伊地知家の弟   作:芋けんぴ

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ようやく本編だよ。
かなり違うけど。


本編の始まり

「と〜お〜かぁ〜!」

 

「怖いよ、いきなりどうしたの」

 

 夜、好きなヴァイオリニストの演奏を聞いていると、膝の上に虹夏が頭を乗せてきた。

 所謂、膝枕っていうやつ。

 虹夏の頭は軽いから別に良いけど、普通に姿勢を変えられないのはキツい。

 

「明日、透華は店手伝う予定入ってたし、やっぱ見るよね?」

 

「うん。楽しみにしてるよ」

 

「だよね〜、ありがと!」

 

 こら、人の膝の上でゴロゴロと転がらないの。髪の毛ぐちゃぐちゃになるよ。

 とは思いながらも、自分からは何も言わない。

 主体性がないとか。能動的に動けないからとかではなく。単純に虹夏がこうして甘えてくるのは珍しいからだ。一番上の姉にだって虹夏は中々甘えようとしない。まぁ、自分も似たようなものだけど。

 

「本当にどうしたの? 虹夏にしては珍しい」

 

「べっつにー、可愛い弟とスキンシップ取ってるだけですよー」

 

「そう言われれば、そうだけど……」

 

 でも、こう……いつもの撫でてきたり、抱きつかれたりするのとはちょっと違う気がするのだ。

 膝枕っていうのは愛情を示すというより、愛情を感じたいからやる行為ではないだろうか?

 持論になってしまっているのなら謝ろう。けれど、自分にとって膝枕とは少し違うテイストの愛情表現だと感じる。

 

「透華」

 

 うんうん悩んでいると、不意に虹夏に名前を呼ばれた。

 目線を下ろし、彼女と視線を合わせる。

 

「なに?」

 

「…………ううん、なんでもない。呼んでみただけ!」

 

「えー、なんだよそれ」

 

 じっとりとした目で抗議の気持ちを伝えてやれば、虹夏は「ごめんごめん」と言って笑う。

 

 明日はとうとう、虹夏たち「結束バンド」の初ライブだ。

 ここまでくれば緊張するのも分からないでもない。いくら身内しか来ないライブと言えども、誰だってミスるのは嫌だしね。

 たしかMCも虹夏がやるんだっけ。台本を見てほしいって言われた記憶がある。ロックバンドにしてはちょっと堅苦しい気がするけど、虹夏らしさが出てて自分は好きだ。

 

 こんな調子で当日、お客さんの前で上がってしまわなければ良いけど。

 

 そんな風に気を揉みながらも、自分はただ彼女を応援するだけだと心に誓った。

 

 

 

 1

 

 

 

 次の日の朝。3組のクラスに入って席に着けば、ピロンとロインの通知音が鳴った。

 ポケットからスマホを取り出し、画面を見てみる。ユーザー名の部分には「星姉」と記されていた。

 姉貴、いつもこの時間は寝てるのに、珍しいね。

 なんの用事だろうかと思いロインを開けてみる。するとそこには簡素な文でこう書かれていた。

 

『飲みすぎた』

 

「いや、知らんがな」

 

 反射的にツッコミの言葉を入れてしまう。

 いや、本当に、本当の本当にどうでもいい。

 確かに姉貴が酔い潰れることは滅多に無いよ。滅多に無いけど、全然無いわけでも無いじゃん。PAさんに肩を貸してもらいながら帰宅したこととかあったし。

 二日酔いで人肌恋しくなっちゃったのかもしれないな。ああ見えて、姉貴はぬいぐるみを抱いて寝るくらい少女だから。

 

「とりあえず、インスタントの味噌汁で我慢してもらおう」

 

 ささっとインスタントの味噌汁が置いてある場所を教えて、ロインを閉じる。

 土日でもないし、自分に姉の介抱なんてできるわけがない。いつもなら、気持ち悪そうな彼女をトイレで面倒見るが。まぁ、こればっかりは平日に飲み過ぎた姉貴のせいだ。

 しっかり悔い改めていただこう。

 

 

 そんな朝のどうでもいい一波乱がありつつも、いつも通り学校生活は流れていった。

 

 

 授業を真面目に聞いて、休み時間は誰とも話さないから外をぼーっと眺める。

 時々、姉貴や公式アカウントからロインが飛んでくれば、その都度確認して適当に返した。

 OH! Tubeを開き、10万再生いかないかチェックしたり。流行りの曲をカバーするため、ミュージックアプリのランキングを漁りまくる。

 移動教室の時、後藤さんを見かけたから軽く会釈だけした。そしたら、後藤さんが何故かニヤついたのを見た。そんな嬉しかったのだろうか。自分としては、いつも受動的な筈なのに、自発的に挨拶をした己に驚いているが。

 

 入学当初とはちょっと違った、なんでもない日常。緩やかなまま時は流れ、自分は「こういうのも悪くないな」としみじみ思う。

 着々と何かが変わり始めている生活に、僅かばかりの期待を孕ませていた。

 

 が、その平穏も昼休みに終わりを告げる。

 

 ピロン。それは小さな通知音だった。いつもの昼食をとっている場所に、そのポップな音が響く。

 また長女である姉から「キツい」「吐きそう」などのメッセが届いたのか。

 呆れたようにため息をついてスマホを見れば、ユーザー名のところには「虹姉」と書かれている。

 買い出しでもお願いしてきたのかな。そんな軽い気持ちでロインを開けてみれば、ボクの目は見開いて止まった。

 

『ライブ無理かも』

 

「なん、で……?」

 

 思わずそう呟いた。

 あれだけ楽しみにしていた虹夏が、そう簡単にライブを諦めるわけがない。

 何かただならぬ事が起きている。自分はそう直感して、突き動かされるまま数少ない連絡先に電話を掛けた。

 

「出ろ出ろ出ろ出ろ……!」

 

『……もしもし? トーカ?』

 

「リョウさん!」

 

 自分が電話したのは、虹夏の友達で結束バンドのメンバーでもある山田リョウさんだった。

 リョウさんはいつもの落ち着いた声で、『どうしたの』と尋ねてくる。

 

「どうしたのって、それはこっちの台詞……いえ、虹夏から変なロインが送られてきたので」

 

『あぁ、ライブのこと?』

 

「そう、それです。無理かもってどういう事ですか?」

 

 はやる気持ちを抑えながら聞いてみるが、声はどこか上擦ってる。

 リョウさんもそれを察したのか、ボクとは違いゆっくりとしたテンポで話してくれた。多分、落ち着けと遠回しに言ってくれてるのだろう。

 

『ギターが蒸発したって私もさっき教えられた。多分それが原因』

 

「蒸発……? え、結局行方くらませたんですか」

 

『うん。バンドでは良くある話。だから、私はそこまで気にしてない。けど、虹夏は透華が楽しみにしてたのにって落ち込んでた』

 

 それを聞いて思い出すのは昨日の虹夏との会話。

『明日、透華は店手伝う予定入ってたし、やっぱ見るよね?』

『うん。楽しみにしてるよ』

『だよね〜、ありがと!』

 本当に心の奥底から虹夏は笑っていた。昔からそうなんだ、あの姉は。ボクが少し目をキラキラとさせるだけで、どこまでも頑張ってしまう。

 

 虹夏の料理が好きだと言えば、毎日弁当を作るようになった。

 虹夏のドラムが好きだと言えば、もっと聞いてもらうためバンドに入った。

 虹夏と遊ぶのが好きだと言えば、彼女は友達を放って遊んでくれた。

 

 いつまで経っても、あの姉は自分にとって最高の姉であり続けようとしてくる。

 

 だから今回も、虹夏はボクを頼らなかった。頼れなかった。ギターの子がボクと同じ学校だと分かっているけど、一度断られている手前、助力を願えなかった。

 だって、虹夏にとってボクは守られる存在だから。いつまでも足を引っ張る存在だからだ。

 

 自然とスマホを握る力が強くなる。

 

 なんのために姉と違う高校に来たと思っている。姉がいなくても立派な人間になるためではなかったのか。

 どうして自分はまだ守られる存在でいる?

 いい加減、己の暗愚さには呆れて涙が出そうだ。

 

「リョウさん」

 

『うん?』

 

 主体性がなく、能動的に動けず、優柔不断なのがボクだけど。

 それでも、どうにかしたい、やってやりたいという時はある。

 

「ギターの子の名前と特徴教えてください」

 

 うちの姉を悲しませたんだ(今がその時だ)

 きちんと責任とってもらわなきゃ、弟としてスッキリしない。

 

 

 

 2

 

 

 

 走っていた。廊下なんて気にせず、ただ我武者羅に走っていた。

 食べかけの昼食なんて気にしない。背負った楽器のハードケースだってどうでもいい。今は目的を達成するだけに体を酷使する。

 周りから変な目で見られた。知らない人から奇異の目線を浴びせられた。

 でも、それでも。自分にとって今は何が大切なのかはっきりしている!

 

「あ、あのっ」

 

 目的の5組に着いた瞬間、息を切らしながら近くの生徒に話しかけた。

 いつもの自分だったら絶対にできない事だろうな。それだけ切羽詰まっているということだ。

 

 声を掛けられた生徒が、自分の方へ振り返る。

 

「え、あー、3組の伊地知”ちゃん”、だよね?」

 

「んぐっ」

 

 5組の生徒が、窓枠越しに見た自分を見てそう言った。

 名前を知っていただけるのは光栄ですが、また女の子と間違われた……。

 いつもこうだ。私服の時とか、こうやって学校で上半身だけ見られた時とか、なぜか初対面の人に性別間違われる。その度に吐血してしまうんだ。

 いや、今それはどうでもいい。どうでも良くないけど、無視して構わない。

 

「き、喜多さんって子、いる、かな?」

 

 息を整えてそう問えば、聞かれた生徒が確認のためクラスを見渡した。

 

「ん〜、今は居ないね」

 

「そ、そう。ありがとう」

 

「急いでるんでしょ。戻ってきたら伝えといてあげるよ」

 

 優しく5組の生徒がそう言うと、自分はあまりの優しさに感激すら覚える。

 こんな卑屈極まれりの人間に、なんとお優しいことだ。これから一日に一回は5組を拝もう。

 

「ホントっ、た、助かる! じゃあ、戻ってきたらここで待ってて、って」

 

「オケー」

 

 よし、これで最終ラインは確保した。

 けれどこれで捜索を打ち止めるわけにはいかない。クラスに帰ってきたとしても、喜多さんが逃げる可能性だってある。

 伝言の時に伊地知という名前を使われるのだ。どう考えても結束バンド関連だと察するだろうしね。

 なので、自分はもう一度校内を走り回ることにした。

 

 少し走ると、途中の階段下からにゅるりと人影が出てきた。

 

「うおっ!」

 

「あっ、すみません……透華くんが見えたので」

 

 後藤さんだった。

 お弁当箱とギターを持ってる。今日も自分が食べているあそこの近くで、ギターを弾くつもりだったのかな。

 

「だ、大丈夫だよ。ごめんね、今急いでるから」

 

「? ど、どうしたの。そんなに慌てて……」

 

 後藤さんが不安そうに聞いてくれたので、自分は一旦足を止めた。

 

「えーと、喜多さんっていう子を探してるんだ。後藤さん知らないかな。キラキラした女の子」

 

「き、キラキラ?」

 

「ギャルとかじゃないよ、その、うん、纏っているオーラがキラキラした女の子なんだけど……」

 

 後藤さんが状況を飲み込めないのか、目線をあちこちに彷徨わせ始めた。

 あー、うん。確かに何を言ってるんだ、こいつってなるよね。でも、喜多さんの写真とか見たら、まじでそれしか出てこないんだよ。もっと特徴的なのが無いんだ、キラキラし過ぎてて。

 

 ひとまず後藤さんにも心当たりがないのなら、ここら辺には居ないってことだろう。

 もっと別の場所を探した方がいいかもしれない。

 そう思った時だ。後藤さんの目線がある箇所で固定された。

 

「あっ、えっと……透華くんの言う喜多さんってあの子じゃ」

 

 そう言って後藤さんが指差したのは窓。さらに窓の向こうを見ると、一人の女生徒が楽器ケースを持って歩いていた。

 中庭をふらふらと歩いている彼女の顔は、リョウさんから貰った写真と全くの同じ。

 間違いない。キラキラ度は落ちているけど、探していた喜多さんだ。

 

「ありがとう、後藤さん! ちょっとこれ持ってて!」

 

「えっ」

 

 見つけてくれた後藤さんに感謝を言って、背負っていたヴァイオリンケースを押し付ける。いきなりのことで悪いけど、今は悠長に説明しているほど暇じゃない。自分の頭の中は喜多さんの目の前に立つこと。たったそれだけに支配されていた。

 ゆえに己の行いには疑問を持たなかった。いや、持とうとしなかった。

 覗いていた窓を即座に開け放ち、足を掛ける。

 

「待って!!!」

 

 生まれてから一度も出したことのない大声。喉奥がヒリヒリと痛むのを無視し、自分は勢いそのまま大きくジャンプした。

 

 と、そこでようや遅すぎる冷や水が頭に被せられた。

 

 現在、自分がいる階数は2階。着地するのはタイルやアスファルトといった硬い地面。下手に衝撃を足に集中してしまえば、怪我をするのは確実。そういった悪条件ばかりが麻雀の聴牌のように揃えられている。

 

 咄嗟にそれらを理解すれば、慌てて受け身をとるべく手と足を両方使い衝撃を和らげる。2階から落ちた時の正しい受け身の取り方なんて知らない。知っているはずもない。

 だから、なんちゃって受け身で衝撃を最低限殺し、体を前転させて着地した。

 

「え、え、え、2階から、えっ!? あなた、大丈夫なの!?」

 

「いっつぅ……左手逝ったかも」

 

 狙いは的中して、何とか喜多さんの目の前に降りれたけど、左手が犠牲となったみたいだ。

 今はアドレナリンが分泌されて、痛さも緩和されているが、たぶん捻挫はしてそう。かなり赤くなってるし、心なしか腫れてる気がする。

 でも、一旦左手のことは無視して問題ない。死ぬ訳じゃないんだ。

 

「喜多さん、ボクが誰か知ってるかい?」

 

「……伊地知くん、よね。伊地知先輩の弟くん……話は聞いてるから知ってるわ」

 

 良かった。姉からボクのことは教えられているみたいだ。それなら自己紹介が省けられる。

 

「じゃあ、単刀直入に聞くね。なんでバンドを辞めるのか、教えてくれないかな」

 

「……伊地知先輩から聞いたの?」

 

「いや、もう一人の方からだ。姉は人が良すぎる。ボクを心配させまいと、聞いたって本当のこと言わないさ。喜多さんも知ってるだろ」

 

「そうね……伊地知先輩も、リョウ先輩も凄く優しい人たち……だから何も説明しないなんて、最低だわ」

 

 彼女は頷いて楽器ケースの肩ベルトをぎゅっと握る。

 

「私ね、実はギターが弾けないの」

 

 そこから喜多さんの話を聞いて、段々と事の全容が分かった。

 リョウさんに憧れていたこと。その憧れの人とバンドができると思い、つい嘘をついてしまったこと。嘘を告白できず、ずっと虹夏たちと騙し続けていたこと。ライブ本番になり、逃げ出すしか無いと思ったこと。

 

 憧れの人、というのが今までいたことのない自分には、全てに共感を示すことはできない。

 だけど、彼女は彼女なりに頑張っていたのだと思う。でなければ、今日も楽器ケースなんて持っていないだろうから。

 

「本当にごめんなさい! 私の身勝手な行動でこんなことになって! どうぞ私を滅茶苦茶にしてください!」

 

「すごい誤解を生みそうな言い方はやめて!」

 

 土下座までして謝罪する彼女を見て、自分が何を言おうとしていたのか。何をしようとしていたのか。そういったものが全部削ぎ落ちてしまった気がした。

 そもそも、自分は何をするために喜多さんを必死で探したのだろう。

 姉たちを騙したことへの憂さ晴らし? いいや、違う。別に喜多さんに復讐してやろうとは思っていない。自分にはそんな権利もないし、やったところで何の意味もないのだから。

 

 だったら、何だっけ。頭がどんどん混乱してきた。

 自分が一番望んだもの……そうだ、望んだものだ。虹夏にライブをやらせる。それが最終目標だったはずだ。

 

「もう……ボクに謝っても仕方ないよ。君を許すか許さないかを決めるのは、姉の虹夏やリョウさんだ」

 

「そう、ね」

 

「じゃあ、ここでやるべきことは謝罪じゃない。君がやってしまったと思うなら、本当に申し訳ないと思うのなら、逃げるのでも謝るのでもない、虹夏たちをライブステージに立たせてあげることが必要だ」

 

 そう言って、土下座の体勢をした喜多さんを励ます。

 我ながら酷い男だ、自分は。彼女は逃げることしかできなかったからバンドを辞めたと言うのに、もっと頑張れなんて。

 

 でも、ごめんね。

 

 どれだけ最低だと罵られようと。

 どれだけ自分が恨まれて、理不尽だと言われようと。

 ボクは虹夏(やさしい姉)を悲しませたくないんだ。

 

「でも、私はギター弾けないし。何もしてあげられないわ……」

 

「それでもだよ。君が弾けないなら代替えを探すでもいい。それがやってしまった人がするべき最低限の罪滅ぼしのはずさ」

 

「伊地知くん……」

 

「でも、流石にドタキャンは可哀想だからやめてあげてね。心臓に悪すぎます」

 

「あひぃぃいいい、ごめんなさいごめんなさい!」

 

 立ち上がろうとしていたところに、すかさず追い討ちを掛けてしまった。またもや、喜多さんは勢いよく土下座する。

 いやいや。確かに許す許さないは自分の範疇外だが、流石に人間として、ね。ダメなものはダメだって言ってあげないと。

 

 それに、もっとどうしようもない話を今からするのだし。

 

「ごめん、喜多さん。偉ぶっておきながら言いにくいんだけど……ボクは少し羽目を外しすぎたみたいだ。左手がちょっとマズい。だから、難しいかもだけど、ボク以外で代わりの人を見つけられないかな?」

 

「えぇえっ、本当に大丈夫!?」

 

「あー、ガチガチにテーピングすれば大丈夫かと」

 

 こりゃ、当分の間ヴァイオリンは無理だな。

 冷静になっていくにつれて、かなり痛みを感じだした。今じゃ、風を当てられるだけで痛い。

 

「私のせいで、伊地知くんの左手まで……」

 

「いや、これは完全に自業自得かと」

 

「えぇ、分かってるわ! 気にしないで、伊地知くん! 私が悪いのだから、素直にそう言っていいのよ!」

 

「もしかしなくても、喜多さんってちょっと癖強い人?」

 

 話を聞いてくれない……。

 流石に自分の左手についてまで罪悪感を感じてくれなくても良いのだが。

 

「任せて! 伊地知くんの言う通り、ただ逃げるだけなんてどうかしてた……私、やってみせるわ!」

 

 なんか背後に「きたーーん」というテロップが見えた。

 すごいな。彼女はあるはずもない物体を人に見せる人間だったのか。

 こうだと思ったら一直線。かなり怖い。めっちゃキラキラしてるし。

 

 まぁ、それで喜多さんがやる気を出してくれているなら良いや。自分と違って彼女はすごく友達が多いだろうし、しらみ潰しに当たればギターを弾ける人間くらい簡単だろう。

 タイムリミットはこの昼休みから放課後。

 この前、演奏する譜面を見せてもらったが、別に難易度はそこまで高くない。今回はインストのコピーだから、弾いたことある曲も混じっているかもしれないし。ぎこちないながらでも、弾こうと思えば弾けるだろう。

 

 自分はそう思い、早速喜多さんがスマホを操作し始めたのを眺める。

 誰かさんとは違い、行動に移るのが早くて助かります……これが日陰者との違いか。

 

「ぐっ、う”、あ”っ、あ”の、うぐ……」

 

「きゃ!?」

 

 しみじみと涙を噛み締めていると、いきなりナマズの腹の音のような声が聞こえた。

 びっくりして、スマホを弄っていた喜多さんが飛び上がってしまう。

 

「あ……後藤さん?」

 

 誰だろうと目線を声のした方向へ向ければ、そこには顔面蒼白の後藤さんが肩で息をしていた。

 心なしか出てはいけない汁が口から出ている気がする。なんか今にも死んでしまいそうな表情だ。

 

 苦しそうなので、自分は後藤さんに近寄り背中をゆっくりさすってやった。

 

「大丈夫? かなり辛そうだけど……もしかして走って降りてきたの?」

 

「うぷっ、と”、透華くんが、ヴァイオリンを、お、押し付けて、う……飛び降りたから」

 

「あ、あぁ〜、ごめん? ありがとう? その、心配してくれて」

 

「い、いえ……ご無事、なら」

 

 そう言えば、勝手にヴァイオリンも持たせてたんだっけ。

 ちょっと考えなさすぎないか、さっきまでの自分。女の子の前でいきなり荷物押し付けて、2階から飛び降りるとか、頭のネジが外れていると言われても仕方がない。

 実際に、あの時は外れていただろうけど。

 

「一緒に保健室行こっか。今の状態じゃ授業受けられなさそうだし、ボクもちょうど用事あるから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 後藤さんの了承を得て、ボクは彼女に肩を貸してあげる。身長差があるから、とりあえず少し身を屈めてやった。

 

「と言うことで、ごめん喜多さん。次の休み時間に……って、どうしたの?」

 

「ぎ」

 

「ぎ?」

 

「ギターーーーーーっ!!!」

 

 そう指差す喜多さん。

 いきなりの大声で後藤さんがびくっと跳ねるのが肩越しに伝わった。

 

 

 

 

 

 ……あ、そう言えば後藤さんがギター弾けるじゃん。

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