「────全員!今すぐ撤退しろ!奴は俺が引き留める!」
「ッ!メルド副団長の言う通りだ!全員、今すぐ下がれ!」
咄嗟に張り上げたメルドの怒声に、咲夜が乗して叫ぶ。混乱した生徒達の正気を取り戻すためには、必要な行動だった。「咲夜!?」と此方を見返す光輝だが、余裕がないのかすぐに目の前に向き直る。
『逃がさんと言ったろう───一人足りとも』
ベヒモスの死骸と融合し、巨大な肉体を手に入れた魔王ガイアドゥームが。ゆっくりと動き出す。その巨王の狙いは、勇者達一行。彼等全員を殺さぬように拉致することである。
それを阻止するようにメルドと、その後ろで光輝が身構える。全力で魔王を退けようとする二人に、魔王は嘲笑するようにゆっくりと前進していく。
咲夜の指示に従い、一斉に石橋の向こうの出口の階段へと走り出すクラスメイト達。援護する騎士達も先導するが、それを阻む大きな障害が存在していた。
『──────』
ユラリ、と動く巨大な大岩。ハイ・ゴーレムと呼ばれるゴーレムの上位種。魔王の魔力により生み出された特殊な魔物であった。
出口の階段を死守するように鎮座したハイ・ゴーレムは足も無いので動けないが、それ故に厄介であった。石橋に固定された体は大きく、人が通れる隙間はない。ハイ・ゴーレムは意図も容易く道を塞ぐ番人としての役割を果たしていた。
「クソッ!どけよ!オラぁ!」
「────ハァッ!」
狼狽えた一同より前に出た広大が盾で勢いよく突撃する。岩石の体に体当たりし、その体を打ち破ろうとする。雨音は広大の真後ろから飛び出し、彼の上へと跳躍し、ハイ・ゴーレムを舞いにより切り裂く。
『─────』
しかし、ヌボーとした様子のハイ・ゴーレムは堪えた様子すら見せない。それどこらか欠伸すらしそうな程に余裕のあるハイ・ゴーレムに、全力であった二人は顔を険しくした。
「嘘だろ……!?効いてねぇのかよ!?」
「これは…………大したダメージにすらなってませんね」
「───ああ、その通りみたいだな」
直後、二人の背後から黒い雷の槍が飛来してきた。濃厚な魔力の塊であるその槍はハイ・ゴーレムに直撃し、岩石の体を完全に抉った。
クラスメイト達の合間を通ってきた青年、咲夜が掌を向けたまま歩いてくる。
「委員長か!助かったぜ!これであの野郎は────」
「いや、まだだ」
彼等の前で、体を壊されたハイ・ゴーレムが瞳を光らせる。次の瞬間、秒も掛からぬ勢いで欠損した部位が新たな岩石で補われた。
「再生……!?なら、コアを壊せば………!」
「無理だ。コアが二つ、左右に存在している。俺の魔法、一番の火力を持つこれは一発ずつしか撃てない。あの高い魔力源からして、コアを二つ破壊すれば終わりだ」
魔力感知で把握したのか、両目を伏せた咲夜は熟考する。幸いなことに、あのハイ・ゴーレムは攻撃をしてこない。おそらく攻撃手段や移動を封じることで、道を閉ざすことに特化したゴーレムなのだろう。
「………お前達、あのゴーレムを破壊する手立てがある。その為にも、奴の再生力を僅かにでも削っておきたい。全員でアレを攻撃してくれ。そうしてくれれば、必ず突破してみせる。頼んだ」
全員に向けた咲夜の言葉に、徐々に応えていく生徒達。一気にハイ・ゴーレムへと攻撃を開始したことで、ハジメも戦おうとした次の瞬間、咲夜が彼の肩を掴んだ。
「ハジメ、お前にやってほしいことがある」
「え、僕に?」
「…………光輝を連れてきてくれ。俺に匹敵する火力を持つのは、勇者であるアイツだけだ。あいつを説得して、あのハイ・ゴーレムを倒さないと、俺達は詰む」
「─────分かった。僕に出来ることなら、行ってくるよ」
「任せた」
ハジメに指令を託し、向かうように促す咲夜。光輝達の元へと走っていく彼を見届けた咲夜は左右に魔方陣を展開し、ハイ・ゴーレムへの攻撃を開始した。
◇◆◇
『────つまらん、軽く力を見せただけでこの程度とは』
魔王ガイアドゥームは悠然と、石橋の真上に君臨していた。魔禍々しい造形の魔王の前で膝をついた光輝は聖剣を見下ろし、信じられない様子で事実を噛み締めた。
「そんな………俺の攻撃が、通じないなんて………」
『これが現実だ。理解しろ、そして絶望しろ。この世界は、貴様のような子供に救えはしない』
「いや、諦めない!俺はこの世界を、この世界の人達を救うんだ!その為にもお前に、魔神連合の一角であるお前に負けるわけにはいかない!」
自らの戦意を高揚させるように叫ぶ光輝。覚悟を決めたのか聖剣を構え、立ち上がった青年を見たガイアドゥームは呆気に取られたように硬直し──────咆哮のような笑いを響かせた。
『────これは愉快だ!まさか本気で、我等魔王に勝てると思っていたとは!人間の分際で、いや力を得たことで自惚れたか!?滑稽極まれりとは正にこの事だ!』
「何が、おかしい!?」
『我如きに負ける程度で、我等が王────大魔王様に勝てるとでも思ったか。そうだな、ふむ。絶望させる為にも教えてやろう』
自身の顔を擦るように撫でながら、魔王ガイアドゥームは告げた。光輝や周りにいた雫達すら呆然とすることになる、事実を。
『────我が魔王になった理由、それは大魔王様に敗北したからだ。無論、全力で挑んだが、あの御方は傷すら負わなかった』
「な、何だって………!?」
『ああ、あの時は圧倒的だった。今でも思い出す。この我が、手も足も出ずに叩き潰された。たとえ、我等四魔王が全員で挑もうと、大魔王様には勝てることすら有り得ん。それが貴様の挑もうとしている存在なのだ』
光輝すら、その事実に屈しかけていた。そうなっていることを理解したガイアドゥームは瞳を細め、ゆっくりと動き出す。
『ああ、そろそろお喋りは終わりだ。これ以上やると、他の魔神が嗅ぎ付けてくる屋も知れん─────では一人ずつ潰していこう。抵抗できんように、腕と脚を砕こうか』
ズシン、と光輝達に歩み寄ってくる。そんな彼等を庇うように、ボロボロの身体で立ち上がったメルドが前に出た。
「お前達!魔王は俺が引き止める!急いで逃げるんだ!」
「いやです!メルドさんを一人にさせるわけには!全員無事で帰らなきゃ、意味がないでしょう!?」
「クソッ!こんな時に我が儘を───!」
こんな時に撤退することも出来ない…………メルドを見殺しには出来ないと、正義感に震えた様子で言う光輝に、メルドは苦々しい顔をするしかなかった。
『───足手まといがいると困るなぁ。まずは、そこの騎士から捻り潰してやろう』
拳を握り締め、巨腕を振り上げるガイアドゥーム。そのまま前に立つメルドに向けて、破壊力のある拳を叩きつけようとした魔王─────その顔に、何かの石ころが飛んできた。
『…………?』
魔石らしきものに袋が縛り付けられたそれを、魔王は脅威とは思わなかった。顔に当たり、首元に転がったそれを指でつまみ上げ、何か見定めようとした瞬間。
「────“錬成”!」
『グゥッ!?』
ドガァンッ!! と、ガイアドゥームの頭部が爆発した。突如の不意打ちに魔王は大きくよろけ、真後ろへと倒れ込んだ。何が起こったのか困惑している光輝達に、誰かが駆け寄ってきた。
「天之河くん!」
「なっ、南雲!?」
何故ここに、と聞こうとする光輝に、ハジメはなりふり構わず叫ぶ。
「天ノ河くん!早く撤退しよう!君がいないと、皆が!」
「いきなりなんだ?それよりなんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて───」
「そんなこと!言ってる場合じゃないだろ!」
逃げるんだ、と言おうとした光輝の言葉を、ハジメは遮った。カッとなったのか、感情的になったハジメに光輝は思わず気負される。
そのチャンスを逃すことなく、ハジメは出口の方を指差しながら言う。
「あのデカイゴーレムが道を塞いでるんだ!岸上くんが倒そうとしてるけど、火力が足りないって!光輝くんの力が、それに君がいないと皆の不安を消しきれない!前ばかり見てないで、後ろも見て!」
「南雲………だが!アレは、魔王はどうするんだ!?奴を放っておくわけにはいかないだろ!?」
ハジメの言葉と混乱しながらハイ・ゴーレムへ攻撃を続ける仲間達の姿を見た光輝はハッとしたように理解するが、しかし目の前の存在のことを思い出す。
魔王を止めなければ、意味がない。光輝達がハイ・ゴーレムを倒す間、ガイアドゥームの動きを止める誰かがいるのだ。静かに考えていたハジメは…………覚悟を決める。
「────僕が、やる」
「は?」
「僕が魔王を、足止めする。だから、先に行って。ちゃんと時間を稼ぐから」
ハジメの宣言に、立ち尽くした光輝はすぐさま首を横に振るい、止めるように言おうとした。しかしそれは、もうひとつの声によって遮られた。
「─────ダメだ。それは許可できない」
「い、委員長!?」
「うお!?いつの間に!」
スッと現れた咲夜に、雫や龍太郎が驚く。だが彼等の中で一番驚いているのは光輝でもなく、ハジメだった。信じられないと言わんばかりに咲夜を見つめ、疑問を口にした。
「岸上くん!?何でここに!?」
「安心しろ、魔法で作った分身だ。実質俺自身だから気にするな」
「さらっと言えるようなことじゃないよ!?」
「それは此方の台詞だ………ハジメ、お前は自分の言っていることを理解しているのか」
両目を細め、ハジメに詰問する。対して彼は、迷いすらないと言うように頷く。決然とした眼を受けた咲夜は、どうしようもなさそうな溜め息を吐き出した。
「………止めても無駄か。全く、どうしてこんなところで片意地を張るんだ」
「岸上くん………」
「何も言うな。俺もお前の決意に、とやかく言うつもりはない」
そう言いながら、咲夜はハジメの肩に手を添える。次の瞬間、ハジメの身体の魔力が一気に回復した。それだけではなく、自分の限界を越える量の魔力が付与されたのだ。
感謝を述べようと振り返ろうとハジメだが、咲夜から何かを渡された。ネックレスのようなそれを手に取ったハジメは思わず見返すが、咲夜は気にした素振りもなく言う。
「…………何かあった時の為のものだ。今、身に付けておけ」
「ありがとう、岸上くん」
「それと一つ────死ぬなよ。この戦い、誰か一人が欠けたらそれで終わりだ。負けないように、気を張れ」
そう言い、分身の咲夜は光輝達に向こうに行くように促す。最初は強い気迫で反抗した光輝だが、怒鳴るように叫ぶ咲夜と雫と龍太郎の言葉により、大人しく従った。
『─────成る程、小僧が足止めか』
様子を見計らっていたガイアドゥームが言葉を発する。身構えたハジメに対し、感心したように声を漏らした魔王は、次の言葉を口にした。
『小僧、貴様天職は?』
「………『錬成師』」
『?囮に向くような天職とは思えんな。それに、貴様は間違いなく戦いに出向くような転職でもないだろう。無謀さは褒められたものではないが、度胸としてなら賞賛しよう』
本心からの言葉か、素直に両手を叩き、拍手を行う魔王。あまりにも余裕に満ちた態度。おそらくは、ハジメ相手に苦戦することすら有り得ないという自信の表れだろう。
───事実だ、とハジメも思う。直接相手をすれば、絶対に勝ち目などない。正に蟻と巨象だ。そもそもレベルが違う。
『だが────全て無意味だな』
平然と、羽虫を払い除けるように、魔王は動き出す。ハジメの足止めを無視し、勇者達を叩き潰そうと進む。その目に、ハジメは映ってすらいない。単なる障害物、目の前にある石の一つとしてしか認識していない。
少なくとも、ハジメにとってはそれで良かった。
「“錬成”!」
『────ム』
ハジメが地面に触れ、錬成を行った瞬間、足場が揺れた。片足が踏み込もうとした地面に、大きな穴が開いていた。突然のこと気付かず、ガイアドゥームは落とし穴に足を取られた。
その魔王の隙を狙うようにハジメは走り出す。魔王がゆっくりと伸ばす大きな腕を滑るように掻い潜り、落とし穴に取られた足に触れ、叫ぶ。
「────“錬成”ッ!」
錬成されたガイアドゥームの足が膨張する。内側から形を変えた鉱物だった結晶が無数に飛び出し、落とし穴と同化する。完全に足の一本を固定されたことを自覚した魔王は、思わず目を剥く。
『ッ!馬鹿な!?』
自分の足が一つ、使い物にならなくなったことに驚いたのではない。錬成師という、そこいらの人間の天職を有する青年がそのような事を行ったという事実に、驚きを隠せなかった。
慢心があったといえば、事実だ。しかしそれ以上に、勇者すらこの体を傷付けることが出来なかった。その自信と事実が、ガイアドゥームの余裕を保っていた。
しかし、ハジメにとってガイアドゥームは対処しやすい敵であった。大地を操る、つまり無機物を操るのであれば、錬成も通用する。今のガイアドゥームも、本来の肉体ではない。死体という肉を使っていようと、今のガイアドゥームの肉体は生物特有のものではなく、無機物と化している。それならび、魔王の体であろうと錬成は作用する。
「はぁ………はぁっ、………やっぱり、通じた!」
彼にとっても確証はなかったのか、だが実際に錬成が通じたことに喜びを覚えるハジメ。そんな彼の前で、ガイアドゥームは自身の片足を分離させた。
ズンッ、とよろける自身の体を何とか持ち上げる。代わりに片足の装甲を固め、より強固なものにする。何とか自身の重量を保った魔王は、ハジメを見据えた。
その場にある石ころとしてではない、目の前にいる一人の敵として。
『────小僧。名を、名は何と言う』
「………ハジメ。南雲、ハジメ」
『南雲ハジメか、覚えよう。我の体に傷を与えた、強き者よ』
その名を、自らに傷を与えた勇士の名を、噛み締めるガイアドゥーム。人類に絶望を与える無慈悲な魔王としてではなく、自分に挑む強者に応える魔王として、その名を魂に刻んだ。
数少ない、自分に傷を与えてきた人間の一人として。
『───そして、非礼を詫びよう。南雲ハジメ』
「………」
『全身全霊で命を賭けた貴様を、我は敵とすら見なかった。人間とはいえ、戦士に対する侮辱であった。我も自らの驕りを、恥ずかしく思う』
自身の肉体を砕きかねない程の力を込めるガイアドゥーム。足を失いかけた瞬間、脳裏に浮かんだのは、人間風情にここまでしてやられた、こんな子供にやられるなど魔王の名が廃るなどの激情に満ちた言葉であった。
そんな感情が浮かぶこと自体、愚かである。ガイアドゥームは闘争に生きる魔物。ゴーレムの一体として産まれたガイアドゥームは、あらゆる敵を正々堂々打ち倒し、魔王へと成り上がってきた。
故に、プライドよりも、誇りを信ずる。人間の、ありふれた天職の子供に傷を負わされたことへの怒りは見当違いである。
捧げるべきは賞賛。己に手傷を負わせた、宿敵への余りある歓喜。
『故に、二度はない』
それらを上回る程の、絶対的な戦意。目の前の敵を葬らんとする意思が、魔王にはあった。
『最早貴様は我に及ばぬ石ころに在らず。我を討ち滅ぼす戦士の一人なり。賞賛と敬意を以て、我も容赦なく貴様の相手をしよう。無論、殺さぬように尽くすが────五体満足で生き残れるとは思うなよ、我が宿敵』
魔力を増幅させ、本気の構えを取る魔王に、ハジメは気を引き締める。これからは魔王は本気だ。本気で自分を無力へん
しに来るだろう。
その事実に今まで以上に覚悟を強く持つハジメ。下手すれば、魔王の言う通り五体満足では済まないだろうから。
◇◆◇
「だああああっ!大人しくブッ倒れろやぁ!!」
どれだけ攻撃してもまだまだ平然としているハイ・ゴーレムに、広大が怒鳴る。言語を理解していないハイ・ゴーレムは意味も分からず、のほほんと道を塞いでいた。
クラスメイト達がどれだけ攻撃しても倒れる様子のないハイ・ゴーレム。徐々に此方が疲弊し、弱りきっていた。攻撃しても攻撃しても倒れない敵を相手にしているのだ。当然だろう。
「………このままでは、いずれ」
「────いや、もう大丈夫だ」
咲夜がそう言った直後───真後ろから光の刃がハイ・ゴーレムへと炸裂した。近くで必死に盾で殴っていた広大が「おわぁ!?」と慌てて回避し、その斬撃によりハイ・ゴーレムの半身が吹き飛ぶ。
「大丈夫か!?みんな、遅れてすまない!」
「光輝?」
「光輝だ!」
聖剣を片手に現れた光輝の登場に一気に沸いたクラスメイト達。しかし人混みを抜け出してズカズカと歩み寄ってきた広大と雨音が凄まじい勢いで光輝に食いかかる。
「テメェ!何ちんたらやってんだ!あと、今の危なかったぞ!何か言ってから撃てや!」
「遅いです!遅すぎます!敵が他に居なかったら良かったですけど!皆貴方が来るまで頑張っていたんですからね!?」
「う、ごめん………本当にごめん、二人とも」
「───話はそこまで。光輝、やるぞ。構えろ」
憤慨する二人を押さえ、咲夜が前に出る。それに従い光輝も隣に並び、ハイ・ゴーレムの前に立つ。左右にあるコアに狙いを定めた二人が、文字通り構えた。
「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ。神の息吹よ。全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ。神の慈悲よ────この一撃を以て全ての罪科を許したまえ 」
「術式構築。闇の魔力、暗黒の力。我が手に至れ────深き深淵の、真理を望め!」
並ぶ二人を、白の光が、黒の魔力が帯びる。聖剣に限界までの光を纏わせる光輝に、詠唱と共に足元から暗い闇のような魔力を溢れさせる咲夜。
咲夜の掌から魔方陣が展開される。複数浮かび上がったそれは重なるように配置され、咲夜が魔力を限界まで蓄積させる。
「────神威!」
「────ヴァル・ヴェーレ!」
凄まじい光を帯びた斬撃と、暗黒の闇の魔力が、砲撃のように炸裂する。白と黒の攻撃を受けたハイ・ゴーレム、その二つのコアに届いた魔力と光が、完全にコアを破壊した。
『──────!』
ハイ・ゴーレムが、巨大なゴーレムが崩れる。コアを失ったことで自らの肉体を形成することも出来ず、悲鳴も声も出すことすらなく、砂や石となって消え去った。
歓喜の声が響き渡る。急いで脱出しようと動く生徒を、咲夜の声が制した。
「いいや、まだだ!まだ戦いは終わっていない!全員!魔法の用意を!」
何で、と生徒の一人が声をあげようとする。それを遮り、咲夜が石橋の向こうを指差した。魔王相手に脚を奪い、大振りの腕を回避しながら、何とか対処しようと全力で励むハジメの姿を。
それを見据えながら、咲夜は今までに無いくらい強い声で、皆に呼び掛けた。
「ハジメが、時間を稼いでいる!魔王相手に、脚を奪ってまでだ!それなのに俺達が逃げる!?逆だ!今この隙、アイツが作ったチャンスを無駄にする訳にはいかない!」
「…………南雲が、魔王に」
「今からハジメを退避させる!その隙に、奴に一斉に魔法攻撃を仕掛ける!今すぐやるぞ!急げ!」
張り上げるような大声に、皆が反論する意思はなかった。クラスの中で疎まれていた、或いは無能と馬鹿にされていた青年が魔王に傷を与えた。その事実を指摘し、お前達はそれでいいのか、お咲夜が奮い立たせたのだ。
気力を振り絞り、魔法を構える生徒達。その様子を見届けた咲夜の視線が、ある生徒を捉えた。
不気味な、嫌な笑みを浮かべながらハジメを見つめる檜山。薄気味悪いその笑みを見た瞬間、咲夜は確信した。ハジメに向けられた、悪意ある視線の正体を。
◇◆◇
『───ハジメを、落とせって?』
『そう♪いずれ迷宮に攻略に行く時がある。そこでチャンスを用意してあげよう。その時を狙って魔法でズドンってね!』
少し前、自室に現れた謎の道化師 ジョーカー・ブラックの話に、檜山は言葉を失うしかなかった。気に入らないとはいえ、隙を突いて同級生を奈落に落とせと言われても、そう簡単に従える訳がない。
手を汚したくないという我が身可愛さがあったとはいえ、檜山も最初は乗り気ではなかった。
しかしその返答を聞いたジョーカー・ブラックは、檜山が思うよりもアッサリと引き下がったのだ。
『そうか、なら仕方ない。この話は無かったことにしてくれ』
そう言われて、檜山は慌てた。檜山は、香織を、恋した少女を手に入られると聞いてこの話に乗ったのだ。それが無かったことにされるのは困ると、必死に食いつく檜山に、ジョーカーは笑いながら言った。
『安心しなよ、君は南雲ハジメを殺すんじゃない。落とすんだ。君が彼を直接殺すことはない。殺すのは迷宮か魔物さ。君は何もしてない、何もしない。その間に彼は死ぬ。そうだろう?』
悪魔の囁きに、檜山は同調するしかなかった。そして、道化師の言葉を何度も何度も反復して口にしてきた。自分は悪くない。自分がこれからすることは、南雲を落とすだけだと。そこからどう死のうが俺には関係ないと、自分に言い聞かせてきた。
自身が、道化師に乗せられるだけだと、彼は最後まで気付かない。
◇◆◇
「───────ハジメっ!!」
魔王相手に何とか凌いでいたハジメの耳に、咲夜の叫び声が届いた。振り向いたハジメの視線の先で、魔法攻撃の用意をしている生徒達の姿が並んでいた。その先頭で魔法を詠唱しながら、此方を見据える咲夜の眼を見て、ハジメは意図を理解した。
「“錬成”ッ!!」
両手を地面に叩きつけ、錬成を行う。一本足で立つガイアドゥームの脚を、地面と同化させた。縛りつけられるように動けなくなったガイアドゥームは目の前で背を向け逃走するハジメを見て、何かを察する。
(逃げた………訳ではないな。先程の呼び声からして、おそらくは我への一斉攻撃をする気か)
離れていくハジメを目視した生徒達が魔法を一斉に放つ。上空から飛来する無数の光。虹にも見えるその光景を前に、ガイアドゥームは笑う。面白い、と。
『良いだろう。その作戦、受けてやる。我は魔王。人間の攻撃なんぞに怯えるはずがない。正面から全て受け止め、逆に追い詰めてやろう』
そして、降り注いだ魔法の雨が、ガイアドゥームを呑み込んだ。着弾した魔法の威力は絶大なものばかり、彼等が普通の人間とは違う存在であることを証明していた。
外殻たる鎧が、魔法により破壊され、剥がされていく。内側に届いていく魔法、全身が焼かれ、抉られていく。圧倒的な火力に、魔王の意識は途絶える────
『────ハハハハハハハハッ!!』
───ことは、有り得ない。それどころか、白熱した痛みが、魔王の闘争本能を刺激する。所々が剥がれた外殻が蠢く、再生を繰り返しながら、魔王は音圧だけで破壊するような怒号を響かせた。
『どうした!どうした!?人間ども!我は、まだ立っているぞ!この程度の魔法が、弾幕が!魔王を討ち滅ぼせると思ったか!?残念であったな!』
地面と同化させられた脚を、無理矢理分離する。そのまま地面に落ちたガイアドゥームの上半身。両腕で上半身を持ち上げ、魔王は咆哮の如く言葉を張り上げた。
『我は魔王!ガイアドゥーム!人間を絶滅させ、神すら恐れぬ大地の魔王!貴様らを滅ぼす絶望!それが、たかがこの程度の攻撃で膝をつくと思ったかァッ!!』
ズンッ! ズンッ!! と、魔王が両腕で這ってくる。その姿を無様と言える者はいない。たとえその状態でも自分達を殺すことは出来ると思わせる気迫。戦意を絶え間なく見せる魔王に、全員が圧倒される。
「───止まるな!全員、魔法を続けろ!奴に攻撃は効いている!このまま続ければ、間違いなく勝てる!」
対抗するように、声を張り上げた咲夜の指示により、皆が再び魔法を繰り出す。高火力の魔法が空を覆う中、ハジメは必死に、全速で前へと走る。
魔法があまり得意ではない広大や雨音、香織が走ってくるハジメへ叫ぶ。早く来て、と広大に関してはこのまま飛び出して連れていこうとしそうな勢いだ。
ふと、ハジメが頭を下げて走っていたその瞬間。降り注いでいた魔法の一つ、火球がハジメの後ろで軌道を変えた。そのことに気付かぬハジメの背中に直進した火球。
────それは、凄まじい速度で放たれた黒雷の魔法によって撃ち抜かれる。瞬間的に魔法を放った咲夜はフッと、小さく笑う。
「は、はぁっ!?」
「っ!おい、どうした!?」
「あ…………いや、何でもねぇ」
その事に眼を剥いたのは檜山。呆然と、声を漏らしたことに悪友の一人、近藤が振り返り、檜山は慌てて取り繕う。この状況で気にする余裕もなかったのか、再び魔法を打ち直す近藤の隣で、誰にも気付かれぬように檜山は苦々しい顔で舌打ちを堪えた。
その自分の姿が、誰かに見られていることにも気付かない。
(今の火球…………ハジメを狙っていた、しかもあの軌道の変え方。間違いなく故意だ。檜山、お前は────)
ただ一人、檜山の様子を見ていた咲夜は最悪の予想を思い浮かべ、それが正しいと理解した。先の言葉、真実を噛み締めた咲夜は、複雑そうな顔で檜山を睨み、再び前を見据えた。
あと少し、ハジメは此方に近付いていた。転ばないように必死で前へと突き進むハジメ。香織達はそんな彼がここに来ることを疑わず、前を見ていた。力が抜けたのか、石橋の上を走るハジメの顔は綻び、軽い笑みを浮かべている。
その直後だった。
石橋の下から、ハジメの真横から、黒い影が飛び出してきた。
◇◆◇
『ああ、もし魔法で落とすことが失敗したら、これを使うといい』
『?なんだよ、この石』
『ラクリマ、と言ってね。とある生物を操作できる特殊な魔石なのさ。それを使って、南雲ハジメを落とすといい』
『とある生物?でも、どうやって使えば………』
『大丈夫。軽く魔力を送るだけでいい。それだけでラクリマは自壊し、それの指示を受けたモノは南雲ハジメを襲う。何、完璧なやり方だろう?』
飛び出してきたそれは、生物とは言い難いナニかであった。全身をネバネバとした黒い液体で構成された四足歩行の存在。生物とはいえない見た目をしていながら、それは呼吸を、生物の機能を果たしていた。
額に刻まれた単眼でハジメを見据えた黒い生物は、口を大きく開き、ハジメに狙いを定める。
「─────え?」
全速力で走っていたハジメがそれに気付いた時にはもう遅かった。振り向いたハジメに飛びかかった黒い生物は、彼の首に噛みつく。
「────ッ!」
香織が青ざめ、咲夜が詠唱破棄の魔法を唱える。最速の魔法を迅速に打ち込み、黒い生物の腹を抉る。それだけで、黒い生物は死に絶えたようだった。噛みつく寸前だったこともあり、ハジメに怪我はない。
しかし、最悪であった。
その怪物はハジメを押し出すように飛びかかった。それに掴まれたハジメは投げ出されるように、怪物の死体と共に石橋の向こうに飛ばされた。
「───────ッ!」
クラスメイトの誰かが悲鳴を上げる。目の前の光景に真っ青になった咲夜が全身を動かし、必死に対処をしようと頭を回す。しかしその思考とは裏腹に、体は彼の思う通りに動かない。
先程の魔法の攻撃も、咄嗟の行動であり、無理矢理体を動かしたから出来たことである。今の咲夜は肉体が反動で停止し、何をすることも出来ない。当然、クラスメイトの中で一番早く動けたのは彼だけだ。他に、彼を助けることが出来る者はいなかった。
────人間、以外には。
『────オオオオオオオオオオッ!!!』
魔法の弾幕を受けていたガイアドゥームが、咄嗟に腕を伸ばした。奈落に伸びた巨腕は墜落しそうになっていたハジメの体を、確かに掴もうとしている。
何故そうしたのか、ガイアドゥームは自らの行動に疑問を持った。しかしすぐに、己の行動の正当性を考える。
おそらくは、大魔王の命令───生きたまま異世界から召喚されてきた人間達を連れてこいという言葉を守るために。奈落の底に落ちれば、あの人間は無傷では済まず、生き延びたとしても長くは持たない。命令を守るためにも、仕方ない行動である。
だが、そんなガイアドゥームの思考とは裏腹に、彼の本心は純粋にハジメを助けるためのものであった。賞賛した数少ない人間が、あんな形で殺されていいはずがない。そんな魔王の思いがハジメを助けるために、自身を動かしたのだ。
魔王の腕が、ハジメを受け止めようとする。だが、その瞬間。
上空から飛来した神秘的な魔力を帯びた槍が、ガイアドゥームの腕を粉砕した。魔王の魔力を消し去るような、聖なる一撃である。
『────な、ニぃッ!?』
腕を破壊され、ガイアドゥームの体が揺れる。腕を失ったこと、勢いでハジメを助けようと身の乗り出したことで魔王は、橋の外へと体が傾く。
直後、ガイアドゥームの二つの瞳が、あるものを見た。
迷宮の壁。光輝達のいる階段の上に、小さな穴が出来ている。影でよく見えないが、そこに人らしきものが立っていた。
黒スーツを着込んだ仮面の道化師。笑顔の仮面を軽く外し、口元を見せて笑うその人物の口が動いた。
─────余計なことすんな、石ころ♪
『貴様ァァァアアアアアアアアアアアッッ!!!』
奈落に落ちる魔王ガイアドゥーム。自分達の闘争を嘲り笑い、容易く弄んだ道化師への激しい怒りを向けながら、両足を失った魔王は闇の中に消えていく。それは、ハジメも同じだった。
「いやああああああああっ!?南雲くん!!」
「ハジメぇぇえええええええええッ!!」
魔王と共に奈落に落ちた青年に、いち早く手を差し伸べるのが二人。悲痛そうな悲鳴で周りの制止を振り切る香織、なりふり構わず奈落に身を乗り出すように叫んだ咲夜。
二人の言葉への返答が届くはずもなく、奈落は全てを飲み込んだように音も出さない。完全な静寂が、絶望となって響いた。
王様や皆を信じて王国に残った結果、自分の知らない場所で親友が奈落に落ちた(尚、落とされた)ことを後で知った刃の気持ちを答えてみよ。
この後の流れはほとんど変わらないのでここら辺で垂れ流します。
錯乱し、必死に助けに行こうとする香織。必死に止める雫と雨音。「南雲はもう無理だ」だの「俺は皆を死なせたくないんだ」だのと配慮しない発言をする勇者(笑)。その言い方に激情して殴りかかる広大。光輝にぶちギレしながらも、冷静だけどめっちゃ悔しそうに撤退を選ぶ咲夜。
これからですよね、天之河が徹底的に勇者(笑)って扱われるところ。自分もドン引きしたんですよねぇ…………あいつの言動。すぐにハジメが死んだって割り切れてる時点でコイツほんま…………香織とか雫が落ちたら絶対死んでないとか言い出すだろうに、こういう馬鹿は。
実はこの話、分岐ルートがありまして。
ガイアドゥームがハジメを助けられたっていう可能性があったんですよ。そのままハジメを勇者たちに返して、魔王様は罰を受ける覚悟で帰るっていう。ま、ジョーカーが来たので無理なんですけど。
この分岐ルートは普通にいけたんですよ。ジョーカーだって急いできたんで、もう少し早く魔王相手に攻撃できてたらハジメをキャッチしてくれたんすよ、魔王様が。
…………どっかの勇者が早く後ろに下がってれば(ボソッ)
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場