Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
とある個室。
個室といえども、一度に100人が入れるほどに広い。しかし、その部屋は与えられた当初から暗闇に包まれたまま。明かりというものは昼間に太陽、夜中に月がカーテンの隙間から覗いているものだけ。
そこに、リアスは座り込んでいた。
窓際にある鏡台の椅子に腰掛けたまま、生気を失ったような表情で黄昏れている。月夜が明るく照らし、真っ赤なシルクのドレスから覗かせる真白な柔肌に重なることで、未成年には成し得ない美貌を強調している。
だが、その姿を一瞬でしか見られたことはない。この部屋に入ってから一度も外に出ていないからだ。
リアスは外部との接触を一切拒絶していた。ライザーはともかく、彼の親戚や眷属どころか、グレモリー家にも無言を貫いていた。食事はおろか水の1滴も啜ることなく、1週間この姿勢を維持したまま。人間と比べ身体能力が大きく、飢えにも強いのでそう簡単には死なない。だが表情からして、悪魔の身体でもリアスは限界を感じていた。
他人を拒む。だが、それは心の底で喉で感じる以上の渇きを起こしている。
「祐斗…。小猫…。朱乃…」
リアスが消え入るような声で、3人の名を呟く。
眷属達はどうしているのか。脳裏に浮かぶのは、披露宴の時に見せたやるせない表情。感情を無理に押し殺し、申し訳ないと謝罪しているかのよう。それを思い出すのは複数回のことであり、更に渇きが酷くなるばかりだった。そして拍車を掛けたのは、一誠の表情。それもまた記憶として深く刻み込まれていた。フラッシュバックしてしまい、息が荒くなったことは何度かある。
だか責める気などない。眷属達に見せる顔などないと、リアスは自嘲するようになっていた。
「リアス様!」
激しいノックの音が何度も響く。しかし何度のことかと興味を示さず、姿勢を変えようとはしなかった。
「レイヴェルお嬢様…! そんな乱暴にドアをノックされては…!」
「品位どころの問題じゃありませんわ! 一大事ですのよ!?」
侍女とレイヴェルの怒号が喧しいほどに、ドアの隙間から入り込んでくる。しかし3メートルほどもあるドアはそれなりに厚さがあり、音量は抑えられている。
レイヴェルの呼びかけに応えて何になるのだろうか。そう愚痴を零しているかのように、リアスは不動のまま。
「リアス様、大変ですわ! 貴女の眷属方がライザーお兄様と戦っていますのよ!?」
だがその一言は、無気力のリアスに目を覚まさせるには十分だった。リアスは大きく見開き、ドアの方を向けた。
―私の下僕達が、ライザーと戦っている…!?
刹那、ズシンと微かに屋敷を揺らすような轟音を耳にした。
『戦っている』ということは、何度かこの音が鳴り続いているというのか。無気力のあまり、何度か聞き逃しているというのか。
リアスは我が子のもとに駆けつけようとしたかのように、勢い良く立ち上がった。
***
「おいおいどうした?」
赤い空に囲まれる裏庭。
ライザーは微かに息を切らし、穴だらけの芝生を見下ろしていた。
だが一粒の汗もかくことはない。先程まで整えていたスーツが穴凹だらけとなっており、幾多の攻撃を受けていたことは確かだ。しかし再生能力のために、明らかにダメージもしくは極度の疲労を覚えているようには見えなかった。
「くっ…!」
だが裕斗達の場合、危機的な状況に陥っている。ライザーを、正三角形を描くような位置で囲んでおり、満身創痍の状態を見せていた。戦闘開始から、およそ30分後のことだ。
身に纏った制服も砂埃が付着したものだけでなく、被攻撃時や着地失敗によって破けるなどボロボロの状態。立っているのが精一杯だと訴えているかのように、息の切らし方が激しかった。
3人共、ライザーに直接な一打を与えられずにいた。何度も避けられ、一方で自分達は爆風もしくは直撃によるダメージを受けるばかり。
変わらないのは、闘志のみ。祐斗達の目は諦めというものを見せず、じっとライザーに執着を示していた。
「……変わってねぇな、試合と丸っきり同じだ」
「何だって…?」
怒りを込めた口調で、静かにライザーは言った。
「やる気はあるが、それが身体に現れちゃいない。特にそこの女達2体はな。このままじゃ、死ぬぞ」
「……! 大きなお世話よ…!」
覗かれたくないものを見られた時のような怒りの表情で、膝立ちの朱乃は利き手で雷を放つ。急転直下の勢いで雷が、ライザーを狙う。だが回避されるばかり。掠ってもすぐに再生される。朱乃の弱点が攻撃中は移動できないことであり、ライザーは意図はなくともその盲点を突いていた。
「うあっ――!」
それだけではない。朱乃自身、ライザーに目を向けるあまりに失念していた。雷による衝撃に、疲労や傷で動けない祐斗が巻き込まれてしまったのだ。
「…はっ…!」
しかし、時既に遅し。放たれた火炎弾は真横に着弾し、何もかも焼きつくす程に熱い爆風が朱乃を吹き飛ばした。
「きゃあっ――…!!」
「朱乃先輩…! くっ…!」
ポーカーフェイスを維持させることも危うい。右目が完全には開けられなくなっており、彼女の視界がぼやけていた。
小猫はクラウチングスタートに近い姿勢から、眩い速度でライザーに接近。速く重い拳が、ライザーの腹部を捉えようとする。
だが彼自身も素手での格闘に慣れていた。強靭な拳や蹴りを受け止めながら、カウンターで返し続けていた。胴体や腕ならいい、あろうことかライザーの拳は小猫の頬を捉え、
ある時仰け反り、拳を放つ。
「――甘い!」
「…!」
しかし脇を通り過ぎるかのように、小猫の拳は空を切った。
ライザーはその腕を掴み、右膝で小柄な身体を蹴り上げた。意識を微かに奪われ、苦悶の表情を浮かべる。そして払い手で吹き飛ばされ、地面を滑っていく。
防御面に優れた“戦車”を打ち砕くほど強烈な一撃だったらしく、小猫は腹を両手で強く押さえたまま、立ち上がることが出来なかった。
「ライザー、あんたって人は…!」
ライザーの攻撃には、男女での良し悪しなどなかった。女性である小猫や朱乃に対しても、一切の手加減をしていないからだ。
祐斗が彼に抱く印象というものは最悪となっている。そのために、憤怒に満ちた表情で地面に手を乗せた。波を立てるかのように地面から順々と複数の剣が発生し、ライザーに迫っていく。
だがライザーは両手に、双剣状の炎を生成し一閃――剣の波を破壊していく。祐斗は両手に魔剣を生成し接近、真上から振り下ろす。
「やっぱり、最悪な人だ…! こんなやつが、部長と結婚していいはずがない…!」
「くっ――!」
ライザーは双剣で防ぐ。鍔迫り合いが起こり、その際に無数の煤が舞う。煤は顔や腕に降りかかり、祐斗の表情が痛みで滲む。
***
リアスは、レイヴェルと共に裏庭に駆けつけていた。
レイヴェルは、ライザーに眷属が来たと言伝を頼まれていた。だが勝負をするのは彼女は想定外だったらしく、リアスと同じ表情を浮かべている。
「祐斗…! 小猫…! 朱乃…!」
「お兄様…! いくら何でもやり過ぎよ…!」
向こう先の光景にリアスの顔は青ざめ、レイヴェルも一抹の不安を顔から現していた。
「ライザー様は、貴方の眷属と勝負をしております。決して無粋な真似をなさらぬように」
ユーベルーナは冷静沈着の状態で見ていた。
見るからにこれはワンサイドゲーム。だが彼女はそれを承知した上で、ライザー達を止めることはせず、自ら傍観の立場に置いていた。
「勝負って…! 勝負って一体どういうことなの!? 私との結婚だけじゃ物足りないというの!?」
「落ち着いてください。このことはフェニックス家およびグレモリー家、両家から了解を得ています」
リアスは感情を爆発させた。まるで1週間自重してきた分を纏めて吐き出したようであった。それでも、ユーベルーナは微動たりともしなかった。彼女の紫色の瞳は、一途にライザー達の戦闘を見届けたまま。
「今すぐやめさせなさい! もしも彼らをこれ以上傷つけたら、タダじゃ置かないわ!」
「それは出来ません。お言葉ですが――今の貴女に何ができると
ユーベルーナの静かな声に、リアスは目を剥いた。
「このような措置を取ったのは全て貴女のため。リアス様が我々フェニックス家に嫁がれてから、ライザー様に一度もお目にかかることはありませんでした」
彼女の語りは秘めた怒りを感じさせた。
ライザーの話を何故聞いてあげなかったのかと責めているかのようだった。リアスを追放しようという眷属を宥めてはいたが、彼女もまた怒りを秘めた者の1人。
リアスは言葉に詰まり、苦い表情を浮かべた。
「そのことに憂慮なされたライザー様は、グレイフィア様に貴女の眷属達への言伝を依頼しました。眷属とは主を守るための、常に無くてはならない存在。リアス様を呼び出すには彼らが必要だったのです。リアス様、これでもライザー様を拒むおつもりですか?」
否定ができなかった。
リアス本人も理解している。自分の我儘のために、どれだけの人達に迷惑をかけてきたのだろうかと。
しかし、わからない。なぜこんな自分のために、彼らは死ぬ気で戦っているというのか?
「でも、こんなことはあんまりよ! あの子達はライザー達に勝つことが出来なかった! 再戦でも無茶よ!」
リアスとしては、この無益な戦いを止めたい一心。ユーベルーナに結界を解くように願うも、彼女は相変わらずだった。
「それでも――貴女の願いを聞き入れることはできません」
「どうして…!」
「ライザー様を御覧ください。あれは特訓時の私達に見せる御姿です。もし負けになられた場合、貴女との婚約を破棄すると彼は仰っていました」
絶句した。
あれほど自分を欲しがっていたライザーが、勝負次第で任せるというのだ。
試合当時ならば喜んだはずだ。等身大の女子として、自由に恋をすることもできたはず。
だが状況に依るものか、リアスの心にそんな感情が湧き出ることはなかった。一方で無味乾燥を示すような、嘆くような表情を浮かべるだけだった。
「そしてリアス様の眷属方。貴女の仰る通り、今の実力ではライザー様に勝つことは到底不可能です。しかしそれを承知の上でも、貴女をライザー様から連れ戻すためには、白旗を上げようとする自分を許せないのです」
ユーベルーナは、リアスに同情するように声をかけるだけだった。
***
よろよろとふらつく両足に鞭を打ち、堂々と立つライザーを見る。
もはや学園一のイケメンと呼ばれているように、様々な学生達に満遍なく見せる笑顔ではない。掠り傷ばかりの顔は馴染みのものではなく、勇ましい騎士の表情を見せていた。
もはや傷だらけの彼に、朱乃や小猫は叫んでいた。
雄叫びを上げ、剣を振りかざす。周囲に小火を焚かせながら、両者の打ち合いが続いていた。
「兵藤君に色々と言われて気づいた…! 僕達は部長を守ることだけしか頭に無く、ライザーさんを見ようとしなかった…! ひょっとしたら…、いい人なんじゃないかって…!」
ライザーは顎を上げた。微かに驚きを見せたが、攻撃に集中し始める。
「でも朱乃さんや小猫ちゃんにこんなことを…!」
祐斗は強く、剣を叩きつける。
勝負をする以上、手加減はできない。しかし一生傷を負わせてもおかしくないライザーの動きには納得がいかなかった。
「どうしてだ…! どうして部長をちゃんと見てあげなかったんだ…!」
祐斗達には見たことがない、ライザーが正しく接したことなど。
祐斗達には見たことがない、ライザーがリアスを愛しているという心掛けなど。
「部長はいつも僕達に笑ってくれた! どんなことがあっても、僕達を励ましてくれた!」
互いに一歩も譲らない斬り合い。眩い剣捌きで圧倒するはずが、ライザーには通用しない。
「でも部長がこんな一方的な結婚のせいで笑わなくなってしまった! あんたのせいできっと、生きる気力を失ってしまったに違いない!」
祐斗の言葉に、ライザーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
だが裕斗達は見たことがない、ライザーが本当はどう思っているかを。
祐斗達は見たことがない、ライザーまでもが追い込まれていることを。
「あんたなんかに、あんたなんかに部長を…!」
「このぉ、戯けがぁっ…!」
ライザーは大きく振り払う。
祐斗は距離を取る。ライザーも強く地面を踏み込み、追い込みを仕掛ける。移動速度はライザーが速く、間隔は1メートル以内。
だがその間に、小猫が割って入ってきた。
「……吹っ飛べ…!」
渾身の一撃。右の拳がライザーの腹に直撃した。その圧は、ライザーの身体を貫いていた。
「ぐっ…!?」
ライザーは苦痛に満ちた表情を浮かべ、後ろに吹き飛ばされた。
「離れて!」
朱乃が叫んでいた。ライザーも、祐斗も、小猫もその元を見る。彼女は膝立ちのまま、両手で攻撃態勢に入っていた。
「祐斗先輩…!」
意図を読んだ小猫は祐斗を抱えて跳び上がり、地面に伏せた。
ライザーに半径5メートルほど特大の雷が轟きながら落ちる。その光の柱は、ライザーを捉えていた。彼には避ける猶予もなく、そのまま飲み込まれていった。
柱は地面を強く叩きつけ、爆発。小石や葉が散るように吹き飛んでいく。だが雷は一瞬で消え、代わりとして砂埃が、その跡で立ち込んでいた。どうどうと、突風が祐斗達を覆い尽くす。
風が止むと小猫と祐斗は起き上がり、ライザーのいた場所を見た。煙が濃く、先が見えてこない。
「2人共、大丈夫!?」
朱乃の方を向く。彼女は酷く息を切らし、額から何滴かの汗を垂らしていた。
「朱乃さん!」
「ごめんなさい…。今のが全力ですわ…」
それでも、笑顔を見せた朱乃。
あの時でも、4人の眷属を一つの場所に追い込んで特大の雷を仕掛け、リタイアに追い込んでいた。
恐ろしいものだ。強者とはいえ、たった一人に強大な攻撃術を使うとは。流石にと言いたいが、警戒して煙の中心を見る。
沈黙が走る。ゆっくりと煙が薄くなっていく。
「甘ぇ…、甘ぇぞお前ら!」
突如、不死鳥の叫びが天に向かって轟いた。
裕斗達はその元を睨みだす。だが、不意な攻撃が跳びかかった。
煙の中から、無数の火炎弾が飛び交う。弧を描くように祐斗達がいる範囲へと落下、地面を突き刺していく。
「うあっ…!」
「きゃっ…!」
「くぅっ…!」
上から祐斗、朱乃、小猫の順に悲鳴が上がる。何度も爆音が響き渡る。爆炎が湧き出る。爆風が祐斗達に襲いかかる。
結界にも直撃し、ユーベルーナが耐えられるかも怪しい。リアス達も咄嗟に腕で顔を隠し、強烈な発光が目に入るのを防いでいた。縦横無尽な火炎弾は、四方八方の範囲を撃ち抜いていく。
数秒後、音が止む。煙が上へと登っていき、地上をはっきりと映していく。
祐斗は軽い火傷を追いながら、ゆっくりと立ち上がる。身体中に疼く痛みを堪えながら見回す。
「小猫ちゃん…! 朱乃さん…!」
祐斗が呼んだ者達の様子は、最悪に等しい。
朱乃はうつ伏せになったまま動かなかった。戦闘服として用意した赤白の和服も、極限まで服としての機能を保ったまま。意識は辛うじてあるが足をやられてしまい、真白な太腿に火傷の痕が。
小猫は、火炎弾を腹に受けていた。腹を押さえたまま、抉られるような痛みに疼いていた。押さえていた手には大量の血が付着していた。
「…!」
祐斗の目の前で、陽炎が揺ぐ。
煙の中、ライザーは俯いたまま立っていた。上半身の服は焼きつくされ、半裸となっている。だが、身体そのものには煤がついた程度で、傷一つもついていなかった。
「女性だから手加減しろ? ふざけんな!」
炎の双剣を強く握りしめたライザー。叫びを上げ、眩い速度で祐斗に近づいた。
「こんぐらい厳しくしねぇと生きて来れないんだよ! 俺達悪魔はな!」
「何ぃっ…!?」
ここに来て感情を爆発させたライザー。炎の振り加減がさらに大きくなり、祐斗の剣にぶつかる。
祐斗の剣の腕前は、リアス達からすれば一人前だ。騎士の駒を加えたことで俊敏性が増しているが、力はライザーが優っていた。
怒りに満ちたライザーが振るう剣は正確に相手を捉えたまま。祐斗は魔剣で押さえるのに精一杯だった。
しかし、違和感を覚えた。相手の様子を窺った時だ。
――ライザーは、泣いていた。
まるで、今でも悔しいと嘆いているかのように号泣していた。
「始めの頃は何度かやめようとしたさ! 女を傷めつけることは男がすることじゃねぇ! それだったら嫌われたほうがマシだ! けどな、そうしたら逆に怒られたさ! 『自分達をただの女と見るな、ライザー様を守るために集まった同志達だ』って! 主の俺以上に覚悟を決めていたそうで、自分があまりの小心者だったことに恥ずかしくてたまらなかったんだよ!」
ライザーは祐斗を弾き返す。
2メートル離れた場所で祐斗は着地し、再び接近。このまま直接の攻撃を当てられぬまま、殺陣が続いていた。傍観をする他ない彼女達からすれば、勝ちが見えない。祐斗が持ちこたえているだけでも奇跡としか言いようが無い。
そんな中、ライザーは叫び続ける。
「あの時のレーティング・ゲームの時だってそうさ…! あんな殴りあう形でケリをつけるつもりなんてねぇ…! きっちり話し合って、リアスの気持ちを聞くつもりだった…! 俺がどうしてリアスに惚れたのか、そんな俺をどう思っているのか、前からずっと腹を括っていたさ…! でも、俺がプライドにこだわったあまりに、リアスを傷つけてしまった…!」
ライザーの眷属は女性ばかり。
さらにとある事情のために、仲間を扱うのに気を使わなくてはならなかった。ライザーは眷属達から苦情を受けるまで、奥手のままだった。
それから、特訓時はライザーは鬼のように彼女達を
思い出せば、今でも泣けてくる。当初は表では鬼、裏では泣き虫となっていた。今では眷属には一切躊躇を見せなくなっている。
だが、眷属だけの話だ。リアスは別の話に過ぎない。しかも彼女は、ライザーが以前より思いを馳せていた女性。
「ルールはあまりにも不公平だったからな…。今俺と戦って、もしお前達が勝ったらリアスを諦める覚悟でいたさ…。だがなぁっ…、お前達は、あまりにも弱すぎる…!」
「くっ…!」
ライザーの腕力が相手の剣を押し上げた。
祐斗がその勢いに耐え切れず、後ろに一歩引いてしまう。
「今のお前らで、リアスを守れんのか!?」
右から1発。
「万が一戦が起これば、リアスがお前らを引き連れなきゃならねぇ!」
左から1発。
「そんな時は兄が助けに来てくれる!? 都合よくそうは行かん!」
右から1発。
「だが今のお前らじゃ戦えば必ず死ぬ! お前らを大事にしているリアスはきっと悲しむ! お前らはそれで満足か!?」
「……!」
左から1発。祐斗は彼の攻撃を、一歩ずつ後ろに進みながら剣を交差して防ぎ続けていた。
しかしその一言で動揺したか、限界だったのか。祐斗の動きが微かに鈍りを見せた。一瞬、力が抜けた。しかし、その一瞬こそが決め手となり、祐斗の防御が解かれてしまう。
「お前らはなぜ眷属になった!?」
ジリジリと歩き、近づくライザー。祐斗は右手の剣を振るった。
「ただの慣れ合いか!?」
だが左手の炎で砕かれた。次に左手の剣。
「お前らの欲を満たすためか!?」
右手の炎で砕かれた。しかし限界が近づき、足から力が抜けていく。ふらつき、ライザーに背を向けてしまった。
ライザーの右手が大きく振り挙がる。
この時、彼は思い浮かべていた――今亡き次兄の笑顔を。
「そんな軽い覚悟で、お前らがこの俺に勝てるはずがないわぁっ!」
「ぐああ――っ!?」
ライザーの重い斬撃が祐斗の背中に直撃。その刃は鞭が
「祐斗君…!」
「祐斗先輩…!」
祐斗は喉を掻き毟るような叫びを上げ、膝をつき、そして前に倒れてしまう。あちらこちらの芝生に立つ無数の
朱乃と小猫は這いつくばったまま、悲鳴を上げた。今にも助けたかったのは確か。だがその意気で動くには、ライザーの攻撃で受けたダメージに対してあまりにも小さすぎた。
この時、負けを確信していた。何もかも敵わなすぎた。実力も精神力もカリスマ性も。小猫は奥歯を噛み締め、朱乃も腕に顔を埋めるしかなかった。
だが彼女達は見ていなかった。死屍累々と倒れたままの彼らを見下ろしていた、ライザーの沈痛な表情を。
***
「もうやめてぇっ…!」
「リアス様、何を…!」
リアスはヒステリックな悲鳴を上げた。
家族も同然の存在とも呼べる彼らが、これ以上傷つくのを見るわけには行かなかった。リアスは両手に魔力を秘めた。滅びの魔力で結界を打ち破ろうと試みていた。
「――きゃっ…!」
「リアス様…! 大丈夫ですの…!?」
だが、火花が散ったように一瞬で跳ね返された。レイヴェルが慌てて駆け寄り声を掛けたが、彼女は広がり消えゆく波紋を眺めたまま呆然としていた。
ユーベルーナが作った結界は強力であり、唯一敗れるのはチームだけでライザーのみ。リアスは魔力を放った利き手を眺める。虚しさしか感じられなかった。今にも眷属を助けだしたいというのに、思いが一切通じなかった。
「フフ…、フフフッ…」
そして、リアスは狂ったように笑った。やはり目には光がなかった。
「そうよ…。私は…、やっぱり、グレモリー家の落ちこぼれだったのよ…」
「リアス様…?」
虚空を見上げ、弱々しくも立ち上がったリアス。恐れをなすレイヴェルを他所に、リアスは独白を口にした。
「私はやっぱり、お兄様のおそばに立つことはできない…。私が当主になってしまったら、きっとグレモリー家に迷惑をかけてしまうわ…」
生気を感じられず、機械のように辿々しく呟いていく。再び、リアスの脳裏にあの光景が思い起こされる。
「こんな私じゃ、彼らに顔を向けられない…。グレモリー家の一員として生きていけない…!」
両手で顔を覆うと、リアスは嗚咽を漏らした。
優秀な兄に比肩するどころか甥のミリキャスにさえも追い越されるだろうと、辛辣な評価を受ける事もあった。どんなに努力してもそれが絶えることなく、上層部から碌に見られることなどなかった。
何度か嘲笑を受け、罵詈雑言をも受け、何度も兄や親が声をかけても余計に心が沈むだけ。眷属にも十分な世話ができず、他の王からも誂いの的になるばかり。
もはや、タガが外れかけていた。
「……リアス様」
「私は…!」
何かを叩く音を耳にした時、リアスは横を向かれていた。熱みを帯びていく左の頬を抑えながら、目を丸くしてユーベルーナを見た。
この時、ユーベルーナは目を吊り上げていた。リアスは言葉に詰まった。
叩いたとされる腕を下ろし、深く頭を下げた。
「お許しを、リアス様。ですが気を落とさないでくださいませ」
ゆっくりと頭を上げ、ユーベルーナは穏やかな口調で話しだした。グレイフィアとは異なる、姉のような優しさを感じられ、笑顔でなくとも彼女は温厚な表情を浮かべていた。
いつの間にやら、リアスは正気を取り戻していた。
「貴女のご家族のことは私めも耳にしております。ですが、まだ先のこと」
ユーベルーナは、向こうに立つライザーの背に目を向けた。
「ライザー様自身も、かつては貴女のように失意に明け暮れておりました。ですが、ある事件を境にライザー様はルヴァル様が恥じぬように、今に至るまで血が滲むような努力を重ねてきました」
姉としてライザーを見守ってきたが、次第に真剣な表情を見せた。しかし瞳だけは悲愴たる印象をリアスは感づいていた。レイヴェルも憂慮に堪えず、心苦しいと訴えるように俯いている。
「ライザー様は恐れているのです、
「ローラン…?」
リアスはその名を、尋ねるように反芻した。だが、ユーベルーナはこれ以上口にすることはなかった。
***
ライザーは腕を下ろし、火を収めた。
見上げて辺りを見回す。クレーターができ、小火程度の炎も幾つか燃え上がり、狼煙を上げていた。未だに裕斗達は立ち上がらない。小猫や朱乃は這いつくばったままだが、戦意を喪失したかに見えた。
その中でも、祐斗はもはや意識を保てない状態にあった。手元に魔剣を握りしめたまま。
真剣勝負を勝したライザー。だが笑顔はない。無表情のまま、何も言わず、ただ見つめるばかりだった。その表情は何を示しているかを、彼らには理解する余地などない。
ゆっくりと踵を返し、ライザーは歩き出していった。ユーベルーナの元に歩き出し、結界を問いてもらおう。彼らには治療の後、グレモリー家の元に返してやろうではないか。
そしてリアスがいた。見られていたのかと目を伏せて苦笑する。何と言われるか、何と言い返せばいいか、彼は考えていた。
「待てよ…、まだ終わってない…」
消え入りそうな声を耳にし、ハッと驚いた表情で立ち止まった。
―まさか…!
そんなはずはない。死なぬように手加減したつもりだが、あれだけの攻撃を受ければ意識を保つのも無理なはず。
しかし、そういえば、とライザーは思った。
そういえば――彼の魔剣はまだ具現化されたままだ。
咄嗟にライザーは振り向いた。次の光景に一度言葉を失った。祐斗は魔剣を杖のように立てて、立ち上がっていたではないか。
「お前…、まだ立ち上がれんのか…?」
まさか、リアスへの思いがそこまで強いのか? ライザーは驚愕のあまり、動けなかった。今までならば彼の攻撃を受ければ、降参の音を上げる以外ならば碌に立ち上がることもできないはずだ。
といえども、もはや戦う術は彼には残されていない。
祐斗の瞳は虚空を見たものとなっており、ライザーを見ているかどうかも怪しい。身体全体が痙攣しており、剣を支えにして歩き出すも、ふらついているので真っ直ぐに向かえていない。倒れるのも時間の問題だった。
「絶対に…、ぜっ…たい、に…、僕…、は…」
言葉が続くことなく、祐斗は倒れこんだ。
このままゆっくりと目が閉じられ、動かなくなった。握られていた魔剣も、粒子化して消えていく。
ライザーは駆けつけ最悪の事態を予感したが、辛うじて呼吸をしていた。気を失っただけで、まだ生きている。
「ったくお前さんは…。大したやつだよ」
安堵した後ライザーは祐斗を