりに大きくなっている…はずだ。動いたり…はまだしていないけど。
そろそろ外の音も聞こえているのかもしれない。
そう思った俺は胎教にいいと言われている音楽をタマゴに聞かせるためにライブに来ていた。
ネズの奴、あれで意外とバラード系も歌うからな。
きっとタマゴ君…ちゃん?も感性にぐっと響いたことだろう。
いや、でもネズっぽくなるとしたら嫌だな…。
変な髪型を真似するようになったら、俺は正しい道に戻すべきなのか、子供の個性を尊重すべきなのか。
足元のマッスグマを踏まないように気を付けながら帰ろうとすると
「こんなところで何してやがるんですか」
変な髪型の奴がステージを降りて話しかけてきた。
「親御さん、何て言ったんだ…?」
「何て哀しい目をしているんですか、お前…」
冗談はさておき。
モノクロの特徴的なヘアスタイルに異様に濃い隈はその男に哀愁を漂わしている。
人呼んで『哀愁のネズ』。
ガラルが誇るシンガーソングライターであり、スパイクタウンをホームにするあくジムのジムリーダーだ。
さっきまで歌ってたのもこいつ。
「何してってタマゴと一緒にライブ聴きに来たんだよ。ちゃんと入場料払ったぞ。法被も買った」
『スパイクタウン命』と堂々と書いてある法被を見せびらかす。
まぁまぁ値が張ったが、ライブ会場に来ているって雰囲気を味わえて悪くない。
現地感っていうの?うむ。悪くない。
「法被のダサさについては後で物販スタッフに問い合わせますが…」
ネズが怪しげな目でこちらを見てくる。
「まさかマリィに会いに来たんじゃないでしょうね」
あ、そうか。ネズとマリィちゃんってスパイクタウンに住んでいるのか。
キョロキョロと見回すがそれらしい人影はない。
「今日は出掛けていてよかったですよ」
「ちっ…いや、狙ってきたわけじゃないけどな」
マリィちゃんには是非会いたいけども、今回の目的は胎教だ。タマゴだけど。
「ならいいですが…」
と言いながらも警戒を解かない。「用が終わったなら早く帰りなさい。アンコールはないので」とまで言ってくる。
お客さん相手に酷くない?
だが、いい事を聞いた。タマゴが産まれるまではライブ来てみようかな。
せっかく法被も買ったことだし。マリィちゃんに会える可能性を上げられるなら上げよう。
「ああ、そうだ。一つ聞きますが」
邪な計画を立てながら去ろうとすると、呼び止められた。
「去って欲しいのか、去らないで欲しいのかどっちだよ」
「俺だって呼び止めたくなかったです。一つだけ聞きます」
勝手だなぁ。別にいいけども。
「アベリ、お前最近はがねジムの人間と会いましたか?」
「会ってないけど‥‥?」
昔、まだジムリーダー始めたばかりの頃はマクロコスモスに何度も呼び出されていた。
その時にマクロコスモスにやってきていたはがねジムのジムリーダーと何度か会って話した事くらいはある。真面目そうでいい人だなーって印象だった。
少なくともオリーヴさんよりは優しかったよ。
「今、少しくさいですよ。スカタンクといい勝負ですかね」
「ほーん…?」
はがねジムはリーグ公式戦に不参加を表明している。理由はローズ委員長への不信。
噂では退任を要求しているとか。
それに対してローズさんは非難や干渉をする訳でもなく、公式戦にはがねジムの名前だけ残し続けている。
くさいって言うならずっときな臭いと思うんだが。あそこ。
マスコミもほとんどタブー扱いしてるし。
ちょっと前までほぼタブーだったむしジムが人の事言えないけど。
「どうも悪い付き合いが増えてやがりますね。ローズ委員長に反感を持つ奴らが集まってる様子です」
そりゃ、居るだろうな。そういう人。
ローズ委員長はリーグ委員長になり、ダイマックスを興行の要にした。
ダイマックスを使うために各都市にスタジアムを建設し、スタジアムを中心とした都市開発を先導。ほとんどの都市がそうして一気に発展しているから、ガラルのほとんどはローズ委員長の独占状態だ。
市民のほとんどは便利になればそれでいいし、俺もそう思うけどね。
ネーナも都市開発してくれ。
マクロコスモスで共働きしている両親を見るに、総合的に見て悪の組織ではないと思うが、嫌う人間は居るだろう。マクロコスモスが来る前に発展していた会社とかね。
「悪い付き合いって…ネズが言うのか」
「俺も誘われましたよ」
「…行った?」
「行くわけないでしょうが…と言いたいところですが、一度だけ。気紛れに話を聞いてやった事がありますよ」
まあ、ネズだって現リーグが都市開発とリーグ戦をごっちゃにしていることには思うところありそうだ。
ネズのホームであるスパイクタウンはダイマックスをするために必要なパワースポットがないため、ローズ委員長の進める都市計画から外れている。その辺りの事でローズ委員長と少し揉めている事をネズ本人から聞いたことがある。
「話してみて思いましたが、あれは近付かない方がいいですよ」
そう言いながらネズは手すりに体重を預け、大きく空を仰いだ。
こいつ変な髪型の癖にいちいち絵になるな。
「まさに『
「ええ…」
短絡的だなぁ。俺が挨拶程度に話した時は本当に物腰柔らかい紳士だったんだけど。
こう、いつでもスーツ着て微笑みを絶やさない感じの。
「よくわかんないけど、覚えとくわ。ありがとう」
「気持ち悪いので礼はいりません。次にその法被着て来たら出禁ですよ」
「お前のところの物販で買ったんだが!?」
確かに周りに着ている人居ないけども!
最後に法被を酷評して、ネズはさっさと下がっていった。
えーいいじゃん…。地元愛があっていいと思うよ、この法被。
今度うちの地元でも作ろうかな。
軽い《わるだくみ》をしながらスパイクタウンを歩く。
この町、大きなアーケードで覆われていて、脇道も存在しないので一本の道になっているのだ。俺と同じくライブ帰りの方が何人か歩いているのが見える。
それにしてもスパイクタウン、久々に来たけどシャッターを降ろした店が増えたな。
ネーナタウンはそもそも店がないので勝負にすらならないんだが…。
ライブ帰りの人達もスパイクタウンで足を止めたりはしない。
だけど、今日この人たちはスパイクタウンに来た。ネズのライブを見るためだ。
‥‥自分の着ている法被を見下ろす。
うん。改めていい法被だと思う。
「あれ?」
そういえば、法被さえ着てなかったらまた来ていい感じに言ってたか?
来たらマリィちゃんに会えちゃうかもしれないと言うのに。
…ほーん。
「あいしてーるのエールをあげーる」
口ずさみながらスパイクタウンを歩く。
抱きかかえたタマゴが少し、動いたような気がした。
???
ポプラさんから貰ったタマゴ。
ときどき うごいている みたい。 うまれるまで もう ちょっとかな?