貴族にとって大きなパーティーで開かれているカジノは「稼ぎ」の場ではなく、「暇つぶし」の場である。
そもそも有り余るほどの財を持つ彼らにとってギャンブルで手に入る勝利や報酬など必要のないものだから、当然だろう。
庶民の感覚で言えばふらりと寄ったゲームセンターで遊ぶようなものだ。
ゲームの参加料を払って、楽しくゲームをしておしまい。
正しく娯楽でしかない。
本来のカジノならば時折本職のギャンブラーが混ざり、場が荒らされる事もある。
だが、このカジノは完全招待制の船上カジノ。
異物が混ざる事はまずあり得ない事であり、故にこのカジノはディーラー達ですら「本物の勝負」を知るものは少ない。
だからこそ、今。
テーブルでディーラーをしているシュウスケは、手先の震えを抑える事で精一杯だった。
(これ以上は、まずい)
自分の額に冷や汗が流れている気がして、確かめたくなる手を必死に抑える。
確かめてしまえば、動揺がバレる。そんな「隙」は晒せない。
シュウスケのテーブルにはホログラムで表示されたコインが山のように積みあがっている。
このカジノでは電子化されているコインだが、お客様に分かりやすくするためにこうして視覚的にも見える形でテーブルにコインが積みあがるのだ。
だが、シュウスケが知る限り、過去にコインがこれほど表示されたことはない。
このカジノでそんな大勝負をする「勝負師」など居なかったからだ。
天敵の居ない狩場で暴れるドラゴンポケモンのように、目の前の彼はこのカジノを食いつくそうとしていた。
目の前に座っているのは少年とも青年とも呼べるような男。
少年と呼ぶには落ち着いているが、青年と呼ぶには軽薄な気配がある。
軽薄に感じるのはゲームが始まってからずっと浮かべている笑みのせいかもしれない。
「次は…『プリン』の『レベル4』」
彼がカードを宣言する。
ゴクリと自分の飲んだ唾の音が大きく響いた気がした。
いや、気のせいだ。きっと観客の誰かが息を吞んだ音に違いない。
そう、今やこのテーブルの周りには何人もの観客が立ち並び始めている。
積みあがる前代未聞の黄金の山は貴族達の目にも分かる「強さ」だ。
ざわめきは密やかに広がり、少しずつ増えている。
(これは《ちょうはつ》…!)
本来ならば。
ディーラーがカードを選んでから宣言するのがこのゲームの一連の流れ。
実際、初回のゲームはそのように進行した。
その流れをまるで無視し、先んじてのカードの宣言。
余裕を見せつけるかのようなプレイングだが、あえてそれは指摘しない。
ディーラーが指摘さえしなければ、ゲームはこのまま進行する。
シュウスケは気付かれないようにソルロックへと目線を送る。
長年の相棒もまた、気付かれないように目線で頷いた。
テーブルの彼はきっと、歴戦のギャンブラーだ。
隣の女性との会話では濁していたが、堂々とした態度と落ち着きからは常人には纏えない風格が備わっている。
止めなければいけない。
自分とソルロックにギャンブラーと戦う腕前はない。
普段はただのジェントルマンであり、付き合いのある貴族に誘われてここに居るだけの素人だ。
ただジョウトのカジノで「カードめくり」を遊んだことがあり、ルールを知っていたからテーブルに配置されただけの警備員を兼ねたポケモントレーナーに過ぎない。
(どうやって当てているか、皆目見当がつかない)
彼はゲーム開始から一枚賭けを続けている。
そして、捲り続ける度に彼のコインが増えていく。
一枚賭けの倍率は24倍。たった三度の勝利でコインは見ての通りだ。
このゲームではプレイヤーはカードに触る事すら出来ない。
イカサマは不可能なはず。しかし、何かトリックがなければおかしい。
こんな勝利が続くことなど本来あり得ないのだ。
イカサマはある。なければおかしい。
だが、自分には正体も対策も分からない。
(それでも、ただやられる訳にはいかないのですよ)
ソルロックがここまでのゲームと同じように山札を捲り、テーブルの中央に置く。
何の違和感もない。指示をした自分ですら気付けなかった手際に、心中で静かにガッツポーズをする。
セカンドディール。
山札の一番上をそのままに二枚目をさっと抜き取り、さも上からカードを抜いたように見せる技法。当然、イカサマである。
ソルロックは念力によるカード配りで、今それを成し遂げて見せた。
彼がどうやって捲るカードを的中させているかは分からない。
だが、そこにトリックがあるのならば的中させるのは「山札の一番上のカード」のはずだ。
ならばセカンドディールを使えばカードの順番をずらし、外させることも可能。
小手先だが、既にカードは宣言されている。
こちらを揺さぶるために先に宣言したのだろうが、後から宣言したカードを変える事は許されない。
(追い詰めた!)
幸い、彼は常にテーブルに上がった全てのコインを賭け続けている。
膨らみ続けたコインの山はこれで消える事になるはずだ
(許してくださいよ。先にイカサマをしたのはあなたのはずだ!)
イカサマのトリックは分からないが、イカサマで上を行かせてもらう。
そう信じて目の前のギャンブラーへと強く視線を送るが、彼の浮かべた笑みは消えない。
追い詰められたことは理解しているはず。
それでもなお、泰然と微笑む様。
これまでどれだけの修羅場をくぐってきたと言うのか。
流石だ。
それでこそ本物のギャンブラー。
挑むものとして、ディーラーであるシュウスケも笑みを浮かべる。
その笑みが浮かんでいるのもこのカードを捲るまでだぞ、と。
そして、カードが捲られる。
描かれているのは‥‥
『プリン』の『レベル4』。
彼が宣言したカードが、そこにあった。
浮かべた笑みが、消える。
◆◆◆
(まずい)
思わず頭を抱えたくなるのを必死に抑える。
そんなんしたらかっこ悪いし。
俺の目の前には凄まじい量のコインの山だ。
信じられないだろ?これ、俺のコインらしいぜ。
はっはっはっ。
何でこんな勝ってるんだ!?
俺はただ初手から一枚賭けを続けていただけなのに。
何故かカードが捲られる度に俺が宣言したカードが場に現れ、コインの山が積みあがっていくのだ。
勿論そんな偶然があるわけがない。
そして、俺がイカサマをしているなんてこともあり得ない。
そもそも俺が一枚賭けをしていたのはそれなりに勝機がありつつ、それなりに負けてさっと終わる事も出来るからだった。
例えば最初から最後まで同じカードに賭け続けた場合、12枚のカードが捲られた時にそのカードが出ている可能性は24分の12。つまり50%だ。
遊びで賭けるにはちょうどいいくらいの確率だし、24倍の大当たりは例えその道中でボロ負けしていようと見栄えがいい。
初手からいきなり当たり、そのまま連続で当てるなんて馬鹿みたいな事考えもしていなかった。
っていうか何パーセントよ、これ。
24分の1の時点で4.2%くらいで、そこから更に23分の1だから、えーっと。
と、とにかく。
まさか「
そして、俺にはイカサマをする腕も理由もない。
どんなイカサマしたらこんな事が出来るのかも分からん。
だが、俺から見てイカサマが容易に可能な人物がいる。
ゲームのルール上、カードに触れられる唯一の存在。
ディーラーだ。
ディーラーであるジェントルマンとソルロック。
どちらかがこの大勝を仕込んでいるに違いない。
カードのプロであるディーラーならば狙ったカードを出すくらいは可能なはずだ。
今思えばド派手なサイコパワーでのシャッフルも手品でよくある視線誘導だったのだろう。
何故胴元であるディーラー側が俺を派手に勝たせようとするのか。
一見謎かもしれないが、その答えはテーブルの周囲にある。
「凄い勝負でおじゃる…!さっぱり解らぬでおじゃるが!」
「ざわ・・・ざわ・・・」
「…ディス イズ メイビー『みらいよち』!?」
気付けば俺達の遊んでいるテーブルには何人もの観客が立ち並んでいる。
積み上げられた黄金の山に魅せられて、引き寄せられてしまったわけだ。
きっとこれがディーラーの目的だ。
先代から聞いたことがある。
賭場には敢えて勝たせることで注目度を引き立て、他の客を引き寄せて食らう罠があるぞ、と。
聞いた話の中では派手な勝ち方をするのはあくまで賭場の用意したサクラだったのだが。
よっぽど俺が扱いやすく見えたのだろう。
今思えば初手から一枚賭けをした時点で目をつけられてしまったに違いない。
元々この「カードめくり」のゲームは人気がなかった。
故に、こうして馬鹿勝ちしている様子を見せる事で周囲の客に「稼げるぞ」とアピールをしているのだ。
俺は既に術中。
ディーラーの手のひらの上から逃れる事さえ出来ない。
まさにまな板の上のコイキングと言ったところだ。
食ったことないけど。
強いて言うなら勝っている今、このゲームから降りてコインを持ち逃げしてしまえばいいかもしれないが、そんな事したらカジノの奥から怖いお兄さんが出て来て呼び出されるに違いない。
ディーラーのイカサマを(どうやってるのか解んないけど)指摘した場合も同様だ。
怖いお兄さんとの群れバトルなどしたくはない。
(頼む。早く負けさせてくれ‥‥!)
「『プリン』の『レベル4』」
俺はさっさとテキトーなカードを宣言して、目の前のディーラーにお願いするように目線に強く力を込める。
生殺与奪を握られているようなものだ。もう周りにバレないように命乞いをするしかない。
ソルロックがするりとカードを選び、場に置かれる。
あ、俺宣言するのちょっと早かったわ。
何も言ってこないって事は初心者だから許してくれたのかな。
ディーラーの優しさを感じ、繋がった目線に更に強い命乞いを込めて送る。
ディーラーは、意地の悪そうにニヤリと笑みを返してきた。
駄目かもしれない。最早、俺も笑うしかない。
思い返すのはネズやカブさんなどの数々の強敵とのバトル。
あの時と似た敗北がじりじりと迫る感覚が足元に来ている。
そして、カードが捲られる。
そこにあったのは…
『プリン』の『レベル4』。
俺の宣言したカードが、そこにあった。
まだ、終わらない。
終わらせてもらえない。
未だ折り返しですらないゲームへの絶望に、奥歯を噛みしめ頬に力が入った。
「くくっ…」
皮肉な事に、その表情は笑顔の形のままだった。
ジェントルマンのシュウスケ
剣盾のマルチ要素、マックスレイドバトルで現れるNPCの一人。
とりあえず最低限攻撃さえしてくれれば助かるマックスレイドバトルで、積み技である《コスモパワー》を使いまくる悲しい存在。
ステータス上昇打消しを何度食らっても《コスモパワー》を使い続ける。
シュウスケのソルロック
宇宙を感じている。