テーマパークに来たみたいだな。
案内状でティータニック号の詳細を見ながら、俺はそう思った。
お茶会をするためのサロンや説明のあったオークション会場。
てもちのポケモンと触れあうためのポケリフレ用のリラクゼーションルームなど。
それから音楽会や演劇が開かれるホールも驚くけどまだ分かる。
ポケスロン会場って何だよ。
あれだよな。ちょっとだけ映像で見た事あるぞ。ポケモン用のトライアスロンだよな。
あのグラウンドが船内にあるの?マジで?
おかねのちからってすげー!
引き分けのせいで少しもやもやしたまま、俺は試合前に見つけたポプラさん達ととりあえず合流する。ゴージャスボールはちゃんと老執事に返しておいた。
バイバイ!アーマルド!
「エージェント、私は良いからこれから目を離すんじゃないよ」
「いや、普通護衛すべきは俺よりポプラさんだろ…」
早速はぐれた事を責められた。
船の外にワープしてないだけチャンピオンよりマシだから許して欲しい。
サイトウも「分かりました」とか真面目に答えなくていいから。
‥‥二人共、さっきのバトルには触れてこない。
まぁ疑惑くらいは持つよな、そりゃ。
言っても仕方ない事だし、俺も話しにくいから助かる。
「さて、どこ行くんだよ。ポプラさん」
「ここではマホミルさんと呼んでおきな。一応、誰が見ているか分からないからね」
「アッハイ」
正直、仮面を着けてもポプラさん程の有名人は丸わかりだと思うんだけどなぁ。
俺は多分大丈夫だろうけど。
ポプ‥マホミルさんは案内状をざっと見ると
「どうするかね…。オークションは見ておきたいけれど、開催は後だと言っていたね」
「お、オーロラ楽団の歌姫アシレーヌとヒメンカ46のダンスパフォーマンスが今夜限りの奇跡のコラボレーション!だってさ」
すげえ!俺でも知ってる!
こういうのに興味を持つかと思ったのだが、マホミルさんは首を振った。
「そっちの界隈は、こんな時じゃなくても会えるからね‥‥ふむ。まずはカジノに行くよ」
カジノ、ギャンブル、賭博。
『ギャンブルはいいぞ、ジャリガキ‥‥』
脳内で先代がサイコロを転がし始めるが、ぶんぶんと頭を振って追い出した。
流石にあんな悪質なギャンブラーはそうそう居ないだろう。
船内の移動には《テレポート》を使うらしい。
各所に居るケーシィに行きたい会場を伝えるとひとっとびで送ってくれる。
この船、すごい数のエスパーポケモンが配備されてるな。
それにしてもケーシィって一日のほとんど寝てるらしいけど、今は起きてるの?寝てるの?
寝ていてもみらいよちで自分がする行動が分かってるらしいけど、寝てる相手にテレポートされるとしたらちょっと怖いぞ。
《テレポート》は4,5人ずつ送るらしい。
セレブが行列を作っている様はちょっと面白い。
順番待ちするんだ、セレブって。
手前のヤドンの仮面を着けたお兄さんはちょっとイライラしてるけど。
ケーシィが《テレポート》させる度に小声で「おおっと!」とか「なかなかやるようですね…ワタクシほどではないですが…」とか呟いてる。
やばい人なのかな?頭の上でボール浮かせてるし。
そんなに待つ事もなく、すぐに俺達の番がくる。
今並んでいるのは俺達が最後だ。
カジノをお願いするとケーシィがむにゃむにゃと手を動かし始める。
これ寝てますね。
少し不安になるが、今慌てて起こしたって逆に危ない。
諦めて《テレポート》の発動を待つ。
「もう!オヤジしつこいし!」
何だ?揉め事か?
声のした方を見ると、乗船時に見たココドラとボスゴドラの親子が少し言い争っているようだ。二人共声が大きいから全部聞こえてくるぞ。
「えー!パパと一緒に船内ポケスロン、やりに行こうぜー!」
「そんなのチョー嫌だし!もっとセレブっぽい事出来るって聞いたからついて来たのに!」
うーん、よくある反抗期って奴か。
お父さんの方はガハハと笑っているが、娘さんの方が心底嫌そうだ。
「‥‥あっ!テレポート!アタシも乗る!」
ココドラの女の子はちょうどよく空いていた俺達の横に並ぶ。
え、これ大丈夫なのか?誰も止めないから大丈夫…だよな?
ボスゴドラの大男がそれを追ってくるが、誰かに呼び止められている。
多分人数オーバーだからだ。
一回《テレポート》止めた方がいいのか?
だが、《テレポート》が発動したのはその瞬間だった。
「おーい!シャクちゃ」
ぐにゃり、と視界が歪み、届きかけていた声も反響するように遠ざかる。
《テレポート》が発動した。
細いパイプに吸い込まれるような感触と浮遊感。
ちょっと気持ち悪いが、一瞬経てば風景はしっかりと別のものへと変わっていた。
目の前にあるのは豪華絢爛の四文字だ。
過剰なまでに金色で塗装されたテーブルやスロットマシーン。
眩しいのは天井にぶら下がったシャンデリアの煌めきのせいだろう。
沈み込みそうな絨毯の足元をついつい確かめる。
どこ行ってもふかふかだな、この船。
これが《テレポート》か。そういえば、地味に初体験だったな。
「いや、危ないなお前!」
今はそんな事よりも駆け込み乗車、駆け込み乗テレポートだ。
結構怖かったぞ。
どうするんだよ、テレポート先がずれて、ポケモンが居て合体しちゃったりしたら。
関西弁で喋る珍妙生物が生まれちゃうんだぞ!
「マジごめんね!ちょうど空いてたからさ!」
ココドラちゃんは軽い調子だが頭を下げた。
かなり若い子のようだ。髪も染めているし。
多分ギャル。あんまり俺の近くでは見ないタイプだ。
「あなた、さっきリアン君と戦ってた人でしょ!チョーいい勝負だった!ガチ興奮しちゃったし!」
「お、おう。引き分けだったけどな」
「特に《アイアンヘッド》とか、《アイアンテール》からの《もろはのずつき》とかチョーすごかった!」
ガチゴラスしか誉めてないじゃねえか。確かにチョーすごかったけど。
アーマルドもチョー頑張ってたよ。
「ねえ、よかったらアタシも一緒に行っていーい?オヤジうるさいから、一緒に居ると恥ずかしくてさ。別行動したいんだよね」
グイグイ来るな、このギャル。
最近の若い子ってこんなもんなの?
どうするのこれ、と思ってポプラさんを見る。
目がガン開きのまま、グッとサムズアップされた。OKらしい。
「面白くなってきたね。ストライク。しっかりお嬢さんをエスコートしてさしあげな」
えっ、そういうのすんの。
別に四人になるなら、皆で仲良く歩き回ればよくない?
だが、ギャルは即座に俺の腕に自分の腕を組ませてきた。
「えぇ‥‥」
「いーじゃん!よろしくね!ストライク!」
◆◆◆
ティータニック号、下層。
設計時の想定では大型の貨物艙とされていた区画。
そこには用途の分からない機械が立ち並び、異様な雰囲気を醸し出している。
ゴウンゴウンと言う重い駆動音と共に機械内部の銀色の何かがかき混ぜられる。
時折停止しては何らかの液体が注入され、そしてまた稼働し始める。
上層で行われている煌びやかなパーティーとは真逆。
機械の駆動音が広い空間に響くだけの無機質な空間だった。
機械と同じくらい忙しなく数人の科学者が動いているが、まるで機械の一部であるかのように無駄のない動きを繰り返している様子だ。
そんな空間に、新しい音が響く。
軋むような音は、空間を閉ざしていた重たい扉が開かれた音。
無音の中でよく響いたそれに当然、注目が集まり、そして目を逸らした。
「どもー。チーフ居る?頼まれてたあの子達のデータ持ってきたんだケド」
ひょっこりと顔を出したのは、女性の科学者だ。
しかし、その容姿を女性と呼ぶのは少し憚られる。
着崩れた白衣の汚れはともかく、顔面に泥まで着けて平然としている様は、あまりに容姿に頓着がなさすぎる。
足元を見れば靴さえ互い違いのものを履いている辺り、もっと奇天烈な恰好じゃないだけマシなのかもしれない。
「わざわざすまないね。ウカッツ博士。一応あれは最重要機密に該当するから、クラウドで貰う訳にも行かないだろう?」
「んにゃ、自分は新しい化石で暇つぶししてただけですーよ」
恰幅のいい白衣の科学者が前に出てきた。
苦笑いを隠さずに近づく勇気あるチーフにウカッツも赤裸々に答える。
そうしてデータの入った媒体をさっさと渡すと、ウカッツはぶらぶらと貨物艙を見回し始めた。
さっさと帰ってくれないかな…と言う周囲の目線に気付いていないのか、無視しているのか。
だが、駆動音を響かせる機械を見上げて、心底感心したように呟いた。
「‥‥それにしても壮観だネ。これじゃあもう実験室じゃなくて工場にした方がイイんじゃないかね?」
「珍しく意見が合うな。正直、やりすぎだと思う。リアンさんは焦り過ぎだよ」
「ははは。それ、言えてーる」
本来ならばここまで製造に力を入れる予定ではなかった。
当初は実験段階だったものが急遽実証され、瞬く間に製造法まで確立出来てしまった。
とは言っても未解明な部分も多く、何よりも表沙汰には出来ないような資金が大きく動いている。
やはり、船内で隠れて製造する事にはなっただろう。
何より、ここで働いているものが今更大手を振って日の下を歩けないものばかりだ。
勿論、ウカッツも、チーフも。
誰もが、何らかの形で学会を追放された者達ばかりで、この科学集団は組織されている。
当然、雇い主には危険な思惑があるはずだが、それでも構わないと皆が思って参加した。
きっと誰もが科学に取り憑かれているものばかりだ。
魅了するだけのものが、ここにあるから。
「『代替メタルコート』。まだ理論だって出来たばかりだったんだがね」
チーフもウカッツの隣で、機械を見上げる。
中でかき混ぜられているのは銀色。
液体とも固体とも言い難い、クリームのような粘り気のある物質。
知る人が見れば、その正体はすぐに分かるだろう。
だが、ここまで大量にあるところを見た事はあるはずがない。
世界中を旅して数個見かける。そんなところだろう。
金属の名はメタルコート。
柔らかさと硬さ、両方の性質を持つ特殊な金属。
ポケモンの進化にも影響を与える特異性もあり、未だ謎が多い物質として有名だ。
製造法も素材も秘匿されているが流通数はかなりの少数。
その価値は状況により前後するが、近年ではかなりの高値で売買されている。
「ん?自分は『偽造メタルコート』って聞いてたケド?」
「開発当初はそう呼んでいた‥‥‥だが、君もあの実験のレポートは見ただろう?」
チーフが、この研究をオーキド博士にでも持ち込めば、はがねタイプの研究は一段‥いや、二段飛ばしで進むだろうな、と呟いて笑う。
苦々しそうに笑う言葉には、後悔の色が隠し切れない。
「本物のメタルコートと数値上は何も一致出来ていないのに、何故ああなるのか。私には分からない‥‥。ただ、造れるという結果だけが、出せる。出せてしまう‥‥」
その後悔は科学の発展を前に痛感してしまった力不足か。
あるいは覚悟していたはずの戻れない道を進んでしまった罪悪感か。
チーフが代替メタルコートを見る目には愛憎が入り混じっている。
愛すべき成果であり、憎むべき未知。
そこには冷たい科学はなく、ドロドロに煮詰まった狂気がある。
いつか怪物を生み出すであろうマッドサイエンティストが生まれ―――
る事は、別にウカッツは興味がなかった。
ぺちーんと指を鳴らすと、チーフを両手の人差し指で指差す。
「アッ!思い出しーた!実験の子!ここで管理してるって本当かね?」
「え?あ、ああ。経過観察も兼ねてな。とは言っても異常がなさ過ぎて、もうほとんどデータ取ってないが‥‥」
思わず呆気に取られて、素に戻ってしまうチーフ。
「見せたまえ!このウカッツに見せたまえよ!チーフ!」
グイグイ。グイグイ。
その目にある狂気は先程チーフが見せたものとは比べ物にならない。
狂気を生み出したり、狂気に吞まれたりなどしていない。
ウカッツの瞳は、ただ当たり前にある狂気の世界を映しているだけだ。
あるのは諦観と無情とそれらと相反するはずなのに尽きない興味と欲求。
何も分からない不思議な世界へ、無造作に手を伸ばしているだけ。
だが、世界の真実なんて諦めきったその姿。
研究者としては、あまりに異端。
他人から見れば、ウカッツ自体が狂気そのものかもしれない。
そのウカッツの瞳から逸らすようにしながら、チーフは一角を指差した。
「向こうの研究室にボールが置いてある。一つだけだからすぐ分かる」
「おけー!」
軽い猫背のまま大きく腕を振って、ウカッツが早足で駆けて行った。
すぐさまバタン!という音がして扉が開き、もう一度音がして締まる。
「バンギラスみたいな女ですね‥‥」
「あれで化石部門一人で任せられてるってマジかよ」
「靴くらい揃えて履け」
どうやら、製鉄部門の方はあれよりはまともな人材が揃っている。
チーフがそれにほっと一安心する。
ただ同僚が来ただけなのに、一波乱超えたような雰囲気が流れる。
ウカッツが来るまで慌ただしく機械のように働いていた研究者達も、コーヒーを入れてブレイクタイムを楽しみ始めた。
チーフの元へも労いを込めたコーヒーが届いた。
ただ同僚を相手しただけだと言うのに。
バタン!
安心している暇もない。
先程出て行ったはずのウカッツが、すぐさま戻ってきた。
「チーフ、緊急事態の時って誰に連絡するんデス?」
急にどうした。
と、言いたいところだが、ウカッツが急なのはいつものことだ。
困惑しながらも、答える。
「ウカッツ博士からなら‥‥まず私だろうな」
本来なら部門が違うだけで同格だが、ウカッツの報告を直接上に上げる訳にも行かない。
事実上ウカッツの上司はこのチーフになっていた。
「では、報告デス。チーフ」
今までになく神妙な顔になるウカッツ。
そして…
「例の実験体、脱走してるゾ☆」
ペロリ、とベロを出して報告した。
コーヒーの入っていたマグカップが割れる音が、何個も響く。