Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
これを聞くと愛馬で駆け巡りて大陸を旅する、あの子孫の勇ましい姿が思い浮かばれます。
森の中では雑草を踏み、外に出ると砂利を踏んでは一誠達の前に現れた青年。
学ランの上着のポケットに両手を入れたまま、青年は笑みを浮かべていた。その彼は一誠を見続けており、達成感に満ちたかのようだった。だが某の人々と比べ、気迫が感じられた。一誠は目を細めてじっと凝視していた。流子は感じたことのない気配に背筋をくすぐられている。オカルト研究部の一同はすぐに体制を整えて警戒を強めるが、未知数と評価するほどの迫力を感じ取り、蟀谷には汗が滴っている。だが一誠は警戒していなかったのか、心身ともに冷静であった。
「あんただったのか、教会にいたのは」
一誠の問に対し、「フッ」と軽く鼻を鳴らすようにして笑った。
「ならどうする?」
「別に、どうもこうもしないさ。ただ聞きたかっただけだ。あの時どうして教会にいたのかは知らないけど、どうせ俺みたいに堕天使に狙われたからなんだろ?」
掌を見せ、攻撃の意がないことを示す一誠。そう簡単に敵と見なすには単純すぎるからだ。青年は一言も答えなかったが、口端を釣り上げてみせた。
「烏とは言え鷹の見込みはあったが、この聖槍の前では只の烏にしか過ぎなかったがな」
「聖槍…?」
曹操は背中にかかる棒状の代物を指さす。聖槍の名を聞いた途端、オカルト研究部の一同は一度驚いては疑念の眼差しを見せてきた。
「聖槍ですって…!? あの甚大な力を持つ神器を貴方が!?」
「黙れ」
リアスの横槍に腹を立て、曹操の口調が低くなる。曹操に合わせてか、靡く風の当たりが強くなる。葉の掠る音も大きくなる。
「蝙蝠風情めが。私に減らず口を叩くことを許したか?」
冷めたかのような視線を、4匹の
「何なんだ…、こいつの迫力は…?」
流子も同じだった。様々な不良男子に対してメンチを切ってきた彼女でも、ここまでの気迫は一誠以外には誰もいない。人間技ではなかろう。そんな時、一誠は軽い溜息を付くと待ったをかけようとした。一誠でも面倒な出来事をこのまま見通すわけにはいかないのだった。勿論、今の出来事ではオカルト研究部に罪はない。
「貴様の神器は――『
「ほう、意思を持つ神器か。さすれば、君にはなかなか見込みがあるではないか」
一誠の左手の甲が光り、ドライグが話しだした。それを察知した曹操は興味深く眺めており、徐々に覇気を収めていく。
「なんだそれ? ドライグ、知ってるのか?」
「まあな。あの総督の趣味がここで役立ったわ。あれは神をも貫いた、最強の“神滅具”だ」
「なんだって? じゃああんたよりもやばいってことなのか?」
「かもしれん…」
およそ二千年前、イエス・キリストの処刑後に生死を確かめるために一本の槍が彼の身体を貫いた。その兵士は目に病を患っていたが、イエスの血は槍を伝ってはその目に零れ落ち、視力が劇的に回復した――そんな逸話が残されている。その槍こそが聖槍であり、無論神の加護が関わっている。それ故に槍から発せられる光は悪魔をも祓い、己に従う力さえも備わっている。
一誠よりも強力な代物を持つことに、ドライグに尋ねた流子は驚きを隠せない。神器のことなどよく分からなくともドライグの台詞ですぐに納得してしまう。だが一誠は警戒云々よりも別の話題に興味を持っていた。
「じゃあさ、禁手はできるんだな」
「はっ?」
一誠は突如軽い口調で尋ね、流子は拍子抜けした。
「禁手。何を言うか。英雄を志す私には出来て当然だ」
「本当か!?」
『うぉぉぉい!? 童心に帰っている場合か相棒!?』
先が読めたドライグ。早速、目を輝かせ興奮しかねない一誠を諌めた。全く警戒心がないのだ。流子もオカルト研究部もその様子に呆れ果てていた。曹操はどうしたことかと自問するばかり。
だがいつもの出来事である。どうせ今にも禁手化させて、その容姿を拝もうという魂胆なのだろう。
「だが今回はそのつもりなどない。私の禁手は下手すれば、一度の輝きで小奴らを灰に帰しかねん。下の下に限る話だがな」
曹操の言葉に、オカルト研究部の一同は悔いに満ちた表情を浮かべる。
どうやらアーシアの禁手と同じ素質を持つそうだ。宿主を包む鎧は神の加護を受けているためであり、悪魔をも全滅しかねない。曹操自身も無駄な犠牲や被害を払いたくはなかったのだった。
「そうか…、なら仕方がないな…」
「おい兵藤、お前ガキじゃねぇんだからよぉ…」
悪魔には耐性がないとはいえ、曹操の禁手化が見送りになったことに一誠は酷く落胆するばかり。曹操に背を向けては項垂れ、あまりのどんよりに流子は諌める事もできずに「大丈夫か…?」と引くばかりであった。
「ところで、君の名は何という?」
そういえば名前を名乗ってはいなかった。流子が僅かに驚くほどにすぐ立ち直り、身体を曹操のほうに向けた。
「そうだった――俺は兵藤一誠だ」
曹操は「兵藤一誠か」と反芻した。
「私の名は曹操、後漢時代の豪傑の子孫だ」
凛とした声で、学ランの青年――曹操は名乗りをあげたのだった。
「そうそう…。……何だよ纏さん、やけに湿気た顔して」
「……うっせ! そっち顔向け!」
「おい」
無意識に洒落を言っていたらしく、ジト目で流子は見ていた。理由を聞こうとしたが、照れ隠しで無理に顔の向きを戻された。愚痴を零そうとしたが、意識は曹操を名乗る男に再び向けられる。
曹操――後漢時代の中国において、名を轟かせた武将の1人である。司法、兵法、そして芸術性に優れており、文武両道と称しても過言ではない。一誠は過去に見た歴史漫画でその名と彼の活躍を僅かに覚えていた。
「マジか?」
「私は真しか言わん」
「それじゃあ、中国から来たのか?」
「無論だ。剰え故郷から各地を旅してきたのだ」
堂々と武将の孫を名乗ることに、少々胡散臭さを覚えるだろう。一誠はただ淡々と聞くばかりだった。曹操の服装は学ランだが何処かしらに漢服を彷彿とさせる装飾が施されていた。転生、もしくは平行世界、という言葉が一誠の脳裏に一瞬浮かばれた。だが、なんてことはないだろう。一誠自身は勿論経験はないため確信は出来ないが。
「兵藤一誠――今更の話ですまないが、私と1つ手合わせをしてもらう」
「手合わせ?」
それは一度戦ってみるということなのだろうか。流子の表情も厳かになる。
「ああ。底知れぬ覇気の元を掴めた故、この手で確かめてみたい。小奴らでは君には退屈凌ぎにもならなかったようだな」
「よせよ。俺は戦闘狂なんかじゃない。それに、これはちょっとした茶々事でしかない」
曹操は群がる部員達に蔑むような視線を一度見せた。実際はデコピンで勝負をつけただけである。赤龍帝の力を発揮しないどころか、一度も拳を握らないままであった。だが曹操がこの場に足を踏み入れた要因は一誠の存在であることに変わりはない。だが何故そこまで彼を付け狙うのか。
1つは人外に圧倒できるほどの戦闘力。いくら下級の者でも、只の人間が太刀打ちなど不可能である。堕天使は光の槍を自分で作り出して扱うことができ、自ら黒い翼を展開しては滑空することも可能である。悪魔も魔力の扱いに手慣れたものが殆どであり、リアスの滅びの魔力といったようにあらゆる形で発動することもできる。一誠の場合はこれらに対しても手慣れた様子で圧倒してみせた。
もう1つは神器。曹操との共通点であり、その戦闘力次第で使い勝手がよくなるのだ。一誠も曹操も禁手に至っており、うまく使いこなせてしまっている。ちなみに禁手化した一誠の活躍ぶりを、あの時木陰で曹操はじっくりと見物していたのだった。
この2点を踏まえ、曹操は確信した。『こいつはかなりの強者だ』と。
「俺はあんたと戦うつもりはないさ。悪いけどな」
「そうか。ならば――」
断った一誠。だが一言で足を引く曹操ではない。
手元に2本の旗を持たせ―
「フッ…!」
「うおっ…!?」
無声音の掛け声とともに、一誠に2本の先端で突きを入れてきたのだった。一誠は流子を抱えては彼の後ろに跳躍したのだった。咄嗟とはいえ、流子はこの行動で『ひゃっ…!?』と普段らしからぬ、女の子らしい声を発していた。
着地し流子を下ろすと、振り向きざまに怒声を放った。
「何すんだ…!」
「三下共に売られるのは飽食気味でな。だが、やっと見つけた。君の貫禄を垣間見せてもらうぞ。来ないならば、私から仕掛けさせてもらう!」
2本の旗を手元に。片方をステッキのように掌で軽く振り回し、先端を一誠に向けては構えに入った。その目からして闘気が備わっていた。流子に「下がれ」と、オカルト研究部とともに離れるように言い放つ一誠であった。
曹操は突きを繰り出し、一誠は腰を曲げると同時に一歩後ろに下がっていく。何度かの突きの後、それに繋げる形で一本の旗で横に靡いてきた。だが後に倒れることで一振りを回避、それからというものの、地面に手をついて蹴りを入れるも柄元で防がれる。一誠は体勢を戻し、今度は自分からと手刀を仕掛ける。
曹操が再び旗で防ごうとするがその手で一誠は掴み、真横から拳を回しこむ。それに対し曹操はもう1本の旗を地面に突き刺し、腕で防いだ。やはり素手でも腕は立つようである。
刹那、一誠が掴んでいる方の旗を放られ、咄嗟に彼はそれを両手で受け止める。
「…!」
思わず一誠は驚いてしまった。その質量全てが一誠の掌に伸し掛かる。強い磁石に引かれるようにして、甚大な力が地面に近づこうとしている。一方で曹操は突きを仕掛けてくる。これほどの重さの旗を、身軽な動きで疲れたら一溜まりもない。ところが一誠は上手である片手を逆手に持ちかえる。端を地面に立てて
旗を曹操のいる方へと倒しては高飛びの要領で勢いをつけ、蹴りを入れる一誠。だが片手で立てられた旗で防がれる。一誠は跳ねては距離を置き、曹操はもう1本を受け取った。
「何なんだその旗…! かなり重くないか…!?」
一誠は尋常ではない質量をその旗から感じ取ったため、まだ驚愕したままだった。一度でも気抜けすれば地面に穴が開いてしまうのではないのかと思わんばかりだった。
「これか。先代から受け継がれた代物の1つでな、私を含む先祖の血を引く者は誰しもこれを使いこなすことが前提だったそうだ。だがこの旗を持ってしても私の動きを読み取るとは、君も凡人ではあるまい」
曹操は両手に旗を掲げたまま両腕を広げては疾走する。そして、飛び上がった。
この時、一誠の脳裏には『ワイヤーアクション』の一語が思い浮かんだ。アクション映画のように、空中移動とは異なるものの、足を動かずして宙に浮きながら移動してくるではないか。同じ程度に旗を真上に挙げ、落下と同時に地面に振り下ろしてくる。後に仰け反るが、その元は僅かにクレーターを作ってみせた。
それでも攻撃を絶やさない曹操。再び宙をかけては繰り出す鋼鉄の旗を手で受け流しながら、一誠も足を浮かせた状態で後退していく。結局は無意識でも、一誠もワイヤーアクションを繰り広げていたのだった。もはや流子はともかく、オカルト研究部の一同さえも、予測やら理解やらをも通り越していた。人間がここまでに力を発揮し得るものなのだろうか。
ある時片膝を付いて着地した一誠、だが近づいた曹操が旗を垂直に閉じてくる。この手段で挟み込むつもりなのだろう。だが彼はのぼりのかかる部分を撫で、真下に押しその勢いで逆立ちし背後に回り込んだ。今だと言わんばかりに、手の甲は曹操の端正な顔を狙う。
曹操は旗を捨て、素手で掴んだ。今度は素手で勝負である。互いに打撃や足蹴などと連弾を重ねるが、グラウンド上を移動しながらもラリーが続く。一誠は徒手空拳、曹操は中国拳法と素手でも異なる攻撃手段、一度も当てられぬまま―
「シッ…!」
いや、隙を見ぬいた曹操はその無声音の掛け声とともに、一撃を繰り出す。拳の嵐を潜り抜け、一誠の顔に近づく。流子もオカルト研究部も駆けつけようとその気でいた。
だが、その拳1つ程度の間隔を空けた状態で止まる。風が吹き、一誠の前髪を靡かせた。だが、一誠の手刀がいつの間にか曹操の首元に向けられていた。
「兵藤一誠、本気を出さなかったな?」
暫くの沈黙の後、笑みを含めた曹操が口を割った。曹操と同じく真剣だった一誠の顔にも綻びが現れる。
「そういうあんただって、英雄を名乗るんならこの程度じゃないだろ?」
実のところ、一誠は微かな歓びを覚えていることを悟っていた。それこそ赤龍帝の力による闘争本能が応えたのだろう。曹操自身も、この力比べに満喫していた様子だ。
「すまなかった」
「いいや、俺も正直楽しかった」
曹操と一誠は固い握手を交わした。曹操曰く、互いに相手を重んじる礼儀の1つだという。勝負が終わると知ると、流子達が駆けつけてくる。
「全く、ヒヤヒヤさせんじゃねぇって…」
「なんだよ纏さん、ビビってたのか?」
「うっせ…!」
茶々話をする一誠と流子を一瞥し、曹操の視線はオカルト研究部に向けられた。ここで
「貴方、本当に何者なのかしら…?」
「貴様らもこの顛末を活目したはずだろう。私は曹操の子孫だと」
「とぼけないで。いくら偉人の子孫でもこんな絵空事などあり得ないわ。それよりも貴方、本当にイッセーだけが目的で駒王町に来たつもりなの?」
執拗に尋ねるリアス。だが、凡人と見なされた彼女の問に曹操は答える気などなかった。
「負け犬の遠吠えか? ……無様だな、酒肴としては実に不味い」
「貴方…!」
別にリアスを相手にしたわけではないが、彼女の覇気というものを手に取るように理解していたのだった。だが事実であろう。一誠と互角ならば、すなわちオカルト研究部では歯が全く立たない。この事実も明らかになる。激昂しかけるリアスを他所に、曹操は地面に転がる2本の旗を拾い上げ、砂埃を払うと瞬く間にしまった。
「兵藤一誠、私達は再び相まみえることになるだろう。その時にまた会おう」
一誠に一言告げると、曹操は森の中へと消えていった。堂々と去るその姿はまさに英雄そのものだった。
「あの野郎…、兵藤並みにわけわかんねぇやつだったな」
「絶対に拝んでやるからな、あいつの禁手を…」
「まだ懲りてなかったのかよ!?」
流子が突っ込みを入れるも、諦めてはいなかったようである。
『ぐぉぉぉ~ん…!!』
「おいドライグ、遠吠えはやめろ」
ドライグも哀れみを込めた遠吠えを上げる始末である。
「兵藤君、大丈夫なのかい?」
「全然。今日の分のトレーニングにもなったし」
「全く、君には敵わないよ…」
平然と応える一誠に対し、駆けつけた祐斗も苦笑するだけしかできなかった。
「ところで木場さん、ゲーム頑張れよ。暇が空けば俺も手伝いに来るからさ」
「了解したよ。それじゃあ特訓の件よろしくね」
「おう」と返事した一誠は一言挨拶を残し、流子とともに家路を渡っていった。一応流子には特訓の手伝いをすると伝えておいた。だが、本来のオカルト研究部など特訓という言葉などあるわけではないゆえに、流子には胡散臭く思われるだけだった。
後残されたオカルト研究部は自覚した――これではライザーには勝てない、もっと強くならねばならないと。一誠が去った後、重く溜息を付いた、リアスを除く一同。
「なんてこった…。僕達の力が効かなかったなんて…。あの曹操という人物も気になるけどね…」
「……痛かったです。あんなデコピンなんてもう御免です」
「でも私達はようやく理解したんですもの。このままでは勝負が目に見えていますわ。当日の対策を考えましょう。祐斗くんも小猫ちゃんも私も、そして部長も」
朱乃の台詞の最後の部分に、リアスは思わず驚きの音を上げた。立場が逆転したかのようだ。副部長であるはずの朱乃が今、この場を仕切っている。祐斗も小猫も、じっとリアスの方を見ていた。だが、どうも真剣で心配しているようだった。
「部長も日頃頑張ってもらわないといけませんわ」
「ちょっ…! それは一体どういうことよ!?」
「勿論ライザーも部長も同じ前線に立つんですもの。それなりに特訓をしてもらわないと。いくらあの一誠くんには歯が立たなかったとはいえ、失礼ですが部長、貴方が最短ではなくて?」
1本目のナイフがリアスの心にグサリと突き刺さった。だが朱乃の台詞は事実である。
祐斗は瞬発力、小猫は1度目のデコピンに耐えられる怪力、朱乃は雷でと、僅かばかりだが何とか持ちこたえてみせた。だが、リアスの場合は魔力を早速発動してはたかがデコピンでかき消されただけだった。
「……部長、正直かっこ悪いです」
「ここ――小猫ちゃん!? 貴方なんてことを…!?」
2本目のナイフが心にグサリ。ポーカーフェイスを示す小猫の表情を見るだけではわかりにくいが、主にあたるリアスに対して正直期待していたのだ。そして今では、何とも情けないと失望している。再びリアスは小猫に対して、『ちゃん』をつけて名を呼んでしまった。
「流石に僕もフォローできません。すいません部長」
「その謝罪は何!? 皆して私をいじめたいの!?」
3本目のナイフも心にグサリ。眉毛を八の字に曲げ、申し訳無さそうに苦笑して頭を下げた。何故謝られたのかリアスには理解できず、ただ自分が惨めな存在として扱われていることに憂いを覚えただけ。
「でも、これは貴方のためなのよリアス。もし結婚が嫌なら、主の貴方がそれなりの本気を出してもらわないと。私達眷属は主である貴方に勿論ついていくわ。でも、貴方も私達も一人一人の生き物なんだから」
「ううっ…」
四面楚歌――リアスの視点からしてはまさにその状態であろう。だがその言葉で締めてはいけない。主を思ってのことである。その証拠の1つとして、朱乃は副部長としてではなく、同学年として対等な態度を示したのである。
朱乃達眷属も努力はするものの、結果としてはリアス本人に現れる。それ故に、何度も言うが彼女本人にもそれ相応の努力をしてもらわなければならないのだ。家族の誰からも手を貸してくれない今こそ、それを逆手に取ってグレモリー家に評価してもらえるチャンスともいえよう。一誠自身も協力しないとは断言はしなかった。時間は短い見込みだが、特訓にも付き合ってくれるのだ。意見を取り入れる面でも重要になるだろう。
リアスは眷属達の言葉を聞き、一度は落ち込んだ。だが一秒一秒と立つに連れて、とうとう部長としての頭角を表そうとしていた。覚悟を決めたリアスはパッと目を見開き、眷属達に目配りする。
「よし――いいわ! 明日から特訓よ! 絶対にゲームに勝ちましょう!」
こうして、リアス達の集中強化週間が始まろうとしていたのだった。
***
曹操は一誠と手合わせができたことで満足していた。駒王学園を後にしてから、街中を歩いている。世界を股に掛けてきた彼は、様々な文化に酔いしれたり、楽しんだり、時には怒ったりしていた。愛馬である絶影で駆け巡るなどして、各地を旅していた。ビル街の元を歩き、辺りを見回すと視線が書店に向けられる。あらゆる世代の者達が足を踏み入れ、書物を手に取り知識を貯めこむという極普通な店である。自動ドアの縁を跨ぎ、何気なく足を踏み入れた曹操。
そんな極普通な店に対し、表情が怪訝になっていく。まるで俗物を目の当たりにしたかのように。
その足は徐々に、漫画雑誌が置かれている本棚に運ばれていく。接近するに連れ、唸り声がゆっくりと大きくなっていく。その瞳は怒りに満ち溢れていた。
―何なのだこれは!?
激怒のあまり、曹操は心の中で絶叫した。
なぜなら、その表紙には『曹操』がいたからだ。自称ではなく、はっきりと『曹操現る!』と見出しが描かれていた。
――中華風の服を着こなし、だが破廉恥で胸元が肌蹴ている女子の隣に大大と。
いやいや、そんなはずはない。何かの間違いだ。
何かの間違いであってほしい。
曹操は何とかと怒りを抑え込み、自分自身に問いかける。まさか、容易く自らの柔肌を醸し出すほどに愚かなこの女子が、具現化された我が先祖ではあるまい。その思いを胸に表紙を開き、パラパラと斜め読みを実行する。
―先祖、我が先祖はどれだ…。
右へ左へページを見やり、必死の思いで先祖を探す。趣のある漢服を身に纏い、常に先見の瞳を見せるあの勇ましい姿を。
だがページが進むほど――左開きの冊子をめくり続け、左手に載せられるページが増加することに比例して、曹操の心はふつふつと沸き立っていた。母とともに偶然通りかかった年長の男子に指されて涙目を見せられるほどに、曹操のしかめっ面が濃く変化していた。
――女! 女! どこを探しても女!
どこにも先祖らしき人物が見当たらない。何かの間違いではないか?
何度も往復して一からページを捲り続ける。そして、とあるページに目が留まる。一度、その登場人物が『曹操』と呼びかけるシーンがあったためだ。その元を辿ると――表紙の通り、明らかに女だった。
一体どういうことなのだ…。曹操は一度虚空を見上げると、怒り狂う猛犬のように唸り始めた。
性転換――近頃のアニメや漫画などでよく取り扱われている手法の1つである。学校の授業で受けるその通りに、歴史というものは動向や人物など様々な面で頑ななイメージが思い浮かばれるだろう。そこで性別を男から女に変え服装も可愛く、もしくは色気づいたものにすることで特に若者達に受けている。
だがその内の1人の孫に当たる曹操には、先祖に対しての冒涜としか見なしていなかった。威風堂々たる英雄が、こんな望まぬ形で女々しいものにデフォルメされているのだ。今にもその本を握りつぶすか、元すなわち出版元を炙りだして聖槍で全滅させてやろうかと、露骨な思想が湧き出しかけている。
そんな最中、サッとその雑誌が横から取られていく。ちなみに、元々2冊が重ねて置かれていた。
「おおっ、今月号もたまんねぇぜ…! 見ろよ! おおっ、この子なかなかでけぇ~!」
「俺だって今持ってるっつぅの! じっくり見させろって…!」
眉間に皺を寄せ、心身ともに震えながら顔を左に向ける。
曹操の隣では松田と元浜が例の雑誌を手に取り、性欲を発揮していた。2人も最新号を買うために、下校途中で寄り道をしてきたのだ。表紙を見るやいなや、心が踊っていた。いくらかと妄想に耽けており、目つきも女豹を狩る獣と化していた。
だが、元浜は背筋が震えるのを感じ取った。何者かにくすぐられているかのようだった。ゆっくりと右を見ては驚愕し、松田の肩を何度も強く叩いた。「なんだよ」と半ばキレ気味に返事をしたが、彼も右を向くと赤から青へと顔色が変わっていく。
学ランを着た仁王が睨んでいたからだ。
「貴様らァァァ…!」
「ええっ!? ちょっ…! なんで、なんでこいつ怒ってんの!? てかなんで俺達が怒られてんだよ!?」
「知るかよ!? てかあんた今朝の…!? や、やらねぇぞ…!? 同じ趣味だってイケメンばかりには譲れないなぁ…!」
松田は混乱している。何故彼は激怒しているのか、そしてその矛先が何故自分達なのか。元浜は曹操の顔を見ては驚き、同じ趣味を持っているのかと譲れんばかりに本を背中に回した。悪友の一言で松田も思い出す。
「小童どもめが…! 一物を取ってまでも我が先祖を愚弄したいか…!」
「知らねぇよ…!? 先祖とかいろいろ何言ってんだよ…! さっきから全く意味分かんねぇぜ…!?」
「そうだよ! 中二病!? 中二病かあんた!? でもなぁ、残念だろうが無念だろうがイケメンはイケメンなんだよぉぉっ…!」
松田や元浜からして、彼の言葉はあまりにも支離滅裂の度合いがすぎていた。この2人組でも同じことなのだが。そんな中でも茶々騒ぎを聞きつけては、様々な人々が雑誌の本棚を凝視していた。野次馬に付き合ってはいられまい、そう察した曹操は松田と元浜の襟首を掴みあげた。
「貴様ら少々付き合ってもらおうか…。隅々まで講じてやらねばわかるまい…!」
「はぁっ!? 講じる!? 何を!?」
講じるという言葉に対し、過敏に反応した元浜。折角授業から抜け出せたというのに、こんな初対面の男性と勉強するというのか。
「愚問だな、私の先祖に決まっているだろう!」
「冗談じゃねーよ!? 後で帰宅してから念願の今月号を拝むんじゃい! あんたよりもこっちの曹操ちゃんに―」
「問答無用!!」
松田の台詞に刺激され、怒気が更に膨れ上がる。狼狽してはジタバタと足を振り回す2人を他所に、乱暴に地面を踏み分けては店を出ようとする。こんな時、待ったをかけたのはレジにいては一部始終を見届けていた店員だった。
「あ、あの、お客様っ…! 困りますよ、お金を払ってもらわないと!」
曹操が立ち止まる。そういえば松田と元浜は我が物と、雑誌を抱えている。本筋ならば無理にでも雑誌を戻してもらうのだが。
2人を片手に持ち替えては後進してレジの前に戻る。懐からお金を、切り札を放つかのように札束をレジに叩きつけた。その額、10万円。雑誌2冊分の値段の100倍にあたる金額、学生からしては破格の大金を叩きつけられたのだ、松田も元浜も店員も唖然としていた。
「釣りはいらん!!」
「はっ、はい…! ――あっ、おっ、お客様っ、お客様ぁぁっ…!」
曹操の覇気に怖気づき、店員は遠慮することもなく返事をするだけだった。勿論1万円だけ差し引いてお釣りと残り9万円を返すのが本筋だということはわかっている。我に戻った店員は酷く狼狽し、引き留めようと曹操達を追った。だが、店を出ると彼らの姿は既に消えている。
曹操唯一の弱点――それは英雄たる先祖が貶されれば己の理性が暴走することであった。
それからというものの、松田と元浜にじっくりと煮こむようにして講じた後、「あんな下賤のために私は…!」と10万円をなくしたことに酷く落胆する結果に終わった。
というわけで曹操さんにつきましては、元から一誠側につくつもりです。
一誠、アーシア、そして曹操さん、さらには(間接的ですが)某公立高校の生徒会長の次に、一体どのような強者が待ち受けているのか、乞うご期待。