Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~   作:70-90

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お待たせしました。

1か月も待たせてすいません。


赤龍帝が見届ける!

 一誠からしてライザーに、大して悪い印象を持つことはなかった。

 試合前、祐斗達はそう言う奴だと一誠に明かしてきた。女たらしで往生際の悪い男なのだという印象が汲み取られる。だがあくまでそれは彼らの視点にしか変わらず、百聞は一見に如かずと言ったところだ。実際に会ってみないとわからないものである。気障なところは見られたものの、会話を取ってみれば普通に進む。そして去り際に見せた、やりきれない表情。

 時折新聞、もしくはネット上で刑事沙汰を見かけることが多い。大抵はその容疑者に対して悪印象を持つのが道理であろう。何せ()()()()()()()のだと大々的に取り上げられているのだから。犯罪でないにしろスキャンダル沙汰でも事実か考えた上で印象が異なる。

 ライザーの場合も本来ならば、祐斗達の言葉を聞けばすぐに一誠も同調しただろう。ライザーは()()()()()()()のだと。だが、ライザーは決して悪い人ではなかろうという結論に導かれた。何か違う。背景として、第三者に悪い印象を抱かせる大事を起こしたわけではないのは確かだ。レーティング・ゲームが開始されたのはリアスとライザー、両者の慢心たる故の出来事。一誠本人もどうかとは思うものの、個人では政略結婚は手に負えないものであり、悪魔達の緊迫した現状を踏まえれば納得せざるを得ない。人権を侵害したとは言えない。彼がリアスそのものを否定しているとは思えない。

 そんな思いを胸に抱きながら、ライザーと話したことで確信に至った。ライザーの思いは本物に違いない。だが、結婚までに至る際にどこかで踏み誤ってしまったのだろう。それは上級悪魔としてのプライドによるものか。

 

 一方のリアス。近頃の彼女は情緒不安定になっている。やはり貴族の風格に依存しきったためだろうが、いきなり檻の外に出すには時期尚早だったようだ。だが人間視点で同情できるポイントが幾つかある。

 1つは、自由に恋愛ができないこと。貴族の価値観、プライドなどの避け難き事情が背景にあるために組み合わせが限られているということだ。例えば相手側が下級ならば、どんな手段を使ってまでも親族が待ったをかけてくるだろう。下級だけではない、異種族との場合もご法度。純血を引く悪魔が減少し、逆に転生悪魔が増加傾向にあるために、将来難しくなる見込みにある。

 2つ目は上級悪魔の主観に則らなければならないこと。サーゼクスに友人関係のある人間がいる時点で、悪魔側からしてどうかしているだろうが、特例事項として考慮しないことにしよう。悪魔には悪魔なりの法律というものがあるだろうが、上級悪魔の一族それぞれには更なる仕来りというものが存在する。陳腐な例だが、ある一族は同じ悪魔でも下級との接触は禁じられるという決まりを遵守しているという。このように法に反するわけではないのに、二重の括りにどうして耐え忍びようか。だが、例にインドでは今無きカースト制が浸透していること、大抵の御曹司もしくは御令嬢にも一族の伝統に沿うことなど、人間界にでも同様の事情があるのは確かだ。

 その他にもあるが割愛しておく。

 以上の考察を踏まえ、一誠からしてリアスという悪魔は性格からして人間とほぼ相違ないのではないのかと考えていた。だが、悪魔の駒を使って眷属に転生させることに罪悪感は見られないため、まだ中途半端な存在であろう。

 御存知のようにレーティング・ゲームの敗因は、リアスの投了宣言である。眷属の命を救うために、王自らが身を差し出す。眷属を傷つけたくはない、その思いはわからなくはない。だが、リアスはおそらく気づいていない。

 

――王がいなくなれば、誰が眷属を率いるというのだろうか?

 

 悪魔の駒の特性があろうが、人間界で生きるにはその知識は蛇足でしかない。王としての本質を見極めるに当たり、曹操はリアスにはその資格がない可能性を示唆していた。それは勿論のこと、戦場ならば1人か2人、または複数をも失うこともあり得るため、その時は念頭に置かなければならない。

 だが、リアスは自らの眷属を我が身体の一部と見なし、()()に耐え切れず白旗を挙げてしまった。勿論のこと、眷属は主の元に位置するとはいえ、一人一人の意思を、覚悟を持っている。その下に彼らは自ら思考し、行動に移していく。試合の時、投了までに残されていた眷属は祐斗のみであり、満身創痍の身でありながら主を守ろうと、心は必死であった。身体が痛みで言うことを聞かずとも、主を守るという意思のために動いていたはずだ。それ故、リアスのとった行動はそれを蔑ろしたことに等しい。試合であることや、別に重傷を負っても、フェニックスの涙などで後々治療されるので、命の心配はなかろう。その程度でも泣き言を言うならば、先々リアスの将来は絶望的であるのは間違いない。自ら導くことを捨てたこととも同義である。結局は、リアスはグレモリーの本質に圧し潰されてしまったのだ。それを克服するには…。

 

***

 

 一誠はジュースを飲んでは、壁に寄り添っている。

 だが、このままではなかなかむず痒い。何かと話をせねば。他の悪魔達と話を合わせるために、貴族達の団欒を眺めては色々とネタを練っていた。悪魔の趣向は人間とは異なる点が数多あるものの、普段接してきたように、どんな話題を振っても何の不可思議も感じられないのではと考察する。

 手元にはあちこちの円状のテーブルにあるオードブルを乗せた皿を持っており、一口ずつ頂戴する。冥界に何度か訪れているが、食事の方は人間界のものとは然程変わりはなく、美味であった。壁際に寄り添い舌鼓を打ち続けていると、蒼那に声をかけられた。

 

「兵藤君?」

「こんばんは、支取会長」

 

 呆然とする蒼那に、一度礼をする一誠。藍色のドレスを身に纏っており、十分に似合っているのは確かだ。

 

「なぜ貴方が?」

「折角の招待なので。ところで会長もこちらに?」

 

 現時点、一誠が身近で心置きなく接することができる悪魔は、蒼那か匙の2名である。

 蒼那でも一女子、松田と元浜の悪行は元から耳にしており、多くの女子からも怒りの声を生徒会員とともに聞いてきた。退学という手段も検討していたが、それが一誠の親友という事実、そして一誠が彼らを折檻しているという目撃情報、その他の理由も加味して処分に至ってはいなかった。また、会うごとに欠かさず挨拶を交わすこともあれば、講師からの一誠の評価が良好と聞いているので、赤龍帝とは関係なくも信頼はしている方である。

 元人間である転生悪魔の匙の場合でも同じこと。蒼那に注意される程、過敏に『変態バカコンビ』の2人を下に見ていたが、一方で彼らの親友に当たる一誠に対しては話は別。然程、嫌悪感を抱くことはなかった。クラスは違えど、同学年である故に、昼食の時に愚痴を言い合い、同情し合う仲となっている。

 

「ええ、あくまでシトリー家代表としてですが。姉はサーゼクス様のお考えについて行けず、屋敷で待機していますので代わりに…」

 

 動揺を他所に、蒼那は事務的な態度で答えた。

 だが、待機しているというよりも引きこもっていると表現したほうが蒼那には妥当である。

 実はリアスの政略結婚に、セラフォルーまでも反対の音を挙げていたのだった。愛する妹を売る真似に彼女は激怒していた。しかしサーゼクスに加え、蒼那にまでも反論され、あまりのショックで自室に引きこもってしまった。

 ちなみにだが、この原因は蒼那からの拒絶が大半を占めている。セラフォルーからしてその負担は、一度滅びの魔力で消えてしまいたいほどであった。

 この状況に、一誠はただ苦笑するばかり。何も助言しようがない。魔王としての立場にいる以上如何なものかと思えば、サーゼクス以上に執拗な愛情を妹に与える彼女を宥めても致し方がないのだが。

 

「来られると思いましたわ、兵藤君」

 

 そんな時、貴婦人の声が一誠の左耳に響く。だが自分の名を呼ばれたからには知り合いであり、一誠はその方を向いて返した。

 

「……蒼那会長も来ていたんですか」

 

 横を向けば3人の部員達が立っている。朱乃は黒を基調とした花柄模様の着物、祐斗は藍色のタキシード、小猫は桃色のドレスを着こなしていた。だが、一々各々の服装の評価をしている暇など、この雰囲気からしてはないに等しい。

 

「やあ、兵藤君。君も来ていたんだね」

「折角だからな」

 

 祐斗の言葉に、軽く返す一誠。サーゼクスから招待されたとしつこくカミングアウトすれば、いい加減に煙たがれるに違いないと懸念したためである。

 

「ところで、試合の方は残念としか言いようがありません。しかし初試合にもかかわらず、たった3体で14体の眷属を倒すとは流石です」

「……別に褒められることではありません。私達は部長を守ることができませんでしたから」

 

 蒼那の評価は悪くはなかった。副会長とともに、別室で試合の模様を見届けていたが、戦術については最後の詰め以外は概ね良好といったところか。

 しかし、小猫は苦い表情を浮かべるばかりである。朱乃も祐斗も同じ反応を見せている。主を守るという最終目的を果たせなかったことは、努力が水泡に還ったことに変わりはないのだ。この先を憂いている表情が脳裏に浮かんでいた。

 間もなくして、小猫の表情が元のポーカーフェイスに戻る。

 

「……でも、私達は諦めていません」

 

 グラスに入ったドリンクを飲み干した後に述べられた小猫の一言に、「どういうことか」と一誠は疑問を抱く。口に出す以前に、蒼那が懐疑の視線を浮かべる。

 

「それは一体、どういうことですか?」

「小猫ちゃんの言う通りですわ。あの試合で私達はライザーに負けましたが、戦いは終わっていませんの」

 

 朱乃が淑やかな笑みを浮かべながら答えた。

 

「そうなんですか」

 

 愛想笑いを浮かべて答えるも、まさかと一誠は思った。ひょっとすれば無理してまでも、部長を取り返しに行くに違いない。ならば、リスクが高すぎる。

 何やら不穏な思いが一誠の脳裏を掠る。ドリンクを飲み干しウェイターに返すと、一声をかけて4人とともに観客の間をかき分け、一度屋敷の外に出る。大門の扉を閉め、人気(ひとけ)のない窓際に移動する。巨大な窓からの照明に照らされる地面に、片方に一誠と蒼那、向かい側に祐斗と小猫、そして朱乃が立ったところで話が再開された。

 

「貴方達、一体何をお考えなのですか。まさか、悪魔の伝統に相反する行為を企むことなど―」

 

 蒼那は一抹の懸念を抱き、警戒心を露にした。

 

「会長はどうお考えですの。貴方の幼馴染の部長をこのままライザーの元に歩むべきとお考えなのですか?」

 

 朱乃の問いに、蒼那は苦い顔を浮かべ口を噤むばかりであった。「なるほど」と、一誠は納得した。

 幼馴染ゆえに、リアスへの心配を心の奥に仕舞いこんでいたのだろう。だが、悪魔陣営の伝統に従うほかない。ソーナは脳裏では彼女を助ける一心だったが、それとは裏腹に背徳的に感じられていることも否めない。それ故、ソーナはリアスを助けることができず、負い目を感じている。

 

「納得していないのか、この結果に?」

「勿論だよ、兵藤君」

 

 一誠の問いに対し、祐斗は瞳の奥に強い意思を込めて答えた。

 

「だから僕達は部長を取り戻す、この()()で」

 

 ひょっとすれば、祐斗達は抗議を行って部長との婚約を破棄させようという魂胆なのだろう。だが、一誠の表情が怪訝になる。蒼那も思うところがあるか、祐斗達をまさかといった表情で見つめていた。

 

「おいちょっと待て。何勝手に俺を含めているんだ?」

 

 どういうわけか、一誠自身も含まれているではないか。反論が声に出たのは間もなくの出来事である。

 

「……兵藤先輩は何とも思わないのですか? 部長の置かれている立場に?」

 

 そんな中、小猫が口を割ってくる。尤も、一誠の行動に不満を抱いていたのは彼女自身であった。

 

「……近頃の部長は気が優れないままでした。それがあなたの行動によるものだとすぐにわかりました。一体どうして、そこまでに部長を退けようとするんですか?」

 

 一誠は黙って聞いていた。小猫の指摘も確かであろうと思っていたからだ。

 リアスに対する態度が厳かなのは、第一印象という偏見を抱いていることも理由の一つなのだろう。勝手に『わがまま姫』やら、『無能姫』やらとレッテルを張り付けている。これでは不信感を抱くのは言うまでもない。

 だが一誠は思う――ひょっとして、自分が助けに行くことで落とし前をつけてもらおうとしているのか?

 

「別に兵藤君を責めているわけではないよ。でも、恩返しをしたいんだ。僕達を助けて、導いてくれたことには部長には感謝しているから。兵藤君にもわかると思うよ。いつもはああだけど、本当の部長は――」

「バカかあんたらは」

 

 台詞の途中で、一誠は冷徹に言い放った。祐斗の表情が強張る。他の3体も目を見開いてしまう。

 だが藪から棒なのはまずかったに違いない。一度目を閉じてしばらく沈黙を作っては気持ちを落ち着かせ、口を開く。

 

「確かに、(あなが)ち間違っていないと思うよ」

 

 祐斗達の思いは理解した。彼はこの結果に満足していない。己の骨身を削ってまでも主を救い出すのだろう。リアスへの忠誠心はどれだけか深いかという疑問も自然に解けた。

 だからとて、一誠は手を貸す気など一切なかった。リアスに対する第一印象とは別に、思うところが山のように積まれているが。

 

「けどな――」

 

 決して友人ではないからなど、幼稚な理由ではない。

 

「サーゼクスさんから聞いたけど――」

 

 僅かな間をあけて、一誠は尋ねる。

 

「――じゃあなんで部長は投了を宣言したんだよ?」

 

 サーゼクスのメールを読んで、この点が一誠には理解ができなかった。直接観戦したわけではないので、本人にも尋ねたいところだ。あれほどライザーとは結婚の意思などないと宣言し、レーティング・ゲームにおける勝利宣言を言い放った彼女が、なぜ自ら放棄したのか。

 

「どういうことなんですの?」

 

 朱乃は不機嫌な表情を浮かべる。

 

「部長は優しい。グレモリー家の良さといえば、常に仲間思いという点です。部長もそれをきっちりと受け継いでいる――でも、その優しさが貴方達の覚悟を蔑ろにしたんですよ? 俺がされる立場になれば冗談じゃありません。何かと裏切られたみたいなので」

 

 リアスの矜持がどれだけ脆いのか、一誠の中では底知れぬレベルに達している。

 助けることが悪いわけではない。問題なのは、眷属を助けて反撃したのではなく、眷属を助けるために投了したことだ。ライザーからしてリアスは婚約者であるため、ナーバスな一面を見せるに違いない。そのため、まだ彼女に余力が残っている可能性があり、残った眷属とともに反撃を試みることができよう。だが、実際のリアスは眷属がこれ以上傷つけるのを見たくないために自ら白旗を挙げてしまった。眷属の視点で見れば彼女に救われているようだが、自分には邪魔されたことに変わりはない。その点について、リアスは優しさの使い方を間違っているかのように思える。

 自分の婚約が原因でゲームを展開し、どうしても結婚したくなくて抵抗していたはずなのに、急に己を裏切ってしまったのか。眷属を大事にするとはいえ、何故眷属を信じてあげていなかったのか。一誠には全く理解ができない。

 部員達は何も答えなかった。悲痛の表情を浮かべるだけである。「やれやれ」と肩を竦めてぼやいた後、一誠は踵を返した。

 

「兵藤君、どこに行くのです?」

「部長とフェニックスさんを見届けてから、家に帰ります。帰って試験勉強しなければならないので」

 

 蒼那の問いに、一誠は答える。祐斗達は愕然とし、絶望と焦燥感によって身体が一瞬で凍えるのを感じた。

 祐斗達の視点からして、あまりにも一誠の言葉は冷徹にも程があった。彼はリアスの心情を他所に回し、夫婦と見なして歓迎しようとしているではないか。そして省みることなく、己のみの事情を大事にしている。蒼那も一誠の言葉にショックを受けていたが、生徒会長の立場上、非難も何も返すことができなかった。

 

「ひどいよ…! 僕達は君を信じていたのに…!」

 

 二歩ほど歩んで影に入った途端、祐斗の悲痛の叫びが耳に入る。そのため、足が止まる。

 

「君には、部長の苦しみがわからないのか!? 僕達が力及ばなかったせいで…。部長は仕方なくああするしかなかったんだ…、僕達を守るために…!」

 

 感情が込み上がる。堪えているのが、喉の詰まり具合からわかる。

 投了を宣言した時のリアスは、涙を浮かべながら笑顔で祐斗を慈しんでくれていた。祐斗だけではない、既にリタイアしてしまった小猫にも朱乃にも謝罪していた。己が主として務めを果たせなかったために、責任を感じていたのだろう。だから自ら身を差し出すことを決めたのだろう。この時に笑顔を見せられたことで、後悔の念が極限に達していたのだ。笑顔を見せるのは、この時ではないというのに。

 一誠は重く息を吐いた。沈黙の後、「あのさ」と一誠は声を出す。

 

「…やっぱ勝手すぎるな」

「なっ…」

「あのさ、無駄に(ほだ)してんじゃねぇよ」

 

 肩越しで、射抜くように鋭い視線を向けて一誠は吐き捨てた。更なる文句に、祐斗は絶句するばかり。

 

「部長はわかっても、フェニックスさんはどうなんだよ? あんたら、試合以外では全く向き合ってなかったそうじゃないか。ただ部長の第一印象を鵜呑みにして、一方的にああ悪い、こう悪いと俺に押し付けて。身内だけ気が合ったら、他はどうだっていいのかよ? サーゼクスさんもご両親もこういうこと望んでいるとは、俺には思えないけどさ」

 

 一誠の言動が乱暴的なものに変わる。眷属として主人だけを思う思慕は当然なことだろうが、これに対し一誠の心は怒りで満たされていた。

 リアスだけを見て、ライザーに向けはしない。身内に加勢し、ライザーを一方的に罵る。彼の心情がどんなものかとも構わず、必ずしも拒絶する。これでは、逆にライザーが惨めに見えてきて仕方がない。

 オカルト研究部の欠点とはこのことだろう。深く洞察することなく、身内だけで通用する常識で勝手に決めつけていることである。種族問わず、世代問わず、誰にでもあり得ることなのは確かだが、一誠は腑に落ちなかった。

 

「てか言ったはずじゃないか、結局部長を守るのはあんた達だって。俺の出る幕じゃない」

 

 翻して身体を祐斗達に向ける。まだ指摘するべき点がいくつかあるが、最も気になっていたことを挙げた。

 

「元々この誠意をぶつけるのは俺に対してじゃない。グレモリー家、もしくはフェニックス家の方々だろ? 一々、部外者の人間が言ったって何にもできやしない」

 

 人間の一言で、悪魔陣営の上層部の意思、悪魔陣営全体の意識が容易く覆るとは言い難い。サーゼクスと親交の深い一誠でさえも、同様である。事実、サーゼクスやセラフォルーと何気なく接する一誠に対し、快く思わない集団も存在しているわけである。

 転生悪魔である祐斗達も同じことといえよう。悪魔に転生したとはいえ、悪魔としての経験はまだ浅く、元の種族の常識が被ることもあり得る。祐斗達の主張はまさに人間視点そのものであり、すぐに跳ね返されてしまうだろう。だが、それでも一誠よりかは何らかの形で足しになるのは事実である。なぜなら、リアスが誇る眷属達なのだから。

 

「部外者なんかじゃない! 兵藤君だって僕達と同じ―」

「甘ったれるな、赤髪の下っ端共」

 

 ドライグの不意なる一言で、祐斗達が押し黙る。その口調から怒気が含まれていた。だが、これは一誠本人も予定外の出来事であった。

 祐斗がそう発言したのは、既に1か月以上も過ぎたために切れることのない繋がりを持っていると、錯覚していたのだろう。一誠の左手越しで、彼らの話を耳にしていたドライグ。話に漬け込む予定などなかったが、一誠の意思に背く行動に痺れを切らしてしまったのだ。

 

「おい、ドライグ」

「すまんな一誠。だが俺からも言わせてくれ」

 

 一誠が顔を顰めて宥めるも、結局はドライグの意思を尊重することにした。籠手が発現される左手を上げ、緑色に光る甲を祐斗達に見せる。

 

「先程から何なのだお前達は? まるで一誠を、赤髪を救出するための道具としてしか見ていないように思えるが」

「道具って、そんな!」

 

 祐斗が悲観した表情で否定するも、次のドライグの一言によって絶句してしまう。

 

「お前達には、やつの眷属としてのプライドはないのか?」

 

 この一言で、祐斗達オカルト研究部の部員達の心を抉ってしまった。彼らの視線が下を向き、泳いでいる。

 リアスを救わない自分達が、眷属達に煽るのはどうも矛盾しているように思える。彼ら自身、彼女と一蓮托生するつもりなどない。唯一とれる手段は助言のみである。

 

「転生したとはいえ、一誠の指す“悪魔”と同然だな。不死鳥も赤髪も同じく、本質そのものが。言っておくが、いくら一誠が了承したとも俺は力を貸さぬつもりだ。こいつの志に反するからな」

 

 ドライグは淡々として叱咤するばかりだった。

 いくら人以上の実力を持つ生身でも、赤龍帝の力なしで不死鳥の業火に耐えられるのだろうか。祐斗達の抱く懸念の要素は増すばかりである。実のところ、その炎でくたばるほど一誠の身体は柔ではない。だが一誠をよく知らないために不安がられても仕方があるまい。

 ところで、もう一つ気になったのが“悪魔”と呼んだことである。悪魔全体を否定したことにしか聞こえない。だが一誠の指す“悪魔”と、冥界に存在する悪魔は別物である。悪魔でも良い悪魔はいる。論理的かつ倫理的に物事を考えられる者達を嫌ってはならない。蒼那とサーゼクスはその括りに余裕で入る。

 では一誠の考える“悪魔”とは何か。人間だろうが人外だろうが関係がない。一誠は、それは他人を顧みない者達と考えている。あざとい真似をする人達もそれに含まれている。人生で会ってきた中でも少なくはなく、最近でもレイナーレやリアスにもそれに当たる。このままでは朱乃達も加わってしまう。己を省みない癖に容易く助けることなど、一誠には虫が良すぎる話であった。

 

「ところで騎士のお前からは、赤髪を慕っていることはわかった。禁手に至っていないとはいえ、やつを守る騎士としてはまだ素質はあるはずだ」

 

 突如、祐斗はドライグに評価された。概ね良好の評価である。だが、驚く祐斗には複雑な心境であった。

 長きにわたり、赤龍帝の籠手は代々、様々な宿主とともに生きてきた。それはつまり、様々な時代、国々で籠手越しで見てきている。知識を積み重ね、『騎士とは何か』、『なぜ食物連鎖に抗うのか』などと、人間のみならず意志を持つ生き物全体について独自の観点を持っていた。

 

「だが、お前達2体は駄目だ。一誠にも感づいていたことだが、なぜ()()を出さない?」

 

 小猫と朱乃は一度驚愕するも、項垂れてしまう。その表情からは怒りとも悔しさとも、様々な負の感情が混ざりこんでいるかのようだと一誠には理解できた。

 この2体には悪魔としての能力、魔力以外にも秘められた力を持っていた。悪魔に転生する以前からの事実である。どんな力かは不明だが、それを持って使えば試合に勝つ確率は上がったはずである。だが一度も使うことなく、そのことを指摘されれば何やら思いつめた表情を浮かべる。何か闇があるに違いないと、一誠は思った。

 

「ドライグ! 塔城さんと姫島さんを―」

「黙れ。今はこいつら2体に話をつけている」

 

 2人の事情を知る蒼那が止めようとするも、口調の重みに圧迫される。「すいません」と一誠は一言で謝る。

 

「……部長を助けたかったのは確かですわ…。でも、あの力は使いたくない…」

「なぜだ? なぜその力を使うことに臆する? 所詮、赤髪への忠誠心はそんな程度か?」

 

 何らかの感情を込めたまま、朱乃が呟く。だが、ドライグには同情など持っていなかった。

 

「……あなたに何がわかるんですか?」

 

 口を割ったのは小猫の方であった。ゆっくりと顔を上げ、怒りと嘆きの込めた視線を一誠に向ける。

 

「……兵藤先輩も、あなたもわからないですよね…。私達よりも強いですから…。でも…、私はあなた達とは違うんです! 私達の事情の何も知らない癖に、いとも簡単にわかり切ったようなことなど言わないでください!! …私は…」

「小猫ちゃん…」

 

 怒号を浴びせる小猫。それから涙が止まらなくなった。嗚咽を漏らし、俯いてしまう。見せたくないものを見せられそうになり、必死にあがく。小猫には苦痛でしかなかった。心配そうに声をかける祐斗、そして朱乃も蒼那も同情を込めた表情を浮かべていた。一誠は顔色を変えることもなく、何とも言えない表情を保つばかりでいた。

 だが、ドライグはそうではない。

 

「戯け、お前達の過去など知ったことではない」

 

 ドライグは一言で、小猫と朱乃の悲観を跳ねのけた。一誠はまだ不信感を絶やしたわけではないが、反面として小猫と朱乃のことに微かに感傷を抱いていた。流石にこの言葉を言われれば、誰だって傷つく。だが、それと同時に真理なのだから取り消しようがない。

 

「勘違いしているようだが、貴様らが特別だと思うな。誰もが同情できると思うな。下っ端の泣き言など、彼奴らには屁でもないわ」

 

 同情心を漬け込もうとも、それは不可能である。ドライグの厳格な言葉が続く。

 

「一誠もそうとは思っとらん。俺のいうタチではないが、特別な力を持つことで葛藤しているのは一誠も同様なんだぞ? 一誠だけではない、この世の全ての生き物も同じ穴の(むじな)でしかない。『自分は弱い、力を使いたくない、だが自分達の苦しみをわかれ』――放蕩に更けこまれた貴様らなんぞに、都合よく同情を買うような芝居が通ってたまるか、愚か者めが」

 

 一滴の涙で物事全体が動くとは限らない。それは二次元の世界でしか成しえないことなのだ。

 祐斗達が上層部に涙を見せたところで身内はともかくとしても、他の連中は限りなく拒絶することが大抵の確率である。

 特別な力に躊躇を抱くのは一誠も同じである。ヒーロー物のように偶然力を手にし、急に使いこなせるわけでも、前向きになれることも、現実にはありはしない。誰もが彼を絶賛するわけでもない。一方で危惧するものもいるのだ。なれるのに時間がかかるだけだ。あまりにも危険すぎて目を逸らしてしまうものもいる。ドライグは様々な人間、悪魔、堕天使、それ以外の種族について同様に見ていた。どんな環境とはいえ、仕来りとはいえ、法律とはいえ、生物の真理に差異はないのだと。

 互いに事情は知らないとはいえ、一誠の事情を否定されたからには、知るドライグには黙っていられなかったのだ。

 

「いい加減目を覚ませ。主を守るならば一切の私情は慎め。そして、そのために誰が嘆き悲しんでいるかを自覚しろ。赤髪を助けるのはそれからの話だ」

 

 己の力に奥手なのは、何か事情はあるのは確かだ。臭い物に蓋をするかのように、優しさでカバーしようとしたリアス自身にも管理能力の是非が問われる。その点に関しては同情できるのかもしれない。

 蒼那は何も言えずにいた。幼馴染が過酷な目に遭っているのはわかっているというのに、何も紡ぐこともできない。内心、友人失格とも思えた。だが、上級悪魔としての振る舞いに加え、一誠とドライグの持論にも同調していることに気づく。大抵は彼女自身に通じる点が多く、何も反論できずにいた。

 甲での発光が止む。一誠は腕をゆっくりと下した。オカルト研究部で年上なのは朱乃しかいないとはいえ、一誠は「すいません」と敬語で無くなったことを詫びた。しかし、彼の言葉はまだ続く。

 

「すいませんが、俺は正義の味方なんかじゃありません。こういう公のイベントを潰すこと自体、正義の味方失格でしょうけど」

 

 最後まで一誠の信念を曲げることはできなかった。だが一誠からしては、悪魔全体に対する反乱でしかない。

 部員達は苦々しい表情を浮かべ、悔しみの涙で潤う瞳で反駁するばかり。しかし反論さえできずに聞き入れていた。蒼那もまた、彼らの心配を脇に置きながら、一誠の話を聞いている。

 

「部長に仕える事を誓ったんなら、部長を幸せにしたいなら、正々堂々と抗ってきてください。勝てるかどうかの目星はつけませんが、誠意だけは汲んでくれるはずです」

 

 一誠は逡巡の表情を見せなかった。結婚騒動から初志貫徹、『部長を助ける』気など持っていない。

 

「ただ覚えてほしいのは――世の中全体、感情論だけではひっくり返せないんだよ」

 

 感情論のみでも相手を説得することはできよう。しかし一誠の見込みからして成功率は、僅かと言わんばかりに低い。何せ、根拠がないからだ。

 何も答えてこないことを確認すると、一誠は踵を返し屋敷内に戻っていった。空しく、扉が閉まるのを見届ける一同。何も助言することもできないと悟った蒼那も、一言伝えると屋敷の中に戻っていく。緊張の糸が切れたかのように、祐斗は膝をついてしまう。望みが絶たれた。どうして部長を助け出すというのか。はぐれにならないと、微かに理性が働くのみであった。

 

「……何なんですか、兵藤先輩もドライグも…。あれじゃあ私達以上に悪魔じゃないですか…」

 

 小猫が呟く。落ち着きは見られ始めたものの、ドライグの台詞に心を突き刺されたまま。そのためか、口調も小刻みに震えていた。拳を作っては思い悩むばかりであった。そんな時、祐斗が途切れ途切れに話し出す。

 

「でも、結局は僕達がしなければならないことなんだ…。彼らに言われて気づいた、無意識でも僕達は彼に頼ろうとしてばかりだった…。今は悪魔だけど、元々僕は人間、小猫ちゃんも朱乃さんも違う。兵藤君は今でも人間だから言えるんだ…。本来の僕達もそうだ、でも今となっては、部長を守ることが、本当は僕達の使命なんだから…」

「……祐斗先輩…」

 

 陰で自嘲する祐斗の台詞は半ば皮肉でもあった。悪魔になったとはいえ、元人間として一誠の言葉に同調できたのだ。だが、悪魔として、リアスの眷属として生きなければならないために否定しなければならなかった。

 葛藤する祐斗の様子を見て、小猫の怒りが収まっていく。誰もが眉毛を漢字の八に曲げ、瞳に哀愁を醸し出す。そして、心にも空しさが残るばかりである。

 

「そうですわね…。でも、私達にできることは一体…」

 

 朱乃が消え入るように呟くとも、何も動きはしまい。後は残された眷属次第である。

 

***

 

 数分後、結婚披露宴が開始された。

 ライザーはリアスと2人で並び、参加者に対して感謝を込めたスピーチを紡ぎだす。だが、今誰に何を話しているのかを聞くには、今のリアスには気力がなかった。ただ下を向き、笑顔を浮かべることもなく、無愛想な表情を浮かべてばかりであった。だが、それを気にするのはこの場にいる一誠と蒼那、サーゼクス夫妻のみである。辛うじて水縹色の瞳に光があったため、リアスなりの美貌は垣間見える。そのため、他に関しては全く気に留めることもなく、衣装を身に纏ったリアスの容姿に見とれている。

 本来ならばリアスもスピーチする予定だったが、その意思も気力も感じられない。憂慮したライザーの機転で、声をかけられて席に戻された。親族からも話は続くが、勿論リアスの耳に留まることはない。ただ淑女たる品位を保ったまま、座り続けるばかり。だが、偶然にもある人物を見つけたことで、リアスの瞳が見開く。

 一誠が見上げて、自分達を見届けている。そのことに気づいているのは彼女だけ。

 この時、一誠は何も言えぬ表情を見せていた。喜怒哀楽の一つもなく、ただの通りすがりの聴衆として。リアスは理解する、自分を迎えに来る意思など持っていないのだと悟る。居た堪れなくなり、リアスは目線を逸らす。反動によってストロベリーブロンドの長髪が顔に掛かってしまう。目線を窺うことはできまいが、頬を伝って垂直に滴り落ちる一滴の雫がその隙間から見える。リアス自身にはわからない。枯らすほどに泣いたはずが、どこから漏れ出したというのか。

 一方、サーゼクス夫妻は新郎新婦を来賓席で見届けていた。息子のミリキャスを脇に寄せてはリアスに目を向ける。

 

「サーゼクス様」

「なんだい?」

 

 グレイフィアに呼びかけられたサーゼクスは顔を向ける。メイドとしての建前は確かなものだが、表情からは憐みを含んでいるかのように思えた。

 

「今頃の話で如何と思われますが、本当にこれでよろしかったのでしょうか?」

「意外だな」

 

 まさに夫婦と言ったところか、以心伝心であった。

 サーゼクスもグレイフィアも、リアスに対する態度に不備があったに違いないと予感していたのだ。魔王としての風格を取り戻し、悪魔陣営の繁栄に尽力を注がなくてはならない。リアスに愛情を注ぐばかりでは何も進まない。私情を捨てては取り組まなければならない。

 これを踏まえて対策を講じたことで、近頃のサーゼクスはリアスに無視されても案じることなどなくなるなど、克服の兆しが見られている。

 

「サーゼクス様に助言する一方で、リアス様を省みていませんでした。私はグレモリー家に仕えるメイドであるとともに、貴方の妻である故、お嬢様の世話をすることも努めるべき義務ですから。しかし、実際は空気を入れ替えただけで、私達は彼女の何も見ようとはしませんでした。同じグレモリー家として」

 

 グレイフィアは女性視点からリアスを心配していた。シスコンを克服したのはグレイフィアからして吉報なのだが、リアスとの接触が減りつつあることに負い目を感じるようになっていたのだ。人間の年齢によれば思春期に入っているという時期、心が過敏になる時期。自分達の努力が、かえってリアスが自ら心を閉ざしてしまったのではないのかと不安を抱いている。

 

「私達も他人の事を言えないと思うけどね。それに――ここに私情を含むのでは、魔王のメイドには相応しくないと思うのだが」

「……申し訳ございません」

 

 サーゼクスは目を細めて警戒する視線を向け、グレイフィアに対して苦言を呈した。普段のものとは考えられない、珍しい光景。しかしこの時のサーゼクスはグレモリー家の長男ではない。サーゼクス・ルシファーという名の魔王である。グレイフィアは動揺を見せながら、ゆっくりと頭を下げて詫びを入れた。

 しかし魔王、そして親戚という仲介の立場にある以上、一切の干渉は許されない。それはこの結婚披露宴も同様である。

 

「いいや、いいんだ」

 

 やはりサーゼクスも思うところがあったか、咎めはしなかった。頑なな表情を崩し、二枚目の笑顔を浮かべる。下に降りて遊んでくるようにミリキャスに言うと、喜んで一誠の元に駆けていった。悪魔でも、現年齢で見ればまだ純粋無垢な男子に変わりない。一誠には弟のように親しまれているのも事実である。

 一誠の元で楽しく話をしている自分の息子を見届けながら、サーゼクスは言う。

 

「だからとて、私はライザー君を否定する義理はないさ。彼も悪気はなかったと、試合後必死に謝ってくれたからね。リアスが彼の元に置かれるのは名残惜しいが、今は温かく見届けてあげようじゃないか。私達が動くのは、それからさ」

 

 サーゼクスは、最後まで中立の立場にいることを宣言した。グレイフィアも快く従うのみであった。




うん、なんてこった(すっとぼけ

この章に関しまして、後3話を予定しているところです。今日で結婚披露宴の話は終わりますが、まだ続きます。
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