エンジョイ勢のたのしいむしジム   作:ハッソ

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今回の連続更新はここまでです


《むしのていこう》④

……どこだ、ここ。

 

ぼんやりとした霞の中のようだった。

だけど、遠くには何かがある。

 

目を凝らして見ると次第にはっきり見えてくる。

 

 

少年が、柵に手をついて川を眺めていた。

 

シュートシティの大きな川。そういえば俺はあの川の名前を知らない。

多分、川の前に立つ少年も知らないだろう。

 

「無理かもしれないとか、医者が言っちゃ駄目だろ…」

 

この時はそう、ガラル中の医者を巡って一年くらい治療を続けたくらいの時だ。

川の前で眠ったままのイオルブを抱いているのは、昔の俺。

 

(夢か、これ)

 

かつての自分自身を俯瞰するような夢だった。視点が変だけど、夢なんて変なもんか。

マコモ博士の論文によると夢は記憶の結晶…だとか何とか。人間ってのは思っているよりもしっかり覚えている、らしい。確かに今見ている光景は記憶の中のあの日だ。

 

当時の俺はイオルブを目覚めさせるために奔走し、様々な治療を試していた。

最初は場当たり的に解決手段を模索したが、途中からは継続的な治療にも力を入れた。

 

しかし、一年かけて治療に当たってくれた医者が溢したのは絶望だった。

 

『彼はもう目覚めないかもしれない』

 

イオルブを抱えて病院を飛び出して、過去の俺は川の前で佇んでいる。

 

まあ現在の俺から一応擁護しておくとお医者さんは本当に全力で治療してくれたいい人だ。他地方の同業を呼んだり、最新の論文から新たな治療法を模索してくれたり。

 

この後病院に戻ればあのお医者さんが忘れられないほど見事な土下座を見せてくれる事も、今の俺は知っている。

 

 

 

「大丈夫…大丈夫だ…」

 

小さな背中の少年がそう自分に言い聞かせている。

まあ、当時の俺だって今思うと色々と頑張ってた、かもしれない。

頑張ってたが、まあ頑張ったから報われる訳じゃない。

 

努力が報われないことなんて、当時の俺でもとっくに知っていた。

 

頑張ってもどうにもならないことなんて、いくらでもある。

 

現実を認めたくないが、夢想で否定する事も出来ない。

だから過去の俺は誰にも会いたくなくてこの場所を選んだはずだ。

 

住宅街の裏にある少し汚いこの小道は都市開発が進むシュートシティでは比較的人気がない。ヘドロとかよく落ちてるし。

景色は良い川端なのでランニングとかをする人は居るが、子供は近寄るななんて言われたりする。少し治安もよくないのだ。

 

「ぐがー」

 

この時もまたベンチに横たわる酔っぱらいが居たりした。新聞を被って盛大な寝息を立てている。

 

そんな酔っ払いを一瞥してから、また少年は川を見る。

 

「……………」

 

……本当は違う。見ているのは川じゃない。

だけど、聞かれればきっと過去の俺は川を見ていた、と言っただろう。

 

 

「なに見てんだ、ガキ」

 

「!?」

 

いつの間にか、先程の酔っぱらいが同じように柵に手をついて立っていた。

ゴミ捨て場にでもつっこんだのか、服には汚れが目立ち、酒の臭いもあいまって相当に臭い。

 

アベリ少年は、露骨に「やべーやつに話しかけられた」って顔をしている。そりゃそうだ。

酔っ払いは「あーアタマいてえ」と抑えながら、少年の横で同じように川を眺める。

 

そして、俺が見ていたものを理解して鼻で笑った。

 

「はっ、お前。スタジアムを見ていたのか」

 

川の向こうにはシュートスタジアムがあった。

ガラル地方最大級、ローズ委員長がダイマックスに対応したスタジアムとして最初に設計、建設したものだ。

 

「…………」

 

「何が面白くてわざわざこんな遠くから…」

 

少年は何も答えないが、酔っ払いも答えを聞いた訳じゃなかったのだろう。

がさごそと懐からスキットルを取り出した。

蓋を開けると隣にいる少年にまで強い酒の匂いが届く。

「こいつまだ飲むのか」と少年がドン引きした顔で見た。

 

酔っ払いの言う通り、すぐ近くにはスタジアムへと渡る橋がある。スタジアムを見たければ、そちらに向かった方が良い。

だがイオルブを抱いたまま、少年はここに立ち尽くして川を眺めていた。

 

「ちっ…遅刻じゃねえか。めんどくせえ」

 

取り出した時計を見て、舌打ちを一つ。

しかし、開き直るかのように悠々とスキットルを傾ける。

 

「…………」

「…………」

 

しばらく、少年と酔っ払いは向こう岸のスタジアムを眺める。

スタジアムで大きな歓声があがったのが遠く響く。

多分、試合でダイマックス戦が起きているのだろう。

 

二人共、歓声が収まるまで口を開かなかった。

 

「おいガキ。バトル好きなのか?」

 

苛ついた表情で、酔っぱらいが問うた。

ぶっきらぼうに、めんどくさそうに。

さっさと一人になりたかったのかもしれない。

 

「いや俺は…別に。バトルしないから」

 

昔の俺は、そう言ってイオルブを抱きしめた。

 

この時の俺は、ジムチャレンジを終えて一年しか経っていない。

こんな風に考えていたはずだ。

 

自分にはもうバトルをする資格がない。

 

才能を勘違いして敗北し、身勝手さで仲間は目覚めなくなった。

二度とポケモンバトルをすることはないだろう、と。

 

「はっ、そうかよ」

 

 

酔っぱらいはどうでも良さそうに聞き流した。

 

見知らぬ酔っぱらいに話しかけられても、俺はただ川を見ていた。

他に行きたい場所もなかった。

他に行くべき場所もなかった。

 

 

 

だから、俺は川を見ていた。

 

 

 

 

「‥‥‥ちぃっ!」

 

男はスキットルを仕舞うと、歩き始めた。

「ようやくどこか行くのか‥」と安堵する少年が、服の襟首を掴まれる。

 

「え!?は!?何すんだこの酔っぱらい!やめろ!」

 

酔っぱらいは老人の癖に凄い力で少年を引きずっていく。

昔の俺は全く抵抗できず、こけないようについていくので精一杯だった。

 

何を聞いても答えてくれず、ズンズンとスタジアムの方へ歩く。

引きずられている少年が誘拐だー!助けてー!とか騒ぐが、酔っぱらいの放つ剣呑なオーラに誰も近づいてこない。

 

驚く事に酔っぱらいはそのままスタジアムの中に入り、スタッフへと声をかける。

 

「このガキに席を用意しな」

 

「誘拐ジジイ!犯罪者!暴行罪…ってあるか分からねえけど出るところ出るぞ!っていうか何だ席を用意しなって!これ以上罪を重ねるな!」

 

「うるせえな、ジャリガキが」

 

そこでようやく酔っぱらいの老人は襟首から手を離し、代わりに少年の頭を掴んだ。

ガッシリと掴んだ手は力強く、逃げられない。

しゃがんで少年に目線を合わせた老人は酒臭い息を吐きながら、ニヤリと笑った。

 

 

 

「最高に楽しいものを見せてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

何か、区切りのいい所で終わる夢を見た気がする。

内容までは思い出せないが。あー何だっけ。

覚えてるのに思い出せない…。夢ってそういうもんだけども。

 

 

「うぐぅ…」

 

起きようとして、右腕が動かずに起き上がるのに失敗した。

ため息だけついて周囲を見渡す。

「知らないてんじょ…天井ねえわ」

見上げた天井には大穴が空いていて、一つ上の階の天井が見えていた。

ああ、あそこから落ちたのか、と寝転がったまま思った。

寝転がっている床は上の階と同じふわふわの絨毯だが、ぶっ壊された天井の瓦礫が散乱しまくっている。

 

「何だこれ、ギプス?」

 

俺の右腕は白い布でガチガチに固定されていた。

叩くと固い。やっぱりギプスっぽい。

 

「馬鹿が。まさに無駄骨折ったな、ジャリガキ」

 

げっ、ジジイ。

振り返ると大きめの瓦礫を椅子に腰かけるジジイが居た。

「ハッサムもガチゴラスも、何ともねえ。怪我したのはハッサムの下に腕を挟んだ馬鹿だけだ」

「…ああ、そう」

その言葉と同時にガチゴラスが瓦礫の山を崩して顔を出した。横ではジジイのカイロスも瓦礫の撤去作業をしている。力持ちの二人が道を作ってくれているらしい。

久しぶりに会うカイロスによっ、と声をかけると少しだけこっちを見て笑ってくれた。

 

ハッサムは…少し遠くから俺をじっと見ていた。

大人しい。もう闇雲に襲い掛かったりは、しないようだ。

本当に俺以外は怪我せず無事か。

 

言われてみればそりゃそうである。

大抵の場合、人間よりポケモンの方が頑丈だからな。

特に屈強そうなガチゴラスとハッサムならそりゃそうである。

まあ、何か考えて判断したわけじゃないから反省もクソもないけど。

要らん事したなー程度だ。怪我したの俺だけだし。

 

あと、ギプスの正体がわかった。

バチュルの糸だ、これ。多重に巻きまくってガチガチに固めてギプスみたいになってる。

つまり、ジジイがやってくれたのか。

 

ふわふわと浮いて相棒が心配そうに近寄って来た。

「ビビビ」

「お前も無事だったか」

「そいつは元々浮いてるんだから落ちようがねえだろ」

うるせえジジイだなー。

だが相棒には感謝だ。いつもありがとう。

 

右腕を庇うようにしながら、相棒に手伝ってもらって何とか上半身だけ起こす。

「さっさと帰れジャリガキ。後部デッキにグソクムシャ共を待たせてある」

そう言いながらジジイが立ち上がった。

足元から小さな影が飛び出してピョンピョンと飛び跳ねる。

「電子ロックで通れない場所があったらそいつが開ける」

飛び上がった小さな影、バチュルが俺のギプスの上へと着地。

電子ロックをハッキング出来るバチュル?

まーたポケモンに悪い事覚えさせてる、このジジイ…。

「は?脱出?」

ウカッツ博士がカセキポケモンを脱走させたとかは言ってたし、警備のスタッフを見かけないなとは思ってたけど。

上はそんな大ごとになってんの?

 

「今からこの船は沈むからな」

 

ジジイの顔は本気だ。

‥‥でも本気の顔して嘘つくからなこいつ。

「あの、色々起きすぎ。何が何だかって感じで…」

濡れ衣で牢屋にぶち込まれ、野生の色違いに襲われ、借り物のポケモンで器物損壊し、ジムリーダーの凶行に巻き込まれてるんだ。

その上、今からこのティータニック号が沈む?

混乱もするよ、こんなの。

「はっ、お前の頭の出来に期待しちゃいねえ」

後ろでは、瓦礫撤去をしていたカイロスが特に大きな瓦礫を持ち上げる。

自分の身体よりも遥かに大きな瓦礫を持ち上げる姿にガチゴラスが慄いている。

 

「だが、船は確実に沈む。ここから先はその想定で動けよ」

 

「…『馬鹿なら先に頭を回せ』だっけ」

俺が聞き返すといつものように「はっ」と鼻で笑われた。

何の時だったか忘れたが、昔にジジイから言われた言葉だ。

 

馬鹿な奴は事が起きてから考えても遅いから、事が起きる前から考えておけ、と言う。

 

馬鹿ならそもそも何が起きるか想定なんか出来っこねえだろと俺は思うけど。

だが、一理はある。特に今のような状況なら。

 

船は沈む。そう思って考える。

自分が何をすべきか。何をやりたいか。あと、何が出来るか。

 

「いや、少なくとも俺だけ脱出するのはないな。民間人とか助けてからじゃないと…」

 

ジムリーダーとしてやるべき事を整理していく。

まず、船が沈むなら乗客、乗員を避難させないといけない。

上でそんな大事件が起きているなら多分ポプラさんやサイトウが避難誘導を始めているはずだし、もしまだ始まってないなら協力して避難を手伝ってもらわなきゃいけない。

何があってもまず彼女たちと合流だな。

 

ジムリーダー、と考えてようやく自分がここに落ちた理由に考えが至る。

 

「そういえば、リアンさんとシャクヤは?」

「儂らを落とした後の事は知らん。何に使うか知らんが、連れ去る以上は何かあるんだろう」

 

やっぱあのまま連れ去られちゃったのか。

ジジイの言うとおりだ。攫って終わり、ではなさそうだった。あの方とか英雄とか…。

リアンさんはジムリーダーだけどあの状態だから、避難の障害になってしまいかねない。

それも何とかしたいな。

逮捕なりは一旦置いておいても、とにかくシャクヤは取り戻さないといけない。

 

そもそもシャクヤが拐われたのは俺にも責任があるんだから、これも絶対やらなきゃいけない事だ。

被害者を救出するという意味でも、これ以上罪を重ねて欲しくないという意味でも。

これは他のジムリーダーに相談してみてからでいいかも。

 

「何にせよ、まずは他のジムリーダーと合流したい。で、みんなを避難させるかな」

船が沈むという前提で方針を決めるなら、そうなる。

まぁ、今の俺に何が出来るかは分からないけど。

リハビリ中の相棒に片腕折れた二流ジムリーダー。

正直要救助なのは俺の方じゃないかと思うが、まぁ出来る限りやろう。

 

「それはお前のジムリーダーとしての責務、ってやつか」

「いやまぁ、一応ジムリーダーだし」

ジジイが逃げたせいでなっただけのなんちゃってジムリーダーではあるが。

それは俺がジムリーダーとしての責務を果たせない理由にはなっても、果たさない理由にはならないだろう。

 

「ビババグ!」

元気よく相棒が胸を叩いた。

おう、頼りにしてるぜ。

 

「そうか、勝手にしろ」

ジジイが吐き捨てると同時に、奥から大きな破砕音が響いた。

見ればカイロスが巨大な瓦礫を砕き、道が開けている。

「儂の用向きは奥にある。ここらで解散だ」

「唐突に現れて、唐突に去っていくな…」

ツチニンの仮面から目線がこちらに走った。

 

 

「この先は精々お前の好きにしろ」

 

それはさっき言った「勝手にしろ」とそう変りない言葉だったけど。

ジジイの目は真剣そのものだった。だが、こういう目でテキトー抜かすジジイだ。

「おう、好きにやる事にするよ」

俺もテキトーに笑って答えてやる。

それだけの会話で久々に会ったジジイはあっという間に背を向けた。

 

「ああ、それからな。上に向かうならイオルブでワープパネルを探せ。このエリアに要人脱出用に特別配備されてるもんだ。恐らく三流役者もそれを使ってる」

 

「え?おお」

何か、船内に詳しいな。事前にかなり調べ上げてやがる。

少なくともパンフレットにはそんな事載ってなかったけど…。

 

それだけ言うとジジイは重厚な扉をカイロスにねじ切らせ、奥へと消えていった。

 

「あー犯罪者見逃しちゃったな」

まぁしょうがないしょうがない。

緊急事態につき避難活動を優先、そういうことにしておこう。

 

もう会う事はないような気もするし、しれっと会えそうな気もする。

極めて自然と「どっちでもいいか」と思えた。

 

右腕を庇いつつ、立ち上がろうとする。

そんな俺にスッと差し出されるものがあった。

 

ライトグリーンのハサミ。

色違いのハッサムが手を差し伸べてくれていた。

 

「ありがとよ」

 

ハサミを掴んで立ち上がる。

こいつがどんな気持ちなのかは、正直よく分からん。

ずっと部屋の隅で俺を見ていただけだった。

俺を見る目線は、未だ鋭い。敵意のあるなし…もはっきりしない。

助けたから懐かれた、という感じではないと思うんだけど。

 

「ライ」

とりあえず、今は俺についてくる様子を見せている。

もしかしたら俺について来ればリアンさんの元に行けるとか考えてるのかもしれない。

さっき途中迷ってたっぽいし。

 

それはちょっと困るけど…イオルブだけでは戦力的に不安なのも確かだ。

心強くはある。

 

正直、こいつの正体含めて結局何も分かってないんだよな。

リアンさんの凶行も、船が沈む経緯も、ジジイがこの船に居る理由も。

待てよ、ジジイに何で俺にイカサマの濡れ衣着せたのかくらいは聞くべきだったんじゃ…。

扉を見るが…今から追いかけるのもな。

 

はぁ。まぁいいか。

何度思ったか分からないが、「とりあえず」だ。

二度目の人生を経験していて最近思うんだが。

もしかしたら人生いつも「とりあえず」でやっていないかないといけないのかもしれない。

 

とりあえず立ち上がり、とりあえず歩き出す。

 

 

「よし、『僕ももう行かなきゃ』ってな」

 

そんな俺の後ろをポケモン達がついてくる。

イオルブ、ハッサム、ガチゴラス、バチュル。

とりあえず俺は、一人ではなかった。

 

 

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