エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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《むしのていこう》①

サイホーンというポケモンをご存じだろうか。

 

 

「突進しか能がない」「残念ながら頭が悪い」「脳みそが小さいので頭が悪い」とポケモン博士たちに好き勝手言われているポケモンだ。

この世界ではスラングの一種にもなってしまっている彼の特徴として、突進を始めたら止まれない、というものがある。

走り始めると他の事が頭からすっかり消えてしまい、止まり方のみならず自分が今走っている事さえ忘れてしまうんだとか。

 

流石に極端な例だと思うが、一般的な認識のサイホーンとはそういうポケモンだ。

 

ガチゴラスは今、サイホーンだった。

 

‥‥オーケー。もう一度だけ説明しよう。

 

ガチゴラスは今、サイホーンだった。

 

彼の突進を止めるものは、何もなかった。

船内の優雅に飾られた高級感ある壁を一枚、二枚と叩き割っていく。

いかなる名画も職人の家具も著名な彫刻もこの突進は止められまい。

価値とは頑強ではないんだなぁと暴力の無情さを感じさせる。

そして、俺もまた無情さの中で後悔させられていた。

 

どうしてこんな馬鹿なことをしてしまったんだ、と。

 

何をミスったって突進を始めたガチゴラスの尻尾を掴んでしまったことだ。

突然突進を始めてしまったガチゴラスを止めようとして、思わず手が出てしまった。

凄まじい力で引っ張られ、抱いていた相棒を放り出してしまったが、まぁあいつなら大丈夫だ。

多分。

 

跳ね飛ばされぬよう両腕でガッチリと尻尾を掴んだまでは我ながらファインプレーだったのだが、サイトウならともかく俺は凡人。ギリギリ弾き飛ばされたりこそしなかったが、止めることなど出来る訳がない。

わざを繰り出しているポケモンを触ってはいけません、なんてこの世界じゃ子供の頃に習う事だと言うのに。

 

だが、突進の最中に掴めてしまった両手を離す事も出来ず、下手くそな水上スキーみたいな体勢になっていた。床が全面柔らかい絨毯やよく滑る大理石のお陰なのと、真っすぐしか進んでいないからギリギリ転倒していない。

 

俺と言うデッドウェイトがありながら、ガチゴラスの突進は全く淀みない。

ガゴンガゴンと景気のいい音をあげながら壁を壊して突き進む。

 

ガチゴラスは今何を考えているだろうか。

ちゃんと考えていてくれているだろうか。

サイホーンの学説の一つに頭ぶつけすぎてアホになってるみたいな話があったけれど。

現在進行形で壁を10枚以上は割ってそうなガチゴラスはまだ大丈夫だろうか。

大丈夫だよね?ブレーキはまだあるよね?

 

何故走り始めたか、まだ君は覚えているか?

 

 

ガチゴラスが砕いた壁の破片をビシバシとぶつけられながらも、転けないように上手くバランスを取る。

 

「おーい!ガチゴラスー!ストップー!」

 

聞こえないだろうなぁと思いつつも声をかけてみるが、当然無視。

このまま止まらなかったらどうしよう。必死に尻尾を掴んだまま考える。

 

忘れがちだが、ここは船内。壁を突き破り続ければいつかは海に落っこちるんじゃないか?

そうなれば水上での遭難になる。しかも夜間となると非常に危険なのは目に見えている。

幸い俺はカナヅチではないのだが、着衣水泳の経験はない。

それにガチゴラスっていわタイプだし…。あ、でもドラゴンなんだっけ。

なら泳ぎはだいじょ

 

ガゴン!とまた一枚壁がぶち破られる。

 

 

「ストライッ!?」

 

「キザン!?」

 

「ガブゥ!?」

 

 

「え?」

 

 

事故が起きた。

 

 

 

 

 

■■■■

 

 

擬音にするなら、どんがらがっしゃーん。

 

間抜けっぽいがピッタリの音だ。事実として間抜けな事故だからちょうどいい。

壁をぶち破る事しか考えてなさそうだったガチゴラスは急には止まれず。

向こう側に居た二匹を巻き込んだ後に、勢いそのまま壁を更に一枚ぶっ壊してしまってから止まった。

 

「いつつ…えーっと、全員無事かー?」

 

俺自身は壁やポケモンと直接衝突せず、ガチゴラスの尻尾から投げ出されて絨毯を転がっただけで済んだ。痛いは痛いが、外傷とかはない。

高そうな毛の長い絨毯のお陰だ。多分床にティーカップが落ちても割れないんだろうな。

 

まず俺から見て一番近くで倒れているガチゴラスを見る。

「ガブブ…」

目を回している。そういえばこいつ『いしあたま』じゃないんだっけ。

良かった。生粋のサイホーン(スラングの意)の才能はなかったようで一安心だ。

軽く見た感じ、とりあえず無事。

 

衝突相手の方はどうだ、と壁に開いた大きな穴から入って部屋を見渡す。

部屋の明かりは点いていないが、壁をぶち抜いたので廊下の光が部屋に入っている。

どうやら見た感じ、かなりのVIP乗船時に使う部屋のようだ。今まで見た船内でも特に高級そうなものばかりが並んでいる一室だ。

…気のせいか、この船に乗ってからずっと高級品ばかり見てるので若干目が養われている気がする。

 

そんな高級そうなソファーを一つ下敷きにぶっ壊して、ライトグリーンのハッサムが倒れていた。

「ラァイ…ッ?」

頭を振りながらも自分で起き上がっている。何が起きたんだ?と言った様子。

突然交通事故に遭ったようなもんなのに、はがねタイプは頑丈だ。

 

もう一匹も、どうやら無事だった。

 

「キリキ‥‥」

何か言いたげな目をこちらに向けながら、そいつは既に立ち上がっている。

キリキザン。ヒロイックな外見をしたはがねタイプのポケモンだ。

恐ろしい事にこちらはハッサムと違い、今の衝突事故でも受け身を上手く取っていたようだ。

 

とりあえず全員無事ヨシッ!

ぶつかった相手が偶然にも二匹ともはがねタイプだったお陰でこの事故に負傷者は居なかったようだ。

 

ふぅ。大ごとになる前にハッサムを見つけられて、よかっ…

 

 

 

「‥‥アベリ君?」

 

先程俺達が開けた穴から、冷たい声がした。

振り返ると、見知った顔だ。今夜素顔を見るのは初めてだが。

メタングの仮面を外したリアンさんが、そこに立っていた。

 

 

俺達が十枚くらいぶち抜いた壁を前に、このパーティーの主催者が立っていた。

 

 

ジムの修理に使おうと思っていた貯金の額が走馬灯のように頭をよぎる。

 

走馬灯で流れて行くのはテレビで見た有名人のお宅訪問で紹介されていた家具の値段、そして乗船してから見てきた豪華客船の細部に至るレベルの高さ。

 

「‥‥えっと」

言葉が出てこない。リアンさんも唖然としているように見える。

 

史上初の借金ジムリーダー(諸説あり)という単語が脳内で生まれつつあった。

だが、どう考えてもぶち抜いた壁やぶっ壊しまくった美術品は俺に弁償できるような額ではないはずだ。

突進中はそこまで考えが回らなかったが、冷静に考えるとやばい。

 

マジでやばい。

やば過ぎてやばい以外言えなくなってるくらいやばい。

 

「アベリー、だいじょぶー?」

 

やばばばばばとやばいくらい空回りする俺に、リアンさんの更に後ろから声がかかった。

ぶち抜かれた壁を通り、慣れてない様子の靴で慌ててやってきている。

 

シャクヤだ。腕の中には俺の代わりにイオルブを抱いている。

リアンさんも当然そちらを向いて、確認する。

そして「なるほど‥‥」と呟いた。

 

何を納得したか分からないが、シャクヤは何もしていないし、イオルブは俺のてもちだ。

ガチゴラスは元々ここのポケモンだから俺には何とも言えないが、あの場にいたトレーナーは俺だけだから責任は俺が負うべきだろう。

せめてそれだけは説明しなければ。

 

「リアンさん、俺が‥」

 

「ふふふふふ…」

 

「リアンさん?」

突然、笑い出した。

 

「ふふっ‥‥ふははっ」

 

な、何が可笑しいっ!

あまりの惨状にリアンさんもおかしくなってしまったのだろうか。

被害額が俺が思っている以上に天文学的なのだろうか。

 

「ああ‥‥そうですか」

 

漏れ出た声は先ほどと同じく酷く冷たい。

金で解決出来るという俺の認識がまだ甘かったのか?

 

 

「自ら破滅を求めた途端、この《おいかぜ》ですか」

 

 

呟いたリアンさんの手元で、ボールが開く。

飛び出したポケモンが即座に大きな腕でシャクヤを掴んだ。

 

「キャーッ!?」

 

爪が荒々しく少女を鷲掴み、がっしりと固定する。

磨き上げられた岩石のような鋼の腕はメタグロスだ。

 

メタグロスの爪は獲物を捕らえるために使われる武器。

どんなポケモンだろうと容易には抜け出せない怪力は人間に耐えられるものではない。

吊り上げられたシャクヤが苦しそうに顔を歪めるのも当然だ。

 

「運命や予知など本気で信じていませんでしたが…存外馬鹿には出来ないものですね」

 

「何をやってんだ!?」

 

意味不明な言葉を喋るリアンさんに思わず自分が加害者である事を忘れて声を荒げる。

ポケモンを使って他人へ攻撃するのはこの世界では普通に犯罪だ。

ジムリーダーであるリアンさんは当然その重大さを一般の人よりも分かっていなきゃいけない。

 

「あの方に英雄になってもらう為に『動機』が必要だったところです。シャクヤ君ならうってつけですから」

 

その瞳は、もうこちらを見ていない。

あの方も英雄もさっぱり分からないが、言ってやめる気がない事は理解した。

仕方ないので、俺はメタグロスの方を向いて指示を出す。

 

 

「《むしのていこう》!」

 

 

メタグロス、の掴んだ腕の中で捕らえられているシャクヤ、の抱いた腕の中。

 

「ビババグ!」

指示に応えたイオルブが全力で抵抗の波動を放出する。

 

「グロォ!」

謎のエネルギーがメタグロスの爪を弾き、シャクヤ共々拘束から脱出した。

 

‥‥成功した。リハビリ中のイオルブにはまだ本格的なトレーニングをさせていない。

技をちゃんと出せるか不安だったから、サッチムシの頃から使えた技にしてみたけど…。

威力は見るからに落ちてたな。

今有効だったのは不意打ち気味なのが大きかった。

 

「落ち着いてくれリアンさん。壊した壁や家具は俺が出来る限り弁償するから」

 

知り合いの突然の凶行を見たせいで声が硬いのが自分でも分かった。

震えてないだけマシだと思いたい。

 

言いながらシャクヤとメタグロスの間に自分の体を割り込ませる。

 

普段はこんな事する人じゃないと思ってたんだが、様子がおかしい。

 

こういう興奮状態の相手には「手を放せ」とか「やめろ」みたいな命令をすると不用意に刺激してしまう、とか実習で言われた。

じゃあどうすればいいかと言うと、えっと、ちょっと思い出せないんだけど…。

 

ジムリーダーが一般人にポケモンで暴力を振るうなんてあっちゃいけない話だ。

今ならまだこの場で収められる。

シャクヤは掴まれただけで怪我はないと思うし、被害総額とかで見れば断然俺の方が過失がやばいし。

 

というか、これだけ暴れて物をぶっ壊しておきながら「落ち着いて話をしよう」って結局《ちょうはつ》になってたりする?

相手の神経ごりっごりに逆撫でしていたらどうしよう。

 

「‥‥‥」

リアンさんは喋らない。無意識の《ちょうはつ》が効いてしまっているのか?

最善手は初手土下座だったのかもしれない。

 

「私は、ただこう思っているだけです」

 

今度は鋭い視線が俺を射貫く。怖い。

淡々と、目の前の男が語り始めた。

土下座しようと身構えていた体が、その冷たい声に思わず固まってしまう。

 

不思議と発する声に怒りはこもっていない。

むしろ、冷たい声の温度とは裏腹に声色は優しく語り掛けてくるかのようだった。

 

 

「『もう一度あの日に戻ってみたい』と」

 

 

「‥‥初恋の人にでも会いにいくのか?」

 

恐怖に耐えられず茶化した俺を見て、リアンさんはむしろ笑った。

 

「ふっ、あながち間違いでもないですが‥‥」

 

背後で「ビバ!」と相棒の声がして思わず振り返る。

宙に浮いたメタグロスが退路を塞ぐような位置に音もなく動いていた。

メタグロスは磁気とサイコパワーで浮いて動く事も出来るポケモン。

戦車のような見た目ほど鈍重じゃない。そして、今初めて分かったが静音性も結構脅威だ。

相棒に教えられなければ、気付かなかった。

 

表面上会話をしてくれているが、まだやめる気はないってことらしい。

盤面を一つずつ詰められている気分だ。

こっちも動くべきだと思うが、こんな状況の打開方法を知らない。

 

「アベリ君になら共感してもらえるはず。そう思ったから招待状を送ったんです」

 

とりあえず、話に耳を傾け、注視する。今のリアンさんから目を離すのが一番危険だ。

とは言っても、話している事のほとんどが意味が分からないけど。

『もう一度あの日に戻ってみたい』?

疲れた大人なら誰しも思う事かもしれないけど、それが何でシャクヤを?

 

混乱する俺を前にして、リアンさんは冷たい声で微笑みかけた。

 

 

 

「君も、私と同じ思いだろう?」

 

 

 

 

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