妹ノ下雪乃さんとのラブコメは間違っていない。   作:kuronekoteru

7 / 12
妹ノ下雪乃さんは中二病でも恋してた。

 

 憩いの休日が終わり、またしても憂鬱な月曜日がやって来てしまった。憂鬱と言っても、憂う要素は朝早く起きなくてはいけないくらいなもので、特段に嫌なことは別に無いんですけどね。

 強いて言えば、今日は雪乃と一緒にお昼を食べられないことが辛い。つい最近まで一人で食べていた癖に大袈裟だと思われるかもしれないが、それは雪乃とお昼を食べていない側の意見だろう。神よ、取り上げられるなら最初から与えて欲しくはなかった。嘘です。明日は一緒に食べるのでありがとうございます。

 

 そんなアホなことをHR前の教室で一人考えていると、明るい髪色と顔色を引っ提げるお団子頭の少女が机の前に現れた。雪乃の友人であり、俺の友人でもある、由比ヶ浜結衣。そして、今日の雪乃との昼食を奪ってきた張本人。いや、俺も誘ってくれたのだが、なんか色々と気を使いそうなので遠慮しただけです。

 

 自然と教室に居るところを見るに、本当に同じクラスだったようだ。

 

「ヒッキー、やっはろー」

「おう、……ってか何それ、知らないけど流行ってるの?」

「うーん、多分あたししか使ってないから流行ってはいないと思う」

 

 オリジナル挨拶かよ。固有(オリジナル)って書かれていると急にお洒落になるから、俺も昔は色々と考えたものだ。男子は早々に卒業を求められるのに、この歳まで続けても許されるのは女子高生だからだろう。羨ましい。

 

「そいえばさ、聞いてよ! ゆきのんがさ、私も奉仕部に入るって言ったら反対してきたんだけどね、何度かお願いしたら許してくれたんだー。優しいよね、ゆきのん」

 

 嬉しそうに語る由比ヶ浜の声色は朗らかで、聞いている身としても悪い気はしない。その話は知っているしね。雪乃が優しいし、可愛いのも知っている。雪乃のことなら大体何でも知っている。知らないことも、これから知っていきたい所存。

 

「どうしてヒッキーがドヤ顔するの?」

「ふふ、これは古参にしか分かるまい」

「……こ、高三? 来年まで教えてくれないの?!」

 

 アホの子、由比ヶ浜と雪乃の話をするのは存外に楽しかった。小町以外と雪乃について語る機会は殆どないので新鮮味があり、友人との時間に心地良さを感じるには充分な出来事であった。

 

「そう言えば、あの件については大丈夫なのか」

 

 自分たちの話ばかりしているのもあれなので、先日の由比ヶ浜の依頼について遠回しに訊くことにした。随分と婉曲な質問に対して、彼女は少し考える素振りを見せるだけで容易に辿り着く。彼女の察する能力は決して馬鹿になど出来なさそうだ。

 

「……頑張ってみるよ、ゆきのんとも約束したからね」

 

 そう口にした由比ヶ浜は、小さい握りこぶしを作って小さく笑っていた。

 

 

 午前中の授業も終わり、昼休みを告げる音が鳴り響くと教室には喧騒が訪れる。各自が共に過ごす相手や場所、もしくは購買へと移動を始めていた。

 俺もお腹が告げる文句を諌めつつ、鞄から大切な弁当箱を取り出していく。そして、先日までの憩いの場へ足を運ぼうと席から立ち上がろうとした、その時だった──。

 

「ごめん、あたし今日は他の友達と食べる約束してるから」

 

 後方から由比ヶ浜の少し強張った声が聞こえてきた。きっと、今朝にも話した通りに意思表示を頑張ろうとしているのだろう。

 

 だが、俺はこれを聞いて良いものか判断に迷っていた。友達だからと、彼女の努力を把握しようとするのは気持ち悪がられるかもしれない。ただの友達すら碌に作ってはこなかったのに、いきなり異性の友人なんて出来たのだから、その対応を俺は図りかねていた。

 

 迷った挙句、彼女らの話を聞き届けずに教室を出て行くことにした。心配する気持ちが無い訳ではないが、由比ヶ浜の見せた強さと、三浦の優しさを僅かではあるが知っているので、きっと問題は起きず円満に解決されるであろう。

 

 これが友達としての適切な距離感だと信じて、俺は何時もの場所へと向かっていった。

 

 * * *

 

 放課後、今後の奉仕部の活動頻度について相談に行った帰りに部室へと向かうと、部室の前で雪乃と由比ヶ浜が扉を少しだけ開いて中の様子を窺っていた。「どうかしたのか」と声を掛けると、揃いも揃ってびくりと跳ね上がる。その反応は驚いたカマクラに似ているが、雪乃の愛おしい縋るような瞳をあやつはしてはくれない。

 

「びっくりしたぁ……」

「ねぇ、中に変な人が居るのだけれど」

 

 軽く頭を下げて驚かせたことを詫びると、俺は同じように中をゆっくりと覗き始めた。俺はいま血眼になっていることだろう。雪乃を怖がらせることが万死に値すると、何が何でも教示しなければならない相手がそこには居るのだから。

 

 やがて視界に入ってきたのはコートを羽織り、指ぬきグローブを装着した男が一人。……なんだ、あいつだったのか。

 

 安心と諦念が入り混じった溜息を吐き、俺は扉をそのままの勢いで開いていった。すると、空いた窓から吹く風に乗って紙束が舞い踊る。その紙々すらも演出かのようにコートを靡かせ、逆光を纏う彼の姿は確かに絵になっていた。

 その男が不敵に笑うのを見て、俺もフッと口角が上がりそうになる。そして、挨拶代わりに言葉を呈した。

 

「おい、散らかすんじゃねーよ」

「あっ、はい」

 

 笑みを引っ込め、そそくさと散乱していた紙を回収していく。彼がぽっちゃり体系の割に俊敏な動きを見せている間に、雪乃たちも警戒を解かないまでも室内へと足を踏み入れることが出来た。

 無作為ではなさそうに回収した用紙を並び替え終えると、漸く男は自己紹介へと入る。黒縁眼鏡越しに、ただ俺の目だけを真っ直ぐに見て。

 

「ふっ、今更貴様に名乗る必要は無いが、新顔が見えるので改めて名乗ろう。我は剣豪将軍・材木座義輝(ざいもくざよしてる)であるぞ」

「……えっ、剣豪?」

「由比ヶ浜、剣豪の方は無視していいぞ」

 

 そう、彼の名は材木座義輝。俺とは体育でペアを組む時に余った者同士という、薄くも暑苦しい繋がりがあるだけの男だった。

 疑問符を浮かべながら真面目に考えていそうな由比ヶ浜を眺めていると、不意に右袖がくいくいっと引かれる。その方向へと目線を動かすと、やたら滅多に可愛らしい顔が俺の耳元へと近付いてきた。

 

「中二病、懐かしいわね」

「おいやめて」

 

 やめてやめて、中学時代のことを思い出させるのはやめてください。そういうお年頃だっただけだから、神界日記も政府への報告書もとっくに書くの辞めたから。そんな吐息交じりの囁き声で、耳を擽るよりも心をざわつかせるのは勘弁して。

 

「創造神に破壊神と……何だったかしらね?」

 

 ──永久欠神だよ……って、おいやめろ。

 

 

 結局、由比ヶ浜にも材木座の足利義輝ベースで作られたキャラクター性と共に中二病について軽く説明し、今日奉仕部へと赴いた理由を俺が先導して訊いていた。材木座が雪乃たちとまともに喋れる筈もないし、近付けたくもなかったので。

 

 そして渡されたのが、先程の散らばったA4用紙。そこには42字×34行で整頓されている文字列がびっしりと印字されていた。

 

「それは我が書いたラノベの原稿である。とある新人賞に応募したいので感想が聞きたいのだ」

「ジャンルにもよると思うが、なろうとかに投稿すれば?」

「……我は酷評されたくない、されたら筆が折れる自信があるから無理だ」

 

 目立つ格好をしている癖にメンタルは人並み。個人的には感想が付くだけマシだとも思ったが、そこは人それぞれだろう。

 依頼という形式である以上、俺は読むことには文句はなかった。知り合いが書いた小説なんて、正直興味がそそられるに決まっているのだが……。

 

「スキャンして追加で二人分印刷するのは面倒だから、PDF形式で送ってくれ」

「あっ、はい」

 

 そうして、俺は初めて材木座と連絡先を交換することになったのだった。

 

 * * *

 

 材木座が書いた小説は、異世界転生して勇者パーティーに追放されたけど、本当は世界最強魔法剣士でフェンリルも使役できるチート能力持ち主人公のハーレム物だった。送られてきたデータに不備がないか確認の際に斜め読みしただけなので、詳細はこれから読まねばならない。

 雪乃が心を込めて作ってくれた美味しい夕飯を食べ、湯上り後の幸せ気分には少々荷が重く感じる。賞を取りたい気持ちは分からんでもないが、人気の流行り要素の盛り方がえぐい。オリジナル性で勝負出来なかったのだろうか。

 

 これ以上の文句は読んでからにしようと、俺は渡された用紙を手に取ってベッドに重い腰を掛ける。そして、開幕1行で勇者から追放されるシーンに頭を痛めていると、コンコンと扉から小さなノックの音が聞こえた。

 

「雪乃、どうかしたのか?」

 

 叩く音から大概はどちらか分かるので、俺は名前を呼びながら音の方へと向かって扉を開く。そこには案の定、可愛らしいパジャマの装いで頬を赤らめる雪乃の姿。少し湿った長い艶髪からはサボンの香りを放っている。元が良過ぎて3割増しかは分からないけれど、湯上りゆきのん、最高。

 

「ひとりで読んでいると色々と不安定になりそうだったから、一緒に読んでもいい?」

「おう、それならリビングで読むか」

 

 俺の部屋には学習用の机に付属している椅子しか置かれていないので、二人で読むならソファーの方が良いだろう。

 

「……いいえ、ここで良いわよ」

 

 そう答えると、雪乃は俺の横を通り抜けてベッドに腰を降ろした。そして、その隣をぽすぽすとはたき始める。どうも隣に座れということらしい。

 

 希望通りベッドに隣り合わせに座ると、俺たちは互いに紙面と画面に向き合った。

 雪乃と一緒ではあるが、俺がこれから立ち向かうのは容易な敵ではない。そのことを肝に銘じて、俺は再び勇者に追放されるシーンから読み始めるのであった。

 

 暫く黙って読み進めていくと、幾らでも文句が口から飛び出そうになる。先ず何よりも読み辛い。接続詞が多いのはまだ良いのだが、助詞の使い方がおかしな所為で一つの文章内で意味が繋がっていない。前後の文章から正しい助詞を類推しようにも、あまりに描写が飛んでいる場面が多く、場面想像に頭を悩ませ続けなければならなかった。

 

 頭痛が痛いので軽く頭を抑えていると、その腕を引き離すかのように袖が引かれる。視線を隣へと移すと、同じ思いをしているであろう雪乃が疲弊した顔で見上げていた。

 

「兄さん、少し横になって読んでもいい?」

「…………雪乃が嫌じゃなければ別に良いけど」

 

 俺の答えを聞くと、雪乃は慣れた動きでうつ伏せに移行する。ここまで寛いでいる姿を見たのは何時ぶりだろうか。ベッドの上には真っ直ぐに伸びる細くて長い綺麗な足。それが余りにも目に毒なので、俺は退けておいた掛け布団を彼女の腰まで掛けることにした。

 その足に触れないよう丁寧に事を終えると、雪乃は振り返って何かを察したかのような表情を向ける。そのまま奥へもぞもぞと移動して、明らかに距離を取られてしまった。見過ぎて引かれたかもしれない。死にたい。

 

「兄さんも疲れたでしょうし、隣どうぞ、…………兄さんが嫌じゃなければ」

 

 嫌な訳がないが、躊躇してしまいそうになるのは何故だろうか。それはきっと、不安で高鳴ってしまった鼓動の所為。しかし、今日は疲労と雪乃の親切心を理由にして、彼女の言葉に甘えることにした。

 

「何だか懐かしい、こうして昔は一緒に本を読んだりしていたわね」

「……そうだな、今はこんなのを読まされているが」

 

 狭いシングルベッドなので、うつ伏せで並ぶと顔は近いし柔らかな二の腕は当たる。それでも雪乃は嫌な顔を一切見せない。そんな状況は確かに昔を思い出すには充分だったろう。

 子供の頃は小町も一緒に川の字に並び、雪乃と二人で絵本を読んであげた記憶もある。大きくなった今は二人が限界で、彼女たちの成長を喜ぶべきか、以前とは同じようにいられなくなったことを憂うべきなのか分からなかった。

 

 心ここにあらずで枕元に置いた原稿用紙のページを捲ると、雪乃はある一文を指差して首を傾げる。そこに記載されていたのは魔法剣士である主人公の奥義名。

 

「ここの魔法剣技名『幻紅刃閃(ブラッディナイトメアスラッシャー)』は流石に無理がないかしら。兄さんなら、どうルビを付ける?」

「ふっ、……『幻紅刃閃(ファンタズム・メアリー)』だな」

「くすっ、どっちもおかしいわね」

 

 俺の方はオサレ感あって格好良いと説明するも、認めてもらえず笑い続ける雪乃。その後も二人でページを捲っていると退屈はしなかった。オマージュを超えて普通にパクリ表現の連続、出会って即惚れるチョロインたち、特に意味のないフェンリルの存在。どれもこれも一人では苦言を呈したくなるが、二人でなら笑い話になった。そうして、遂に最後のページへと辿り着く。

 

 その頃には時計の短針もてっぺんを過ぎており、隣からは可愛らしい寝息が聞こえていた。寝顔があまりにも天使で思わず写真を撮りたくなる。額縁に入れて飾ったり、部屋中に貼っても目に痛くはないだろう。俺が痛すぎるが。

 起こすのも可哀想なので、どうしようか悩んでいると廊下から小町の歩く音が聞こえ始める。それからノックもなしに扉が開かれた。

 

「あれ、ゆきねぇもう寝ちゃったの?」

「気付いたら寝てた。ってか俺はどうすれば良いと思う? 写真は撮ってもいい?」

 

 小町は考えている素振りを見せながらも雪乃の寝顔をこっそりと撮影する。そして、脳内で選択肢にすら上げていなかった結論をあっけらかんと口にした。

 

「そのまま一緒に寝れば?」

「いやいや、流石にそれはダメでしょ……」

 

 男女七歳にして席を同じうせずって言葉があるくらいなんだから、同衾なんて以ての外でしょうに。記憶を辿ればその歳以降も普通に一緒に寝ていた記憶もあるけどね。

 

「だって小町のベッドは貸したくないし、ゆきねぇのベッドを勝手に使うのもダメでしょ。ソファーで寝て、お兄ちゃんが体調を崩したら、ゆきねぇは自分を責めちゃうよ」

 

 小町にしては珍しい正論のオンパレードに、なかなか返す言葉が出てこない。その隙に小町は部屋の照明を落として、小さく「おやすみ」と呟いて去ってしまった。

 大きな声も、大袈裟に動くことも出来ない状況で俺はゆっくりと目を閉じる。眠れる筈がないと思っていた俺の意識とは無関係に、心地良い寝息の音とサボンの香りによって、安らかな眠りが間も無く訪れたのだった。

 

 

 

 

 ────朝日の眩しさに目が覚めると、もぞもぞと隣から動く音がした。その横顔を覗き込むと、こちらを寝惚けて見ていた雪乃の瞳がまん丸へと変容する。ここまで驚いた顔は初めて見たかもしれない。

 

「えっ、きょ、今日はたまたま寝てしまっただけなのよ、いつもではなくて……」

 

 全く怒ることなく、ただただ動揺している姿は『今日もゆきのん可愛いで賞』を受賞した。ここ数日は毎日受賞している。週末から設立されたので、ここまで逃した日は一日もない。

 

「いや、そんなこと分かってるって。……というか悪かったな、隣でそのまま寝ちまって」

「…………別に気にしないで大丈夫よ」

 

 昨夜の状況を思い出したのか、雪乃は徐々に落ち着きを見せ始めた。ただ、頬は依然として赤いままで、恥ずしかったことに変わりはないのだろう。やはり他の選択肢を選ぶべきだったろうか。

 

 自責の念に駆られて俯くと、俺の頭にぽすんと音がしそうな軽い衝撃。押し付けられた馴染みある感触はどうやら枕のようで、犯人を見上げようにも視界は遮られてしまっていた。

 

「まだ時間に余裕があるから、もう少し寝てていいわよ」

「それなら寝かせてもらいますけど……」

 

 一体、俺は何故頭を押さえ付けられているのだろう。その疑問が解消されるのに、さして時間は掛かりはしなかった。

 ただの一呼吸分の僅かな時間で、疑問だったことさえ忘れてしまったのだから。

 

「……それと、本当に幸せな一晩をありがとう、兄さん」

 

 言うや否や、呆ける暇さえ与えてもらえず、俺の顔には掛け布団まで覆い被せられてしまう。そのまま、雪乃はパタパタと忙しない足音を響かせて部屋を出ていった。

 自身の火照った顔を冷まそうにも、布団に染み付いた残り香が熱を下げることを拒否しているため、暫く寝付けそうにもない。時間以外の余裕なんて俺には残されていなかった。

 

 俺に出来たのは、ただひたすらに悶え続けることだけ。

 それも、彼女の温もりさえ残り続ける布団の中で。

 

 

 今回の教訓、もとい材木座の依頼に対する俺からの答えを述べよう。

 自分の好きを詰め込むのは構わない、自分が表現したいことだけを描くのも構いはしない。日本語も自分で読んで理解出来るのであれば良しとしよう。だが、これだけは言わねばならない。

 

 ──ヒロインは絶対に妹にするべきだ。

 

 




ご愛読ありがとうございました。
材木座先生の次回作にご期待ください。

それから感想と評価、本当にありがとうございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。