妹ノ下雪乃さんとのラブコメは間違っていない。   作:kuronekoteru

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妹ノ下雪乃さんと奉仕部と我が家。

 

 『高校生活を振り返って』 2年F組 比企谷八幡

 

 結論から言おう、高校生活は素晴らしいと言わざるを得ない。

 皆は何時、どんな時に高校生として充実していると感じるのだろうか。部活動で仲間と汗をかいて笑い合った時、それとも学校行事で活躍した時、はたまた恋愛的なイベントを体験した時だろうか。私は朝、目覚めた瞬間から感じている。制服姿という視覚から、目覚ましの声からは聴覚で高校生活の素晴らしさを訴えかけてくるのだ。

 自身も制服に袖を通してリビングへと向かうと、愛らしい妹たちが美味しい朝ご飯を作って待ってくれている。忙しない朝のひと時を彼女らと過ごす毎朝が始まりの1ページとして刻まれるのだ。

 通学の時間も私は好きだ。清閑とした朝に合わせて会話は控えめに、動き始める街々の生み出す音を黙って聴きながら歩いて。混雑する公共交通機関も守りたいものがあれば気にもならない。

 昼時には愛らしい妹たちの手作り弁当を独りで誰にも邪魔されることなく食し、海側から流れる風と、海へと還っていく風に身を委ねる。憩いの時間だ。

 放課後には特に何でもない当日の出来事を語らい合いながら帰宅する。こんな時間が続けばいいと思ってしまうのは、夕焼けの緋色を反射する黒い宝石のような長い髪、私を映す瞳が笑い掛けてくれるから。

 まさに充実した高校生活だ。私から青春を謳歌していない者たちに言えることはこれだけであろう。

 

 諸兄姉よ、かねて妹を求めたまえ──。

 

 

「なんだね、この文章は……」

「高校生活を振り返ってというテーマで作文を書いただけですけど」

 

 放課後、八幡は国語を担当する教師から呼び出しを食らっていた。彼は何故呼び出されたのかを本気で理解していないので反省の色は微塵もない。

 

「……高校生活に関係あるのかね」

「関係しかありませんが」

 

 彼女、平塚静は八幡と雪乃の関係を知っている側の数少ない先生の一人である。教員室の彼女の机上にある灰皿には煙草の吸い殻が詰め込まれており、教師という職業のストレスの多さが垣間見えた。

 スーツの上に白衣を纏う彼女は生活指導も担当しており、度々彼のような問題児を呼び出しては説教をしている。しかし、今回ばかりは相手が悪い。

 何を言っても暖簾に腕押しだと気付いた平塚先生は分かり易く溜息を吐く。

 

「はぁ、定義的にシスコンと言っていいのか分からんが重症だな……。ちょっと付いてきたまえ、雪ノ下にも先に声は掛けてあるから既に来ている筈だ」

「いや、雪乃もいるなら勿論迎えに行きますよ」

 

 気怠そうにしていた八幡の目は雪乃の名前が挙がると急激に精気を取り戻していた。放課後になったのに、未だ会えていない彼女を迎えに向かうことに何の躊躇いがあるのかと言わんばかりに。

 

「平気で下の名前を呼ぶな、…………独り身が辛くなるだろう」

 

 だが、代わりに平塚先生の気力が一気に削がれていた。

 

 

 二人は特別棟にある、プレートに何も記載されていない空き教室に到着した。先導する平塚先生がノックもせず扉を開けると、中からは春の暖かな風が流れ込む。その風に微かに乗る嗅ぎ慣れたサボンの匂いが彼の鼻腔をくすぐった。

 窓の空けられた教室内、雪乃は本を片手にぽつんと置かれた椅子に綺麗に背筋を伸ばして座っていた。そして、開かれた扉から覗かせる八幡の姿を確認すると揶揄うような笑みを浮かべる。

 

「……あら、そこの校内で私の彼氏と話題になっている人は兄さん?」

「おい、誰のせいだと思っているんだ、総武高の有名人代表で愛しの雪乃さんよ」

 

「君たちは何故そこまで綺麗に歪んだ関係を築いているんだね……」

 

 平塚先生は二人の関係性をまじまじと見て、聞いて呆れ返っていた。だが、それでこそ甲斐があると気合を入れ直し、彼らをこの場所へと連れてきた目的を語り始める。

 

「まぁ良い、君たちには他人への関心と関わりが圧倒的に足りていないことが分かった。だから、これから二人には奉仕部として奉仕活動をしてもらうぞ」

 

 『奉仕』、その言葉にいち早く反応したのは思春期真っ盛りの男子。

 

「ちょっと待ってください、雪乃にそんなことさせる訳にはいきません」

「あら、私は毎日兄さんに奉仕をしているじゃない」

「頼むから俺以外に奉仕しないでください……」

 

 平塚先生は目の前で繰り広げられる会話、そして勢いよく下げられた八幡の頭を引き気味に眺めていた。もう改善は不可能なのではと一瞬考えが及びそうにすらなるが、勢いよく顔を振ると同時に迷いを振り払う。

 彼女は大方予想通りではあるものの、あんまり乗り気じゃなさそうな彼らに対してある提案を思い付く。若い者なら乗らざるを得ないビッグウェーブのような提案を。

 

「どちらがより奉仕……いや、問題を解決出来るかどうか、勝負で雌雄を決するとしようじゃないか。若いのはそういうの好きだろう?」

 

 彼女の定義する若者というのは、無論自身も含まれていた。何なら彼女の趣味嗜好だけが大いに反映されていると言っても過言ではなかった。

 

「勝った方が負けた方に何でも命令できる、ああ勿論いかがわしいことは──」

「構いません」

 

 雪乃は命令権の詳細な条件を遮るように強く言い切った。

 仮に勝負の最終判定が高校を卒業する頃だとすれば、その時には二人とも成人していることになる。だから命令が如何わしくても厭らしくても一向に構いはしないだろうと彼女は考えていた。寧ろ、彼女にとってはある種保険として利用してしまおうという算段すらあった。

 

「では、勝負をしましょう、兄さん」

 

 彼女の自身に満ち足りた言葉と態度を前に、八幡はただ不敵に笑う。彼にはもう笑うしかない。

 

「ははっ、俺が雪乃に勝てる要素は力くらいなんだが?」

「なら力で押して、倒せばいいじゃない」

「…………はい?」

 

 雪乃も大概思春期真っ只中だった。

 

 

 陽の光も随分と傾き、夕方と言って差し支えない時間になった頃。

 

「……じゃあ生徒から相談があれば解決すればいいんすね」

 

「ああ、一応内申に色を付けるくらいはしてやるから頑張ってくれ。……それに、君たちみたいな生徒を見てあげるのも大人の役目だろうからな」

 

 そう言葉を口にすると、平塚先生は背を向けて教室を後にする。去り際に見せた別れの挨拶代わりのハンドサインと白衣を棚引かせる歩き姿が妙に様になっていた。

 

 八幡は平塚先生からの説明を受けた今となっては、奉仕部に所属して活動することに抵抗はもう無くなっていた。雪乃と部活動を共に出来るなら望むところであるし、朝や昼休みの事件も同じ部活仲間ってことで何とか誤魔化せるかもしれない、……なんて甘い願望を持っていたから。

 

 だが、彼には一つどうしても腑に落ちないことがあった。そのことを黙々と自分の分まで帰り支度をしてくれている雪乃に問い掛ける。

 

「それにしても、なんで雪乃も連れて来られたんだ?」

「……さあ?」

 

 自身が妹にしか興味が無い人間だと難癖を付けられて奉仕活動を命じられたことはギリギリで理解出来たのだが、完璧超人の雪乃が何故に同じ罰を受けさせることになってしまったのだろうか。そのことに疑問に頭を悩ます八幡とは対照的に彼女は涼しい顔で言葉を返し、鞄から取り出したスマホで帰りのバスの時刻を確認する。

 

「では、早く帰りましょうか」

 

 家で自分たちを待ってくれている人が居る。それを理由に、彼女は珍しく忙しない態度を見せてまで八幡を急かしていた。

 

 今までは時間差で正面玄関から出発していた二人だったが、最終下校時刻が近く残っている生徒も少ないために並んで上履きからローファーへと履き替えた。そのまま屋外へと進むと、夕陽で長く伸びる二人の影が重なり合う。落ちた桜の花びらを再び舞い上げ運んでいく暖かな風は、雪乃の美しい艶やかな黒髪をも自然と靡かせていた。

 

 まだ校庭にはサッカー部を始めとした多くの部活動に励む生徒が残っていたのだが、八幡の視界には彼らが映り込むことはない。

 

 彼と並ぶ校庭の反対側には、多くの生徒に見せびらかす様に機嫌良さそうに歩く雪乃が微笑んでおり、彼は当たり前のようにそんな彼女に見惚れ続けていたのだから。

 

 * * *

 

 我が家の玄関扉を開くと安心する匂いが俺の鼻腔を抜けていった。嗅覚から帰ってきた実感を得ながら履き慣れた皮靴を脱ぐと、雪乃が自身の靴と合わせて綺麗に並べ直してくれる。その大和撫子な振る舞いに感謝の念が尽きません。

 

「ゆきねぇもお兄ちゃんもお帰り~」

「ただいま、小町」

「おう」

 

 わざわざ二階から降りてまで小町が出迎えに来ると、雪乃は優しい声色で言葉を返していた。この二人のやり取りを見ているだけで寿命が伸びていく。二人を嫁に出す気は一切ないので、最低でも三人分の老後の資金をちゃんと貯めないといけないですね。

 

「……おやおや、今日はゆきねえ何だか嬉しそうですなぁ?」

「ふふっ、後でゆっくり話すわ。まずは晩御飯の準備をするから待っていてね」

 

 小町の頭を軽く撫でると、雪乃は洗面台へと流れるように向かった。撫でられた小町は満足そうに彼女の後ろ姿を見送る。雪乃の背中が見えなくなると、小町は俺の方へと向き直ってしみじみと呟く。

 

「……お兄ちゃんも幸せ者ですなぁ」

「おう、小町も毎日朝食ありがとな」

 

 君たちさえ居てくれたら、俺はずっと幸せに決まっているじゃないか。

 

 

 それから一時間もしないうちに炊飯器が晩御飯の時間を知らせた。

 

 炊き立てのご飯、そして空腹をくすぐる芳醇な味噌の香りが漂うリビング。テーブルの上には、さば味噌煮と味噌汁、水菜とツナのサラダとご機嫌な和食が並んでいた。

 俺の向かい側にはいつも通りに雪乃と小町が並んで座って手を合わせている。俺も二人に倣い手を合わせて「いただきます」の声を唱和させた。

 

 全員で食事前の挨拶を終えるや否や、小町が雪乃に前のめりになって話し掛ける。

 

「ねぇねぇ、今日の学校で何があったの?」

 

 お椀を持ち上げようとしていた雪乃は一旦その動きを止め、小町の方に顔を向けるとわざとらしい困り顔を作って口元を緩ませた。

 

「そうね、兄さんに無理矢理唇を塞がれたり、俺に奉仕して欲しいって言われたりしたわね」

「お兄ちゃん……?」

 

 丁寧に取られた出汁で作られた味噌汁の風味を堪能していた俺へと向けられたのは疑いの目。待て待て、待ってくれと俺は即座に弁明の言葉を口にする。

 

「おい、誤解を招く言い方はやめろ。事実だとしても、もう少しエピソードを挟んで薄めて話してくれ。じゃないと居た堪れなくなってしまうだろ」

「事実なんだ……」

 

 疑いが晴れたのか、懐疑的だった視線は普段通りの残念な者を見る瞳へと変化してくれた。今日も比企谷家の美味しい料理が並ぶ食卓は依然として平和に満ち満ちている。

 

 

 全員の入浴が終わり、リビングでは髪を乾かし合う神聖な光景が繰り広げられている。湯上り姿をまじまじと見る訳にもいかないので、俺はさも興味ないですよとアピールするようにスマホアプリを無心でタップしていた。

 

 仕上げの冷風によるドライヤー掛けも終わったのか、ファンの大き目な音が鳴り止み彼女らの聴き心地の良い声だけが耳朶を打ち始める。

 

「ゆきねぇ、寝る前に少しだけで良いから勉強見てくれる?」

「もちろん良いわよ」

 

 来年には受験を控えている小町が雪乃に勉強を教えてくれとお願いをしている。来年一年だけにはなるが一緒の高校に通えるチャンスがあるため、最近の小町は勉強好きでもないのに熱意を持って取り組んでいた。妹のために俺も人肌脱がせてもらうとしようじゃないか。

 

「小町さんや、たまには俺も見てやるぞ」

 

 小町からの感謝の笑みを期待していた俺だったが、残念ながら向けられたのは困惑顔。いや、それも可愛いんだけどね。

 

「お兄ちゃんも国語系は成績良いけど、数学とか理系は普通じゃん……」

「おい待て、期末は平均より高かったんだぞ」

「学年一位のゆきねぇに教えてもらってるんだから当たり前じゃない?」

「兄さんは公式の記憶は早いのだけれど、応用問題に弱いのよね……」

 

 二人からの言葉に耐えかね、俺はぐぬぬと顔をしかめるしかなかった。俺も小町に教えたいのに……妹との触れ合いを求めているというのに…………。

 俺からの熱烈な視線を受け取った小町は呆れ顔ながらに軽く溜息を吐くと、苦笑い寄りの可愛らしい笑顔で優しい言葉を投げ掛けてくれた。

 

「お兄ちゃんにはゆきねぇが忙しい時にはお願いするよ。でも今日はゆきねぇにじっくり聞きたいこともありますので!」

 

 小町はウィンクに敬礼みたいな手振りを添え終えると、「じゃあ行こう」と雪乃に呼び掛けて彼女の自室へと向かうために階段を降りていく。やや騒がしい小町の足音を聴き届けると、雪乃も髪を拭いていたタオルを片手に立ち上がった。俺も二人が居ないのであればリビングに居る意義もないので、僅かに疎外感を抱きながら雪乃の後を追う形で階段を降りていく。

 

 普通の一軒家なので大した時間も掛からずに階段下まで到着してしまうと、俺は雪乃に一日の終わりの挨拶を告げるために口を開いて「おやすみ」と彼女に告げた。

 

「おやす、……えっと、そんなに寂しそうな顔しないで、勉強ならまた見てあげるから」

「来月中間あるしな、まぁその時は頼むわ」

 

 小町に対するような優しい声色と表情に、自然と彼女の提案に甘えるように乗っかってしまう。実際、二年生に進級してから始まった数学ⅡとBが異常に難しくて困っていたところだし。

 

「あら、否定しないのね。そんなに寂しいならまた一緒に寝てあげましょうか?」

 

 雪乃のその言葉で俺が寂しさを否定しなかった、いや出来なかったことに気付かされた。普段よりも多くの時間を共に過ごせたからこそ、今日が終わって離れてしまうことが寂しかったのだ。

 

 だが、先程までの優しい顔色ではなく揶揄うような笑みを浮かべる彼女に甘える訳もなく。

 

「何歳の頃の話をしてるんだよ。別に寂しくねーよ、ほら小町が待ってるぞ」

「ええ、おやすみなさい、兄さん」

 

 早く行ってあげなと手首を振るように動かすと、雪乃は軽く首肯をして別れの挨拶を告げた。そのまま俺は自分の部屋の前へと歩みを進めると、その扉を開く前に軽く振り返った。最後に後ろ姿を見るくらいはしても許されるだろうと。

 

 だがしかし、俺の目に入ったのは雪乃の名残惜しむような表情だった。彼女は会話していた場所から一歩も動いておらず、俺の方へとずっと手を振り続けてくれていたように思える。

 

 雪乃は一瞬丸くした目をすぐさま元に戻すと、内緒話をするように小さな声で囁いた。

 

「一応、部屋の鍵は空けておくわね?」

 

 恥ずかしかったのか、雪乃は言い終わると反転して小町の部屋へと駆け込んでしまう。残された俺は暫しの間、その場でただ呆けていた。だって────。

 

 カマクラのためにいつも鍵開けてるでしょ、君。

 




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