「おじゃああああ!?」
「ワーオ!ベリー危険いっぱいデース!」
「フフフ‥‥フフフフフフフ!?」
オークション会場は、混乱の極致にあった。
突然、オークションに出品されていたカセキポケモンがボールから放たれたのだから当然だ。
「ギャギャー」「キュアア!」「バッゴラァ!」
プテラ、アーマルド、アバゴーラ。
本来ならば今日の目玉商品だったカセキポケモン達だ。先陣を切る三匹に続いて、数匹のアノプスやプロトーガの姿もある。
彼らはオークション用の控え室から突然飛び出し、人間が用意した柵や囲いを意にも介さず踏み壊した。
古代から蘇ったエネルギッシュな彼らが束縛されず闊歩する姿は人に原始的な恐怖を呼び起こさせる。
オークションに出品されていたカセキポケモン達は仮にもプロのジムトレーナー達がしっかりとレンタルバトル用として育成したポケモンである。
通常の野生よりも鍛え上げられており、生半可な抵抗では止まらない。
「ふ、踏ん張れよ!コドラ!」
「応援はまだなのか!」
『かつてのリーグを想う会』の警備スタッフも応戦するが、会場に居るトレーナーだけでは流石に手が足りていない。
勢いを食い止めるのが精一杯な姿は、苦戦がバトルの素人であるセレブにも分かるほどだった。
ついさっきまでオークションを楽しもうと思っていたセレブ達は目前に突如現れた危機にパニックに陥っていた。
「じじじじ、自分ののプリチーなポケモンで相手を」
「しゃちょ〜。やめてぇ!ここでホエルオーなんて出したらみんな潰れちゃう~!」
「ウィ。ガラル紳士としてウィタシが逃げるのは最後だ。‥‥腰が抜けて立てないからね」
「ぼくはただ、『あまいみつ』を吸いたかっただけなのにぃぃぃ!」
阿鼻叫喚。
貴族達は右往左往として、逃げる事もままならない。
避難を指示しなければいけないスタッフ達も事態の把握が出来ていない。
「ぐわぁー!」
一体のアバゴーラを抑えていたコドラと警備員が、ついに弾き飛ばされる。
アバゴーラはそのまま力任せに座席を蹴散らしながら前進する。
その先には座席の隅っこで震えているセレブの集団。
二足歩行のウミガメのような姿をしたアバゴーラの脚は決して速くない。
しかし、巨大なオールのように発達した前脚はあらゆる障害をものともしない剛力を誇る。
今もアバゴーラの進路にあった大理石の机が軽々と撥ね飛ばされた。
記録ではタンカーの船底に張り手で大穴を空けた事例も確認されている。
「きゃああああああああああ!」
まるで重機のようなアバゴーラの猛進。
バトルから縁遠いセレブ達は、迫り来る脅威に大事な自分のポケモンを抱えることしか出来ない。
その瞬間である。
アバゴーラの前に、壁が立ちふさがった。
一人の男と一匹のポケモン。
大きく、頼もしい背中だった。
立ち塞がったポケモンは衝突音と共に岩よりも固いアバゴーラの身体が正面から衝突しても、びくともしない。
ならばと自慢の両腕を振り回しても、壁のように頑として動かない。
それどころか、怪力で弾き返すかのように押し返してしまった。
思わず唖然としてその壁を見るアバゴーラへ、タンカを切る様に真正面で大男は吠えた。
「よーし!ド・どんとこい!暴れるぞボスゴドラ!」
「ドッボラァ!」
スーツのジャケットを脱ぎ捨てながら、大男の背中がセレブ達の前に立つ。
その姿は、一時代を築き上げた頂点の一つ。
あまりにも眩しい王者の背中だった。
◆◆◆
「ピオニー様!」
背後からリアンが叫ぶ声がした。
何だか難しい話ばかりされたが、あいつなりに真剣な事はわかった。
だが、残念ながら話を受ける気持ちはこれっぽっちもねえ。
だけど、あいつの大事なパーティーくらいは守ってやる義理はあるだろ。
これで断った分とトントンになってくれたら万々歳だな。
「カセキ達はオレに任せとけ!お前はお前で何とかしろよ!」
リアンが何を何とかするかは知らねえ!
だが、あいつはこのパーティーの主催者だ。
分かっている事も、出来る事も多いに違いない。
オレに出来るのは精々戦う事だけだから、役割分担だ。
「…っ!了解しました!」
「おうよ!それからなリアン!」
危ねえ。忘れるところだった。
さっきの話を覚えている内に言いかけたことを言っとかねえと。
「オレがチャンピオンを辞めたのはな!ローズのせいじゃねえよ!」
「チャンピオンを続ける事よりも家族の方がド・大事だったからだ!」
「だからお前の話は受けられねえよ!悪いな!」
妻以外の誰かに伝えたのは、初めてだったはずだ。
リアンには悪いが、言いたいことが言えてオレは少しすっきりした。
これだけでも、来た甲斐はド・あったな。
「かしこ、まりました…」
リアンは苦しそうな顔をしながら部屋を出ていった。
おう。こんな時でもしっかり行動を始めるあたり、あいつも立派なジムリーダーだ。
「さーて…」
これでド・シンプルになったな。
目の前の暴れん坊達を前に、シャツを捲りあげ気合いを入れ直す。
ジムリーダーとしちゃオレは立派じゃなかったろうな、と思いながら。
昔から、先の事を考えるのがド・苦手だった。
子供のころからまず目先の事に気を取られちまって、いつも見通しをつけられない。
兄と比べられるのが嫌で家出した時も、当ても何もありゃしなかった。
先のことなど何も考えていなかったから売られた喧嘩をゾウドウと一緒に片っ端から買う日々になった。
誰がどーしたとか、チームがどーだのうるさかったが、よく分からないので全部ぶっ倒した。
中にはあんたがチームに来てくれりゃ、なんて話もあった。
そんな先の事は知らん、と全て断ったが、ある日一人の男がやってきた。
「好きなだけポケモンバトルをしても褒められる世界を紹介してやる」
そんな事を言われてホイホイついていったのも、当時のオレがやはり先の事なんて考えてやしなかったからだろう。
正直なところ、暴れられれば何でもよかったし、相手が偉そうなら尚更スカッとするだろうくらいの浅い考えだった訳だ。
破れかぶれのやけっぱち。
早い話がそんな具合で、どうせ予定なんてなかったしな、とガラルリーグに飛び込んだ。
騙されたような形だったが、そっから先は悪くなかった。
待っていたのは目の前の相手と戦い、勝つか負けるかしかないシンプルな戦いだ。
そこには何のしがらみもない。
ただ、相手と自分のポケモンだけがいる純粋で、ド・熱いバトル。
カブちゃんやメロンちゃん、誰も彼も真っすぐで向かい合うだけで心がワクワクした。
このままずっと続けばいい、そう思ったもんだ。
出し尽くし、やり尽くし、燃え尽きるように生きた。
この時のオレもやっぱり後先など考えていなかった。
今を最高にするために駆け抜けて、最高の勝負に登り詰めた。
気付いた時には、頂上に居た。
本当に気付いた時には、だったぜ。
目の前の強敵を何とか勝利した!を続けていたらいつの間にかド・天辺に立ってたんだ。
最初は実感はまるでなかったな。
ただ漠然とおお!って感じがあって、周りが騒いでた。
道端で突然言われる「おめでとう」もいい加減聞き慣れて、ようやくオレがチャンピオンかって実感が湧いて来た頃だった。
大嫌いだった兄が、リーグ委員長に就任しやがったのは。
はっきり言うが、ド・気に食わなかった。
オレの居場所に土足で踏み込まれたって感じたぜ。
だが、オレも大人になっていた。
あの頃、既にシャクちゃんも居たし、嫌な事を飲み込むって事もそれなりに覚えてた。
滅茶苦茶にド・不本意だが、あの男と一緒にやるしかねえんだろうなって思ったぜ。
あの時まではな。
ローズが委員長に就任して、すぐだった。
二人で食事をしないかと誘われた。
はっきり言うが、嫌だったぜ。ド・嫌だった。
だけど、何度も言うがオレも大人になっていたからよ。
行ってやったさ。
お高いレストランの貸し切りだったな。
乾杯と共にチャンピオン就任を祝われたが、オレはあいつの委員長就任を祝わなかった。
開口一番、あいつが言ったことははっきり覚えてる。
『これから一緒にガラルの未来のために頑張ろう』
そして、続けた。
『きみの描く未来の為に私も尽力しますよ』
きみ、だなんて気障ったれた呼び方をしながら。
『では、初めにきみの夢を教えてくれるかな?』
ハッとしたよ。
昔から、先の事を考えるのがド・苦手だった。
大人になったつもりだった。
結婚し、子供も生まれ、チャンピオンにもなった。
だけど、オレは先の事を考えちゃいなかった。
理想や未来なんてものを持っちゃいなかった。その時その時で何とかしてきただけ。
「次」について自分で考えたことなんて、なかったんだってな。
それからローズは黙りこくったオレにペラペラと話した。
薄汚れたリーグ運営の改革、ダイマックスの導入とそのためのスタジアムの建設。
それに伴った都市部の集中的開発を行い地方全体の活性化を行っていく。
マスメディアの掌握によるエンターテイメントとしてのレベルの向上。
選手のスター化とリーグ戦そのものの健全化。
何から何まで。
ローズ以外が言ったら絵空事と一笑されるスケールの話だ。
だが、オレには分かった。
ローズならやるんだろう。
ガラルはきっと、これからこいつの手でいい方向に進んでいくに違いねえ。
そう、思った。
そこから、どんな飯を食って、どうやって別れたかは覚えてねえ。
ただ帰り道に一本の電話がかかってきた。
当時のリーグ運営の一人で、後にローズの手で追い出される奴だ。
ローズの改革の匂いを感じ取ったらしく、あんな横暴は許されない。共に立ち向かおう!みたいなことを言われた。
そんな先の事は知らん、と言ってすぐに切った。
ローズと戦うか、ローズに従うか。
何も考えてなかったオレに用意された道は、簡単に言えばそういうことらしかった。
帰り道でド・考えたぜ。
多分人生で一番考えた日だ。
やっぱり先の事は上手く考えられなかった。
考えたのは、やっぱり今の事だ。
オレにとって、今たいせつなものについて考えた。
チャンピオンにはなれたが、チャンピオンになりたかった訳じゃねえ。
あの頃のオレにはポケモンバトルが一番たいせつなものだったから、ってだけだ。
居場所の当てがなかったオレにとって、バトルだけが居場所だったから。
じゃあ、今は?
帰って家の扉を開けた時、答えはあった。
次の日、チャンピオンを辞任する連絡を入れた。
好きなだけバトルが出来る環境に未練はあったが、それよりもたいせつなものがあったからだ。
そもそも何のしがらみもないポケモンバトルがしたかったのに、チャンピオンってしがらみが出来ちまってた。
いつだって、たいせつなもののためにド・没頭するのがオレって奴だ。
だったら次は家族の為だ。
それからは家族のために日々頑張ってきた。
弁当、裁縫、PTA活動に運動会の応援。何でもやったぜ。
暮らしているとよくわかるが、ガラルはローズの手によってガンガンと大きくなっていってた。
ド・デカいスタジアムが建って、毎日のようにジムリーダーがテレビに映るようになった。
不思議な事にオレを探す連絡がなかったのは、今思えば手を回してくれてたのかもしれねえ。ローズからは連絡はなかった。
まぁそんなことよりも娘の自由研究の手伝いやら部活動の手伝いやらでド・忙しかったけどな。
ジムリーダーやってた頃とは違った意味で、楽しくて充実した日々だったと思うぜ。
そうしたら、また『気付いた時には』って奴だ。
シャクちゃん達も随分大きくなって、反抗期って奴になってた。
嬉しいやら悲しいやらだが、リアンから手紙が届いたのはそんな折だった。
「ダーッハッハハ!そーら!」
ボスゴドラの背中にしがみついていた邪魔なオムスターを素手で引きはがしてぶん投げる。
ド・楽勝!オレもまだまだ捨てたもんじゃねえな!
結構戦ってるが、ボスゴドラもオレもド・元気いっぱい。
むしろ熱が入ってきて盛り上がってきたところだ。
オークション会場からはもう客の姿はない。
フェアリーのばあさんが避難のために手を回してくれていたのが、戦いながら少し見えた。
流石場数を踏んでるぜ!伊達にばあさんじゃねえな!
「リアンが上手くやってくれりゃいいんだが…ド・気合いれっぞ!ボスゴドラ!」
「ドッボラァ!」
カセキポケモン達はまだまだ居る。一匹たりとも通しちゃいねえが、代わりに数を減らす事も出来てねえ。
どれだけ売り捌く気だったのか知らねえが、オレ達だってド・元気だぜ。
ここらでもういっちょ気合を入れ直すつもりで叫ぶと、カセキポケモン達が後ずさりした。
「あ?」
ビビったのか?そういや、こいつら何でこんなに襲い掛かってきてんだ?
リアン達が鍛えたんなら無暗に暴れないようになってそうなもんだが…。
ピーーーーーー!
どこからか、甲高い笛のような音がした。
その音を聞いたカセキポケモン達の動きがピタリと止まる。
そして、一斉に俺達に背を向けて走り始めた。
「あ!おい!待てって!」
オレもボスゴドラも脚の速さには自信がない。
カセキポケモン達は仲良く足が遅い奴を足が速い奴が拾い上げて逃げていく。
しかも、さっきまで行き止まりになっていたはずの奥のドアがいつの間にか開いている。
誰が開けやがったんだ!?
「何してんだい!追いかけな!」
「お、おうよ!」
これまた神出鬼没に先程までオレ達が居た席にばあさんが戻っていた。
後ろからばあさんの叱責を受けてカセキを追って全力で走り始める。
何が起きて、どうなろうとしているのか。
いつも通りオレには未来の事はド・さっぱりだった。