私、クリスティーナ・アルベントは今、まさに死にそうになっていた。
「聖女様は死なせない!!」
「刺し違えてでもお前らを殺す!!」
私を護衛してくれている騎士たちは全身を黒い装備で包んだ刺客たちに次々と殺されている。
騎士たちもなんとか持ち堪えてくれているが、敵の練度が高すぎて全く歯が立っていない。
今回は国外に出ると言っても戦場に出る訳ではないからそこまで気を入れていなかった。とは言え、今回連れてきている騎士は王城で務めている騎士10人だ。私に付ける護衛の数としてはいささか過剰ともいえる護衛の数だ、出立する前はこんな数の護衛をつけなくてもいいのになんて考えていたのに…。
今や気づくと騎士は3人以下になっていた。
先ほどから、聖女としての支援魔法を何度も使おうとしているのだが、魔法は発動できない。魔法は形にならない。魔力を出した先からかき消されている。他の魔法使いからの干渉を受けているか、そういう魔法陣をこの地に敷かれている。
魔法を発動させようとするなら対象の人物に直接触れる必要があり、遠距離から魔法を使うことはできない。騎士に後方まで戻ってきて貰わなければいけない。
私が前衛に行くと自衛手段がほぼない私では簡単に殺されてしまう。
それをしてしまうと本末転倒だ。彼らが私を守っている意味が無くなってしまう。
後方に下がってきた血みどろの騎士に必死に治療の魔法を掛け、また戦いに送り出すことしかできない。
不甲斐ない、いつもの通りに魔法が使えるのならこの場の誰も死なせなかったのに。一人一人しか治療ができないし、慣れない治療方法で治療速度も遅い。
私の、私の為に未来ある騎士たちが、待っている人たちがいるはずの騎士たちが命を落とす必要なんてないのに…。でも、今更私が死ぬことなんてできない、彼らの犠牲は無駄になってしまう。私ができるのは彼らに治療をし、守護の魔法を掛け死なない確率を目いっぱいあげるだけだ。
その私の腕を何者かが引っ張る。
「なんですか?今はこの人の治療が最優先です」
「問答無用です、なにがなんでも付いてきてもらいます」
そう言い治療中の私を無理矢理連れていく。
「ダメです、ダメなんです!!聖職者として!シスターとして、私の為に戦っている人を見捨てる訳にはいかないんです!!」
私は腕を振り回して抵抗するが全く効かない。私は馬車に放り込まれる。
「御者よ、前方に隙ができた。あそこを全力で抜けてくれ、我らはここで殿を務める。聖女様を頼んだぞ!」
その言葉と共に馬が嘶き急発進する。
「なぜ!?何故なんです!?私はそんなこと望んでいないのに!!」
私は窓から彼らの姿が遠ざかるの見ていることしかできなかった。
悔しさで拳を強く握りしめる。
そして私が前を向き、御者席の方を確認した時、彼の身体は力なく緩み、御者席から滑り落ちていた。彼の頭には矢が突き刺さっていた。
「あ…」
私は言葉にならない言葉を発しようとして、何も言えなくなっていた。
その瞬間馬車がぬかるんだ土に車輪がとられ、進路が大きく逸れる。
鞭を入れたままの馬は高速で動いたまま脇道に逸れて行く、そのまま馬車は木々に繋がれながらも林の中を猛スピードで駆け抜け、とうとうバランスを崩して横転した。
体のあちこちをぶつけた私はなんとか起き上がり、馬車から這い出る。
雨が私の頭を体を、全身を濡らす。体に雨の冷たさが伝わると共に絶望もどんどんと私の心に広がっていく。
それは黒装束の刺客たちを見た時点で加速度的に広がっていった。
ここで私が生き残ることはないのだろう。生きて帰れることはないのだろう。
精鋭の騎士たちがなす術もなく殺されていったのだ。魔法を使えたとしてと敵うとは思えない。
それでも騎士の犠牲を無駄にする訳にはいかない。
雨で濡れた地面へ一歩を踏み出す、そのまま服が泥だらけになるのも構わず走り出す。逃げ切れるとは思えない、生き残れるとは思えない。けど、それでも彼らの為に私は逃げなければいけない。彼らの覚悟を無駄にはできない。
50m程走ったところで頭を捕まれ押し倒される。
力の差がありすぎてもがいたところで何もさせてくれない。
「聖女クリスティーナ、その命貰い受ける」
刺客はその一言と共に、手に握っているナイフを振り下ろす。
その一撃目は私のシスター服についていた防御の奇跡が防いだ。
「私はあなたたちに屈したりしない」
刺客はもう一度ナイフを振り下ろす。
その一撃は私のブローチに掛かっていた身代わりの魔法が防いでくれた。
「私の命はあなたたちにはあげる訳にはいかない!!」
刺客はもう一度ナイフを振り下ろす。もう私に身を護るものはない。
しかし私は全身に守護の魔法を掛けてそのナイフを私自身の体で受け止める。
刺客は冷静にナイフを押し込んでくる。守護の魔法でも止めきれずジワジワと私の胸の中にナイフが差し込まれていく。
「やるものか、やってたまるものか!!私の命をお前たちなんかにやるものか!!?」
私は刺客の目を睨みつける。私をこれから殺す相手を、多くの命を私の目の前で奪った相手を、怨嗟の念を込めて睨みつける。
そうだ、許さない、こいつらを許してはいけない、そうだ許してはいけないんだ。
私は私を刺すナイフを握り締め引き抜こうとする。
腕の痛みも、胸の痛みもこれまで感じたことがないほど痛い。けどそんなことは気にならない。気になんてしてられない。
その時だ、あの何も考えていないような呆けた声が聞こえたのは。
「そうなんだって、この子は君たちに命をあげる気はないらしいよ?」
彼は刺客の後ろに立っていた。刺客の集団の中にいつの間にかポツンと立っていた。
私の目の前にいた刺客も驚愕に目を見開き彼の方を向く。そんな刺客に彼は大きく手を広げまるで抱擁するように覆い被さった。
刺客は咄嗟に手に持っていたナイフで彼を刺そうとしたが、覆い被さった彼の腕が上手く可動域を狭めナイフを刺せない。そんな刺客の懐から彼はナイフを抜き取り刺客の首を掻っ切った。
そんな彼の顔は呑気に笑っていたと思う。
「なんだ、あっけない」
彼は私のことを一瞬見たけれど、すぐに興味をなくしたように刺客たちの方を向いた。
「君たちは何しているの?かかってこないの?」
彼は笑っていた、不敵にも嗤っていた。
私はこのチャンスを逃すわけにはいけない。彼が刺客の気を引いているうちに逃げ出さなければいけない。私を助けてくれた彼だって本当に味方だとは限らないのだから。
私は脇目もふらず、どこに逃げるのかもわからず、ただ走り出した。ぬかるんだ地面に足を取られながら、全身が泥まみれになるのにも気にせず、ただ走り出す。
しかし、刺客の狙いは私だ。私を逃すはずがない。ナイフが投擲され私の脚に突き刺さる。
私は脚への激痛で悲鳴をあげ倒れ、脚を抱えて疼くまる。
脚の痛み、怒り、緊張で頭が正常に回らず体内での治癒魔法が上手く掛けられない。
脚に刺さったナイフを力を込めて引き抜く。それでまた痛みが走る。
ダメだ、脚と胸の痛みで身動きが取れない。
どうすれば良い、どうすれば良い、どうすれば良い、私は咄嗟に彼の方を見た。私を助ける結果になった男に目を向けた。
彼はただ静かに私を見ていた、その目はまるで空虚でなんにも映さなくて、まるで私も目の前の風景も観ていないようだった。
なんで?さっき私を助けてくれたのに、どういう気か知らないけど私を命の危機から救ったのに、希望をみせるだけみせて簡単に見捨てるっていうの?
まただ、また私の中を痛みと悔しさと怒りと寒さと熱さで感情の制御が効かなくなっていく。
まるで誰かに見捨てられたような、大切な人に裏切られたような、何よりも大切な人をなくしたような喪失感が絶望感が私を染め上げていく。
目の前の男を睨みつけているのに、睨みつけているのに、その力も感情も気力も無くなっていく。
無力感が私を支配し、このまま死ぬのだともう一度肌で感じた。
そんなの嫌だ、嫌だ、嫌なんだ、私の為に死んでいった騎士たちはどうなるのか、私の前で死んだ子たちはどうなるのか、私の為に死んだ母親は無駄死にだったのか、こんなクソったれな人生で彼らに顔向けできるのか…
自然と涙が流れていた、こんな辛いだけの事実を再確認して涙が溢れてきた。
「助けて、助けてよぉ」
そうやって幼子のように泣く私に向かって刺客が迫ってくる。
こんな無防備な女1人殺すぐらいなんてことないはずだ。
私の心臓に目掛けて鈍く閃くナイフは突き刺され、私は鮮血を吹き出し絶命した。
そのはずだった。
気づくとまたあの男が隣に立っていた。
刺客の腕を掴み、凶器が私の胸を貫く前に空中で止まっていた。
男は無造作に男の手からナイフを奪い、そのまま刺客の顎下に突き刺した。
刺客は頭の中をぐちゃぐちゃにされ絶命した。
私がそれを認識したと同時に血がボタボタッと私の顔を赤く染めた。
その感触に私は現実感を持つことができなくて、生暖かい血液を被って湯汲みたいだなあとか思っていた。刺客はそのまま私の方に倒れてきて刺客の下敷きになった。
死体から体温がなくなっていくのをハッキリと感じられて、その命がなくなっていくのを全身で感じて、私は正気が削られるのを感じられる程全てが限界だった。
限界過ぎて、もう本当に限界過ぎて、私は吐いた。
仰向けのままどこにも吐瀉物を避けれず私の顔を覆っていく。
塩酸の刺激臭や血の鉄臭い匂いが混ざり合って最悪としか形容できない状態になっていく。私は意識が朦朧としていき、気絶した。
意識が暗闇に呑まれる前に私は聞いた気がした。
分かった、と…。
■
私が目を覚ました時、さほど時間は経っていなかった。
頬を叩く雨で多数の足音で私は目を覚ました。雨は私に掛かっている血と吐瀉物を少しは洗い流してくれていたが未だに人前に出れる程ではない。
そして、頭と太腿に感じる腕の感触。
私は横抱きにされて雨が降る森を移動していた。私を横抱きにしているのはあの男だ。
彼は必死な顔をして走っている。後ろから時々ナイフや弓が飛んできている音もする。
そうか、まだ私は追われているのか、追われ続けているのか。
ふと、彼は私の方を向いた。
「おい、走れそうか?」
その言葉を聞いたと同時に脚の傷が、胸の傷が、熱を持って主張しだす。
溢れ出そうになる声をなんとか抑え、傷の治療をしようと、魔力を回す。けど上手く纏まらない、魔法が発動しない。焦ってるとか痛みとかで集中できていないわけじゃない、単純に魔力が足りていないんだ。
「ダメ、走れない」
「そうか、そうだよな」
彼はそう言ってまた前を向いて走り出した。
「すまん、少し堪えろ」
そういうと、彼は私を横抱きから肩から担ぐ形に持ち直した。
私が傷を負っている胸も多少ながら圧迫され痛みが走り、それに加え敵からの攻撃を避けるため跳んだり跳ねたりして、そのたびにまた圧迫されとんでもなく痛い。
私が痛みに耐えていると彼はまた話しかけてくる。
「クソ、ダメだ。このままじゃジリ貧だ」
「ッ、打開策はないの」
「少なくともお前を抱えた状態じゃ攻勢にでれない」
そうだ、私はお荷物でしかないんだ。
唯一得意な魔法さえも今は使えない。
彼は敵の攻勢から私の身を守ることしかできない。それで手一杯だからだ。
私を庇っている限り敵から逃げ切ることも、敵を倒すこともできない。
これを解決する方法、無い訳ではない、でも本当なら絶対に取りたくない選択肢だ。
でも、でもこれしかない、私にはこれしかない…
「魔力と身体の状態が戻れば、どうにかできる?」
「どうにかって?」
「やつらから逃げ切れるか、奴らを殺せる?」
「少なくとも、今よりは確率は上がる」
「分かった、なるべくやつらから距離を離して」
「……振り落とされるなよ」
そういうなり、彼は急激に方向転換し、木の枝を跳び始める。足跡をなるべく残さない為だろう。
この手段を使わなかったのはこの方法でも逃げ切れる確信がないから、使ってしまえば体力のほとんどを消費するからだろう。
私は振り落とされないように彼の体にしがみつくのに必死だ。
予測不可能な方向に跳んだり跳ねたりする人の体にしがみつきながら、覚悟を決める。
この契約に必要なのは私の覚悟と認識だ。
「今からすることの説明をするわ」
「起死回生の一手ってやつか?」
「そう、これから行うのは聖騎士の誓い、いろいろと準備が足りないから本来の契約程の力は引き出せないだろうけど、それでもこの状況を打破することならできるはず」
そう、本来なら長年付き添った騎士と聖職者が行う厳正な儀式、けど、この状況で行う儀式がどれほどの効力を持つかは分かない、私にどのような形で負荷が返ってくるか分からない。けれど、一度彼とパスを繋いでしまえば私の生命力を魔力として送り出せるはずだ。
「時間は稼げた?」
「ああ、一分程度なら」
「分かった、おろして」
差し当たって、この儀式で一番重要なのは彼との間にパスを繋ぐこと。本来であれば相手の事を熟知している間柄で行うのものだ、相手のことを何も知らず、魔力の特徴も知らず、更にその魔力も双方ともに無い。
こんな状況で相手の魔力を知れる方法…
「とりあえず、跪いて」
「はあ?」
「聖騎士の誓いは騎士の誓いをある程度踏襲してるの!早くして」
「はいはい」
ここには聖なる道具も、清められた剣も存在しない。
道具で言葉に力を持たせることはできない。
それ故に、祈りで誓いの文言に力を持たせるしかない。
胸の前で手を組み、誓いの文言を紡ぐ。
「我が騎士よ謙虚であれ」
「我が騎士よ誠実であれ」
「我が騎士よ礼節を守れ」
「欺くことなく」
「裏切ることなく」
「弱者には優しく」
「強者には勇ましく」
「己の品位を高め」
「堂々と振る舞い」
「わが身を守る盾となり」
「我が道を切り開く矛となれ」
「我が身は騎士と共にあり、騎士は我と共にある」
「我が騎士であることを忘れるな」
私は彼とのパスを繋ぐための準備として自身の舌を噛み、血を出す。
「我が騎士よ、これを受け入れよ」
私は大きく息を吐き、彼の唇へと接吻を行う。
彼は一瞬驚いたようだが、すんなりと受け止める。
ああ、私のファーストキスはこんな誰とも知れない、血なまぐさい場所で経験するのか。
それも、パスを繋げる作業のためにいましている唇同士を合わせる子供のキスから、大人同士の舌を合わせるキスをしなければならない。
普段の私なら、神に貞操を捧げたシスターとしての私なら絶対にしなかったことだろうし、その行為を許すこともなかっただろう。
けれど、私はその羞恥心を捨てなければいけない。生き残る為にそんなこと気にしていられない。
私は彼の舌を絡めとり、その舌に嚙みついた。
私は彼に血を飲ませる、そして私は彼の血を飲む。
私は彼の血から彼の魔力を知り、彼は私の血から私の魔力を知る。
彼の中にある私の血を媒介にして、魔力パスを繋ぐため彼という存在に集中する。
けれども、彼との繋がりが希薄すぎてパスを繋げない。
どうやら彼も私が手間取っていることに気づいている顔をしている。
いきなり彼のキスが激しくなった。
というか、なんでこんなに上手いの?熟れている、絶対初めてじゃない、私は初めてだっていうのに、こんなふしだらなことが得意な人が私の初めてだっていうの?
悔しい気持ちがこみ上げてくるが、同時に煽情的な気持ちになってくる。
彼が口を離し私の耳元に囁きかけてくる。
「ほら、力を抜いて、落ち着いて。焦り過ぎたらできることもできない」
そう言いながら彼は私の体を太もも、横腹、背中、うなじと撫で上げ、最後に貪りつくようなキスをしてくる。
だ、だめだ生娘の私では抵抗することもできない。ただ、彼に気持ちよくされるのに身を任せるしかない。
彼の手が体の敏感な部分を撫でまわす。私の鼠径部を、私の耳を、臍を。
理性が溶かされそうな時、無防備な喉に血を注がれる。彼の血を流しこまれる。
その瞬間パスが繋がった。驚く程あっさり繋がった。
「気持ちよかっただろ?」
…こいつ、快感で気持ちの相違を減らし、パスを繋げやすくしたんだ。
私が生娘だからって簡単に快楽に流されると踏んだんだろう。
実際そうだがら悔しくてもなんとも言えない…
「これは…確かに凄いな」
私の体から、彼の体へと力が流れていくのを感じる。
パスは繋がった、聖騎士の誓いは簡易的とはいえ、ここに成った。搾りかすの生命力を送るパスが。
「期待に沿う活躍をしないとな」
彼はそう言い、私の目前に飛んできた矢を掴んだ。
「さあ、反撃開始だ」
動き出す、先程とは見違える程の速さで動きだす。彼の殺しは鮮やかで、敵はなすすべもなく紅い華を地面に描いていく。
相手の狂乱に陥る声がだんだんと遠のいていく。
魔力も生命力も限界に近い、彼が倒しきるまで維持するのがやっとだ。
音だけではなく、視界も霞んできた。
ああ、でも私はやったんだ。
生き残ったんだ
□
次に目を覚ました時、私は洞窟の中で目を覚ました。
傍には焚火が炊かれていて、馬車から持ってきた思われるクッションがあり、毛布も掛けられていた。
雨で冷め切った体も多少は温まっていて少し安心感を覚えた。顔も汚れていないし、服も汚れていない、だってそもそも服を着ていないみたいだから。…ん?服を着ていない…?
「…え???」
私は顔が真っ赤になっていくのを感じる。
「起きたか」
彼の濁り切った目と私の目線があった。
「あのっ、私の服はどこに?」
「ほら、そこに干してある」
木で柵のようなものが作ってあり、そこに私の服が干されていた。
下着まで丁寧に…そこまでする必要ある?
濡れてたら風邪をひくだろうけど…
ふと外を見る、どうやらまだ雨が降っているようだった。
「あなた、手は出してないわよね?」
「だしてないよ」
「本当?あなた女遊びに慣れてそうだったけど」
「ゲロと血の味のするキスをされたらそんな気も失せる。」
「は?」
「それにそんな貧相な体、手を出す気も」
「あ???」
なんて失礼なやつ…私の胸が絶壁だからって……
「ほら」
彼は私の前に袋を投げてきた。
「なんですかこれ?」
「馬車に積まれていた金品だ、君がどこから来たか分からないけどこれだけあれば帰れるんじゃないのか?」
「普通ならそうだと思います。けど、私を襲ってきた相手は山賊じゃない訓練された暗殺部隊でした、例え帰るだけのお金があったとしても無事に帰れるとは思えません」
そう、山賊程度に武装した騎士20人という集団を壊滅させる力など絶対に無いはずなのだ。あれは明らかに訓練された集団、それも目的は私の命ときた。この国であの集団をどうにかできる程の力を持つ者、集団がいるとは思えない。目の前の男を除いて…
私は私自身にそこまで価値があるとは思っていない、けれども周りは違う。この国や私の為に犠牲になった騎士はそう思っていない、私にとんでもない価値を見出している。彼らのために私がここで死んでしまってはいけないんだ。
だから私が今すべきことは決まっている。
私は黙って金の入った袋を投げ返した。
「どうしたんだ」
「そこに入っているのは私が帰るための必要経費だけじゃない、そこに入っているお金にはあなたを雇うための賃金も入っているわ」
「へえ、どこのだれとも知れない風来坊を雇うって?馬車に入っていたものから察するにそれなりの身分なんだろう?」
「別に高貴な生まれではありませんし、今も贅沢な暮らしをしているつもりはありません」
「まあ、高貴な身分ならあんな醜態をさらすこともないか」
「わ、わすれてください!!」
本当に忘れて欲しい、顔面ゲロまみれになったこととか、男の人に服を剥かれたこととか、せ…接吻とか……。聖女として、淑女としてありえない。
「一端のレディだというならまず最初に名乗ったらどうだ?最低限の礼儀だろ?」
「あら、失礼しましたわ風来坊さん。私はクリスティーナ・グランダ、聖職者よ、あなたは?」
「アル、俺の名前はアルだ。故郷も家族も金もない根無し草の風来坊さ」
うわあ、そんなこと臆面もなく言えるとか引いちゃう。
「今のを聞いてあなたに信頼できる要素がほとんどないことが分かったわ、けど」
「けど?」
「あなたの強さは信頼できる。それに今私が一番必要としているのは強さ、先ほど襲いかかってきた刺客を切り抜けるほどの強さをね」
「それでも命を預けるのは早計だとおもうが?」
「この依頼をしてもしなくても命を賭けなければいけないのは変わらない、ならまだ可能性の高そうな方に掛けるわ。それにあなたが私を殺す気なら助けてないでしょう?私を利用する気ならせいぜい利用すればいいわ。私にそんな価値はないけどね」
「そうですか、あんまり旅のお供は作らない主義なんだが、今回は仕方がないかな」
「て、ことは受けて貰えるのね。よかったわ」
はあ、何が旅のお供は作らない主義よ。私だって本当ならこんな怪しい男と同行したくないわよ。だって、騎士を蹴散らせる刺客を退けられる風来坊とか一体何者だって話よ。そんな実力を持つ男が行く当てもなくふらふらしてるとかおかしいじゃない。
「で、依頼主様、今回の依頼の内容を教えてもらいましょうか?」
「私があなたにする依頼は護衛よ、私をこのラングレア王国の王都まで送り届けなさい」
そう、何がなんでも絶対に生きて帰るんだから。