エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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夏投稿です。


第二部
てつのこぶし


 

 

 

――――熱い。

 

 

 

燃えるように、熱い。

 

身体が熔けてしまうほど、熱い。

 

否。

 

「――――――――――」

 

叫ぶ。

自分のものとは思えない苦悶に満ちた声で叫ぶ。

 

縋れる何かを必死に探して、自分の身体が目に入る。

 

 

 

燃えている。

 

熔けている。

 

 

ドロリと自分から『何か』が落ちた。

自分だった『何か』が床に落ちて、黒ずんだ染みになる。

 

 

 

実際に、自分の身体が燃えて、熔けている。

 

 

 

「――――――――――」

 

 

肌が灼ける。

身体の内側まで押し付けられる熱量のまま、熔けていく。

神経に直接焼き付く高熱の痛みは泣き叫んでも、耐えられない。

それでも叫ぶ。苦しくなるほどに叫ぶ。

熔けた自分の顔が眼球にかかる。咄嗟に手で遮ろうとして、既に自分の『手』がない事に気付く。

 

 

手はとっくに、熔け落ちていた。

 

 

「――――――――――」

 

 

出来るのはただ叫ぶことだけだ。

仲間達もそうだった。順番に『向こう側』に居る人間達に何かを試された。

 

そして、自分と同じように叫びながら息絶えた。

この部屋に残る壁や床の染みは仲間達の成れの果てだ。

 

 

同じように?

 

 

自分も、死ぬ?

 

 

 

 

 

 

いや。

 

 

いいや、まだだ。

 

自分はまだ死ねない。

 

熔ける瞼を見開いて、『向こう側』に居る人間達をにらみつける。

ニヤニヤと笑ったり、退屈そうに眺めたり。

自分達を見下す傲慢な態度。手の届かない場所にある瞳の列。

 

あいつらが痛みを生んだ。

生み出した痛みが仲間達を殺した。

 

 

ならば、オレ達は怒りを生もう。

生み出した怒りがお前達を殺す。

それが摂理だ、道理だ、自然だ。

 

 

怒りは――――オレだ。

 

 

「――――ォォォォォ」

痛みを耐える叫びが怒りを解き放つ咆哮へ。

 

身体中を包む灼熱が限界だ。

 

 

 

いいや、熱いのは、灼熱なのは吐く息だ。

身体の内から灼熱をも奪う熱がせりあがる。

あれほどの苦しみも痛みもこの身を内から焦がす『怒り』に比べれば

 

 

 

「――――――ァァァァァァ!」

 

ガガン!!!!!!

 

爛れ、形の崩れた手を目の前の透明な壁に叩きつける。

命を振り絞った一撃が、大きな音を立てて部屋を揺らす。

透明な壁は砕けない。

だが、向こう側の人間達が一瞬びくりと怯えた。

 

怯える?怖いだと?

『これ』が怖いのに、こんなことをしてきたのか、お前達は。

 

許せない。許しておけるはずがない。

痛みを理解しているなら痛みを与えてやる。

恐怖を理解しているなら恐怖を与えてやる。

この部屋の死が、この部屋の怒りがオレを生み出した。

 

生み出したのは、お前達だ!

 

 

 

 

もう一度、怒りのままに叩きつけようとして、不意に身体中を激痛が走る。

神経が直接焼き付くような激痛に振り上げた手が止まった。

炎のような熱が、身体の中へと注がれていくような感覚。

 

大丈夫だ。耐えられる。

だが、それをきっかけにしたように全身を激痛が次々と連鎖する。

 

 

パキパキパキパキパキ!

 

身体中から響く、異音。

音が鳴る度に、身体の外皮から激痛を起こしながら熱が消える。

筋肉や神経にまで達し、異音が体を満たしていく。

視界の端で自分の身体から煙が出ている。

 

 

音と痛みが消え始めると、自分の姿が別のものへと変わっていた。

 

 

熔け落ちた身体が急速に冷えて固まったらしい。

腕も脚も、見たことのない形になっている。

まるで金属のような光沢を放つ新たなる体。

 

あれほど熱かった身体が嘘のように冷え切っている。

血の温もりを最早身体のどこからも感じない。

熱は全て、オレの怒りの中に飲み込まれたに違いない。そう思った。

 

 

オレを灼き、仲間達を熔かした熱は全てオレという怒りに変わったのだ。

 

この変貌した姿こそが証明だ。身体から湧き上がる力を感じて確信する。

 

『向こう側』で人間達が騒ぎ始めた。

 

 

「成功したぞ!」

「信じられない!世界的発明じゃあないか!」

「公表出来れば、だがな」

「おい、でも色がおかしくないか?」

「だが間違いない。色ぐらい誤差だ。十分『実用』に耐えうる」

 

「仮初の鉄としては、問題なさそうですね」

 

最後の声は『向こう側』の奥から聞こえた。

聞いたことがない声だった。

落ち着いた、冷えた鉄のように冷たい声。

 

こいつだ。

こいつが『痛み』を生み出した原因だ。

根拠などない。

だが、確信出来た。

オレの『怒り』をぶつけるべきは———こいつだ。

 

 

「――――ァァァァ!」

 

未だ激痛に苛まれ続けている肉体を激昂で突き動かす。

今度こそ透明な壁を叩き割ろうと振りかぶる。

 

 

「《キノコのほうし》を散布してください」

 

 

冷たい鉄の声。

瞬間、部屋中に白い煙が散布され、視界が埋め尽くされた。

急激に体から力が抜けていく。

それでも腕を叩きつけるが、力なくカンと軽い音がするだけだ。

 

意識が持っていかれる。

 

痛めつけられた肉体が疲労を認めて、休眠を受け入れようとしている。透明な壁を少しでも傷つけようと体を押し込むが、もう力が入らない。

オレの意思とは裏腹に体は既に膝をつき、頭はぐらりと落ちてしまいそうだ。

 

まだ、まだ終わっていない。

終わって良いはずがない。

 

どんなことになろうとも絶対に。

 

 

オレは強く握りしめる。

 

熔けた刃の代わりに手に入れた新たな腕。

痛いほど力を込めて握りしめる。

 

 

 

 

 

この『拳』を、『向こう側』に‥‥‥‥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がくり、と暴れていた実験体が意識を失って少しすると、ようやく研究員達は先程モニタールームを襲われた動揺も忘れ、喜びの声をあげ始めていた。

 

 

無機質な実験のための部屋がしばし歓喜に包まれる。

「素晴らしい」「あなたについてきてよかった」「計画も順調ですな!」

《キノコのほうし》の指示を出した男へ研究員達が次々と集い、声をかけた。

声は全て賞賛であり、男への敬意が見える。

 

「皆さんの協力のお陰です。これからもお互い頑張りましょう」

 

男はにこやかにそんな言葉を返す。

ウェーブのかかった銀髪、澄んだブルーの瞳。白衣の研究員の多いこの場所では少し浮いている三つ揃いのクラシックスーツだが、堂々とした男を見ていると不思議と多数の白衣の方が場違いに見えてくる。

 

「難航するはずだったこちらが順調となりますと…復元部門の方が気がかりですな」

 

研究員の中でも貫禄のある男がそう呟くと、悩ましげに腕を組む。

その言葉に何人かが嫌そうな顔で頷いた。

「腕は優秀なのですが…今は古い化石には飽きてしまった、と駄々をこねています」

誰かが大きなため息をついた。しかし、それはこの場にいるものの総意だろう。

「あちらは既に軌道に乗っていますから問題はありませんよ。…多少、ご機嫌取りは必要でしょうが」

「苦労されますな。化石復元の技術を持った在野の研究者は貴重とは言え…」

苦笑いするスーツの男に同情の目が集まった。

「多少性格に難はありますし、迂闊なところもある人ですが…腕は確かです。彼女が居なくては計画が立ち行かない」

 

「ふむ。化石に関してはガラルに面白い化石があったはずです。よろしければ調達出来る知り合いを紹介しましょう」

「ありがとうございます」

貫禄のある男へスーツの男が頭を下げた。

スーツの男は単なる雇い主でしかない。だが、研究員達は伸び伸びと研究出来る職場に好感を持っていた。故に、協力を惜しまない。

 

「別件にはなりますが、計画のため『スポンサー』も大きく働きかけるようです」

 

「おおっ」

『スポンサー』と聞いていよいよ研究員の顔には興奮が隠せない。今まで想定でしかなかった計画がついに動き出している。自分達の力がその一端を担っているのだ、という自覚が強く湧いてきたらしい。

「いやぁ、計画は全て順調ですな」

「いよいよ始まるんですね!」

期待から明るい言葉が増える研究員。

彼らをよそにスーツの男は軽い笑みを浮かべたまま、《キノコのほうし》で倒れたままの実験体を見やる。

そして、手袋を付けた手で先程実験体の攻撃を防いだ強化ガラスへと触れた。

 

「ええ。まさか間に合うとは、思っていませんでした」

 

微笑みの仮面の下に歓喜を隠し切れない、そんな様子だ。

浮かぶ笑みにはただの感情では済まない狂気的なものが入り混じる。

その瞳は既に、実験の成功に『別の何か』を見ていた。

 

「これではまるで…やれと言っているようなものだ…」

 

口の中で誰にも聞こえないように独り言を呟く。

強化ガラスに触れた手に強張る様に力が入り…

 

「‥‥失礼。少し風に当たってきます」

 

ふと、離す。

「え、ええ。今日は実験の成功を皆で祝いませんか。リアンさんも是非…」

「いえ、私は結構。皆さんで楽しんでください。『彼』のこと、お願いしますね」

「え、ええ…分かりました…」

研究員へ実験体の経過観察を命じると、一人で部屋を離れていく。

研究員たちは少し残念そうに、その背中を見送った。

 

歩くたびにカンカンと音が響く廊下を通る。ネクタイを少しだけ緩め、軽く息を吐く。

長い廊下を抜け、階段をいくつか登ると厚い鉄の扉があった。

重たい扉を開けると、もう外だ。

外に出た途端、強い風に襲われるが、スーツのジャケットをはためかせながら扉を出ていく。

「‥‥」

 

 

外には、闇が広がっていた。

 

どこまでも広がる闇は、夜の海だ。

時刻は夜。黒い海と夜空に輝く星々。

 

 

ここは、巨大な船の上だ。

 

 

「ああ。全てが揃った」

海上から遠い陸地。

そこには星にも負けない輝きがある。

現在のガラルリーグが作り上げた巨大な繁栄の都市部。

それを見ながら手袋に包まれた右手を強く握りしめる。

 

憎しみを握りしめるように、強く。

 

「伝説を、始めよう」

 

握りしめた右手を見下ろす。

拳の中のものを想い、揺らがない決意が一層硬度を増す。

必ず、この決意を、この『拳』を。『向こう側』へと。

 

 

 

 

「3000年前の、再演を!」

 

 

 

 

闇の中で海風は一層強さを増していく。

はためくスーツの襟元で『はがねジム』のマークが鈍く輝いた。

 

 

 

 

 

 

 





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夏はポケモン!
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