ガラル地方でチャンピオンの座についたユウリ(ゲーム主人公)は、気晴らしにワイルドエリアを訪れる。そこで出会ったのは、エメラルドの瞳を煌めかせる麗人だった。
ガラル地方の警察組織など、捏造・独自設定を含みます。

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レディ・ジェントルの微笑み

 今は、誰にも会いたくなかった。

 誰かに会って、強がってしまうのが怖かった。

 

 

 *

 

 

 ワイルドエリアの奥深く、限られた者しか立ち入ることが許されない場所がある。とてもレベルの高いやせいのポケモンたちが多く生息し、整備されていない自然のままの環境が残る場所。ここならひとりになれる、そう思ってここまで来た。

 キャンプの用意をして、カレーをつくって。手持ちの仲間たちとたくさんはしゃいで少し気は晴れたけれど、皆が寝静まるころにはまた心が沈んでいく。

 何をもやもやしているのかは自分でもわからない。私は、みんなと一緒に頑張って、旅を続けて、目指していたところに到達した。目標だった頂点に立った。それはうれしかったはずなのに。みんなも喜んでくれたし、たくさん祝福してもらった。認めてもらった。なのに、心の片隅に喜びでない何かがある。

 そんな自分がいやで、焚き火の炎から目を背けて俯く。涙が、こぼれてしまうかと思った。

 

「……おや、こんなところでキャンプとは珍しい」

「……っ!?」

 

 穏やかな声が、そっと背をなでる。周囲には気をつけていたはずなのにまったく気配を全く感じなかった。飛び上がるように振り向くと、そこには声とおんなじ優しい笑顔。

 

「こんばんは、お嬢さん。驚かせてしまい申し訳ありません、私はこういう者です」

 

 そのひとの胸を飾るリボンには、覚えがあった。

 このガラルにおける警察組織には、ほかの地方にはない特別な部署がある。その証として身につける勲章の色から「ブルーガラル」とも呼ばれる、ワイルドエリアの秩序を守るWA警備隊。ひととポケモンの共存のために働くブルーガラルは難しい任務も多く、選ばれたトレーナーしかなることができないと聞いたことがある。

 てっきりベテランのおじさんばかりを想像していたのに、目の前のひとはとても若く見えた。凜々しい目元とハスキーな声はとてもかっこいいけれど、きっと女性だと思う。焚き火に反射してきらきらと輝く碧の瞳がとても綺麗だった。

 

「巡回の途中で焚き火の灯りを見つけたものだから気になりましてね。ここらはあまりひとの来ない場所だから、火事かと思って焦ってしまいました」

「あ、……ご、ごめんなさい」

「ああ失礼、謝らないでください。ただの早とちりで安心したという話です。しかしさすがは我らがチャンピオン、ベテランのトレーナーだってなかなかここまでは辿りつけないというのに」

 

 チャンピオン、とさらりと言われて一瞬身が凍る。嗚呼、このひとも私のことを知っている。その動揺を悟られてしまったのか、碧がひとつ瞬いた。そのままそのひとは、少し苦みを含めた笑みを浮かべる。

 

「……お気に障りましたか?」

「いえ、……」

 

 そんなことは、と言いかけて口が動かない。続けて、何を言えばいいのかわからない。息の吸い方すらわからなくなってしまいそうになったとき、肩に優しく手が置かれた。

 

「大丈夫、落ち着いて。……何も言わなくていいですよ、ほら、私に呼吸を合わせて」

 

 肩に触れている手から、呼吸のリズムが伝わる。吸って、吐いて、吸って。繰り返しているうちに、ようやく自分の手が震えていることに気づいた。握りこんだ手が、冷たい。

 

「……落ち着きましたか?」

「はい……すみません、あの、」

 

 そういえば名前をまだ聞いていない。そう思って顔を上げると、スイ、と柔らかい声が降ってきた。

 

「改めて、私はブルーガラル所属のスイと申します。巡回で少し疲れてしまって、よろしければこちらのキャンプで少し休ませていただきたいのですが」

 

 自然と、私は首を縦に振っていた。

 

 

 *

 

 

 焚き火を挟んで向かい合うスイさんは、思ったよりも話しやすいひとだった。

 とっくに私の名前を知ってるはずなのに、改めて名前を尋ねてユウリと呼んでくれたのも嬉しかった。

 何でもない話を緩やかに聞いてくれて、スイさんもたくさんお話をしてくれた。特にブルーガラルの仕事の話は面白い。

 ポケモントレーナー以外で生きていくことを考えていなかった私にとって、その世界はとても新鮮だった。

 

「ワイルドエリアで密猟とか本当にあるんですね……」

「残念なことに。強くて珍しいポケモンが多ければ、それだけ良くないことを考える輩も現れるものです。と言っても、それほど数は多くありませんよ。どちらかというとトレーナーを救助することの方が多いですね」

「やせいのポケモンに襲われてるのを助けたり?」

「本来入っちゃいけないエリアに迷い込んでるのを連れ戻したりね」

 

 大変そう、と思わずつぶやくと、そうなんです、と力強く頷かれた。

 

「そのためにちゃんと警備員を配置して認められていないトレーナーは入れないようにしているのに、不思議とどこからか迷い込んでしまうようで。そういえば昔、連れ戻しても連れ戻しても迷い込んでくるトレーナーがいましてね、それは苦労させられました」

「……エリアの境の橋とか、警備員さんいますよね? あっ飛行ポケモンとか……?」

「もしくは自力で河を渡ったか」

 

 ため息交じりで遠い目をするスイさんに、少し笑ってしまう。そんな私を見てスイさんも小さく笑って、両手を開いてみせた。

 

「それでも、このワイルドエリアを守るのが私たちの役目です。ひとも、ポケモンも、なるべくお互いに無理のない形で共存できるように」

「……すごいですね。スイさんたちのおかげで、私たちも安心してワイルドエリアを探検できるんだ」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですね。ガラルを旅するトレーナーにとってワイルドエリアは良き修行場所ですが、同時にとても危険な場所ですから。実力で突破はしてもらいたいけれど、危ない目にはあってほしくないんです」

 

 ぱちり、と炎がはじける。

 スイさんの言葉を聞いて、ふと思った。仲間たちと一緒にたくさんたくさん頑張って、自分たちの力だけで進んできたんだとどこかで思っていた。自分で道を切り開いてここまでやってきたんだと思っていた。

 けれど本当は、とても、すごく、私たちは。

 

「……私たちって、すごく守られていたんですね」

 

 頑張れ、と声援をもらって、背を押されるだけじゃなかった。もっとちゃんと地に足のついた方法で私たちの旅路は守られていた。嬉しいような、悔しいような、心強いような、恥ずかしいような、そんな気持ちに襲われる。

 スイさんは何でもないように、もちろんと頷いた。

 

「ジムチャレンジに挑むトレーナーには貴方のような子供も多い。守るのは私たち大人の義務です」

 

 何気ない言葉なのに何かが胸に突き刺さった。

 思わず視線が下がり、次の言葉が出てこない。視界の端で、スイさんが長い足を組み替えたのが見えた。

 

「ユウリ」

「……」

「守られることを恐れる必要はありません。貴方たちを守ることは、私たちにとって誇りなのですから」

「、え……?」

 

 だってそれは、「大人」にしかできないことでしょう?

 スイさんの優しい声がゆっくりと胸にしみこんでいくみたいだった。

 

「私たちもかつては子供で、たくさん守られてきました。だから大人になった今、貴方たちを守れることがとても嬉しいんです。ああ私もそういう大人になれたんだなぁって、感慨深くさえありますね。逆に言うと、無条件に守ってもらえるのは子供のうちだけなのですから今のうちに精一杯守ってもらっておきなさい。それは子供だけの特権です」

 

 ビスケットいかがですか、と小さな包みが放り投げられる。慌ててそれをキャッチすると、それは旅に出る前によく買ってもらっていたビスケットだった。いつも私の帰りを待っていてくれる優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。

 同時に、目の前がじわりと滲んだ。

 

「……がんばらなきゃって、おもったんです」

 

 ホップを追って、旅に出た。

 夢中になってバトルして、新しい仲間に出逢って、またバトルして。

 勝って、勝って、勝って、気づいたら私が頂点にいた。

 嬉しくて、楽しくて、でもその頂は、何だか妙に寒くて。

 

「がんばらなきゃって、おもって……!」

「ええ」

 

 続かない言葉を、スイさんが受け止める。

 

「けれど、ひとりで頑張る必要はないんですよ」

 

 ボールのなかにいる仲間たちも、一緒に頑張ってきた友達も、何よりその頂を支えるべき大人たちも、絶対に貴方のそばにいるはずだから。

 そうでしょう、と言われて、こくりと頷く。たくさんの顔が思い浮かぶ。たくさんの顔が思い浮かぶのに、どうして私は独りだなんて思ったんだろう。

 滲んだ涙を拭うと、綺麗に微笑むスイさんと目が合った。

 

「おや、泣いてもいいんですよ?」

「な、泣いてません!」

 

 からかうように言われ、またぐしぐしと目元を拭った。擦ると赤くなりますよと笑いながら、スイさんはスマホロトムを呼び出す。

 

「それにしても、まさか新チャンピオンにそんな重責を負わせてほっておくなんて、あの坊やは何をしているんでしょうね」

「……え?」

「まったく、バトルタワーだかの建設に夢中になる前にやることがあるでしょうに。スマホロトム、繋げて」

「了解ロト~」

 

 え、え、と声にならない声が口から漏れている間に、コール音が聞こえてくる。すぐにぷつりという音と聞き慣れた声が耳に届いた。

 

『誰かと思えば、スイさん! お久しぶりです!』

「ええ、お久しぶりですね、ワイルドエリア迷子常連のダンデの坊や」

『……それそろそろやめて頂けませんか……』

 

 ダンデさん、と私の口が動いたところでスイさんからウインクが飛ばされる。静かに、ということらしい。慌てて両手で口を塞いだ。

 

『? 誰かと一緒なんですか?』

「ええ」

『ダンデ、何だ誰と……ってスイさん! 久しぶり!』

「貴方も一緒だったんですね、キバナの坊や」

 

 坊やはやめて、とげんなりしたようなもうひとつの見知った声。それでもはしゃいでいる様子のふたりに、何となく不思議な感じがした。私の前では「大人」でいてくれたひとたちが、まるで「子ども」に戻ったような、そんな空気。

 ああ、そうか。きっと、ふたりにとってもスイさんは「大人」なんだ。ふとそう思った。

 

『それにしても、いきなりどうしたんです?』

「いえ、今夜は素敵な出会いがあったものですから、何となく懐かしくなりましてね。少し昔話をしようかと」

『素敵な出会い?』

『何だよスイさん、オトコでも見つけたんじゃねーだろうな』

「残念、私好みの可憐なレディです」

 

 するりとスイさんが私の隣に来て、スマホロトムの画面がこちらに向けられる。あ、とダンデさんとキバナさんの声が揃った。

 

『やあユウリ! スイさんと一緒だったのか!』

『あーそれで素敵な出会いってわけか。……オイちょっと待てスイさん昔話って』

「ええ、何からお話しましょうか。相手が小さいから大丈夫だと相性も考えずにやせいのシュシュプにバトルを挑んだ挙句ボロ負けして泣きべそかいていた坊やの話とか」

『っあーーーーー!!』

 

 電話越しに響く絶叫。画面ごしでもわかるくらい顔を真っ赤にしたキバナさんの隣で、ダンデさんが肩を震わせている。おやおや笑っている場合ですかとにっこり笑顔のままスイさんは続けた。

 

「ワイルドエリアでの遭難・救助回数ぶっちぎりのどこかの坊やの方向音痴は本当にいつになったら治るのでしょうね。私たちも忙しいのに、貴方がワイルドエリアに近づくたびに警備員から通報が入っていたんですよ。貴方のためにブルーガラルは高レベルのポケモンが暴れた時以上に警戒態勢でした」

『その節は誠にお世話になりました!!』

 

 ばっと頭を下げるダンデさんの後ろで、キバナさんがざまぁという顔をしている。堪えきれずに私も笑うと、我慢せずに笑ってもいいんですよと優しい悪魔のささやきが。

 

「今でこそ偉そうな顔をしていますが、二人も昔は子どもだったんです」

『偉そうってスイさん……』

「この二人ですら、守られてきたんですよ」

 

 ダンデさんの言葉を綺麗に無視して、スイさんが言う。

 その言葉に、昔子供だった大人たちはきょとんとして、そして困ったように笑った。

 

『そりゃーオレさまだって昔はガキだったっつの。当たり前』

『誰しも昔は子どもなものでしょう。たくさんのひとに守られて、今がある』

「結構。それなら何故私が貴方に連絡したかもわかりますね、ダンデ」

 

 ぴしりと空気が凍った気がした。

 にこやかな碧が、氷のように煌めている。

 

「サポートは、必要ですよね? 特に、最初は」

『は、はい……』

「貴方もガラルの紳士なら、困っているレディには気づいて差し上げないとね?」

『仰る通りです……』

 

 貴方もですよキバナ、と付け加えるスイさんに、キバナさんも苦笑しつつ頷く。

 

『悪かったなユウリ、最近騒動の後始末ばっかでお前の話もちゃんと聞いてやれなかったもんな』

「え、いえ、そんな……!」

『いや、キバナの言う通りだ。もうしばらくバトルタワーを離れられそうにないんだが、何かあったらいつでも来てくれ、ユウリ。困ったことがあってもなくてもな』

 

 頼りになるふたりの大人は、にっと歯を見せて笑ってくれた。

 頬が熱くなるのを感じる。涙腺がまた緩んできて、でもやっぱり涙を見せるのは恥ずかしくて、きゅっと唇を噛む。それでも抑えられそうになくて、でもこのまま泣くなんて悔しくて。気付いたら、ロトムに向かって叫んでいた。

 

「私、絶対いいチャンピオンになりますから!」

 

 だから、私のこと助けてください!

 暗い森に声が反響して、どこかでばさばさと羽ばたく音が聞こえる。ああ、驚かせちゃったかな、ごめんね。でも、宣言しておきたかったの。どうしても、今。

 少しだけ間をおいて、ふふ、と優しい声が隣で零れた。

 

「聞こえましたね、坊やたち」

『ああ、もちろん』

『しっかりとな。……ところでホントにいい加減坊やはやめてくんねーかなスイさん。俺らとっくに成人してんだけど』

「レディの憂いにも気付けないなら坊やで十分でしょう?」

 

 さてと、とスイさんは立ち上がる。綺麗な細工の懐中時計を開いて、そろそろ行かないと、とその蓋をぱちんと閉じた。

 

「ではユウリ、言質も取れたことですし存分に二人を頼りなさい。もちろん、ほかのひとたちもね」

「はい! ……あの、スイさんのことも?」

「もちろん。ああ、連絡先を渡しておきましょうか。いつでも連絡してきてください。特にワイルドエリアに関わることなら力になれると思いますよ」

「……! ありがとうございます!」

 

 青く縁どられたカードを大事にしまう。偶然の出会いだったけれど、今日スイさんとお話しできてよかった。本当に、そう思う。

 もう一度顔を上げると、また綺麗な碧と目が合った。優しく細められたそれを見ていると、女の人だとわかっていてもどきどきしてしまう。スイさんて絶対人気あるんだろうなぁなんて。そんなことを思って、笑ってしまった。

 

「おやユウリ、私の顔に何か?」

「はい、とっても綺麗なエメラルドが!」

「あら、ふふ、ユウリもなかなかお上手ですね?」

『あ、ひっでえスイさん、俺が昔同じこと言っても照れてもくれなかったのに!』

「はいはい坊や、遅くに連絡してすみませんでしたね、はいおやすみなさい」

『あっ、ちょっ』

 

 ぷつり。何の躊躇もなく切られた通信に、ロトムは少し寂し気にくるくるとまわる。丁寧に扱ってほしいロト~と文句を零すロトムをさっと仕舞って、何事もなかったようにまたスイさんは笑った。

 

「……ひょっとしてスイさんとキバナさんて?」

「こらこら、レディたるもの邪推はいけませんよ。何もありません」

「……ほんとに?」

「ええ、本当に。……ああ、もうこんな時間。子どもはとっくに寝る時間ですよ、ユウリ」

 

 誤魔化されたような気がして、むう、と頬を膨らますと、スイさんは楽しそうに笑う。そのままそっと私の手を取って、恭しく頭を下げた。まるで、騎士が淑女に礼を尽くすように。急に恥ずかしくなって、また顔が熱くなる。

 

「良い夜をありがとうございました、ユウリ。お話しできて嬉しかったですよ」

「わ、たしもです」

「ふふ、もうチャンピオンとお呼びしても笑顔が曇ることはなさそうですね」

「!」

 

 手の甲に、唇が落ちる。

 柔らかい感触に、思わず震えた。

 

「それでは失礼します、我らがチャンピオン。どうか、良い夢を」

 

 どうしようダンデさん、さっそく困りごとです。

 私、キバナさんの恋敵になってしまいそう。

 

 

 *

 

 

「キバナさんていつからスイさんのこと好きなんですか?」

「一目惚れらしいぜ? ジムリーダーになったときに告白して玉砕したけどな!」

「余計なこと言うなダンデ!!」

 

 




結構前に書いたものなんですが、わりとお気に入り。
スイはダンデさんたちより7~8歳上を想定しています。キバナさんは頑張ってるけど相手にされてない。
男装してるわけではないです。素でこうなだけ。

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