Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
リアス・グレモリーはライザー・フェニックスに敗北した。
だが一誠に杞憂を払拭させるほどの大健闘だった。特訓の成果ともに、個より群で攻めることで多くのライザー側の眷属をリタイアさせることに成功していた。
敗北原因は、リアス自らの
別に傲慢さのみによって保ったわけではなかろう。リアスという個人としても生きるためにその意志を示したはずだろう。眷属達も彼女のことを思って事を運んでいったのだろう。だが勝負は勝負である。結果こそが全てである。これでリアスの結婚が確定したのだった。
「ダメか…」
サーゼクスからのメールを読み、溜息を吐くようにして呟く。期待と懸念が、表裏一体で一誠の心理に存在していたことは言うまでもない。眷属達、即ち祐斗と小猫、朱乃は地道に特訓すれば伸びる可能性はある。後者2人には
『赤髪の女はともかく、下っ端共には見込みがあったはずなんだがな…』
ドライグが呆れの反面、憐みを込めた一言を口にする。
だが一誠もドライグもわかっていたことだが、問題なのはリアスである。自分の弱さどころか、責任の重大さを十分に理解していないことである。上級悪魔の立場であるゆえに、些細な行動で己の一族の将来を左右される。それを指摘された時の彼女の狼狽から察して、一誠は密かに確信していた。
『今の部長が次期当主じゃあ、サーゼクスさん達に未来はないだろうな…』
己にも一誠は矛盾を感じた。なぜ自分がリアスのことを心配しなければならないのか。リアスには好意など、特別な感情を一切抱いていない。主を守るのは、祐斗達、眷属の役割であろう。それに、今回の結婚は悪魔全体からして潤沢な利益を含んでいる。これを理解したうえで、レーティング・ゲームの結果にケチをつける必要性は皆無である。だが、放っておけば何やら取り返しのつかない出来事が起こりうると懸念を完全に蹴散らすことはできなかった。
この気持ちを割り切るために、一誠はメールが表示されたウィンドウを消す。ワープロソフトを立ち上げてはレポートの作成に踏み切った。
***
リアス・グレモリーは試合の翌日から、暫くの日々は登校しなかった。彼女だけではない、木場祐斗、塔城小猫および姫島朱乃も学校を欠席した。主な理由としてはレーティング・ゲームでの治療だが、表向きとしては諸事情によるものと、彼女達が在籍する各クラスに知らされただけである。フェニックスの涙のことを考慮すれば、医療技術は十分に高いといえるため、命に別状はなかろう。更にもう1つ、リアスとライザーの結婚披露宴の準備である。既にライザーの勝利が予見されたかのように、披露宴は夫側であるフェニックス家の屋敷で行われることになった。試合前から準備を進めていたということで、リアスからしては何とも言い難い屈辱であった。まるで、敗北が確定事項と試合前から確実視されていたかのようではないか。
数日後の夕暮れ、冥界の道路を、一台のバイクが走る。制服とメットを被った一誠は、アザゼルから譲り受けたバイクを
フェニックス家の屋敷に辿り着く。門前にバイクを一度止め、その建物に視線を向ける。上級悪魔にしては当然の事情だろうが、グレモリー家のものと同じように、屋敷のスケールが半端ではない。4階建ての古風な外観を整え、1件の大学のキャンパスを丸ごと豪邸に仕立て上げたようである。グレモリー家の屋敷を何度か訪れたためにこういった建物は見慣れているはずだが、驚嘆の音を上げていた。
「なんだね、君は?」
「どうも。招待状です」
家門に待機する傭兵に一度は警戒された。だが懐から取り出した、サーゼクスの直筆で書かれた招待状を広げて見せる。傭兵は次第にその色を薄めるどころか、驚愕の色を見せていく。確認を取った後、せっせと扉を開けた。
「ど、どうぞ…!」
「あ、ありがとうございます」
門番の慌てぶりに、『そこまで…』と焦りを覚える一誠。だが魔王の直筆ならば、悪魔の誰もがギョッとするのは冥界ではごく普通の出来事である。
一礼の後にゆっくりと敷地内に入り、指定された駐車場にバイクを置く。メットをハンドルにかけ、襟のフックを締めては気も引き締める。しばらく歩き、高さ3メートルほどもあるだろう、巨大な扉に手をかけては大広間に足を踏み入れた。
周囲を見渡せば、いくつかのテーブルが設置されている。今回の結婚を歓迎しようと様々な上級悪魔の一族が参加し、シャンパンを手にとっては団欒としていた。誰もがシックな服装を着こなし、女性は華やかなドレス、男性は凛としたタキシードを身に纏っている。内装も西洋の貴族のようだと言わんばかりに彩り豊かに華やかで、それを際立たせるためかクラシック音楽が流れていた。
勿論人間である一誠は注目され、『何故人間が…』と怪訝な目を向ける者はいたものの、一誠は気に留めなかった。こういう雰囲気はもう慣れている。一度この状況、かつ場所取りに慣れておくために、周囲を見回しながら歩いていく。そんな最中、赤い毛布の絨毯がかかる階段を登り切った時のことだ。
一誠はサーゼクスに挨拶をしておこうと、赤い絨毯が敷かれた階段を昇り2階を訪れていた。そして気づいていない。1人の男が、向こうで侮蔑を含めた視線を向けていたことを。
この男は金髪でワイン色のスーツを着飾っている。一見すれば、テレビで見かけるようなイケメンのホストのようであった。
「なんでひ弱そうな人間のガキが?」
彼こそがリアスの婚約者にあたるフェニックス家の三男坊――ライザー・フェニックスである。レーティング・ゲームで勝鬨を上げ、今のように正式にリアスの夫となる方向に置かれている。求婚したのはライザーの方であり、それは一目惚れからの好意によるものである。眷属に全員とも女子を侍らせているものの、どうしても彼女を自分の妻として迎え入れたかった。ハーレムの一員としてではなく、正式なる妻として。
しかし、この時ライザーは不満気であった。なぜ歓迎されるべき披露宴に、1人の人間が堂々と混じりこんでいるのだろうか。一度オカルト研究部の部室を訪れた際に放った一言より、ライザーは人間界の空気が苦手であった。原因としては人間界に様々な宗教が伝わっているために、ライザーの能力が一度使えなくなることがあったからだ。兄のルヴァルは『人間界はいいところさ』と認めたことがあり、暫くライザーは彼に対して茫然自失の状態に落ちいったこともある。まるで自分が変わり者だと言われたかのように。
閑話休題。折角の披露宴だというのに、人間に空気を汚されてたまるか。やれやれとした表情を浮かべ、すぐに追い出そうと一誠に歩み寄ってくる。
「やあ一誠君、よく来てくれた!」
しかし、背後から揚々とした調子で馴染みのある声が響く。その主はサーゼクスである。この時に限り、サーゼクスは両肩まで伸びる上半身の鎧のような装飾が付く礼服を着用している。気づいた一誠はサーゼクスに笑顔で一礼し、小話が2人の間で続く。
「出席してくれて感謝するよ一誠君」
「こんばんは。これを見せたので」
一誠は例の招待状を広げては見せる。それを一瞥したサーゼクスは笑顔で頷いた。
「開催している間は持っておいてくれたまえ。まだパーティは始まったにすぎないからね」
―ど、どういうことなんだ…、一体…?
ライザーには理解ができなかった。一誠の持つ招待状と、優男な笑顔を向けるサーゼクスを交互に見やっては衝撃を受けていた。兄に覚えた虚無感が再び生じようとしていた。まさか、義兄に当たる彼さえも人間と仲がいいというのかと。ライザーにいつしか紹介しようとしていたサーゼクスは声をかける。
「ライザー君、私が招待したんだよ。彼は兵藤一誠君。私の誇りとも呼べる友人であり――例の赤龍帝さ」
「なっ!? まさか、この子供が?」
サーゼクスの一言に、驚きを隠せない。一誠は、彼が青年をライザー君と呼んだことで、この男がリアスの夫だとはすぐに納得した。一誠が赤龍帝である事実は耳元で伝えるとし、サーゼクスは紹介する。後者の情報に関して、ライザーは驚きを隠せない。
「まあまあ。一誠君、彼がライザー・フェニックス君、リアスの婿だよ」
「初めまして、兵藤一誠です。非公式とはいえレーティング・ゲームにおける殊勲、そしてご結婚おめでとうございます」
一誠は握手を求め、右手を差し出した。
ライザーは腑に落ちない表情を浮かべながらも、渋々と握手を交わした。サーゼクスは「折角の機会だ、楽しみたまえ」と言い残すと、公事を進めるためにこの場を離れていった。
会話の相手がライザーのみとなる。だが彼はいつ知れぬ居心地の悪さを感じていた。高校生とはいえ、あまりにも不自然すぎる、律儀すぎる。律儀なのは当然のことだろうが、人間がここまで悪魔と親密になれるのだろうか。人間と話す機会など、ライザーにはフェニックスの涙の一滴ほどにもない。素性以外、赤龍帝の事情はレイヴェルとともに家族から聞かされている。しかし、人間となれば心理は関心よりも侮蔑が勝っていた。
しかし、これでもフェニックス家の一員。さらに一誠はサーゼクスのお墨付きの存在。差別観念を堪えなければならない。成人年齢に達すれば不思議なことだ、性格云々は考慮しないとして、自然に善悪の分別がつけるようになるというのだ。ここは不自然ながらも、友好な手段を取った方がよいと確信したライザー。
「……悪かったな。お前のことは兄上や父上から聞いている。サーゼクス様の友人となれば、リアスとは結構知り合ってるみたいだな」
「駒王学園では部長がお世話になりました」
ライザーの態度に臆することも反論することもなく、ただ律儀な態度を取る一誠。どんな人物であれ、年上には丁寧に接することが絶対条件であることにブレはない。
「フェニックスさんは部長のどこに惚れたのですか?」
「そりゃなんたって、あんだけ美人じゃいろんな男達がホイホイされるのは当然のことだろ? リアスのためなら俺は、どんな手段をも使ったさ」
ライザーの一言に、一誠は「なるほど」と頷いた。流子は毒づいていたが、性格以外では男達に惹かれる要素は十分に兼ねそろえていることだろう。
ウェイターが時折、配られるのはカクテルもしくはシャンパン。ライザーは無論、シャンパンを受け取る。しかし、未成年者にもソフトドリンクが用意されていたので、一誠はオレンジジュースを受け取る。
ライザーの話は続く。リアスを振り向かせるために、グレモリー家の特徴とも呼べるストロベリーブロンドに因んで薔薇を送った。専門店では売られない、貴重な宝石をも送った。だが、ベタな手段であるに加えて上級悪魔である立場のために、リアスに振り向かれることはなかった。それは他の男達も同じことなのだが。だがストーカー行為だけは、フェニックス家の名に懸けて絶対にしなかった。リアスに会いたいという衝動を抑え込んでは、親類との接触を行事があるごとに心がけてきた。結局はサーゼクスの懐に入ることは成功したものの、肝心のリアスは頑なに拒否されるばかりであった。結局はレーティング・ゲームで決着がつく始末である。
「そういえば、眷属達は歓迎してくれました?」
「あ? なんで急にそんなこと聞いてくるんだよ?」
一誠の問いに対し、わからないといった表情でライザーが問い返す。
「試合前に聞かされたのですが、フェニックスさんの眷属の皆様方は全て女性ですよね。部長がそこに加わるとなると、どうも肩身が狭くなるのではないかと思ったので」
発言してはいないが、他にもリアスを本当に妻として愛するのか、眷属達に対してこれからどう接していくのかなどと、一誠はいくつか疑問を持っていた。眷属を持つことは悪魔には当然のこと、性別の区別もなく、比率の制限もない。
だが、どうしても一誠には人間としての知識が被りつつある。例えば、リアスは妻という立場にある故、15人も女性がいるという花の園に加わるとは生き地獄に変わりはないだろう。母が毎日録画しては視聴する昼ドラのように、嫉妬と憎悪が入り乱れる、ドロドロとした状況が生じてしまうことも考えられる。机上の空論と言われるだろうがあり得なくはない。
「はっ」と
「やっとこの日が来たんだよ。俺がリアスと結婚するこの日をな。俺があいつの夫になったからには、いちいち俺に注文をつけるんじゃねぇよ」
はぐらかされる結果である。しかし相手を不機嫌にさせたからにはと、一誠は「すいません」と頭を下げて謝った。
「わかってんだよ、そんなことは。あいつには俺なりに大事に愛し続けるつもりさ。あいつの夫としてな」
それから真剣な表情を見せ、来客達に目を向けながら話した。
だがその心情はハーレムの一員としてなのか、本妻としてなのか。その疑問が頭を過ったその時、「それによぉ」とライザーは切なげな表情を浮かべながら続けた。
「俺だってこうして結婚したかったわけじゃねぇよ…」
「それは、一体?」
ライザーが口を開きかけたその時、背後でルヴァルが声をかけてくる。
「ライザー、こっちに来てくれ。来賓の方々が待ってる」
「――そのまんまの意味だ」
そう呟くと、ライザーはルヴァルの元に歩いて去っていった。流石は新郎、一誠に向けた時とは一転して1人の紳士としてスイッチを切り替えて真摯に接している。だが聞きそびれた答えは一体何だろうか、後で聞こうと心で予定を立てながら1階に降りていった。
***
被服室。
リアスはじっと鏡台に顔を向けながら座ったままであった。既に純白の花嫁衣裳を身に纏っている。だが、リアスの表情は頑なままで笑顔を見せず、心も建前とは裏腹に澱んだままであった。これはライザーに見せるためではなかった。両肩がむき出しであるが、このような柔肌を彼には決して見せるつもりはなかった。
しかし結局は、負けてしまった。これ以上眷属が傷つけるのを見たくなかったために。いや、それ以上に自分の実力が自分の眷属達に負けており、そのために眷属を守る術を持ち合わせていなかった自分の未熟さゆえに。
そして、悪魔の未来にためにと一生涯、己の自由を拘束されてしまった。今頃サーゼクスに抗っても、誰に苦しみを吐露しても、誰も聞く耳を持たないだろう。世間も、親も、魔王の兄も、そして、一度は理解を示した兵藤一誠という名の人間も。
「よう、リアス。色々とお偉いさん方に挨拶するのが忙しくてな」
ノックの後に、1人の男が入る。鏡越しでリアスは、細目でライザーを見ていた。妻になったとしても、常に警戒心を潜めることを怠らなかった。
気軽に話しかけたのだが、リアスは返事を一言もしなかった。
「そんな不機嫌な顔を向けたままじゃ、折角の衣装が台無しだぜ。だが何度も見ても、やっぱり君は美しい」
絶世たる美形に惚れ込むライザー。リアスの右側に近づき、真白な柔肌の頬に触れようとして手を伸ばす。だがそっぽを向かれてしまい、
「そういえば、お前の学校の生徒が1人来ていたぞ。確か――兵藤一誠と言ったけな」
「イッセーが…!?」
兵藤一誠の名を聞くや否や、頑なな表情が崩れ目を丸くさせた。咄嗟にライザーの顔を向ける。
「おいおい、後輩にはそういう反応か? 無視される方がマシだったぜ。あいつ、人間にしては律儀な奴だったぞ。嫌味も後ろめたさも一つもなく、おめでとうなんて言われちゃってさ。サーゼクス様からお墨付きされる理由がわかるぜ」
「…!!」
リアスはライザーの発言を聞くや否や、顔面蒼白の反応を見せた。心にぽっかりと穴が開いたような感触を覚え、何か重要なものを失ったのだろうか、突然息苦しさを微かに覚えた。リアスの顔は下を向き、息が荒くなっていた。ライザーが後々気づくが、彼女の水色の瞳からハイライトが消えかけていた。
今日は一誠の姿を一度も見たことがない。まだ短期間とはいえ、今までの一誠を見てきたからには、既に彼自身の全てを知っていると無意識に心に刻んでいた。あんな彼が、自分に手を貸すはずがないと。だが、この苦しさは何なのだろうか。絶対に一誠に構わんと高を括っていたが、内心ではきっと一誠なら自分を助けてくれるはずと、期待していたに違いない。
「……おい、大丈夫か?」
「構わないで。私は何ともないわ」
リアスの様子がおかしいことに気づき、ライザーはと気にかけた。しかし、リアスはそれを良しとはしなかった。掌を見せて拒み、鏡に顔を向けた。
暫くの沈黙が開き、「あのさ」とライザーが話しかけた。
「頼むからもう、こんなこと止さないか? 俺が初めて駒王学園を訪れた時も、この前の試合のことも悪かったって思ってるからさ」
調子づいた口調から一転、落ち着きを取り戻していた。一誠から言わせてみればチャラい恰好をしたライザー、だが上級悪魔としての振る舞いは家族から学んでいた。自分が勝ったからとて、調子づくことは見せないと強く念を押されていたのだ。
試合後の数日間、己を見返してみれば自分の行動に粗が目立つことに気づいていた。どうにかせんと、病院に赴きライザーの眷属の後に、リアスの眷属も見舞いに訪れて詫びを入れようと試みた。だが、結局は全ての機会に於いて面会を断られた。当然だ、いくら試合とはいえ、戦法を極めたとはいえ、一方的に打ち負かせたことに変わりはないのだ。己の主を力任せに奪ったことに変わりはないのだ。
「貴方はさぞ満足でしょうね」
「……何だと?」
リアスの皮肉めいた発言に、ライザーがやや不機嫌になり声が低くなる。
「貴方には実力も、十分な眷属も、貴方のことを思ってくれる家族も全て持ち合わせているわ。でも私には…」
「どういうことだ…?」
どんなことでも怒らないと誓っていたライザーは怒りを鎮めた。
ライザーの中で何かが崩れかけていた。試合に負けたと言え、普段は才色兼備であったリアス。だが、知らぬ間に気分が逆転してしまっていた。ネガティブシンキングの度合いは、いつしか事切れるのではないかと、彼が恐れを抱くほどである。どうも深刻にしか思えないリアスの台詞に動揺を隠せなかった。感情を込め震えた声でリアスは続けた。
「私が政略結婚されるのは、きっと私には見込みがなかったのよ…」
その台詞を聞き、一度ライザーは言葉を失った。「見込みがない」と吐露したことで、彼女に対しての印象が変わりつつあった。
「そんなわけないだろ。リアスは完璧だ。俺にはわかる」
鏡台の陰で強く握り拳を作っていたリアス。そして、慰めとしたはずの彼の一言で鏡台の机を殴打した。ガシャンと、鏡台に掛かる装飾物が唸りを上げる。
「貴方に何がわかるのよ! 貴方達の勝手で、私の意志を好き勝手に踏みつけて!」
立ち上がったリアスは、裏返った声で怒鳴り散らした。ライザーに向けられた瞳からは、大粒の涙を流していた。
ライザーだけではない、身の回りの理不尽さに、不平等に怒りをぶつけていた。サーゼクス達の対応がここに来て
首を俯かせ、感情で狭まりつつある喉を無理に開きながら、リアスは言葉を紡ぎ始める。
「どうせ、私なんか…」
これ以上の内容を聞けば後悔どころか空しくなると、ライザーの脳裏を不穏が過る。構うことなく、リアスは叫んだ。
「私なんか、グレモリー家の落ちこぼれだったのよ!」
「やめろ!」
ライザーの怒声によって、部屋中が静まり返った。微かに壁から賑わいの声が聞こえる。リアスは俯いたまま、何も返してこなかった。一方でライザーは彼女の変貌に動揺していた。
一体何があったのか、リアスの台詞からして親に見放されたというのか。グレモリー家は慈愛が深いと知っている以上、後者の事実はやはり信じられなかった。
「ライザー様、リアス様、廊下までお声が」
侍者がノックの後、ドアと淵の間から顔を覗かせてきた。「すまない」とライザーが謝るが、その視線は天井際の壁に掛かる時計に向けられる。それを確認したかのように侍者は言葉を続けた。
「本番まであと10分ですが…」
「待ってくれ。リアスの調子が優れないんだ。緊張しているんだろう。あと30分にしてくれ。親達には俺が伝えておく」
気の優れないままでは、円滑に物事は進まない。そう悟ったライザーは一度己とリアスを落ち着かせるために、もう少し休憩を入れることにした。上の者達に許可を得るため、ライザーは部屋を出ることにした。
「それじゃあリアス、また後でな。ちゃんと気を落ち着かせろよ」
静まり返る部屋。バタンとドアが閉まった途端、ついにリアスの感情は爆発した。机に俯せ、行事の手前にあるにもかかわらず、嗚咽を漏らした。目が赤く腫れ上がって醜い顔になろうと、後でフェニックスの涙で治せばいい。
「私なんか…、私なんか…!」
王子様などいない。都合よく自分を助けてくれる男などこの世にいない。だが当然の理である。自分の環境が優勢だからとて、全ての機会が自分に転がり込むわけではないのだ。生まれてすぐに、知識が彼女の身に埋め込まれるわけではない。必ずしも、自分が兄のように優れているわけでもない。
だから比較されることも少なくはない。失望されることも少なくない。そして、脳裏に浮かばれる、魔王の属する上級悪魔が、同じ上級悪魔に貶される光景を。どうせ飾りの存在でしかない、七光りで何とか生き残っているだけだと、そこには誰もがリアスを突き放す。誰も自分を理解してくれない。誰も助けてくれない。
だから、リアスは絶望する。なんと理不尽な世の中なのだろうかと。