伊地知家の弟   作:芋けんぴ

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赴くままに書いています。
見返しは投稿の後でするとかいう、クソスタイル。
粗が見つかった場合は土下座します。


後藤ひとりは昇天した

「おはよ〜、透華。今日は早いね」

 

「ん、おはよう。虹夏はいつも早いね」

 

 次女である姉——虹夏へ挨拶を交わせば、くあっと欠伸を漏らしてソファに座る。

 壁掛けの時計を見ると、いつも起きてくる時間より30分くらい早い。昨日、昼休みから放課後まで眠っていたせいだよね。睡眠のリズムが些か狂ってしまったようだ。

 若干、寝足りない気もするが、今から二度寝をすると遅刻してしまう危険性がある。ここは頑張って堪えるしかないね。

 

「はいこれ、朝のコーヒー。お姉ちゃん起きてた?」

 

 朝のニュースをぼーっと眺めていると、虹夏がキッチンからコーヒーを出してくれた。

 そのついでに、長女である姉——星歌について尋ねられる。

 たしか自分の部屋から出た時は物音ひとつ聞こえなかったし、まだ寝てるだろうな。

 

「ううん。多分、昼過ぎに起きると思う。昨日は店が大変だったし」

 

「あちゃー、やっぱり私も手伝った方が良かったかな」

 

「気にしないで良いと思うよ。ボクだけで姉さんも良いって言ってたし。バンドのライブ近いんでしょ?」

 

 ボクがそう言えば、虹夏は「そうなんだよねー」と緊張してるような表情を浮かべた。

 珍しいこともあるものだな。虹夏は今と違うバンドとは言え、中学からそういったことを経験してきた。当日ならまだしも、今更、初ライブくらいで前日から緊張しなくても良いのに。

 

「どうしたの、何か不安なことでもあった?」

 

「んー、それがねえ、まだ私たち一回も全員で曲合わせしてないんだあ」

 

「そんな難しい曲するの?」

 

「ううん。人数が揃わないだけ。リョウとは予定合うんだけど、ギターの子がねぇ……」

 

「ふーん」

 

 まぁ、予定が合わないのなら仕方ない。

 誰も彼もがバンドに全力を出すってわけじゃないし。他に優先したいことだって勿論あるだろう。

 たまたま今回それが、虹夏の入れたギターの子だったというだけ。連絡取れているだけ全然マシな方だろう。メンバーの蒸発なんて、バンドやってたらよくある話だし。

 

「ねぇ、もし良かったら透華の方から声掛けてあげれないかな。同じ学校だったはずだしさ」

 

「友達いたことないボクに、そういうのできると思う?」

 

「えへへ、うちの弟は誰よりもカッコ可愛いから大丈夫だよぉ!」

 

 いや、そういう話じゃないと思うのだが。

 ていうか撫でるのやめろし。

 

「でもさ、実際バンド仲間の弟から唐突に詰められるってどうなの? 逆に来なくなりそうだけど」

 

「ん〜、だよね〜……私たちが心配してるって言うより、怒ってるって勘違いされそう」

 

「虹夏、怒ってはないんでしょ」

 

「んまぁ、ちょっと困ってはいるけどね。それ以上に私たちが何かやらかしちゃったかなって思わなくもないんだー」

 

「リョウさんも、そこら辺の事情は大雑把だもんね」

 

 結局、そのギターの子に話しかけると言うのは一旦保留となった。

 最悪の場合、リハさえ来てくれれば何とかする。そう言った時の虹夏の顔は不安そうではあったけど、ボクができることなんて殆ど無いしなー。

 自分たちのバンドは自分たちで解決する。それが一番の最適解だって虹夏も知っている筈だ。

 

 

 虹夏が焼いてくれたトーストを1枚食べ、私室に戻り制服のブレザーに袖を通す。寝癖で髪の毛が大変なことになっていたため、ひとまず寝癖直しである程度は整えた。まぁ、誰も自分のことなんて見てないだろうし、気にするだけ無駄だけど。

 財布とスマホをポケットに入れ、学校用鞄に楽器の入ったハードケースを突っ込んで背負う。

 そうすれば、いつも学校に行く自分の装備が完成だ。

 私室を出て長女が寝ている部屋に軽く挨拶をすれば、玄関に虹夏が見送りへ来た。

 

「行ってきます」

 

「うん、気をつけてね。お昼はきちんと野菜取るんだよ」

 

 いつもは虹夏と一緒に登校するが、今日は誰よりも早く家を出る。

 昨日の一件でいつの間にか弁当箱を紛失していたらしい。帰ってから気が付いたため、新しい容器を用意する暇がなかった。

 そのため、今日だけは昼飯をコンビニで買うべく早めに登校しなければいけないのだ。

 虹夏のご飯だけが唯一の楽しみだったのに……。

 

 コンビニ寄って、虹夏に指定された弁当を買う。最近のコンビニ弁当は進歩しているのか、かなり栄養素とかしっかり計算されてるんだな。コンビニで飯すら自分の意見を持てないなんて、本当にダメな奴すぎる……。

 

 学校に着いてからは、いつものようにぼーうと外の風景を眺める。

 始業のベルが鳴るまであと10分くらい。ぱらぱらと登校してきたクラスメイトも増えてきたので、教室に活気もついてきた。

 

 いつものこと。

 

 自分だけが外を眺め、他の人たちは楽しそうに昨日のテレビの話題なんかで盛り上がっている。

 ただ、一つだけ今日はいつもと違うことがあった。

 

「……見られてる、よね」

 

 気付かれないように視線を外から廊下側へと移してみる。すると、見慣れないピンクジャージの少女がチラチラと隠れるように、こちらを窺っているのが分かった。

 多分、自分に用があるのだろう。前髪で彼女の視線は分かりづらいが、何となくテレパシーのようなものが伝わってくる。

 違うクラスだから入りにくいんだろうな。

 自分も同じような人間だから、彼女の気持ちは十二分に理解できる。誰かと一緒じゃなければ、まず他クラスに乗り込もうとは思えない。

 

「でも、ごめん……こっちから声も掛けられないんだ」

 

 忘れないで欲しいが、自分だってぼっちだ。

 他人に自ら話しかけにいくことができない社会不適合者である。

 彼女は会話するのが困難なぼっちだったが、自分は会話を始めるのが困難なぼっちだ。会話せざるを得ない状況を作られるならまだしも、教室から廊下に出て、さらに第三者の視線を浴びながらあの子と会話するなんて出来ない。

 

 それに……ね。

 

「その格好はちょっとなぁ……」

 

 いくら主体性の乏しい——思考停止ぎみな——自分にだって、抵抗を覚えることはしっかりとある。

 ピンクジャージの奥から覗かせる、赤の滅茶苦茶イカしたバンドTシャツ。

 腕に嵌められた輝かしいラバーバンド。

 挙げ句の果てに、何故かトートバックに缶バッチが規則正しく九個も付けられていた。

 

 チョイス自体は悪くはない。なんなら、自分も全部同じの持ってる。まさか彼女がヘヴィメタもイケるとは思わなかった。

 

 思わず遠い目をしながら、僕は内心で『惜しいなぁ』と付け加える。

 バンドグッズに身を染める事自体、悪いとは思わないんだ。自分は姉に止められて出来ないけど、その衝動は実に共感できる。

 でもね、それでもね、本当にあとちょっとなんだよ、

 

 

 なんでその ピンクジャージ を羽織っている。

 

 

 せめて上のジャージば脱いでよっ! 

 それだったら、能動的に動けない自分でも、ワンチャンあったかもしれないのにさ! 

 多分、ゴキブリホイホイみたいに、まんまと外に出されてたよ!

 

「……くっ、周りの目が辛い」

 

 ピンクジャージを羽織ったままだから、自分のクラスの子達もざわざわしてる。

 昼休みが来るまでは籠城戦かなー、これは。

 早く気づいてくれたら早いんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、願いが届くことは無かった。

 残念なことにゴトーヒトリさんは、ボクの考える方向とは真逆に退化していったのだ。

 休み時間毎に解けていく武装。何故かバンドTシャツが消えて、邪魔なピンクジャージだけが残っている。あれだけ輝いていたラバーバンドは無く、缶バッチのついたトートバックは見る影もなく剥ぎ取られていた。

 

 ナニがあったんだ……。

 

 最後の方なんか、良くわからんけど彼女自体が溶けかけてたし。頭を抱えてスマホのバイブ音を奏でていた。

 その技巧については、もはや退化と進化とか関係なく怖かった。違う意味で話しかける気が失せた。

 ゴトーヒトリさんは何故か、昼休みを迎える頃にもう見なくなったのである。昼休みに顔を出してくれたら、流れでご飯誘えたかもしれないのに。

 

「……思いを届けるって難しい」

 

 そんな風に言って、バッグを持って席から立ち上がる。

 ゴトーヒトリさんが来ないから、もうクラスにいる意味もない。いつもの場所でご飯を食べて、楽器でも弾こう。

 そう思った。

 

「ねぇ、伊地知くん。お昼休みまで来てた子って隣のクラスの後藤さん?」

 

 けど、前の席の同じクラスの女子が振り返り、話しかけてきた。

 入学してから3回ほど、自分を昼食に誘ってくれた皆に優しいクラスメイトだ。

 彼女と話すのは多分4日ぶりくらいかな。なんてリアルな数字なんだろう……。

 

 とりあえず、基本的に話しかけられれば会話のできる自分だ。迷わず口を開けて答える。

 

「ごめん——後藤さんって誰のこと?」

 

「えっ、知り合いじゃないの!? ほら、今日よく休み時間に廊下に来てた女の子だよ!」

 

 え、まさか後藤さんって、ゴトー⤴︎ヒトリ⤵︎さんのこと!?

 アクセント全然違えじゃん。一瞬分からなかったよ。

 えっと、じゃあ本来の正式名称は「後藤 ひとり」とかなのかな。ずっとゴトーヒトリが名と思ってた。姓は佐藤とか高橋とか。

 肌白いし、どっかのハーフ疑惑があったんだけどな。

 

「ずーと、こっちの席をチラチラ見てたから、何か用事があったんじゃないのかな〜って。ほら、バンドグッズ持ってたし、伊地知くんの家ってライブハウスだったでしょ? 用事があったのは私じゃなくて、君かな〜って」

 

「あ〜、よく覚えてるね。うん、でも彼女はお客さんで見たことないよ」

 

「え、そうなんだ。完全武装だから、ライブ通ってる子かと思ってた!」

 

 まぁ、ぼっちでもライブハウスは全然行くからね、間違いじゃないと思う。

 でもSTARRYでは見たことないし、多分、自分の家のこともしらなさそうだけど。

 知ってたら、昨日女って間違われなかっただろうし……。いや、姉の趣味で時々お店では女装させられてるから、分からないか……。う、頭が痛くなってきた。

 

「お昼行こうとしてたのに、ごめんね、呼び止めて」

 

「あ、え、ううん。全然気にしてないよ」

 

 何ならそのままお昼に誘って欲しいですけどね。後藤さん来なくなっちゃったし。

 なんて、自分から能動的に言えるわけもなく、彼女は彼女の友達グループへと混じりに行ってしまった。

 ただ呆然と眺めるだけの自分。

 うん、これほど虚しいことはないね。

 

「……ご飯食べに行こ」

 

 なんか最近、昼食の時間になる度に、精神が擦り減らされてる気がする。

 そんな現実から目を背け、自分は教室を後にした。

 

 

 1

 

 

 突然だが、自分にはルーティンというものが存在している。

 主体性がなく、能動的に動けない、優柔不断な自分への戒めと矯正を兼ねたものだ。日々、自分で自分に何かを課さなければ、いずれ無気力人間になってしまうだろうと危惧し、始めた。

 方法は至って簡単である。毎月1つか2つほど目標を立て、それに向けて猛然と努力をする。たったこれだけ。

 

 今月の目標は某動画配信サービスで再生数10万を超えること。達成するためのルーティンは、毎日の楽器練習に、週1動画アップ。対象楽器は小さい頃から弾いている楽器の一つヴァイオリン。楽曲のジャンルおよびアーティスト等の指定は無し。

 バズれば簡単だけど、バズらなければ10万もいかないから、ちょっと難易度ミスったかなとは思ってる。

 今まで動画投稿してバズって20万再生超えたのが、たったの3本。他はかなり低い数値を叩き出している。チャンネル登録者数がどれくらいだったかは、興味ないから覚えてない。

 

 何はともあれ、うだうだ考えていたって始まらない。この月目標を達成できなかった場合、自分は一番上の姉との契約で罰ゲームが行われるのだ。

 先月は確か友達10人を家に呼ぶだったっけ。無理だったから、一週間メイド服着せられた……。PAさんや姉貴、それに虹夏達にまで写真撮られたのを思い出す。

 あぁ、嫌すぎる。

 

「食べ終わったし……やるか」

 

 晴れた日はいつもこうして食後に楽器を弾く。

 いつも吹奏楽部の子が練習しているここを、昼休みだけ間借りさせてもらっていた。

 

 ここなら校舎にほとんど音は聞こえない。いつも放送部の人たちが、この時間にアナウンスしたり、リクエスト曲を流すからだ。

 まぁ、リクエスト曲はほとんど自分が投函していたりするけれど。だって、毎日全校生徒に生演奏聞かれたくないし。ライブとか演奏会なら、いいんだけどね。

 

 今回、弾くのは今人気出ているバンドのシングル曲。

 やっぱりクラシックより、一時的に伸びるのはこういうヤツだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 喉痛い。

 私は朝、姿鏡の前に立ってそう思った。

 だって学校であんなに話したの初めてなんだもん。そりゃ、喉も痛くなるよね。思いっきり叫んだし、何なら人生で一番大きい声量を出していたかもしれない。

 

 でも、叫んだからって気分は憂鬱だ。

 私の学校用カバンの中には、透華くんに渡しそびれた弁当箱が……。一応、お父さんに直せないか頼んだけど、完全にネジがいかれてるとか何とか言われた。

『お礼も兼ねて新しいの買って渡しなさい』

 と台所で話を聞いていた母に言われ、父からはお金を受け取ってしまう私。

 

 ああああああああ! バカバカバカぁ!

 無理に決まってるよ! ろくに友達もいない日陰者代表の芋女が、違うクラスの、しかも異性の人に話しかけられる訳ないじゃん!

 

 なのにお母さんは『良い機会なんだし、友達になれるといいわね』とか。

 妹に至っては『あはは、お姉ちゃん頭ぶつけてるー!』と笑われる始末……。

 

「へへ、どうせ私なんて自傷行為しかできない陰キャです……」ジャラーン

 

 そうやって現実逃避していたら、次の日の朝になっていました。

 

 あぁ、透華くんに話しかけるのは無理。でも、昨日のお礼とお金と壊れた弁当箱は返さなきゃいけない。

 どうにか昨日みたいな空間を演出できれば良いけど、再現させる方法が一つも思い浮かばないのだ。

 

 ん? いや待てよ。

 別に私から話しかける必要ないよね……。

 だって、目的は透華くんに話しかける事じゃなくて、昨日のお礼を言って、お金と弁当箱を渡すこと。

 

 そうだそうだ。私から話しかける必要ないじゃんか!

 透華くんの方から話しかけてくれれば、万事解決。

 いいや、それだけじゃない。透華くんをきっかけに、クラスの皆んなと話すこともできて一石二鳥……いいや、一石十鳥はある!!

 

「確か……私のギター聞きたいって」

 

 楽器が好きだって言ってたよね。ギターを弾ける人はカッコいいって……。

 やっぱり、バンドとか好きなのかな? 

 じゃあ、私がバンド女子になれば話しかけられるはず……!

 

 そうと決まれば善は急げ。

 さっきまで来ていた白いTシャツを脱ぎ捨てて、バンドTシャツに着替え直す。

 えへへ〜、これ私のお気に入り……。ついでにラバーバンドとか、バンドグッズいっぱい身につけていこう。

 こうすれば、透華くんだけじゃなくて、みんな私に話しかけてきてくれるよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふっ、そう思っていた時期が私にもありました。

 今では昼休み。昨日、透華くんと出会った場所で、私は虚しくギターを横に弁当を食べています。当然バンドグッズは全て外した。

 

 なんで……どうして……?

 私、イケてたよね……。逝けてるとかいう方言じゃなくて、イケてたよね?

 一気にバンド女子でカッコよくなってたはず……ちゃんと只者じゃない感出てたし。

 

 ま、まあ? 百歩譲ってクラスメイトは仕方ないかな〜って思う。バンドとか興味ないかもしれないし、そんな人たちからしたらギター持っててもどうでもいいよね。

 

 でも、何回か3組の前に行ったのに、透華くんにすら話しかけられなかった。

 すごい目は合わせて来た気がするけど、休み時間ごとに悲しそうにしてた。

 も、もしかして私が芋過ぎて話かけたくなかったという可能性は……ないないない、精神崩壊する!

 

「はぁ……」

 

 いや、分かってますよ。他力本願で物事うまく行くはずもないって。

 ここにいるのだって、透華くんがまた昼食食べに来た時、話しかけてくれるかなって期待してただけ。多分、彼がきても私から話しかけるなんて事ないだろうし。

 

 お金、どうしよう……。

 

 お母さんやお父さんに渡せなかったって言ったら、流石に怒られるかな。

 ううん、なんだかんだ許してくれるかも……優しく抱擁されて終わりそうな気もする。

 

 でも、この先もそうやって生きてたら、私なんにも変わらないままだ。

 ずっと誰かと仲良くなることもなくて、一人で社会に飲み込まれて死ぬ。虚しい人生しか待ってない。

 

 そんなの……嫌だなぁ。

 

「…………あれ?」

 

 憂鬱な気持ちでおかずを口に運んでいると、見覚えのある生徒が階段の上を通った。

 緩やかなウェーブの金髪。薄赤のメガネに、女性のような綺麗な顔立ち。遠目で見ただけでも、絶対にいい匂いがしそうな彼は、私とは違い、美しい背筋を保ったまま通り過ぎていった。

 

 間違いない。現在進行形で悩みの種となっている透華くんだ。

 

 肩に楽器を入れるハードケースを担いでたから、どこかで演奏でもするのかも。

 やっぱり、友達に昼休み聴かせてあげてるのかな。凄いな、いいな。話しかけてもらうためだけに持ってきた私とは違う。

 

 私の顔がだんだんと俯いていく。住んでる場所が違うんだ、きっと。

 

「……」

 

 私も聞いてみたいなー……。

 ふと、そんな風に思った。聞いてどうするなんか頭に浮かばない。ただなんとなく、透華くんが出す音がどんななのか気になった。

 

 一度、考え出してしまったら欲求はどんどん肥大化していく。この張り裂けそうな想いを発散するには、どうすればいいのかなんてすぐ答えが出た。

 

 途中まで食べていた弁当箱を閉じ、ギターを担いで立ち上がる。

 よし、尾行しよう!

 私はこそこそと、何処かに向かう透華くんの後をつけた。

 

 

 1

 

 

 それは美しい音色だった。

 普段、ヴァイオリンの音なんて没頭して聞かないからかもしれないけど。それでも、透華くんが鳴らす音は、ひとつひとつが繊細で、けれど力強く身体に響いてくる感じ。

 お昼ご飯を食べ終えた彼は、誰もいない観客席に向かって音を鳴らし続けた。

 

 演奏しているのは私もカバーしたことある曲。

 体全体で表現するように絶え間なく、指を、腕を動かし続ける。

 ブレない。ブレない。リズムは滞りなく流れていく。

 弦は弾かれ、厚みのある音を響かせる。

 

 いつの間にか、曲は終わりを迎えていた。透華くんも満足のいく出来だったのか、ふぅ、と肩で息をし満足そうに微笑む。

 

「中々、良かったんじゃない? これなら目標いけるかも」

 

 保健室の時に聞いた、少し楽しそうに弾ませている時の声色でそう言う。

 私も油断して聞き入っていたため、同じように一息ついた。その時だ。

 

「……って、え、あれ? もしかして————後藤、さん!?」

 

「う”っ」

 

 驚いたように、こちらに振り返って透華くんが声を上げた。

 私と言えば、ずっと後ろをついていたことを今更ながら恥ずかしく思い、体が消滅しそうになる。

 

「あっ……ごめんなさい。他意は……あったんですけど、その、勝手に聴こうとも……したんですけど」

 

 もうダメだ。私はこれ以上この空気に耐えられそうにない。

 咄嗟に近くにあったゴミ箱からゴミを出し、その中に逃げ込もうとする。

 うぅ、暗くて狭いところは落ち着くぅ……。

 

「えっと、何してるの?」

 

「へへへへ……勝手に人の演奏を盗み聞きしたので、こうして燃やすゴミに出されようかと……」

 

「いや、そんなことしなくてもいいよ。ていうか、汚れるから早く出てきなって」

 

 透華くんが困ったように、ゴミ箱に収まった私を引き摺り出そうとする。

 でも、恥ずかしさが極限までいった私は、この安住の地を譲りたくはなかった。なんなら、自室を思い出してここは居心地がいい。誰にも邪魔されたくない楽園、うへへへ。

 そんな私を見たからなのか、袖をくいくいと引っ張っていた透華くんも、とうとう力を弱める。

 

「本当に気にしなくて良いのに」

 

 ゴミ箱の縁部分に肘を置いて寄りかかりながら、透華くんが言った。

 顔が近い。前髪で隠れている分まだマシだが、私は目を絶対に合わせないように瞳を横にずらす。

 でも、透華くんも目線を合わすのは嫌なのか、すぐに私が担いでるギターへと視線を放り投げた。私はその隙をついて、ちょっとだけ彼の顔を覗き見る。

 あ、まつ毛長いなー……。私なんかとは大違い、へへ。

 

「そう言えば、ボクに何か用事があったのかな? 廊下で何度も後藤さんを見たけど」

 

「え、あっはい……、昨日助けていただいたお礼をと……」

 

「助けた? あぁ、あー、落ちてきた時のことね。気にしなくていいよ、驚かせたのってボクでしょ」

 

「そ、そそそそんな……! わ、私みたいな重い物の下敷きになっていただいて、本当にすいませんでした!」

 

「人はみんな重いよ。君はまだ軽い方じゃないかな? 他の人の身体持ったことないから知らないけど」

 

 なんて優しい人なんだろう。こんなクズ人間の私にフォローまで入れてくれるなんて。

 うぅ、人間力の差で自分がどんどん惨めになっていく……。あ、心なしか口から魂が抜けていくよ〜、イマジナリーフレンドともに空へ昇ってく….。

 

 は”っ!?

 

 危ない本当に昇天しかけるところだった。

 早く渡して教室に戻ろう。もう限界に近い。

 

「あ、あの……これお納めください」

 

「え、大丈夫? さっき魂抜けかけてたけど……って、千円札?」

 

「お弁当箱……私のせいで壊してしまったので」

 

 そう言って、千円札を2枚と壊れた弁当箱の入ったソフトクーラーボックスを差し出す。

 透華くんはキョトンとした表情を浮かべて、私とそれを交互に見た。

 

「えーと、ありがとう? 後藤さんが弁当箱持っていてくれたんだね。このお金は要らないから、そっちだけ貰うね」

 

「そそそそそれは困ります! 帰って両親になんて言われるか!」

 

 もうこれ以上私を惨めにしないでー!

 

「……え、でも要らな……くはないね。うん、だからそんなムンクの『叫び』みたいな顔しないで。

 多分どっちかが折れなきゃいけないし、これはありがたくいただくさ」

 

「よ、良かったぁー……これで帰れる……」

 

 私はゴミ箱に入ったまま、教室に戻るため方向転換をしようとする。

 しかし、それを透華くんが手を伸ばして止めてきた。

 

 え、私また何かやった? 怒られるようなことしちゃった?

 戦々恐々としながら透華くんの顔色を窺ってみるが、どうも可笑しい。頬が赤みがかっており、少し照れているように見える。紅潮しているせいで、いつもより可愛さがプラスされ本当に女の子みたいな表情だ。

 

「あーあのさ、後藤さん」

 

「あっ、はい!?」

 

「その、こういうの初めて言うから分からないんだけど……バンドTとかボクは似合ってると思うよ。ジャージ羽織るのはどうかと思うけど」

 

 可愛いながらもカッコよさを内包した顔で、透華くんはぎこちなく笑った。

 

 …………あ、これダメなヤツだ。

 

 後藤ひとり、15歳。

 私はそう自分の状況を理解した瞬間、粉塵と化すのだった。




伊地知透華
いじちとおか

使用できる楽器:
ヴァイオリン(4歳から)

始めた理由:
星歌のギターを見て
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