エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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ねつぼうそう

 

壊れかけの鉄格子の扉は軽く押すと簡単に外れてしまった。

 

 

ハッサムの一撃でもう壊れる寸前だったのだろう。

出る、しかないよなぁこれ。緊急事態だ。許して欲しい。

 

俺はため息をついてから牢屋を出る。

ココドラちゃんには後ろ手のジェスチャーで待機してもらう。

倒れているハッサムがどういう状態か確認しないと、また襲ってきたら危険だ。

ボールを握りいつでも投げつけられる姿勢のまま、ハッサムへと近づいていく。

 

異常はすぐに分かった。

 

「熱い…」

 

触れる距離まで近づくとストーブの前に立ったような熱気を感じる。

熱源は目の前のハッサムだ。

 

意識は失っているようだが、ハッサムから魘されるように鳴き声が漏れる。

強く握り過ぎたハサミからはギリギリと軋むような音までしている。

呼吸も荒く、かなり苦しそうだ。

 

この症状、心当たりがある。

 

 

「もしかして、冷却が上手くいっていないのか?」

 

 

ハッサム。

はさみポケモン。

ハッサムはストライクと言うむしポケモンが希少な金属、メタルコートを使って進化したポケモンだ。後天的に金属の装甲を手に入れた進化をしたため、その生態には大きな変化が幾つかある。

 

だが、その変化もいい事ばかりではない。

 

例えばハッサムが得た堅牢な外殻は高い防御能力を誇るが、一方で放熱を非常に苦手としている。

熱を逃がさず、籠ったままにしてしまうのだ。

 

更にメタルコートによる進化の影響は外殻だけではない。ハッサムの身体の内部にまで及ぶ。

筋肉までも金属で出来ているかのように変質し、莫大なパワーを生み出せるようになっている。

しかし、この金属の筋肉には激しい運動をした後には酷く発熱してしまう欠点がある。

 

進化に伴った二つの変化は最悪の噛み合いを起こす。

 

自身の筋肉が生み出す高熱で、ハッサム自身を苦しめる最悪のシナジーを起こしてしまうのだ。

際限なく高まり続けた場合、体温の上昇で金属の外殻が溶けだしてしまった実例まで存在する。

 

 

勿論、そんな事にならないように普通のハッサムは自分の羽を放熱ファンのように使って、体温を冷却する習性を持つ事で知られている。

 

だが、思い返してみれば、目の前のハッサムは戦っている最中も羽を使っていた様子はなかった。

こいつ、何らかの事情で羽が使えなくなっているのかもしれない。

 

 

このままだと危ない。

せめてすぐに応急処置をしないと。

俺はジャケットを脱ぎながら、手に持っていたモンスターボールを放り投げた。

一刻を争う。相棒の手助けが要る。

 

 

ジャケットで大きく扇ぎ、ハッサムへ風を送る。

微々たるものだろうが、何もしないよりはマシのはずだ。

 

「ビババグ」

放ったモンスターボールから相棒が飛び出す。

 

「イオルブ。廊下に出て水の出そうなところを探してくれ。トイレでも何でもいいから」

 

指示を出しながら、廊下に続くドアのノブを回すとカギはかかっていなかった。

施錠されているだろうから、まず相棒のサイコパワーで開けようと思っていたんだけど。

 

何でだ?閉め忘れ?ちょっと不用心じゃない?

‥‥まぁいいか。

 

 

イオルブは頷きを一つ返して、すぐに廊下へと飛び出した。

 

イオルブは強力なサイコパワーで周囲数キロを観測する事が出来る。

リハビリ中の今はそこまで広く感知する事は出来ないだろうが、それでも船内の手近なマッピングくらいは楽勝だ。

水道なり何なりすぐに見つけてくれるだろう。

 

次はどうする?廊下には絨毯が敷かれている。

石畳よりそっちに移動した方が…でも、ハッサムって120キロくらいあるんだよな。

こいつの特性が《ライトメタル》だったら話は別だけど…。

 

 

ばっさばっさとジャケットを振り回しながら考える。

そんな俺の横にココドラちゃんが恐る恐るといった感じで並んだ。

 

「ね、だいじょぶなの?」

 

ハッサムが助かるかどうか、だけの言葉ではないように思えた。

ココドラちゃんの顔を見ると心配七割、不安三割。優しい子だと思う。

目の前の苦しむハッサムを助けたい気持ちはあるけど…と言った感じだ。

それも仕方ない。

 

このハッサムはコマタナに襲われる直前まで、俺達を襲いに来たポケモンだ。

 

多分野生のポケモンだと思う。

恩を感じて仲良くなれるかも、みたいなお花畑の発想をする程俺も子供じゃない。

きっとハッサムは俺達を襲う。

襲ってきた時の怒りのボルテージを見ても、間違いないと思う。

その時、今のイオルブで勝てるかと言われると、ハッサムの戦いを見るに五分五分だろう。

 

それでも、「にげる」という選択肢は選べなかった。

ここで苦しんでいるハッサムを放っておいたりしたら、俺は「ポケモントレーナー」として胸を張れなくなる。そんな気がした。

感情的で、曖昧な答えで、答えにはなっていない。

 

 

大丈夫か、と言われれば何も大丈夫じゃない。

ハッサムを助けられる自信もないし、ハッサムを助けた後にも自信がない。

「‥‥」

俺は何も言えずに、ジャケットで扇ぐことを続ける。

ココドラちゃんの表情は分からないが、じっと見られている事は分かった。

 

 

「‥‥アタシ、何すればいい?」

何も答えられなかったが、協力してくれるらしい。

 

「…外に出て、イオルブの後を追って欲しい」

申し訳なさでいっぱいになりながら答える。

「水道を見つけたら、ハンカチとかを濡らして戻ってくれ」

 

人を呼んできてくれ、とも言おうと思ったが、状況が複雑だ。

牢屋はぶち壊れてるし、さっき襲ってきたコマタナ軍団の件もある。

とりあえず応急で出来る処置を優先したい。

 

「りょ!任せて!」

ココドラちゃんは決断してしまえば、即行動に移している。

キビキビと立ち上がり、ドアへと向かう背中に声をかける。

 

「…ごめん、ありがとう」

 

本来ならココドラちゃんがこんな危険な橋を渡る必要なんかない。

それなのに、彼女を巻き込んでしまったのは俺の個人的な我儘が原因だ。

安全の為なら彼女だけでも逃がすべきなのに、頼れることをありがたく思っている自分も居た。

 

「…いーってことよ!」

 

義理に厚いギャルは、振り返ると男らしいガッツポーズで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく一人でばっさばっさとジャケットで扇いでいると、すぐにイオルブとココドラちゃんが戻ってきた。

トイレがすぐ近くにあり、周囲には特に人の気配はなかったらしい。

少なくともイオルブの探知出来る範囲には居なかった。

ティータニック号は広すぎるな。

 

状況が更に複雑にならないのはいいが、助けを求める事も出来ないのは辛い。

うーん、スマホロトムが使えれば。

 

考える事は多いが、今は後回しにする。

ひとまず、持って来てくれた濡れたハンカチでハッサムの身体を拭ってやる。

大抵のむしポケモンはあまり汗をかかない。

元々変温動物である昆虫に分類…ってのはポケモンの常識では少し違うけど、大きく外れてもいない。

 

せめて身体の表面を濡らして、少しでも熱が逃げるようにする。

ハンカチで拭うのは俺で、ココドラちゃんにはジャケットで扇ぐ係を代わってもらった。

やっぱり近付くのは危険なので、なるべく俺がやった方がいい。

 

移動させようにも、やっぱりハッサムは重く俺とイオルブでは運べなかった。

こんな時サイトウが居てくれたら、ハッサムなんて三匹くらい一気に運べたろうに。

俺も筋トレするべきかもしれない。

 

 

 

何度かハンカチを交換しながら拭いていると、ハッサムが目を覚ました。

まだ焦点のあってない瞳の前には俺。

俺の顔を見たハッサムが、目を見開く。

 

 

「あー、具合はど」

 

 

次の瞬間。

何かが砕けるような音と共に顔面に衝撃。

身体ごと吹っ飛ばされて、気付いたら床に転がっていた。

 

 

ぐおおおお…いってぇ…!

いや、でもしょうがない。

野生のポケモンに不用意に近づいてた俺が悪いからな。

 

ただ、あのハサミで殴られたにしては思ったより痛くない。

すぐに起き上がれそうなので何とか身体を起こすと、ボロボロと何かが落ちた。

緑色の欠片だ。

俺の顔面から落ちている。

 

あ、ストライクのお面か。

これが微妙にクッションになってくれた、のかな?

 

ハッサムの様子を見ると、何故か俺の方を変な目で見ていた。

興奮…じゃないな。怯え?

何で今吹っ飛ばした相手に?

 

長い付き合いのポケモンならともかく初対面の表情はよく分からない。

首を傾げている内にハッサムは俺から目を離し、後ろを振り向こうとする。

 

まずい。今、ハッサムの後ろにはココドラちゃんとイオルブが居る。

ハッサムが襲い掛かりかねない。

 

 

「俺の名前はアベリ!ネーナタウンのジムリーダー!よろしく!」

 

俺は咄嗟に叫んだ。

幸いにしてココドラちゃん達が居る側は部屋の出口に近い。

俺が気を引いている間に脱出出来るはずだ。

 

狙い通り、ハッサムはこちらを向いた。

 

よし、今のうちに逃げろ!

そう思ってココドラちゃんへと視線を送る。

アイコンタクトで出口を示して、強く念じる。

俺の視線を受け取ったココドラちゃんは真剣な顔で頷いて

 

 

「アタシはシャクヤ!よろしくね!」

 

 

仮面を脱ぎ捨てながら、自己紹介を返してきた。

 

そうじゃねえよ。

 

ハッサムもそっち向いちゃうし!

「ビババグ!」

イオルブまで自己紹介を始めたカオスな状況に頭を抱える。

唐突な自己紹介に挟まれてしまったハッサムは先程コマタナに囲まれた時よりも困惑した様子だ。

人間二人にポケモン一匹、警戒すべきかすら判断し辛いようだ。

 

えっと、どうしよう。これ。

俺まで困惑してしまう。もう一回叫んだ方がいいか?

 

「ラァッッ!!」

 

沈黙を破ったのは、ハッサムだった。

ライトグリーンのハサミを振り回し、近くにあったものへと叩きつける。

この拳が自己紹介だぜー!と言う事ではないだろう。

 

ガァン!

 

大きな音がして吹っ飛ばされたのは、ドアだ。

それから、ハッサムは何もなくなった出口へと慌てて飛び出していった。

 

‥‥ハッサムはにげだした!

 

って事でいいんだろうか。

 

牢屋とドアに破壊の痕跡こそあるが、ようやく部屋の中でほっとした空気が流れる。

いや、俺はぶん殴られたけどね。もっと酷い事にならなくてよか…

 

 

「いや、やべえ!追いかけないと!」

 

あのハッサム、他の人間が居たら襲いかねない。

助けてしまった責任として、ちゃんと何とかしないと。

 

察したイオルブがすぐに近付いてきたので、腕の中に抱える。

リハビリ中の今だと、俺が抱いて走った方が早い。

 

「ココドラちゃんはどうする?ここで待ってても」

「シャクヤでいいよ!ちゃんは要らない!オヤジっぽいし!」

 

ココドラちゃん改め、シャクヤも走りにくそうなヒールの靴を脱いで追いかける気満々らしい。

ついでとばかりに無意味に俺の心が傷つけられたが、回復する暇も惜しい。

 

二人して急いで廊下に出るが、ハッサムの姿はなかった。

「イオルブ!」

「ビビ!」

相棒に確認すると、短い腕で方向が指し示された。

サイコパワーで探知出来る範囲なら、追いかけられる。

 

「流石!」

 

俺達はハッサムを追いかけて走り始めた。

 

あのハッサムがどこから来た何者なのか。

そんな疑問を、少しだけ抱えながら。

 

 






イオルブ

性格がんばりやの相棒。
とある事情で現在サイコパワーのリハビリ中。
日常生活に支障はないレベルだが、戦闘は厳しい。

アベリと苦楽を共にし、第一部では最後にいい所を全部持って行った。
自分のエピソードが終わってもヒロイン力が終わらない強みを持つ。

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