Don't Think. Feel ~史上最強の赤龍帝~ 作:70-90
一誠がオカルト研究部へと赴いた時に遡る。
リアスはじっと一誠を睨んでいた。その根源は彼の独自行動である。一誠に接触してもなお、傍若無人な振る舞いに振り回されている。傍若無人というのはあくまでリアスからの一方的な印象。だが、責める訳にはいかない。何故なら、彼女がはぐれ悪魔祓い―フリード・セルゼンの存在かつ犯行に気付けなかったからだ。
あの晩、一誠とアーシアが現場から脱出した後、入れ替わりにリアス達が魔法陣を通じて到着。その時にフリードを見つけた限りだ。彼の容姿等によってはぐれ悪魔祓いと判断していた。
フリードの件に関してはお咎め無しとしよう。問題は教会に住むアーシアのことである。教会側に属する彼女を助けることに拒否感を露わにしている。
「フリードの件に関しては私の不手際だったわ。まさかあれほどに狂った神父がこの街にいたなんて…。でもねイッセー、あの子を救うのは不可能よ。前にも言ったけど、貴方の行動は悪魔と神側に摩擦を起こそうとしてるのよ? いくら仮部員でも看過することはできないわ」
ソファーに座り、対面する一誠とリアス。一誠は身も心も表情も微動だにせず、ただリアスの方を向いて話を聞いていた。リアスは許すまいと一誠を叱咤する。しかし、それでも『どうしたことか』と反省の意を見せない彼。怒号を発する手前で、一誠が話しだした。
「そのことなのですが部長、堕天使はその教会にいます」
「なんですって!?」
「アルジェントさんを教会に送ってきた直後、堕天使の気配を僅かに感じとりました。あの神父も堕天使と絡んでいることに間違いはないでしょう」
黙々と話す一誠。この事実に対して、リアス達は驚く。まるで初めて聞いたと言わんばかりの様子だった。あまりの怠慢さに思わず顔をしかめるところだが、部長があれではと部員に同情せざるを得ない。
「ですが、教会関係者には堕天使は貴方達悪魔と同様、危険因子であることに変わりはありません。そもそも悪魔と堕天使は同義なんです。ですから神父がアルジェントさん並みの心優しい人でなければ、大抵の教会が匿うはずがありません」
堕天使は落ちた天使。そのままの意味だが、聖書によれば悪魔は堕落した天使であると提言されている。差異は神光関連に対する抵抗力や翼の形状ぐらいしか、すぐには思いつかない。だが、教会にとっては何れも世間に災いを齎す公害として忌み嫌っている。リアスは己の種族が堕天使と同族扱いされていることに、思わず嫌悪感を顔から剥き出しにする。
だが何れの美化など興味はない。一誠は人間なのだから。いとも構わず、報告を続ける。
「あの後、あそこの教会を調べてみると空き地でした。今に至るまで10年間も誰も踏み入れたこともありません。これではフリードが神父ではないことが明らかです」
あの教会を調べてみると、敷地を含めて10年前に廃虚と化していたことがわかった。これならアジトとして用いるにはほぼ十分に整っていることだろう。あれほどに綺麗な外見をしているのにと、一誠はそのギャップに驚く。だが、悟られぬように小細工を施していたということになる。
リアスは情報を得るとともに、もう1つの懸念の種を撒いていた。そこまで情報収集が進んでいたとは、本来ならば感心するべきであろう。だが、彼女は吹っ切れないまま、疑惑の目を向けている。
「…何故今まで私に伝えなかったのかしら?」
「すいません、確信が持てていなかったので」
「ここはグレモリー家の敷地なのよ? すぐに持ち主に報告するのが常識でしょ?」
「すいません。何せ――既に把握していると思ったので」
腕を組み、魔力を放出せんと一触即発の状態にあると示している。それにしても、いつも一誠が思うことだが「私は上級のものだからされて当然」のようなリアスの口ぶりに気に障る。だがサッと出すわけでもなく、少しずつ蛇口を緩めるようにして、一誠の不満が
「そもそも、思うんです。部長の管理能力があまりにもデタラメだと」
「…どういうことかしら?」
「はぐれ悪魔もそうですよ。3年前から出会う機会がかなり増えました。部長は3年生だから、ひょっとしたら貴方が駒王町の領主に就き、そしてここに入学してからじゃないですか?」
リアスの表情さえも厳つくなり、冷静さを欠かせてしまう。
「私を馬鹿にしているのかしら? 確かにはぐれ悪魔討伐の依頼が立て続けに来ているわ。でも、それが私の過失とは断定できないわ!」
「だったらなんとかしてくださいよ。この世界は
何故そこまで言えるか、人間だからである。
口を紡ぐリアス。だが、何も言えない。言い返す言葉が見つからない。その悔しさが貯まればその分、余計にストレスが溜まっていく。
ポケットから微弱な振動を感じる。「すいません」と携帯を取り出す。そこに『纏流子』の名前が映し出されていたので、一誠は面食らう思いだった。交換しただけで掛けられる機会など、海外に行くほどに微塵もない。「どうしたものか…」と高校生に相応しくない台詞を呟いては着信ボタンを押す。
「もしもし? …わざわざ掛けてきてどうした纏さん? …お前喋り方がおかしいぞ、風邪でもひいたか?」
とぼけて話しかけるが、当然のごとく叱られた。当然と言っても、事の重大さを匂わせる口調であった。一誠はじっと聞いていた。
「アーシアって…、アルジェントさんと一緒にいたのか? ……攫われた!?」
緊迫感のある口調から、一瞬にして驚愕し立ち上がってしまう。小猫の身体が思わず震え、一誠をジト目で見るが視界に入っていなかった。流子がアーシアと共にいたのが第1の驚き、次にアーシアが堕天使に連れて行かれたのが第2の驚き。
そして流子の言葉が続き、連れ去った相手の特徴を耳にした。
―ハレンチなカッコの烏女…? …まさか…!!
直ぐ様一誠の脳裏に1人の女の姿が現れる。いや、そのような姿の者はレイナーレしかいない。レイナーレがアーシアを攫う。アーシアはフリードに雇われている。
だが、1つ気がかりな事があった。この時、アーシアは流子といた。流子はどうなっているのか?
―あの野郎…! アルジェントさんを連れ戻そうと、纏さんを攻撃したのか…!?
流子からは神器の気配はない。そのことは前から悟っていた。ならばレイナーレ達の対象には入っていないはずだ。だが実際はどうだ。声の調子からして、かなりの痛手を負っているに違いない。一誠は怒っていた。無意識に利き手で強く握りしめていた。アーシアの慈悲を踏みにじったことに…。友人である流子を傷つけたことに…。そして、レイナーレの存在を見過ごした一誠自身に…。
覇気が漏れだしているに違いない。ドライグに注意されるのは当然の事だ。だが一誠は冷水を頭からかけられた後のように、冷静さを取り戻していた。だということはまだ生きている。可能性は十分にある。
「わかった、今行く」と電話を切ると、すぐにドアに向かった。
「どこに行くつもりなのイッセー!」
「…今から教会にカチコミに行ってきます」
一誠の発言に誰もが驚いた。
「教会って…! 兵藤君、まさか君だけで乗り込むっていうのかい!?」
「当然だろ。ここが動かなきゃ俺だけでも行くしかないじゃないか」
今時点でのオカルト研究部では足手纏にしかならない。このまま文化やら確執やらの複雑な足枷をされて、長い時間を掛けて説得させようとも、時間を食われるばかりである。アーシアの命が保つのは時間の問題だというのに、部長の説教でさらに潰されてしまう。
「待ちなさい!」
しかし、リアスは一誠の肩を掴んで、部屋を出ることを許さなかった。
「貴方って人は…! 何度も言わせないで! これ以上私の敷地で貴方を好き勝手にさせるわけにはいかないわ!」
「いい考えがある」とか、「その状態で立ち向かうのは不可能だ」とか、そんな言葉を投げかけられたなら自ら再考することを受け入れただろう。だが、なんだこの自己中心的な発言は。まるで自分の立場を優先しているみたいではないか。敷地を荒らす堕天使達がいると聞けば地主の部長が動くだろうに、何故その意志がないのだろうか。はぐれ悪魔を討伐していると聞いたばかりだが、その意図がどうも信用しがたい。
「友人を助けることに非なんてあるんですか? どうして今助けなくてはいけないのに、部長の許可が必要なんですか?」
「当然じゃないの! 貴方は私の下ぼ―」
「いい加減にしろよ」
何かが切れた。
リアスに対する言葉遣いがやや乱暴になった。声もやや低くなり、一誠の表情はキッと睨んでいた。今にも殺されてしまうのではないかと思わせるほどであった。
「言っときますが――堕天使だろうが悪魔だろうが、俺には関係ない。俺の友達を傷つけた奴は必ずぶっ飛ばす」
その語気は赤龍帝そのものの威圧も含まれており、慄いたリアスは冷や汗を垂らし、押し黙る他に何もできなかった。背後にいたために一誠の表情を窺えなかったが、反応は同じだった。
人間なのに、悪魔としての振舞いを無闇に押し付ける…。この時一誠は、リアスにはまだ人間という生き物をよく知らないと断定していた。滅びの魔力を持っているからと驕り高ぶっているのだろう。悪魔こそが至高の存在だと、高飛車に振舞っているのだろう。
それ故かは知らないが、何かとレイナーレと通じるように感じ取っていた。アーシアのみならず人命よりも己の誇りを重要視することに、一誠は憤りを感じていた。
「俺は必ずアルジェントさんを取り戻す。狭い了見で意地を張るなら、余計な真似はしないでください」
そう吐き捨てると一誠は部室を出て行った。リアスの静止も耳に留めず、ドアを閉めた。仮入部したといえど仮入部、部長の命令に沿う必要はないだろうと見た。いや、一誠の場合はしたくないと言っていることだろう。
ちなみに、一誠が出会った大人達―人間も人外も含めて―の1人にとあることを諭されたことがある。その人は常に和服を着こなす中性的な人物でありお淑やかで優しいが、言葉遣いのこと―年上には敬語を必ず使う―になると仁王様が憑依したかのように激怒するのであった。一誠が、普段から年上に敬語を用いるのは、初対面でそのような目に遭遇し、泣きだしてしまうほどの迫力でトラウマになってしまったからである。しかし、その人から1つ“例外”というものを教わった。
―よいか一誠。麿のように一誠よりも長く世を渡り数多に世を知る者が、あの空を広げる程度におる。その者達の前には必ず気構えをせねばならぬ。赤龍帝であるお主だろうが誰にでも同じことでおじゃる。だが、誠に遺憾なことだがそれを盾に驕り高ぶる輩も中には居る。粗奴らの目を覚ます為には、少し無礼を働いてもバチは当たらぬであろう。
だが、そんな乱暴な言葉を掛けられただけでも、リアス達は命拾いしたことだろう。何故なら、この怒りを一誠は教会に乗り込むまで取っておくつもりなのだから。
『いいのか相棒?』
「何言ってるんだドライグ。こんなの、前から朝飯前だぜ」
学ランを羽織り直し、一誠は校門からかけ出した。
***
校舎を出てずっと駆け出していた一誠は、まず公園へ向かった。重症を追った流子と合流するためである。相変わらず人気のない公園の敷地に入ると、見回しながら彼女を探す。噴水周辺に辿り着いたところで、あるものを見つけ一誠は立ち止まる。この時の一誠は更なる憤怒に満ちていた。何故なら見つけたのは、流子のものとされる血痕が、コンクリート製の地面に染み付いていたからだ。夕日でてかっているのでまだ間もない。
「兵藤…」
弱々しくも流子の声を聞き取った。そのもとにサッと一誠は顔を向ける。「あそこだ」と呟くと、影がこもる森の中に駆け出す。一度立ち止まり凝視してみると、流子は腹を押さえ木の幹に背を持たれて腰掛けていた。痛みが残っているのか、息が若干荒い。
思わず一誠は見開く。もはや他人事では済まされない。リアスには冷静に振舞っていたが、流子となればまさに友人としてのそのもの。立ち止まってはいられない、安否を確かめようと咄嗟に駆けつけた。
「纏さん、お前大丈夫か!?」
「ああ…。痛みはちっとばっかしマシになった…」
流子の制服には、直径が握り拳ほどの穴が開いていた。その穴を囲む辺は血で染まっており、あまりにも痛々しい。まさか、あの槍で攻撃したとなると余計に腹ただしくなる。だが、傷の方は綺麗に無くなっていた。アーシアに神器で治してもらったのだろうと理解した。
「それにしても、あんな化物がこの町にいるなんてな…。見たことねぇ刃物ぶん投げて、堕天使とかよくわかんねぇこと言ってたが…、それでも…」
木の幹にしがみつき、苦虫を噛み潰した表情を浮かべながら流子はゆっくりと立ち上がる。
「…お前、その怪我で大丈夫なのか?」
「痛みは若干残ってるけど動くに困りはしねぇ。アーシアは、私達の友達なんだ…! 助けに行くんならこんな痛みくらい、どうってことねぇよ…!」
流子は元はといえば、一誠の過ごした世界の外にいるものだ。初めて人外というものを目にしたばかりの彼女が太刀打ちできるわけがない。だが、一誠はリアスのように、やたらと屁理屈を並べては彼女を止めることはしなかった。
「無茶はするなよ」
だから一誠は、肯定ととれる、そんな言葉を放ったのだろう。
「ほら、こいつを着な」
「悪いな…」
一誠は学ランの上着を脱いで、流子に手渡した。シャツに染み入った血痕を隠すためである。治されたとしてもあまりも物騒で、不信感を持たれるに違いないからだ。
彼女はそれを手にとって羽織ったが、人のものだからか僅かに頬を赤く染めていた。
「でも初めてだな、纏さんが自分で友達作ったの」
「おいこら馬鹿にしてんのか」
一誠の一言にムッとした表情を浮かべる流子。だがそれは半分の意味合いで確認のようなものであり、その反応を見て、大丈夫そうだと一誠は悟った。
「別に。…よし、そうとならば纏さん、教会にカチコミに行くぞ」
「教会…? こんな時に神頼みかよ!? ……待てよ…、ひょっとしてアーシアが…! でも、なんで…」
「行けばわかる」
流子の肩を軽く叩いて笑うと、その方向へと歩き出した。そんな一誠に不信感を抱いていたが、ぶつける暇などないことは流子には理解済みだ。ただ、このまま流子に隠しては難であろうと、人気のない場所に入った時に一誠は悪魔などの人外がいることを話した。何度も彼らを目にしては、人によっては話して親しくなることもあれば、死ぬ気で戦ったことも話した。勿論のこと、流子では理解するには程遠かった。
そして、教会に辿り着く。一誠は左手をピストルに見立てると、空に1発の赤光を打ち上げた。花火のように赤い煙を巻いて上昇していき、一度消えると破裂して教会の敷地全体に広がった。
「兵藤、お前今何やったんだ?」
「オカルト研究部直伝の手品ってもんさ。まだ仮入部だけど」
「おい、かなり胡散臭ぇぞ」
流子が何かえげつないものを見たかのような表情で引いていた。だが別に入る気などないが、誤魔化しの材料として使わせてもらった。オカルト研究部といったら怪奇現象などの研究を行うものだと一誠は元々想像していたので無意味ではなかろう。
一誠は魔力としての知識は持っている。赤龍帝であるからと、ついでに学んだ事項である。例えば、一誠の放ったのは結界の1つであり、その範囲内における爆発音などを全てシャットアウトできる。「いくぞ」と一誠が歩き出す。流子もまた顔を引き締め、森沿いの砂利道を歩く。しばらくして、「クヒヒヒ」と不気味極まりない笑い声が響く。教会の前で1人の青年――フリード・セルゼンが立っていた。
「おやおや~? 数日ぶりですねぇぇ~っ?」
「何なんだこいつは…!?」
「やっぱり来たか」
フリードの登場に、やはりかと目だけ構えていた。だが何も知らない流子は、彼の笑いに引くばかりである。
「会ったことがあるのか?」
「ちょっとな。奴もグルだ」
一誠の言葉で流子もフリードを睨みつける。狂った笑顔を浮かべながら右手に光刃の剣、左手に銃を掴んでいた。そして、一誠達に意識を集中させ、彼の姿が消えた。
流子の理解が追いつく前に、一誠もまた消えた。
「死んじゃえええ――にらっ!?」
両者の顔がぶつかる程に接近した瞬間の出来事である。刀と素手、あまりにも理不尽なタイマン勝負であろう。だがその勝負が始まって1秒程度、フリードの顔が一気に強張った。徐々に血の気が引いていき真っ青になる。一誠は何処吹く風の表情で神父を睨んでいた。
「ほにゃああ――っ!?」
フリードと一誠がすれすれになるまで近づいた瞬間、前者が醜くも森中に広がるほどの悲鳴をあげた。顔も言葉にならないほどに歪になっている。右膝を上げては片足で跳ねまくり、言葉にならない狂気の叫びを上げていた。
何故なら、一誠の踏み込みが、フリードの足を強く踏みつけているからだ。小さくクレーターができていたことには気に留めない。また、それが一誠の意図だったのか、偶然の出来事だったのかは不明である。ただ単に、ほぼ無表情で接近した一誠だが、内心では「俺、こんな時にフンを
「兵藤…、いくら何でもそれって…」
クソガキ共のやることじゃねぇか…。『確信犯だろ』と流子がジト目で見るのを他所に一誠が足を引っ込む。フリードは片足の状態で後ろに飛び退き、何を言っているかわからない言葉を放ちながら足を押さえて円を描くように飛び回っていた。バターができるには速さが全然足りていない。
「引っ込んでろ。俺は今完全に怒ってんだ。でもな、ド三流のお前なんかで晴らすつもりはないんだよ」
「てめぇ…! このボクチンがド三流だとぉぉっ!? 今にも切り刻んで――ぐぶほぉっ!?」
フリードが言い切る前に、一誠はデコピンで吹き飛ばした。
「キレちゃった…! ホ~ント、キレちゃった!! あんたにゾッコンしてしまうぐらい!! …次はぜってー殺す」
そう言うとフリードは踵を返して逃走を図った。「待ちやがれ!」と流子が追いかけようとするが、ホッピングマシンのごとく人間離れの跳躍力で逃げていったことに肩を竦めるほかない。「イャアオオ――ッ…!?」、「ヒャォォオゥッ…!?」と全く解読不明な雄叫びを、今にも泣きそうな感じで上げていたのはあまりにもシュールだった。
「…なんだったんだ、一体?」
「答えるヒマはないぞ」
一誠が呟く。ともあれ、彼は周囲を睨み回している。森の中から、フリードと似たような礼装服を身に纏った男達、同じ悪魔祓いが群がってくる。彼らもまた、狂人とは異なる剣を持ち、一誠達を狩る意気込みを見せていた。
「今度も…!?」
「奴らの回し者だな」
多数の悪魔祓いが2人を囲む。洋剣を振り上げ、覚悟が纏まっていないような雄叫びを挙げながら切りかかってくる。一誠はその一閃を、腰を曲げて回避し、利き手でパンチを喰らわせる。
流子がその顔面に靴底をぶつける、殴る、頭突する…。剣の振るいを意図も容易く回避し、殴る。これってまるで学園モノじゃないか…。一誠には、あの時の光景を彷彿とさせるものであった。
「てめぇら邪魔だ!! とっとどきやがれえぇぇっ!!」
なんだ、ナイフをただ単に長くしただけじゃねぇか…。そんな一言がそろそろ、流子の口から聞こえてきそうだ。剣を持つ腕を脇で固定し、片手で襟をひいては頭突きをかます。徒手空拳で誰かを殴った経験は何度もあるが、それにしても1人の女子が行うものと思えない。
『相棒…、この女はなかなかえげつないな…』
「纏さん、相変わらずだなぁ…」
だが、悪魔祓い達に同情するもしくは慈悲を与えるつもりはない。なにせアーシアを助けるという意義があるのだ。命は奪うという化物じみた真似は犯さないが、邪魔するならばぶっ飛ばしてまで突き進むしかあるまい。
***
一方、教会の敷地の外。誰一人も歩かぬ歩道の上で1つ1つ、足音が響く。コツン、コツンと歩く青年の真横が、敷地の入口の前に合った時、青年の歩みが止まった。教会の方を向いた時の青年、見つけたと何かしらの達成感に満ちた笑みを浮かべていた。
「強者の気を感じる」
その青年は黒い学ランを身に纏っている。アジア系の少年は通りかかった教会に一瞥し、興味深げな表情を浮かべていた。その意気は、躊躇もなく足を運ばせた。
背中には黄金の輝きを見せる一本の槍を背負っている。あまりの光沢に誰もが惹き込まれるほどであった。ひょっとしたら最高なる槍舞の舞台になるかもしれない。楽しげな表情を浮かべる男だが、この時侵入者の排除で手がいっぱいだった悪魔祓いに遭遇した。「邪魔が入った」と思うや否や、青年の表情が無と化した。
「貴様! 何者だ!」
はっと見つけて警戒心を露わにし、誰もが洋剣の刃先を向けた。「そんなものか」と連中の気を感じ取ると、青年の笑みが消え、英雄としての睨みを聞かせる。その瞳から生じる威圧に、冷や汗を誰かしらの蟀谷に滴らせていた。背筋が寒くなり、足元が震い、崩して尻餅をつきそうになる。だが改めて剣を構え、青年を排除しようと集中していた。だが、青年には奥の手というものを使う気などなかった。怖気を震う者になど使わせてたまるか。
「駒犬どもめ。貴様達にはこの旗本2本で十分だ」
どこから取り出したのか、両手には2本の旗が握られている。その旗は軍旗の一種であり、長さは2メートルを超える。旗には中華風の模様が施され、筆で書かれたような“曹”の文字が織り込まれている。神の加護を授かった悪魔祓いが、ただの旗に翻弄されるとは思っていなく、むしろ馬鹿にされたようなものである。
1人の駒が叫ぶと、悪魔祓いが群がってきた。時代劇の戦の場面のごとく、恐れを顔に現し、闇雲に多いかかってくる。そんな無様な光景に彼は嘲るようにして笑う。だが、気の毒だと哀れみを含めているように思える。悪魔祓いの誰もが思っていた。まさか数十本の聖剣を相手に、たった2本の旗で立ち向かうというのか、既に勝負は決まっていると高をくくっている。1人の剣が青年の首を刎ねんと、刃元が一寸ほどに迫る。
だが大振りな旗で眩い速度で突き返した。その1発はあまりにも重かった。その男の空間何もかもが疎かになったと思った瞬間、幹に顔ごと身体をぶつけていた。
悪魔祓いの表情は余裕が霧のごとく立ち消える。だが青年は身長の2倍ほどにある旗を華麗に振り回し、一閃を防ぎ、両脇腹を挟み込む。激痛に剣が手から滑り落ち、腹を抑えて悶込む。
背中に殺気を感じ取った青年は後ろを向き、旗の先端を相手の足に引っ掛けて足を外した。その相手は身体を意図とは関係なく回転させられ、地面に叩きつける。それでも容赦なく、倒れてすぐ青年は旗の柄で、倒れた相手の腹をドスッと突く。「かはぁっ!?」と溜め込んだ空気全てを吐き出され、意識を奪われる。
「ほっ」
「うっ!? ぐああああああ…!?」
1本の旗本を意図的に渡した途端、掌に重力が一気に伸し掛かり地面に挟まれた。何かが砕けた音が聞こえたが、持ち上げることができない。それを一瞥することもなく、1本だけでも悪魔祓いを薙ぎ払っていく。そして手が挟まった1人に身体を向け、足の甲で容易く旗を蹴り上げ、その相手の顔面に回し蹴りを食らわせた。
意識を失う手前、彼は青年を見て恐れをなしていた。あの旗はかなりの重量で、自分達の洋剣など話にもならない。10本…、いや100本分か…? なのにあの青年は何処吹く風の表情で空気抵抗に喧嘩を売っている。奴は一体何者なんだと。
2本とも手にとった状態になると、自棄になった悪魔祓い達が360度何れの包囲から迫り来る。剣を振り上げ、集団で槍ごとその身体を切り刻もうとしている。しかし、英雄を名乗る青年の表情にはまだ余裕の一点張りである。右脚を前に出し、左足を軸にして自らの身体を回した。そして同時に、両手に掴む旗本を横広に広げた途端、悪魔祓い達の動きが止まった。意識はあるが、彼の作り上げた空間の意のままにされていた。
「うおぉっ!?」
「身体が…! 宙に…!?」
急に目の前の世界が宇宙空間に切り替わったかのようである。剣を振り上げようとしてもうまく身体を動かすことができない。むしろ攻撃としてもはや成り立たないだろう。掌で旗本を振り回しながら腕を上げれば、徐々に目高が上がっていく。誰もがジタバタして藻掻くが、何も構わずー
「ふんっ!!」
『うわああああっっ…!!』
旗を思い切り振り上げて、悪魔祓いの一群を空高く打ち上げた。どの剣も持ち主の手から離れ、柄と刃先で円を描くようにして回転しながら宙を待っていた。次第に重力が働き始め、どの駒もどの剣も青年一点に落ちていく。青年はそれを確認すると一歩下がり、何かを描くようにして旗を動かしてゆく。そして1つの塊と化した“球”が接近した途端、2本を1本に合わせ―
「はぁっ!!」
『ぐあああああ…!!』
空高く打ち上げた。その一振りが放つ突風は剣を砕き、悪魔祓いを空高く飛ばして行ったのだ。
一面に広く散らばり、やがて誰もが夜空の向こうへと消えていった。彼らがどうなったのか、どこに飛ばされていったのかだが、それは青年には興味が無い。むしろ失望したことに等しい。「呆れが宙返りするとはこの事か」と呟くと、先ほど感じ取った強い気の源を見つけるため、歩を動かそうとした。
「やってくれたッスね!!」
『新手か』と、怪訝になる。振り向けば、3人の新手が現れている。ゴシックロリータ系の黒いドレスを着た女子、露出度が高い紫のスーツを着た女性、黒ずくめの男。何れも黒い翼を背中から広げており、青年を睨みつけている。
青年は瞬く間にして感じ取った。先ほどいたそこら中の剣士よりかは見込みがあると。だが、あくまで見込みなだけで英雄に近い自分とは雲泥の差でしかない。
だが、堕天使達はすぐさま光の槍を放ち、青年を殺めようとする。再び旗を取り出しては、中国武術を思わせる軽やかな動きで光の槍を叩き落としていく。そんな中、最後に現れた1つの槍が彼の頬を軽く掠った。僅かに血が滴る。
「面白いものを見せてもらった。だが、つまらぬ武芸で俺達に太刀打ちできると思ったか」
ドーナシークの一言で、カラワーナもミッテルトも嘲るように笑う。
一方、青年は落ち込むどころか――笑っていた。
青年は人間だ。意図なくしてちょっとしたミスをすることがあるとは既に了承済みだ。頬のかすり傷も、これは後日綺麗に治る。
だが、彼は笑っていた。
「何がおかしい?」
「やっと自分の置かれた身を理解したっスかね!?」
「なんとも愚かなことだわねぇ。どうして人間は判断力が鈍いのかしら?」
一瞬では「殺せ」と自棄になっているのだろうと、テンプレート的な思考で確信していた。だが、実際は違う。まさにご満悦と言っても過言ではないばかりの笑みを浮かべている。
「見事だ」
「…なんだと?」
「不覚とはいえ、この英雄の孫たる私の頬に傷をつけるとは…。貴様達には1つ試してみる権利はあるだろう」
「何が言いたい?」
すると青年は旗をしまい、肩越しで背中に手を伸ばす。鞘からゆっくりと、黄金に輝く槍を取り出した。軽く回し、槍先を3人に向ける。その槍の輝きに魅せられた途端、3人は驚き、零下に下がるが如く表情が戦慄に満ちた。
「なっ、なんだと…!? ま…、まさかそれは…!?」
既に遅かった。『何故そんなものを』と問われるだろうが、青年に非はない。
「光栄に思うがいい――聖槍の錆として残るための禊を始めようではないか」