エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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《むしのていこう》②

 

「君も、私と同じ思いだろう?」

 

急に何か言い出した。

返答に困っていると、リアンさんが身振り手振りと共に勝手に話を続けてくれた。

少し大げさな、演技のような仕草はオープニングイベントで見た時と変わってない。

 

 

「憧れに裏切られ、思い出を踏みにじられ、それでも過去にしがみついている」

 

冷たい声で綴られる台詞はまるで悲劇の名シーンのよう。

「‥‥‥」

その言葉に、ほんの少しだけ言葉に詰まる。

今度は疑問や困惑ではない理由で返事が出来なかった。

 

リアンさんの瞳は俺を真っすぐに見つめ、ダンスに誘うかのように手を伸ばしてきた。

 

 

「肯定したいはずだ。師の栄光を、師への感謝を。先代ジムリーダー、タラクサの事を」

 

 

目の前に差し出された手を、見る。

 

先代ジムリーダー、タラクサ。

ダーティープレイの害虫と呼ばれ、称された男。

非常に不本意ながら、確かに俺にとっては師に当たる。

 

そもそも俺がジムの門を叩いたのは、元を辿れば…

 

‥‥‥‥。

 

「はっ、先代…ジジイは間違いなくイカサマ常習犯で旧リーグの闇だったよ。別に冤罪なんかじゃない」

 

リアンさんがもしもジジイの罪を晴らしてやろうとか考えてるならお門違いもいい所だ。

あれは間違いなく極悪人ですよ。俺が保証する。

 

師事している頃は気付かなかったが、逃亡後にジムをひっくり返したら悪事の証拠は山のように見つかった。先代の悪行は八百長や故意負傷だけに留まらない。

試合以外でも旧リーグに都合の悪い人間を闇討ちしたり、恐喝紛いの事もやっていた。

 

旧リーグの闇を支えていた『仕事人』。

それがネーナジム先代ジムリーダー、タラクサの正体だ。

 

旧リーグ上層部とのやり取りは文書でしっかり残っていたし、そもそもジム自体が無認可違法の賭場になっていた。知れば知るほど悪事にどっぷりで嫌になる。

報道規制で話題にこそなってないけど、あれが最低最悪のジムリーダーなのは間違いない。

 

俺個人がどう思っていようと関係ない。あのジジイに取り戻せる栄光とかはないのだ。

 

「だが、君はネーナジムを継いだ。継がない選択肢もあったのでは?」

 

「先代が居なくなった後に、ローズさんが誘ってくれて」

 

「それはローズ委員長の理屈です。君が話を受けた理由にはなっていない」

 

最後まで言わせろや。思わず脳内で強めのツッコミ。

対照的にリアンさんは盛り上がってきたのか、俺の言葉を遮ってまでノリノリだ。

 

 

「『たいせつなもの』を取り戻し、もう一度輝いて欲しい!君には分かるはずだ!」

 

 

手は変わらず堂々と真っすぐに差し伸べられたままだ。

指先まで、真っすぐと。

 

だが、その指先が少しだけ震えている事に気付く。

 

ああ、そうか。何をしたいのかは、分からないけど。

この人は取り戻したいのか。

もう一度輝いて欲しいのか。

 

自分の憧れや思い出が、消えてしまうのが耐えられないんだ。

 

それは、分かる。

きっと誰だって分かるものだ。

賑わっていた、好きだったものが寂れていくもの悲しさ。

子供の頃に好きだった公園が、取り壊されるような。

 

でも、だけど。

 

 

「いいや、あんたの気持ちは分からない」

 

 

奪われてない。取り戻す必要はない。

 

 

「裏切られても、踏みにじられても、『これ』が『たいせつなもの』だ」

 

 

よく言うだろ。こういうものには使い時ってのがあんだよ。

勿論誰かに分かってもらおうだなんて思わない。

たいせつなものは、自分のポケットの中にあればそれでいい。

 

伸ばされた手に対する明確な拒絶だったが、リアンさんの瞳は揺らがない。

きっと、俺が共感できたのと同じように彼にも俺の気持ちが伝わっている。

と、思いたい。

 

 

「それは残念。ですが私はもう」

 

「ラァッ!」

「キッザッ!」

 

リアンさんの背後でハサミと刃の腕が衝突して、火花が散る。

 

 

どうした急に。

いや向こうには向こうで駆け引きがあったんだろうけどこっちからするとめっちゃ唐突。

大体何であのハッサムはそんなにリアンさんを狙っているんだ。

 

だけど、背後で起こった突然のバトルにリアンさんの目線が動いた。

それを見た瞬間、困惑を一旦捨てて俺は全力で振り返って走り出す。

 

「突っ込め!もう一度《むしのていこう》!」

 

迷えば、どんどん打つ手はなくなる気配がした。

カブさんやメロンさんと試合している時にも感じるあれだ。

 

こういう時はとにかく動いて、少しでも主導権を取り戻さないといけない。

 

俺とイオルブでメタグロスを食い止めて、リアンさんの目的っぽいシャクヤを逃がす。

とりあえず、そうしようと決めた。今のリアンさんは色んな意味で危うい。

 

この部屋の中は暗いから扉の場所は分からないし、どこに繋がっているかも分からない。

廊下は明るいが、これもどこに続いてるか知らない。

あちらの方が船内については詳しいのは間違いない。

だが、壁をぶち抜いて出来た道はついさっき出来たからまだ把握できていないはずだ。

とりあえずそっちの方がまだ逃げられる目がある、かも。

 

だから、逃げるなら後ろだ。

そこからどうするか、までは今は考えられない。

その時はその時だ。

 

「ビバ!」

 

俺の指示に迷わず従ってくれたイオルブがメタグロスに正面から突っ込んだ。

「グロロ‥!」

メタグロスはかなり体重の重たいポケモンだ。

カビゴンやホエルオーより重たい事を知った時はマジでビビった。

押し合ったり、技で弾き飛ばしたりなんてのは無謀。

 

だが、今のメタグロスはサイコパワーと磁力で浮遊している。

地面に脚をつけている時よりは、まだ謎エネルギーで弾き飛ばせるかもしれない。

 

「逃げるぞ!合図したらジャンプしろ!」

「マ、マジ!?どうやって!?絶対に無理だし!」

 

シャクヤが何か喋ってるが、無視して腕を引っ張って走る。

 

「ビババー!」

《むしのていこう》を放ちながら、イオルブが突っ込む。

メタグロスは…

 

ズシン!

 

即座に地面に降りて、イオルブの攻撃を受け止めた。

リハビリ直後のひ弱な攻撃では、500キロを超える巨体はびくともしない。

ぶつかったイオルブが虫けらのように弾き飛ばされコテンと転がってしまう。

 

…あー正解ですね。まだ指示も出てないのに、凄く賢い。

 

今のイオルブの攻撃なんて、回避や迎撃の必要もないよね。

あの巨体なら立ち塞がってるだけで俺達の退路は止められる。

下手にわざを出してしまって隙を作る事もない。非常に安定した選択肢だ。

 

メタグロスはスパコン並の知能を持つ事でも有名なポケモン。

トレーナーの指示抜きでも状況から正しい判断を下せる知能がある。

強くて賢いとか無敵か?

 

 

「チョーあっさり効いてないんだけど!?」

 

「行くぞ!いち、にの!」

 

「え、ええっ!?」

 

 

そう、メタグロスがスパコン並の知能を持っている事は有名だ。

 

当然、俺だって知っている。

だから、メタグロスはトレーナーの指示が出なくても自分で判断する。

リアンさんもそう考えて、焦って指示を出したりはしない。そう予想していた。

そして、メタグロスは奇をてらわず『正解』を選ぶだろうと。

 

その『正解』までなら、俺にだって予測できる。

 

「さん!」

 

分かっていれば、その対応に更に対応できる。

シャクヤの背中を強く全身の力で押し出す。

先程の言葉はちゃんと聞こえていたらしいシャクヤは何とか不格好ながらジャンプしてくれた。

 

「わーーー!?」

 

「メメタァ!?」

 

無敵のメタグロスにも弱点がある。

その構造上、自分の頭上に腕が届かない、という点だ。

 

慣れないお洒落な靴がメタグロスの顔を踏んだ。

 

俺が押し出した勢いで、止まらずにそのまま頭の上へと登る。

着地して軽く沈み込んでいた所だったメタグロスの頭上をカツカツと越えていく。

 

「ギャーーー!?」

 

ワーギャー騒ぎながらもシャクヤが落下したのはメタグロスの背後だった。

いや正直結構無茶だと思ったけど、行けるもんだわ。

 

「人呼んできてくれ!頼んだ!」

「アベリ達は!?」

「無理!だから早めに」

 

「メタグロス!シャクヤ君を《サイコキネシス》で連れてきなさい」

 

くっ!リアンさんから直接わざで攻撃するような指示が出た。

いよいよ躊躇しないぞ、あの人。

メタグロスは少しだけ目線を迷わせたが、すぐに決断しサイコパワーを放つ。

強大なサイコパワーは射程も長い。走り出していたシャクヤの脚が宙を掻く。

身体が見えない腕に掴まれたかのように持ち上がった。

「チョーやば…!」

 

こっちもサイコパワーで対抗…は無理だ。

出力勝負じゃ分が悪いし、シャクヤを綱引きみたいに引っ張り合うのもまずい。

だったら…

 

「《さいみんじゅつ》だ!」

 

「イオルブに《コメットパンチ》!」

 

くっ!判断が早い!

メタグロスが前腕を大きく振り上げる。

流れ星のような軌道を宙に描きながら、隕石のような拳が落下する。

 

「イオルブ!!」

 

当たればひとたまりもない。

だが、回避も防御も、間に合わない。イオルブに今、そんな速度はない。

これは、今のイオルブを本格的な戦闘に参加させた俺のミスだ。

最悪の想像が頭をよぎる。

 

 

そして、《コメットパンチ》が振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

衝突音は、ない。

《コメットパンチ》はまるで見えない壁でもあるかのように、そこで止まっている。

パンチだけではなく、流れ星の尾でさえも宙に固まった。

 

時間が止まった?

いや、違う。俺もリアンさんもシャクヤもメタグロスもイオルブも。

誰もが何が起こったんだ、と固まる中。

 

 

一人だけが歩いていた。

 

 

 

「また何してんだ、ジャリガキ」

 

 

そう言って《コメットパンチ》の前に立ったのは、よく知った老人だった。

 

 

 

 

 

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