「魔王ガイアドゥーム!?かつての大戦で猛威を振るった四魔王の一体が、何故この迷宮に!?」
四魔王。
その存在について、ハジメ達もエラによる座学で習ったことがある。今、この世界で多くの人々から畏怖される存在として。
かつて教会を含む各国の連合は、魔神連合との大戦で敗北を喫した。しかしそれは魔神連合全てが動いた訳ではなく、主に猛威を振るったのは大魔王の配下である四人の魔王であった。
────強靭な魔人と魔物の軍勢、『覇竜軍』を率いる魔王クレイド。覇龍将軍と恐れられたその男は、数万にも越える人族の軍を蹂躙し、多くの街を人々と共に焼き払い、前進していった。
────凍てつく冷気を従え、各国を襲撃したのは魔王フリューゲル。連合として参戦した国の半数を一瞬して氷漬けにしてみせた。その被害が一番強かったテスピア王国は、巨大な氷塊の山となっている。そこは春や夏になっても溶けぬ、不滅の氷山として恐れられている。
────同じく、連合に力を貸した国の半数を攻め滅ぼしたのは魔王ガイアドゥーム。それらの国が滅びたのは、一夜のことであった。交戦した形跡すらない、巨大な何かによって徹底的に破壊された跡地だけが残り、巨大な足跡だけが続いていたのだ。
────教会の率いた神殿騎士と総本山の相手を請け負ったのは、魔王ダンテ。死なずの軍勢、屍と骸骨の群れを従えた亡霊の王は、多くの死を与え、それを広げた。
それこそが、四魔王という存在。魔神連合が誇る最強の尖兵達。人類を葬るという意思をもって、多くの命を蹂躙した人類の脅威である。
その一つが、何故ここにいるか。理解できない状況下だが、一つだけ分かることがある。あの魔王は、自分達がここに来ることを、罠にかかることを予測していた。待ち構えていたのは、それが理由だろう。
『────ダンテの部下が勇者達と接触したって聞いてな。我も少し興味が湧いたので、見に来た訳だが………期待外れも良いところだ』
全身鎧の魔王、ガイアドゥームはハジメ達を見渡し、落胆の声を漏らす。
『これが人類の希望だと?嗤わせる、ただのガキじゃないか』
「何だとっ!?」
『こんなものに怯えるなど、そこらの魔人だけよ。我等魔王にとっては足元に転がる石ころ、障害にすらならん。教会も、この世界も終わりだな。こんなものに人類の希望とやらを託すとは』
アッサリと、無価値であると言われたことに怒りを覚える光輝。それ以上に、この世界───トータスの人々は自分達の存在に希望を持っていることはよく理解している。
それをゴミのように吐き捨てる、目の前の魔王が許せなかった。悔しそうに睨んだ光輝が聖剣を両手で握り締め、切りかかろうとしていた。
そんな光輝を左右から伸びた手が制する。
「光輝、落ち着け。奴は魔王だ。今の俺達じゃ相手にならない」
「咲夜……!けど、魔王を前に!人類の敵を前に、勇者が逃げるなんて───」
「馬鹿者ッ!そんなことを言ってる場合か!俺達が時間を稼ぐ!お前達はすぐに逃げろ!」
冷静に諭す咲夜に反論しようとした光輝を強引に押し退け、メルドが前に出た。同じように生徒達を守っていた騎士達も動こうとするが、メルドから全員を逃がすようにと指示を受ける。
メルドの言葉に、騎士達が生徒達を逃がそうと動く。すぐさま魔王達の反対側の方へと走り出すが、
『逃がす訳、ないだろう』
ガイアドゥームが腕を払うと、天井から幾つもの岩石が落下してくる。直前に足を止めたことで落石に巻き込まれることはなかった。
しかし、それはただの岩ではなかった。ガタガタと動き出したそれは他の岩石と一つに合わさっていき、巨体を作り出していく。
ユラリと起き上がったソレは、岩石の巨人───ハイ・ゴーレムへと変わった。ギョロ、と岩の隙間から緑色に発光する瞳を有したその魔人は、石橋の中央に居座っていた。
ここは通さないと、魔王からの意思に応じるように。
『大魔王様から、勇者どもを連れてこいと言われている。大人しく来るのなら、傷付けはせん』
逆に言えば、抵抗するなら容赦しないということだ。だが、ガイアドゥームの言葉が正しければ、彼等は下手に自分達を殺すことは出来ない。全員を連れてくるということは、生きている状態に価値があるというわけだ。
だが、生かす必要があるのは自分達だけ。つまりメルド副団長や騎士達はどうしようと関係ない。殺す可能性すらある。
「ふざけるな!誰がお前達の言うことなんか聞くか!」
大声で否定を示す光輝だが、咲夜もこれに関しては同感だ。助かるためには奴等の言葉に乗るしかないが、本当に助けるとは思い難い。信用させてから始末する可能性すらあるのだ。それなら、多少を無茶をしてでも、全員が助かる戦法を選ぶ以外に他ない。
光輝の放った叫びを、ガイアドゥームは拒否として受け止めた。平然と、アッサリとそれに応じた魔王は、左右の二人に指示を下す。
『仕方あるまい。抵抗するなら、腕か足をちぎっていこうか─────マテリア、エレメンタス』
「はぁーい」
『了解シマシタ、オ任セクダサイ。魔王様』
そう言うと、二人が片手を真上へと掲げる。何らかの魔力を増幅させながら、短い詠唱を口にした。
すると、石橋から這い出るように、石が転がり出る。形を成していくそれはヒト型の石塊、ゴーレムとなっていく。チラホラと見られるゴーレムを率いるように、二人の魔人将は前に出る。
二人の配下に、ガイアドゥームは当然のように命令を与えた。
『奴等を捕らえろ、生きたままな。それ以外はどうなろうと構わん』
命令に応じた二体、マテリアとエレメンタスがゴーレムを率いて突撃する。メルドと光輝は即座に身構え、その二体を迎撃しようとするが────突如、二人の腕が掴まれた。
『貴様らの相手は────我が努めてやろう』
「なッ!?」
「クソ!?今のは───!」
突如真後ろに移動していたガイアドゥームが両腕を振るい、光輝とメルドは仲間達と離れた場所へと放り投げた。
転がりながらも、驚くメルドと光輝だが、狼狽える暇もなく、身構えた体勢から攻撃を放つ。二人の放った斬撃が炸裂したその瞬間、石橋の上での戦いが火蓋を切った。
◇◆◇
乱戦が、石橋の上で始まっていた。
大柄なゴーレムを複数人で相手する一同。護衛の騎士達と連携して戦う状況は拮抗しており、優先や不利という言葉では説明できない。
ただ、ゴーレム達の動きには厄介なものがあった。
「え…………?」
連携して戦っていた女子生徒の一人がふと声を漏らす。自身を脚を掴んでいる岩の腕に気付き、悲鳴を上げる。攻撃により破損していたゴーレムは肉体を完全に直した後に、女子生徒を強引に持ち上げた。
「え!?ちょ、ちょっと!?イヤ!」
「っ!園部ちゃん!?」
「いつの間に!────待っててくれ!今助けに………クッ!邪魔だ!」
必死に抵抗する彼女を捕らえたゴーレムは戦闘する様子を見せずその場から離れようとしていた。それに気付いたクラスメイトの声に騎士達が助けに向かおうとするが、何体ものゴーレムが道を阻むように塞がった。
「イヤァ!離して!助けてぇ!!」
自分を連れていこうとするゴーレムに、恐怖のあまり泣き叫ぶ園部という少女。その場から離れようとするゴーレムが背を向けた次の瞬間だった。
「止めろぉぉおおおッ!!」
真上から響いてきた声に、ゴーレムは即座に反応する。それは、打ち上げられるように飛んできたハジメであった。女子一人を抱き抱えるゴーレムの背中に手を当てたハジメは、一瞬の迷いもなく叫ぶ。
「“錬成”ッ!!」
グシャリ! と、ゴーレムの胴体が潰れる。錬成により岩石を更に圧縮されたことで、ゴーレムは苦しそうに呻き動きを止める。その隙を突くように、ゴーレムの両腕に触れたハジメが錬成を行い、女子生徒を捕らえた腕を破壊する。
「はぁ………っ!だ、大丈夫!?」
「うん………あ、ありがとう」
女子生徒に声をかけるハジメ。安堵したように立ち上がる女子に手を差し出したハジメの後ろで、両腕をゴーレムが音もなく立ち上がる。グラッと揺れる体を持ち上げ、ハジメに向かって体当たりをしようとした。
「どぉっせぇいいぃぃぃッ!!」
それを、変な掛け声と共に突撃した広大が未然に防ぐ。盾で突き飛ばされたゴーレムを更に押し出し、勢いよく石橋の向こうへと落とした。
軽く一息ついた広大はハジメと女子生徒に、声を飛ばした。
「無事か!?二人とも!」
「な、何とかね!佐竹くんは大丈夫!?」
「ハッ!伊達に体育会系じゃねぇさ!っつーか、ハジメ!無茶すんなよ!コイツらブッ壊してもすぐに再生しやがる!壊した後は橋から落とすか、コア潰すかしねぇとダメだ!」
「分かった!あとそれ佐竹くんが考えたの!?」
「委員長に決まってんだろ!俺がそんな頭良いと思うか!?」
軽い言葉を交わすハジメと広大は女子生徒を連れ、仲間達の元へと戻っていく。知り合いが助かったことに安堵する女子達を見届けた二人は再び前に出て、ゴーレムに苦戦する仲間の援護をする。
すると、舞いながらゴーレムを攻撃していく雨音が全員に向けて指示を送った。
「皆!気を付けてください!このゴーレム達は私達を連れてくつもりです!遠距離での攻撃を主体に!近接職の方は皆さんと距離を離さず!捕らえられた場合に備えてください!」
「………菊菜さん」
「へッ、アイツも頑張ってるんだ。俺達も少しだけ無茶を通すぜ!ハジメ!」
「ま、待って!そう言えば岸上くんは、委員長は何処なの!?こういう時、一番に指示を飛ばすのは委員長だったはずだけど………」
「────委員長は、魔王の配下だっけか。魔人将の足止めをしてる。俺達がゴーレムを掃討するまで、時間を稼ぐって」
◇◆◇
「────うーん、やっぱ普通のゴーレムじゃ捕獲は無理かなー。でも、捕獲用のゴーレムも無駄にコスト使うしねー」
目の前にいた騎士の一人が悲鳴もなく、崩れ落ちる。結晶で構成された刃に串刺しにされた騎士の死体に見向きもせず、魔人将はマテリアは、蹂躙されていくゴーレムに文句を漏らす。
「────『光天・鎖浄刃』ッ!」
そんな少女に向けて、咲夜が左手を突き出す。掌の中央から展開された魔方陣から光で出来た鎖が射出される。マテリアを貫くように迫るそれを、彼女は地面から生み出した結晶の壁で防ごうとした。
しかし鎖の刃は、結晶の壁を貫通した。突き破ったのではなく、鎖自体が透過したのだ。実体が無いのかと思ったマテリアだったが、その鎖が自分の腕に直撃し、手首を縛る拘束具と変化したことで考えを改める。
「!今のは────!」
驚き、目を見開くマテリアに向けて、咲夜は左手の鎖で彼女の動きを制限しながら、右手に黒い魔力を溜めていく。
「────『マグナ・ヴィル』!」
右手に集中した不気味な魔力の砲弾を放つ。それを見て同じように驚いたマテリアは結晶の盾で防ぐが、威力が強すぎたのか破壊され、吹き飛ばされてしまう。
足元から作り出した結晶で、吹き飛ばされるのを防いだマテリアはニタリと笑う。目の前の青年、咲夜が使った魔法に見覚えがあった。
普通では使えない、否使うことすら許されていない禁忌とされた魔法の一種であった。
「へー、天聖術式と
「…………この魔法について知ってるのか」
「当然。別世界から流れてきた異端文明の一つ。エヒト神が異端なる力として、徹底的に排除してきた別世界の魔法。その為に殺された、可哀想な人もいたなぁってね」
能天気な様子で振る舞うマテリア。実際、咲夜もこの魔法を普通の方法で覚えた訳ではない。王国の図書館で魔導書を読み漁っていた時に見つけた、謎の本。禁書と目されたその本には二つの禁忌とされた魔法を事細かく記録したものであった。
技能である瞬間記憶によりその魔法を全て覚えた咲夜はその禁書を即座に処分した。この本を誰かが、教会が見つけたら大騒ぎになることだろう。そして、その事を誰にも話さないように警戒してきた。特に、光輝とかには。
「────多重魔法展開、『ツイン・ドライブ』」
高速詠唱による詠唱破棄。魔法の主語すら口にせず、両腕に白と黒の魔力を纏う。天聖術式による擬似的な奇跡の力と、真黒魔術による闇系統の魔力。この二つを両腕に体現させ、両腕を擬似的な魔力コアへと変成させる。
その光景に、マテリアは楽しそうに笑う。それはそれは嬉しそうに。今までにないくらいに、顔を真っ赤に染め、興奮を隠そうとしなかった。
「ハハッ!何それ!同時に魔法を、それも双禁魔法を発動するなんて!あっし感激!そうだ、あっしのパートナーにならない!?それなら元の世界に帰れるかもよ!?」
「────誘いは嬉しいが、俺一人というはら遠慮したい。俺は全員を無傷で帰還したいんだ。悪いが、他を当たってくれ」
「ふーん、ならあっしも手加減出来ない!ボコボコにして連れてっちゃうもんね!目一杯可愛がっちゃうから!」
不満そうに言いながらも、笑顔なのに変わりないマテリアが結晶を作り出していく。咲夜はそれに嫌な顔をしながらも、対抗するように左右の空間に魔方陣を展開し、魔法による全力の迎撃体制に入る。
◇◆◇
「く、くそっ!離せ!」
騎士の一人が、持ち上げられる。兜ごと大人一人を軽々と掴んだ三つ首の魔人、エレメンタスの赤いコアを有した首がゲラゲラと笑い出した。
『ギャハハハハッ!ドウシタ!ドウシタ!?モウ終ワリカヨォ!』
「がっ、アアアアアアッ!!」
エレメンタスの騎士を掴む腕が真っ赤に染まる。次の瞬間、肉の焼ける音と共に騎士の顔から煙が立った。尋常ではない悲鳴を上げる騎士が必死に両腕と両足を振り回し抵抗する。その様を見ながら、赤いコアの首はケタケタと嘲り笑う。
「ッ!止めなさい!」
「テメェ!離しやがれ!」
両腕で騎士の頭を丸焼きにして楽しむエレメンタスに、雫と龍太郎が飛び出す。剣で斬りかかる雫にナックルで殴りかかる龍太郎は、各々左右から攻めていた。
だが、次の瞬間。数メートルのエレメンタスの胴体から腕が生える。鉱物で構成された二本の腕が左右に別々に現れ、雫の斬撃を水を纏わせた腕で防ぎ、龍太郎の拳を風を集めた壁で止めた。
『───甘イナ、我々ノ頭ガ三ツアル時点デ違和感ニ気付クベキダ』
『全ク、何故私ガコンナ真似ヲシナクテハ………』
『
不平不満を口にする右にある緑色のコアの首に、左側の青いコアの首が、平然と言葉を紡ぐ。六本の腕を、各々の意思があるように動かすエレメンタスに、雫と龍太郎は不気味なものを感じ取る。
「クソッ………!何なんだよ、コイツは!」
『────コイツ、デハナイ』
ギロリ、と左側の首の光の瞳が龍太郎を睨む。頭が焼けた騎士の死体を別の腕で放り捨てながら、ゆっくりと立ち上がったエレメンタスの右側の首が言葉を続けた。
『我等ニハ、名ガアル。「青」ノ“レフトス”、「赤」ノ“ミドルス”、「緑」ノ“ライトス”。我等ハ、三体デ一ツノ存在「エレメンタス」ナノダ─────覚エテオケ、人間』
「そうかよ!なら俺の名前も教えてやる!坂上龍太郎だっ!」
「………八重樫雫よ」
『フム、覚エテオコウ。最モ、負ケルヨウナ弱者デアレバスグニ忘レルガナ』
『ギャハハ!女ト男カ!アイツラ、焼イタラドンナ臭いスルカナァ!焼コウ!今スグ燃ヤソウゼェ!!』
『…………ダカラ、コイツラハ駄目ナンダ。少シハ理解シテクレ、兄サン』
左側の頭部───『レフトス』が二人を前に感心しながらも、自信を疑わぬように断言する。真ん中の頭部、『ミドルス』が殺した時の愉悦を押さえきれず、二人を殺したと欲望を剥き出しにし、右にある頭部────『ライトス』がそんなミドルスの態度を指摘しながらも、苦言を漏らす。
◇◆◇
「────天翔閃!」
放たれた斬撃が、炸裂する。爆風と衝撃に晒されたことで周囲を砂煙が広がる。その場にいたメルドは、攻撃を放った光輝と共に、目の前に意識を向けていた。
『…………』
その先で鎧を半壊されたガイアドゥームが腰をついていた。光輝の必殺の一撃により余程被害を受けたのか、立ち上がる事すら儘ならないらしい。
「魔王を、倒した………俺が、やったんだ」
「…………」
自分が魔王の一角を打ち倒したという事実を理解し、高揚を抑えきれない光輝。今にもはしゃぎ出しそうな様子で聖剣を見つめ、歓喜にうちひしがれている彼の隣で、メルドはこの事実を素直に受け止められずにいた。
(光輝が魔王を倒せるとは………今の強さでは勝てんとは思っていたが─────いや、待て)
光輝の実力を疑っているわけではなく、魔王という存在を驚異に思っているからこその考えであった。
(ガイアドゥームはそもそも、各国を蹂躙した巨大な魔王だと聞いていた。それが、俺達と同じ大きさをしている等…………ならば、まさか)
『───これが勇者の実力、か』
グググ、と壊れかけの鎧が動く。自身の体が今にも破壊しそうな状態にも関わらず、ガイアドゥームは相変わらず余裕な態度であった。
『所詮は、この程度だな。今の姿の我を何とか倒せる程度では、まだ恐れるに足らん』
「何を言っている!?お前は今、俺が倒したんだ!これ以上、何が出来るっていうんだ!!」
『フン、倒したか。我の仮初めの姿を下した程度で、よく言う』
勝利を確信していた光輝の強い反論に、鼻で笑うガイアドゥーム。そこまで言う理由を、魔王はすぐに明かした。
『ならば、少し見せてやろう。我の力の一端と言う奴を!』
宣言した直後、天井の所々が爆発した。連鎖的な爆発により、天井が────その中に隠されていた何かが石橋に落下してくる。
ドガァンッ!と、落下したそれが砂塵を一気に広げる。それはハジメ達がゴーレムを全て倒しきった直後の事だった。突然のことに困惑する彼等だが、魔人将達にとってそれが合図だったのか、彼等は一瞬で様子を切り替える。
「ちぇっ、もう終わりなのね。じゃあね、素敵な君。生き残ったら、またあっしに付き合ってね?」
「何?」
命を失いかねない事態になることを知っているような発言に、どういう意味か聞こうとする咲夜。しかしマテリアは自身の胸を揺らしながら、橋の向こう側───奈落の方へとジャンプする。
咄嗟に作った結晶の足場を頼りに、彼女は近くの方にも足場を作った。
同じようにエレメンタスも、唐突に戦闘態勢を解く。残念そうにしながら。
『モウ終ワリダ、兄弟タチ』
『………ハァ?マダモノタリネェヨ!』
『仕方ナイサ、魔王様トノ約束ナンダカラ』
ブツクサと各々の頭部で言いながら、マテリアの作った結晶の足場に飛び乗り、石橋から離れていく二体の魔人将。突然の行動の意味が分からない龍太郎の横で、雫はどうしようもない不安を感じながら、皆の元へと向かっていく。
「────何だ、それは」
「アレはまさか……………ベヒモス?」
落ちてきたのは、巨大な怪物────の死骸であった。徹底的に潰されたのか、血塗れになった怪物、ベヒモスは息もしていない。
メルドはベヒモスの死骸を見て、信じられないという様子だった。それも、そのはず。ベヒモスはオルクス迷宮で現時点最強と言われているモンスターである。冒険者『最強』と詠われた人物すら倒せず、伝説と成りかけていた怪物だ。
『大きすぎる体と言うのも、何かと不便なのでな。本来の姿では、城もマトモに入れん。無論、この迷宮にも入ることは難しかった』
平然と、ベヒモスの頭に足をかけるガイアドゥーム。壊れかけた体など気にする素振りすら見せず、魔王は怪物の背中へと歩いていく。
『故に、我のコアだけを仮初めの体に移して活動できるのだ。無論、その体では大した力も出せん。だが、これだけの魔物の死体と────充実した鉱物が存在する迷宮などでなら、我は新たな肉体を作ることが出来る』
「…………ッ!」
『魔力覚醒!「地王降臨」!!』
破損した鎧が叫んだ直後、禍々しい魔力が内側から溢れ出した。魔王自身のものとは違う、別のナニカが増幅していく。鎧の合間から、おぞましい魔力が触手のように伸びる。それはベヒモスの死骸と、ガイアドゥームに群がっていった。
死肉に引きずり込まれていく全身鎧。死骸に纏わりつく黒い魔力が触手となって、近くの壁に伸びていき鉱石や岩を取り込み、一つとなっていく。
バギッ!メギ、グシャッ!ゴギュリッ!と、砕ける音を響かせながら、目の前の死骸が生々しく変形していく。あまりの光景に殆どの生徒が吐き気を催していた。何とか持ちこたえている生徒も、おぞましさのあまり青ざめて震えている。
変化を終えたそれが、ゆっくりと体を持ち上げる。十メートルも匹敵する巨体。両肩に捻れ曲がった角を生やし、足の何倍もの長さを持つ腕が大きく振るわれる。怪物の肉体の首の部分、長く伸びる魔獣の顔は鎧で覆われている。
『──────改めて、名乗ろう』
鋼鉄の頭部が、口を開く。ブチブチと、鎧と融合した肉を引きちぎるように繊維がはち切れていく。剥がれた鋼鉄の兜をカパカパと動かし、喋っているように見せる。兜の隙間に浮かぶ二つの光の瞳。それが光輝達を見下ろす。
『我は、『天地崩界』のガイアドゥーム。大地より産まれし、自然の意思。大魔王様より、「融合」の魔力を授かりし魔王である』
先程よりも、桁違いな魔力とオーラ。本当に、全力ではなかったのだ。おそらくは、自分達を殺さずに捕らえるという目的のため。殺さないように、極限に力を削り、この迷宮に入れるようにしたのがさっきまでの姿なのだろう。
そんな魔王の存在感に、多くの者が怯えていた。異様な魔力と、禍々しい造形。目の前のいる怪物を前に、戦意を保てない者が何人もいた。
それに気付かず、光輝は立ち上がる。聖剣を身構え、諦める様子を見せず。
「っ!まだだ!」
「馬鹿者!逃げろ!今の奴は、さっまでは違う────」
「万翔羽ばたき、天へと至れ――──“天翔閃”!!」
撤退を促すメルドの前に飛び出した光輝が、聖剣からエネルギー刃を振り放つ。斬撃自体が光となったその刃は、完全詠唱の技であり、先程の魔王を倒した一撃よりも強い。
それを、ガイアドゥームは片腕で払い除けた。パァン! と、破裂する光を、そよ風のように軽く、鬱陶しいもののように腕を振るう。
自身の腕に出来た小さな傷を見つめるガイアドゥーム。それを光輝達に教えるように見せつけた。
『………少し、痛いな。だが、軽傷にもならんぞ』
その傷が、一気に再生する。傷すら見えなくなった魔王は巨腕がゆっくりと持ち上げられ、石橋の上に振るわれた。たった一振で、ハジメ達の陣形が一瞬で瓦解する。
「………うぅ」
「クソッ、ハジメ!雨音!委員長!無事か!?」
「私も、何とか………」
「だが、これは不味い───俺達では、奴に勝ち目がない」
おそらく、魔王はまだ本気になっていない。さっきもただ腕を勢いよく振るっただけだ。その余波で自分達はこれだけ薙ぎ払われた。もし、あの魔王が全力で此方を潰しに来れば、絶対に勝てる未来は見えない。
『────いい眼だ。貴様ら、怯えているな?』
「…………っ」
『そうだ恐怖だ。竦み、震えろ。そして、絶望するがいい!』
ガイアドゥームの目的は、あくまでも勇者一行の人間───別世界から招かれた者達を、生きたまま連れていくこと。大魔王から下されたその命令を、ガイアドゥームは全身全霊で果たそうとしていた。
大魔王への恩義。圧倒的格上たる王への敬意。そして、同じ王たる己の、確固たる自信。
その為に、わざとここまでお膳立てをしてやったのだ。勇者がまだ未熟だと理解していた。だからこそ敢えて挑発し、彼を戦わせるように仕向け、わざと弱い状態で勇者に負けた。
───上げて落とす。勇者が魔王の一角を倒したと喜ぶ一同に、ある程度本気の片鱗を見せることで、心をへし折る。自分達がどれだけかの存在に挑もうとしたか、勝てると勘違いしたか。それを思い知らせてやれば、彼等も抵抗する余力すら失うだろう、と考えてのことだ。
だが、ガイアドゥームは感情的になっていた。絶望しうちひしがれている人間の姿を見て、思い出したのだ。こんな哀れな生き物を対等と認め、共に歩みたいと信じた優しい少女を。
戦いしか知らぬ、強さを至高としたガイアドゥームは少女の理想を唾棄するものと見下していた。多くの魔族から笑われながらも、彼女は人間との共存を願い、信じてきた。
その少女の理想は、神と人間によって踏みにじられた。焼き尽くされた非戦闘員の魔族達と同じように、首だけになった少女を見たガイアドゥームは決意した。
彼女の理想は、間違っていた。人は対等ではない。神に縋り、神の力でしか生きられぬ、そんな生物が自分達と同一であるはずがない。神に寄生するが如くの存在が、神なき世界で生きられるだろうか。
否。
『己の無力さを呪いながら、平伏し、そして自覚しろ!これがお前達の挑もうとした敵の、絶望の姿だとなぁ!!』
徹底的に希望をへし折り、教えてやる。貴様ら人間に未来などない。神を信じ、従うことしか脳のない愚かな生命ども。希望など抱くことなど許さない、その希望を我等が全て奪い取ろう。
魔王は、決めた。騎士の何人かは生かそうと。そして勇者全員が連れ去られたことを人類に伝えるように仕向け、心から絶望させてやる。かつての我等と、同じように。
あくまでも、魔王ガイアドゥームの目的は、勇者一行、ハジメ達を全員生きたまま連れていくことです。だからこそ、戦っていた魔人将達も遊び感覚でした。殺しちゃダメですしね。
また勇者の光輝が敵にも翻弄されてる。感情的すぎるから御しやすいの本当に困る()
ベヒモスは登場しました、死体だけどね。
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場