「フライゴン!《かえんほうしゃ》!」
「フリャアアア!」
「《あなをほる》で逃げろ!アイアント!」
「アィアィ!」
フライゴンの放つ《かえんほうしゃ》の炎が、危うい所までアイアントに迫る。
だが、ドリルのようにその場で回転しながら地中に逃げる事でギリギリ躱した。
「あっぶねえ‥‥くっ!」
フライゴンは地面を舐めるように燃やした後、上空へと飛び上がる。
見上げた俺にゴォッと巻き上げられた砂がぶち当たった。
ぺっぺっ!口に砂が入った!
相手の先発、ギガイアスが起こしていった強烈な砂嵐が今もフィールドを覆っている。
ごついサングラスが視界は守っているけれど、やっぱりめんどくせえ。
砂嵐の中に潜んだフライゴンの影は気になるが、そればかりに目を向けてもいられない。
ドォォン‥‥!
「ペンドラー!」
フィールドの『反対側』から轟音が響く。
轟音の震源には巨大な岩石が突き刺さり、周囲に勢いよく砂ぼこりが舞った。
「ギュオン!」
砂ぼこりを突き抜け、毒色の影がフィールドに現れる。
最早速過ぎて影しか見えないが、ペンドラーだ。
よかった。無事だ。相手の《ストーンエッジ》をどうやら《かそく》で上がった素早さで回避出来ていたようだ。
一瞬俺の前で立ち止まったペンドラーが回避の指示が間に合ってなかったことを責めるように一瞥してくる。ご、ごめんて。
「流石に速いな、ペンドラー!」
キバナさんが砂嵐の向こうから牙を見せつけるように笑いかけてくる。
その隣に居るのは先ほどの《ストーンエッジ》を放ったジュラルドンだ。
ビルのような姿をしたドラゴンが、小動ぎもせずに聳え立っている。
そう、このバトルはダブルバトル。
互いに二匹ずつポケモンを出し合って戦うルールのバトルだ。
いつものバトルよりも状況が目まぐるしく変わり、出さなきゃいけない指示だって増える。
これを子供のころから当たり前にやってる地方があるってマジかよ。
「ペンドラー!《ミサイルばり》で撃ち落とせ!」
「近づけるな!フライゴン!」
とにかく、上空を自由に飛び回るフライゴンが厄介だ。
『砂漠の精霊』とも称されるフライゴンは常にフィールドを飛び回っていて、隙を見せればそこを攻めてくる。こっちから攻め立てて余裕を奪っていかないと。
ペンドラーが頭部の角で狙いを定めた。
「ギュオオ!」
軽い音を立てながら角から《ミサイルばり》が発射される。
‥‥何発射しているんだろう。毒液?
「フリャア!」
《ミサイルばり》を避けながら、ペンドラーの進路を防ぐように《いわなだれ》がばら撒かれる。突如眼前に現れる即席の壁と障害物。
「ギュオオン!」
だが、信じられない事にペンドラーは驚異的な速度で岩の雨を避け続ける。
えっ何やってんのあいつ(ドン引き)
残像を残しながらの回避は流石に完璧ではなく身体に傷が増えていくが、直撃はない。
今日のペンドラーはどうやら絶好調だ。
試合の始めから出しているから《かそく》がノリに乗っている。
避けながら隙を見て《ミサイルばり》も発射しているから、フライゴンはフィールドに近づけなくなった。
「ゴウキーン…」
ならば、と動いているのがジュラルドンだ。
ペンドラーに向けて仕掛けようとしているのが、俺にも見えた。
悲しい事にペンドラーが自分で判断して動いてくれたお陰で周りを見る余裕があるって訳だ。
だから、こういうことだって出来る!
「今だ!アイアント!」
ダンと強く足で地面を叩きながら指示を出す。
指示を出した先は…ジュラルドンの、足元だ!
「アィアン!」
「ジュラララ!?」
ボゴォッと大きな音を立てて、地中から飛び出したアイアントがジュラルドンの巨体を激しく打ち上げた。
結構高く打ちあがった。ジュラルドン、大きいけど軽いらしいからな。
《あなをほる》。一旦地中に潜った後に攻撃する技。
使ってみると相手の位置把握とかタイミングとか意外と難しい。
特に
‥‥‥ぶっちゃけ、練習では命中したことなかったんだけど、成功だ!
ペンドラーが相手を引き付けて、アイアントが攻める。
おいおい。ダブルバトルの名手相手にいい勝負出来てるんじゃないのこれ。
だが、当然そう楽々と事は進まない。
打ち上げられたジュラルドンが重力に従って落下する。
体勢は崩れ、横倒しになりながら…
アイアントの真上へと。
「あっ」
これは落下じゃない。攻撃だ。
気付いた時にはもう遅い。
空中で姿勢を変えた堅く大きな鉄塊がアイアントへと振り下ろされる。
「ぶっ潰れろ!《ボディプレス》!」
鋼と鋼がぶつかり合う衝突音が響き渡り、インパクトの大きさをスタジアム中に痛感させた。
その衝撃にまた砂ぼこりが巻き上がって、視界を遮った。
アイアントはどうなった!?
必死に探すが、彼女の姿がない。
落下地点にあるのはジュラルドンの姿だけだ。
某猫と鼠のアニメのように平べったくなったアイアントの末路が頭に浮かぶが、そんなわけはない。この世界がいくらおかしいからって、そこまでコミカルじゃない。
アイアントの現在位置は恐らく、ジュラルドンの下。
いや、平べったくなってないって。
ジュラルドンの下の地下空間。アイアント自身が掘った穴に叩き落されたのだ。
そして、ジュラルドンはその穴を塞ぐように位置取っている。
お陰でアイアントの状態が確認出来ないし、指示も出せない。
動けるならもう一度《あなをほる》で逃げていてほしい所だが…
「どちらにせよ、だぜ!」
俺の声で、毒色の影がジュラルドンの前へと突然躍り出る。
フライゴンを《ミサイルばり》で牽制していたペンドラーが高速でフィールドを横断したのだ。フィールドの逆側で戦っていたペンドラーがあっという間にこの場に現れた。
速さにものを言わせたゴリ押しのふいうちだ!
「《ばかぢから》!」
アイアントの安否がどちらにせよ、ジュラルドンは今の《あなをほる》で体力を大幅に減らしているはず。その後のリカバリーがどれだけ上手くてもダメージがなかったことにはならない。
恐らく、この一撃でせんとうふのうだ!
ジュラルドンが邪魔だって言うなら、どかしてしまえばいいだけだ!
ドドドドドと爆音を立てながらペンドラーが迫る。
やっぱり、今日のペンドラーは絶好調で最高速。
このまま突っ張って、あの鉄のビルを叩き壊してやる。
その時、予想外の事が起こった。
ジュラルドンがペンドラーよりも『先に』動いたのだ。
「は!?」
不可思議な事態だ。ペンドラーは現在進行形で高速で接近していた。
なのに、技のモーションに入ったのはジュラルドンが先だった。
このままだと、ジュラルドンの技の方が先に当たる事になる。
「いや、《ばかぢから》で叩き落す!」
向こうから来るなら迎え撃てばいいだけだ。
ペンドラーに速度を落とさずぶつかれとアイコンタクトを送れば、当然だと言わんばかりに睨み返される。頼りになるよ、ちくしょう!
ジュラルドンが高速で回転しながら突っ込んで…あ、あの技何?
《こうそくスピン》…な訳ないよな。変則的な《すてみタックル》?
覚えたっけ…?
ま、まぁいいや!
とにかく回転しているジュラルドンへ、最高速のペンドラーがぶち当たる。
こうげき×体重×スピード=破壊力!この一撃を止められるわけがない!
そして――――
『ああっと!ペンドラーが吹っ飛ばされた—!!』
へ?
目を回してせんとうふのうになったペンドラーがフィールドに落ちてきた。
‥‥へ?
《ジャイロボール》。
タイプははがね。
名前からは想像できないが、挙動について図鑑の技の説明にはこうある。
『体を高速に回転させて体当たりする』
ジュラルドンが放ったあの技は《ジャイロボール》だったわけだ。
分かるか!いや、知らなかった俺が悪いんだけどね!
更に言えば《ジャイロボール》には変わった性質がある。
こっちは有名だから俺でも知っている。
相手との『速度差』によって威力が変動する、という性質だ。
つまり相手が自分より速ければ速いほど、とんでもない威力を発揮する。
今日のペンドラーは試合を長く支えたお陰で最高速度まで《かそく》していた。
格好の餌食だったわけだ。
「トップジムリーダーが俺なんかにメタ張ってんじゃねえ!」
「いやー悪いな。オレ様、読みまでトップだぜ」
試合後、思わず抗議してしまったら容赦ない《カウンター》を食らった。
当然だが、試合は負けた。
穴の中でダウンしていたアイアントは燃やされたし、他のメンバーもコテンパンって感じだ。
やーなーかんじー。
「《あなをほる》を食らって《イバンのみ》を使う所まで全部読み通りだったわけかー!」
ぐあー!当てた瞬間、やってやったぜと思ってたのが恥ずかしい!
頭をガシガシとかき混ぜていると、キバナさんが感心したように言った。
「お、《イバンのみ》には気付いたのか」
《イバンのみ》というのはきのみの一種だ。
持たせると自分の体力が減った時に、『行動順が先になる』効果を発揮する。
どういう事だよ、って言われても困る。そういうきのみなんだよ。
因みに食べるとクリームに似て柔らかく甘い味がする。
うちの庭で育ててるから知ってる。
「大体こっちの方が速いから《ジャイロボール》が超威力なのに、そっちが先に行動してるのおかしない!?おかしいよね!」
「『速い』事と『先に行動する』事は別だから、としか言えねえなー」
な、納得出来ない…!
この世界、未だに訳が分からない事ばかりだ!
因みにアイアントもあの後、気付いたら穴の中で《すなじごく》にハマっていた事が判明した。
《すなじごく》というのは蟻地獄のようなトラップで相手を拘束する攻撃技。
動けないって訳じゃないのだが、アイアントの状況を想定出来ていなかった俺は上手く指示が出せず、あの後ほとんど何もさせてもらえなかった。
手ごたえがあったのは一瞬だけ。
ぶっちゃけ手も足も出なかった、って感じだが…
「ぐぎぎ…」
「いい顔だな。SNSに載せていいか?」
「やめろぉ!」
抗議も虚しく連写されるスマホロトム。
今日の公式戦の対戦相手は、キバナさん。
ドラゴンストームと呼ばれる炎上常連砂嵐お兄さんである。
そして、最強のジムリーダーでもある。
俺なんかがまだまだ勝てる訳がない相手だと分かってはいるのだけど。
特に今日のルールだったダブルバトルは得意としている人ではあるけれど。
俺だって、今年のオープン戦では8位になれたのに!
「おいおい、大丈夫か?ダブル戦、もう結構戦ってるんだろ?」
オープン戦が終わり、今はもう新たなシーズンが始まっている。
今のルールはバトルを見て分かる通り、ダブルバトルだ。
そして、俺は未だにこのルールを苦手としている。
どのくらい苦手かと言えば
「今のところ全敗‥‥」
ダブルバトルでは、一度も勝利出来ていない。
「酷いな。因みにオレ様は今のところ全勝」
「格差だぁ!?」
実際は純然たる実力差だが。
このトップジムリーダー、敗者に対する気遣いとかないのかよ!
憎しみを込めて睨みつけてみるが…くそっ!無視して自撮り撮ってやがる!
「何かしら、大きいテコ入れが要るんじゃねえか?ダブルバトルが得意なポケモン探すとか」
そう言われて、すぐに思い当たるのは一匹だけだ。
ジムチャレンジ中にダブルバトルをした時には非常に頼りになった相棒。
だが、相棒はまだ…
「うーん、また何か考える」
これまでだって色々試しているんだけども。
それでも、もっと手を尽くさないと。
悩む俺の姿を見て、キバナさんは満面の笑みを浮かべた。
性格悪いぞ!
「そうしてくれ。次のチャレンジ待ってるぜ。『次代のチャレンジャー』!」