派手な衝撃と共に何かがまき散らされる音。
恐らく、受付に飾られていたコインの山だ。
(エスパー、ワタクシはエスパーだ。必ず何とか出来るはず!)
雨のように鳴り響くその音と、セレブ達の悲鳴を浴びながら。
テーブルの下で自称エスパーは自分の秘められし力の覚醒を待っていた。
(うおおおお!今ですワタクシ!《めざめるパワー》!今すぐ!ナウ!)
頭から湧き出る力を振り絞り、強くイメージする。
しかし、彼の頭上を虚しくボールが空回るだけだ。
高速回転する念動力は凄まじいが、彼の望みは叶わない。
(エレガントに!今すぐワタクシをこの船からテレポートです!ワタクシのサイコパワー!)
カジノエリア。
この場所でもカセキポケモンが暴れていた。
コイン交換の景品として用意されていた数匹のオムナイト、オムスター。
それからリリーラとユレイドル。
「リラリラ」
「オムー」
多くの触腕、触手を持つ彼らは遠隔操作でボールから開放されると、テーブルの上に並んでいた煌びやかなものに目を付けた。
以前から興味があったのか、高い知性を活かして見様見真似でサイコロを転がすポケモンも居る。
しかし、遊びのルールまでは理解していない。
勢いよく転がされるのはサイコロやコインだけではない。
彼らの身に宿した怪力は船内に固定されているテーブルさえも易々と持ち上げて、遊びの道具にしてしまう。
最初は遠巻きに見守っていたセレブ達も、ディーラーの一人が「コスモパゥワァァァァ!」と叫びながら壁に叩きつけられたのを見れば危険性を理解する。
警備スタッフが果敢に立ち向かったが、奮戦の末コイルと共にスロットマシーンの下敷きに。
その上、戦いの中で出鱈目に放たれた《れいとうビーム》が扉を氷漬けにしたせいで、この部屋は密室と化してしまった。
セレブ達はどこに逃げればいいか分からず、とにかく慌ててオムナイト達から距離を取ってカジノ内の物陰に飛び込んだ。
そして真っ先にテーブルの下に隠れた結果、テーブルの上でオムナイト達が遊び始めてしまい逆に逃げ場を失ったのが彼だ。
(おいでませ《しんぴのちから》!ワタクシならばやれるやれますキャンドゥーイッツ!)
彼の名前はセイボリー。
代々エスパージムのジムリーダーを受け継いできたサイキッカー一族
……の落ちこぼれである。
◆◆◆
ガラルのエスパージムは代々とある一族がジムリーダーを務め続けている事で有名だ。
ガラル王家の歴史にも根深く関わる歴史の重厚さは元より、彼らに受け継がれている特異な「素質」があるからだ。
「素質」とは、サイキッカーとしての才能。
この世界では時折特異な能力を持った人間が生まれるが、彼らはその中でもかなり特異であったと言える。
未来予知、テレポート、読心、テレキネシス。
それら全てを持ちうる格別の才。彼らは人でありながらエスパーポケモンにも匹敵する能力を持ち、血と共に力を受け継いだ。力ある立場に立ったのは当然だったと言えるだろう。
彼らはその力を使い、時の権力者に寄り添い、闘争を回避し、繁栄をしていったのだ。
そんな一族にセイボリーは生まれた。
親族はいかに自分達が優れた能力を持っているかを彼に語った。
予知やテレポートを当たり前に持って生まれる彼らはある種人類から進化した存在であるとかそういう話だ。
いずれはエスパージムを背負う事になるであろうセイボリーに誇りを伝えようとしたのだ。
幼かったセイボリーは素直に自分の血統を大いに誇りに思った。
偉大なる一族の一員として、自分も栄光の道を歩くのだ、と信じて疑わなかったのだ。
早々に発現したテレキネシスはまさにその証明であり、偉大なる一族の偉大なる歴史、その最先端を自分が歩いているのだ、とそう信じていた。
歯車が狂ったのがいつだったのか、セイボリーには分からない。
セイボリーが10歳になっても、テレキネシス以外の能力は発現しなかった。
同世代の他の一族はこの時期にはほとんどが複数の能力に目覚めていた。
テレキネシスしか使えなかったのは、セイボリーだけだ。
親族から向けられる同情と憐憫の目。
幼心に抱かされた誇りは重く、しかし手放す事は出来なかった。
初めて抱いた誇りは最早アイデンティティだった。
他人から向けられる軽蔑を、どんな小さなものであろうと「攻撃」だと感じるようになったのはこの頃だ。唯一使えるテレキネシスの力を彼らへの「反撃」に使ったのは自分だって一族の一員であると声高に叫ぶ代わりだった。
歯車の狂いはどんどん大きくなっていく。
セイボリーが大人になっても、テレキネシス以外の能力は目覚めなかった。
自分より年下の親族達が自分よりも早く能力を発現していく。
セイボリーだけが、例外だった。
親族から向けられる目は、更に酷くなった。
それは最早同族を見る目ではなく、セイボリーの「誇り」を認めてくれる人間は居なくなっていた。
セイボリーの「誇り」を認めてくれるのは世界でセイボリーだけになった。
周囲の目から耐える辛い日々の中で、ヤドンに感銘を受けたのはこの頃だ。
彼らのマイペースさ、悠然とした態度はセイボリーの理想の姿に映った。
彼らのように生きられたら。そんな風に思った。
ヤドンに憧れ、セイボリーは一層マイペースに生きるようになった。
自分の誇りを守るため、周囲の声に負けず、自分の力を信じ、歩き続ける。
つまり、他人の声など聞かず、自分は優秀だと喧伝し、欠点は認めなかった。
そんなセイボリーから、更に人は離れていった。
人が離れていく事に更に傷つけられ、一層誇りを守ろうと必死になった。
ある日のことだ。
実家のリビングに置いてあった手紙を見つけた。
無断で見たセイボリーは『かつてのリーグを想う会』の存在を知る。
手紙にはエスパージムに縋る様に力を求める声が連ねられていた。
いかに自分達がエスパージムの助力を求めているか、もしも応えてくれるなら相応の見返りを用意する。そんな言葉が。
貴族らしい言葉で取り繕ってこそいるが、隠し切れない必死さがにじみ出ている。
貴族としての教育を受けたセイボリーはそれを読み取り、そして気付いた。
これはチャンスなのでは?
縋りつくような賞賛と助力を求める声が、エスパー一族、つまりはセイボリーに向けられていると感じたのだ。
もしも栄えある一族の者であるセイボリーが彼らに手を差し伸べれば、彼らは更に一族に感謝し、我々へ恩義と更なる賞賛を齎すだろう。
その成果があればセイボリーに冷たく当たる両親や兄も考えを改めてくれるに違いない。
天啓でも受けたかのように、セイボリーは自分の思い付きを確信に変えた。
セイボリーは自分の優秀さを信じるのに必死だった。
一族の他の者のようなテレポートや読心が使えないのは何かの「うっかり」や「勘違い」であるはずで、掛け違えたボタンをかけ直すようにそれらが解決してしまえば問題はないと優雅に構えようとした。
コツを掴んでいない、少し発現が遅れているだけ。
多彩な言い訳を駆使して自分を必死に慰めていた日々。
だが、何よりも辛かったのは家族からの目だった。
侮蔑の目、落胆の目、諦めの目。
そして、何よりも異物を見る目。
自分を一族と認めないかのような隔絶を感じさせる目線。
多数のくろいまなざしに怯えていたセイボリーの日常にとって『かつてのリーグを想う会』の賞賛と懇願の手紙は余りに劇薬であり、都合よく組み立てた「妄想」は筋道が通っていると錯覚したのだ。
逃げるかのようにセイボリーはその妄想へと一直線に走った。
すぐに手紙を持って父の元に行き、そのまま訴えた。
自分を一族の代表として彼らの元へ送ってくれ。必ず良い結果をもたらしてみせる、と。
◆◆◆
(期待に応えなければ!みながワタクシに期待しているのだから!)
事態はおかしなことになっていた。
ただ『かつてのリーグを想う会』の代表に一族を代表して顔合わせをし、彼らの歓待を受け入れる。
それだけの予定だったのに。
気付けばカジノで大負けしてスカンピンになりかけ
正当な権利としてディーラーに抗議をしていたら
景品だったはずのカセキポケモンが解き放たれて暴れ出した。
(しかし!だからこそ!逆に言えば!こんなあり得ぬ事態に巻き込まれたことこそアリ・エーヌ!)
オムスター達がカードゲームを見様見真似で遊ぶテーブルの下でガタガタ震えながら、セイボリーの妄想は更なる進化をしていた。
(このシチュエーションこそが、ワタクシの覚醒に必要なもの! 神が与えた試練!)
自身の成功への根拠のない確信は、絶体絶命の苦境を前にしても揺らがない。
何故なら「成功する」という予定だけが埋まっているだけだからだ。過程は元々自分自身にも分かっていないのだから、何が起きても確信が揺らいだりはしない。
むしろ自身の成功のために必要なイベントだとポジティブに受け取った。
後は自分が覚醒すればいいだけ。
そう信じ、血管が切れるほどの集中で念じ続ける。
(んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!)
そんな事は露とも知らぬカセキポケモン達は思い思いにカジノエリアを闊歩する。
ひっくり返されたままのスロットマシーンが一匹のオムナイトにレバーを倒され、リールを回し始めた。
次の瞬間、小さな声。
「《ばくれつパンチ》」
爆発音。
いや、爆発と聞き間違えるような大きな打撃音と共に氷漬けだったカジノエリアの扉が弾け飛んだ。
勢いよく飛んだ扉が天井に激突して突き刺さる。
カセキポケモン達は、誰も扉には近づいていなかった。
セイボリーの望んだ奇跡は、こんな暴力的な形をしていなかった。
突然の事態にセレブの悲鳴もピタリと止まってしまう。
扉を吹っ飛ばした原因は、扉があった場所に堂々と立っていた。
破壊に使われた凶器は背後のポケモンとトレーナーの二つの拳。
一人と一匹の合力が、あの爆発を生んだのだ。
現れたのは、タイレーツの仮面を着けた少女だった。
仮面を被ったままなのは慌てていたからか。
その背後には大きな影。
四本の腕がめいいっぱい広げられたシルエットが、少女の姿と一体化して怪物のようなプレッシャーを見るものに与えてくる。
「皆さん安心してください!ジムリーダーのサイトウです!」
丁寧な言葉と裏腹にその身から発せられるのは暴走するカセキポケモン達よりも力強く、有無を言わせぬ迫力。
仮面も相まって溢れる威圧感がカジノへと流れ込み、場を支配する。
サイトウは洗練されたガラルカラテの構えを作り、既に臨戦態勢を完了させている。
達人めいた眼差しは獲物を前にした狩人のような冷酷さを見るものに感じさせた。
誰も、微動だに出来なかった。
好き勝手していたカセキポケモン達も、助けを求めていたセレブ達も。
扉が天井に突き刺さるほどの「力」と場を押し潰す「圧」を見せつけられ、動けない。
バンギラスに追われているからと言ってガブリアスに助けを求める事が出来るだろうか。
いや、出来ない。どちらもとても危険だからだ。
キン、キン、キン。
回転していたスロットのリールが順に止まる。
並ぶのは7。
誰もが知る大当たりのマークと共に軽快な効果音が、静まり返ったカジノに響く。
「オムウウウウウウ!」
恐怖に耐えられなくなった一匹のオムスターがコインケースを投げた。
電子制御端末であるコインケースは鈍器に使用可能な程の重量。
ドン!
その重量が、少女の手前で消える。
いや、消えていない。
少女の足許。
コインケースはそこに突き刺さっていた。
高級な絨毯を突き破り、もしくはその下の床材すらも貫いて。
何が起きたのか、理解出来たものはカジノの中には居なかった。
理解不能。
何故コインケースがそこにあるのか。
何故トレーナーなのにポケモンの前に立っているのか。
「来ないのですか?」
問いかけに誰も答えない。
カセキポケモン達も、セレブ達も。
たった一人の乱入でカジノ場は命をチップにした鉄火場の空気を醸し出していた。
突然の殺伐にセイボリーは死力を振り絞り、奇跡のテレポートを祈った。
(おおアルセウスよ!偉大なるエスパーであるワタクシを見捨てるのですか!)
勿論、彼が覚醒する事はなかった。