突然の話だが、俺の前世知識は役に立たない。
もう自分でも認めてしまうが、本当に役に立たない。
ゲームをプレイしていた頃の事を思い出す事は随分なくなっている。
だって当時の俺は種族値を暗記もしてなければ、おぼえる技も全然覚えてなかったからな。
前にも言ったかもしれないが、一回殿堂入りして満足。そんな程度だ。
600族、という単語くらいは知ってたかな。
ポケモンの専門的知識はほとんどこっちに来てから蓄えたものになる。
然程蓄えられてないとかは言わないで欲しい。
とにかくゲームとしての『ポケットモンスター』を思い出す、と言うのは意外な事にほとんどない。
でも、『ほとんど』って事はたまに思い出す事はある。
それは大抵の場合、どこかの施設に立ち寄った時だ。
ふとした時、耳を澄ますと感じる。
それは不思議な一致か、それとも必然と思うべきなのか。
この時も、俺はふと気づいた。
(あ、このBGM、ゲームで聞いた奴だ‥‥)
カジノに流れていたのは前世で聞いたゲームコーナーの音楽だった。
「先輩、何だかゴキゲンですね」
タイレーツのお面を付けたエージェントに指摘され、自分が鼻歌を歌っていた事に気付く。
あー、何だろうな。別にゲーム音楽が特別好きって訳じゃなかったはずなんだけど。
「‥‥あれ?マホミルさんは?」
責めるような目線に、ちょっと気恥ずかしくて話題を逸らす。
周りを見渡すと、一緒に行動していたはずのポプ…マホミルさんが居ない。
「別行動だそうです。近くで見ているとは言われましたが」
「あの人、本当にここに何しに来たんだ?」
何で別行動?危険だからサイトウ連れて来たんじゃねえの?
おっと。サイトウじゃなくてタイレーツだった。
ややこしいな、本当。
口に出す時だけ気を付ければいいか。
「だいじょぶっしょ!だってここ、豪華客船だし!」
と、ココドラちゃん。
理屈は分からん。楽しそうで何よりだ。
「まぁ、一番しっかりした人だとは思うけども」
まさか迷子センターでポプラさん呼び出して貰う訳にも行かない。
そもそも迷子センターの場所が分からないからな。
「好きに遊んできな、とも仰ってました」
「遊んできな、って…」
改めて周囲に目を向ける。
何台も並ぶスロットの列。
そこかしこにあるルーレット台。
向こうではディーラーと客がカード勝負をしている。
ジャラジャラジャラと近くのスロットからコインが流れる音が、まさに洪水のように響く。
よっしゃ、ラッキー!と勝鬨をあげるポケモンとトレーナー。
うーん、典型的なカジノだ。
何一つ、イメージを裏切らない。忠実な完成度だ。
「すっご…」
隣でココドラちゃんが思わず呟くのも分かる。
まさに別世界って感じ。
俺とサイトウも圧倒されてしまう。
「ねっ!ねーっ!早速やってみよ!」
物怖じしねえな、この子。
初対面の人間を遊びに誘うテンションからして屈指の陽キャのようだ。
せっかくこういう場所に来たんだから、俺もこの子に倣って何も考えず楽しんだ方が得な気がしてきた。
だが、問題がある。
「遊ぼうにもコインがない。財布も持って来てないぜ」
カードゲームもスロットも、コインで遊んでいるようだ。
大事なコインケースだってない。
食堂でおっさんから貰ったり、ちかつうろで落ちてるのを拾ったりしないと…。
「あそこで貰えるっぽいよ!」
「えっ」
受付らしきところに行くと笑顔でコインとコインケースを渡されてしまった。
しかも、無料で。
因みにコインは電子マネーだ。時代だね。
ジャラジャラいっぱい鳴ってるのはあくまで演出で、ゲームには実在のコインは使わないそうだ。ちょっと悲しい。
まぁ9999枚入るって言われても持ち運べるかってのは別だから、こっちの方が便利だとは思う。
それにしても無料かー。
「あくまでセレブが暇潰すだけの場所って事かな…」
貰えたコインは100枚前後だがとりあえず遊ぶには十分な量だ。
まぁ、考えてみればギャンブラーが出入りするような本物のカジノな訳はない。
これならかなり気軽に遊んで良さそうだ。
「まずは軽くスロットでもやるか」
「お、ストライクも乗り気じゃーん!」
「私は遠慮しておきます。お二人共頑張ってください」
いや別に頑張るもんでもないんだけどな。こんなの。
ジャラジャラジャラ。
早速テキトーなスロットの前に俺とココドラちゃんが隣だって座る。
サイトウは後ろで見学だ。そうしてると本当にボディーガードみたいに見える。
コインケースをスロットマシーンに繋ぎ、コインを投入する操作をするとレールの横のランプが光る。
ここで追加投入する事も出来るが、とりあえずレバーを引くとスロットが回り始めた。
「普通のスロットだな」
ゲームで見たのとは少し絵柄が違うが、とりあえずは分かりそう。
カチャカチャとボタンを押してみる俺を、感心したようにサイトウ達が見ている。
「先輩、詳しいんですか?」
「いや人並みだけど…マジで見た事ないのか?」
かく言う俺もゲームの中でやってただけなんだけど。
なーんも考えなくてもボタン押してれば増えたから、たまにやっていた。
当時は若く、技マシンが必要でした。あとぬいぐるみ。
「子供のころからこういった遊びをしたことがないので…」
「わかるー!アタシもオヤジがうるさくて全然こういうのさせてもらえなかった!」
二人共箱入り娘らしい。意外な共通点だ。性格は真逆っぽいのに。
「そういえば、ガラルでゲームコーナーって見たことないな」
何でだろ?強いて言うなら先代の頃のネーナジムがそうか?
でもあそこはマジで『賭場』って感じで間違っても子供の遊ぶ場所ではなかったしな。
そもそも違法だったし。
別にあってもおかしくないのに‥‥うーん。分からん。
「まぁいいか。やり方はコインを入れて…」
10分後。
「マジやばい…チョー終わった…」
「まだです!ここからがふんばりどころです!ココドラさん!」
そこには破滅があった。
口からゴーストポケモンが出そうになってるのはココドラちゃん。
後ろで試合中みたいな真剣な目をしてるのはタイレーツのお面を付けたサイトウだ。
何でお前が熱くなってんだよ。後ろに居たはずなのに今はもう一番前のめりになっている。
そして投入した最後のコインが
ガコンガコンガコン!
・・・・・・。
「もう!ぜんぶ壊しましょう!」
壊すな。
「すみません。つい熱くなってしまい…」
「お前、これから絶対ギャンブルするなよ」
未熟を恥じ入っているサイトウ。存分に恥じ入って欲しい。
やったことないとは言っていたが、ここまで向いてないとは。
「チョーあっという間になくなっちゃったね」
「まぁ100枚って結構すぐなくなるからな」
レートもちょっと高かったし。
それにしたって爆速で負けたな、とは思うが、流石に口には出さない。
「どうする?コインなくなっちゃったし、マホミルのお婆ちゃんと合流する?」
「あー‥‥一応俺のがまだあるぞ」
スロットマシーンの画面を指差すと所持コインは1000を超えた所だ。
「えー!すっご!どしたのこれ!」
ココドラちゃん達が余りに必死になってるから言いにくかったが、俺は普通に打っていただけだ。サイトウまで尊敬の目で見ている気がするが、こんな事で尊敬するな。
大体、こんなの運が良かっただけだ。
自分がここまで当たった理由も察しがついていた。
「多分、『当たり台』だったんだと思う」
『当たり台』。
俺も真剣に調べたことはないが、ポケモンがゲームだった頃に聞いたことはある。
とある台だけ当たりの確率が高い、とかそういうのだ。
どういう仕組みで当たりやすくなってるとかは知らないが、『当たり台』が実在する事だけは確かだ。
実際、今俺が滅茶苦茶コインを稼げたのもそういう事だろう。
この台が偶然、『当たり台』だったのだ。
「代わってもよかったんだけど、俺も途中まで半信半疑だったから」
そして、『当たり台』かなーと気付いた頃には隣で二人がのめり込んでいた。
決してガチになったサイトウが怖くて話しかけられなかったとかではない。
「どうする?コイン分けてこっちの台で打ってみるか?‥‥あ、電子コインって分けれんのか?」
しまった。電子だと便利だけど、こういう事は出来なくなるのか。
うーん。コインケースごと渡しちゃったら怒られるかな。
「いや、それはストライクのコインっしょ。悔しいけどアタシは後ろで応援してるよ」
いや、だからスロットに応援も何もないって。
女の子二人に応援されながらスロット打つって何事だよ。
とは言ったものの、俺もこれだけコインがあると「やーめた」とは言いづらい。
景品に交換を…と思ったが、荷物になりそうで嫌だな。
だけど、1000枚もあるとスロットではコインも中々なくならない。
当たり台なら尚更。
そんな風にダラダラ打ちたい気分では、ないんだよ。
「スロット以外で遊ぶか」
向こうなら、もう少し早くコインを片付けられるだろう。
俺は、ディーラーが居るコーナーへと目を向けた。
因みに流れているのはキンセツゲームコーナーのBGM(生演奏)です。