Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~   作:70-90

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試合が始まる!

 数日後。レーティング・ゲーム当日。

 非公式とはいえ、事前から各メディアに取り挙げられていたために注目が寄せられていた。他ならば蚊帳の外だが、魔王の妹が参加するとのことで感心を持つ者達が多いようだ。また婚約を拒否したためと書かれており、グレモリー家では世間からのバッシングは避けられまい。リアスは自分で好きな人を見つけると心から誓っているが、まずはどう乗り越えるかが最大のネックと言える。

 今回の試合ではグレモリー家ではサーゼクスとグレモリー卿と、既に来ている。後にフェニックス家では長兄で次期当主のルヴァル、父のフェニックス卿もモニター席に訪問することになっている。そして蒼那が本校の生徒会室にて、椿姫とともに幼馴染の戦いぶりを見届ける予定である。

 

「サーゼクス様、グレモリー卿、フェニックス家一同がご到着いたしました」

 

 グレイフィアがフェニックス家の当主および次期当主を案内し、彼らのもとに連れてきた。グレモリー家の当主も立ち上がっては挨拶を済ませ、朱色の革のソファーに腰を下ろす。

 手始めの会話は近況報告など、両者は友好的な場を広げていた。そしてリアスの初舞台が話題となったが、フェニックス卿の視線が段々と鋭く向けられる。それでもサーゼクスおよびグレモリー卿が怖気づくことはない。

 

「そういえばグレモリー卿、赤龍帝が妹君に加担したそうではないか?」

「何のことですかな?」

 

 グレモリー卿はどこ吹く風と流した。一方、サーゼクスは微笑んだままである。

 

「とぼけるではない。赤龍帝は未だに誰の眷属ではないと聞く。代わりに、古くから友人として付き合っているそうだが、あの時我々は言ったはずだ。赤龍帝の介入は一切認めんとな」

 

 一誠を含む歴代の赤龍帝の参加など一度もないが、その実力は冥界の重鎮には知られている。

 数年前、SS級のはぐれ悪魔の暴走という悪魔界を揺るがす事件が起きていた。元七十二柱に属する上級悪魔でも手に負えないほどであったが、赤龍帝が止めを刺したことを耳にしている。

 リアスが受け持つ町にある駒王学園に、赤龍帝が属していることを前から承知している。そのため、今回に関しては神経を尖らせていた。別に一誠を敵対するつもりなどなく、あくまで眷属以外の者を参加させることに異議を唱えているだけである。また、私事における赤龍帝の濫用も認めたものではないことも事実。

 

「いえ、私達は貴方の条件を遵守していますよ。しかし条件は、あくまで『赤龍帝の試合への参加不可』。別に準備期間までも縛る必要はあるまい。リアスは未成年かつ初心者である故、致し方ないでしょう」

 

 リアス達は実戦経験が無い為、逆にある者から乞うのは強ち当然であろう。サーゼクス以下グレモリー家の者達は、今回の試合に関しては濫用する気などない。サーゼクスは冷静にこの事を話す。フェニックス卿、およびルヴァルは相槌を打ちながら冷静に耳を傾けていた。

 

「ほう…。確かにそうだな。さすればライザーが10日間の猶予を与えた意味もあるまい」

 

 フェニックス卿は一応の納得を示すも、サーゼクスの意見は続く。

 

「それにリアスには口説以外何も介入などしてはいません。リアスにとってこれは試練なのですから」

「試練?」

 

 サーゼクスが「試練」と呼んだことに、フェニックス卿の目が吊り上がる。懐疑心を抱き、訝しげな表情を浮かべた。

 

「癪に障ったならばお詫び申し上げます。近頃リアスに対する世間の声が実によろしくない故。結婚を試練と言い換えるのは誠に無骨な比喩でございますが、私達としてもリアスが我がグレモリー家の次期当主として実に相応しいか、この目で確かめて置きたいのです。もし喜ばしくない結果ならば、私達なりに禊を彼女に課せるつもりです」

 

 この時ルヴァルは、サーゼクスの姿勢に動揺していた。

 サーゼクスは近頃、リアスに対してスパルタ教育を行うようになったという噂が、上級悪魔の間で流れている。結局は重度のシスコン、半端な教育で済ますのだろうと、大半は単なる都市伝説として真に受けることなどなかった。

 フェニックス家もその一部であった。普段のルヴァルならば温厚なのだが、弟の求婚をリアスが断ると聞くと、感情を抑えつつも彼女の態度に不満を抱いていた。何せ悪魔の状況はあまりにも深刻、だがライザーの言い分から察するに悪魔の伝統を蔑ろにしているそうだった。結婚を取りやめろと提案したところだが、これではグレモリー家の思う壺。さらにライザーは『どうしてもリアスを伴侶に迎えたい』と決意は固い。

 まさかとは言うが、魔王の権威を濫用してリアスの婚約を取り消すのではないのか、という懸念さえも抱いていた。これでは悪魔の世間を大きく揺るがす大事件であろう。

 だが、実際はどうだ? リアスとライザーの婚約に関する会談に参加してみれば、現実はルヴァルの抱く幻影を見事に打ち砕くものではないか。暫くの赤龍帝との接触の制限について了承、フェニックス家の要求を殆ど了解したのだ。その内容は他にも幾つか挙げられ、グレモリー家にはどれも理不尽な事項ばかりであるものの、それさえも了承した。条件に含まれていないにせよ、言伝以外のサーゼクスの介入を、レーティング・ゲーム期間では一切行わないとも聞いている。愛情深きグレモリー家のイメージを打破する姿勢に、ルヴァルは思わず口を開いた。

 

「驚いたな。君は本当にサーゼクス君なのかい? 噂は何度も聞いているけど、流石に妹に当たりが強すぎるのでは?」

「それは違うさルヴァル君。彼女の兄として、魔王として当然のことをしたまでだよ」

 

 サーゼクスは平然とした表情で受け答えを行った。

 

「その時の心労で君は一度倒れたそうじゃないか」

 

 しかし、ルヴァルの表情は頑なままである。

 

「グレモリー家に対する世論が好ましくないことは僕達も耳にしている。厄介な弟を持つ兄としては、僕は幾つか君の取り組みを参考にしなければならないだろう」

 

 これでも3人の弟妹を持つ身。しかし一応の賛成を述べた上で、ルヴァルは持論を開く。

 

「魔王の君に意見するのは如何なものだろうが、一言だけ許して欲しい。突き放すだけでは、彼女は一人前の上級悪魔に昇進できるとは思えない」

 

 突き放すことと厳しく躾けることは違う、そう述べてルヴァルは念を押した。

 ルヴァルはサーゼクス、セラフォルーおよびライザーと比較すればシスコンの気質は低い方である。いやむしろ、基準点に位置する存在である。厳しすぎず緩すぎず、自らのきょうだいの実力を伸ばすためには、その調整が難しいものだと彼は悟っている。

 

「すまないねルヴァル君、君の一言は今後の為に参考にしておくよ。この接し方には正直まだ慣れていなくてね。厳かにも程があったとリアスには申し訳なく思っている」

 

 サーゼクスは目を伏せて答えた。

 ルヴァルに指摘される以前に、サーゼクスはこのことを自覚していた。魔王として、リアスの兄として振る舞うために威厳を示そうと思わんばかりに、大きく振れすぎたのかもしれない。厳しく接しすぎたのかもしれない、しかしだからとて以前の態度に戻す真似はしない。中間地点に当たるように精進しなければならない。

 

「だが、リアスの実力はこれ程ではないのは確かなこと。私達を含め、何もかも甘すぎたために本当の世間を理解していないだけなのさ。勝手な行動が目立つ彼女だが、即ち私達の責任でもある。ならば一度、私達という檻から外して気ままに行動させる必要がある。無論、我々の手を借りずして」

 

 普段の優男とは打って変わり、サーゼクスは魔王としての威厳を醸し出していた。グレモリー卿も凛とした姿勢で、長男の意見を淡々と耳にしている。

 

「人間の知り合いから聞いた諺に、『獅子の子落とし』というのがあるそうだ。ライオンは我が子達を崖から突き落とし、這い上がってくる子だけを自分の息子として一人前に育てるという。リアスが眷属とともにその環境で何を見出すのか、我々家族は楽しみで仕方がないのだよ」

「しかし、慈愛の深いグレモリー家がそんなことができるのかい? リアスさんが無意識にも依存してしまっていることもあり得なくはない」

 

 ルヴァルの指摘は未だに鋭い。このような取り組みでもリアスがいつしか回帰すれば、先の見えないイタチごっこが行われるばかりである。グレモリー家の特徴から察するに、後日に弱音を吐いて過去以上に執拗になってしまうにちがいない。

 これに対し、サーゼクスはゆっくりと目を開き、ルヴァルを凝視した。

 

「わかっている。しかし、私はルシファーだ。我々悪魔の将来を背負わなくてはならない。魔王として少しばかりは非情にならなくては目処が立つまい」

 

 この一言に、ルヴァルはこれ以上何も反論することはなかった。

 元はといえばこのゲームは、私事、公事が絡み合う目的のために執り行われている。純正悪魔の比率が著しく低下していく中、状況の改善に取り組まなければならない。心の中で淀みが篭もるサーゼクスだが、重大な責任に比べれば何ともない。

 

「ほう、ルヴァルに同情の念を押されるとはな。だが、これで結婚の話は白紙に戻るわけではないぞ?」

「承知しています。この件に関しては、リアスとライザー君に委ねるしかありませんから」

 

 フェニックス卿に釘を打たれたが、サーゼクスは承知している。この時モニターに映る時刻は、開始時刻の数分前を指していた。

 

***

 

 リアス・グレモリーは生まれてから既に将来を約束されていた。

 上級悪魔、元七十二柱の1つのグレモリー家で生を受けた。兄とともに『滅びの魔力』をバアル家出身の母から受け継ぎ、“赤髪の滅殺姫”とも謳われるようになった。4体の眷属を引き連れ、はぐれ悪魔の殲滅にも積極的に参加し、功績は残されている。

 だが、今ではその賞賛も危うい。甲斐性はサーゼクスよりもかなり劣るためである。グレモリー家にいるという驕りのために、自らを極めることなどしなかった。だが周囲の者達、特に兄および父からは咎められることなどなかった。情愛が深い家庭、兄でも遥かに年は離れ、甘えというものを覆い被ってきた。兄達がどうにかしてくれると、いつしか反射的に自分に言い聞かせるようになっていた。それはつまり、守られるだけで守る力を持ち合わせていないのである。

 

「部長」

 

 一誠との対決で、頭を打ち付けられるほどに思い知らされたリアス。王とはいえど、遥かに眷属達よりかは劣る。だがグレモリー家の長女としてのプライドがそれを押し殺そうとしていた。自らの弱みを握らせるわけには行かまいと誤魔化していたのだ。

 結局は、家族、一誠から共に『グレモリー家を捨てる覚悟を持て』と言われる始末である。一体どこからそんな酷な言葉を発せるというのだろうか。

 

「部長?」

 

 しかし次期当主の肩書きを背負う故に、様々な不安に苛まれる。

 

――果たして実力、経験と共に未熟な自分に次期当主なんて務まるのか?

 

――果たして自分は世間から受け入れてもらえる存在なのか?

 

――まさかそのために、自分は嫁入りを強いられているのか?

 

「部長!」

 

 何度も響く朱乃の一声で見開く。

 ここは駒王学園旧校舎内の校長室である。しかしこれは試合のための模型であり、駒王学園の敷地全体を象った空間を試合場として使われることになる。ちなみにフェニックス側は新校舎の方で控えている。

 

「大丈夫ですの?」

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけよ…」

 

 リアスは顔半分を掌で覆いながら、ソファーに腰掛けていた。只ならぬ様子に、朱乃達眷属は憂慮の表情で見つめていた。度重なる試練に、心を痛めているのだろう。しかし、これが試合自体に影響を受けてしまう恐れがある。さらにはグレモリー陣営のコンディションが芳しくない。これは次の表記から明らかである。

 

***

 

<グレモリー陣営>

 

1、王→リアス・グレモリー

2、女王→姫島朱乃

3、僧侶→『都合のため欠席』

4、騎士→木場祐斗

5、戦車→塔城小猫

6、兵士→『なし』

 

<フェニックス陣営>

 

1、王→ライザー・フェニックス

2、女王→ユーベルーナ

3、僧侶→レイヴェル・フェニックス、美南風(みはえ)

4、騎士→カーラマイン、シーリス

5、戦車→イザベラ、雪蘭(シュエラン)

6、兵士→ミラ、ニィ、リィ、イル、ネル、シュリヤー、マリオン、ビュレント

 

***

 

 以上より今回の対戦表である。

 グレモリー陣営に至っては、一誠にも話したとおり王を含めて5人も存在する。しかし“僧侶”は諸事情のために参加ができない。このため、規定の人数の4分の1までに規模が小さい。強大な駒に出くわした場合、立ち向かえるのは“滅殺姫”と“雷光の巫女”の2駒しかいない。

 それに対しフェニックス陣営では、人数が十分に満たしており、個々の戦闘力も低くはあるまい。中でもユーベルーナは“爆弾女王(ボムクイーン)”とも呼ばれるほどに実力が高い。揮発系の魔力を使いこなし、実力はライザーに次ぐ。さらにはどういうわけか、実妹にあたるレイヴェルまでもが“僧侶”として参加している。

 

「結局、この人数で挑まなくてはいけないのね…」

「数なんて関係ありませんわ。ここは私達の作戦で挑むしか、人数不足をカバーする手立ては他にはありません」

 

 朱乃達が建てた作戦事項は次の通りである。個人戦ができないならば、一群として挑むしかない。4人が固まって互いにカバーし合って眷属達を軒並みに倒していく。“僧侶”以下は相手が2、3人程度ならば、小猫もしくは祐斗で十分である。2日という短期間とは言え、一誠からは応用策を感覚的にレクチャーしてもらったからだ。

 それからというものの、リアス達は駒の特性が違う相手同士で訓練を行うなど工夫を込めるなど対策を講じてきた。

 

「リアス、しっかりしてちょうだい。この日が来たからには、堂々と挑まなくては困ります。貴方の意志をご両家に見せて置かなくてはいけませんわ」

 

 副部長の一言が、リアスの心に染み入っていく。

 

「部長、僕達は信じていますから。今の僕達ならこの状況でも大丈夫です」

「……絶対にリアス先輩を守ってみせます」

 

 祐斗、小猫も部長にフォローを込めていく。リアスはそんな彼らを、瞳を潤して見つめていた。

 

「貴方達…」

 

 グレモリー家の長女など関係ない。とにかく、眷属達の期待に答えてあげなければならない。人差し指で涙を拭い、決意を込めた表情で眷属達を見つめた。

 そして、試合の開始を知らせるベルが唸る。

 

「いい? 可愛い下僕達、私達の実力をライザー達に見せつけてあげましょう!」

 

***

 

―そろそろ時間か。

 

 駒王学園に通う一誠は、黒板側の壁に掛かる時計にふと見やる。午後3時を回っており、ここでは最後の授業が終わったばかりである。しかし、一方の冥界ではレーティング・ゲームの開始時刻であった。

 頭の片隅に『どうだろうか』と僅かな興味を置きつつ、荷物を纏めていく。そんな中、流子に声をかけられる。

 

「おい兵藤、一緒に帰ろうぜ」

 

 「おう」と頷き、共に教室を後にした。松田と元浜は、新作のAVを拝めるとのことで、一足先に颯爽と下校していた。それにしても、まだ17歳、ギリギリで18歳ではないにも関わらず、どこから仕入れてくるのかが不思議である。専門の友人がいるのか、ただ行きつけの店が緩いだけなのか。店という言葉から連想して、一誠は参考書を購入する事を思い出した。その一冊は社会科関連のものだが、テスト勉強の目的以前に興味を抱いていたのだ。

 

「そうだ。この後欲しい参考書が一つあってさ、本屋に寄りたいんだ。纏さんもついてくるか?」

「えっ? いいけど」

 

 流子には突然だっただろう。だが、すぐに了承した。

 テストは残り1週間を控えている。一誠は何気なくも勉強に取り込んでいる。流子も以前は手につかず状態だったが、一誠の手伝いもあってか僅かに順調だそうだ。松田と元浜は言わずもがなすべてであると言いたいところだが、頭を悩ませる親達にシュレッダーのそばに宝物を置かれたらしく、常に血の気が多い状態で勉強しているそうだ。

 そんなテストの話をしながら、街中の書店に辿り着く。

 

「あれ?」

 

 しかし、書店の中に1人見覚えのある後ろ姿を見つけた。街中であるために人混みが多いのだが、その中でも一際目立っていた。

 

「あいつ、漫画雑誌の前で一体何してんだ?」

 

 流子の言葉通り、曹操は何も立ち読みすることなく、漫画雑誌コーナーの本棚の前に直立したままだった。明らかに不自然である。流子は近づこうとするも、「うっ…!?」と声に詰まった音を喉から出し、足が止まる。どうしたことかと一誠は思うも、この時曹操から殺気めいた迫力を醸し出していることに気づいた。

 一体どうしたというのだ。何に怒りを感じているというのだ。疑心暗鬼になりながらも、一誠は近づいていく。

 

「曹操さん? どうした?」

 

 一誠が呆れた表情で声をかけると、ゆっくりと迫力が抑えられていく。曹操が振り向けばこの時、彼は何とも籠もった表情を浮かべていた。一誠だと確認すると、何とも生気が抜けきったような口調で返した。

 

「兵藤一誠か…。君にも一つ尋ねてみたかったところだ…」

「…何だよ藪から棒に」

「これを…、如何なものかとな…」

 

 震えた腕を挙げ、人差し指はとある方向を指す。その指先には、クールだが破廉恥な格好をした美少女が表紙に描かれている漫画雑誌が置かれている。実は、これは松田と元浜の愛読雑誌であり、以前は女体化した『曹操』が表紙を飾っていた。丁度この日が次週号の発売日である。

 流子も僅かに恥じらいを見せては、怪訝な表情で漫画雑誌に目をやる。怪訝なのは女子における別の理由であるが、一誠は手に取り絵を見てから横のゴシック文字に注目した。

 

「呂布…?」

「何故だ…。何故呂布までもがこんな女々しい姿に…!」

 

 曹操は苦い表情を浮かべ、絞りとるような口調でぼやく。

 一誠も勿論知っている。歴史の漫画本を小学生の頃に何度も読んだために、呂布がもろ男性の武将、嘗ては先祖の曹操と死闘を繰り広げたことも知っている。

 そして曹操の怒りを理解した。どうやら性転換の風潮に痺れを切らしていると。そして、その性格が松田と元浜にも影響が及んでいることも悟った。ある日、授業の時に先生に指名された際、突如授業内容とは何ら関わりもない内容をつらつらと言い連ねていったのだ。

 

――歴史上の人物、曹操に関する経歴をつらつらと流暢に。

 

 ちなみにそれは一誠と流子はともかく、クラスメイトの誰もが閉口できなかったという。歴史の先生からは、何故か涙ぐまれたことも記憶に新しい。

 

「おいおい、たかがこんなことで―」

「こんなこととはなんだ! 私には痛恨の極みにしか変わらん! 何者だこの贋作は…!? これが、先祖が戦国時代に相まみえた武将だというのか…!?」

 

 流子の一言で、曹操の怒りの一声が店中に響き渡る。雑誌を戻してから一誠はやや慌てた状態で、取り乱す先祖の孫を落ち着かせた。

 

「そうじゃないし、てかそんなこと言ったって俺達にはどうしようもないだろ。それにさ、これを逆手に取って歴史に興味を持つっていう人達もいるらしいし」

「それは、確かなのか…?」

 

 一誠が頷くと、曹操の顔からサーッと血の気が引いていく。もはやあの時に見られた勇敢さは見られない。完全に彼の心は折れかけていた。まさかこんな横暴な真似でもせねば先祖達を理解できないのか、その者達がこの国には多いのかと一方的な認識を覚えていたのだった。

 しかしこれは娯楽の一つである故に、歴史に深く関わるというよりかはオマージュに似た印象を抱かせるのみである。一誠には興味などないがこの台詞は事実であり、日本のみならず世界中のコアなファンから支持層を得ていることは確かである。曹操からしてはもはや取り返しのつかない状態になっている。

 

「なったもんは仕方ねぇから、別に気にしないほうがいいんじゃないか…?」

「そうだな」

 

 やや呆れた表情で提案する流子だが、一誠でもこれしか思いつかない。現時点では、対策は無視しかないのである。

 

「あの…!」

 

 そんな中、1人の店員が曹操に声をかけた。以前、曹操を目にした青年そのものであった。そんな彼を、もはや威勢のない、一般男性と変わらぬ表情で彼を見た。

 

「君は…」

「すみません。以前お越しになられた方ですよね。これ、ちゃんとこちらの雑誌2冊の金額を差し引いた分お返ししますので」

「…なん…だと?」

 

 店員から一つの封筒を差し出される。厚みがあり、中には9枚の1万円札、9枚の千円札、そして数十円の硬貨が入っていたのだった。間違いない、理性亡失の状態で叩いた10万円からのお釣りである。大金なので店長と相談した上で厳重に保管しており、数週間後には警察に届ける予定だったという。

 一礼して去っていく店員を眺めつつ、両目に熱が篭るのを曹操は感じ取った。

 

「どうした…。何故目元が熱いのだ…」

 

 しかし、どういうことかと理解ができぬ一誠と流子であった。

 この後一誠は一冊の参考書を、さらに曹操は三国志に関する著書を10冊も購入した。一誠が参考書を探す中、我を取り戻した曹操も2人に付き沿っていたのだが、ある時出会った。三国志に関する著書に。著名作家が記した本であったが、1ページを目にした途端、曹操の心が踊った。時代考証は異なるにせよ、同書に登場する武将の活躍が鮮明に描かれていることに感動し、この時曹操は童心に帰っていた。挙句の果てに衝動に駆られ全10巻を購入したのだった。

 そんな曹操に理解を示す一誠と、思考が分からず呆れる流子である。だが、決して悪い奴ではないということはここで明らかになったのは確かだ。

 この後一誠の勧めで、ファミリーレストランに寄りかかった。家族用のソファー席で片方に一誠と流子、向かい側に曹操が座っている。

 

「とんだ野暮用ですまなかったな」

「いや、気にすることないって。俺も本屋に用事があったしな。でもよかったよ」

 

 曹操の脇に置かれる袋に見やって、一誠は安堵した。

 

「ああ。文体とはいえ、先祖達の活躍ぶりをここまで鮮明に描くことができるとは…」

「そこまでハマるなんてな…」

 

 曹操はすっかり心が熱くなっていた。愛読書となっていることだろう。流子はそんな彼を見て苦笑していた。

 それから曹操から話を聞く限り、暫く日本に滞在するという。本来ならば旅で来日を果たしたのだが、別の目的を見つけたという。一誠が目的ではない、世界を見渡せば他にも凄腕の者達が彼方此方にいることは了承しているからだ。しかし、日本に何やら不穏な動きがあるとのことだ。

 

「それって、悪魔のことか?」

 

 話を聞く一誠。それに対し、曹操は首を縦に振る。

 

「それも一理あるだろう。近頃野良共が人間を襲う機会が増えてきた。私も時折出くわすことが多い」

「野良ども…?」

「はぐれ悪魔。好き勝手に暴れる悪魔達で、まさに俺のイメージに適ってる連中さ」

 

 曹操の言葉に対し、疑問をぶつけた流子。それに対し淡々と答える一誠。

 レーティング・ゲーム期間である故に管理が手薄になっているのだろうか。いや管理者があれでは、判別が付かないのは確かである。生徒会の匙が近頃、「はぐれ悪魔の捕縛で手が一杯だ」と愚痴をこぼすことがある。主がいなくなった今、生徒会が総力を尽くして管理に務めているそうである。管理人ではない者達が管理するとは、彼らには「お疲れ様です」の言葉を送りたいものだと、一誠は思っている。

 それ以外にも裏で動きがあるらしく、動向を窺うとのことだ。

 

「部長は、試合の最中だろうな」

「試合? この前言ってた、結婚のことか?」

 

 流子の一言に、曹操が不可解と思ったかのように表情を濁す。

 

「結婚? 結婚とは、一体どういうことだ?」

 

 曹操の問いに対し、一誠はレーティング・ゲームの事項を話した。その管理者が婚約を拒絶したために雌雄を決しているところだと。冥界にも友人はいると明かした上での解説である。

 それにしても、知り合いといえども冥界について口が過ぎただろう。後々サーゼクスに報告せねばと、一誠は心に決めた。

 

「なるほど…。この街の主が、そんな自己都合のために異界で死力を尽くしているということか…」

 

 一通り一聴した後、曹操は笑みを浮かべる。

 

「ならば、あの蝙蝠が歩む道には茨が生い茂っていることだろう。それを薦められたことは即ち、此奴には王の責務を果たす能力が皆無であると見なされたわけだ」

 

 コーヒーが入るカップを揺らし、立つ波を覗きながら曹操の解釈は続く。

 サーゼクスはそこまで非情ではないと、僅かに翳りを潜める一誠。だが人の心を読むまでは、赤龍帝でも一誠にはできまい。

 

「だが当然のことだ。女とはいえ、王ならばそれなりの場数と威厳を見せなければならぬ。奴にはそれが全く見られない。身寄りが一際輝かしい故に隅は愚か、辺りが見えんのだ。初めて神器を握った時の、幼き私に似ている」

 

 曹操も嘗ては神をも恐れぬ王様であった。

 “黄昏の聖槍”を握った時、難なく使いこなせる自分に過度な誇りを抱いていた。時折強者と自分の強さを見せつけるために一方的に屠ることが多く、幼き自分には数えきれなかった。

 だがある時、初めて敗北を喫した。胴着を着た少年に徒手という、理不尽な状況の最中で。この時の曹操には理解ができなかった。彼が握るのは最強の神滅具とも謳われる代物、そんな彼が何故負けたのか。そして勝者から「強い」と賞賛の後に、一言で指摘されて気づく。

 

――神滅具に固執するあまり、己を見ていなかった。

 

 聖槍の煌きによって、相手のみならず己自身を見損ねていた。今まで得てきた強さは己のものではない、聖槍から一方的に得てきた贋物であったのだ。曹操は自覚し、己を悔やんだ。

 それからというもの、聖槍無しで曹操は己を鍛えることに精力を尽くした。親にも教えを請い、『先祖の名に負けん』と修行を続けてきた。それから一人前になったものの、驕りを捨てるために滅多な時にしか聖槍を使わなくなった。それとは逆手に徒手格闘か、先祖から代々伝わる旗を用いるようになる。

 それ故に、リアスに対してはある程度の理解を得ている。“煌き”に魅せられ、それ故に己を殺している。だからこそ地道に積み重ねて、その“煌き”以上に煌めく存在にならねばならないのだ。

 その一抹を聞いて、流子は感心を持つも隣人に呆れを抱いた。

 

「…ちょっ、おい…!? お前、何急に涙ぐんでんだよ!?」

「やべぇ…。なんて熱い話なんだ…」

 

 目頭を押さえ、熱き涙を絞りだす一誠。色々と浮世離れした場面があったものの、一誠には構わずであったようだ。「仕方ねぇな…!」と呆れ節を口にするも、流子はハンカチを取り出させては拭き取る。曹操はそんなやり取りに戸惑いを見せるも、年長者としての笑みを浮かべている。

 ファミリーレストランを後にして、曹操と別れた後、家路を一誠と流子が渡っている。

 

「あのさ、兵藤」

 

 不意に流子が呼びかける。

 

「悪魔って、何でもかんでも一方的に決め付ける連中ばかりなんだな」

 

 『どういうことなんだ』と、一誠は問い直す。

 

「あいつのことは反吐が出るほど嫌いだ。けどよ、流石に結婚まで決めつけられちゃ私だって腑に落ちねぇよ」

 

 一誠はふと流子の顔を見る。納得のいかない表情を、彼女は浮かべていた。そう簡単に敵と割り切れず、僅かな程度で抱く、同じ女子としての情け。

 リアスの結婚騒動は、性格を別にして同情するべき点がやたらと多い。それは曹操、流子から得られることができた。だが、この時親は何と答えるのだろうか。他の友人は何と答えるのだろうか。己の信念を曲げるつもりはないものの、僅かに感心を持つようになっていた。

 

「……そうだな」

 

 一誠は、茜色の空を見上げて一言答えるだけだった。

 

***

 

 夜中。

 

「ただいま」

「おかえり。一誠、牛乳は買って来てくれた?」

「はいよ。メーカーはどこでもよかったよね?」

 

 日課を済ませた後、帰宅すると母が玄関で迎えてくる。コースの途中にあるコンビニで購入した一パックの牛乳を渡した。

 風呂に入った後、自室に戻る。ランニングの最中に購入したペットボトルのお茶を置き、デスクトップ型のパソコンを起動させた。授業のレポートをまとめるためである。

 メールのソフトに一通の着信通知が表示されていた。何気なく開けば、送り主がサーゼクスのものも含まれていた。ダブルクリックし、要件を見ては本文のフォントを目で追ってじっくり読み込む。大体の内容を理解した後、一誠は重く溜息をついて、椅子の背凭れによりかかった。1人佇む個室の中で、キリキリと軋む音が寂しく鳴るだけ。

 何ともない表情。後悔ではない、納得と失望が絡み合う。

 

 サーゼクスから届いたメール――それはリアス・グレモリーの敗北を知らせる凶報であった。




今回、間接的にあの男が出てきましたが、わかりますでしょうか?
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