Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~   作:70-90

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2ヶ月もすいません…。

長らくおまたせしました!


スケバンが友を作る!

 既に6時を過ぎ、周辺が暗くなっていく。自動的に点灯した街灯で仄明るくなる中、一誠はアーシアを連れて公園に避難していた。だが、生身での高速移動は身体に堪える。その分の疲労が溜まり、息を切らした状態でベンチに座り込んだ。現時点ではうまく撒いたと言ってもよかろう。安心したと同時に、向こうで爆発音が鳴り響いた。一誠とアーシアが向けば元いた家宅なのだろう、その方向の空が赤く染まっている。堕天使が放火して証拠隠滅を図ったのだろう。もう亡くなったとはいえ、家主があんな無惨な最期に加え、碌な弔いもされなかったことが気がかりで仕方がない。サイレンが鳴り響き、公園の入口を数台のパトカーと消防車が通り過ぎて行く。

 

『予感はしていたが…、やっぱりか』

『ああ。あそこは堕天使の住処に違いないな』

 

 アーシアを送った時に既に予感していた。堕天使の気配を僅かに感じ取っていた。堕天使でも教会に住むのだろうとの疑問はあるだろう。そこが空き地ならば、話は別である。

 実は数年前に世帯主がいなくなり、しかし誰も足を踏み入れることはなかった。そのため、堕天使がアジトにするには絶好の機会だった。ところでなぜ、人間であるフリードが堕天使の配下にいるのだろうか?唯一不明瞭な要件である。

 

「どうか、したのですか?」

「いや、話をするべきかと思って。あまりにも状況が複雑すぎるからな」

「…話してください。私は大丈夫ですので、お願いします」

 

 アーシアの真剣な表情から覚悟を感じ取り、一誠は話した。堕天使の存在、そしてその連中が今回の黒幕だと。話を進める内、彼女の顔が戦慄を見せてくる。

 

「堕天使…、ですか…?」

「ああ」

 

 堕天使は、アーシアを含む聖教の者からは異教徒であった。しかし人間と変わらぬ姿を取っていたため、アーシアはショックを受けていた。

 恐怖心というよりも、何やら憂いを帯びていた。

 

「どうして…、そのような人達が私を?」

「堕天使全体が悪い連中じゃない。だがそれをひっくり返せば、容赦無い連中が潜んでいる。例えば、俺達の神器を狙うとか」

 

 神器という言葉で、アーシアが震えた声で尋ねてきた。

 

「私の神器で一体何を…?」

「さあな。だが俺達を危険視しているに変わりはないだろう。何せ神の器、俺達人間には使い勝手が悪すぎるから大人しくよこせ、と言えば都合がいいんだろうな」

 

 アーシアは思わず見開き、俯いてしまう。あまりにも心優しく、素直である故にショックの重さは計り知れないだろう。

 リアスのいるオカルト研究部に預けるべきか。信憑性のない場所と決めつけている一誠にはあそこも危険である。だが堕天使と同等に張り合えるのは彼女達しかいない。仮部員の立場を利用して協力を要請するべきだろう。

 一誠が思索する中、アーシアが立ち上がった。

 

「私、教会に戻ります」

 

 「なっ!」とドライグと驚嘆の音が重なる。どうしたことかと彼女を見れば、驚くべきことを言ったではないか。

 

「全ては私のせいなんです。この件を終わらせるためには、もう私が…」

「アルジェントさん、言っただろう。あそこはもはや危険だ。あいつらは必ずあんたの神器を―」

「わかっています!」

 

 一誠の言葉を、アーシアの叫びが続けるのを許さなかった。だが、一誠は続ける気を見せなかった。

 

「わかっています! しかし、これは主からの試練でしょう」

 

 アーシアは恐怖、というよりも悲観を見せていた。死ぬのは怖い、だがそれよりも周りの人達が傷つくほうが余程怖い。

 

「あの人達は私を拾ってくれました。“魔女”と呼ばれた私に手を差し伸べてくれたのです」

「魔女…?」

 

 もう一つ、堕天使とはいえ罵られたアーシアを拾い、同じ生き物として接してくれた。そのような人達が、心が芯まで悪に染まっているはずがない。

 彼女は自らの過去を話し出した。アーシアは生まれた時から孤児だった。教会に育てられ、アーシアの神器が覚醒したのは8歳の時であった。道端で弱り切っている子犬を見つけ、神に祈りを捧げた途端に光りだし、気付けば子犬が元気に走り回ったではないか。そしていつの間にか、彼女はやがて”聖女”と崇められていた。その肩書を気にせず、しかし、『人々が救済されるならば』と切望し、神への信仰を深め様々な人々を救ってきた。

 ところが、そこまでの純粋な心によって彼女の人生は一変した。とある森で1人の男を治療した時のことである。彼は人間ではなく悪魔であり、悪魔には感謝されたが、その噂は瞬く間に伝染するように広がっていた。人々の態度は一変し、やがてはアーシアを魔女と罵り始め、教会からも追放された。

 『生きる者の良し悪しに、人間と人外の相違は関係がない』―今でもあの時、あの悪魔を治したことに、アーシアは後悔していない。悪魔だけではない、堕天使でも同じことをしたはずだ。

 

「後は私が何とか話をつけてみます。もし取り返しのつかない過ちを犯しても、生きて償うべきだと思います。あの人達ならまだ踏み止まることができると、私は信じていますから」

 

 アーシアの笑顔に、一誠には何も言い返すことなどない。ただ1つ言えるのは、優しすぎるということだ。一誠は内心戸惑っていた。フリードの件から判断して、命の保証があるとは言い難い。だが自分のモットーと通じる部分があるのか、人外を一方的に批判することも見捨てることもできない。

 

「すいません。一誠さんが私のことで一生懸命なのはわかっていますのに…」

 

 アーシアの謝罪に対し、仕方ないと言わんばかりに微笑む一誠。この会話を最後に、アーシアは深く礼をすると暗闇の中へと去ってしまった。

 

「何かあったらすぐに声かけろよ!」

 

 一誠が声をかけると一度立ち止まるが、すぐに歩き出した。彼はただ彼女を見届けるだけだった。そんな中、ドライグが声をかけてくる。

 

『いいのか? 彼女を1人のままにしても?』

『…なんでかなぁ…』

 

 一誠の惚けたような喋り方に、ドライグは一度言葉を失った。姿は見えなくとも、きっと唖然としているに違いない。

 

『何だと…? お前というやつは、まさか適当に答えただけなのか!?』

『違うわ。俺はそこまで人でなしじゃない。人かどうかわかんねぇけど。なんていうかさ、アルジェントさんを信じてみたいっていうかさ』

 

 アーシアの状勢が気がかりだった。と同時に、自分の意志を省みる。一誠はどんな人外にせよ、同じ生きる者として仲良く接していきたいと思っている。その点では恐らく、アーシアも同じ意志を持っているのだろう。

 フリードの犯した罪は許されるものではない。また、関わった連中も同罪だろう。しかし、一誠は命を奪って償わせることはしなかった。いや、一誠なりの道徳に反することはできなかった。何故なら、一誠は人間だからである。ある程度ボコボコにしておくことは必要としているだけである。

 もしアーシアの慈悲を躊躇なくして踏みつぶすほど、懲りていなければ打ちのめす。それが一誠の手段だが、その日取りは間もない時期だとは、一誠は気づかない。

 

***

 

 翌日、一誠は相変わらずだった。普通に授業を受けては板書を写していたり、休み時間には読書をしたりしている。普通に話しかけても普通に答えてくれる。

 

―兵藤のやつ…。またなんか、焦ってねぇか…?

 

 しかしそれは表面のことでしか無いと、いち早く察していたのが流子である。そう思わせた判断材料は彼の癖である。一誠はたまに顎を掴む仕草を見せることがある。別にじっと集中して見つめていたからではない、たまに一誠を見ればその機会が多かっただけのことだ。勉強に関することなのだろうとここは流すはずだが、僅かに威を込めている感触を、何故か流子には感じることができているのだ。

 放課後、やけに廊下が騒がしい。教室の入口で冴えるような笑顔の祐斗に待ち伏せされていた。

 

「兵藤君、部長がお呼びだよ」

「あのさ、なんでいつもわざわざ迎えに来るんだ?」

 

 別に性別を気にする一誠ではない。しかし、自然の流れで祐斗に疑問をぶつけた。

 

「実は…、部長がお冠でね…。仮入部したとはいえ、独自行動が目立つ君だからさ…」

「俺は俺で動いただけさ。…いつ気づいた?」

「いや、アレほど派手にやらかすのは彼しかいないと…、部長の勘だね」

 

 教室から歩き出して話が始まる。部活の件は声を潜めて祐斗が伝えた。この仕草は女子に思わぬ妄想を膨らませているとは気づかない。

 一誠はそのことを聞くやいなや、「やれやれ」と肩を竦める。無論、昨晩の火災を嗅ぎつけてリアス達が現れたのだろう。だが、フリードの件は知っているのだろうか。火災の前に堕天使に見放されたか、それとも無理に連れて帰ったか。一誠は渋い顔を見せたが、すぐに真剣な表情に変わる。

 一方、そんな2人の背中を見送りながら、流子は「怪しい」と言わんばかりに鋭い目を見せている。

 

「あら流子さん、嫉妬してるの?」

「んなっ!? ちげぇって!!」

 

 女子の1人に誤解されたが、初心さを見せるように支離滅裂になりながらも誤魔化した。むしろ、腐女子でない自分が何故男如きに嫉妬を覚えなければならないのか。心がもやもやとした状態で校舎を後にする。一誠と同じ帰宅部である流子は家路を辿ろうとしたが、早速と偶然にも第2体育館に視線を合わせていた。

 第2体育館は部活モードに入っており、室内における運動部が集まってくる。バレーボールやバスケットボールはさらに一回り広い第1体育館で行われ、この体育館では剣道部や卓球部が用いている。

 それはすなわち、あの2人の幸福の巣窟となる時間帯でもあった。

 

「…あの野郎共、また痛い目見ないとわかんねぇか」

 

 流子は反射的に恨み節を放っていた。日頃の恨みと言わんばかりの、怒りに満ちた視線で。その視線の先は、同じ体育館の1階の窓。そこには窓の縁にしがみつき、その高さと目線を合わせ、まるで餌を求める犬のような体勢をとっている、松田と元浜がいた。

 そう、茶番と言わんばかりの―覗き見である。この時、この変態コンビは幸悦な表情を浮かべているに違いない。何度も女子から折檻を受けても懲りず、本能の赴くままに続ける2人。流子も別の機会だったがその被害に何度か遭い、その際の折檻は全て彼女1人である。

 無論、窓から女子達の悲鳴が聞こえ、あの2人は慌てて逃げていく。そんな彼らにニヤリとした流子が立ちふさがった。

 

「てめぇらの逃げ方はワンパターンだからな、私にはもうお見通しなんだよ」

「なぁっ!? まと―いや、レッドペッパー2号…!!」

「いや合ってるだろ!? てか呼び名を言い直すんじゃねぇよ!?」

 

 纏であっているのに、レッドペッパー2号と訂正されることに突っ込みを入れる流子。彼女の渾名が“レッドペッパー2号”で、それが全体に浸透しているとは信じたくないものである。

 そして、その2人の背後に着替えを済ませ、竹刀を持つ女子剣道部員達が現る。無論、彼女達も切れている。「さすが流子さんよ!」と、中には煽る人もいる。

 

「それより、全然懲りてねぇようだな…。そんで見つかりゃ怖気づいてネズミみてぇにとんずらしやがって…」

「それよりお前帰ったんじゃないのかよ!?」

「見つけたから来たんだろうが。初恋の味を知らない馴染みのてめぇらをな」

 

 ニヤリとした表情で流子は言いのけ、手を組んで音を鳴らす。

 

「う…うるせぇ! てか、お前は女のくせに魅力とかねぇんだよ! 地味な縞パンなんて穿きやがってよぉ!」

「な――なぁぁっっ!?」

「そうだぜ! 普通ピンクのショーツとかそういう色モノに決まってんだろォォが!!」

 

 体育の時の着替えの際に普通は男女別々の部屋なのだが、尽くせるだけの手を尽くして覗き見をしている。無論、女子達の折檻がオチなのだが。その時は彼女もいたのだが、流子までもが指摘されて、顔全体が真っ赤に染まる。男顔負けの根性を持ちながらも、結局彼女は彼女、普通の女子でしかないのだ。

 たかが下着で女子を見るとは如何なことだろうか。流子の怒りはそれをも加味しているが、大抵は見られたことに対する激怒である。ところが、女らしくない、この言葉は人生で一番嫌う言葉であった。流子は強く握りしめ歯を噛み締め俯くが、松田と元浜は、彼女の背後にいる仁王像の存在に気づき、怯えていた。

 

「一遍死んどけぇ――っっ!!」 

「「ぎゃああ――!!」」

 

 その時、赤い嵐が舞う。松田と元浜の末路は言うまでもない。ちなみに覗き見の被害に遭い、流子に折檻を煽った剣道部の女子だが、あまりの気迫に恐れをなして誰も近づくことができなかったそうだ。

 

***

 

―あいつらっ…!

 

 噛み潰した表情のまま、特撮映画の怪獣のように流子はドカドカと乱暴に歩いていた。駒王学園を後にしても、腹にいる虫は収まらない。下着のこともあろうが、女子として魅力がないと言われ、心に蟠りを抱いていた。怒りの反面、胸を締め付けられるような虚しさを感じていたことも否めない。

 

―何様なんだ…! デリカシーとかもはや皆無じゃねぇかよ…! ……私だって…。

 

 心の中で愚痴をこぼす中、知り合いを見かければ怒りが驚くほど収まっていった。アーシアだった。どうも落ち込んでいる様子である。派手に転ぶことがなければ、輝く笑顔を見せることもなく、思い悩む様子で座っていた。どうも不思議に思ったが、声を掛けてみた。

 

「お前、もしかしてこの間の…?」

「流子さん?」

 

 アーシアは聞こえたそうで流子の方を見れば、知り合いと気づいた。爆発する訳にはいかない、先程の騒動を置いといてと、笑顔を浮かべては駆けつけていった。

 

「また会ったな! それにしちゃあどうしたんだ? 浮かない顔しやがって」

「いえ、私は何とも…」

 

 無垢な彼女は微笑んでいたが、何かを誤魔化しているのではと流子は悟った。むしろ、流子には丸見えだったに違いない。だが、詮索するような真似は控えたほうがいいと汲みとった。

 

「…無理強いはしないけどよぉ。とりあえず今日付き合わないか?」

 

 「えっ?」とアーシアは豆鉄砲を撃たれた表情で流子を見た。何があったかはわからないが、そこは気にしないで元気づけようという、流子なりの優しさである。

 流子に連れられ、訪れたのはファストフード店である。流子と一誠、おまけにあの2人の行きつけのハンバーガー店だが、初来店のアーシアはメニューを見て、物珍しそうに見つめていた。

 

「私が奢ってやるよ。ホントは兵藤とめし食うつもりだったけどな」

「一誠さんと?」

「ああ。でも今のあいつは何やら忙しくてな」

「そうですか…」

 

 一誠の事を持ちかけると、アーシアは思いつめた表情を浮かべる。どうしたことかと思索している間に、2人に順番が回ってきて店員から「ご注文はお決まりですか?」と聞かれる。流子はチーズバーガー、アーシアはハンバーガーを頼み、受け取ってから背凭れのあるテーブル席につく。

 

「さてと、頂くか」

「はい。…ええっと…」

 

 流子はいつもの様に頂こうとする。しかし、アーシアに目を向ければ何やら戸惑っているようだった。食べたいようには見えるのだが。

 

「…マジかよ? もしかしてお前、ハンバーガーは初めてなのか?」

「はい。イタリアに住んでいた時はほぼ毎日、教会の中で過ごしていましたので」

 

 「マジか」と自然に、流子の口から漏れた。

 

「へぇ…。私じゃ息が詰まりそうだな…。仕方ないか。こいつはな、普通にパクっと噛み付けばいいんだ」

「フォークなしで…?」

 

 見本として、流子がパクっと食べてみる。アーシアはその様子を珍しげに見ていた。彼女にとって、料理は食器に盛られ、それを銀のフォークやナイフ、スプーンを用いて食べることが食事の常識であったからだ。

 手を清めるためと聖水をわざわざ取り出したが、大げさでないと流子に突っ込まれた。ウェットティッシュで手を拭いてから神に祈ると、恐る恐る包み紙を剥いていき、ハンバーガーを口に持っていて流子と同じように噛み付いて食べてみる。

 咀嚼するに連れ、アーシアの表情は徐々に驚きへと変わっていく。

 

「おいしいです! まさかこのようにして食べても美味しい料理があるなんて!」

「おいおい…」

 

 美味に思わず目を輝かせるアーシア。主を信仰するシスターとして嗜好を避けられていたとはいえ、そんな彼女のリアクションに苦笑を浮かべる流子。その後は団欒として話すに連れ、まだ明るい時間帯であることからどこかに出かけようという話になった。

 軽食を済ませた後、2人は流子には馴染みのあるゲームセンターに向かった。店に入るやいなや「はうぅ」と店内のオーケストラでたじろいだアーシアだが、レースゲームやUFOキャッチャーなどで共に遊びまくった。この時のアーシアは、いつも以上に純粋に笑っていた。

 

「私、こんなに楽しい思いをしたのは生まれて初めてです」

「そっか。それはよかったな」

「はい。流子さん、ありがとうございました」

「おいおい、固いだろ。今生の別れをするわけでもねぇのに」

 

 近くの自販機でジュースを買い、公園のベンチに座る流子とアーシア。後者は畏まって前者に感謝していた。何を当然な、と少し恥じらう流子である。そして、アーシアは微笑んでいるが、目が悲壮を漂わせていることに気づいた。

 

「どうかしたのか?」

「……実は私は生まれた時から1人だったんです。親は生まれたばかりの私を捨てて、どこかへと行ってしまいましたので…」

 

 流子は、僅かに驚いた。横目で見ていたが、顔さえもアーシアの方に向けていた。

 

「教会が私を引き取ってから、そこで長らく暮らしていました。でも先日、魔女と罵られて追放されてしまいました」

「まさか、それで日本(ここ)に…? でもよぉ、魔女って一体(いってぇ)…?」

 

 “魔女”と聞いた流子は、アーシアを見て驚く。流子は親というものを知らないが、これほど純粋かつ慈母のような優しさを持つ彼女が、どうして不名誉なレッテルを貼られるのだろうか。

 アーシアは8歳の時から不思議な力―神器による治癒能力―を持っていること、そしてそのために数奇な半生を送ってきたことを、一誠の時と同じように明かした。神器を見せられた時は驚いたものの、話を聞くに連れ、流子は腹ただしくて仕方がなかった。教会というものは、結局彼女を看板扱いにしか見ていなかったのではないかと。聖女と謳いながら、ちょっとした優しさのために魔女と掌返し。内に秘めた怒りが顔に現れたらしく、アーシアに心配をされた。我を取り戻した流子は「悪いな」と苦笑して鞘に収めた。

 ちなみに、一誠は教会の話を聞いて以来、教会をブラック企業の端くれと呼ぶようになっている。

 

「アーシア、あんたもかつての私と同じ境地だったんだな」

「同じ…? もしかして、…流子さんも孤児だったのですか?」

「ああ。姉さんが見つかってからは孤児(みなしご)じゃなくなったが…。未だに恥ずかしくて見せる顔がねぇんだ」

 

 照れ隠しで笑う流子。しかしやがて、哀愁を思わせる表情へと変わった。アーシアはちょっとした好奇心で質問したことに申し訳なく思っていた。

 

「自分から言うのも難だけどさ、学校でも施設でもくだらねぇ喧嘩ばっかしてたんだ」

「えっ?」

 

 夕日に染まる空を見上げ、流子は話し出した。

 

「私の事何も知らない癖に、余計な御託を並べては蔑む連中ばかりだった。ガキだろうが大人だろうが当然、周りは腫れ物ができたみてぇに私を見るばかり、結局私は足元歩く虫みたいなもんさ。私も一言も喋らねぇで、一日中男子の野郎と喧嘩、気にイラねぇ先公と喧嘩…」

 

 荒れ狂った時代を、鮮明に思い浮かべながら話を続ける。

 支えてくれる友人達も、大人達もおらず、ただ孤独に過ごすだけ。女子であるにもかかわらず、狐と同じ細目で威嚇をする、言葉遣いが横暴になる。これらは理不尽な環境によって生み出されたものであった。だが、その反面に裏で孤独に悲しみ、誰にも入れぬ空間で女らしさを見せるように泣くこともあった。『どうしてこんなことに泣く必要があるのだ』と自問するものの、効果は今一つだった。

 

「偶然出会った兵藤なんかも、なんかムカついちゃってさ。あいつは、あの時の私からしちゃ変り者だった。だってさ、こう言ったんだぜ? 『喧嘩したところで注目されたがってる』ってな。でもわかりきったこと並べたからカチンと来て殴りかかった。結局あいつには勝てなかったけどな。…言われてみれば、人と接する時に喧嘩することが私にはそん時の唯一の叫びだったんだ」

 

 アーシアは黙って話を聞き続けていた。話し方からして性格がわかる訳ではない。それでも先ほどまでは僅かに気配を感じていた。だからと失望という感情を覚えることなど決してない。

 

「寂しかったんだよ。でも、喧嘩をして気を紛らわそうとしていたんだ。全く終わりが見えねぇってのにさ。思い返したら、バカだったなぁ私は…」

 

 流子は自嘲の笑みを浮かべる。

 あの頃、流子は気性が荒いままで一誠を突き放そうとしていた。でも、どういうわけか現在に至るまで友人関係を築き上げている。今でも流子は不思議でたまらなかったが、初めて彼女の存在を認めてくれたことで一誠に感謝していたことは事実である。実際、感謝の念は流子の性格もあって一誠には伝わっていないが。

 そういえば流子は特に一誠を引き出しから出しては話に取り入れている。それも生き生きとした表情で。だからだろう。流子が一口飲もうと缶ジュースに口をつけた途端、アーシアがこんなことを聞いてきた。

 

「流子さんは、一誠さんのことが好きなんですか?」

「ブフッ…!?」

 

 『好き』という言葉に過敏に反応した流子。噎せて咳き込んでしまい、アーシアが慌てて背中を摩る。治まったのか、上半身を起こして彼女にマシンガンを乱射する勢いで喋りまくった。だが流子の顔全体が林檎のように紅潮している。

 

「バッ、バカァッ!! ちちち――ちげぇよ! 急に何直球的なこと聞いてんだよ!? あいつとはそこまでヤバい仲じゃねぇかんなっ…! なんつーか幼なじみっていうか、腐れ縁っていうか……」

「流子さん?」

 

 流子の第一印象は男らしいが、今の表情はまさに恋い焦がれる女子そのもの。だが取り乱すのはあっという間の出来事。自信なさげな表情を見せ、次第に声を潜めていく。

 

「…とにかくな、色々とあいつに感謝してんだ。それ以上もそれ以下も何でもないよ。あいつにはもっと相応しい女子がいるはずさ、私なんかよりもな…」

「そんな訳ありません!」

 

 自嘲し、自虐的な言葉を放つ流子。こんな短気で乱暴な自分に、一誠は見向きをするはずがない。しかし間も置かず、アーシアが反論してきた。

 

「喧嘩はいけませんけど――流子さんはいい人だと思います!」

「アーシア…」

 

 流子は目を大きく開いてアーシアの方を向いていた。そして、もう1人にこれほどハッキリと持論を展開する友がいることを思い出した。そういえば兵藤だけじゃない、ちょっとネジが抜けたようなあいつも私のことに気にかけてくれていたんだと。

 

「まだ会って1週間も経っていないのに、こんなことを言ってすいません…。でも、流子さんは私に知らないことを沢山教えてくれました! いつも1人だった私にここまでしてくれて――だからもっと自分に自信を持ってください!」

 

 一昔の彼女ならば「うるせぇ!」と威圧で一蹴して威圧し、殴りかかりに行くだろう。だが、その意気はもう今の流子にはない。むしろ感謝したいぐらいだ。

 大人の女性を思わせる、優しみのある笑顔で「ありがとな」と流子は応え、そこから続けた。

 

「バカだなぁ、私達は始めっから友達だろうが?」

「えっ?」

「なんだよ聖女とか魔女とか。んなもんレッテルなんか捨てちまいなよ。だって、アーシアは普通の人なんだろ? 友達にここまでするなんて当然の事じゃないか」

 

 そういってジュースを全て飲み干した。一方アーシアは感極まって涙を流した。

 嬉しかった。手を差し伸べてくれて本当に嬉しかったのだ。アーシアの心が純粋すぎるあまりに、魔女と呼ばれた自分に対してコンプレックスと、自信のなさを抱いていた。流子に自信を持てと言っても、人のことは言えない。そう思えば、なんて意地悪な人なのだろうとアーシアは嘆いていた。だから、自分は主から見放されたのだろうかとも思う。一誠、そして流子に友達だと思われている。そして友達ができたことは、主からの恵みだとアーシアは悟った。

 

「実は私、友達を持つことに憧れていたんです…。流子さんはずっと私の友達でいてくれますか…?」

「当然だろ?」

 

 なぜ遠慮する必要があるというのか。笑顔を浮かべて流子は受け入れていた。

 

「…! ありがとうございます、流子さん!」

「――いいえ、無理よ」

 

 しかし、その雰囲気を壊そうと、冷たくも第三者の声が響く。この声に馴染みがあるのか、アーシアの笑顔が戦慄に満ちた。流子がサッと立ち上がって、声の元に顔を向けると、ワンピース姿の黒髪の女子―レイナーレが立っていた。

 

「天野…! なんでここに…!」

「レイナーレさん…!」

「さあ、休憩時間は終わりよアーシア。こっちにいらっしゃい」

 

 レイナーレと聞いて驚く流子。まさか天野夕麻という名前は偽名だったのかと、彼女の勘が導いた。何者かは知らない、だがアーシアを見れば何かの知り合いであることはわかる。だから、そうはさせまいと流子が立ち上がった。

 

「おい! 何者か知らないが、アーシアに指一本でも触れてみろ! 私は容赦しねぇからな、腕折ってでもぶっ飛ばしてやる!」

「あらあら、御宅の魔女に友達ができたなんて…、ますます気に入らないわね」

「てめぇ…!!」

 

 憐れむ表情で流子を見つめる。流子に寄り添ったままだが、威を決したのかアーシアが喋りだした。

 

「もう…、戻りたくありません…」

「…何ですって?」

 

 レイナーレの顔から笑みが消える。殺気に満ちた表情をアーシアに向けていた。

 

「私…、流子さん達に出会ってから気づいたんです…。私はもうこんなことしたくありません…。もう、無関係の人達を傷つけるような真似をしたくはありません! レイナーレさん、もうあんなことやめてください! 今なら間に合います! 私は貴方に足を踏み外させたくはないんです!」

「アーシア…、お前…」

 

 主人とも取れる女を目の当たりにし、最初は戦いていたアーシア。だが、イエスマンになりきることはせず、自分の意志をはっきりと言い放った。ここまで心強かったのかと、流子は感心していた。

 これに対しレイナーレは何も言わなかった。そして瞳を閉じ、口端を釣り上げた。まるで「わかったわ」と観念したかのようだった。

 

「そう…。なら、仕方がないわね…」

 

 怪しげな瞳を浮かべ、上から真下に腕を振り下ろしたかと思えば―

 

「……!?」

 

 ドスッと肉を切り裂く音が聞こえ、流子の腹部に激痛が走る。恐る恐る腹を見れば、レイナーレの光の槍に背中まで貫かれ、血を噴き出していた。

 

「かはっ…!?」

「きゃあああっ…! 流子さん…!」

 

 食道から駆け巡る血を吐き出しては、後ろに倒れこんでしまった。アーシアはすぐに流子のもとに駆けつけ、“聖母の微笑”で流子の裂傷を治した。神器の効果で塞がったものの、染み入るほどの激痛が続き、まともに立ち上がることができない。一瞬のことでも流血は多かったため、視界がぼやけている。

 キッとアーシアはレイナーレを涙ながらに睨みつけた。

 

「なんてことを…! どうして流子さんを…!」

「人間風情が…。私に口答えする貴方が悪いのよ」

 

 どこぞと言わんばかりに、2人を見下ろすレイナーレ。彼女なりの正装とも言えるボンテージ姿に変わった。そして、流子達の目の前に歩み寄った。

 

「へっ…。どうも破廉恥なカッコだぜ…、烏野郎…!」

「…!!」

「きゃっ…!」

 

 アーシアを振り払ってどかし―

 

「ぐあぁぁっ!?」

「私が烏ですって…? この崇高なる堕天使に対して、どんな口を叩いているかしら?」

 

 一度刺した腹部にヒールで強く踏みつけた。再び刺された時の激痛が走り、流子は汗を掻いては顔を歪ませる。だが、容赦なくその足をグネリと捻りを付けた。全身に行き渡るほどの激痛に意識を失いかける流子。だが、アーシアを見放すわけには行かなかった。

 

「もうやめてください!!」

 

 耐え切れない思いでアーシアが叫んだ。涙を流し、レイナーレに命乞いをしたのだ。「ふふっ」と理解してくれたのかとレイナーレは微笑む。

 

「わかりました…。私は行きます…。私は行きますから、どうか流子さんをこれ以上傷つけないでください…!」

「アーシア…、よせぇっ…!」

「ふ~ん、やっと理解してくれたのね? 貴方の置かれている状況が」

 

 納得したレイナーレの左足が流子の腹から離れた。コツコツとヒールを鳴らし、アーシアに近づいていく。流子は激痛から開放されたが、未だにジンジンとした痛みが残っている。息が荒くなりながらも、無茶な状態でも身体を前に起こし、流子はアーシアを止めようとした。

 

「諦めが悪いのね。でも残念、貴方には興味がないの」

「ごめんなさい、流子さん…。でも私は、流子さん達の友達になれて、嬉しかったです…」

 

 勢いよく力をつけて、仰向けにした流子。地面を這いつくばり、血に染まった腕を伸ばしてアーシアを掴もうとする。

 

「待てよ…、アーシア…!」

「さよなら…」

 

 アーシアが涙を浮かべても、笑顔のままだった。どうしてこんな状況でも笑顔でいられるのか、不思議で仕方がなかった。だが、こんな切羽詰まった状況に思考する暇などない。レイナーレは彼女を豊満な身体と黒い翼で抱き寄せ、姿を消した。

 ただ、呆気無い表情で、黒い羽が散る跡に手を伸ばしていた流子。

 

「アーシアぁぁっ!!」

 

 流子の慟哭が公園中に響き渡った。

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