エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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《きんぞくおん》

 

夢の中に居た。

いつも見る夢だ。

 

緑色の影が遠くで揺らめく。

共に過ごし、人間に奪われた仲間達。

 

夢の中でだけ再会出来る、そして目覚めれば別れる仲間達。

分かっているのに、夢の中の自分は仲間に近づこうと歩き続けてしまう。

近づくほど仲間の姿は曖昧になり、遠く見えていた影と世界を覆う闇が混ざっていく。

 

夢の中ですら仲間に触れる事は出来ない。

悔しさと怒りで涙がこぼれそうになった。

 

 

 

(どうして)

 

響いた声に足が止まる。

低く、掠れ、濁った声。

 

 

(どうして、■■だけが)

 

 

声がした方を振り返ろうとして、気付く。

オレの身体が、溶けている。

姿が変わった時と同じ高熱。ドロドロに溶ける身体。

あの時の痛みと苦しみが、もう一度ハッサムを焼く。

 

 

(どうして)

 

 

どこかで、聞いたことのある声だった。

なのに、声の主が分からない。

必死に手を伸ばした先には、曖昧になり消えつつある仲間たちの影。

 

忘れてなど居ない。

忘れているはずがない。

 

身を今なお焼き続けるこの熱は、彼らの怒りなのだから。

今もオレは、仲間と共に居るのだから。

 

 

 

 

 

それなのに、誰の声なのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

目の前に仲間(ストライク)の顔があった。

その瞳に光はなく。表情もなく。

亡霊のような顔。

 

夢の中で聞いた囁きが、頭の中で響く。

 

 

《どうして■■だけが》

 

 

思わず、ハサミを振り下ろす。

 

何かが砕けるような音と感触。

恐怖から出た咄嗟の判断だった。

 

 

殴り飛ばした直後、思考が追いつく。

 

(今、オレは何をした?)

 

仲間に向かって、ハサミを叩きつけた。

オレは仲間の姿に恐怖して、この《こぶし》を叩きつけたのか?

《こぶし》に込めたものは、《こぶし》を形作ったものは、そんなものじゃないのに。

 

自分は仲間の怒りを背負い、生き残ったはずなのに。

 

 

「ぐおおおお…いってぇ…!」

 

人間の声。

しっかりと自分が殴り飛ばしたものを見れば、人間だった。

顔面から仲間を模していたものらしき破片がボロボロと落ちている。

 

 

確かあれはそう、仮面というものだ。

部屋に入ってすぐに見た、二人の人間。

その人間達を襲おうとしたら別のポケモンの群れに襲われたのだ。

 

しかし、ハサミを振り回していると熱気が更に酷くなり、意識が朦朧と…

 

 

自分が殴り飛ばしたのが仲間ではなかった、と安堵は出来ない。

ハサミを振るった瞬間、自分は仲間だと思って振るっていたのだ。

 

仲間、怒り、復讐。

自らの骨子だと思っていたものが揺らぎ、足元からガラガラと崩れ落ちている気がする。

 

こんらんのまま、殴り飛ばした人間の前に立っていると、背後で気配がした。

そうだ。人間がもう一人居た。動揺している場合ではない。

ハサミに力を込め、今度こそ復讐のために振るおうと

 

 

「俺の名前はアベリ!ネーナタウンのジムリーダー!よろしく!」

 

 

先ほど殴り倒した人間が突然叫んだ。

悲鳴ではない。命乞いでもない。怒声でもなかった。

不思議な事に、その人間は親し気に話しかけてきた。

 

自分を逃がしたみすぼらしい女のようなおかしな人間…ではない。

目の前のこいつは声の奥底に恐怖を隠し切れていないし、こちらをちゃんと見ている。

意図は分からないが、対話を試みている…と感じた。

 

ハッサムの知っている人間とは、主に白い部屋に居た白衣の人間達だ。

仲間達と自分にドロドロに溶けた熱いものを浴びせ、数多の命を奪った。

そして、それを遠くから無感動に眺め、もののように扱った。

 

あれが人間だと思っていたのに、今日新たに出会う人間は悉く違う。

復讐の骨子さえも揺らいで、目の前の人間をどう感じていいか分からない。

 

「アタシはシャクヤ!よろしくね!」

 

背後にいた人間まで、同じように話しかけてきた。

 

「ビババグ!」

 

人間達と共に居るポケモンからも「大丈夫!安心して!」のような声がかけられる。

そう、この部屋の人間達から感じるものも同じだ。

 

同情、心配。

暖かく、柔らかいもの。

それらは、かつて仲間達が自分にくれていたもの。

自分の中にもかつてあったもの。

 

(駄目だ。まだ終われない)

 

しかし、それはもう奪われている。

他でもない人間に奪われたのだ。

冷たく硬い今の自分にはあり得ない。

 

同情を振り払うようにこぶしの中身を確かめた。

怒りも復讐も、まだ止まれない。

 

「ラァッッ!!!」

 

行き場のない感情のままに、ハサミをドアへと叩きつける。

この二人と一匹は、脅威だ。

 

ここに居れば自分の怒りと復讐が奪われる。

 

そうなればもうオレの中からかつての仲間との繋がりが失われてしまう。

例え、恨み言や怨嗟の声でも自分の中から仲間が消えてしまうかもしれない。

それは、オレにとって最も恐ろしい事だった。

 

 

 

暖かく、柔らかいものから逃げ出して部屋を飛び出す。

必死に人間達への怒りを《こぶし》の中に握りしめて。

 

逃げて、逃げて。

赤い絨毯を抜け、金属の鎧を叩き。

道など分からない。

ただ怒りをぶつける先を探して、進める道を進み。

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

「おや?あなたは…」

 

 

 

その声は、忘れるはずもない。

白い部屋、『向こう側』。オレ達に苦痛を浴びせた元凶。

落ち着いた、冷えた鉄のように冷たい声。

 

あの時と違い、隔てるものは何もない。

ハッサムと同じ赤い絨毯の上を無防備に歩いていた。

 

『向こう側』で人間に指示を出していた、全ての元凶。

怒りをぶつけるべき相手。

 

突然、目の前に現れた宿敵と呼ぶべき相手。

 

ハッサムは、この偶然の遭遇を疑わない事にした。

頭の中で罠である可能性をあえて捨て去る。

ただ愚かな復讐者としてハサミを振り上げた。

 

それは復讐を早く遂げたいという焦りからだったが、自分の中では怨敵を前に怒りを抑えきれないからだ、と思い込んだ。

 

 

 

 

「ラァァァァァッイッッ!」

 

 

溢れ出る怒りに身を任す。

今はそうしていたかった。

怒りに身を任せる事で、自分の中に仲間は居るのだと安心したかった。

決して忘れていない。自分は仲間のために戦えているのだ、と。

 

オレは、仲間たちの『怒り』そのものなのだから。

 

「…申し訳ないですが、時間がない」

 

羽を使い、飛び上がりながら男めがけて襲い掛かる。

 

「キリキザン」

 

男の手元から、光が広がった。

上空から勢いをつけた振り下ろしは止まれはしない。

光に向かって鋼鉄のハサミを振り下ろす。

 

ガギン!!

 

「キザァ」

 

鋼鉄のハサミを受け止めたのも、また鋼鉄。

身体の各所から鋭い刃を覗かせる、人によく似たシルエットのポケモン。

 

キリキザンと呼ばれていた。

オレ達の住んでいた場所では見かけなかったポケモン。

静かに、ギロリとこちらを睨む目は冷たい声の男と似た雰囲気がある。

男を守るように立つ姿は、強い意思を示していた。こいつを倒さなくては男には辿り着けない、とすぐに理解する。

 

「ラァイ!」

 

弾かれた勢いのまま、空中で身体を回転させる。

それだけで重いハサミが十分な凶器となる。

岩をも砕く一撃がキリキザンへと叩き込ま

 

「‥‥‥」

ガイン!

キリキザンは腕を傾けるだけで、それを弾いた。

 

軌道を逸らされたハサミが勢いを殺しきれず、床にぶち当たる。

「‥‥!?」

「ザン」

慌てて引き戻そうとするが、それよりも早く眼前のキリキザンが動く。

ハサミを弾いた手をそのまま滑らかに刀のように切り返した。

 

返す刀で迫る切っ先は胸元を縦に裂く軌道を描いている。

「ッラァ!」

小さくなった羽根を全力で羽ばたかせ、必死に後ろへ飛ぶ。

 

胸元を風切り音と共に刃が過る。

 

着地と共に息を吐きだす。たった数瞬息を止めていただけなのに、身体が熱くなっていた。

「…ラァ…」

感じるのは内から湧き出る熱さだけ。

痛みはない。

だが、胸元を見ると、薄く刻まれた線。

この金属の身体になってから初めて付いた「()()」だった。

 

「キッザ」

キリキザンが腕をチャキリと鳴らす。

 

強い。

いや、力や速さだけなら違いはないかもしれない。

 

だが、経験値が違う。

踏んだ場数、積まれた修練。

その差が二匹の間に越えられない隔絶となっている。

 

「ッストラァイ!」

 

ならば、無理矢理勝負に持ち込む。

 

そう決意して、もう一度羽ばたいて突進する。

身体ごと両のハサミを押し付けるようなタックル。

 

「ザン!?」

受け流そうとするキリキザンに組みつくようにしがみつく。

相手を抑えつけようとした両のハサミは刃の両腕で防がれた。

技術で逸らし、逃れようとするのをただ怪力と突進力で崩しにかかる。

そのまま力任せに押し込もうとしたが、突進の勢いがそこで止まってしまった。

 

足元を見れば、キリキザンが後ろに踏み込んだ足が柔らかい絨毯に突き刺さっている。

押し込もうとする前進の力が、杭のように刺さった足に食い止められているのだ。

勿論野生で育ったハッサムにそんな「理屈」が分かった訳ではないが、とにかく自分の突進がキリキザンに受け止められた事は理解した。

 

「ラァァア‥!」

 

だから、更に両腕に力を込めて押す。

キリキザンを真似て、絨毯に突き刺すように踏み込みながら押し込む。

この至近距離、この体勢。最早経験や技術の介入出来る場所はほとんどない。

 

 

「キリギィ…ッ!」

「ラァァァ…ッ!」

 

 

シンプルな力と力の押し合い。

拮抗は、していない。

少しずつ、ハッサムの方がキリキザンを押し込んでいる。

少しだけ。そのほんの少しの差が、天秤を少しずつ傾けていく。

互いの身体から軋むような音。触れ合う二匹だけが理解する金属の限界。

だが、二匹とも力を緩める事はなく、むしろ強めていく。

 

勝負を変えたのは、一声だった。

 

「キリキザン、『きんぞくおん』」

 

キリキザンの後ろからかけられた新たな指示。

オレは嘲笑する。この拮抗は、互いに全力で押し合っているから成立している。

少しでも拮抗を避けて力を緩めればその瞬間に決着がつく。

 

(指示は無意味だ!次はお前だぞ人間!)

 

更に押し込もうと力を込める。

「キリィ…」

最早キリキザンは押し負けないようにするので精一杯といった様子だ。

押し合いの姿勢のまま、動く事すらままならない。

動かせたのは、組み合う腕で掴みなおす微々たる動きだけ。

 

 

ハッサムの身体に、耐え難い異音が響いた。

 

 

思わず姿勢を崩し、耳を抑えたくなるほどの異音。

しかし、音が響いたのは耳ではなかった。

自身の外殻に直接響いた、とてつもなく不快な金属同士の摺動音。

 

気付けば力が抜け、その隙に振り払ったキリキザンが腕を振り上げていくのが見えた。

 

(オレの、体を使って‥‥!)

 

キリキザンは腕の切っ先を使い、ハッサムの硬い外殻をひっかいたのだ。

金属の身体同士を擦れ合わせる事で身体全体に音を響かせて、姿勢を崩させた。

 

すぐに防御するためにハサミを持ち上げようとするが、ハッサムのハサミは重い。

 

(間に合わない)

胸を貫こうと突き出されるキリキザンの腕の方がほんの少しだけ速い。

酷くゆっくりと進む時間の中で自分のハサミとキリキザンの腕がすれ違う。

 

次の瞬間、奴の切っ先が自分の胸を貫く。

そんな未来が脳内で明確に思い描かれる。

 

 

 

 

 

次の瞬間、壁をぶち抜いた巨体がハッサムとキリキザンを跳ね飛ばした。

 

 

 

 

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