バウタウン。
いつもは漁船が並ぶ港町だが、今夜は違った。
上空からは何台ものそらとぶタクシー、いやリムジン?
お金持ち専用に豪華な装飾が施されたゴンドラを、アーマーガア達が次々と港まで運んで来る。
いつものバウタウンを知っていると、少し異様な光景だ。
遠巻きになって港を見守っているキャモメ達もいつもより居心地が悪そうに見える。
アーマーガアリムジンから降りた高級な服に身を包んだ方々が、レッドカーペットの上を歩いていく。実にVIPでセレブな光景だ。
それもそのはず、彼らのほとんどは本物の貴族らしいのだ。
ポプラさん曰く、「かつてのリーグを想う会」のメンバーはそのほとんどが旧リーグ関係者。
ガラルの名家だったり、マクロコスモス以前の財閥だったり。
つまり、マクロコスモスが独占して追い出す前にリーグ運営に関わっていた人達だ。
改革後のガラルしか知らない俺が知らない企業ばかりだったのも、そういうこと。
何だかそう聞くと、団体の名前も一気に物悲しく感じるな。
今夜も懐古厨と言うか、昔はよかった、みたいな話をするわけね。
そういえば、ネズがこういう団体に声かけられたとかそんな話をちょっとしてたっけ。
レッドカーペットの向かう先、停泊しているのは見上げるような豪華客船。ライトアップされた姿はそれだけで「ちょっといいもの見たな」と思ってしまう迫力がある。
ゲームでしか見たことはないが、かのサント・アンヌ号にも負けていないんじゃないだろうか。
「こんな乗り場、バウタウンにあったの知らなかったぜ」
「漁船の邪魔にならないよう、少し離れているからね」
そんな事を話す俺とポプラさんも今夜は貴族風に着飾っている。
ポケモン風に言うなら「きぞくのすがた」って感じだ。
一応、自前のスーツだけはジムリーダー就任時にローズさんに仕立ててもらった奴を着てきたけれど。スーツ以外の高そうなアクセサリー類はポプラさんから借りたものだ。
失くしたりしないように気を付けないと。
ポプラさんは普段と変わらない‥と言ったら怒られるだろうな。
ちゃんと貴婦人としてあのセレブの中に入っても恥ずかしくないように着飾っている。
普段からしゃんとした人だから、髪のセットがいつもより気合入っていることしか俺には分からない。
多分ドレスとかも高いんだと思う。分からないけど。
「で、早速乗り込むんです?」
「何のためにそらとぶタクシーに手前で降ろしてもらったと思ってるんだい。もう一人とここで合流する手筈だよ」
「もう一人いるの!?」
「ボディーガードを一人寄越してくれとかくとうジムに頼んだのさ。今から敵陣に乗り込むわけだからね」
手前で降ろしてもらったの、ああいう金持ちリムジンがなかったからだと思ってた。
金持ち達に並んで普通のタクシーなのが恥ずかしいのかなって。
「ていうか今、『敵陣』って言いました?」
「そろそろのはずなんだけどね…」
露骨に誤魔化された。
ポプラさん、今回のパーティーの目的は微妙に誤魔化すんだよ。
旧リーグ関連だって事だけは教えてくれたんだけど。
まぁ本当に滅茶苦茶危ない集まりなら、ポプラさんは連れてこないだろうと思ってついてきている。
特に何をしろ、とも言われてないから、素直に本物のパーティーの空気だけ味わおう。
滅多に出来る経験じゃないし。
ザザッ。
背後でわざとらしく足音が鳴った。
振り返って納得する。多分、俺達に気付かれるために足音を鳴らしてくれたのだ。
立っていたのは重厚なサングラスをかけたスーツ姿。
闇の中にスマートなシルエットで立つダークカラーのスーツはどこかのスパイ映画の主役みたいだった。
「どうも、かくとうジムから派遣されたエージェントです」
ナンバーは007か?と茶化しそうになるが、実際こいつはポケウッドみたいなアクションもスタントマンなしで熟せるだろう。普段のトレーニングを見てれば誰もが納得するはずだ。
「サイトウじゃん」
彼女の名前はサイトウ。
今年かくとうジムを継いだばかりの新人ジムリーダーで俺の後輩だ。
かくとうジムはトレーナー自身も鍛えるという方針の為、サイトウはポケモン達に負けないような身体能力を得ている。
人かどうかも怪しい存在だが、普段は白い道着を着ているので、真っ黒なスーツはイメージと真逆だ。
「いえ、私はただのエージェントです」
‥‥無理があるだろ。
サングラスで顔を隠しているだけじゃんか。
スーツって男装になってる…のか?
ポプラさんに助けを求めるが、ポプラさんは首を振ってため息を一つ吐いた。
「精々ボディーガード程度に過保護過ぎやしないかい?」
「ジムリーダー二名の護衛と聞いていましたので…」
確かにそう聞くと大仰だが。
その護衛にジムリーダーが来るのは本末転倒じゃない?
「はぁ…今更別人を呼んでもらう時間もないね。この三人で乗り込むとするよ」
ポプラさんがそう言うなら従うのみだ。
そもそも俺についてこいと言ったのも、ボディーガードを頼んだのもポプラさんなんだから。決定権はポプラさんが持ってる。
かくして、俺達は三人で「かつてのリーグを想う会」のパーティーに参加する事になった。
「ていうかお前、靴履けたんだなー‥‥ぐあああああああ!」
ついでに、鋭い《けたぐり》が俺の右脚に決まった。
ポプラさんを俺がエスコートする形でレッドカーペットを歩く。
レッドカーペットを歩くなんてジムリーダーとしての行事でもやったことない。
ふわふわした歩き心地は味わったことのないものだったが、何とか堂々と歩く事が出来た。
横でずっとポプラさんが「もっと胸を張りな」「歩幅は女性に合わせるんだよ!」とか指示をしてくれたおかげですね。ラジコンだ。俺はラジコンになるんだ。
サイ、エージェントは後ろを静かについてきている。
乗船の前に受付のスタッフとイエッサンへ招待状を渡す。
エージェントは俺達のお付きってことで招待状は要らないらしい。
貴族らしくメイドや執事を連れてこられるようになってるんだな。
この制度、まさかジムリーダー本人がお付きとして乗って来るなんて思ってなかろう。
「なお申し訳ありませんが、防犯の観点からお客様が持ち込めるポケモンは一人一匹まで、とさせていただいております」
「えっ」
そんなの招待状には書いてなかったんですけど。
「ご安心ください。船内にははがねジムの方々が配備した警備のポケモンが巡回しています」
お、おう。念押しされるとむしろ怪しく感じてしまうのは何故だろう。
怪しく感じるけれど…
「そうかい。じゃあこの子にしようかね」
ポプラさんは何てことない顔で一匹を選ぶと、残りを手元のポケモンボックスに預けた。
その様子を見るにこういう場所では当たり前のようだ。
考えてみれば、一人六匹持ち込めばポケモンがとんでもない数になる。
VIPが乗る事を考えれば当然か。
「じゃあ俺は…こいつで」
俺も一匹選ぶとスマホロトムとボックスを使って他を預ける。
因みに海上では通信が不安定なため、ボックス機能やスマホロトムは使えないらしい。
まぁ、パーティーに参加するだけ…だよな。
「では、こちら皆さまの仮面になります」
「仮面?」
手渡されたのは木製の仮面だ。ポケモンの顔が象られている。
俺に渡されたのはストライクの仮面。かっこいい。
早速つけてみるが、全く視界を遮らない。
熟練の仕事って感じだ。仮面職人とか居るのかな。
「仮面舞踏会って訳かい」
ポプラさんに渡されたお面はマホミル。下から鼻が飛び出ているからあんまり顔を隠す意味はない。
周りを見ると確かに船に乗る手前のセレブ達はみな、ポケモンの仮面を着けている。
「フフフ…フフフフ‥‥」
向こうでレースだらけのド派手なドレスを着ているのはゴチルゼルの仮面。
「………ふむ…」
何故かボールをフワフワと浮かせているサイキッカーらしき人はヤドンの仮面。
「いやー、楽しみでおじゃるのう」
あっちの小太りの仮面は‥‥ホエルオーとホエルコどっちだろう?
「うおおおお!ド・デカい船だぜ!こりゃあパーティーもド・豪華だぜ!きっと!」
「オヤジ!恥ずかしいから大声で騒がないでよ!」
あそこで騒いでいるのはボスゴドラとココドラの仮面だな。
‥‥あの二人はあんまりセレブっぽくないけど。
形状は縁日でよくあるお面だが、木製なのと作りがしっかりしているからか、安っぽさはない。
「入口で渡されても、誰が誰か丸分かりじゃない?」
「あくまで雰囲気づくりだよ。貴族共の好きそうな事さ」
ふーん、そういうものか。
因みにエージェントは希望を聞かれてタイレーツのお面を貰っていた。
お前、正体隠す気ないだろ。バイバニラとかにしとけよ。
仮面と一緒にパンフレットのようなものが渡された。
案内状、と書いてある。
パーティーの大まかな流れと、今から乗る船についての説明が乗っているようだ。
「船の名前はティータニック号。ティータニック?」
「シンオウに伝わる巨人伝説のことをそう呼ぶこともあるね。造船もシンオウだと書いてあるよ」
「あー
俺の疑問を物知りポプラさんがすぐに答えてくれた。
じゃあ、この船はその神話にあやかって名付けられたわけだ。
確かシンオウのレジギガスってのが大地を引っ張った巨人なんだっけ?
俺はホウエンでレジ系三体をゲームで知っているだけだけど。
この船の大きさを見ると、そう名付けたくなる気持ちも分かる。
案内状によるとティータニック号の全長はおおよそホエルオーの20倍。
高さも何とキョダイマックスしたジュラルドンを超えている。
まさに海の巨人に相応しいだろう。
中の設備も高級ホテルのような客室は勿論、カジノだのダンスホールだの意味不明なまでに豪華そうなものばかりだ。
少し順番待ちをして、次々とセレブ達がそんなティータニック号へと乗り込んでいく。
続いて、俺達も。ジムリーダーである俺達も乗り込む。
巨大なる陰謀と巨大なる因縁、そして巨大なる野望。
それら全てを乗せる巨大なる船へと、乗り込む。