あの後、雨があがると私たちはすぐに近くの町に向かった。
町の名前はバレンタイン。小さな町だが、陽気な雰囲気が漂っている良い町だ。
「さてと、まずは必要物資の調達だな」
「これだけ金銭があれば余裕なんじゃないんですか?」
「そんな訳ないだろ、これでもカツカツだ。せめて馬車を引いていた馬がいればよかったんだけどな」
「え、馬を買う予定なんですか?」
「逆に問うがお前王都まで歩くつもりだったのか?一日で何十キロも歩くのに?どれだけ時間を掛けるつもりなんだ?聖職者っていうのはそんなに足腰が強い職業なのか?」
「あー、分かりました分かりました、私の見通ししが甘かったことは認めるわ。確かに馬は必要ね」
「馬を買うとなるとここにある金だと少し不安だな」
はあ、旅の手配はほとんど教会がしてくれていたからどうすればいいか分からない。
そういう点では旅慣れた彼、アルがいてくれたのは助かったわ。
「まあ、どうせ夕方にこの町に着いたんだ。一泊はしなくちゃいけない、さっさと宿を取ろう」
「ええ、そうね」
そういうことで私たちはこの町に一つしかない宿に来たのだけど…
「なんで相部屋なのよ!!?」
私はそう言って彼に詰め寄っていた。
「仕方ないだろ?これも節約のためだ」
「そ、それでも紳士ならレディのプライバシーのために違う部屋にするでしょ!そうじゃなかったらあなた野宿でもしなさいよ、慣れてるでしょ!!」
「別に俺はそれでも構わない、けれども護衛をするには同じ部屋の方が都合が良い」
「なんでよ!」
「お前…刺客の風貌を思い出してみなよ」
はあ?刺客の風貌?ええっと、全身黒づくめで、なんというか暗殺者みたいな感じで……
「確かに、寝首を搔かれるなんてこともありえるのね、ごめんなさい私の考えが足りなかったわ、でも」
「でも?」
そこで私は彼の事をもう一度上から下まで見る。長旅でクタクタで汚れ切った服、いつ洗ったのか分からないし、肩のあたりでまとめたくすんだブロンドの髪も砂まみれで身を清めたのもいつなのか分からない。こんな不衛生な人と一緒に一晩を過ごしたくはない。
「風呂ぐらいは入ってくれませんか?」
「え?」
「妙に身ぎれいだと悪目立ちするかもしれませんが、戦場でもない場所で汚い格好の人とはいたくありません」
私だってうら若き乙女なのだ、自分の命が掛かっているとはいえ女として気にするところはある。それに誰だって汚いものを傍に置いておきたくはないだろう。
「それぐらい気にしなくたっていいだろう?こっちもそんなことする金銭的余裕はなかったんだ、それに聖職者なら炊き出しとかで俺と同じぐらい汚い奴らと接しているから慣れてるだろ?」
「じゃああなたは自分より汚い格好をした人間と四六時中一緒にいろと言われていい気分になる?」
「それは…確かに、分かった水汲みしてくるよ」
そう言って彼は風呂に行った。宿には追加料金を払えば風呂を準備してくれるサービスがあるのでそれを利用すればいい。料金を思ったより高くもない。自分も入ろうと思ったのだがこうゆう宿は基本的に女性向けのサービスは行っていない、旅人に女性がいることがほとんどないからだ。こうゆう宿にいる女性は基本的には娼婦だ、私が風呂場にいると体を売っていると思われ最悪犯されかねない。私みたいな聖職者は教会などで風呂やお湯を借りて体を清めることが普通だ。
あ〜、そういえば彼の服もボロボロすぎて逆に目立ってしまうほどだ、服も新調したほうがいいかもしれない。ついでに私も新しい服買った方がよさそう。シスター服だと目立つし標的の目印としてもわかりやすいし…
そういえば私の髪色も目立ちやすいんだった。この国だと黒髪って珍しい、それに染料で他の色にも染めにくいし、こんな田舎町にかつらなんて高価な物も売ってないだろうし、隠すしかないだろうな。
はあ、今回の依頼はそんなに危険な物じゃなくて隣国に簡単なお使いに行く程度の仕事だったのに。
旅の予定もそんなにかかる予定じゃなかったし今頃は隣国の宿で命の危機に怯えることもなく眠れるはずだったのに…死人だってこんなに出るとは思っていなかった…
戦争に行く予定でも人が死ぬような危険な依頼でも無かった。戦争で多くの人が死ぬのは見たことがあったけど私の為に多くの人が死んでいくのは初めてだ。当たり前だけどこんなに気分が悪い物なのか、こんなことになるのなら私は死んでおいた方が良かったのかもしれない。
私程度の存在の為に20人の人生が無くなった、これから紡がれるはずだった膨大な時間が無くなったのだ。私がそれらの時間分の価値があるなんて思えない。そんな責任を背負っていけるとも思っていない。
「一体どうすればいいっていうのよ…」
「ん?何がわからないんだ?」
ヒャアアアアアアアアアア
「い、一体いつ戻ってきたの!!」
「え?もう俺が風呂入ってから30分以上経ってるよ?」
「え?もうそんなに…?」
「何、何か考えごと?」
「え、えっと…」
うわあ、私が1人で悩んでいる間にそんなに時間が経っていたんだあ。なんか私追い詰められてるなあ。
「もしかして、目の前で人が死ぬのは初めてだった?」
「そ、そういう訳じゃないけど…」
そ、そうだ。私は聖女として教会や戦場で治療を行ってきた、その中で救えなかった命もある。
私の腕の中で亡くなった命もある。
「じゃあ、人を殺したのは初めてだった」
「私は誰も殺してない!!」
そうよ、私は誰も殺してない、彼らは私が殺したわけじゃない!!
「ああ、目の前で自分の為に死なれるのが初めてだったんだな」
彼は蹲る私に目線を合わせ、優しい声で語り掛けてくる。
「大丈夫さ、君は悪くない。今回の事件については君は何も悪くないよ、責任が君にあるわけないじゃないか」
そう言って彼は私の肩に手を置く。
「責任ないわけないじゃない。彼らは私を守って死んだのよ、彼らの死は私が背負わなきゃいけないわ」
「そんなことないと思うけどなあ」
彼が私のことを不思議そうに見ている。
「そんな真面目に受け取ってたらいつか潰れちゃうよ」
「でも」
「過去を適度に振り返ることは大事だけども振り返りすぎるのはよくないよ」
彼はそう言いながら私の頭をゆっくりと撫でる。
「君はまだこういうことに全然慣れていないようだ、今は疲れているだろう眠った方がいい」
彼の体から石鹸の匂いがする、それに加えて嗅ぎ慣れない男の人の匂いも。
けど、今は人肌が近くにあることを感じられるのが妙に安心する。
「今考えすぎたってどうにもならない、今はゆっくりお休み」
彼はそう言いながら私をゆっくりとベットへと横たわせる。彼の表情が妙に優しい。だが、疲れた頭ではその顔で安心してしまう。私はそのまま手を彼に向け、彼はその手を優しく受け止めてくれる。
緊張の途切れた私の体はそのまま意識を手放した。
■
アルは自身の手を握ったまま眠ってしまったクリスティーナの顔を見る。まだ幼なげな雰囲気を残す彼女が無理をしていることは分かるし、その真面目な性格は損をするしめんどくさいとすら思っている。
けれども、彼は彼女との約束を違えることは今のところなかった。
彼は明日もわからぬ風来坊である。彼は明日をどう生きるかも気分次第である。けれども久しぶりに目的というのを持つのも面白いだろう。
人は生きる限り人との関係を断ち切ることはできない。今まで多くの関わりを持ってきたが今回の関わりはどうなるのかと内心ワクワクし始めた。
彼はベットを背もたれに床に座るとゆっくりと目を閉じる。敵襲があってもすぐに起きることができるように、感覚を研ぎ澄ませながら夜が過ぎるのを待った。