ティータニック号は隅から隅までゴージャスに仕上げられた超一級の豪華客船だ。
例えばそれは広い船内の廊下にずっと敷かれている絨毯の柔らかさだったり、カジノエリアの照明に使われていた煌びやかな装飾の数々だったり。
俺のように高級品に不慣れな素人であっても、有無を言わせぬ説得力を常に見せつけてきた。
俺達が警備員に連れられた新たな部屋も、例によって例にもれず一級の内装で固められている。
壁と床は石造りになっている。
勿論本物の石ではないと思うが、お陰で部屋の中は中世の世界観だ。
ナックルシティとかの雰囲気に近い。
あの辺りは元々貴族の住む建物…というか街全体が古城のようなものだから、貴族の方々がああいった趣味なのもむべなるかなと言う所だ。
中世の世界観に最大限浸りたいからだろう。
部屋の中は照明も必要最低限で、全体的に薄暗い。
流石に蝋燭とか使ってないよな?
部屋の前までは、これまで見てきた船内と同じく絨毯が敷き詰められた明るい廊下だったのに。
わざわざこの部屋の為だけに、一体いくらかかっているのだろうか。
「流石、豪華客船の牢屋は凝ってるなぁ」
「ちょっとー!早く出してよー!」
思わず感心した言葉を漏らしてしまった俺の横で、ココドラちゃんが鉄格子を掴んで叫んだ。
シュートシティの父さん母さんお元気でしょうか?
俺は今女の子と一緒に牢屋に閉じ込められています。
牢屋…と言うよりは多分正確には不審者を一旦拘束しておくための部屋かな。
わざわざそんな部屋を中世の牢獄みたいな見た目にしているのは、きっと趣味に違いない。
せめて椅子くらいは用意して欲しかったが、贅沢だろうか。
クッションだけでもいい。
あ、トイレねえな。ここ
ぶち込まれてる身としては今のところ大丈夫だが少し不安になってしまう。
と言うか、せめて誰か来て欲しい。
警備員の皆さんは忙しいらしく、俺達の話も聞かずにこの部屋にぶち込み、そそくさとどこかへ行ってしまった。
イカサマ師に構っている暇なんてないらしい。
いや、イカサマ師じゃないんだけどな。
すぐに素性の確認がされると思っていたんだが、誰も来てくれない。
招待側は招待客の素性については把握しているようだったし、身分証明は難しくないはずだ。
もしかして、このままパーティー終了まで放ったらかしなんて事はないだろうな。
ココドラちゃんの隣で俺も必死に声をあげるべきなんじゃないか、と思い始めた頃、ココドラちゃんは叫ぶのをやめた。
体力の限界らしい。お疲れ様。
「ぜぇぜぇ…誰も来ないじゃん!」
いや、まだ元気だ。不憫になってきた。
そもそもイカサマを疑われた俺はともかく、ココドラちゃんがここに居る理由なんてない。
ただ俺の不当な連行にずっとついてきて、異議申し立てをしつこく続けた結果、めんどくさくなったらしい警備員に一緒にぶちこまれてしまった。
今日会ったばかりの俺のためにそこまでするガッツは凄まじいし、気持ちは嬉しかったが、今回は裏目に出てしまった形だ。
「ごめんな、巻き込んじまって」
頭を下げると、ココドラちゃんはお面の向こうの目をきょとんとさせた。
「いや、ストライクは悪くないっしょ。ムザイなのに話を聞かないあいつらがやばいし」
ぷんすかぷんぷんと憤慨してらっしゃる様子だ。
俺がイカサマをやっていた可能性とかは考えていないらしい。
だが、やはり「巻き込んだ」と言うのは確かだ。
俺にイカサマを擦り付けてきたクソジジイ。
ネーナジムの先代ジムリーダー、タラクサ。
何故この船に乗っているのかは知らないが、どうせ碌な方法じゃあるまい。
恐らく何かの目的のついでに、《やつあたり》のように俺を狙ってきたものと思われる。
多分そう、絶対そう。あのジジイはそういうやつだ。
だが、ジジイの狙いはきっと俺だけだったはず。
身内からの嫌がらせに赤の他人を巻き込んでしまったのは、やはり申し訳ない。
「まぁ、安心してくれよ。俺、実はジムリーダーやってるからさ。スタッフと話が出来ればすぐに出られると思うぜ」
ジムリーダーと言う職業が持つ社会的信用度は高い。
警察に協力を要請されて、捜査に参加することだってあるらしい。俺はやったことないからよく分からんけど。
少なくとも、身分証明さえ出来ればこんな牢屋からは出られるだろう。
その上、主催者であるリアンさんとだって知り合いだし。
もしもイカサマを本気で疑われて訴えられても、ちゃんと頼るべき場所だって知っている。
冤罪で拘束されたのは初めてじゃないから慣れたもんだぜ!
(以前先代が逃亡した際にマクロコスモスに犯罪関与を疑われて拘束された)
「あ、そーなんだ!じゃあ、大丈夫じゃん!」
‥‥。
いや、安心してくれたのは良いんだけども。
「実は俺がジムリーダー」ってのはもう少し驚いてくれてもいいんじゃないだろうか。
べ、別にすっごーい!とか言われたかった訳じゃないんだけどね?
俺、キバナさんとかカブさんとも知り合いよ?
お願いされたらサインとか貰ってくるよ?隣に俺のサインだってつけてあげるし!
「よかったー。オヤジに頼らなくちゃいけないのかと思ってチョー複雑な気分だったんだよね」
恥ずかしい知人アピールをしそうになった俺をココドラちゃんの言葉が我に返す。
そういえば、出会った時もお父さんらしき人から逃げている最中っぽかったな。
何度か見かけたボスゴドラの仮面を着けたおっさんだったはずだ。
確かに、何も知らなくても何度か目に入ったくらい背も声もデカいおっさんだったな。
あれが四六時中一緒に居るとしたら、反抗期的なココドラちゃんの気持ちもちょっと分かる。
「因みに何タイプのジムリーダー?」
「むしタイプだよ。ポケモン見せようか?リハビリ中だけど」
ずっと牢屋に居ると気分も滅入るだろう。
気分転換になればいいと思ってそんな提案をする。
言いながらジャケットをまさぐって、パーティーに一つだけ持ち込めたボールを取り出す。
この世界、基本的に話題に困ったら自分のポケモン見せれば話題になるから助かる。
「へー!なになに、どんな子…」
ココドラちゃんも興味津々と言った様子だ。
が、何か途中で固まった。
「ってあーーー!アタシたち、ポケモン持ってるじゃん!」
「え?うん」
警備員の人達、本当に慌ててたから持ち物検査とかもしてなかったからな。
ポケモン取り上げられてたら俺ももうちょっと必死になれたと思う。
ココドラちゃんはどうやら気付いていなかったようで、慌てて自分のボールを取り出して、鉄格子を指差した。
「これ、アタシのココドラに食べてもらえば出れるじゃん!」
「やめたげてよぉ!」
器物損壊罪…とかがこの世界にあったかはちょっと覚えてないけど。
警備員さんは真面目に仕事してるだけなんだから、そんな迷惑かけちゃいけない。
‥‥もしも弁償しろって言われたら高そうだし!
「そんな乱暴なことしなくても、俺の相棒ならこんなカギくらい開けれるから…」
ガゴン!
天井から、大きな音がした。
突然の音に、二人して身体が固まり音の発信源へと目線が動く。
見上げると部屋を見渡した時は気付かなかったが、鉄格子の向こう側の天井に大きな通気口があった。
部屋の世界観を崩さないために分かりにくいようになっていたらしい。
ガン!ガン!
何かがその通気口の中を通っている。
コラッタ、ズバット…潜り込みそうなポケモンを思い浮かべるが、聞こえてくる音のイメージはそれより重く、大きい。
さりげなくココドラちゃんを音の発信源から庇うようにしながら、ボールを握りしめた。
ガシュ!
通気口のフィルターが、何かに貫かれる。
後ろで小さく息を吸う音。悲鳴を上げなかっただけ凄い。
突き入ってきたのは爪か牙…そういう鋭いものだ。
ガン!ガン!ガン!
上に居る何かは、穴を広げようと力任せに連打を始めた。
少しずつ穴が裂け、大きくなっていく。
こいつ、入って来る気だ。
おいおい、ホラー映画じゃねえんだぞ。
ガゴン!
ついに、何かが突き破った。
現れたものを最初は頭だと思ったが、違う。
目のような模様が描かれた巨大なハサミが、まず突き破ってきた。
そのまま穴を広げながら、全身が現れる。
薄暗い照明の灯りを照り返し、発光しているようにも見える光沢の装甲。
着地と共に響いた重い音からも、全身に金属を纏っているのだと分かる。
その姿に思わず言葉を失う。
一目で分かる。
俺はそいつの姿を何度も見ている。
ゲームの中で、そして、この世界でも。
思い出すまでもなく、一目見ただけで分かる。
そして、思った。
『
これは、自分の知る姿ではない。
よく知っているからこそ感じる異色な魅力。
思わず、乾いた口が開く。
だが、出てきたのは目の前のそれをそのまま表す言葉だけだった。
「緑色の‥‥ハッサム」
姿かたちはよく見知ったハッサムと同じ。
だが、通常の赤色とは違う緑色の装甲。
俺の声に反応して、ギョロリと動いた瞳がこちらを捉える。
「…ラーイ……」
憤怒の瞳が、強く俺を睨みつけた。