エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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いしあたま

ガラルのとある屋敷。

室内は暗く、点いている灯りと言えば広々としたリビングの暖炉くらいだ。

そんな暖炉の前でガウンを着た男が一人、ワインの入ったグラスを回していた。

 

「ンフフフ…どうやら今夜だったようだな」

 

頭上ではゴージャスボールがフワフワと浮かびながら、星の輝きのように瞬く。

念動力、そしてテレポートの無駄使いをしながら、実に気分良さそうにグラスを傾ける。

独り言のような男の言葉に背後から声が応えた。

 

「はい。船内の者からテレパシーで連絡が入りました。『かつてのリーグを想う会』は今夜で壊滅するでしょう」

 

返事をしたのは静かに控えていた執事服の男。

船内にいる執事と瓜二つの外見をしており、その足元ではオスのニャオニクスが礼儀正しく待機していた。

 

その返事に、またガウンの男はグラスを傾けてワインを味わう。

 

「ンフフフ…沈むと分かっている船に付き合う必要などなーい…」

 

 

一族でもっとも予知が得意な者が予言を出した。

 

 

 

『古の災厄が目覚めし夜』

 

『過去に囚われしもの、暗き海の底に沈む』

 

 

 

 

サイキッカーにとって予知とは抽象的なイメージで見えるもの。

基本的にぼんやりしている上、感覚的な部分も多い。

故に言語化が難しく、解読は非常に困難だ。

最も得意なものの予言でも過信すべきではない。

 

しかし、彼らは『一族』である。

 

予知が出来るのも一人ではない。

『予言』は複数用意出来る。

言語化はし辛くとも、例えば絵に起こす形などで少しハードルは下げられる。

 

複数のサイキッカーの予知による情報精査。

エスパージムを率いる一族はこの能力を使い、生き延びてきたのだ。

 

 

 

『海に沈んでいく大きな影』

『絶望し、全てを失うリアンらしき若い男』

『豪華客船に迫る巨大な腕のようなもの』

 

 

一族のものが集まり、イメージを絵に起こせばそんな絵ばかりが持ち寄られた。

自分や他の者もティータニック号の沈没は間違いない、と全会一致した。

 

あれは沈む。間違いなく沈む。

 

そもそもティータニック号という名前が良くない気さえする。

そして、『かつてのリーグを想う会』にとって今のティータニック号は組織の生命線そのもの。ただの豪華客船ではなく、その正体は研究所であり生産工場だ。

あの船が沈むことは組織の終わりを示唆していると言っても過言ではない。

 

組織の凋落が見えた時点でエスパージムの面々は方針を決定した。

 

 

勝者を見極め、災害を避け、破滅から逃れる。

 

 

そうして生き延びてきた彼らは今夜も協力関係にあった『かつてのリーグを想う会』を切り捨てる事で自分達の地位を守ろうとしていた。

 

「ンフフフ…まさか復元したカセキの暴走とはな…何故なのかさっぱり見当がつかない…」

 

恐らく予言では『古の災厄』と表現されていた部分だが、今日まで具体的なことは分からなかった。化石の復元研究に力を入れていると聞いてはいたが、150匹の大脱走など想像だにしない展開だ。

 

「船内の情報では他のトラブルで警備スタッフの人手が足りていなかったようです」

 

「多少のトラブル程度で揺らぐとは、ンフフフ…所詮ヨワシは群れてもヨワシと言ったところか…ンフフフ…」

 

自慢げにグラスを揺らしながら鼻高々に酔いしれる。

 

ヨワシとは小魚のようなポケモンで、群れる事で巨大魚の姿を形作る。

巨大魚の姿となったヨワシはあのギャラドスでさえも逃げ出すほどに強いのだが、傷つけば群れは形を維持出来なくなり、か弱い小魚に戻ってしまう。

ヨワシの生態と組織の脆弱さを重ねた解説の必要なジョークだ。

 

闇の中で執事が「ナイスジョークでございます」と恭しく頭を下げた。

足元のニャオニクスがうっわぁという顔をしている気がするが、そんなはずはないだろう。

そんなはずはないので一族の男は読心を試したりもせず、気分よくグラスの中のワインを回し続けていた。

 

「そういえば、乗船したセイボリー坊ちゃまですが…」

 

執事の言葉にワインを回していた手が止まる。

 

「あいつの話はいい」

 

それだけ告げて、もう一度ワインを回し出す。

執事もまた静かに頭を下げ、元の姿勢に戻った。

 

 

「予想外と言えば、ローズ委員長にも驚かされる。我々が情報を売り込んでそう時も経っていないのに、ジムリーダーを3名も送り込んでくるとは…」

 

話を戻すかのように今度は一族の男から話し始める。

 

予知を確認したエスパージムは裏切りを決めてすぐに、マクロコスモスへ情報を売った。

組織の内情、目的、そして違法な研究について。

一族が出した破滅の予知が絶対である以上、隠し立てする意義はない。

洗いざらい知り得た全ての情報を提供した。

 

しかし、いくら一族の予言を信じたとしても、そこに賭けられるかどうかは別の話。

その点、今夜いきなりジムリーダーが3人乗り込んだと聞き、ローズ委員長の即断ぶりには一族全体が「ンフフフ…」と震撼した程だ。

 

「結果的に予言に間に合っている辺り、やはり王となる人物は『持っている』訳ですな」

「ンフフフ…見る目は間違っていなかった、という訳だ」と言いながらまたワインを傾ける。彼は酒と、自分の立ち位置にかなり酔っていた。

 

予知の力で王を見極め、その下に付く。

ガラル王族の始まりにおいても彼らの先祖もそうしたと伝わっており、我が一族が王を選んだのだと言われるほどだ。立ち位置としてこれ以上のものはない。

 

「救援の手配も滞りなく。規模が規模なので少し時間はかかるでしょうが…」

「あまり早くても怪しまれる。船上のガラル貴族にはたっぷりと恩を着せねば」

 

全てが手のひらの上にあるかのようだ。

 

世界を裏から操るフィクサー。

未来を知り、王でさえも駒にする最高のサイキッカー。

 

頭上のゴージャスボールのテレポートもテンポよくリズムを刻む。

 

 

「ンフフフ……エスパー、私こそがエスパーだ…」

 

 

「ただ一つ、関連してお伝えしておきたいことが…」

しかし、自己陶酔している一族の男へ執事が水を差した。

 

「そのジムリーダーが1名、イカサマで捕まったようでして…」

 

「エスパァ!?」

 

奇妙な悲鳴をあげながらワインを吹き出し、自称フィクサーが咳き込む。

ニャオニクスがじっとワインで汚れた絨毯を見た。恐らく彼が掃除するのだろう。

 

「ゴボ、ゴボ…な、何故ジムリーダーがそんなことに?」

 

頭上で点滅していたモンスターボールが、点滅の頻度を増して脳内の混乱を露わにする。

激しく咳き込んで涙目になったエスパーが当然の疑問を呈するが、執事は首を振る。

 

「それは分かりかねますが…既に手は回しております。警備に取り計らい、丁重に扱わせた上、すぐに脱出出来るよう人避けまで差配しました」

 

落ち着いた回答に何とか冷静さを取り戻す。

 

「そ、そうか。カセキポケモンの脱走で船内は既にかなり混乱しているはず。下手なことにならないうちに迎えに行った方がよいだろう。彼らに何かあれば急いで動いていただいたローズ委員長に目をつけられかねない」

 

今回のローズ委員長の判断にはエスパージムが提供した情報が肝になっているはず。

そこで不測の事態が起きれば、当然責任の一端はエスパージムにもあることになる。

 

「それが、何故か牢屋には既にいらっしゃらなかったと先ほど報告が…」

 

「………」

 

震える手から持っていたグラスがついに床に落ちる。

柔らかな絨毯の上なので割れはしなかった。

 

「ンフフフ…ンフフフ…」

 

フィクサーは笑う。

何だかよく分からないが、優雅さを崩すことなく。

事態が自分達の推量を越えた事態になっている気がしつつも最後に勝つのは自分のはずだ、と。

 

「流石は破滅が予言された船。既に地獄のような有り様か…」

 

未来を知るはずの男は冷や汗を流しながら、何とか不敵に笑った。

 

 

「何が起きても、おかしくない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

ガツ・・・ガツ・・・!

 

大きな顎が獲物を貪る。

 

鋭い牙が引き裂いたそれを顎の力で無理矢理ぶちぶちと引き千切る。

獲物から滴る液が絨毯に染みを作り、捕食者が更に興奮して獲物に食らいついた。

 

俺はただそれを見る事しか出来ない。

成す術なく。

暴力でグチャグチャにされていく様子を見ている事しか出来なかった。

腕の中にはいつも通り無反応な相棒、イオルブ。

凄惨な光景に思わず相棒を抱く腕に力が入る。

 

そして、隣の少女が声をあげた。

 

 

「こらー!食べ方がチョーきたなーい!」

 

「ガァ?」

 

 

シャクヤに叱られて、ガチゴラスはお菓子に食らいつく顎を止めた。

 

こいつ、相当腹が減っていたらしい。

 

 

何か脱走したっぽいガチゴラスを、俺達は餌付けしていた。

 

最初は忍び足でやってきたと思ったガチゴラスだったが、その後は襲ってくるわけでもなく、シャクヤにやけにスリスリとまとわりついてきた。

訝しみつつも、実はシャクヤが隠し持っていたココドラ用のお菓子をあげてみると夢中になって食らいつき始めてしまった。

 

 

「ココドラ用のお菓子、全部食べちゃった」

 

ガチゴラスは満足そうにガフゥと一鳴き。

むしろこの巨体によく足りたな…。と思ったが、確かココドラはお腹がすいたらダンプカーとか食べる奴だ。それ用のおやつなんだから、そりゃ腹にも貯まるかも。

あるいは単におやつタイムだっただけか。

 

「てかお前、オープニングセレモニーで会ったよな?」

 

聞いてみるが、ガヴ?と首を傾げられてしまった。

いや、聞き返されましても。

オープニングセレモニーでレンタルバトルした時に戦った相手。

俺はアーマルド、リアンさんはガチゴラスと一緒にバトルした。

 

俺の見る限り、このガチゴラスはそのガチゴラスだ。

バトルの時と違ってすげえ気が抜けて馬鹿っぽいけど、これが素なのか。

 

一応頭部を軽く確認してみるが、別に傷は残ってなかった。

しっかり治療出来たようだ。ちょっとだけほっとする。

 

あのバトルの最後、リアンさんはボロボロのガチゴラスに反動ダメージのある《もろはのずつき》を使わせて、引き分けで決着がついた。

オークションの宣伝がしたかったのか、作為的なものを感じて、俺はちょっと気になっていたんだけど‥‥とりあえずコイツ自身は気にしてなさそうだ。

 

大きくていかつい頭部をシャクヤに擦り付け、お菓子をねだっている姿からはバトルの時に感じた王者の威厳などサラサラ感じられないし。

 

「ガァ!」

「もう持ってないってばー!アベリ、何か持ってない?」

「いや、俺の方は何にも」

 

相棒があんまり食わないもんで。

というか、俺の方がお腹空いてきたくらいだ。

さっさと色々解決して飯食いてえ。

 

「ガヴガヴ」

「この子、チョー人懐っこ過ぎない?」

 

ガチゴラスはじゃれつつも、しっかり手加減を覚えている。

シャクヤの腕を咥えてお菓子をねだってても、噛みついてはいないようだし。

元々金持ちがオークションで買って飼うために売ってるんだから、ペットとして安全に飼えるように教育は済んでいるのだろう。その上、バトルではしっかりと指示を聞いて強かったんだから、育てたのは相当優秀なトレーナーさん達だ。

流石はがねジム協賛。

 

きっと逃げ出したコイツを心配しているだろうが、ウカッツ博士のアナウンスを聞くにはそれどころじゃないかもしれない。

ここまで警備員さん達と出会えていないのもどうやら無関係じゃなさそうだし。

 

今のところガチゴラスは大人しいから、落ち着いてからちゃんと送り届けよう。

 

「さて、とりあえずガチゴラスはそれでいいとして」

「え、え、このまま!?アタシ、自分でポケモン育てた事ないんだってばー!ココドラだってオヤジのだし!」

「それでいいとして」

 

シャクヤは困ってはいても、嫌がってはいなさそうなので、放置。

 

俺は改めて、先ほどまでハッサムが居た通路を見やる。

 

誰も居ない。

ただ空っぽの鎧が廊下に倒れているだけだ。

まぁ結構大騒ぎしてたからな。逃げてしまったらしい。

 

うーん。あのライトグリーンのハッサムは色んな意味で目を離しちゃいけなさそうな奴だった。

ハッサム本人の為にもこれ以上トラブルを起こして欲しくないんだけど。

でも、手がかりらしきものも残ってないしなぁ。

 

「ビビ!」

「お?」

 

悩んでいると、腕の中の相棒が反応した。

相棒は短い両腕を伸ばし、方向を指し示している。

 

そういえばさっきもハッサムが近くにいる事が分かっていた。

リハビリ中で浮遊もままならない相棒だが、どうやら探査能力はかなり頼りに出来る。

これならハッサムを再度見つけ出す事も難しくないかも…と思ったのだが。

 

 

「そっち壁なんだけど」

「ビバ…」

 

相棒が指差したのは壁だった。

別にイオルブの探査能力を疑ったりはしない。

至極真面目そうな顔をしている辺り、本当にこの先にハッサムが居るのだろうが。

ただ残念ながら俺達はこの船の中で絶賛迷子なくらい船内の構造には詳しくない。

 

どこをどう行けばこの壁の向こう側に行けるのか分かんないんだよね。

 

「ガヴ」

「ビババグ」

 

うーん。でも、とりあえず進みながら道を探すしかないか。

ある程度の方向が分かってるだけでも助かる…はずだ。

 

‥‥俺、ゲームの頃は毎回チャンピオンロードを抜けられなくて友達や攻略本に頼ってたんだよなぁ。

大丈夫かな…。

ティータニック号はただの豪華客船で迷路として作っている訳じゃないんだから行ける…行けるはずだ。とりあえずはよくある右手を壁に添え続ける右手法でだな…。

 

「オーケー。先に進も、うぜ…?」

 

方針と覚悟は決まった。

そう思って振り返ったのだが、思わず言葉に詰まる。

 

 

「ガァァァ…!」

 

何故かガチゴラスが興奮した様子でこちらを向いている。

 

「え?」

頭を下げ、王冠のようなトサカを前方へ向けて。

絨毯を後ろ脚で掻く様は間違いなく突進の予兆だ。

 

王者の矛先が向いている先は、俺だ。

え?俺死ぬの?

 

何か指示したのかと思ってシャクヤを見るが

 

「わかんないわかんない!チョー急に…」

 

ガチゴラスの隣で、かなりパニクっていた。

必死に首元の毛を掴んでガチゴラスを止めようとしているが、止まる気配はない。

暴れん坊には見えなかったが、蛙の子は蛙、暴君の子は暴君か?

やっべえと思いながら後ずさると、気付く。

 

「あれ?」

 

ガチゴラスは別に俺を標的にしていない。

俺が動いたのをしっかり見ているのに、突進の方向は変えないままだ。

一応「おーい」と手を振って声をかけてみるが、やはり止まらない。

 

どういうこっちゃ。

 

頭を疑問符でいっぱいにしながらも突進が当たらなそうな場所まで移動する。

つまり、ガチゴラスは突然あの壁に突進したくなったって事なのか?

サイホーンじゃあるまいし、ガチゴラスがそこまで頭が悪いって話は聞いたことないんだけど。

それにしたって突然過ぎる。

 

確かに俺達はその壁の向こうに行こうとしたけれど…

 

「あ」

ようやく誰がガチゴラスに指示を出したか分かった瞬間、腕の中で相棒が声をあげた。

 

 

「ビババグ!」

 

 

その「指示」に答え、古代の王者が突進を開始した。

 

 

「ガァァァァァァァ!!」

 

 

その足取りは力強く。

 

 

ティータニック号でまた一つ、トラブルが発進した。

 

 

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