妹ノ下雪乃さんとのラブコメは間違っていない。   作:kuronekoteru

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妹ノ下雪乃さんとエースをねらう女王様。

 

 次の日となる特訓二日目、俺と戸塚は本格的な練習の前にウォーミングアップを目的とした軽いラリーを行っていた。パコンという小気味よい音と共にボールが放物線を描きながら往復していく。

 他の連中はというと、雪乃は由比ヶ浜と木陰で涼みながら俺たちを鑑賞しており、材木座は一人で新技の開発と銘打ってドングリで遊んでいた。何とも纏まりのない集団である。

 

 本日行われた体育の授業では、戸塚の相方が不在だったお陰でペアになることが出来た。そのため、もうある程度は戸塚の実力も分かってはいる。

 彼女……ではなく、彼は努力をしているだけあってボールコントロールの基礎は出来ているのだが、華奢な身体通りの軽くて遅い球がネック。

 

 俺が力を籠めて打球を放つと、返球されるボールは戸塚の思っていた方向へ飛ばずにコート外へと逸れていく。それをバウンドする前に何とか追い付き、ラケットの先で掬い上げるように宙へと舞い上げ、落下するボールを空いている左手で掴み取った。

 

 戸塚には若干申し訳ないことをしたが、俺は完璧なキャッチングの気持ち良さに得意げな微笑を浮かべてしまう。すると、木陰の方から由比ヶ浜がぱたぱたと走ってくる様子が目に映った。

 その後方には、眩しい陽射しから目を守るように手のひらで傘を作り、ゆっくりと由比ヶ浜の影を追ってきている雪乃の姿。

 

「ヒッキーって本当に上手だったんだね……、あたしちょっと見直しちゃったかも」

「おい、由比ヶ浜の中で俺のイメージどうなってるんだよ」

「えっ、……ほんとに聞きたい?」

 

 真顔で訊かれてしまったその言葉に、俺は怖くて首を横に振ることしか出来やしない。しかし、俺がぶんぶんと顔を必死に振ると、彼女は直ぐさまに無邪気な笑顔を見せつけてきた。よもや、この俺がアホな子に揶揄われただと……?

 

 その笑みへの仕返しに、俺が開くは邪気たっぷりの罵倒語ディクショナリー。最初の言葉『阿呆』を唱える準備をしていると、俺が曇らせるまでもなく彼女の笑顔に翳りが見え始めた。その原因は、背後へと迫り来る大小入り乱れた複数の影──。

 

「あー、テニスしてるの誰かと思ったらユイたちだったんだ……。ねぇ、あーしらも一緒にやってもいいっしょ?」

「邪魔しちゃって、すまない……」

 

 そこには、三浦と葉山、それにとべっちと後は知らない三人の陽キャ集団。男四人に女子二人、総勢六名の中々の大所帯に俺は引き気味の視線を送る。

 この場の全員を知っている由比ヶ浜にとっても、この状況は居心地良くはないだろう。友達グループと別の友達グループの架け橋になるのは、俺が想像しているよりもきっと過酷な重労働だ。

 

「ごめんね、あたしたち遊んでる訳じゃないんだ……」

「は? 戸塚以外はどう見ても部外者のヒキオと……あ、やっぱり雪乃もいんじゃん」

 

 三浦は俺たちをぐるりと見渡すと、雪乃の存在を発見して嬉しそうに口角を上げる。年端の割に厚化粧で覆われた屈強な目元の所為で、まるで虎が遊ぶ獲物を見つけたかのような迫力が滲み出ていた。

 平和なテニスコートが急に、サファリパークの猛獣危険エリアになるじゃん……。

 

「あら、こんにちは三浦さん」

「ん、雪乃もテニス出来るなら、あーしとテニスしようよ」

 

 一方、愛らしい猫みのある雪乃は、スコティッシュフォールドのぺたりとした耳のように眉を下げていた。なにそれ、可愛い。急に猫カフェになるじゃん……。

 

「今は戸塚くんの練習に付き合っているのだけれど……」

「ふーん、……なら雪乃があーしにもし勝てたら、戸塚の練習は代わりにあーしが見てあげるし」

「ま? これってスポ根の激熱展開じゃね……?」

「あはは、困っちゃったな……」

 

 雪乃と戸塚は小動物みたいに困り果てているが、対岸のとべっちを始めとした男軍団が「うおー!」と喧しく盛り上げる。混沌とし始めた状況の中で、事態の収拾を図るために先ずは由比ヶ浜に耳打ちをした。

 

「なぁ、あんなこと言ってるけど三浦ってテニス経験者なのか?」

「経験者どころか、中学時代は県選抜にも選ばれてるくらい……」

 

 ……まじかよ。意外とって言い方は失礼かもしれないが、超ハイスペックじゃん。まさか、スポ根で抑圧された中学時代の反発で高校生はあんな派手な見た目になっちゃったのだろうか。

 しっかりと似合っちゃってはいるけれども、テニス要素が抜け切れずお蝶夫人っぽさが残っていますわよ。

 

 仮に、三浦が本当に部活動経験もある実力者なら、素人の俺たちが教えるよりも断然に良いに決まっている。奉仕部に来た依頼ではあるが、下請け、外注、アウトソーシング……色々と言い方はあるけれど、戸塚が望みさえするなら指導者の変更も検討せねばなるまい。

 

 未だに「あはは……」と困惑顔を浮かべる戸塚の肩をそっと叩く。同じ男とは思えない、ふんわりとした優しい香りを纏わせながら、戸塚は上目で俺の顔を見つめた。

 

「どっちに見て欲しいかは、試合が終わってから戸塚が決めれば良い。人のプレーを近くで見るのも練習としては悪くないし、二人にやらせてもいいか?」

「うん、……それなら僕が審判をやるね」

「……じゃあ任せたぞ、雪乃」

 

 雪乃は小さく首を縦に振ると、「絶対に勝つわ」と勝利宣言。結局、今の俺に出来るのは雪乃に任せることだけなのだが、無責任な他人任せじゃないだけマシな部類であろう。

 

 雪乃任せ、何とも安心感のある言葉だ。

 

 * * *

 

 戸塚を始めとした必要メンバーの了承も得たので、雪乃と三浦のタイブレーク形式の一本勝負を行うことになった。何ゲームもやるのは時間的に厳しいだろうし、雪乃もあまり体力がないので短期決戦を俺が申し出た結果である。

 しかし、いざ始めようにも三浦は雪乃を連れて、女子テニス部の使用する更衣室へと入ったきりなかなか戻ってこない。制服ではやりにくいのだろうが、ジャージを着ている雪乃まで連れて行くことはなかったんじゃなかろうか。

 

 遂に待望の扉が開き、近付いてきた雪乃たちを見るや否や、周りからは黄色い歓声と野太い声が上がる。

 淡いピンク色を基調とした二色のラインが入ったテニスウェアに、すらっと綺麗な足が映える短い白のスコート。無論、アンダースコートも履いているのだろうが、家でのパジャマ姿並みの脚部露出に俺は憤慨して走り出す。

 

 そして、雪乃の元へと即座に辿り着くと、羽織っていたジャージを脱いで彼女に押し付けるように手渡した。

 

「……せめて、これを腰に巻いてくれ」

「…………似合っていなかった?」

 

 雪乃はしゅんとした声色で、恥ずかしがるようにスコートの裾を手で押さえる。愛らし過ぎる仕草に頭がくらくらしてしまいそうになるし、実際に足元はふらふらと揺らめいた。

 

「世界一可愛いし似合ってるけど、周りには男も居るんだから気を付けてくれ」

「…………うん」

 

 彼女の稚い返事を聞き届けると、後ろを向いて野郎共に威嚇代わりに睨み付ける。葉山は元々三浦しか見ておらず効果が無かったが、材木座を含む他四人は視線を何処か遠くへと投げ去った。

 

 その後、三浦は雪乃の腰に巻かれたジャージを見て不愉快そうな目を俺へと向けてきたり、普通に舌打ちをされたりもしたが、無事に二人はコート上へと降り立った。

 審判台にはホイッスルを持つ戸塚が座り、その高台から笛の音がテニスコート周辺へと響き渡る。

 

 ──そして、試合が始まった。

 

「あーし、手加減とか苦手だからァッ!」

 

 強い言葉と共に速いサーブが雪乃側のコートへと打ち込まれる。雪乃は外へと逃げていくボールを追って数歩サイド側に移動するも、ラケットを振ることなく見送っていた。

 

「す、すご……」

「悔しいが、……サーブを返せないのでは、雪ノ下嬢に勝ち目は無いか……」

 

 先制点は三浦のサービスエースが勝ち取った。その事実に周りからは割れんばかりの大きな歓声が上がる。……というか、いつの間にやら暇を持て余した生徒がテニスコート周辺にぞろぞろと集まって来ていた。

 

「YU・MI・KO! YU・MI・KO!」

 

 大勢は葉山と三浦の味方なのだと証明するように、三浦の名前をコールする声が伝染して大きくなっていく。

 だが、そんな有象無象にも負けない黄色い声が耳朶を打った。

 

「ゆきのん頑張ってー!」

 

 由比ヶ浜の声援を聞き届け、雪乃は微笑を浮かべて頷く。

 先に点を取った三浦は気分を良くして口角を上げるが、姿勢はしっかりと腰を低く下げてリターンの構え。サーブ権のある雪乃はボールを高く宙へと投げ上げ、肩から手首までを綺麗に伸ばして高い打点で球を捉える。

 

 彼女の美しいフォームから放たれたボールは、先程の三浦が打ったサーブと同じコース、同じ速度で風を切り裂き進んでいく。三浦はしっかり反応しラケットに当てたものの、残念ながらボールは明後日の方向へと飛んでいってしまった。

 

「フハハハハハ! 我は雪ノ下嬢ならやってくれると信じていたぞーっ!」

「手のひらドリルかよ……」

 

 雪乃を褒め称えるように材木座や由比ヶ浜が熱く沸き立つ中、三浦はラケットのガットを指先で弄り冷静に雪乃を見つめる。その瞳はまさしく狩りを行ってきた者の鋭さであった。

 

「……次は返すから」

 

 さっきまでの余裕の笑みを引っ込め、彼女は更に腰を低く落としていく。立ち位置も若干外側へと寄り、同じコースを狙われた場合には必ず返せるようにと考えているのだろう。

 

 三浦のリターン準備が整ったのを確認すると、雪乃は何度見ても惚れ惚れするフォームから先程と寸分違わぬ位置へのサーブを打ち込む。そのバウンド予測地点から、早めに返球予測地点へと三浦は回り込んでいた。

 だが、跳ね上がるボールはアウト側ではなく、センター側へと曲がっていってしまう。予想していた軌道とは異なるボールの動きに三浦の顔は唖然としていた。

 

「……うそ、キックサーブじゃん」

「ゆきのん、すごいすごい!」

 

 由比ヶ浜を始め、三浦側を応援していた生徒すらも雪乃の美技に酔いしれ、歓声を上げていた。もうそこにはアウェーな空気は存在していない。

 

「……もしかして、雪ノ下嬢は強いのか?」

「まぁ、控えめに言っても俺よりは断然上手いぞ」

 

 昔は二人で出来るスポーツは大概一緒にやったものだが、始めて二日もすれば歯が立たない状態になるのが恒例行事であった。こっそり裏で練習しまくって、久し振りに遊んでリベンジするのもまた恒例。

 まぁ、流石にテニスはもう追い付けないレベルにまで到達されてしまったのだが……。

 

 * * *

 

 その後はあっさり雪乃が勝つと思っていたのだが、三浦も元千葉県代表なだけあって互角に競り合う状況となっていた。お互いが得意のサーブで作った有利性をキープし合って、ブレイク叶わずにスコアを重ねていく。雪乃が格好のせいで、全力で走ったりしていないのも大きな理由なのだろうが。

 

 現在のスコアは6-5で雪乃がマッチポイントを握っている。一進一退の熱い試合展開に、観客は一球一球に熱の入った視線を注いでいた。

 

「あーし、負けるの嫌いだから」

「……奇遇ね、私もよ」

 

 二人が爽やかな汗を流しながら言葉を交わし合うと、雪乃は立ち位置を普段よりも随分とアウト側に寄せた。センター側に打たれると厳しいポジショニングだが、何か狙いがあるのだろう。

 三浦はここまでのプレイからして、小細工を使うような選手ではない。雪乃が何か企んでいることは察しつつも、普段通りに全力でサーブを打ち込んできた。勿論、狙いはエースを狙ったセンター側。

 

 だが、雪乃は三浦がボールを投げ上げるよりも早くにセンター側へと走り出していた。

 返球タイミングに猶予を作った雪乃はその場でくるりと一回り。そして、その遠心力を利用するように三浦の全力サーブを空高く撃ちあげた。

 

「…………ま、まさかこの技は隕鉄流星(メテオドライブ)?!」

「いやー、これは流石にアウトっしょー」

 

 明らかにアウトになると思われる放物線を描いていくボール。だが、海側へと戻っていく強い風の影響を受けて横に逸れていくと、ギリギリラインの内側に着地する。

 ほぼ自由落下とはいえ、コートに着地する際の速度は馬鹿にならない。だから、着地したタイミングで打ち返すことは三浦にも出来なかった。

 

「チッ……」

 

 次にボールがバウンドしたら三浦の負け、その事実に三浦はただボールだけを見て追いかけていく。残念ながら、もう一度強く吹いた風が球の軌道を更に過酷な道筋へと変貌させる。

 勝ちを確信した俺は、勝利が決まった雪乃へと視線を移した──。

 

 そこには笑みは無く、ただ浮かぶは焦燥感に満ちた表情。

 震える唇の動きから、まさかと思い俺は急ぎ振り返って名前を叫んだ。

 

「おいっ、三浦、危ない!」

 

 だが、俺が叫ぶよりも早くに彼女の行き先のフェンスへと回り込んでいた男が居た。

 激突してしまうと思われていた三浦を葉山は抱き締めるように受け止める。抱き締められてしまった彼女は、次第に顔を真っ赤にすると彼のシャツを黙って握り締めていた。

 

 それを見届けた観客が大いに騒ぎ出してしまうのは致し方ない。誰にも責められはしないだろう。

 

「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」

 

 練度の上がった一体感のあるコールに、指笛まで吹き乱れるお祭り騒ぎ。まるで青春映画の大団円のようで、大変に上等な見世物であった。

 

「ぐぬぬ、これではどちらが勝ったのか分からんな……」

「んだな。……けど、無事で良かったんじゃね」

「……そうだね、優美子も怪我もないしすごく幸せそう」

 

 見続けていた視線の先では、葉山が歓声に乗せられてかは分からないが、彼女の頭をよしよしと撫で始めている。あれが人前で出来るのだから、イケメンリア充というものは本当に末恐ろしい……。

 

 このまま見ているのも三浦に悪い気がしてきたので、そっと雪乃の方に視線を向けると、彼女もそんな二人を微笑ましそうに眺めていた。

 やがて歓声も落ち着きを見せた頃、彼女は何やら小難しい顔をして俺たちの元へと小走りで向かってくる。

 

 柄でもないが、勝利の祝いにハイタッチでもしようかと手を挙げると、手の届くところまで辿り着いた雪乃の足から急に力が抜けてしまった。

 前のめりで倒れそうになる彼女を難無く受け止めると、汗ばんで湿った髪と背中に張り付いたシャツが手に触れる。だが、鼻腔に広がるのは彼女の爽やかなサボンと甘い香りだけ。

 

「どうした、……そんなに疲れちゃったか?」

 

 優しく声を掛けるが、体操着の胸の部分を掴まれるだけで答えは返ってこない。どうしたものかと、体調確認と労いを兼ねて背中をぽんぽんと叩くも、その手は一向に離れることはなかった。

 

「…………その、まだ足りない」

 

 俺の胸の中で、雪乃はぽしょりと言葉を漏らす。幼かった頃の彼女を彷彿とさせる声色に、俺は先程にまじまじと見せつけられた行為を無意識にしてしまった。

 

「ヒキタニさん、やっぱパネェわぁ~……HI・KI・TANI! フゥ!」

「HI・KI・TANI! フゥ! HI・KI・TANI! フゥ!」

 

 ヘアバンド男、とべっちによってヒキタニコールが巻き起こる。無論、衆人環視の生暖かな目は殆ど俺と雪乃に向けられていた。違ったのは材木座くらいであろう。

 

「リア充死すべし、慈悲は無い」

「比企谷君かっこいいなぁ」

「……ヒッキー、意外と大胆だね!」

 

 俺は羞恥心から声にならない声を漏らすも、優しく頭を撫でる手は止められずにいた。自動発動してしまうお兄ちゃんスキルが今は憎らしい。だが、それ以上に胸の中で疲れ果てている雪乃が愛らしい。

 

 最後に、俺は小さく言葉を叫んだ。彼女が驚いてしまわぬように小さく。フェンス外で見ている遠くの人間には表情で思いの丈を伝えるべく、思う存分に怖い顔をしているつもりで。

 ここは動物園でも映画館でも、ましてや猫カフェでもないのだから──。

 

「こちとら見世物じゃねーんだよ!」

 

 

 依然として鳴り止まない歓声、コールが響き渡る中に小さな笑い声がこだまする。

 それは、周囲の直ぐ傍に立つ三人の笑顔、そして抱き締めた胸の中から確かに聞こえていた。

 

 




戸塚の依頼後編でした。
前回に引き続き、評価やご感想誠にありがとうございます!
それと誤字修正も本当に助かっています……。

次回もどうぞよろしくお願いします!!
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