妹ノ下雪乃さんとのラブコメは間違っていない。 作:kuronekoteru
ゆきねぇの朝は早い。
千葉県千葉市。
閑静な住宅街の一画にある一軒家。
そこがゆきねぇ、そして小町たち比企谷家の住処です。
世界でも有数の素晴らしい姉。
小町は、このゆきねぇの一日を追いました。
世間ではお休みの人も多い土曜日だというのに、ゆきねぇは早朝から出勤する両親に朝御飯を振る舞っています。平日は無理でも、休日くらいはやってあげたいと口にしていました。小町も最近は甘え切ってしまっているので見ていないのですが、うちの両親は泣いて喜んでいることでしょう。
小町が8時過ぎくらいに起きると、ゆきねぇは大体ソファーで我が家のアイドル猫こと、カーくんと一緒に寝ています。カーくんがゆきねぇで暖を取っているのか、ゆきねぇが湯たんぽ代わりにしているのか。恐らく後者だと小町は睨んでいます。
その寝顔はさながら天使のようで、普通の人だったら一瞬で駄目人間にされてしまうところです。うちの兄は既に駄目おにいちゃんはおしまい!になっている可能性もあります。お隣どころか一緒に住んでいる天才美少女が居るのだから仕方がありません。
「……んん、おはよう小町」
「うん、おはよー。ゆきねぇ、今日も朝御飯ありがとうね!」
眠気眼を擦り、伸びをする姿がカーくんとシンクロしています。100点です。取れ高充分過ぎて普通の番組ならここまでの映像を散々引き伸ばしたり、CMを挟んで溜め演出を過剰に使ってお終いまであります。
ですが、今回は小町プレゼンツなのでまだ終わりません。小町には重大な使命があるのですから。
「お兄ちゃんもそろそろ起こす?」
「ふふっ、休みの日くらいはゆっくりと寝かせてあげましょう」
……うーむ。今日、というか昨日の夜からゆきねぇの機嫌がいつもより良いんですよねぇ。何かあったのかと訊いたら「それは友達が出来たからかしらね」って。本当にそれだけなのでしょうか。
いいえ、あれは絶対に兄と何かあったに違いありません。小町レーダーがびんびんに反応したのですから。
ですが、余りにも突っつき過ぎるのも野暮なので、ここは一旦ステイです。良い方向に進んでいるのであれば、小町がこねくり回す必要はないので。
「じゃあ今日もお願いできる?」
「ええ、もちろん良いわよ」
小町はゆきねぇに勉強を見てもらっています。決して楽はさせてもらえませんけど、小町に合わせた勉強法を考えてくれるので心地が良いのです。
あと兄とは違って良い匂いなのもポイント高い。小町が問題を解いている時に放っておいてくれるのはどっちも一緒なのですが、こればっかりは仕方がありません。別に兄が臭いとか思っている訳ではなく、どちらかと言えば小町にとって好きな匂いには分類されていますよ、ええ。
お勉強の合間に休憩がてら家事を手伝ったりしていると、時刻はそろそろお昼前。残念ながら、兄はまだ起きてはきていません。この残念は兄にしか掛かっていませんので悪しからず。小町にとってはむしろチャンスとも言えるのですから。
「そろそろ息抜きに小町がお昼ご飯作るよ」
「あら、私も一緒に作るわよ?」
世界有数の良姉は当たり前のように手伝ってくれる気でいます。小町としては一緒にお料理をしたいところなのですが、ようやくの使命を進めるチャンスを無駄にするわけにはいきません。
「ううん、ゆきねぇはお兄ちゃんを起こしてきてよ。小町、ご飯は出来たてを食べて欲しいな♪」
ゆきねぇも誰に似たのか、小町の前では理由がないと兄に近付きません。姉の意地なのか、秘密の恋心隠しなのかは分かりませんが。
小町の音符まで付いているようなお願いを聞くと、ゆきねぇは渋々首を縦に振ってくれました。ちょっとだけ悪いことをした気分になりますが、未来を想えば仕方がないのです。
「たぶん20分程で出来るので、まぁその間に頑張ってくださいね~♪」
その間は小町はどうしても目が離せないので、だから何をされていても大丈夫ですとゆきねぇの背中を強く押しました。早く既成事実でも作って小町を安心させて欲しいものですね。
あと、兄の部屋の前に洗面台へと身嗜みチェックをしに行っちゃうのですが、これは恋心を隠す気があるのでしょうか。
自分で言うのもあれですが、小町は料理が得意です。手際よく食材を切り、フライパンに油を引いて火を通していきます。そして溶き卵と一緒に炊飯器のご飯と合わせて炒めていけば小町特製チャーハンの完成です。片手間で作っていた中華スープも良い具合になりました。味付けも基本は味覇をぶち込むだけなので、中華料理はお手軽なのです。
……おっと、お昼ご飯の香りに釣られたのか、寝ぼけ眼の兄がパジャマ姿のままに登ってきました。
「おはよ、お兄ちゃん」
「ん、めっちゃ良い匂いするわ」
本能のままに言っているのでしょうが、気軽に褒めてくれるのは兄の良いところです。小町ポイントを進呈してあげましょう。使い道は鋭意検討中です。
おや、待てども起こしに行ったゆきねぇの姿がまだ見えません。てっきり、兄に続いてすぐに上がってくると思っていたのですが。
「あれ、ゆきねぇは?」
「んー、なんか焦って自分の部屋に戻って行ったが」
おやおや、どうしたのでしょうか。兄の様子を見るに大したイベントは起きていない筈なのですが……。
小町はこれでも理解のある妹なので、こういう時の鉄板イベントは予想が着きます。寝言で愛を囁かれたパターンか、寝相で急接近パターンか、はたまた朝の生理現象──ああ、兄のそういうネタは考えたくないのでこれ以上はやめておきましょう。
「んー、盛り付けは任せていい?」
「おう、唯一得意なやつだ」
兄は料理が出来ません。いいえ、これには語弊がありました。
料理をする機会があまりにも無かったのでやれません。ただ、手伝おうとはしてくれるので、小町とゆきねぇは盛り付けと食器洗いを担当してもらうことに決めたのでした。
残りは兄に任し、小町は階段を降りてゆきねぇの部屋へと足を運びます。決して音を立てないように忍足です。おしたりじゃありません、心も閉ざしません。
小町は施錠されていない扉をこっそり開いていきます。くふふ、一体どうしたのでしょうか──。
あら。
あらあら。
あらあらあら、ゆきねぇはなんとベッドでうつ伏せになってパンさんのぬいぐるみに顔を埋めてます。足も小さくパタパタとさせておりますよ。
なるほど、…………なるほど?
改めて忍足で階段の中腹まで登り直しまして、普通に向かい直しましょう。何が起きたのかは正直分かりませんでしたが、ゆきねぇの可愛い姿が見られたので良しとします。取れ高充分です。もう3時間特番だとしても充分な量になっているでしょう。
足音も聞こえるように立て、ドアもいつもより大きめにコンコンと叩きます。そして、ちゃんと「どうぞ」と返事が来るまで開けずに待機をします。これが女の子の部屋に来る時のマナーなのですよ。
「……んんっ、どうぞ」
「ゆきねぇ、お昼もうできたよー」
扉を開けば、ゆきねぇは澄ました表情で優雅に座っていました。先程までの行動を見ていなければ、小町もお姉様とお呼びしたくなっていたに違いありません。でも小町さんは見ていましたので。こまみて。
「ありがとうね、小町」
「ううん、小町も良いものを見せて頂きましたので♪」
おっと、本音が出てしまいました。ほら、ゆきねぇもちょっと首を傾げちゃってますよ。……ほんとに何してても可愛いなこの人。
無事に誤魔化すことに成功し、今は食後のゆったり時間をリビングで過ごしています。
L字のソファーにゆきねぇ、小町、兄の順で座ってしまったのはミスでした。無意識で二人の間に座ってしまうのは小町の悪い癖です。
まぁ、逆に考えましょう。離れていれば言葉を交わすしかコミュニケーション方法がないので、二人も話し易いでしょう。理由をあげちゃったと考えれば良いのです。
「そう言えば、今週もあっちの家の方に行かなくていいのか?」
「帰ってきて欲しい、とは言われているけれど」
「……けど?」
ゆきねぇは雪ノ下家にもたまに帰っています。基本は長期休暇でたまに週末といった感じでしょうか。最近はあまり帰っていないので、そろそろ催促が来ているとは小町も思っていました。
ゆきねぇは膝に乗せたカーくん、小町、そして兄へと順番に視線を動かすと口を開きます。
「兄さんと小町とカマクラが一緒に来てくれるなら考えるわよ?」
「……俺たちは兎も角、カマクラは知らない場所だと落ち着かないだろうな」
「そうよね。今年は小町の受験勉強もあるし、帰るにしても年末くらいにしようかしらね」
予想通り、二人は自然とお喋りをしています。でも小町はここで終わる女じゃありません。更なるアシストだって果たしてみせましょう。
「……小町は勉強したいから、二人でお出かけでもしてきたら?」
受験生という称号は非常に便利で素晴らしいです。嘘です。一日でも早く終わって欲しいと心の底から思っておりますが、特に用事がない日でも「勉強するから」の一言で全て片付けることが出来るのは便利ですよ。
二人して小町を見つめてきました。ここで小町がニコニコしていれば、気にせず二人でデートと洒落込んでくれることでしょう。ラブコメ主人公の親友ポジが妹にいるなんてイージーモードも良いところですね。
「小町が行かないなら、スーパーに買い出しくらいでいいか」
「そうね、小町が来ないのなら遠出はしたくないわね」
あれあれ、どうも予想していた反応とは違いますよ。確かに、二人はインドア派だけれども、三人で出掛ける時は楽しそうにしてくれてるじゃん!
「いやいやいやいや、小町のことは気にせずお好きに、どうぞどうぞ~♪」
しかし、一度で諦める小町ではありません。押して駄目ならもう一度押してみる。小町は諦めの悪い女に育ってしまいました。
ふふん、小町が猫撫で声を使ってゆきねぇを落とせなかった経験は殆どありませんよ。ほら、二人でどこか行こうって早く兄を誘うのです。ほらほら。
小町がにんまり笑顔で見続けていると、ゆきねぇはクッションを口元まで抱えてぽしょりと言葉を溢しました。
「休みの日くらいは小町とも一緒にお出かけしたいのに……」
…………は? なにそれ反則じゃん。ちょっと、これで落ちない男の人って居るの? 女の小町ですら落ちそうだよ。おい、お兄ちゃん見てるか? って滅茶苦茶ガン見してるなこれ。
「ふぅ、仕方ないなー、小町もどこへでもお供しますよ。護衛はお兄ちゃんに任せとけばいいから、小町たちはお洒落して行きましょう♪」
仕方がありません。プランBで行きましょう。プランBは何かって、無いですよそんなもん。ここから先は行き当たりばったりです。ええ、普段通りとも言えますね。
「任せとけ、撃退用の催涙スプレーは常備してる」
「男らしさの欠片も無くて小町的にポイント低いよ……」
もうちょっと少女漫画のヒーローみたいな助け方をして欲しいものです。残念な兄は女心を全く理解出来ていない。これは小町ポイント低いです。使い道は鋭意検討しているのだから、張り切って溜めるべきですよ。
ですが、兄は小町の残念な者を見る目にも負けず得意げにサムズアップ。
「確実性を重視してるんだよ、万が一にも追い払えないのは困るからな」
「急激にポイント高になったよ!」
「えっ、ポイントの価値が上がって貰えるポイント減ってない?」
兄の言っている意味が小町には分かりません。ポイントの価値は常に高いですし、使い道も鋭意検討中です。
「私も合気道を齧っているから、小町のことも守ってあげられると思うわ」
「……ゆきねぇは一緒に守られていようね」
もう一人の得意げな姉にも小町は残念な目をしてしまいました。
二人が妹離れしてくれる日はまだまだ遠いんだろうなぁ……。こんなのだと、小町も離れ難くなっちゃって困りますね。
小町はソファーから立ち上がり、しっかりと二人の手を取りました。素敵な姉とちょっと変な兄、どちらの手も同じように。
「お兄ちゃんもゆきねぇも早く準備して行くよ!」
今は小町にしか出来ないことをしよう。きっと、二人の架け橋になれるのは小町だけだろうし。それに、小町がお姉ちゃんとお呼びしたいのはゆきねぇだけだと、既に心に決めちゃってますので。
──だって小町は、二人の妹なんですから。
初の小町視点になります。
いつもと違う様に書けるのは楽しかったです。