ハロンタウンの朝は早い。
ゴンべに起こされて、お母さんが遠出で居ない事を思い出す。
今日は私とゴンべの二人だ。重たい身体を何とか起こす。
まず、ウールー達のご飯である牧草の束をゴンべと一緒に運ぶ。
運んでいる内に身体中に牧草がくっつくので、あまり好きじゃない。
ウールーがご飯を食べ始めたら病気や怪我してる子が居ないか探していく。
いつもは近所の牧場主さんに教えてもらいながら、お母さんがやっている。
私にはよく分からない。みんないつもと変わらないと思う。
多分今日も元気。ざっくり確認したら日誌にはそう書いておく。
ご飯を食べ終わったらウールー達を牧場へ出して、寝床の掃除を始める。
これも好きじゃない。けど、やるとおこづかいが貰えるのでやる。
ゴミ袋を運ぶのは全部ゴンべがやってくれるので、私は見つけたゴミを袋に放り込んでいく。
ここまで終わるとようやく少し休憩。
「あー疲れたー」
倉庫の藁山の上によじ登る。
ここまで来ればゴンべは登ってこれないので邪魔者は居ない。
下の方から「ンゴー!」と声がするけど無視無視。
休憩中くらい一人にさせて欲しい。
ハロンタウンにやってきて数か月。驚く事にまだ半年も経ってない。
この町での生活は、長く感じる。
お父さんの出張でガラルに行くってなった時もびっくりしたけれど、お母さんが牧場をやりたいと言った時もびっくりした。
以前からとても興味があったらしく、お父さんを根気強く説得して本当に始めてしまった。
お陰でお母さんは毎日生き生きと過ごしている。
私にはすごくつまらない日々だ。牧場の仕事は大変だし、汚れるし、何だかダサい。
引っ越すならもっと都会に引っ越したかった。
シュートシティとまで言わないから、せめてエンジンシティとか。
とにかくブティックのある町がいい。
隣町にもあるけれど、ポケモンを持ってないと一人で行っちゃ駄目って言われるんだもん。
ゴンべはママのポケモンだから町まではついてきてくれないし。
あーあ、私にも自分のポケモンが居ればなー。
「おーい、いるかー?」
藁山の下から人の声。
「おっ、ゴンべ。あいつはどこだ?」とゴンべへ話しかける声色には聞き覚えがある。
近所の男の子だ。ハロンタウンに家なんて数えるほどしかないけど。
「なーにー」
上から返事をしてやると呆れたようにがっくりと肩を落とすのが見えた。
「危ないぞ、そんなところで」
「大丈夫だって」
私の適当な受け答えを無視して男の子も藁山へとひょいっと登ってくる。
手慣れている。さては子供のころから結構やってるな。
体を起こして疑惑の目を向けると、にししと笑った。
常習犯のようだ。
「かーちゃんがお前の様子見てこいって。今日はお前、一人だから手伝えってさ」
「ゴンべが居るよ」
お母さんがお隣さんにお世話を頼んでいたらしい。
こんなことなら一人で終わらせずに手伝いを待ってればよかった。
午後は手伝ってもらおう。
「すごいぞゴンべ!もう牧場の仕事を覚えたんだな!」
「私も誉めてよ」
「へへっ…お前も流石だぞ!もうすっかりハロンの住民だな!」
彼には悪いけど、こんな牧場しかない町に馴染んだって言われてもあんまり嬉しくない。
私は嫌な顔をして、起こしていた上半身を倒した。
藁のにおいにも随分慣れてしまった。今では少しだけ落ち着く。
うーん、やっぱり馴染んでるってことなのかなぁ。
嫌だなぁ。
「なぁ、昨日の試合見たか?マクワのバンギラスの動きがビシッと決まってて」
「…見てないよ」
喜々として話しかけてくれるけど、私はバトルに興味はない。
何だか荒っぽいし、見ていてつまらないのだ。
逆に、彼はバトルが大好きなようでいつもリーグの公式戦?とか言うのを私におすすめしてくる。
多分、近所に同世代の子供が来たから嬉しいんだと思う。
私もその気持ちは嬉しいし、彼と仲良くはしたいから何度か試しに見ているけれど、あんまり面白くない。かと言って、彼にブティックの話題とか振っても仕方ない。
「昨日の試合、好きなドラマと時間被ってたんだもん」
「録画すればいいじゃんか!最近は配信だってあるぞ」
「えー‥‥」
なんでそこまで。
前までは友達とはドラマの話をしてればよかったのに。
ハロンタウンは男の子ばっかりで話をする相手が居ない。
私と彼以外はもっと小さい子ばかりだからそもそも一緒に遊んだりしないし。
だから彼の気持ちは分からないでもない。同年代の子供と好きなものの話が出来れば楽しいと思ってくれているのだろう。私には自分の好きなものを他人に布教しようとするほどの熱はないけれど。
「アニキの最高の試合、教えてやるよ!」
「あー、うん。ありがと」
悪いやつではない。本当に。
午後の仕事も率先して手伝ってくれて、ポケモンについても詳しくて頼りになる。
私にはよく分からなかったウールーの体調チェックもテキパキと済ませる。
ウールーの世話だけじゃなく、近くを飛んでいるバタフリーについても教えてくれた。
キャタピーと言う小さな虫ポケモンからトランセルを経て、大きく羽ばたく。
今飛んでいるバタフリー達は皆、頑張って進化した子達なんだぞ、と。
言われて見上げると普段何気なく見過ごしていた風景がとても大きなものの一部のような気がしてくる。
「そんなに詳しいならポケモン博士になれるんじゃない?」
「いいや!俺はいつか兄貴みたいな最強のトレーナーにならなきゃいけないからな!」
知識に貪欲なのは、いつかバトルするために何でも調べているのだと熱く語っていた。
彼のお兄さんはガラルでは有名なポケモントレーナーらしい。
チャンピオン、と言われれば私にも凄さは分かる。
つまり、一番強いってことだ。
凄すぎて、逆にそんな人とお隣さんだと言われても実感が沸かない。
「ふーん…」
ただこんなつまらない田舎町で彼が語る夢がキラキラ輝いて、少しだけ羨ましかった。
『さぁ!チャンピオンタイムだ!』
スマホの中では派手なマントをつけた男性が片手を掲げてポーズを取っている。
何度か見せられたが、このポーズはかっこいい。
今度真似しようかな。どうせならもっと派手に…スピンとかして。
仕事が終わり、ベッドで横になりながら。私はお隣さんに紹介されたチャンピオンのビデオを見ていた。
それにしても凄い観客だ。
スタジアムの席を埋め尽くすような人々は、チャンピオンの試合だからかな。
画面の中のチャンピオンの顔は、どこかお隣の彼に似ている…かも。
「本当にチャンピオンとご近所なんだ…」
試合が始まるとチャンピオンは顔を叩いて気合を入れ直す。
勝負の顔だ、多分。
そしてバトルが始まる。
一進一退の攻防。
見栄えのいい大技が出る度に歓声が上がる。
だけど、私は
「‥‥これが面白いの?」
歓声が上がるたび、白けてしまうような気持ちになる。
大技は派手なだけで隙だらけだし、一進一退なのはチャンピオンが見るからに手を抜いているからだ。
他の試合よりはいい勝負になる様に調整して戦っている。
そうしないと、きっと勝負にならないから。
そこに気付いてしまうと盛り上がる観客の姿が寒々しく感じる。
みんな気付かないんだろうか。この人は全然全力なんかじゃない。
この試合は、チャンピオンの作った茶番だ。
『行くぜリザードン!キョダイマックス!』
チャンピオンがリザードンへガラル粒子を注ぎながら、クライマックスを宣言する。
沸き立つ観客。必死に迎え撃とうとする対戦相手。
盛り上がりは最高潮。画面越しで分かるほど、スタジアムが揺れる。
私はそこでビデオを切った。
痛々しくて、見ていられない。大の大人がやってるごっこ遊びだ。
楽しい人は楽しいんだろうけど。
他の試合よりは見応えはあったけど、それだけだ。
見れば見る程、何を見ているんだろうという気分になる。
私には、分からない。
「何が楽しいんだろう、こんなの」