Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~   作:70-90

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※話の都合上不備があったので、修正版を投稿します。申し訳ありません。


3匹が動く!

「ただいま」

 

 冥界から直接帰宅した一誠。一息ついて、極普通のように声をかける。

 トレーニングをする気がしない。疲労感が溜まっているわけではない、先ほどの件で心を痛めたわけでもない。ただ単に気が優れないだけ。

 

「おかえり。ちょうど御飯ができるとこなの」

「おう。じゃあ着替えてくる」

 

 3メートルも直進した先にあるキッチンから母の声を聞き取り、応えると部屋に戻って私服に着替える。家の中にいるので大して目立たない服装。薄いシャツに黒い綿製のズボンの組み合わせという、軽い部屋着。

 階段を下りキッチンに向かうと、既に父が座っている。机の上にはメインがハンバーグとその他のおかずが色とりどりと並んでおり、それらに胸を躍らせながら、一誠は父に声をかける。

 

――至って一般的な家庭の光景である。

 

「帰ってたのか父さん」

「ああ、おかえり。ママから聞いたよ。どうだった、結婚式は? 楽しかったかい?」

「まあね。旦那さんとか、色んな人達とも話してきたし」

 

 父と向かい側の席に座ると、母も父の隣に座り、食事が始まる。

 帰りが8時と比較的早い一誠の父。だが今回のように早めに帰宅してくることもしばしば。こうして3人で食卓を囲むのは休日を除けば、ほぼ毎日である。

 食事の際に話は盛り上がるが、今回はリアスの結婚が話題となっていた。両親には既に、リアスが結婚するとは事前に伝えている。悪魔の存在を仄めかしても、一般常識でいえば架空の存在と反応が薄いと目に見えているが。

 

「でもまだ高校生なのに結婚なんて…。何かあったのかな?」

「リアスちゃんって子、(すぐる)くんママから聞いたけど、家がかなり大変そうだし。学校やめて帰国するのかしら? 一誠、何か聞いてない?」

 

 “克”とは元浜の下の名前。学校関連の機会で出会えば、松田の母親と同様に必ず団欒となることが多い。この噂も彼女から得てきたものだ。

 しかし、結婚は兵藤家だけ知ることに限られた知識。と思えば、『ここだけの話』とあの2人の母親にもカミングアウトしていたようだ。

 リアス・グレモリー――名字は元七十二柱の悪魔から取られたもので、現存する歴史書などにも明確に記されている。だが、そういった常識に疎い両親は、何処かの国の人としか見ていない。学校では普段から上品たる振る舞いを行ってきたことから、故国に住む両親は有名な資産家なのだろうと、想像を膨らませるばかり。

 

「まだまだ学校に残るって。旦那の方が認めてくれたそうでさ」

「そうなの? でも、もしその間に子供なんて―」

「いやいやママ、流石に分別はついてると思うよ。まだ高校生なんだし」

 

 一誠の言葉を飲み込めず、疑心暗鬼を見せる母。父は苦笑しては彼女を落ち着かせる。

 

「わからないわよ~。将来子供ができて、他の子達にイヤミとか言われたらねぇ…」

「……母さん、昼ドラの見過ぎだってば…」

 

 母は天然思考の持ち主であり、だが何気なく発した言葉に恐れをなす一誠であった。

 それは学校のある時期、毎週の正午あたりから放映される30分のドラマ、通称『昼ドラ』を視聴したためによるものである。基本的には、例えば「相思相愛の男女、しかし実は生き別れた実の兄妹」というような愛憎劇が繰り広げられるなど、ドロドロとしたものをかなり好んでいる。「こうじゃなきゃ昼ドラじゃないわよ」と息子の前で、笑顔で公言するほど。彼女が元から天然だとは一誠は承知しているものの、条件反射で慄かざるを得ない。それどころか数千年を生きてきたドライグさえにも畏怖の念を抱かせている。

 

「まあ確かに色々あったっぽいけど、何とかなるだろうさ」

 

 脳裏にサーゼクスやその他の関係者の顔を思い浮かべながら、一誠は呟く。そしてほうれん草のおひたしを頬張る。

 

「あら、感傷的よねぇ~」

「まあまあ。一誠にもまだまだ可愛いところはあるよ」

「よしてよ、俺はもう子供じゃあるまいし」

「でもまだ酒飲む時期じゃないだろ」

「そういうことじゃないって…」

 

 純粋にも母は感心した一言を告げ、父が親バカともとれる一言を呈した。恥じらいを見せて一誠は苦笑している。

 

「そうだ。父さんと母さん、どうして結婚したの?」

 

 ふと思い出した。両親の結婚について尋ねるのは、恐らく人生で初の出来事だろう。

 それ以前は、両親という存在を当たり前のようにしか思っていなかった一誠。だが、リアスの結婚を経て、自然に思いが口から零れ落ちた。「あらあら」、「おやおや」と両親は呆けた表情を見せて顔を見合わせる。

 

「いや、結婚式行ってきたばかりだし、そういえばと思ってさ」

 

 居た堪れなくなり、不意に思いついた動機を明かす。

 しばらくして省みる。普段の2人は常に明るく、非の打ち所がないほどに仲がいい。おしどり夫婦といったところか。両者とも叱るときは叱る、褒めるところは褒めるなどと、まさに尊敬できる立派な親なのは確かである。

 しかし一誠の脳裏で、とあることがモクモクと浮かばれる。そういえばこの2人はどうして結婚したのだろうか。そして、今に至るまでに衝突など起こり得たのだろうか。リアスの件が咄嗟に思い浮かばれるが、それは論外。

 そんな時、父は照れ臭そうな表情を浮かべて口を割ってきた。

 

「それは一誠、僕がママに一目惚れしたからさ。仕事の時にね」

「そうよ~。これでもパパってば、意外と男気あるんだから」

「ママ、それは酷いじゃないか」

 

 のろけるようにして、両親は団欒とした様子を見せる。

 

「でも、話すには一誠にも彼女ができたらの話。そう約束したよね、パパ?」

「ああ勿論だよ」

「おいおい、なんだよそれ」

 

 苦笑して、一誠は言う。『このまま…』と思っていたが、詳しい話は暫くお預けということか。しかし約束ならば仕方ないと大人しく収めた。執拗に迫るほど、身内にはそこまで執念深くはない――特に、自分を育ててくれた両親には。

 後はテストの話などと世間話をするなどと、本来の話題からかけ離れていった。

 ご飯を済ませた後、部屋に戻って椅子に腰かける。凭れこんで天井を見上げた途端、「あっ」と一誠の口から間の抜けたような声が漏れた。

 

「そうだ。フェニックスさんに聞くの忘れてた…」

 

***

 

 結婚式の翌週、駒王学園では期末試験が開始、泣いても笑っても生徒の誰もが挑み始める。進級への壁を乗り越えようと必死に足掻く。だが普段から平常運転であった一誠には容易い出来事。トレーニングと両立し、リアスの結婚騒動に遭遇しながらも、嵐に巻き込まれるヨットにしがみつくような意地を見せて、予断なく勉学に励み続けてきた。

 毎年、国立を含む難関大学に卒業生全員を現役で輩出しているという功績を残しており、今年度もその人数の最高記録を更新する勢いにある。

 難関校であるゆえに理系項目、例えば数学、化学、物理でも、教科書を読むだけではそう簡単には解けない難問ばかり。だが文系、現代文でも同然、特に長文読解がもはや捨て問題ばかり。文章のみならず、問題の意図も汲み取ることができないのだ。

 今回では不死鳥について、特徴、歴史などと細々に語ってくる。設問もそれに因んだものばかりで、最後には『不死鳥についてどう思うか、あなたの考えを要約とともに500字程度で纏めよ』と510字詰めの升目が、A3大の問題用紙の左下に律儀に用意されている。しかもその配点が全体の2割と高く、実力次第では満点どころか8割を取るなど、まさに高嶺の花。

 男女問わず、この問題に目を通した生徒達の誰もが言う――『知らんがな』と。一誠自身も含まれており、試験時間でもその後でも『なんだこれ』と呆然。ドライグも同じような反応を見せる。

 一見、他の生徒達からしては、『知らんがな』という一言で済む話。だが、背景を知る一誠は製作者の悪意を疑うばかり。流子も『あれっ!?』と、不死鳥の存在を一誠から聞かされたことを微かに覚えていたか、完全なる不意打ちを間に受けていた。

 だが、今後が暗い未来にしか見えていないという、深刻な事態に陥っているのが特に2人。

 

――アカン…! これ絶対アカン…!

 

 元浜、実は関西育ちの親を持つ。普段ならば人前では標準語で話すのだが、不安定に限って無意識に漏れ出てしまうことは多い。

 試験時間は頭を抱え、この世の終わりを嘆いているかのように悲愴に満ちた表情を浮かべている。

 

――オワタ…。グッバイ、マイハニー達…。

 

 松田、まさかの敵前逃亡で真っ白。強面の肝っ玉母に()を持っていかれながら、跪いて手を伸ばし涙するという前途を脳裏に思い浮かべる。椅子に座ったまま、虚空を見上げた瞳からは一筋の涙が。

 後日の授業で解説が行われたが現代文担当の教師曰く、部分点で一割五分以上を取れていた生徒は少なからず存在する。だが学年で満点を取ったのは一誠、そして藤井という男子の2名だけだという。

 

「知らんがな!」

「どうした松田」

 

 その後の休み時間。一誠と流子、松田と元浜が集合している。その内、自席に座るのは後の2人。

 机に強く頭を打ち付け、悪態をつく松田。試験期間では二度目の『知らんがな』である。彼もまた最終問題に嵌った被害者の1人。元浜も同じく瀕死状態に陥っていた。

 だが偏差値の高い私立または国立の入試の過去問題、有名予備校の模試にも目を通せば、同様な奇問があるのは事実。どれも、高校生レベル以上の常識を駆使しなければ一問も解けず、最悪の場合「こんなはずでは」と惨状に目を疑うばかり。

 駒王学園ではそれを参考問題として、授業の演習時間に出題するケースが多い。3年になれば頭を悩ませる受験生が増加傾向にあるのも事実。

 

「おかしいぞ一誠! あいつはともかくとして、どう勉強したら満点もらえるんだよ!?」

「いや、普通に勉強しただけだから…。俺だって正直驚いてんだ…。どんまいだな…」

「ドンマイじゃすまされねぇよ! このままじゃマイハニー達が…!」

 

 咄嗟に立ち上がった松田は一誠に抗議し始める。藁をも掴もうと掴み損ねる仕草を見せつけながら。元浜も彼の事情を知っているために、『心の友よ』と涙を浮かべている。

 

「お前ら、さっきからそっちばかりだな」

「まあ、纏さんは頑張ってたからな」

「お、おう…。てかともかくってどういうことだよ? 私も前からがり勉とは聞いてたけどさ」

 

 僅かに焦りを見せながらも流子は答える。そして後に続く一言を聞いて、教室の入り口近くの先頭の席に座る、伊達眼鏡の男子に3人も顔を向ける。

 藤井金次郎――例の草食系男子。必死に作成したレポートを落として風に吹かれる、不意に起こった騒動に何の断りもなく巻き込まれるなどと、何とも不吉極まりない時を過ごす内気な少年。眼鏡をかける彼は童顔で背が150センチ後半と低く、しかし少数の女子からは可愛げがあると好感を持たれている。勉強もピカイチだが、休み時間でも黙々と勉学を絶やさない。

 この時間もそうするのだが、満点を取ったと聞くや否や、絶賛もしくは教えてもらおうとクラスの女子が囲んでいる。

 

「ねえねえ、藤井くんすごいじゃない、満点なんて!」

「私にも教えてよ!」

「あっ、あの、僕はその…」

 

 このクラスにも言えることだが、駒王学園には美少女と評価されやすい女子生徒の比率がやたらと大きい。囲む女子の殆どはまさにそれで、どう対応すればいいかと目が泳いでしまっている。

 だがその一方で、松田と元浜にはこれを眺めたまま佇むことなど、まさに拷問。生き地獄。彼ら曰く、これは無自覚系ハーレムと呼んでいるそうだ。勉強に励み続けたことで満点を獲得、さらに女子がわんさかと集まり、まさに一石二鳥。世紀末の悪役のように睨みを送り続ける2人に、一誠も流子も呆れていた。

 

「てか心配するのは自分の方じゃないか。これで赤点なんか取って()()がどうなっても知らんぞ」

 

 呆れた一誠の一言に、2人は目を大きく開けて顔を見合わせる。そして元浜が頭を抱え込むと、ガタガタと武者震いが起こり始める。松田は燃えるように激しい焦燥感を覚え、立ち上がってしまう。

 

「そや…。けどアカン気がしてきたわ…」

「どうするんだよ!? このままじゃ陽の目を見ないうちに桃園モモの新作が…!」

「……新作…?」

 

 一誠にも流子にもわからない。しかし元浜の耳がピクリと震える。

 松田の方に顔を向け、ギロリと威嚇の視線を見せつけた元浜。立ち上がって、ゆっくりと歩み寄り、後ろの黒板までに詰め寄る。

 

「新作…!? なんだよそれ!? 俺知らんぞ!? 貴様、戦友の俺を差し置いて買ってたんか!?」

「……すまねぇ」

 

 元浜は劇画の表情で接近、後ろまで追い込み、左手で黒板にドンと衝撃を与え、責め立てる。男一同からは『できれば絶対に味わいたくない』と思われても仕方がない、このシチュエーション。しかし松田は反抗することなく、目を逸らして、燃え尽きたように切ない表情を浮かべる。松田の口から、か弱い調子で黙々と背景が吐露されていく。

 桃園モモとは松田と元浜が嗜む、“あっち系”のDVDに出演するキャラクターの1人である。コアなファンが多数も存在しているそうで、近頃新作が出たと聞き付け、密かに松田は購入。勿論、元浜にも知らせる予定だったが、帰宅直後に神出鬼没の母から愛の洗礼。未開封のまま、押し入れの奥に封印されてしまったのだ。

 

――助けて…。助けて…、松田くん…!

 

 目を閉じれば、自分に助けを呼ぶ彼女の声が聞こえてくる! 心配で心配で動悸が激しい、今にも助け出したい! でも、母ちゃんには逆らえない…。ならば、テストでいい点数を取って母ちゃんを見返してやる! モモちゃんを助け出してみせる!

 

――やってやる…! 見てくれモモちゃん、俺はやってやるぜ!

 

 まさに重症。だが自覚という言葉は、この時の松田の辞書には掲載されていない。

 一念発起し、受験戦争時以上の潜在能力を開放しようと努力を重ねた。休日は自室に籠り、血眼になりながら何時間も机に向かって勉強した。教科書も見返す、少なき友人からノートを借りてはタイプライターのように左右往復しては模写、そして見返す――思い返せば地獄のようで、蜘蛛の糸を伝って登るような救済への日々。

 だが、当日の問題を一目――撃沈。松田、そして元浜の中で何かが1つずつ、1つの水泡と化して弾けていく。そして、その中に入るのは単なる空気ではない、魂その物だろう。それを受け止めたかのように、元浜の表情から怒りが霧散していく。

 

「信じてくれ元浜…。仕方がなかったんだ…。さすがに母ちゃんには勝てない…。それでも、俺はモモちゃんを助けたかったんだ…。全俺の欲を全て今日までのために注ぎ込んできたんだってのに…」

「松田…」

 

 松田は遺恨の涙を流し、奥歯を強く噛み締める。それを見たことで元浜の瞳が思わず潤った。どうやら熱い芝居が展開されているようだが、一誠と流子は肩を竦めるだけ。別に現代文の評価だけで成績の良し悪しが決まるわけがなかろうに。

 ところで、一誠は先ほどから藤井の状況が気になっていた。どうしても居た堪れない様子であることから、一言伝えた上で彼の席に向かう。

 

「ほら、その辺にしときな。藤井さんが困ってるじゃないか」

「あっ、兵藤くん…。ごめんね藤井くん」

「ううん、気にしないで。僕の方こそごめんね、なかなか融通が利かなくて」

 

 申し訳ないように女子が謝ると、苦笑を見せて藤井は宥めた。そして、女子達は蜘蛛を散らすようにして、世間話やテストの話をするために持ち場に戻っていく。重くため息をついた藤井に対し、一誠は声をかけた。

 

「大丈夫か藤井さん」

「うん。ありがとう兵藤君」

「気にすんなって。藤井さんが勉強しているのを何度か見かけたからさ、つい」

 

 基本的に干渉は行わない主義である。

 1年の頃から同じクラスにいるために普段から彼を見かける機会が多く、黙々と活字に挑む姿勢に、ふと過去の自分を照らし合わせることが幾度かあった。

 最低限わからないと判断した時は大人達に尋ね、その他に対しては地道に積み重ねる。それが一誠から見た、藤井の行動的概念である。

 

「確か兵藤君も満点だったよね」

「まあな。ああいう系は元々俺も興味持っていたことだし、何気なく書いただけさ」

「そうなんだ」

「でも、あれは奇問っていうか、鬼レベルの問題――『鬼問』だろ」

「そうだね…。僕も最初見たとき戸惑ったよ」

 

 一誠の突っ込みに笑いながら、藤井は思い返す。あの問題を目の当たりにした時、人生で最難関の活字だとすぐに認識したものだと。

 

「それで松田君と元浜君は?」

「あ…。ああ、見ての通り」

「見ての通りっていうな!」

 

 松田と元浜を普段から気に掛けていたのは、一誠には意外であった。彼らの野次を他所に回してしまうほど。だが心を通わせやすい同性の相手がいるからこそ、この反応は当然に違いない。そう解釈すれば、立ち直りは速い。

 そういえば、そろそろ勉強をさせなければと一誠は思い出す。

 

「そうだ、この辺にしとかなきゃな」

「ごめんね。僕のために」

「気にすんなって。でも、たまには俺達にも声かけてくれよな」

「うん、わかったよ。ありがとね」

「おう、じゃあな」

 

 そう言って一誠は流子達の元に戻っていく。泣きっ面を浮かべる2人の対処に困り果てていたようである。苦笑しながら、再び藤井の方に向けば、彼は机に向かってノートを取り続けていた。

 一誠が去り際にそう言ったのは、やはり勉学に集中し過ぎて、逆に人との関わり合いが滞ってしまうだろうと思ったためである。無謀な手段はとらず、せめて助言だけを残しておく。しかし、ここまで勉強するとなると、やはり国立志望か。自ら奮起して夢に向かっているとなると、なかなか感心できること。

 そしてスイッチを切り替えるように、窓の向こうの空に顔を見やる――どこの誰かも見習ってほしいものだ。

 

「今日見た? 木場くんのこと?」

「うん。酷い落ち込みようだったよね」

「やっぱり、リアス先輩のことじゃないの? なんだか大変らしいよあの人」

「えーっ、どういうこと?」

 

 それに答えたかのように、後ろの入口付近にいる女子3人が話題にしていた。それを耳にして一誠はその方を見る。何やら身内のように、彼を心配しているようだ。

 事細かくには知らされていないが、リアスの家庭が窮屈になっているらしいという噂で、その話が持ち切りになっていた。彼女だけではない、眷属達もいつもに増して静かだという。登校中も、別の教室への移動中も、帰宅途中にも、その話をする生徒を見かけることが多く、学年問わず。リアスと正体不明の部員を除いて、部員に関して各学年から1人ずつ選抜されているためだと思われる。

 

「グレモリーの奴、表に出なくなったな」

 

 帰宅途中、住宅街を歩む最中、流子がふと口にした。

 彼女達が廊下を歩めば雑踏で埋め尽くされるのが、駒王学園ならではの出来事。しかし数日間、それと言えることは一度も起こっていない。

 その代わり、昼食、別室での授業のための移動が円滑になったことは大きな利潤である。数量限定の一品が手に入りやすくなる、行先が遠い実験室でも駆け足でスムーズに辿り着きやすくなり遅刻を免れるなど些細な事、しかし僅かな期間しかない青春だからこそ味わえる喜びの瞬間。どれだけの生徒が味わい、噛み締めたことか。

 流子もその1人である。ただその時見せた表情はそれとは別に、浮かないまま。女子として僅かに情が残されているのか、気がかりであることは自分でも否めない。

 

「結局嫁いだからな、部長」

「はっ!? マジかよ」

「言っとくけど、結婚とか知ってるの、俺達と俺の親だけだぞ」

「そ、そうか。それであいつら…、気の毒だな」

 

 暗に、このことは漏らすなと流子は汲み取ることはできた。そして、見かけた時は別人に成り代わっていた3人が脳裏に浮かばれる。

 

「へっ、いいザマだぜ。常に高をくくっていんから今になってツケが回ってきただろうに」

「そうかもな。世の中はそう甘くないって少しは実感したに違いな―」

 

 やれやれとしながらも、微笑を浮かべる流子。それに一誠は乗っかるが、降りるのは間もなくのこと。

 

「あれ? そういえば纏さん、一度部長に同情していなかったっけ?」

「はぁっ? 私があいつなんかに同情なんて――あっ」

 

 何かとやらかした表情に切り替わる。しかし、一誠は咎めることもなく受け流すだけ。

 

「そっ、そりゃ結婚の話だけに決まってんだろ…。勝手に決められるなんてよ、どんなヤツかは知らねぇが、私だったらギッタンギッタンにしてっからな!」

「ちょっとストップ、纏さん」

 

 流石に女子とならば、この言葉は似合わない。そう思った一誠が一度『待った』をかけた。ムッとした表情を浮かべる流子を他所に、やれやれと部長を脳裏に映し出す。

 

「まぁ、日頃の事を考えれば纏さんにそう言われても仕方がないだろう――木場さん達も納得していなかったようだし」

「あいつらが? 喧嘩に負けたくせにか?」

 

 苦笑しながらも一誠は答える。

 

「ああ――俺を駆り出そうとしてまでもさ」

「何やってんだ、おい…。なんで兵藤なんかを…」

「まぁ、こいつ曰く俺の宿命だとさ」

 

 左腕を見せて一誠は答える。それを見て、憤怒に満ちた流子の表情が暗に沈みかける。この時、ドライグはどういう表情を浮かべているのだろうか。

 赤龍帝は常に、あらゆる強者に果たし状を突き付けられるという宿命を背負っているという。赤龍帝の籠手に加え、一誠が日頃のトレーニングで得た高い忍耐力、運動神経、潜在能力など心身の調和。この要素によって、曹操などの強者から目をつけられやすい。

 ライザー・フェニックスも本気を出せば、まさに強者の1人だろう。別にリアス達では満足できまい。祐斗達の申し入れを受諾していれば、このまま戦闘を繰り広げていただろう。

 

「結局俺は蹴ったよ。部長が助かるだけで、俺達も他の方々も何も得しない。彼氏も悪い人じゃなかったしな」

 

 だが、一誠は自ら立てた道理や客観性に則って断ってみせた。別に望んでもいない戦いに身を委ねても、何の利得も得られないと考えていたためだ。祐斗達は正義のためにリアスを助け出そうとしただろうが、一誠には身勝手による反乱でしかない。それによって家族や友人が巻き添えを食らえばどうすればいいことか。グレモリー家へのバッシングが今でも止まないために、これ以上過熱化させるわけにはいかない。

 宿命がなんだ、そんなもんはぶち壊せばいい――そう一誠は考えながら生きている。

 

「お前、本当に私とタメなのか?」

「何言ってんの、当然だろ?」

 

 一誠は呆れるように笑い、そう答える。

 同い年にしては何とも客観的に俯瞰していることから、流子は彼が年齢詐称をしているのではと疑っていたのだ。

 

「だってよ、妙に大人ぶってるっていうか、私の姉さんが1人増えたみたいだぜ」

「大人ぶってるは余計だ――って纏さんの姉に俺が?」

「ああ、似てんだよ。ブレないところが」

「そうか。ならその姉さんはいい方なんだろうな」

 

 まだ目にしたことがない流子の姉に期待を寄せる一誠。リアスには、少なくとも眷属達とともに現状を打破してもらうことにしよう。

 人間界における世の中は、魔法など未知なる力に頼れるほど甘くはない。それに加え、はぐれ悪魔の件もある。生徒会がそれに躍起になるのを思い浮かべると憂いに沈むしかない。後々にサーゼクスに尋ねたところ、他の3体の魔王に協力を要請、数週間前から眷属達が覆面捜査を行っているという。見つけ次第捕獲して冥界に連行し、悪魔の駒が埋め込まれていれば主の特定を行う、といった本格的な実行手段だ。また、はぐれ悪魔が発生する発端となっている悪魔の駒を取り上げ、使用制限の是非を問う議会を行う予定が今月以内に立てられている。

 対策はまだ開始したばかり、また悪魔の特性は1つとは限らないため、撲滅に至るまでには難航する見込みである。それ故に、神器を使いこなせる一誠達の協力が欠かせない現状に変わりはない。

 

―すまないけど木場さん、後はあんた達次第だ。俺には俺なりの事情があるんでな。

 

 祐斗達に多少の期待を寄せるだけ。一誠達はこのまま一本道を歩み続ける。

 

***

 

 放課後の旧校舎。

 グラウンドの中心に佇む木場は一人で、魔剣創造で生み出した剣を振り翳していた。シャドーボクシングのように、虚空の敵を斬っていた。何度も、汗を流しながら。

 期末試験だろうが、オカルト研究部のメンバー達には承知しておく必要がなかった。実を言うと、レーティング・ゲームのためにテスト対策を殆どしてこなかったのだ。その結果、全教科において惨憺(さんたん)たる出来であった。朱乃は乗り越えたようだが、何事かと他人からは不信に思われるばかり。それでも、それを代償としてまでも一つの目標を達成しようと必死だった。諦めたわけではない――リアスを取り返し、笑顔でこの部室に戻ることを。小猫も朱乃も言わずもがな。

 だが、一誠なしで対処しなければならない。いや、するのだ。中立の立場を離れないこともあるがそれに加え、一誠の助言も理解していた。神器持ちとはいえ普通の人間――馴れ合って引き込んでいいというのか? 自分達が眷属だからこそ、自分達の力で助けなければならない。一誠に構う必要などないのだ。

 そんな中、小猫が息を切らしながら駆けつけてくる。

 

「祐斗先輩…!」

 

 側には朱乃もいたが、表情からして不穏な前兆を予感させた。利き腕を下ろし魔剣を消すと、すぐさま声をかける。

 

「どうかしたんですか?」

「グレイフィアさんが部室に来られて、手紙を渡してくれましたの。これを見てください」

 

 深刻な表情で、朱乃は一通の手紙を差し出す。そこから湧き知れぬ魔力の残余を感じ取る。封筒に直筆で名前が記されており、誰もが我が敵と言わんばかりに睨みつけていた。

 差出人はライザー・フェニックス。すぐに封を開け、手紙を読む。

 

***

 

 俺が親愛なるリアス・グレモリーの、眷属一同に告ぐ。

 7時迄にフェニックス邸に来訪しろ。お前達の主に関わる事項で話すことがある。もしこの手紙を破り捨てるようなことをすれば、二度と会えないと思え。

 

 ライザー・フェニックス

 

***

 

 果たし状――そう解釈できた。

 そうとなれば、彼ら3人がどう動くかは既に決まっていた。

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