Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
赤龍帝が行く!
兵藤一誠は普通の高校生である。
駒王学園に通う2年生であり、家族と一軒家に住む普通の少年である。
彼の朝は何も変わらない。家族と朝ご飯を食べては、制服に着替える。鞄を肩で背負っては、高校に出かける。普通の高校生が送るであろう、何の変哲もない朝の身支度。
そう、彼自身は普通の高校生と何ら変わらないと、そう考えている。
「あっ! 一誠くんおはよう!」
「おう、おはよう」
「キャー、返事してもらえちゃった!」
「ずるい! 兵藤くん、おはよう!!」
「おっす」
しかし、彼が普通か否かを評価するのは、残念ながら彼ではない。
兵藤一誠は、女子には好感を持たれるタイプであった。何気なく笑顔で答えるだけで、視線が合うだけで女子は興奮する。酷い話、鼻血を出して失血死しかける者もいる。そんな彼に女子は黄色い悲鳴を上げ―
「あのやろっ…! なんつー爽やかなナチュラルスマイル…!」
『イケメン死ねぇ…! そしてリア充なんて砕け散ってしまえ…!』
――理不尽な呪いを、非リア充の男子がかけることもある。居心地の悪さが感じるのも言うまでもない。しかし、陰口を叩くだけで一誠に襲い掛かってくる輩など誰一人もいなかった。
兵藤一誠という少年は、勉強はできる方であり、運動神経も生まれつき抜群。どこの部活にも所属していない一誠だが、どうやら個人で各種のトレーニングをしているそうで、腕力や脚力が常人のそれを超えていた。しかも、基本どころか格闘技にも手を伸ばすという噂も立っている。
兵藤一誠という少年は、妙に潔癖な面を見せることがある。破廉恥なことをすれば赤いオーラを放ち、女子に変わって成敗するという
ムッツリではないかとも言われていた時期もあるが、別に気にすることもなく、一誠の敵はあくまでも“破廉恥”というものに尽きるのだった。
話は中学生にまで遡る。前半こそ親友である松田や元浜と馬鹿騒ぎをしていたが、思春期を越境しては付き合い方にも深く悩んでいた。その悩みに決着をつけるべく、高校進学を境にかつての自分を脱ぎ捨て、健全なる男子を目指すことを決意したのだ。そのために、中学入学後に中断したはずのトレーニング、シャドーボクシングなどを再開し、休日などを挟んでは3年間のブランクを作った自分を戒め、鍛えあげるようになって今へと至る。
***
「ふわぁ~」
一つ欠伸を立てる男が、窓際の席に1人。
授業後の休み時間。世間話をして盛り上がるクラスメイトに囲まれる中、一誠はじっと小説を読んでいた。友人や知り合いはライトノベル、もしくは現代小説を読んでいる。しかし、彼は後者に加え古風な文学小説をも嗜んでいた。
以前レポートを執筆した時に、己の文才の無さに驚愕したことがあった。改善するためにと自ら進んで始めたことだが、日に日に読む冊数が増えている。
「おい一誠! なんだよ読書なんかしやがって! ってしかもこれ夏○漱石の…! お前いつから中二病になったんだよ!?」
「やかましいわ」
「く~っ、何時からお前は変わっちまったんだ! 真面目か!? だが安心しろイッセー! すぐに助けだしてやるからな!」
元々駒王学園というものは元々十数年前までは女子校であったため、今でも女子の生徒数が遥かに多い。だが、そのためか現在でも入試の難易度が高いわけである。国立への進学者数が多く、世間でも名が知られている。
そんな神聖なる学園の中に突如現わる、一誠の親友とも呼べるだろうかと疑惑に包まれる2名の少年――松田と元浜。俗名、“変態コンビ”、“女子向け害虫”…。
一見野球少年と誤解されがちの、スポーツ刈りの松田、一見国立志望のガリ勉と誤解されがちの、眼鏡の元浜。しかし、2人ともケダモノ呼ばわりされるほど、性に貪欲であった。そのため、成績も保健体育を除いて限りなくオール1。しかし、駒王学園が元女子高だと聞くやいなや、その貪欲さが潜在能力を開放させ、たった一ヶ月の追い込みで一般入試に合格したという。その事実を知った時の一誠は、「マジかよ」と彼らの性欲に恐れを抱いていた。
今回も一誠に接触した2人。歓喜に満ち溢れ、逆に不気味な笑顔を見せては紙袋を取り出す。そしてひっくり返して、一誠の机の上に全てをばら撒いた。
「…おい、なんだこれは」
細目で怪訝そうに見つめながら、一誠は低い声で尋ねる。
「決まってんだろ!? 内なる一誠を開放させる道具だぜ!」
「すげぇぜこのビデオ! 滅多に手に入らないAVだってよAV! 自分の欲望に正直になれよ一誠!」
どこのビデオ店から仕入れたかは知らない。確か、そのような俗物はこの高校には持ち込み禁止のはずである。しかし、この“変態コンビ”はレートRにカテゴライズされて当然な、過激なビデオを気にすることなく持ち込んできた。しかも、まさに『やってやったり!』と2人は俗にいう“ドヤ顔”を見せている。
勝手に説明を加えてきて、ペラペラと卑猥な単語を連発してはマシンガンのように話しまくるバカ2人。周りの女子はGを見つけたときの表情を浮かべ、草食系な男子はどうすればいいのかわからずオロオロと見回し、非リア充の男子は羨望の表情を見せている。
椅子の足が床を滑る。無表情のまま一誠は何も言わずに立ち上がっていた。この間、沈黙が走る。一枚ずつDVDのケースを手に取り、中身を取り出していく。利き手に1枚、もう片手には残りの枚数のDVDを、指を通して持つと、窓際まで歩き―
「サーテ、ドレガ遠クニ飛ブカナ~」
棒読みで、輪投げの要領で投げる振りを見せた。手首をしならせ、ビュンと風を切る様子はまさに本気。今にも遠くに飛ばさんとした気迫がヒシヒシと伝わってくる。
「「こらぁあ――!?」」
劇画の表情で絶叫した松田と元浜。瞬間移動の如く、2人は一誠の元に駆けつけ、我が子を取り戻す勢いでDVD一式を奪い返した。ちなみに、ケースだけで中身がないというものは、誰しもテンションの下がる状況であるのは一誠にも理解している。
「一誠てめぇ…! なんてことしやがる!? お前自分のしたことがわかってんのかよ!?」
「えっ、正当防衛」
「んなわきゃねぇわ! プレミアだぞプレミア!」
怒りまかせに、更に露骨な単語を発しまくる2人。しかし、何くわぬ顔で一誠は反論する。
「バカ野郎。お前らがそれを見るかは勝手だけどここ学校だぞ。そんなもん家で済ましとけよ。それに、ハーレムなんて面倒せぇし」
「何だとっ!? だがそんなお前だって目指してたはずだろが!?」
「だーれが宣言したんだ、んなこと?」
松田と元浜が血涙を流しては握り拳を作っていた。この変態コンビには、ハーレムとはまさに酒池肉林の言葉が相応しい桃源郷であり、2人は己の野望を満たす領域を必死に目指していた。
しかし、一誠にはそんなものに興味がない。むしろ『下らん』と冷たく一蹴していた。その空間に入ることなど、もはや邪道としか認識していない。近頃のラノベでは頻発しているそうだが、一誠には複数の女子の面倒を見ることなど面倒に思え、倫理的にも否定的――すなわち、一誠は一筋派であった。
AVを一瞥してから、宥めるようにして一誠は言う。
「なんでそんなもん見る必要があるんだ? 俺はな、健全なる男子を目指してんだ」
「だったらエロを追求するのだって、お前のいう健全なる男子のすべき行動だぜ!! な!」
「おう!!」
その叫びが出るや否や、バキッと一本木が割れたかのような音を立てて、松田と元浜の頭上に衝撃が走る。じわじわと染み付く頭の痛みに悶えては、その元に後ろを睨みつける2人。そこには、竹刀を持った女子2人が仁王立ちで睨みつけていた。
「このケダモノども!」
「一誠くんに後戻りできないちょっかいしないでよ淫獣ども!」
同じクラスの村山と片瀬が竹刀を持って撲殺せんほどの力で叩きまくる。ちなみに2人は剣道部の部員であり、バカ2人の覗き見の主な被害者でもある。幾度の被害に悩んでおり、成敗せんと竹刀を常備していたのだった。実際、剣道部員としての実力は伊達ではなく、バカ2人はなかなか立ち上がらない。それでも、2人は睨みつづける。
「うるせー…。女子のくせになんて力だ…!」
「俺らは何も悪くねぇ…! お前らが誘惑してるだけだろーが…!!」
「なんですって…! ケダモノの分際で!」
松田と元浜が涙目ながらも野次を飛ばし、女子2人は再び殴り掛かろうとしていた。溜息をついた一誠は女子2人に話しかける。
「あの、村山さん、片瀬さん?」
「はっ、はい…?」
「な…、何かな…、一誠くん…?」
一誠に呼びかけられ、180度、女子2人の表情が切り替わる。馬鹿2人に対して憎悪しか見せていなかったが、一誠になると刀を脇に収めて頬を染める。その空気は正に乙女のそれ。一方の馬鹿2人は一誠の一言で攻撃が止んだことから、『心の友よ!』と言わんばかりの歓びを分かち合っていた。
しかし―
「親友らしいけど気にしないでくれ。こいつら、煮るなり焼くなり好きにしていいから。気が済むまで楽しんできて」
一誠はそんな2人に、笑顔で無慈悲に“死刑”を言い渡す。
「「は~い!」」
「「裏切り者ォォッッ!!」」
『親友らしいとは何だ親友らしいって!!』、『やめろぉぉっっ!!』と断末魔の叫びを上げながら、上機嫌の女子2人に引きずられていった。教室の外に連れだされ、授業の始まりを告げるチャイムが鳴るまでに戻ってくることはなかった。その一方で、女子2人がルンルンとしたテンションで戻ってくる。その様子に一瞥をくれただけの一誠は、次の授業へと意識を切り替えた。
そして、次の休み時間。
「ねぇねぇ、学園の2大お姉さまが来たわよ…!」
「きれ~い」
「きゃああ〜、木場きゅ〜ん」
「すげぇ…、貧血死しちゃうぜ…!」
“学園の2大お姉さま”と呼ばれるアイドル的存在、赤髪のリアス・グレモリーと黒髪の姫島朱乃。いずれも高校3年生で大学受験を控える世代なのだが、容姿はそれには似合わずまさに絶世の美女そのものであろう。いずれもグラマラスで妖麗な魅力を醸し出している。脇には学園一のイケメンと呼ばれている木場祐斗、ポーカーフェイスでも小柄な身体つきが魅力的なマスコット、塔城小猫が付いている。
そんな一行を、その場に居合わせた生徒は羨望、あるいは憧憬の念で以って見送る。
「やっぱグラマラスで美人だよなぁ…。リアス先輩、朱乃先輩…」
「そうだな…。気持ちいいだろうな、あれ…。く~っ、いつかはこの俺が…!!」
「ロリコンのお前はそばにいる小猫ちゃんだろ? っておい…! 邪魔だあのイケメンめ!! 絶景が汚されるじゃないか…!」
いつの間にか復活していた松田と元浜。両手で擬似的な顕微鏡を作っては顔どころか胸なども執拗に凝視し、再び露骨な会話を始めていた。
―あ~~だるっ…。
一誠は1人、授業の集中力を切らして机の上に倒れ込む。その一方で、リアスは人混み越しに意味深な視線を一誠に送っていた。
***
昼休み。兵藤一誠は1人、屋上に座っていた。
親に作ってもらった二段の弁当を平らげて、売店で購入した紙パックの牛乳をストローで飲む――彼の日常の1つである。
松田と元浜はギリギリで親友の領域に入るが、同じ空間にいては露骨過ぎる話で頭が痛くなる。逆にここは開放感があって心が満たされる。雨天以外において一誠の習慣の1つであり、青い空を眺めて弁当を食べる事をひとつの楽しみとしていた。
「ごちそうさん! さて、戻るとするか」
空になった弁当を鞄にしまっては立ち上がり、教室に戻ろうとした。
「あのっ!」
その瞬間、ドアから見知らぬ女子が現れ、声を掛けられた。
「兵藤一誠くんだよね?」
「そうだけど、俺になんか用か?」
どうして俺の名前を知っているのか? どうして俺の居場所がわかったのか? どうにも疑惑が付き纏う。別に自慢ではないが、自分はこの学校では名が通っている。どうせ、自分のいるクラスの女子に尋ねてきたのだろう。なぜ、クライマー予備軍の松田と元浜に襲われなかったのかが不思議でたまらない。
ぼんやりと思考を逸らしていると、目の前の女子が頬を紅潮させたまま俯き、緊張した声音で、それでも力を振り絞ってこんなことを言った。
「私と、付き合ってください!」
一瞬で力が抜けて倒れそうになる膝を叱咤し、そして一誠は思う。初対面の相手に何ぶっ飛んだことを言うんだと。
急に見知らぬ女子に告白されたって嬉しくともなんともない――とは言え、美少女と呼ばれてもおかしくはない容姿をしているこの女子。キラリと輝く黒い長髪に、顔も身体も世間一般の同年代が羨むであろう、理想的な成長を遂げている。トータルバランスで言えば、あの“2大お姉さま”に負けてはいないだろう。もし一誠ではなく、松田か元浜ならば発狂してコロリと逝ったに違いない――と思うが、奴らの生命力は伊達ではない。『俺が死ぬ……ってまだ付き合ってねぇだろぉぉっ!!』と支離滅裂な迷言を叫んで復活するのは目に見えている。
「あの、お前は一体…?」
「あっ、すいません! つい気持ちが先走っちゃって…! 私、隣のクラスにいる天野夕麻って言いまして! 私、一誠くんのことずっと想ってて…! だから―」
「へぇ…、なんか“ゆうま”って男らしい名前だな」
一誠は脱線した。というのは、何とも言えない空間を脱するためであった。何も知らない夕麻は、一時停止の状態で硬直するばかりであった。
閑話休題。告白された一誠は返答しないばかりだった。いや、否と答えることが筋であると考えている。初対面で告白されることはテレビでも現実でもあり得ることである。しかし、初対面だからこそ「はい」とは答えられないのである。彼女のことをまだ知らないために、好意を躊躇なく受け入れることなどできようか。
「びっくりしたな。初対面でいきなりぶつけてくるなんて」
「ごめんなさい…。でも、この気持ちは伊達じゃないの! 私は、一誠くんのことが好きなんです!」
夕麻という女子は目を潤ませて、猛烈にアピールしてくる。もし松田か元浜なら発狂して是と答えるだろう。しかし、一誠はどうか。無興味な視線が見事に弾き返しているではないか。といえども、一誠の心は揺れていた。結局は一男子だ、こんなのを見せられれば誰だって揺れ動いてしまう。
―困ったなぁ…。
だが、結局のところ、一誠は一誠だ。知らない女子に告白されて付き合えだなんて頼まれて、そんな無責任なことを受け入れられる訳がない。傷つかないように、どう丁寧に断ろうかと思索した。一誠は後頭部を無意識に掻くほど困り果てている。
「俺は―。…。ちょっと待って」
しかし、一誠は掌を見せて途中で言葉を飲み込んだ。徐々に何かを考えているのか、怪訝そうな表情を見せている。しかし、彼女には彼が少し無理しているように見えたらしい。
「どうか…、したの…? もしかしてやっぱり…」
「いや、なんでもない」
ふと視線を動かせば、今でも涙を堪えつつある夕麻。「はぁ…」と深く息を付いて、観念したかのように一誠は苦笑する。
「わかった。お言葉に甘えてそうするよ」
「本当!? ありがとう!!」
満面の笑顔を見せる夕麻であった。一方で一誠の顔は笑っているが、目だけは疑念を持っていた。
***
全ての授業が終わり、校舎を出る時のことである。
「いっせぇっっ!! この裏切り者めがぁっ!!」
やはり昼休みの時、夕麻が一誠のクラスに尋ねてきていたのだろう。それを松田と元浜が聞きつけたのだろう。昇降口で待ち伏せしていた松田と元浜。団結した2人が激怒した様子で、リア充と認識した一誠に飛びかかってくる。
この後、2発の鞭の音が響く。
剣道部の2人の女子ではない。鞭を用いたわけでもない。一誠は右手を松田、左手を元浜の額に腕を持って行き、デコピンを食らわせたのだ。実は2人とも、何度かの経験がある。女絡みになるといつも襲いかかり、そして一誠が強烈な一撃を食らわす。今日もあまりにも心地よい音だったためか、頭を抑えて悶える2人。まるでありったけの力を込めた鞭で叩かれたようであった。それに対し、無慈悲な態度を見せる一誠。
「お前らさ、親友って言ってるくせに労いの言葉とか無いわけ?」
「何を言うか裏切り者め!! あんな…、あんな俺好みの選り取り見取りの彼女を、なんでお前が口説かれてんだよぉ!?」
「そうだそうだ!!」
あれだけのダメージを食らったにも関わらず、それでも2人は立ち上がって罵声を浴びせる。一誠は溜息をつく。こういう状況が苦手である。理不尽すぎる。蜘蛛が散らすように女子が逃げるのは自業自得の癖に、何故反省の“は”と一文字も見せないのだろうか。
「「死ねぇぇ一誠!!」」
「1人マッスルドッキング!」
「「ぐはぁぁっっ!!」」
2人がかりでダブルラリアットするつもりだった。しかし、いつの間にか松田は一誠の肩に載せられて締め付けられ、元浜の方も逆さまの状態で地面に叩きつけられた。もちろん、バカ2人に慈悲の視線は向けられていない。むしろ、「イイザマよね」と、自業自得と纏める者達が殆どである。そして、ゴミ同然に地面にポイっと捨てられる。
「おのれ一誠…。俺が望むドッキングはこんな程度ですまねぇぞ…。いつかはハーレムを作って…、ぐはっ」
「この恨み…、死んでも忘れないぜ…。ガクッ」
いらぬ遠吠えを呟いては気を失う。ノックアウトしても、何も気にせず夕日に向かって歩き始める一誠であった。
***
「ふあああ…」
昼間。街中の広場で、欠伸をかいてベンチに佇む兵藤一誠。夕麻とはこの場所で落ち合うことになっていた。実際の時刻よりも少し早めに到着した一誠。通りかかりの配り役にティッシュを配られたり、チラチラと腕時計を見つめたりしては暇を潰していた。つい入っていたポケットティッシュのチラシを取って広げては、日光にかざして凝視している。
「なるほどな…」
「一誠く~ん!」
声が聞こえたので、セッセとチラシを畳み、ポケットにしまう。声の元をたどれば、薄桃色の洋服を着た夕麻が手を振りながら駆けつけてくる。と同時に果実がたわわに揺れる。あと、その笑顔でどれだけの通りすがりの男子を魅了しているのだろうか。どれだけの男子が、こんな美少女と付き合う一誠に対して舌を打ち続けるのだろうか。しかし、一誠はいずれも意識していない。
ただ、ふと一誠は思う。黒髪の女子は貴重だなと。近頃、自らの好みに合わせて髪色を変える人も多く見かける。だからと言って、黒髪限定というわけではない。ただ、好みのタイプに関して敏感なだけである。夕麻についてはやや強引なところがありそうだが、性格ではマシな方である。
「待たせてごめんなさい!」
「いや、俺の方こそごめん。早く来すぎちゃったし」
「じゃあ行こう一誠くん!」
するとすぐに腕に抱きつく。更に非リア充からの視線が、痛いほどに鋭くなる。これだけ魅力的な身体を押し付けられては、一誠もさすがに困り果てる。しかし、別の意味であった。
「おい、そんなんじゃ歩きにくいって…!」
「いいの、私達もう付き合っているし!」
上機嫌になってマイペースで振る舞う夕麻。それに対し、さらに雲行きが怪しくなるばかりの一誠であった。
どうなることやらと一誠が不安に思ったのも束の間、近くのショッピングモールに出かけては服を見せ合った。ファミレスに出かけては、共に食べては世間話をした。共にゲームセンターに出かけてはプリクラを撮ったりもした。何ともリア充と呼ぶべきデートの内容である。一誠は夕麻に対して笑顔で答えてきた。その一方で、浮かない表情を浮かべることもある。
気付けば既に夕暮れ。一誠と夕麻は、公園の敷地にある森の中を歩いていた。舗道の上を2人並んで歩いていた。満足したのか夕麻はほんのりとした笑顔を浮かべているが、一誠は何かを考えているかのように影を潜めていた。しかし、呼びかけられたので笑顔に戻る。
「今日は楽しかったなぁ。一誠くんは?」
「そうだな。女子とデートしたの初めてだし」
噴水に辿り着いた時のことである。対面した時、夕麻は頬を上気させてうつむく。
「一誠くん…、私の頼み聞いてくれる?」
「ああ構わないさ。何か買って欲しいなら買ってあげる。何かして欲しいなら何でもしてあげるさ」
「本当?なら―」
安堵した表情を見せる一誠。夕麻はゆっくりと歩き出しては対面し、顔を近づける。キスしてもおかしくない状況だが、一誠はそれだけは勘弁したいと思っている。そこまで一気に進むものではないと。
しかし、夕麻の顔は一誠の耳元にゆっくりと近づく。
「私のために、死んでくれるかな?」
「!?」
あまりの内容に、思わず一誠は後ろに飛んで尻餅をついてしまう。
「お前…、ヤンデレだったのかよ!?」
「それとは、違うけどね」
夕麻の瞳が鋭くなる。しかし、もはや彼女は天野夕麻ではない。彼女の口調が明るいものから、一気に冷淡なものへと下る。その時の笑みは嘲りのものである。
そして周囲が、黒い風に覆われる。一誠は反射的に腕を覆う。腕を解くと、夕麻そのものだが服装が変わっていた。私服―というよりも、カモフラージュのための単なる道具にしか過ぎなかったのだが―ではなく、黒を貴重とした服装になっている。堕天使らしいところを上げれば背中に、黒い翼が手を広げるぐらいに生えていることである。
「ふふふ…、私は天野夕麻じゃない。私の名はレイナーレ、堕天使よ」
しかし、その姿に驚くどころか、一誠は『はぁっ?』と呆れていた。何故なら、ボンテージ風の服装であり、勿論のこと露出度があまりにも高いのである。一誠は驚いていた。もはや彼女は無垢な彼女ではない、一誠曰く―
「痴女かお前は…!!」
「なっ…!?」
そう、痴女にしか思えない。公共の場所に、裸に近い格好のまま平気で立っているのだ。猥褻物陳列で警察に捕まってもおかしくはない。
事実、堕天使という存在は欲に溺れたために神に追放された天使を指す。その定義が間違っていないというのは、まさに彼女が証明している。一誠の台詞に沸騰しかけたが、それを見せまいと抑える。
「ふふっ、まぁ好きに言ってなさい。貴方はどうせすぐに、私に殺されるのだから」
再び一誠に対して嘲笑を浮かべる。つり上がった口端を官能的に見せつける。
「私に殺されても憎まないでよね。恨むなら神を恨みなさい!」
一誠に向かって光の槍を投擲する。眩い速さで空気を斬り裂き、その先端が一誠の胸を貫くことは―
「なんてな」
なかった。
「何っ…!?」
たった指二本、人差し指と中指で受け止めた。少しの反動も見せず、余裕のある態度を見せるばかりである。
「冗談じゃないっつーの。てかあんたみたいな三下の堕天使にやられちゃ身も蓋もない」
しかしこの時、一誠の左腕が変化していた。肘にかかるまで朱色の鎧に覆われ、手の甲には緑色透明の宝玉が埋め込まれている。
「返すぜ」
指二本を少しあげ、少しの力で投擲し返した。その速さはレイナーレの時を超えており、やっとの思いで避けられたのであった。後ろの木に刺さり、やがては粒子化して消える。しかし、レイナーレの純白な頬に5センチほどの創傷が走っていた。痛みを感じては触れ、ぬるりとした感触を覚える。それが己の血だと掌を見れば、一誠に対して鬱憤を露わにした。
「貴様…!! よくも私の顔を…!!」
「言っとくけどこれ、正当防衛だからな。逆ギレは通用しないぜ?」
立ち上がりながら、小馬鹿にした口調で一誠は言う。
「あんたな、俺みたいな男を口説くんならもっとマシな口説き方見せてくれよ。ていうか、あんたみたいな魔性の女、俺の伴侶には相応しくないんだ、堕天使さん」
「!!」
堕天使と聞いた途端、夕麻―いや、レイナーレは動揺した。まるで、堕天使の存在を彼女と出会う前から既に知っていたかのような口調であったからだ。
彼女はハニートラップを仕掛けていた。しかし、一誠は見抜いていた。動機は知らないが、堕天使が自分に気安く接触するということに疑惑を持っていたのだった。しかし、彼女は理解できない。こんな普通の人間が、どうやって自分を堕天使と見抜いたのか?どうして自分が狙われていると自覚したのか?
「まさか、出会い頭から気づいていたというの…?」
「だったら、どうして俺はここにいるんだ? どうして俺はお前みたいな堕天使と付き合ったのさ?」
「!?」
「俺は元々勘が鋭くてな、あんたらみたいな碌でもない野郎どもを見分けるのに慣れてんのさ。一般的に考えておかしいだろ? 出会い頭で急に『付き合え』だなんて言ってくるなんて。それに天野夕麻って名前、知り合いに聞いたけど誰も知らないってさ」
あの時、一度考える素振りを見せていた一誠。実際、夕麻と出会ってすぐに妙な気配を感じ取っていた彼は、一度その姿勢を取ってごまかし、その間に堕天使と見抜いていたのであった。夕麻がいたとされるクラスに知り合いがいたので、念のため尋ねたところ―
『天野夕麻さん? 初めて聞くねその人…。転校生か何かですか?』
夕麻は高校生ではない。何か狙いがあって、一誠に接触してきたに違いない。それを突き止めるために、一度彼女と付き合うふりをして、カマをかけてみることを企画していたのであった。
レイナーレは自分のルックスに自信を持っていた。自己満足であることに変わりはないが、一誠と同じような男を魅了しては、同じように息の根を止めてきた。人間の男性というのはそういうものである。外側でしか興味が無いのだ。だから、軽々しく男は捕まり、おとなしく殺されてくれるのだから。しかし、一誠の場合の口調は、彼女の抱いたジンクスを破り捨てている。まるで、興味がなかったかのように。
一誠は元々、人との繋がりに敏感であった。普通に高校にいる時のように手軽に話しかけてはもしくはかけられる程度なら問題ない。だが、その境界線を越えた接触には注意深かった。
トラップをかけていた自分が裏を欠かれていたとは、何たる不覚! しかも、この力はもはや神器―それこそ彼女の狙い―が目覚めているのではないか…? だが、それだけだろう。
刹那、背後から別の気を感じ取り、右に移動する。元いた足元に光の槍が突き刺さる。
「新手か…」
「レイナーレ様!!」
空から3人ほどの堕天使が降りてくる。様づけするぐらいだから、彼女の部下だとすぐに理解した一誠。黒ずくめのドーナシーク、ゴスロリ調のミッテルト、そしてレイナーレほどではないが、それでも露出のあるドレスのカラワーナ。主の顔に傷があることを知ると、一誠を睨みつける。
「貴様、よくもレイナーレ様のお顔を!」
そして3人が光の槍を持ち、三角を作って一誠を囲む。何くわぬ顔で四方向を見つめている。
「どうやら貴方の神器は既に覚醒しているようだけど、単なる“龍の手”でこの堕天使に勝てるとでも?」
「レイナーレ様! この人間は私共が始末します! わざわざ貴方の手を汚すまでもない!」
4人共、余裕を持った表情を浮かべている。笑顔が不必要に印象を悪くしている。一誠はこの様子を見ては、ため息を付いた。
さて、現状を踏まえれば非日常の存在に当たる堕天使が4体も、貧弱な人間を取り囲んでいる。彼らがそう断言する以上、極普通の人間が勝つことは不可能である。
そう、極普通の人間ならば。
「全く…。なんで女絡みになりゃ、俺はツイてねぇんだろうな…」
『そいつは俺に聞くことなのか、一誠?』
「さあな」
“龍の手”から一誠の脳裏に響く、第三者の声。
その直後、「死ね!」と、3人の堕天使は一誠に向かって、同時に光の槍を投擲した。籠の手ならば単なる力が強いだけしか無い。光速には全く及ばないが、投擲の速度は人間を超えている。避けられるはずがない。まさに、レイナーレ達の勝ちは目に見えている。
「いくぞ、相棒」
『任せろ、相棒』
しかし、一誠は余裕げに笑顔を浮かべる。籠手の甲の宝玉に手を重ね、前に突き出す。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!』
電子音が鳴り響く。
「なっ…! なに…!?」
突如、炎が渦巻き、一誠を包み込む。その炎は光の槍を包み、ガラスのごとく割る。突如の出来事に思わず、腕を覆う堕天使。あまりの熱さに耐え切れず、退いて距離を取る。そして、堕天使の蟀谷に汗が滴る。それはこの朱炎の熱気によるものであり、息を飲むのも許さない恐怖に駆られていることもあり得る。
炎が散開し、1人の姿が現れる。朱色の鎧を纏う、兵藤一誠である。黒いアンダースーツの上に朱色の装甲を纏っている。両手の甲に緑の宝玉が埋め込まれており、腰にもベルトが付いている。籠手の方も変身前よりもスマートになっており、俊敏性に特化している。
横に水色の三本線が走る、格子の隙間を通じて、一誠は3人の堕天使を睨みつけていた。しかし、口端はつり上がっている。
「バカな…! “龍の手”じゃなかったのか!?」
「事前調査が甘かったようだが、最初は籠手さ。だが、そんな鈍らな飛び道具ごときで俺を倒せると思うなよ?」
「ちっ、人間風情が!! 舐めるな!!」
やや笑みを含めた調子で、一誠は煽りを見せる
堕天使は吠える。人間と堕天使は相異なる存在、そして後者が上級の存在と彼らは主張しているように見えた。
「バッチこい!!」
龍の咆哮を放ち、一誠は一度、宝玉にタッチする。
『Boost!』
ミッテルトが一番に立ちはだかる。小柄な身体を生かして、俊敏な動きで一誠を惑わそうと試みた。
いや、惑うことなく一誠は前に進む。脇に槍を突き出されては握り、ミッテルトの到着地点に先回りする。そして、額に手を翳し、デコピンを仕掛けた。
『Explosion!』
空気を大きく震わす、一発の鞭打つ音。
「~~~~~~~~!!」
頭蓋骨が割れるぐらいの威力。彼のデコピンは普段でも威力が高いが、倍加を発動したことで、威力も倍になる。普段よりも響きの良い効果音が鳴る。脳震盪を起こし、彼女の視界が揺らぐ。同時に、強烈な痛みに思わず涙を流しそうになった。しかし、一誠はデコピンをもう一発食らわせ、向こうの幹までに彼女を大きく吹き飛ばす。
別に女子を苛めることが好きではない。だが、最低限の手段としてデコピンは使う。しかし、堕天使などの人外ならば話は別だ。男女関係なく、人外ならば常人以上の腕力でダメージを与え、懲らしめる。
ミッテルトが撃破されたことに驚愕し、激高するドーナシーク。大柄な身体つきで飛び出し、パワーを活かして攻撃を仕掛ける。槍を棍棒のように持ち、大きく振り回す。
「オ~ラオラオラオラオラァッ!!」
「ぐおお――っっ…!?」
常人では到底不可能な、目で捉えきれない速度の連続打撃を一誠は繰り出す。どこから現れたかわからない、無数の拳がドーナシークの胴体を捉え、槍を壊すことも欠かすことなく一点集中で命中させる。体格的に余裕があるにも関わらずダメージを受け、最後の一発で彼は吹き飛ばされて歩道上を滑っていった。
「ドーナシーク…!!」
次にカラワーナがかかってくる。3人の眷属の中で遠距離攻撃を得意とする。空中に浮かび、掌で魔力を増幅し、それを地上にいた一誠にぶつける。さらに、数発の魔弾を放ち、周囲も無差別に当て続ける。
煙に覆われて、地面が見えない。予測以上の事態のため、普段よりも高出力で放った。これぐらいの攻撃ならば、彼でも持ちこたえられるはずがない。
しかし、カラワーナの確信はやがて絶望へと変わる。
『Explosion!』
「なにっ!?」
音声の後、何かが風を切って迫ってくる。
「ぐあっ…!」
一閃の光弾が腹部に命中し、飛沫を上げるように煙が勢いよく舞う。この時一度、上半身を下に向けてしまった。腰を上げれば、目の前に光弾が迫っていた。無論命中し、地面に叩きつけられる。
ミッテルト、ドーナシーク、カラワーナ。いずれも瞬殺され、地を這いつくばっている。それでも、一誠がいるとされる煙を殺気を込めて凝視している。そして煙の中から、微動もしない朱色の鎧が現れる。しかも、高出力の連弾を受けたにも関わらず、相変わらずの輝きを見せている。
「わかっただろ? お前ら三下共に俺は殺せない。命が惜しかったら、このまま冥界に去れ。お前らの上司にお灸でも据えられてくるんだな」
先程の小馬鹿にした口調ではない。自ら命乞いを受け入れると、警告する口調になっている。実力差を見せつけられたレイナーレ達の誰もが、悔しさのあまり、苦虫を潰したような表情になっている。特に傍観していたレイナーレは噛み締めが強いために、口端から血が下顎を伝って滴り落ちている。
「必ず殺す…! 覚えていろ!!」
レイナーレは夕麻の面影を全く見せない、憤怒の表情で自ら姿を消す。3人の部下も同じように退散していった。一誠の周囲には黒い羽が舞うだけで、静寂が走る。しかし、鴉の羽としか彼には見えないため、魅力的には感じられなかった。
「懲りない奴…」
『Reset』
籠手にタッチし、変身を解く。しかし、この時の一誠の表情は安堵で満たされている。
『いいのか、逃しても?』
『…まっ、これでいいだろ。別にSって訳じゃないけどあれだけ苛めりゃもう襲ってこないだろうしな。それに、ホントは堕天使だろうが人外だろうが誰とも仲良くなりたいってのが本音だ』
穏やかな口調で、一誠は言う。
『人外どもと友好な関係でありたいだと? そんな楽な話が実現すると思うのか?』
『実現してみせる。じゃなきゃドライグ、今頃俺はあんたが嫌いになってたぜ?』
ドライグ―神器である“赤龍帝の籠手”に憑依するドラゴンであり、“赤龍帝”である。なお、その二つ名は一誠自身も指す。一誠が彼と念話で話すのはもう15年も経つ。ただ、“赤龍帝”の宿主として覚醒した当時は、一誠が生まれて間もない頃だった。一誠が人間と人外―主に悪魔もしくは堕天使―を見分ける癖がついたのは、彼のおかげである。
このまま彼と雑談をして帰宅しようと歩き始める。しかしそれは束の間の話ですぐに立ち止まり、一誠は深く溜息を付く。
『どうした、一誠?』
「はぁ…。おいドライグ、今度は絶世の美悪魔がお出ましだぜ」
「!!」
一誠の台詞に反応したのか、ゆっくりと森から影が現れる。流れる血のように赤い長髪を振り撒く美女。“2大お姉さま”の1人、リアス・グレモリーであった。一誠の直感どおり―時折ドライグがそれを匂わす発言を何度もしていたが―、リアスは悪魔であった。と言っても、学校ですれ違うざまにそのような気配を覚えていたことは否めない。
「グレモリー先輩、こんばんは。あのティッシュ配りは先輩の手回しだったんですね」
基本的に、一誠は誰に対しても苗字かつ、『さん付け』は欠かさない。また、年上の人に対して敬語を使う。懐からティッシュを取り出し、チラシを広げてみせる。これは占いについて書かれており、全体に渡って大きく、魔法陣が描かれている。初めて手にとった時、僅かな魔力を感じ取っていた。
そして、一誠は解釈する。これは、この世界で言う110番のように使うのだと。実際、一般人には気づかないが、今回のような事件が起こった際に悪魔が転送されるという仕掛けである。でも、一誠にはただの紙にしか過ぎなかった。
「でも、俺は大丈夫ですよ。俺は俺なりに防犯対策してるんで。それじゃあ」
「待ちなさい」
すぐにリアスに呼び止められた。腕を組み、彼女は目を細めて凝視することで、警戒していることを示している。
「貴方は一体何者なのかしら? 人間なのに堕天使を圧倒するなんて…。それにレイナーレという堕天使、あれでも上級に匹敵するものなのよ?」
「企業秘密…、なんて言ったらどうします?」
一誠は冗談で言ったつもりである。しかし、リアスの視線が更に鋭くなる。本心を見せぬ一誠に対して、一方的に警戒心を強めている。
「真面目に答えてくれないかしら? それに貴方、私の正体を見破っていたわね。場合によっては、貴方を危険人物と見なすわよ」
「やけに物騒じゃないですか、グレモリー先輩。でも外国人にしては日本語うますぎるなぁっと思ってました、正直」
「それだけで分別が付くとは思えないのだけど?」
『なんて粘着質な女性なんだろう』と、一誠は思った。確かに悪魔であるリアスからは、脅威的な存在だと思われても無理はない。しかし、特に話しかけられなかった人に対して、すぐに掌の内を見せるのも一誠には許しがたいことであった。瀬戸際で思いつめた末に―
「シュワッチ!!」
「うあっ…!! あがぁあああ!!」
一誠は“必殺光線”を放った。リアスは突如頭を抑えこみ、悶始める。脳を締め付けられるような痛みに加え、半端の見せない脱力感を覚えていた。まるで、目の前で黒板を引っかかれ、無理にそのノイズを聞かされているようである。
何故なのか。それは一誠の“必殺光線”の効果である。しかし、一誠は光線を出していない。籠手のみを展開したとしても出せる代物ではない。理由は一誠のその姿勢によるものである。一誠は“必殺光線”を出すための、あるポーズをとっている。それは勿論、腕を十字に組むことである。
“十字に組む”――そのフレーズから連想できるのは1つ、それは十字架。そして、リアス達悪魔の天敵の1つは、神の力を得た十字架。リアスにはこの2つが重なってしまい、このような結果になってしまっている。ちなみに、階級が高かろうが低かろうが、十字架は油断禁物の天敵であることに変わりはない。
それにしても“必殺光線”の真似をしているというのに、人間にしか見えない悪魔がそれで本気で苦しみ悶えている。なんともシュールすぎる光景である。
「シュワッチ!!」
「ぐっ…! やや…、やめ―」
しかし、さらに一歩前に出る。
「シュワッチ!!」
「ひゃっ…!!」
痛みに耐えかね、ついに膝をついてしまう。
もう満たされたのか、何くわぬ顔で腕を解いて踵を返す。リアスは冷や汗をかき、息を切らしているために『待って』の一言もしゃべることができない。一誠は帰宅するために数歩歩く。
―からの、リバースからの―
「シュワッチ!!」
「めゃっ…!!」
“必殺光線”を繰り出すことに飽きを感じない一誠。感覚を通じて傍観していたが、ドライグは溜息を付くほどに呆れ返っていた。
『おい相棒、いい加減にしないか。これ以上遊んでいると悪魔が蒸発してしまうぞ』
「…おっと、また変なモードに入っちまった」
『誤魔化すな、なんだ変なモードとは…。―それに、俺にはあの堕天使のように危害を加えようとしてはなさそうに見えるのだが』
「…、まぁ悪魔なだけで苛めるのも難だしな。遊びすぎました、すいません」
ついにポーズをとるのを切り上げ、ペコリと倒して謝った。リアスは頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。ジロリと睨んだ状態で。
「急に…、何するのよ…」
「いや、正当防衛のためにダメもとでやったつもりですが…、まさかこんなシュールな展開になるとは…。フフッ」
動揺していると思えば、そっぽを向いては微かに笑っていた。混み上がる可笑しさを堪えているようで、リアスはそれを見逃さなかった。
「ちょっ…! 反省してないでしょ!?」
「でも秘密明かした後、あの堕天使のようにドスってされそうだし…」
自分の手刀を先ほどの光の槍に見立て、刺される素振りを見せる。大袈裟なボディランゲージを見せては、リアスは慌てて否定し始めた。
「一緒にしないでくれるかしら!? 貴方の命を狙ってはいるわけではないわ!!」
しかし、一誠はわざとらしくも茫然とした様子で一瞥するばかりだった。
「えっ…? さっき『お前を食う』って」
「捏造しないで!! それに食うなんて、グレモリー家を始めとする上級悪魔は、そんな残酷なことしないわよ!!」
この時、一誠の表情が驚愕で包まれる。わざとらしいが、この驚きぶりは劇画並みであった。
「何…だと…?」
「信用されてない…!?」
完全に一誠のペースに飲み込まれたリアス。しかし、負けじと突っ込みを入れてくる。なんとも憎めない人物だと、一誠は思った。駒王学園におけるリアスは、朱乃と同様、才色兼備で常に冷静な方だと謳われている。悪魔だと知っていた一誠には、テレビで見たようにえげつない正体を醸しだして人を食べているのではないのかと、―何とも突発した想像だが―思っていた。実際、一誠が遭遇して倒してきた悪魔はその通りである。だが話してみれば感情が豊かだったことを知り、別の意味で安堵した。
ふと公園の時計台を見かけた。その時、一誠の表情がすぐに狼狽に変わった。
「ちょっ、私をそんな顔で見つめないで!」
「ああっ…!! しまった!! もうこんな時間かよ!! 帰らねぇと『LOOKLOOKタイム』が始まっちまうぜ!!」
慌てた様子で一誠はこの場を後にしようとする。
「ちょっ…!? 待ちなさい!!」
「シュワッチ!!」
花よりテレビ。美女よりテレビ。一度“必殺光線”でリアスをひるませては、一誠は悪魔でも見えぬほどの早足で去っていった。
リアスは一度、学校で一誠を見かけては今回の事件に遭遇することを予感していた。そこで眷属をティッシュ配りに変装させて、一誠がレイナーレに接触する前に配ったわけである。万が一襲われたときに駆けつけては、眷属にするのが目的である。
しかし、事態は一誠によって一変する。圧倒的な力で堕天使を撤退させたためである。ちなみにリアスが駆けつけたのはちょうどその時である。鎧を纏った一誠を見たのは、ほんの一瞬でしかない。それについて情報を聞いた上で自分の眷属として迎え入れるつもりだった。しかし、一誠のペースに巻き込まれ、挙句の果てに情報の1つも得ることができなかった。
「…いいわ、兵藤一誠君。私は貴方について知らなければいけない。もし強力な神器を持っているなら、絶対に私の眷属にしてみせるわ」
1人、決意した表情で呟くリアスであった。
ちなみに、野球の試合が深夜まで延長されたために一誠の見たかった番組は突如切り捨てられ、部屋のベッドの上でしばらく枕を涙で濡らして『グォォォォォォン…!!』と悶えていたのは別の話である。
※6/25 DVDの件のギャグを改訂。
※9/24 夕麻(レイナーレ)との初対面の会話を改訂。
※10/23 前半部などを改訂。