Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
誠に申し訳ない…。
「驚いたよ。まさか、君がリアス達の特訓に付き合うとは意外だ」
グレモリー邸。自身の髪の色と同色の赤紅を基調とした西洋風の書斎で、凛とした声が響く。
サーゼクス・ルシファー――血のように赤い長髪を持つ美丈夫の彼こそがリアス・グレモリーの実兄、または現魔王の1人である。魔王の名前としてはルシファー、シトリー家が享受するレヴィアタン、アスタロト家が享受するベルゼブブ、グラシャラボラス家が享受するアスモデウスと、四種も存在する。
グレイフィアを傍らに待機させ電話をかけていた。一誠が暇な時にオカルト研究部と付き合うとのことで相談を持ちかけてきたのだ。サーゼクスとしては意図が異なる事項である。彼からしては一誠が今回の話に手を貸す気などないと見込んでいたからだ。
「まあいいだろう。別にゲームに参加するわけでもあるまい、普段通り君が勉学に励むならばそれで良しとしよう。ただ、1つ私の問に答えて欲しい。ちょっとした確認さ。何故、急にリアスの特訓に付き合う気になったんだい?」
笑みを消し、現当主たる真剣な表情で一誠に問う。以前手を貸す気を見せなかった為に、不自然に思われるのは当然だろう。何かイカサマをしようとしているのか、だがサーゼクスも一誠も曲がったことを好まない。ならばリアスが同情を掛けてきたとか。流石に彼自身もやりかねない故、確認を取ってみた。
受話器から溢れる一誠の声を聞きながら頷く。納得したかのように、次第に顔が綻び始めた。
「なるほど、そういうことかい」
このままサーゼクスは頷きながら聞き続ける。何らかの不正を犯そうとしていないことは理解できた。
一誠の件以来、近頃のサーゼクスはリアスに対して厳格な態度を取るばかりであった。リアスが直訴しに彼の書斎に入り込んだ際、例えば、『助言はするが他はしない』と言い放ったのだった。更には『もし結婚が嫌ならば、グレモリーの名を捨てる覚悟でライザー君に見せつけて来なさい』と、呆然とする彼女に容赦なく、厳し目の一言で釘を刺したのだ。
一聴する限り、遠回しに結婚しろと脅迫をしているかのように聞こえる。だがあくまでこれは、リアスの被害妄想でしかない。甘え上手になったのは彼に責任がある、それ故にグレモリーの名に頼らず何処まで抗うことができるのか、心を鬼にしてリアスおよび彼女の眷属に試練を課せなければならないという魂胆故の行動である。
「勿論さ。私も功を奏することを願っているよ、魔王たりとも兄だからね。では是非とも可愛い妹達をよろしく頼むよ」
厳しい姿勢を見せるばかりのサーゼクス。だが兄として期待を寄せていることも事実である。一誠の返事に頷くと、穏やかに受話器を置いた。
「ベオウルフ」
「……全くサーゼクスの野郎、人使いが荒いもんだ」
まるで盗み聞きを承知していたかのようなタイミングで、ドアの方を向いてその男の名を呼ぶ。金髪碧眼、顎にかかるまでの金色の髭を生やし、剛腕な身体を持つ男性が入ってくる。その男は入る最中、サーゼクスに対して憎まれ口を叩いてきた。
ベオウルフはサーゼクスの兵士であり、大抵の雑用をサーゼクスから任されていた。料理に掃除など、あらゆる家事を文句無く綺麗に成し遂げる。メイドのグレイフィアも表には出さないものの、対抗心を燃やす程である。だが、現時点で一誠達のみ知る曹操と同じ、古代の勇者の子孫である。その肩書に相応しいほどの力量と経験を積み重ねており、眷属になる以前では彼と死闘を繰り広げ、手傷を負わせたこともある。
「今週の土曜日の夕方、一誠君を別荘まで送ってくれないか? 彼はリアスの手伝いをするそうなんだ」
「全くサーゼクスの野郎、人使いが荒いもんだ」
笑顔でサーゼクスは頼み込んだ。真顔で全く同じの返事をするベオウルフ。ただ普段の彼は無口であり、返事でもそれしか言わないのであった。周りからしては嫌味を持たれていると思われるに違いない。
「申し訳ない、君にはいつも苦労をかけるね」
「全くサーゼクスの野郎、人使いが荒いもんだ」
しかしサーゼクスは気に留めなかった。このやり取りは、長年の付き合いである2人には日常茶飯事であり、信頼の印でもあるからだ。
ベオウルフが部屋を後にするとサーゼクスは重く溜息をつき、革製の背板に凭れた。リアスに対して甘々すぎたのかもしれない。当日のレーティング・ゲームは自身の妹の婚約を掛けた一番勝負、次期当主である彼女ならばわざわざ赤龍帝の手を借りずとも、人数に満たなくとも、それ以上の力を見抜けるはずだとサーゼクスは確信していたのだった。だがこの状況では、サーゼクスは不安を拭えなかった。
椅子を回し、天井から床の端までにかかる巨大な窓に振り向く。見上げれば三日月が雲から覗かせていた。
「今回ばかりは赤龍帝に頼らせるわけにはいかなかったが…。私はまだまだ甘いね…」
「過度な自責は身体を壊します、サーゼクス様」
夜空を仰いで嘆き事を放つサーゼクス。それに対し、事務的な態度を取るグレイフィア。
「今の私を見て、君はどう思う? 私は間違ったことをしているのだろうか…」
「いいえ。ただお言葉ですが、リアス様への執拗な愛着は未だに克服できていません。やっとの思いで虫唾が治まったぐらいです」
吐血しそうな勢いで項垂れた。
悪魔の兄弟姉妹の多くは年の差が二桁ほどもあるが、冥界ではごく一般的。その理由は人間と比べて長寿である反面、出生率が著しく低いためだ。少子化の原因として、後継争いなどによる一族途絶よりも深刻なファクターである。
また、兄弟姉妹の大半はサーゼクスやセラフォルーのようにブラコンもしくはシスコンの気質が強い。それ故に悪魔の特徴として染み付いてしまっているサーゼクス。
「ですが、サーゼクス様の努力は私にはわかります。近頃様々な執務に懸命に取り掛かり、他の一門からの評価は回復の傾向にあるそうです。時期は遅いといえ、兄として頭角を表し、まさかリアス様に対してあれほどにお叱りになるとは…」
「よしておくれ…。あの時は今の私には、悪夢に変わりはないんだ…」
「ご両親含め私からの頼みですが、どうか当然のことで倒れるような真似はご遠慮くださいませ」
グレイフィアは優しい笑顔で褒め称えたが、想い出す刹那にサーゼクスは頭を抱えたい心理状態であった。
普段から己の夫を重度なシスコンと見なしていたグレイフィア。そのため、鬼の如く説教していた時のサーゼクスを見て衝撃を受けた。
彼女の脳裏に雷が落ちた。
カルチャーショックに酷似した印象を受けたのだった。
だがやはり、最愛の妹を叱ることなど滅多になかったため、サーゼクスもまた説教の後は暫く自室で枕を濡らしていた。リアスはもう自分に口を利いてくれないのかもしれない、リアスに卑しく思われてしまうのかもしれない、という様に過多な不安に苛まれた。その結果、数時間でストレス性胃炎を発病する手前に陥った。歩行どころか直立もままならずに、十字架を深く押し付けられた時の激しい腹痛に襲われ、意識不明の重体に陥ったこともあった。流石にグレイフィアは事務的な態度を保つわけにはいられず、珍しくも妻としての感情が剥き出しになった。妻だけではない、「お父様ぁっ!」、「親より先に死んだらいかん!」、「主が危篤だと!?」と息子、両親、そして眷属達全員が駆けつけるという、リアス達を除くグレモリー家総出の事態となった。それ故、医師から病気の源はシスコンと聞いた時は、眷属の誰もが転んだのは言うまでもない。
「むしろそれが魔王の貴方に本来あるべき風格です。我々悪魔の繁栄、剰え三大同盟の維持のためには、貴方のお力が必要です。それは自覚しておいてくださいませ」
「ああ、わかっているさ」
妻に発破をかけられ、自嘲した笑みを浮かべるサーゼクス。妹を愛してやまない美青年、だがその一方で悪魔の将来を任された魔王の1体である。魔王として執り行うためにも、一切の私情を慎まなければならない。今回の結婚も全ては純血種の悪魔を繁栄させるため、それ故にリアスには同情をも見せる訳にはいかない。たかが私事で公事を潰す訳にはいかない。
「グレイフィア、いつものコーヒーを頼むよ」
「畏まりました」
理由を問わず、一礼して部屋を後にしたグレイフィア。だが、甘いゆえに一念発起するためであろうと彼女は僅かに信じていた。事実、サーゼクスは今から事務に集中しなければならないのだが、いつも以上に積極的だった。
***
リアス達オカルト研究部の特訓は、およそ一週間の欠席を対価として別邸を貸し切って行われていた。この一文からわかるようにリアスだけではない、朱乃、祐斗、小猫も雄大な自然に囲まれた邸宅に滞在していた。彼女達の行方に関しては、幼馴染の蒼那がいる生徒会にうまく誤魔化すよう後を頼んでいる。
土曜日の昼頃。特訓開始から4日後のことである。ベオウルフが西洋の高級車で一誠の家前に現れ、別邸まで送迎することになった。ちなみに両親には、友人の部活の手伝いと伝えておいた。
ところで一誠に対しても、ベオウルフの個性はブレを見せなかった。「全くサーゼクスの野郎、人使いが荒いもんだ」と、一誠にも去り際に決まり文句を言ったためである。グレモリーの別邸は万が一のためにと特殊な魔力を込めており、その周囲に入ると一生涯
「お邪魔します」
「あら一誠くん、いつの間にいらっしゃっていましたの?」
「ベオウルフさんに送迎させていただいたので」
ノックをすると、朱乃がドアを開け笑顔で出迎えてくれた。
この所、今ではリアスとレクチャーを行なっていた。ちなみに、夜中でも部員全員が集合しても行われる。これは朱乃の提案である。
内容としては情報整理の上に、作戦の練成である。レーティング・ゲームとは集団で行うもの、個々を鍛えてもそれだけでは勝利には繋がることはない。相手側、即ちフェニックス側の情報を集め、何処かしらに穴が無いかを調べ上げていたのである。集団での戦闘、一人一人で多数を相手にするには無理があろう、だが一組になれば話は別である。ライザーの眷属のうち、個々の特性を調べては対策を講じている。
対策を練るにあたって最も難関なのは、ライザー本人である。彼の不死性は勿論のこと、もう1つ驚異的な代物があった。それはフェニックスの涙と呼び、たった一滴の雫で全快させる事ができるのである。そのため、今回の試合でそれを仕込んで来るに違いない。
元はといえばリアスは正攻法で行くつもりでいたのだが、朱乃からは強烈な反論を食らった。奇跡を信じての自殺行為は酷であろう。同学年である故に、眷属の中では御意見番の役割を果たしているとも言える。
「――来たわね、イッセー」
一誠はリビングに連れて行かれた。ソファーに座るリアスが返事をしたのだが、以前の出来事のためか浮かない顔をしていた。どうやらその視線は睨んでいるかのようであった。肩を竦めては、何も言わずとも一瞥しては一礼した。
「あの、木場さんと塔城さんは?」
「あの2人なら庭で個別特訓なさっていますわ」
リアスと朱乃は作戦会議、その一方で祐斗と小猫は裏の草原で個々に自己鍛錬を行っていた。一誠が伺えば木場は木刀で素振り、小猫は指のないグローブを付けては素振りをしていた。無論フィジカル的に鍛えても仕方がない、神器の力に応用を効かせなければならないだろう。
「やあ兵藤君、待ってたよ」
「おう、どんな感じだ?」
「調子いい…、って言いたいところだけど、相手は幾多のゲームを勝ち進んできた男さ。そう簡単に高を括れないね」
祐斗は爽やかに笑ってはいるが、その裏にある意志を一誠は見抜いていた。
話を聞く限り、時折小猫と手合わせを行ったそうだ。その相手と属性が一致せず、苦手分野である場合に備えていたためである。「なるほどな」と相槌を打つ一誠、朱乃にも頼んで同じように行ったが、それはそれで大変だったと2人は振り返っていた。しかし、あくまで朱乃がサディスティックになるのは戦闘時のみであり、身内に対してはある程度手加減はしたそうである。
ところでリアスの話題になると、祐斗は苦笑するばかりであった。一誠には案の定のことではあったものの、溜息を付いた。
「さてと木場さんの神器の力、もうちょっと見せてもらおうか」
「……待ってください。私のことも忘れないでください」
「勿論だとも」と一誠は答えた。小猫は神器を持ってはいないものの、その他に特殊な力を秘めていることも理解していた。人外に対して素手で立ち向かえるのは、一誠が知るのは自身と曹操、小猫ぐらいである。
影で幾多の戦いを経験してきた一誠を相手にした結果、またもや2人は押され始めた。前回と同じく一対一だが、序盤は押されるばかり。だが、このまま弱点を放って置くほど彼らは愚かではなかった。
“騎士”の駒の特性と剣戦のみに絞り込んでいた祐斗。だが、彼の神器“魔剣創造”で効果が現れるのは、剣を持つ掌だけではない。地面に手をかざせば数十種の剣をそこから発動させることもできる。一誠を翻弄せんと広範囲攻撃を仕掛けてきた。
小猫の場合、一誠が本気を出していないためであろうが―手合わせをした所、ほぼ互角の勝負であった。互いにカウンターを仕掛けるなど心理戦を考慮しているのだった。だが、一誠がデコピンを見せつけると、小猫は「にゃっ…!?」と恐怖に満ちた顔を見せ、構えているが身震いしていた。どうやらデコピンがトラウマになってしまったようだ。話を聞けば一誠に限らず、同学年の女子達にふざけでされそうになった時も、同様の反応を見せつけていた。『そこまでビビらんでも…』と呆れる一誠だが、祐斗からは遠慮するように念を押された。だが、一度の機会で連続二度も受けた小猫の心情を考慮すれば、仕方があるまい。
2人との特訓は夕暮れになるまで続いた。
***
夜が更け、晩飯を食して入浴した後、余っていた一室に一誠はいた。ランプを付けては、机に向かい試験勉強をしていたのだ。身体を動かしてばかりの一日ではあったが、とりあえずの心境で勉学に励んでいたのだった。
勉学後の一服をしようと部屋を出た。一服といえども煙草を吸うわけではなく、コップ一杯の水を飲むためである。台所で飲み干し、洗って戻した後に部屋に戻ろうと足を歩む。ただふと視線が、リビングの窓に合せられ目の動きが止まる。リアスはテラスに座り、満月を浮かべる夜空を見上げていた。試合前の不安なのだろうか、どうも切なげな表情を浮かべていた。
邪魔せぬよう、気付かれぬようにして、一誠は部屋に戻ることにした。
「待ちなさい」
しかし、既にリアスは何者かの気配を感じていた。不意に呼ばれた一誠は彼女の方を向いた。仕方なく、何ともない表情で一誠はテラスの方に入り、椅子に座り込んだ。
月光に照らされ、手を広げる以上に森や山が広がっている。数時間前では特訓のためのグラウンドにしか過ぎなかったが、こうして見れば絶景であることに変わりはない。
「貴方も起きてたのね」
「さっきまで数学をやっていたので、ちょっとした一服です」
「そう…」
『こんな時に何やっているんだか…』、とリアスは思った。己の眷属の特訓云々よりも、自身の勉学を大事にするとは…。だが、元はといえばリアス達の立場はもはや四面楚歌の状態にある。一誠の試合への介入は御法度である故、試合は自身の命運に掛かっているのは、彼女達には了承していたことだろう。
それにしても、一誠としてはリアスには敵視されている状況。そんな彼女が凛とした雰囲気を保ったまま、普通に話しかけてきたのだった。その疑問はすぐに一誠の口から出てきた。
「警戒しないんですか?」
「バカね。私の下僕達の特訓に付き合ってくれてる貴方に、何を言っても無駄だってことはわかっているでしょ?」
リアスは苦笑して、落ち着いたトーンで答えてきた。不自然にもこの日のリアスは素直だった。その疑心暗鬼を反らせるかのようなタイミングで、彼女は自分の部員について尋ねてきた。
「2人はどうだったかしら?」
「ええ、彼らなりに頑張っていると思いますよ。手加減はしていましたが、この前よりもパターンが広がったっていうんでしょうか。ただ…」
一誠は一度口を噤んだ。
「ただ…?」
「……塔城さんの方は、まだ余力があったような気がしたんです。でも、何も聞きません」
重々しく語られる一誠の指摘に、リアスは苦い表情で口を噤んだ。先程述べたように、小猫には“戦車”の駒の特性のみならずその他に能力があると、一誠は予感していた。
しかし、ある時小猫に尋ねた途端、何やら思いつめた表情を突如浮かべたのだ。まるで忌々しいものを手にしてしまったかと恐れているかのように。祐斗も「やっぱり…」と呟いていたため、何やら耐え難い事情はあるそうである。
彼が「何も聞かない」と述べたのは、それこそリアスの責任と思っているためである。長らくの間に小猫を知るリアスにこそ、部長として責務を果たす必要がある。
「そう…。貴方は優しいのね」
その言葉はまともにしても、妬んでいるような口調であった。だが、敢えて一誠は気にしない。1つの間が置かれ、一誠は例の質問をするために口を開いた。
「ところで、何故そこまでにして結婚を嫌がっているんですか?」
一度リアスは黙り込んでしまうが、頬を赤くして答えた。
「お父様もお兄様も勝手にも程があるわ。私の意見を聞かずに、勝手に話を済ませるなんて…。……私は、本当に好きな人と恋をしたいというのに…」
一誠はリアスの切望に耳を傾けた。
歴戦を重ねるライザー。媚を売る目的としての敗戦を除けば全勝の記録を持つ。初挑戦のリアス達に勝ち目はあるのか、不安が立ちこもる。それは現れ始め、俯き始める。
「今まで何度かプロポーズされてきたけれど、誰も私のことをリアスとして見てくれていないの。現魔王が住むグレモリー家の長女としてしか見なされていない。肩身が狭くなるばかりだったわ」
ライザーは自分を彼女そのものとは見ていないのだろうと、リアスは推測する。グレモリー家の長女として、元七十二柱の内の一族で産声を上げた娘としか見ていない。自薦というのは兄からは聞いたものの、腑に落ちない。彼のことだ、結婚すればハーレムの一員にされて自慢の逸品として碌に扱われないとは目に見えている。眷属達の命も保証はできまい。
自分だって恋をしたい。自分で好きな相手を見つけて幸せになりたい。令嬢としてではなく、1人の普通の女子として。リアスもまた一人の女として、乙女心を兼ね揃えていた。
「ゲームの勝敗に関してはともかくですけど、俺だって青春したいと思ってますよ」
「えっ?」とリアスは一誠の方を見る。この時一誠は微笑んでいた。
「昔から決めてたことなんです。俺が本当に好きだって思える人と付き合いたいと。フェニックスさんと違って1人で十分ですけどね」
「そう…」
人差し指を突き上げて強調する一誠。
「イッセー、それじゃあ貴方は私を普通の女の子として見てくれるの?」
部長もしくはグレモリー家の次期当主としての威厳を抑え、普通の女の子の表情で尋ねるリアス。とろんとした水色の瞳は一誠を見つめる。もしも普通の男子ならば、松田と元浜を含めても、その問いに対して口を噤んでしまうだろう。
だが、一誠の場合は即答だった。
「同じ学校に通う先輩としてですけど、それ以上はありません」
「何よもう…、釣れないわね…」
急転直下の勢いでリアスの気分は下がった。一誠は苦笑して言葉を続ける。
「当然じゃないですか。だって俺は一度部長に逆夜這いされかけた身なんですから」
「ちょっと…! いつまでも引きずらないでちょうだい! もう済んだことじゃないの! それにその後私は家族総出で怒られたんだから…」
「それを人は自業自得というんです」
「わかってるわよ!」
既に一誠はサーゼクスからは聞いていたものの、もうあの憂鬱な気分を味わいたくないと振り返るリアス。だが『それはどうだろうか』と、一誠は予見していた。肝心な話題があるからだ。
「ところで部長、当日は大丈夫そうですか?」
試合の見込みである。晩飯そして風呂の後、部員が集まってミーティングを行った。一誠は俯瞰の立場で見つめていた。敢えてその輪には入らない。一誠は参加しない、あくまで中立の立場にある。それでもリアス達は集中して分析していた。相手側の眷属達を一瞥しては作戦を練っている。一見すれば上手い具合に団結しているようだが、とりあえずの気持ちで聞いてみた。
それに対し、リアスは答えるのに戸惑うばかりであった。それを確認した一誠は、王としてあるべき反応なのかと疑いを隠せない。
確かに年は1つ上でも未成年者である故、未熟な面はある。だが、本番では弱みを隠さねばならない。
ここで一誠は、核心に迫る疑問を呈した。
「まさか、負けると…?」
「そんなわけないでしょ! 私は絶対にこのゲームに勝ってやるわ! それだけは絶対よ!」
一誠の問いに、リアスは憤怒して言い返した。尤もな応答である。レーティング・ゲームに限らず、千載一遇の機会を逃すわけにはいくまい。真剣勝負に負けを認める訳にはいかない。
「だったらもっと頑張ればいいじゃないですか。強いて言うなら――グレモリー家を抜ける覚悟で」
一誠の言葉に、思わずリアスは立ち上がった。パチッと全身に電気が伝わったかのように怒りが込み上がり、彼女は目を丸くして睨みつけていた。挑発ともとれるこの言葉、しかしこれは一誠の意中にあるもので単なるジョークの一貫である。
そうとは知る由もなく、だがリアスにとって避けられぬ分岐点である。次期当主としての宿命とはこの事なのもしれない。嫁入りすれば次期当主になれないだが、この身にかかる重圧は等しいに違いない。
「貴方なんてことを…!」
「だってそうでしょう? 部長は政略結婚に反対している、自由な恋愛を望んでいる。でもそれは悪魔の伝統に傷をつけることになる。別に結婚を勧めているわけじゃないですよ。自由に恋をしたいのは俺も同じですから。その気持ちを、グレモリー家とフェニックス家の方々に見せてあげて欲しいんです」
気持ちは同じ。だが一誠は一般家庭の息子、リアスは上級悪魔の娘、両者の重みが違う。後者が圧倒的に重く、些細な行動でも気を使わなければならない。
レーティング・ゲームに勝つことで、ライザーと結婚しない旨を伝えることになる。だが、その裏を返せば両家どころか悪魔全体に迷惑を被ることになる。特にグレモリー家の評判が芳しくない中で勝利を掴めば、グレモリー家に対して評判が悪化する可能性も否めない。『またあの子の我侭に付き合ったよ』と。それに、立場が逆の場合も在り得たに違いない。
「冗談じゃないわ! いくらなんでも横暴すぎるじゃないの! ライザーにも話したけれど、私はグレモリー家を潰すつもりはない! でも『勝つなら家族を捨てろ』ですって…!? そこまで重荷を課させて、私にどうしろっていうの!?」
『捨てろ』とは、一誠は一言も言っていない。
だが万が一の話でそうなれば、その後の重圧にリアスは耐えられるのだろうか。自分のせいでグレモリー家を潰すことになるかもしれない。悪魔達から非難を浴びせられるに違いない。現段階のリアスには我慢ならない事項ばかりである。
しかし、だからこそ、自分の望みなくして自分の人生をあの男全てに捧げろというのか。
これでは、両家によって作られたシナリオ通りに動かなければ手段はないことになるではないか。リアスとしての本質を殺し、リアス・グレモリーという現魔王の妹として振る舞わなければならない。
だが、一誠は敢えて突き放した。
「俺に聞かないでください。結局見つけるのは部長、貴方なんですから。木場さん達のことも、ゲームに勝つことも、それは部長次第なんですから」
責任は王にある。一誠はそうまとめた。
眷属の行方は王の心境次第。家族の
眷属の成功は王の手柄、王の失敗は眷属の責任、というように悪化の一途を辿る可能性がある。だが生憎、リアスはもはや耳を塞ぎたい思いであった。
高校3年生のリアスには、どうやら荷が重すぎたようだ。
「もういいわ…。貴方に話しかけた私が馬鹿だった!」
憤激の熱い涙を絞りながら、リアスは屋内へと駆け込んでいった。一誠は追うことも言いとめることもせず、ただ見送るばかりであった。
『素直じゃないな。だが一誠、少しは言葉を選べ』
「わかってるよ。流石にこれは言いすぎた。でも、俺もサーゼクスさんも知りたいのさ。ホラ吹きワガママ女として終わるか、それ以上のものとして見返すかね」
ドライグからは諌まれたが、色々と不適切な表現はあったに違いない。だが、そうでなくてはリアスを奮起させることができない。自ら進んで意思表示して行動に示さねば、最後はホラ吹きとしてまとめられてしまう。一誠はそれを懸念していた。
揚々と輝く満月を見上げ、微かでも期待を寄せる一誠であった。