Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
一誠の歩みが止まった。レイナーレは『してやったり』と不気味な笑みを絶やさない。ピタッ、ピタッと何かが滴り落ちる。突き刺した槍の柄を赤い血が流れる。
アーシアは仮面を被ったままの状態で、思わず口元を塞いで悶絶していた。流子は、言葉をまともに話せないまま、目の前の光景に呆然としていた。
だが1つ妙なことは、一誠の表情は相変わらずだったことである。足を開いて直立したままで、身震いもしていない。苦悶に満ちた表情ではなかった。
「うぅっ!?」
レイナーレは利き手に激痛を感じた。反射的にそれを見れば、自分が生み出したものではない光の槍が、掌を貫き、大木の幹に刺さっているではないか。切り裂いたような音のもとはそれだった。一方生み出した方の槍はカランと地面に落ち、粒子化して消え果てた。訳がわからない。だが、同族の仕業であることは確かである。
「俺の担当はここまでだ。後はあんたが
肩越しに、呆れた表情を見せる一誠。
一誠はあえて何もしなかった。
アーシアが助かった今、これ以上懲らしめる必要が
ここで危険人物と見なして処理するよりも、現実を見せて彼女の心を一度壊した方がいいと考えていたのだ。そして、夜空から羽ばたく音が聞こえて来る。夜空に3体の影が重なる。
「お前さんか、俺の名を騙って悪さをしている輩はなぁ?」
黒い翼を広げて、中年の男性を思わせる堕天使が地に立つ。背後には白い礼服を身に纏った、護衛らしき2体の堕天使が立っている。レイナーレはその姿を見て、表情が青白い戦慄に染まった。漆黒のタキシードを纏う男はまず一誠に声をかけた。
「よぉ一誠。待たせて悪いな」
「アザゼルさん、どうも。ちょうど終わったところなので」
堕天使総督、アザゼル。肩書の通り、堕天使全てを司る男である。レイナーレが崇拝してやまない人物の内の1人であり、犯行に至った動機でもある。実際、レイナーレとの初接触の後、アザゼルに報告していた一誠。アザゼル本人は彼女を見ては苦笑していた。
「アザゼル…、様…!?」
まさか人間風情と偉大なるお方が協力関係だったことに驚きを隠せない。
アザゼルは怒っていた。自分の友を、自分が所属する堕天使に殺されかけたということに溢れるほどに憤怒している。レイナーレは一誠をよく理解していなかったのかもしれないが、別に彼を特別扱いするつもりはない。
問題なのは一誠のみならず、無関係の人達―特に神器持ち―に危害を加える、もしくは殺害を犯してきたことだ。ちなみにサーゼクスから緊急の電話が掛かって以来、普段は職務をサボりがちの彼がネクタイを締め直し、今となって真剣に取り組むようになったのを見て、殆どの幹部は異口同音に『ギアが入った…!』と慄いたらしい。
アザゼルはレイナーレの前に歩み寄り、そのまましゃがみ込んで睨みつけた。
「お前、自分のしたことがわかってんのか?」
「私は…ただ…、アザゼル様の、ために―」
「ほう…。お前さんの気遣いというもんで、三大勢力の戦争がまた起きてしまってもか?」
声を落とし、狐のように鋭い目でレイナーレを威嚇する。彼女は「ひっ」と甲高い悲鳴をあげて、喉が詰まるほどの恐怖を覚える。
「ここ駒王町ってとこはな、ある上級悪魔の一族が管轄している敷地なんだよ。それをお前みたいな馬鹿が好き勝手に暴れでもしたらどうなるか…、部下はわからなかっただろうな…。これはお前の独断専行なんだからよぉ」
「アザゼルさん、記憶に無いと…」
実のところ、万が一としてアザゼル本人も関わっていたのではないのかと加味していた。たかが万が一である故に、信憑性は皆無であるが。アザゼルは用心深い一誠に苦笑いを見せた。
「おいおい、それは違うぜ一誠。記憶に無いんじゃなくてな、ンなもん元からありゃしねぇんだ。俺はボケ始めたわけじゃねぇぜ? そりゃ、結局は俺もこいつも、この護衛2人も、堕ちた天使の端くれだからよぉ。…だが、結託を破って事起こすほど、さらに深く堕ちる奴の気はしれねぇなぁ」
情けないような笑みから、レイナーレには零下に冷たい視線を向けた。心臓を鷲掴みにさせるような迫力を醸し出していた。
「それと、最後に報告すべきことは1つ。サーゼクスやミカエルと話した上でお前らの処遇は決まっている。危険分子として発見次第、上層部及び提督の俺が処理するとな」
「そ、そん…な…」
死刑宣告とも呼べる言葉に、レイナーレの表情は絶望と化した。彼女の中では、築き上げた代物の何もかもが崩壊してしまった。彼女が尊敬するアザゼルに顔を向けられたくて、一生懸命に仕事を全うしたはずである。全ては堕天使のために、神器持ちの人間を探し出し処理したはずなのに…。結局は憧れの人物に裁かれることになるとは…。死よりも恐ろしい絶望とはこの事なのだろうか?
事態が落ち着いたと見たのか、アーシアと流子が駆けつけてきた。
「一誠さん、このお方は…?」
「堕天使提督のアザゼルさん、俺の恩人の1人だ」
「んなっ…!? マジかよ…!」
流子にはもはや訳が分からなかった。堕天使が自分達の敵、と思いきや知り合いに堕天使が含まれているとは…。また提督と聞いてすぐには飲み込めなかったが、トップだと気づくと再び驚きの音を上げた。しかし、思考が追いつかないのは仕方がないことである。
「2人もかよ」とニヤリと、何かを含めた苦笑をアザゼルは向けていた。
そんな中、一誠は何かを思い出したのか、辺りを見回した。
「そういえば、こいつの下っ端は…? 確か3人もいたはず…」
「ああ。そのことなんだがな、誰かに既に処理されちまったみたいだ」
「…!!」
アザゼルの言葉に、レイナーレは思わず目を大きく見開いた。一誠も僅かに動揺を見せた。
彼は一度、上着のポケットに手を突っ込み、レイナーレの前に持ち込んで広げた。掌から風に乗って落ちてきたのは、3枚の羽だった。一見しただけでは相違ないものだが、レイナーレには見分けられたらしい。
今頃、一欠片も残っていないのだろう。
「あ…。ああ…! ああ…!! ああぁぁ――!!」
そのためか、身に詰まるような悲鳴を上げ、眠るようにしてそのまま意識を失ってしまった。
「レイナーレさん…」
悲壮な表情でレイナーレを見つめるアーシア。残忍性を秘めた事をしでかしたことはわかっている。取り返しの付かないことをしたとも理解している。だが部下思いである一面が垣間見えたことで、純粋な心を持つアーシアは同情的になってしまうのであった。そのまま彼女はレイナーレの怪我の手当をしてあげ、立ち上がったアザゼルが半歩下がって首で指図すると、2人の監護が彼女を拘束した。「俺は後で戻る」と伝えると、監護は彼女を連行して飛び立っていった。
「そういえばここに向かう途中、夜中だというのに一点が光って見えたのさ。しかもあれからは得体がしれねぇ何かを感じた…。ひょっとしたら神器の一種かもしれんな」
アザゼルがやや慄いた様子で話す。一誠達には目の前の光景、およびはぐれ悪魔祓いの雄叫びと殴打で聞き取ることは出来なかった。
『俺も何かと強大な力を感じ取ったぞ。この森の何処かからだ』
ドライグも口を開けた。はぐれ悪魔祓いとの決闘の最中、彼もまた大いなる気を感じ取っていたようだ。
レイナーレの部下の消息途絶については、堕天使側としたら『手間が省けた』程度にしか思えない。加えて、同情の眼差しを向ける義理などない。
先天性の神器持ちは人間でしかいない。しかし、一誠には人間でしかない。覚醒させたろうがさせていまいだろうが関係ない。だからこそ、レイナーレ達の凶行はあまりにも腹ただしい。
「おい、あの手品効いてなかったんじゃねぇのか?」
「俺は魔術なんてちょっとしか触れたことがないしな…。でも、並みのものじゃないだろう、そいつは」
「兵藤みたいにな」
元々勘のいい流子が一誠に尋ねると、それなりに彼は答える。
「待たせたわねイッ――うううっっ…!?」
その後、リアス率いるオカルト研究会が登場した。しかし一誠達の前に現れた途端、その4人は頭を押さえ、呻き声を上げてバタリと倒れてしまった。4人共仰向けでスライディングしてくるではないか。リアスと朱乃は胸囲もあって絶世の美顔を擦ることはなかったが。このギャグ的な展開に、一誠と流子は思わず転けそうになった。
「ええ――っっ!? いきなりどうしたんですかっ!?」
アザゼルがどうしたことかと呆れていたが、よく見れば4人とも失神しているのでアーシアは慌て出す。
「あっ、やっと来たか。アルジェントさん、この人達は悪魔だ。またはオカルト研究部。でも、悪いやつじゃない」
「悪魔…。…はぁっ悪魔っ!? 平然と答えてる場合かよ!?」
平然とした状態で答える一誠。『別にたいしたことじゃない』的な、そんなSな面を覗かせる彼に突っ込みを入れる流子。
「だから悪いやつじゃないって」
「あああ――悪魔なんですか!?」
それにしても、何もめでたいものなどここにはない。リアス達が外にいる上、屋根の上にある十字架は死角にある。原因がさっぱりわからず、ただ見ているだけでしか出来ないアーシアは只々慌てるだけである。何も神の加護を受けたものなどここにはないのに、どうして彼女達は今にも死にそうな表情を浮かべているのだろうか?
「それよりアーシア、いつまでそのカッコなんだよ?」
「えっ…、ああっ!?」
「まず、その禁手らしきものを解除したらどうなんだ?」
「はうっ…! でもどうやって…、これでしょうか…?」
順に流子、アザゼルの言葉で、ふと手の甲に見つけた宝玉にタッチした。
『Reset』
鎧が光に包まれ、アーシアが現れる。その途端、悪魔達は内にある空気を全て吐き出した。
「あっ治まった」
「よかった…!」
一誠は思わず今ある状況を口に出し、アーシアは安堵していた。
「まさか…、アルジェントさんの禁手が悪魔を圧倒するとはな…」
『
ドライグは、彼女の禁手の能力を名前から解釈したのだった。
“神器”といえど、別に全ての種類を目にしただけで悪魔が苦しむわけではない。事実、リアス達オカルト研究部で唯一、それを持つ祐斗がその例である。だが、アーシアの“聖母の聖衣”から放たれる光は、下手をすれば悪魔を滅ぼしかねない強力な光を放つ。敵には効果的だが、無関係の悪魔達には大災害である。将来、使う状況が限られてしまうだろう。
だが、アーシアの話を思い出す。“聖母の微笑”は傷を治すが、あまりにも神聖なるものであるために本来ならば悪魔に行えば最悪の場合、浄化されてしまうに違いない。だが何故、アーシアは遭遇した悪魔を治す事ができたのだろうか。ドライグが何かを悟ったか、「まさかな」と唸ったことが気がかりだった。
「これじゃあ、いつもは使えないだろうな…」
「大丈夫です。滅多な時にしか使いませんから」
アーシアは控えめな笑顔で答えた。そして流子もドライグも、「何故
「堕天使総督のアザゼル…!」
「おやおや、現ルシファーの妹のお出ましかい。だが残念だったな。既にレイナーレはこっちが回収済みだ」
アザゼルとリアス達の睨み合いが始まる。リアス達は敵対して構えをとっているが、アザゼルはやれやれと肩を竦める。
数十分遅れて、リアス達は教会の敷地に入っていた。彼女の眷属達―特に祐斗―の説得によって、リアスは僅かに悪態をつきながらも責任を果たさねばといざ鎌倉をしたわけである。無論、既に処理済みばかりであり、戸惑いながらも先を進み、今に至る。
「なぜ貴方が…!」
「俺が前もって依頼しておいたんです。無関係の市民を無差別に殺している堕天使の集団がいると」
一誠の告白に、リアスは驚きを隠せない。当然だろう、極普通の人間が堕天使総督と知り合いなのだから。
「てか言ったでしょ。『堕天使側でもお世話になっている知り合いがいる』と。アザゼルさんも、サーゼクスさんと同じく付き合いが長いので」
「勝手なことを…!」
以前に言ったのだが、それ以上の動揺を顔から見せていた。やはり百聞は一見に如かずというのだろうか。
リアスは一誠の発言に驚きながらも、悔しさのあまり歯をかみしめていた。だが、一誠には蚊帳の外の出来事でしかない。
「それでは、俺達はこの辺で」
「待ちなさい。そこの貴方達3人には正式に入部してもらうわ」
「…はっ?」
とりあえず一言の挨拶を残し、流子とアーシア、アザゼルとともに家路を渡ろうとした一誠。しかし、あまりにも一方的な要求をつきつけられたことに納得が行かず、一歩進んだところで立ち止まった。
一誠が放つ前に、流子が怒気を込めて言い放った。
「おい3人って…、私もか!? どういうことだよ!?」
「言葉通りよ。イッセーの言葉は嘘八百ではなかったわ。でも堕天使側との繋がりを持つことを知った以上、このまま黙認するわけにはいかないわ。これは悪魔には重大なことよ。そして纏流子にアーシア・アルジェント、貴方達もよ」
「はぁっ!?」
こじつけもいい加減にしろと言いたいばかりである。むしろ、駒王学園に通わず、教会に属するアーシアもそう申されたことに、一誠も納得がいかない。だが、リアスは威厳―むしろ傲慢―を込めた態度で言い放つ。
「まさか、その子の神器も禁手に至るとは予想外だったわ。でも、悪魔を滅ぼしかねない力を秘めているとわかった以上、野放しにはできないわ」
「勝手に話を進めんな! それにアンタら悪魔のこととかよくわかんないけどさ、別にそう決まったわけじゃねぇだろ!?」
リアスの言葉に、流子は強烈な口調で反論をする。
「貴方の価値観ではそうでも、私達には脅威でしかないわ。ところで、貴方も堕天使に襲われながらも、素手で立ち向かおうとしたそうね。その心意気も気に入ったわ。女に相応しくない話し方でしょうけど」
「…てめぇ、そのムカつく顔に一発ぶちかましてやろうか?」
リアスの癪に障る態度は、流子には毒だったようだ。特に女の雛形に掛けられる口振りには、火薬になりかねなかった。今にも殴りかかりそうだ。確かに彼女の言葉は絵空事ではない。アーシアの神器は使い方次第では脅威になりかねない。サーゼクス達に大きな迷惑を掛けてしまうだろう。だが、眷属になるという、アーシアの人生と人権を束縛することには一誠には納得がいかない。
リアスの能力を知っている以上、近づけさせる訳にはいかない。一誠はかなり下と見ているが、魔力を使えば極普通の人間では太刀打ちはできまい。腕で制され、流子は納得がいかない状態で自らの怒りを押さえ込んだ。
「纏さん、アルジェントさん、アザゼルさん、帰りましょう」
「…そうだな」
「ちょっと流子さん!? 一誠さん!?」
再び家路を渡ろうとする一誠。
「待ちなさい! まだ話は終わってないわよ!」
逃す訳にはいかないと、眷属達の制止を無視し一誠達に駆けつけた。やむを得ない場合は“滅びの魔力”を厭わない。悪魔化させてしまえば、万が一身体の何処かしらを失っても―アーシアの神器は欠損を再生させる力はない―、眷属に転生させれば回復力もかなり上がるのだから。
シュワッチ!!
だからこそ、一誠は“必殺光線”を放った。
「がぁああ――っっ!?」
約束事といえるように、頭を抱え始めるリアス。
「…はっ?」
「全く、サーゼクスの野郎。シスコンの癖して碌な教育をしてやらなかったな。いや、元々ああだからか」
流子も見たことがある。小学生に見ていたあの光の巨人の必殺技のポーズである。急に何したかと呆れかけ、そしてリアスの苦悶を目の当たりにして唖然としている。訳がわからん。アーシアも呆然としている。一方で冷静なままのアザゼル。彼にはシスコン――妹思いならばそれ相応の教育を施すものだと思っていたらしい。だが、シスコンだからこそ、サーゼクスの性格上甘くしているに違いないと考察する彼であった。
今度こそは『殺そう…』と聞こえてくるかもしれない。なぜなら“必殺光線”のポーズを解こうとはせず、常にその状態のままで彼女を見下ろしていたからだ。
「部長、俺は何度か言ったはずです。悪魔側に偏るつもりはありません。堕天使側にも天界側にも、俺は偏るつもりはありません。俺は一、人間として生きたいので」
「そんなこと…、人間の貴方にできるはずが…」
辿々しくもいその言葉を放ったが、リアスは急に背筋を強張らせた。よく見てみると、腕を解いた一誠は今にも食い殺すと言わんばかりに視線で威圧していた。まさに赤い龍のドライグそのものに意識ごと憑依されたかのようだ。リアスは「ひっ」と思わず慄いてしまった。
「…人間を舐めるな、無能王」
「!!」
「…それでは、失礼します」
何故か宥めることはしない部員を一瞥し、警告を込めた一言を残す。次こそはと一誠達はこの場を去った。ちなみにこの後、アーシアは教会内に残されたシスター服に着替えている。確かにあの薄い格好では夜中ではまだ寒いだろうし、刺激が強すぎるだろう。
***
この後、流子は飽き足りぬほどに、リアスに対する愚痴を湯水の如くこぼしていた。中身は「これ放送コードギリギリじゃね?」、「言い過ぎですよ」と順に一誠、アーシアが宥めるほどに酷であった。リアスの横柄な態度は確かに酷かったが、別に根の悪い性格ではないだろうとアザゼルは助言する。
家路の途中、公園の前でアザゼルが立ち止まり、アーシアに声をかけた。
「アーシア」
「は…、はい…!」
「お前が持つのは“聖母の微笑”、からの“聖母の聖衣”…。どんな種族にせよ、いかなる怪我でも完全に治すことができるが…肉体的な疲労もしくは病気の完治は不可能…。だが、こんなに心が良さそうな子から奪っちゃ、嬉しくとも何ともないだろ。…俺の監督不行届のために、こうなっちまってすまなかったな」
「い…いえ!」
アザゼルが頭を下げた。神器に興味はあるものの、わざわざ強奪してという横暴な手段は取らない。提督としての心構えの1つである。リアスがいう提督、すなわち高位にあたる存在を目の当たりにし、緊張しているアーシア。彼が申し訳無さそうに謝るやいなや、アーシアは慌てて宥めた。
「あの…、レイナーレさんは…」
「処分は俺達堕天使陣営の会議で決めるが、刑罰は重いだろうな。あいつの行為は冥界も人間界も揺るがしてもおかしくはねぇ」
「そうですか…」
悲痛な思いでレイナーレの処分について尋ねたが、アザゼルの返答で肩を落としたアーシア。レイナーレが連れて行かれた以上、もはや彼女が対処できる範疇にない。
「アルジェントさん…?」
「私…、レイナーレさんを救ってあげることができませんでした…」
取り返しの付かないことをしたとはいえ、結局救えなかった悔しさに涙を浮かべるアーシア。なんとも優しすぎる。その様子に流子は戸惑ったものの、優しげな笑みを浮かべて肩をポンと叩いた。
「そんなに気を落とすなって。私達がいるからさ」
「流子さん…」
アーシアは流子に顔を向ける。そして一誠にも顔を向けた。
2人はアーシアを咎めることはしなかった。酷い目にあった流子でも、忘れてしまうほどに因縁が無に近づいていった。一誠も、彼女の意志を考慮した。
アザゼルに連絡が入ったらしく、彼は後処理を行うために冥界へと戻っていった。その後、話はアーシアがどこに住むかという話になる。帰国する手段だが、アーシアの職から察して、そこまでのお金を持っているようには思えない。
「ところでさ、これからどうすんだアーシア?」
「えっ…? そうですね…」
あの戦いで、教会はもはや住処にはならないだろう。むしろ、生活環境が整っていないかもしれない。だが、野宿は彼女には酷であろう。まず、一誠が声を上げた。
「じゃあさ、俺の家はどうだ? ちょうど1つ部屋が余ってるから―」
「いやダメだろ!!」
「なんで?」
「お前なぁ…。そりゃ…、男の家に女子連れ込むなんて…」
一誠の実家は一世帯住宅だが、部屋が余分に残っている。ホームステイの一環だと誤魔化して住む環境を手配しようとした。だが、実家にせよ男の家に女を連れ込むなど流子が許さなかった。一抹の不安を抱いていたらしく、不問に終わった。
「…だよな…。じゃあ纏さんは?」
「無理言うなよ…。私マンションに住んでるからさ、家賃がバカに高くて仕方がねぇんだ」
絶句した。
立ち止まった。
流子の顔を見た。
「なんだよ」と流子が怪訝そうな顔を向けると、一誠は豆鉄砲を撃たれたように呆けていた。
アパートじゃなくてマンション…? 何そのリッチなスケバン…?
「何だって…? お前マンションに住んでるのか?」
「なんだよ、おかしいのかよ!?」
流子は思わず前に詰め寄る。
「いや、学生がマンションで一人暮らしだなんてリッチにも程があるだろ」
「豪華なわけじゃないが…。そりゃ、姉さんが金持ちだからな…」
「マジで?」
流子の家の話で思わず盛り上がりかけたが、いつの間にかアーシアを放りっぱなしにしかけていた。まずはアーシアの住み所を探さなければ。
「とりあえずだ、アルジェントさんが野宿だなんてそんなのさせ―」
「流子ちゃ――んっっ!!」
何の前置きもなく、風小僧が3人の前を遮った。
「きゃあっ!?」
「…はっ?」
「…えっ?」
いや、アーシアだけに掛かっており、歓喜に満ちた表情の誰かに抱きつかれていた。一誠も流子も突然のことに呆然として顔を見合わせていたが、その正体は2人も知る友人であった。
「も~う会いたかったよ流子ちゃん! 中学卒業してサヨナラバイバイして、高校に入学してからのテニス部に千本ノックされてもうどうなるかと思ったよ~!! うわっ流子ちゃん!? 髪長くしたの!? 金髪に染めたの!? カラコンもつけたの!? どうしよう! 流子ちゃんが知らぬ間にリアルガチな不良になっちゃったよ!? こんなの違うよ!! 真っ赤なメッシュがないと流子ちゃんじゃないよ!! 道を踏み外しちゃダメだよ流子ちゃ~~ん!!」
「はうぅぅぅぅ~~」
再会を喜んでいるのか、おかっぱ頭の女子はアーシアに頬擦りをしている。そして、外見に目を疑っては―別人、アーシアだということに気づいていない―、悪の道―勿論、流子本人にはその意志はない―に踏み入らぬように説得させようと頬擦りを再開している。この行き過ぎたスキンシップに対しアーシアは蒸発させる程に顔を真赤にさせ、何も返せずに混乱している。
まさか、流子がいない時もああなのかと思ったが、考えないことにした。彼女の性格もあってかなかなか終わる様子がないので、一誠が声をかけた。
「あの、満艦飾さん…、その人纏さんじゃない」
「えっ? ……あれっ流子ちゃん!? 一誠くんもいたんだ!! 二人ともお久し――ぶぉっ」
今度は一誠達に抱きつこうと飛び込んできた。だが一誠も流子もサッと回避した。弾丸並みの速さで接近してくる彼女のタックルを受けてダメージを受けたくないとのこと。地面に顔をぶつけ、ゴロゴロと転がっては吹き飛んだ。だが、一誠と流子は知っている。
――俗にいうマコ補正が、常に発動していると。
ところで、この住宅街に一世帯住宅と併設された医院がある。そこに満艦飾一家が住んでいるのだが、一誠達はその家族の長女――満艦飾マコとは友達であった。特に流子の場合は、晩御飯の時にはいつも世話になっていた。その家に泊まったこともある。ちなみに通ったのは中学まで同じだったが、現在ではマコは近くの県立高校に通っている。それでも駒王学園並みの難易度だが、どういうわけか推薦で受かったそうだ。
能天気で1つ頭のネジが抜けた性格は相変わらずだ。だが、日常の時の息抜きの相手としては上出来だった。どんなに理不尽なことに不満事があっても、マコの行動で馬鹿馬鹿しく思えてくるのである。
「酷いよ2人とも! よけるなんて!」
「ったく相変わらずだなぁマコ。大丈夫かアーシア?」
自滅したものの、痛がる様子もなしに立ち上がってプンプンと頬を膨らませて抗議した。相変わらずのマコに苦笑して肩を竦めるも、流子はアーシアに声をかける。まだ顔が赤いままだが、仲が良さそうと知ると冷静になっていた。
「は…、はい…。この方は…?」
「俺達の友達だ。かなりのお調子者だけどさ」
「そうだよ!」
マコが一誠の言葉に賛同すると同時にアーシアの前に現れる。用意周到すぎる振る舞いにアーシアは戸惑ったが、一誠達の友達となるといい人だろうと納得した。それに、マコ自身も受け入れてくれているようだった。アーシアは立ち上がり、笑顔で挨拶した。
「どうも初めまして。アーシア・アルジェントといいます」
「えええっ!? お人形さん並みに可愛い外国人の女の子が流子ちゃんのお友達!? わたしは満艦飾マコ! お会いできて嬉しいよ! ナイストゥミーチュー、ハウアーユー!?」
「はうぅぅぅぅ~~!?」
さっとアーシアの手を取り、握手するマコ。だが、新しい友達ができたことに歓喜しているのか、腕をドンドコと激しく振っては彼女の姿が大きく縦に揺らぎまくっている。
「ちょっ、満艦飾さんストップ…!」
「マコッ…!! 腕振りすぎでアーシアが目を回してるっ…!!」
2人は慌ててマコを止めた。
そんな混沌と化した再会を経て、3人はマコの自宅に向かっていた。マコ曰く、『折角再会したんだからごちそうしてあげるよ!』とのこと。その言葉を聞いた刹那、流子は苦笑する。一誠も『ああ』と納得したかのような顔を見せている。アーシアはそんな2人の様子を見て首を傾げた。
雑談しながら歩いていると、『満艦飾医院』という看板が視界に入った。ドアに近づくと、鍵ごと壊すような勢いで扉を開けた。
「父ちゃん母ちゃん! たっだいまぁっ!!」
「おう! 帰ってきたかマイドーター!」
「あらお帰りなさい」
嵐のように現れた、中年太りの眼鏡を掛けたマコの父――満艦飾薔薇蔵。そして、向こうの部屋から母親――満艦飾好代がお淑やかな声で答えた。そして、地を鳴らすほどの足音を立てては、ドコドコと駆け下りてくる弟――満艦飾又郎とブルドッグの飼い犬――ガッツ。
「ようねぇちゃん! おおっ、流子の姐御に一誠の旦那じゃねぇか!!」
「ガッツガッツ!」
「全くよぉ、極道みたいな呼び方はやめんか又郎。てか旦那ってなんだ旦那って」
高校2年のマコに対し、まだ小学6年の又郎。だが、父の影響で任侠映画を見ていたのか、呼び方が極道そのものである。
「おお来てたのか二人共!」
「どうも、失礼します」
「それと――おおっ!? そこのブロンド髪の子はぁぁっ~…!!」
「えっ!? あの…?」
一誠の挨拶を聞き止めながら、薔薇蔵がアーシアを見つけると眼鏡を光らせた。涎を垂らすほどに口を酷く緩めてはよなよなと近づいてきた。だが触れる一歩手前のところで、彼の両側の蟀谷に何者かの親指が突き刺さった。
「あ〜な〜た~?」
「ギャア~ッッ!?」
背後では晩御飯を作っているはずの妻―どんな若作りをしているのか、どう見ても一誠達と同い年にしか見えない―が普段から見せる笑顔を絶やさずに、親指をグリグリと蟀谷の中にねじこんでいく。あまりの激痛に、夫は劇画になるような表情で断末魔の叫びをあげていた。
それにしてもこの画、どう見てもあの漫画のあの技にしか見えない。
「はっ、かあちゃんいつのまに!? とうちゃんお陀仏だぜ…!」
「ガッツガッツ~!」
怯えながらも南無阿弥陀仏と手を合わせる又郎。それに応えるかのようにガッツが鳴き声を上げる。
満艦飾一家は何故か、これほどにもテンションが高い。混沌の域に入るほどに。ひょっとしたらこの人の力で悪魔達をねじ伏せられるのではないかと。
「なんか…、ごめんな」
流子は苦笑してアーシアに謝る。あまりの混沌さ―それこそ満艦飾一家の良さなのだが―に、彼女は戸惑ってばかりかもしれない。だが、アーシアは困惑するどころか微笑んでいた。
「いえ。とても面白いご家族ですね」
そうか、と流子は納得した。流子も、アーシアも家族というものを知らない。流子も満艦飾一家、兵藤一家に世話になる事があり、温かみを感じていた。碌でもない学生生活を送っていたが、彼らとの交流で茨道への越境を何とか回避していた。
アーシアも喜ばしく、羨ましく思っているのだろう。流子はそう思った。その思考を他所に、背中からマコに押されていく。
「おっ、おいマコ…! 押すなって…!」
「さあさあ3人共入って入って! 母ちゃん、3人前追加だよ!」
「あらあら。今日の食卓は賑やかになりそうね♪」
「かはっ…!!」
「うおっ…!? とうちゃん無事かぁぁっ!?」
妻の魔の手から開放されたが、今にも魂が抜けるかの状態で薔薇蔵は地に落ちた。又郎もガッツも駆けつける、そしてアーシアも駆けつけた。わざわざ手を握ってまで心配してくれる天使の出現に、目が潤んだ状態で復活する薔薇蔵であった。
そして、晩飯の時間、メインディッシュは“わけのわからないものが入っている”コロッケであった。コロッケにしては何やら突出しているものが見かけられたのだが、どういうわけか美味だった。当初は声には出せず、躊躇すらできない一誠と流子であったが、今では大好物の1つである。アーシアも普通に食べてみた―ちなみに箸は使えた―が、美味であった。
それからというものの、ガッツが流子の分を横取りして彼女から折檻を受けたり、一誠は「やっぱ家族っていいな」とやけにおっさん臭い台詞を言ったり、マコがアーシアの断りなくしてやたらとコロッケを何十個も与えてあげたりとやたらとカオスな光景が続いた。別に一誠も流子も嫌ではなく、むしろそれこそ満艦飾一家の良さと言うべきだろう。
ところで、アーシアの箸が止まっていることに気づいた好代。不安な表情で彼女の様子を窺う。ざわついていた空気が突如静まり、誰もがアーシアのほうに顔を向けた。あるものはコロッケを口に持っていった瞬間、あるものはブルドッグをブランブランと荒れ狂うように揺らしていた瞬間、あるものは達観した表情で見届けていた。
「どうしたのアーシアちゃん? やっぱり、お口に合わなかったかしら?」
「いえ…。家族ってこんなに温かいものなんですね…」
アーシアは微笑んだままだが、彼女の目から涙が溢れていた。喜ばしさの反面、自身がどれだけの孤独を過ごしていたかを実感した瞬間であった。
「そうなんだ! 逆だよ母ちゃん! 母ちゃんのコロッケが、アーシアちゃんの瞳に嵐を呼び起こしたんだよ!!」
「あら、そうだったの♪」
「いや、どう見たって嵐ってわけじゃないけどな…」
だが、マコの解釈は斬新な視点から行われた。流子の突っ込みを他所に、一誠はドッと後ろに転がり込んだ。
「あったりめぇよ! 母ちゃんのコロッケは世界一、いや宇宙一だかんな!!」
「おうよぉ、とうちゃん!」
「ガッツガッツ!!」
薔薇蔵も又郎もガッツも、うんうんと頷いて愛する妻(母)のコロッケを絶賛していた。
「そうだよねアーシアちゃん!」
「はい…」
「そうよアーシアちゃん。でも、どうしたのかしら? いつまでも泣かれたら私はどうすれば…」
「あの、すいません。実は、アルジェントさんには親がいないんです」
「えっ?」と満艦飾一家の視線が、挙手する一誠に集中した。一誠はその気迫に戦きもせず、アーシアのことを話した。途中からアーシアが引き継いだ。勿論、神器のことなど彼女の未知なる力については伏せておいた。顛末を話した結果、満艦飾一家の反応がどうだったかは、言わずもがなだった。
「アーシアちゃん…!!」
「きゃっ…!?」
「酷いよ!! そんなのあんまりだよ!! 理不尽すぎるよ!! アーシアちゃんは悪くないのに!!」
「マコさん…」
マコは直ぐ様、アーシアに抱きついた。彼女の涙は消防車のホースのように噴射されており、この部屋中を満たすのではないかの勢いだった。
「そうだったのね…、かわいそうに…。一人でよく頑張ってきたわね…」
「ぐぅぅぅうっ…!! こんな可愛子ちゃんが、ここまで過酷な過去を一人で背負ってたなんて…!! 泣けるでぇっ…!!」
「クッソー許ざねぇ…!! きれいで優しいシスターの姉ちゃんを見捨でるなんで…!! ぜってー祟ってやるぅぅっ…!!」
「ガッツガッツゥゥゥッッ…!!」
好代は口を塞いでは涙ぐみ、薔薇蔵と又郎、ガッツは握り拳を作り、滝のように涙を流し、それを蒸発せんばかりの炎を瞳に焚き付けていた。
「あっ、そうだ!!」といつの間にか泣き止んだマコが、満面の笑みを浮かべた。すると顔をじっと見て、マコはふと思いついた提案を口にした。
「それじゃあアーシアちゃん! わたしたちと一緒に住もうよ!」
「「え゛っ」」
一誠と流子の反応が、吃り具合も重なっていた。満艦飾一家は4人に加えて1匹の犬で構成されている。加わるとしてもさらに窮屈になるばかりである。神器持ちが一般家庭の家に住むことで、彼らに危険が及ぶかもしれない。ただ、一誠が実家に連れ込もうとしたこと、流子とマンションに住むこと、何れも無関係の人達を巻き込んでしまっている。どっちもどっちであった。
「それでいいよね母ちゃん!」
「ええマコ、私も大歓迎よ。アーシアちゃん、私達に何も気兼ねの必要はないわ。流子ちゃんの次に家族がもう1人増えて、もっと楽しくなるんだもの」
「「うんうん!」」
好代の懐は深く、すぐに了承してくれた。薔薇蔵も又郎も大きく頷いている。そんな満艦飾一家の姿を見て、一誠と流子は次第に安心感を募らせていった。この人達ならなんとかなるだろうと、次第に心に塵が積もっていき確信に迫っていく。これこそ彼らの強みなのかもしれない。
「ありがとうございます…!」
アーシアは涙ぐみながらも、頭を下げて感謝の言葉を放った。彼女の新たな拠り所が決まった瞬間であった。そこは、家族としての温かみを感じられ、自身もその中に溶けこむことができる、なんとも趣のある絶好の場所だった。アーシアは心の中で十字を切り、何度も主に感謝したのだった。
「こうなったらお祝いの唄を歌おう! せぇの、よ~にげ~のうた~♪」
「いやいや呪われるわ!」
全く内容的におかしい唄を歌い始めるマコに、流子の突っ込みが入った。こうして、満艦飾一家の食卓が再び盛り上がるのであった。
一誠に対する流子の追求(何時頃から人外達と付き合っていたか)、アーシアの処遇(駒王学園に通うか否か)については、次話に回すつもりです。
どうしよう…、アーシアをもマコ補正しかねない…(ガチ震え)