オークション会場。
本日のメインイベントに向けて、既に大ホールには多数の貴族達が集まり始めていた。
中央のステージから扇状に広がる客席は、それぞれにゆったりとしたスペースが用意されている。貴族たちが自慢のポケモンを見せびらかしあい、歓談に花を咲かせるようになっているようだ。
そんな会場でも最も高い位置に更に広くスペースを使った席があった。
すぐ隣では有名な楽団から呼び寄せられたアシレーヌが美しい歌声を響かせる極上のシチュエーション。
円状に並べられたソファーの近くには数匹のロゼリアが彩るように並び、《あまいかおり》や《アロマセラピー》でも心を癒す。
だが、音楽も香りも現在ソファーに座っている大男にはどうやら効果がないようだ。
大きな膝を小刻みに揺らしながら、落ち着きがない様子で座っている。
時折、視線をスタッフ用のドアへと動かしては、大きなため息をついていた。
ついに我慢できなくなったようで、目の前の人物へと問いかける。
「なぁリアン、シャクちゃんはまーだ見つからねえのか」
ボスゴドラの仮面を着けた大男、ピオニーは今にも飛び出していきそうだ。
彼は娘であるシャクヤとパーティーが始まった直後に離れ離れになったまま、合流出来ていなかった。主催者であるリアンに協力してもらい、捜索してもらっているのだが。
「申し訳ありません。警備の方も立て込んでいるようでして…」
運営が手を尽くしてもまだシャクヤは見つかっていなかった。
彼女が乗ったテレポートがカジノに向かったことからカジノエリアをまず探したのだが、彼女は更にどこかへ移動したようで見つからなかったのである。
「ぐぬぬ…やっぱりパパが探しに…」
「船内はかなり入り組んでいます。どうか、もう少しだけ我々にお任せくださいませんか」
実際、豪華客船ティータニック号の内部はかなり複雑だ。
これは招待客の移動をテレポートで解決した事により、ほとんどの通路はスタッフ用のエリアとして活用しているためだ。
流石にテレポートで移動しているであろう娘を徒歩で迷いながら追う無謀は、ピオニーにも理解出来る。
それでも向かうべきだと思っているが、あまり無理をしては後輩の顔を潰す事になってしまう。
「…もーちょびっとだけ、待つ!頼むぞ!リアン!」
苦渋の表情で浮きかけていた腰をソファーへと降ろす。
リアンは優雅に深く、感謝を込めた一礼をした。
「ありがとうございます」
「随分仲のいい事だね。会うのは久々なんだろう?」
寄ってきたロゼリアを愛でながら、マホミルの仮面を着けた老婆がそんな事を問いかける。
ポプラは二人に同行して、このオークション会場までやってきていた。
高級感の溢れるスペースでも落ち着き払った態度で、撫でられたロゼリアも嬉しそうに身をよじる。
「おうよ。ま、オレが出て行ったキリだからな。招待状が来た時はド・驚いたぜ…」
ピオニーはそう言って、少しだけ気まずそうに下唇を尖らせる。
「偉大なる方に招待状を送るのは当然のことです」
「ま、元はがねのジムリーダーで元チャンピオン。誘うべきだろうさ」
元チャンピオン、というポプラの言葉に唇を尖らせたまま嫌そうな顔をした。
一言言いたいが、相手は自分の後輩と遥か年長者だ。
唸る様にうぐぐと漏らすのが関の山だった。
ピオニー。
かつてはがねジムのジムリーダーであり、一時期はチャンピオンにまで昇りつめた事もある男。
大胆なバトルスタイルと豪快な人柄からファンも多く、彼の試合はいつも観客席が満員になるほどだった。
『はがねの大将』という二つ名はそんな彼のカリスマから呼ばれ始めたものであり、今となっては伝説のように語られている。
激闘を繰り広げた熱い時代。
まだダイマックスもなかったが、人によっては未だにガラルリーグ全盛期と語る時代。
ピオニーはその象徴と言っていい。
だが、ピオニーは唐突にその玉座を降りてしまった。
長く熱い戦いの末にチャンピオンに昇りつめた直後の話である。
ガラルリーグの歴史の中でも最短のチャンピオン在位期間と言っていいだろう。
以降報道機関も彼の所在を追う事は出来なかった。
家族と共に暮らしている、というどこからか流れた不確かで僅かな情報が、静かに知れ渡っている程度である。
その際、はがねジムは半ば放り投げられた形となった。
残されたリアンたちは言わばピオニーのツケを押し付けられたことになる。
「…とにかく話があるなら聞いて、そろそろケジメをつけるべきだと思ってよ」
難しそうな顔をしたまま、自分を招待した後輩へと視線を向けるピオニー。
その視線をリアンは力強い瞳で見つめ返した。
「ピオニー様、その件ですが…」
「だーっ!さっきもう断ったばかりだろ!」
「ええ、ですが私も諦めるわけにはいきません。せめてこのパーティーの間だけ、お話を聞いていただけませんか?」
堂々とした態度には一切引く気は見受けられず、負い目がある分だけピオニーが押し込まれる。
「ぐぅっ…はぁ…しょうがねえな」
最終的には大きなため息をついて腕を組み、不承不承に頷いた。
「ただし!オレはまどろっこしい話は苦手だからな!聞いても解んなかったら、諦めろよ!」
開き直りに近いが、その言葉を聞いたリアンは満足そうに笑う。
「はい。誠意が伝わるよう、努力させていただきます」
それから、座っているもう一人にもその笑みを向けた。
「ポプラさんも是非お話を聞いてください。あなたに賛同いただけるなら、我々の悲願まで一気に近付く事になります」
ポプラからすれば、願ってもない申し出だ。
そもそもポプラがパーティーに参加したのは彼ら「かつてのリーグを想う会」の調査の為と言う側面が大きい。
だが、それを嬉々として語り掛けてくるとは考えていなかった。
ポプラは眉をひそめつつ、ふん、とつまらなそうにした。
「あんた、何を企んでるんだい?」
明け透けな質問。
棘のある言い方に、先程まで撫でられていたロゼリアが心配そうに見上げる。
「企んでるだなんて。私はただ、ガラルの未来を憂いているだけです」
笑顔の仮面を被った青年はいつものように大仰な手振りで潔白を主張する。
その演技からポプラは目を離し、オークション会場を眺めた。
「この貴族達の馬鹿騒ぎも、そのためだと?」
三人が座っているスペースは会場内でも高い位置にあるため、会場の全てを見渡せる。
入場してくる貴族達は豪華に着飾り、希少なポケモンを見せびらかすように連れまわしている。流れる会話は自社の自慢話や過去の武勇伝ばかり。
社交界と呼べば華があるが、負け犬が傷をなめ合っているだけに過ぎないとポプラには分かっている。
「ローズ委員長の独裁に対抗するためには貴族の皆様の力が必要ですので」
ここに集まる貴族たちの多くはマクロコスモスがガラルを席巻する前に栄華を誇った者達。
かつてのリーグにおいて運営なども任せられていた事もある元スポンサー達である。
マクロコスモスにこそ敗北したものの、突然会社がなくなったわけでもなし。
もしも、マクロコスモスと対立するならば彼らの資金源は間違いなく必要だろう。
「……」
ピオニーが、つまらなそうに腕を解いて頬杖をついた。
「独裁ね。私もローズは好きじゃないが、あんたは何が気にくわないんだい」
独裁という言い方は穿ち過ぎだが、現在のガラルがワンマン経営のマクロコスモスありきの繁栄をしている事は確か。
ローズ一色のガラルが気に食わないのはポプラも同じ意見だ。
だが、こればかりは仕方ないとも思っている。
それはマクロコスモスがエネルギー産業を始めとして各事業で結果を出し続けた結果である。そこに陰謀などはない。
時代の進歩。言ってしまえばそれだけのことだ。
だが、リアンは真剣な顔でまっすぐポプラへと訴えかける。
「はっきり言いましょう。ポケモンリーグの運営方針です。我々は彼のリーグ委員長からの退陣を要求します」
やはりそれか、と言うのがポプラの素直な感想だ。
『かつてのリーグを想う会』という名前、集めていた面子、それから今回のピオニー。
リアンは自身の目標を特に隠そうともしていない。
煌びやかな貴族の仮面を被っても、この愚直さがリアンと言う男の本性なのだろう。
「ふむ。…そうは言っても、ローズの仕切る今のリーグはかなり好評だよ。毎年最高年間売上だって更新し続けている」
リアンの愚直さを躱すようにポプラが話題を転がす。
だが、リアンは全く引かない。
「私の懸念はリーグの『経営』ではありません。彼らが打ち出すべきトレーナーの指針、今のチャンピオンの在り方なのです」
チャンピオンの在り方、という若者の言葉に同席する二人は少しだけ目を逸らした。
その言葉は余りに激烈で気軽に触れるには危う過ぎたからだ。
かみ砕くように、傘の柄を持つポプラの指が忙しなく踊ってから、また言葉を選んで紡ぐ。
「つまり、あんたは無敵のダンデとそれを推すリーグ運営に不満があると」
「いいじゃねえか。ド・強いダン坊がチャンピオンで」
自分は全く不満がない、と言うように同調するピオニー。
そもそもガラルのチャンピオンとはチャンピオンリーグの優勝者。
強ければなれる。
勿論強くなるためにトレーナーは色々なものを積み上げていくが、最終的に必要なのは強さだ。
だが、ただ一人だけは大きく首を横に振った。
「彼じゃ駄目なんです。ただのローズ委員長の傀儡でしかない」
心底憐れむような口振りでリアンは語る。
その瞳の中にあるものはまるで揺らがない。
「10年後、いや、
「ひゃくねんごぉ?」
あまりに遠大な話にピオニーが素っ頓狂な声をあげた。
ポプラは驚かない。笑わない。
気付けばもう少しこの若者の話を聞いてやろう、とそんな気分になっていたからだ。
賛同は決して出来ない。
ガラルリーグのチャンピオンと言う玉座は聖域だ。
それを『都合』や『事情』が侵す事は決して許されてはいけない。
かつてそれに巻き込まれ、大切なものを失った前例をポプラは知っている。
玉座の侵犯、とある
だからこそ、過去を知る老人が話を聞くべきだ、と。
「なるほどね。では100年後を想うあんたから見て、相応しいチャンピオンとは?」
試すようなポプラの問いにリアンは迷いなく答える。
「民を導くもの。残念ながらダンデ君にはその資質が欠けていると私は思っています」
「そうかい?あの坊主を慕うトレーナーは多いよ。私の目から見ても、最も愛されたチャンピオンも過言じゃないと思うね」
今のガラルリーグの繫栄はダンデの栄光と共にある。
それはつまりファン層の拡大、リーグの宣伝を支えているのもダンデの人気、と言う事だ。
現在のガラルリーグが過去最大規模の市場になっていると言う事は、ダンデのファンが過去最多で最も愛されている、というのは決して的外れではない。
結局のところ、経済にせよ人気にせよ、現在の『繁栄』だけは誰にも否定できない事なのだ。
しかし、リアンは口角を上げ、軽く笑った。
痛ましいものを見るかのような目線を、あろうことかポプラに向けている。
今度の返答にも淀みはない。
「しかし、ジムチャレンジの参加人数は年々減り続けている」
その言葉には、流石の魔女もすぐに言い返せなかった。
「……よく知ってるじゃないか」
何故それを、とは言わない。
少し調べれば分かる事であり、ジムリーダーと言う役職ならば、苦も無く分かる事だ。
「今年に至ってはまだ推薦枠すら余っているとも聞いていますよ。ダンデ君は強い。強すぎるんです。彼の背中に、人は憧れない」
ポプラの表情に手ごたえを感じたらしいリアンが更に強く説得してくる。
「絶対的なチャンピオンと言うのは歴史上初めてじゃない。他地方にだってそんな例は山ほどあるよ」
しかし、ポプラの目にはかつて見てきたチャンピオンたちが映る。
そして、彼らが歩んだ道も。
「ええ。ですが、もっと相応しい方がいる。ならばチャンピオンの席を譲ると言うのも、他地方では珍しくないですよ」
リアンにも見えているものがある。
そう語りたいかのように、目線をポプラからピオニーへと向ける。
目線を受けたピオニーは殊更不服そうな顔をして、嫌がった。
「言っとくが、オレはやらねえからな。今はダン坊の時代だ。いい大人がでしゃばるのはド・無粋ってもんだぜ」
ふん、と拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまった。
リアンは大慌てで縋る様に立ち上がり、ピオニーへと深く頭を下げる。
その姿勢には、確かな敬意がある。
理を語り尽くした末の、情に訴える懇願。
叫ぶ声も悲痛なものだ。
「ダンデ君は私が必ず説得します!彼自身だって常日頃からガラルを強くしたいと訴えている!」
「我々が状況を変えれば、話し合いに応じてくれるはずです!」
そのためならば何だってします。そんな雰囲気だ。
だが、懇願した相手はため息を一つ吐いて、頭を掻いた後リアンの頭を上げさせようと肩を掴もうとした。
「お前のそのド・根性だけは買うがよ。これは…」
言葉を選びながらも真摯に答えようとするピオニー。
だが、断ろうとする雰囲気を察してしまった若者は更に焦って口を回す。
「ローズ委員長の件は問題ありません!私達『かつてのリーグを想う会』に全てお任せいただければ!」
リアンにしてみれば『切り札』のつもりで切ったカードだが、ピオニーはその言葉に逆に顔を顰めた。
「…っ!あのなぁ、アレだぞ!オレはそもそも!」
ぐらり。
オークション会場が、大きく揺れる。
会場に居るガラル貴族達が悲鳴をあげるほど強い揺れ。
思わずピオニー達も近くにあるものを掴み、話が途絶える。
アシレーヌの演奏も止まり、ロゼリア達も不安そうにソファー傍の花瓶へと逃げ込んだ。
幸い、揺れは長くは続かず、すぐに船は落ち着いた。
「結構揺れたね。何事だい?」
「いえ、大きな航路の変更の予定はなかったのですが…ホエルオーの群れでも居たのかもしれません」
「シャ、シャクちゃんは大丈夫なのかよ!」
「ちょっと揺れただけさ。ガタガタ言うんじゃないよ」
オークション会場の貴族達も先程の揺れについてガヤガヤと話しているが、何事もなさそうだ。
皆が少しずつ歓談へと戻っていこうとした瞬間。
場内に声が響いた。
『ぴんぽんぱんぽーん』
誰かの声だ。
会場に設置されているスピーカーから、調子はずれの声が響く。
『お客様の皆さま、そして『かつてのリーグを想う会』よ!聞きたまえ!』
響いているのは、オークション会場だけではない。
船内の全てのスピーカーを使い、このアナウンスは流れている。
どこかの廊下で侵入しているタラクサも、脱走しているアベリも、何事かと声に耳を傾ける。
そして、
『たった今、この船は私、化石研究者のウカッツが乗っ取りもうした!』
ついに、騒乱の幕が開く。
(第二部のラスボス)だーれだ?
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リアン
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タラクサ
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ウカッツ
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アベリ
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ハッサム
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Its Pikachu!!!!!
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その他