勇者達がオルクス大迷宮での実戦を行っていたその時、ハイリヒ王国でも大きな騒ぎが起きていた。
「────陛下ッ!魔物が、魔物の大群が接近してきています!間も無く、王国付近まで来るかと」
「………数はどのくらいだ」
「十万、です」
絶望的な様子で報告を口にする使いの言葉に、エリュシオンは顔を険しくした。魔物を操ることが出来る魔人族のやり方、とは言い難い。報告によれば、魔物達の統率は取れてはいない。実際に、魔物を引き寄せているだけに過ぎないのだろう。
(教会の奴等め………やり方が杜撰過ぎるな。魔人族でも使えば、言い訳が出来たろうに)
不可能である事実を考えながら、エリュシオンは思う。魔人族を教会が雇えば魔人族に罪を擦り付けられる、だが魔人族が教会に従うはずがない。
魔人族との戦争が始まったのは、他ならぬ教会の行いが起因している。彼等が魔人族を虐殺し、彼等にとっての救世主であり心から愛した優しき魔人族の巫女、大魔王の妹を惨殺したのだ。
そのことが、魔人族の教会への反発を強めた。教会の狂信もとち狂ってるレベルであるが、魔人族の怨恨も同じである。
どれだけ拷問されようとも、教会の言葉を聞くことすらなく、逆に自死を選ぶ。それが大戦後の魔人族である。戦えぬ者すら、自爆特攻を行うくらいだ。彼等の憎しみがどれだけのものか、考えられるはずがない。
「王よ、十万という魔物の軍勢は流石に………」
「…………『王の剣』を出せ。王都にいる四人をな」
「あ、あの御方達を!?」
『王の剣』。
エリュシオンが世界中から引き抜いてきた選りすぐりの強者達。その正式な人数も臣下達は把握すらしていない。噂では、五人だけという話にもなっている。
無論、敵国を騙すための嘘の情報である。侵略された際の対処として、わざとそういうデマを沢山流しているのだ。
これならば勝てるのでは、と大いに沸く臣下達を見据え、エリュシオンは溜め息を漏らす。勝てるのでは、という考えではダメだ。
「オレも出る。準備をしろ」
「王!?な、何を………危険です!王はここでお待ちしていただければ───」
「…………十万という数は、まだ序の口だ」
杖のような槍を掴み、エリュシオンは言う。この数はあくまでも一国を滅ぼすには充分な戦力。しかし、ハイリヒ王国の今の戦力であれば大したことはない驚異だ。
しかし、臣下達の心持ちが問題である。これだけの敵に臆していては、魔神連合との戦いに差し支えるものが大きい。それ故に、彼等の考えを正すことにした。
「これからオレ達が挑むべき敵は、魔神連合はそんな優しい数ではない。その数百倍は軽く越えるだろう。それなのに、この程度の数に臆する必要があると?」
「………いえ」
「それともなんだ。オレの信ずる王国はそれだけ脆弱か?この国を守る騎士達は、『王の剣』はそこまで惰弱か?」
「いえ!そのようなことは!」
「なら何を恐れる。オレが王になった時に言った言葉を忘れたか?」
気を引き締める臣下達を見下ろし、エリュシオンは王として堂々とした態度で君臨する。玉座から立ち上がり、槍をかざした勇王が、彼等の心すら掴むように力の籠った声で言う。
「オレがいるのだ、恐れるな。たかがこの程度、魔神連合を相手にする事に比べれば容易い。お前達のすべきこと一つ、オレの勝利を疑わず、オレの為に動け」
「お兄様、それだと二つになります」
「………そうか。なら二つだ」
近くで自身の間違いを的確に指摘するリリアーナに、エリュシオンは短く頷く。そして玉座から降り、歩き出したエリュシオンがマントを大きくなびかせる。
「全員、着いてこい。リリアーナも、ランデルもだ。不安な国民達の気を静めてやってくれ」
そう言い、エリュシオンは兄弟達や臣下を連れ、王の間から離れていく。出ていこうとした直後、扉に並ぶ二つの男女がいた。黒髪ロングのメイドと強面の執事。言葉ももたず立つ二人ち、エリュシオンは平然と告げた。
「ゴルバルト、セノ。城はお前達に預けた。例の鼠は見つけ次第駆除を………判断は任せる」
「ハッ、畏まりました。エリュシオン陛下」
「陛下こそ、お気を付けて」
一礼する二人の従者を通り過ぎ、エリュシオンは城を抜け、街の大通りを堂々と歩く。数万の魔物の軍勢に怯えていた市民や兵士達の騒ぎがいくつか聞こえてくる。
しかしそれはすぐに途絶えた。堂々道を通り過ぎるエリュシオンの姿を見た国民達の顔から不安や恐怖が消え去り、純粋な安堵と喜びに包まれていく。
ただ道を歩いただけで、老若男女問わずハイリヒ王国の国民達の心は晴れ上がっていた。もう怯える心配はない、王が動いてくださるのだ、と。兵士達はすぐに前線に出る準備をし、手の空いた大人もそれを手伝おうとする。
王国の門の前に立ったエリュシオンが槍を地面に叩きつけ、大声を轟かせる。
「────王の剣!我が絶対なる配下達よ!」
ザッ! と、四つの集団がエリュシオンの後ろに並ぶ。甲冑を身に纏う騎士の一団、王国騎士団。騎士団とは違い、全身に鎧を着込んだ重装備の兵士達、特務警備隊。魔法使いや治癒師などの後方役職の者達で構成された、医療騎士団。生物的な姿など欠片もない人工物の兵器の一群、機甲兵団。
其々の集団を従えし、四人の強者が前に歩み出る。エリュシオンへの忠誠を示すように、彼の一歩下がった場所に並ぶ四人の男女は、堂々とした風貌であった。
六本の刀剣と大剣を背中に備えた王国騎士団団長にして最強の剣士、イガル・ハヤテ。
軍服を着込む冷徹極まりない女性。刀剣とガントレットを両腕に備えた法と秩序の番人、スピリアス。
白い法衣、聖職者のものとは一見違う服装をした、穏やかそうな女性。医療騎士団団長でありながら、最強とも言われた存在、ヒナ・シュトル。
ボサボサと乱れた髪を伸ばした白衣の男性。ハイリヒ王国の技術力と軍事、兵器開発に精通した天才、シュトライゼ・ラグダ・ゼーレ。
一国を滅ぼすだけでは余りある過剰戦力。そんな配下達にエリュシオンは視線すら向けない。そんなことする必要もないというように、目の前に見える魔物の大群に向けて槍を突き出し、告げた。
「アレは、最早魔物ではない。オレの名を恐れず、土足でこの国の領域に踏み込んできた不届き者であり、オレの家族たる国民達に危害を加えようとする大罪人である!」
「────」
「遠慮はいらん、徹底的に叩き潰せ。慈悲は不要だ、全力で討ち滅ぼせ。無知な奴等に、現実というものを知らしめろ」
そして、とエリュシオンは告げる。槍で地面に叩き、軽い地震を引き起こす。溢れ出た魔力を押さえることなく放出した勇王は、一帯に響き渡る程の大声を響かせ、宣告する。
「奴等を蹂躙し、あの不届き者の大群を率いた黒幕に思い知らせろ。この国を統べる者が誰なのか、ハイリヒ王国の王の名を、骨の髄まで、魂の奥底にまで刻み込んでやるがいい!」
その言葉が、戦火を切る銅鑼の音となった。各団の団長やトップの四人が、自身が従える配下達に同じ命令を下す。「突撃」、と。
直後、四つの集団と王国きっての最強格である二人、イガル・ハヤテとスピリアスが飛び出す。壁のように群れをなして突撃してくる魔物達を、彼等は迷うことなく斬り伏せた。
十万の魔物の侵攻と、ハイリヒ王国による防衛。それはたった今、晴れ渡った空の下で行われたのだった。
◇◆◇
「────報告、エリュシオン率いる『王の剣』が魔物の軍勢と抗戦を開始しました」
「……………頃合いだな。別動隊に合図を遅れ。これより城へ侵入し、目標───畑山愛子の抹殺を開始する」
◇◆◇
「………ついに始まったか」
城の部屋の一室、色々と仕事もあり休んでいる愛子先生の部屋の前で腕を組んでいた刃。彼は城の外で聞こえる轟音が、始まりの合図であると理解していた。
────城に、教会の刺客が潜入してくる。彼等の目的は自分達の教師である愛子先生を暗殺し、その責任をハイリヒ王国に背負わせること。
それにより、エリュシオンにより手出し出来ない現状を打破しようとしているのだ。そして勇者達、自分達を手の内に収め、都合のいい偶像としてもてはやすつもりだとか。
(相変わらず、どの世界も変わらねぇ。クソみてぇなクズどもが、偉そうに命の優劣を決めやがって。この世界の人間じゃねぇ俺達はどうしようと構わねぇってか?)
ずっと、教会にはムカついていた。勝手にこの世界に喚んだクセに自分達を隷属させて、神とやらのために戦わせる。しかもその戦争自体教会が原因で起こったものだ。
(勝手に喚び出したクセに、死んだ方が役に立つから殺すだと?ふざけやがって、アイツらは───どこまで俺達を馬鹿にしてやがる)
暗い感情が、刃の胸に宿る。怒りのあまりに壁を殴り付けることが出来たのなら、是非ともやっていただろう。しかし実際には出来なかった。その壁の向こうで先生が休んでいるだ。休息の邪魔になるし、説教されるのも困る。
それと、もう一つ。
「…………あれ?」
「ん?」
近くの廊下の角から、侍女らしき少女が現れた。焦ったように周りを見ていた彼女は扉の前で腕を組んで立っている刃を見て────迷うことなく、駆け寄ってきた。
「あ、良かった!他に人がいらっしゃいました!」
「………誰だ?お前」
「は、はい………私、スピカって言います!侍女見習いで………えっと、今日寝坊しちゃってて、慌てて職場に行ったら、皆がいなくて困ってたんですよ………あ、えっと、皆がいない理由知りません?」
自分で言うのも何だが、他人から好まれるような風貌はしていない自覚はあった。目付きは鋭く、明らかに不良みたいな自分が避けられることなんて、ざらにある。
それなのに、初対面で自分のことをあまり気に掛けないことも珍しい。そんな風なやつなんて数少ない………いや、良く考えると、割りと何人かはいた。
くだらない自分の考え事をすぐにやめて、スピカと名乗る少女の疑問に答えた。
「今、魔物の軍勢の襲撃があった。それでエリュシオン王が直接出向いて対処している。おそらく他の侍女達も色々とその手伝いで出払ってるんじゃねぇか?」
「えぇ!?魔物の軍勢!?私知りませんよ!?」
「………寝坊してたんだろ、お前」
能天気に言う少女に、本気で呆れたように刃は漏らす。
「え、へへ………それを言われますと、何も言えませんね。所で、王様が出てるのに貴方は出なくても良いんですか?というかそもそも誰でしたっけ?」
「軽いな、お前。………まぁいい、黒鉄刃だ。エリュシオンの命令で、ここを守ってる」
「黒鉄…………あ、まさか────エリュシオン様が少し前に保護したっていう、勇者様のお仲間ですか………!?」
あー、とめんどくさそうに呟く。否定もしなかった刃に事実だと気付いた少女はパチクリと目を見開き、慌てた様子で取り繕うとしていた。
「ご、ごめんなさい!私、勇者様達には誠心誠意御奉仕するようにって教わってた…………えっと、ましたのに………!し、失礼な所を………見せてしまって………!」
「………いや、敬語とか止めてくれよ。俺、そういうの好きじゃねぇし」
「そ、そうですか………ならお言葉に甘えますね」
「……………」
───いや、呑み込みが早ぇなぁ、と思う。どうやら彼女、意外と抜けてる所が多いらしい。軽く話していた途中で、刃は思い出したように口を開いた。
「っていうか、早くここから出て現場に行くべきじゃねぇの?サボってるのバレたら怒ると思うぜ」
「あっ、はい。そうでしたね………では、早めに行ってきます」
スピカも怒られることを想像したのか、青ざめてすぐに廊下の向こうへと走っていこうとする。刃はそれを軽く見送り、視線をはずそうとした。
しかし、少女は振り返り、刃に深く頭を下げた。呆然と、視線が釘つけになってしまう。そんなことを気にせず、スピカはさっきまでとは違い、優しい口調で語り掛けた。
「どうか、お気をつけて下さい。黒鉄刃様」
「…………」
「少し、皆様の事情を聞きました。不安でしょうが、安心してください。王様がきっと、皆様を元の世界に帰してくれますから」
それでは、とスカートの裾を摘まみ、会釈したスピカはそそくさと廊下の角へと消えていった。走り去っていく少女の背中を見つめた刃は、ボーッと立ち尽くしていた自分に気付き、両手で頬を叩く。
(情けねぇ………何、見惚れてんだ。気を緩めてんじゃねぇぞ、このボケが)
自分に対し、厳しい評価を下し、改めようとする刃。気を引き締め、この部屋の中にいる先生を守ろうと決意を深めた彼は────城に入ってきた複数の気配に、いち早く気が付いた。
◇◆◇
ハイリヒ王国の城に侵入したのは、合計三つの部隊。どれもが暗殺や殺しに特化した教会の暗部。人知れず、教会のトップたるイシュタル教皇の指示のもと、エヒト神の為に邪魔物を暗殺するために、育て上げられた部隊。
………というのは、一部だけ。殆どのメンバーは替えの利く殺し屋や暗殺者を依頼して引き入れただけに過ぎない。出来る限り相手に捕虜されることを恐れた教会のやり方、あくまでも教会直属の暗部の人間は数人いるだけでいいという考えの元である。
城の内部、廊下を通る黒ずくめの数十人。警戒するように音を立てずに歩きながら、リーダー格らしき男が冷徹に説明をしていた。
「────いいか、狙いはただ一人。今迷宮にいる勇者達とは違い、マトモに戦えん非戦闘職だ。価値は勇者に匹敵するレベルだが、教会に反意があるハイリヒ王国の強化に繋がるかもしれない。故に、確実に殺せ。我々の存在が明かされることすら許されない」
「………目撃者は?こんなに広い城だ、何人か動いてる奴もいるかもしれん」
「関係ない、殺せ。その方が、ハイリヒ王国の失態として追及できる」
教会の暗部の人間の指示を受けた暗殺者はそれ以上何も言わない。やり方に不満を覚えたわけでもなく、普通に納得しただけだろう。殺しを生業とする彼等に、相手への同情は少ない。経験を積んだものなら、尚更である。
「戦力は分散させている。三つの部隊のどちらかが敵に接敵しようと関係ない。迅速に目標を殺すことを優先しろ」
了解、と誰かが答えようとした。しかしそれは、
「─────それには及びません」
広間に辿り着いた瞬間に、階段の上から響いた声がそれを遮る。黒ずくめの暗殺者達は咄嗟に声のした方を見上げると、黒髪のメイド、セノが階段の上で立っていた。
「───ッ!」
「良い判断力です。しかし、残念ながら粗が見えますね。鍛え抜かれた暗殺者はザッと数人、他は闇社会の暗殺者を雇ったようで」
咄嗟に武器を構える暗殺者達を前に、黒髪のメイドは淡々と彼等のことを指摘する。何時でも隙を狙い、命を突こうと探ろうとしている暗殺者達に、セノは諭すように告げる。
「気付かないのですか?既に、一人始末が終わりました」
「っ!───ッ!?」
言われた瞬間、彼等の死角にいた暗殺者が声も上げずに崩れ落ちる。首元を裂かれた暗殺者は両目を必死に見開き、呼吸をしようとして悶えている。
いつの間に、と暗殺者達は戸惑う。明らかに焦り、暗闇へと意識を集中させる中、誰よりも鍛え抜かれた教会の刺客だけが全てを察していた。
突如、広間に光が差す。どうやら照明が自然で点灯したようだ。暗闇に眼を慣らしていた暗殺者達が思わず顔を覆うが、直後に、自分達を囲むように並んだメイド達を目にした。
ニッコリと、自然な笑みを浮かべるメイド達。彼女達の両手には色んな種類の暗器が握られていた。短刀や、ノコギリのような刃物。あるいは鎖だけの者すらいる。
彼女達を従えるように、階段から降りていたセノが丁寧な御辞儀をする。構えを解こうとしない暗殺者達を前に、彼女は意識を揺らぎもしない。
「────申し遅れました。私はセノ。ハイリヒ王国直属のメイド隊隊長兼ランデル王子の教育係、というのが表向きな立場」
「…………っ」
「『
それだけ言い、姿勢を直した彼女の両手には小さなナイフが握られている。ギザギザとした異様な形状の刃物の持ち方を手軽に変えながら、セノはカツンと一歩踏み込む。
「メイド長として、暗殺部隊長として、皆様をおもてなしさせていただきます。遠慮せず、堪能くださいませ」
直後、メイド長たる彼女が動き出したことで、他のメイドを一斉に飛び出した。圧倒的多数の暗殺メイド達に囲まれ、暗殺者達は絶望する暇も見せず、己の武器で迎え打つ。
◇◆◇
別動隊として暗殺者達を率いていた教会の刺客の男は、近くの柱の影に隠れた。呼吸は僅かに乱れており、疲弊している様子が目に見えていた。
(クソッ!まさかもうやられたのか、他の奴等は!信念のない暗殺者はこれだから───!)
城に侵入した別動隊だったが、一瞬で襲撃を受けた。襲ってきたのは、黒服の執事達。どれだけ攻撃しようと傷を負わない彼等は恐怖すら見せず、暗殺者達を一人ずつ無力化していった。
多勢に無勢と判断した刺客の男は、暗殺者達を見捨てて先に進んだ。そのことへの罵声や怒鳴り声らしきものが響いてきたが、すぐに止まったことから恐らく一瞬でやられたのだろう。
(そもそも!教皇は何をしている!?戦えない女一人を殺す簡単な仕事と言っただろう!あんな戦力がまだ残ってるなんて、報告になかったぞ!少しは諜報部隊を機能させろよ!)
苛立ちの余りに、男は上司である老人を思い浮かべ、恨み言を唱えていた。もし神が許してくれるなら、偉そうなことを抜かしていた老人や無能な諜報員達をぶっ殺してやる、とブツブツと呻く男。
その不平不満が、一瞬で止まる。それは自分の隠れていた広間に踏み込む者がいたからだ。突如一帯を光が支配し、暗闇を張らす。このまま息を潜めるべきかと考えた刺客であったが、
「隠れてないで、出てこられては宜しいのでは?」
思わず、舌打ちをかましたのも仕方ないだろう。低すぎるバストンボイスは丁寧なもので、此方に対しても礼儀が整っている。…………それなのに、言葉には凄まじい殺気が籠ってる。これ以上反応を示さないと、どうなるか分からない。
静かに、柱から歩み出た。立っていた強面の黒執事は表情を変えることなく、此方へ一礼してくる。
「────執事長、ゴルバルト・ガーヴェンと申します」
「………あー、俺はな」
「いえ、結構です」
面倒くさそうに頭をかきながら、刺客の男が名乗ろうとしたのを、黒執事は片手で制した。強面かつ険しく鋭い両眼を限界まで細め、何かを溜め込むように低い声で続ける。
「陛下の城に土足で踏み込む侵入者。その名前を覚える必要などありません。何より、私がそれを許さない」
「………」
「────陛下は優しき御方だ。勇敢かつ聡明で、誰にも心優しい御方だった。………御両親、先代国王と王妃様が亡くなられたことで、あの御方は一国の王になる為に、優しき心を律されている」
慈しむような口調。あんな傲慢キチキチな王様が優しい?何の冗談だ?と言いそうになった自分を抑えられた正直良かった。もし実際に口出てたら確実に殺されていた。
懐かしい光景を見るようなゴルバルトの顔は、煮え滾るような怒りに染まっていた。変容している表情が圧倒的な敵意を有している。
「それを理解せず、聖教教会や他国の奴等は陛下の御心を乱そうとする。…………実に嘆かわしい。そして、実に口惜しい。私は、いや俺は我慢ならねぇ。あの御方達を害する獣は、俺達がブチ殺す。あの御方の手を、汚さねぇように」
ゴキゴキ、とゴルバルトの拳に血管が浮かび上がる。過去を憂うような表情とは一転し、憤慨のあまりに歪んだ形相がそこにあった。これは流石にヤバイか、と刺客の男も後ずさる。
刺客の研ぎ澄まされた意識が、動きを捉えた。一瞬で此方にまで踏み込んできたゴルバルトの拳が勢い良く振り上げられていた。
(───速ッ!)
刺客の男はすぐさま全身を動かし、拳を避ける。その拳が地面に触れる直前に腰から抜いた刃物を構え、ゴルバルトの腕を切り裂く。
しかし刃物は弾かれた。カァン! という金属音が、代わりに響き渡る。その事に疑問と困惑を覚えた刺客は反撃の姿勢すら崩し、すぐさま距離を離した。
ドゴシャッ!! と、床に無数の亀裂が入る。到底人間が出せる威力ではない、少なくとも刺客の男はそう理解していた。
「───外したな。流石は害虫、コソコソとよく動き回る」
片腕を上げ、手首を捻るゴルバルト。その腕に傷らしきものは一つもない。全くの無傷だ、床をブチ砕く程の破壊を引き起こしておきながら。
「全身を鋼の強度に変える───それがアンタの力か」
「半分外れだ。そして、最悪の間違え方をしたな。貴様は」
空気が一気に冷えきった。これは余計なこと言ったかな、と刺客の男は自嘲する。どうして自分は自ら追い詰めるようなことしか出来ないのか、と思うのも無理はない。
今までの怒りを越える程の激憤を纏い、凶悪な人相の男はその風貌を更に鋭く歪めた。
「これは俺の力ではない。陛下より与えられし力。神の理を打ち破る魔法の一つである」
(神の理を打ち破る……?それってまさか───おいおい、ハイリヒ王国は、エリュシオンは奴等の迷宮を────?)
それだけ考えると、刺客の男は小さく笑った。どうやら教会の人間として戦うのは潮時らしい。神のためと言いながら、他人にこき使われるのはあまり好みではなかったし、仕方ない。
問題は一つ。目の前の男がどうやったら自分を生かしてくれるか。少なくとも殺意しかないゴルバルトの攻撃で瀕死程度になれれば幸いか、と淡い願いを秘めながら刺客の男はナイフを身構えた。
◇◆◇
「な、なんだよ………さっきから気配が可笑しいぞ」
「………気にするな。事前に聞いた話通りなら問題ない。きっと陽動部隊が動いた頃だ」
城の内部を突き進む暗殺者の複数人。壁際に秘かに、自分達の存在を隠すように動く彼等が本隊。愛子先生の暗殺を行う実行部隊であった。………実際には、バレた際に暗殺の原因として処分される事を想定された本当の意味の使い捨てである。
彼等は殺すことを生業とした傭兵のようなものであり、経験はあるが実力は乏しい。それ故に、彼等は気付かない。
不意打ちで自分達を仕留めようと、影から踏み込んできた青年の攻撃には。
「─────ッ!」
暗殺者の一人が背中を向けた瞬間を狙った刃は、掌に創造させた魔剣を握る。その魔剣を深く構え、暗殺者の心臓に狙いを定め────迷うことなく突き立てた。
「が、ァッ!?」
「…………え?」
心臓を貫かれ、生き絶えた殺し屋。同業者らしき男はそれを見て、一瞬呆然とした。しかし状況を理解した男はすぐに片腕に握っていた小剣を構え直し、斬りかかろうとする。
「オオオオッ!!」
だが刃は、やり方を事前に決めていた。後ろから貫いた殺し屋の男の体を盾にするように、もう一人の男へと突撃する。死体ごと壁に叩きつけ、男の意識を一時的に揺らがせる。武器を握ってた手の力が弱まった隙を逃さず、その武器を払い除ける。
「っ、ま、待ってくれ!俺はただ、殺しを依頼され───」
最後まで話すことを許さず、刃は魔剣で男の心臓を貫いた。他にいない、どうやらこの二人だけだったらしい。敵とはいえ、同じ人間を二人を瞬時に仕留めた、その事実を噛み締めた刃は────込み上げる吐き気を抑え込んだ。
(クソッ…………クソッ………情けねぇ、殺す覚悟は出来てただろうが!こんな時に、竦んでんじゃねぇよッ!先生を守るために、王様に報いる為に!やるって決めただろうが!)
喉の奥にある胃液の感覚に眉をひそめながら、廊下を歩いていく。あの二人だけだと少ない。おそらく他にも何人か行動している奴がいるはずだ。
そう思い歩いていると、近くの部屋から何人かの声が聞こえてきた。
「───殺せたか?」
「──、運が悪いな、この女の子も」
「───チッ、どうせ殺すならヤれば良かったのによ」
「騒ぐな、誰かが来たらどうする」
四人。おそらくは奴等の仲間だろう。しかし、彼等の会話に気になる言葉がある。まるで誰かを殺したような言い方をしていたが──────扉の奥から臭う、鉄の匂いを感じ取った直後、刃は扉を開け放っていた。
殺し屋か傭兵みたいな四人。彼等の足元では、侍女らしき少女が背中から剣で貫かれ、血の池に沈んでいた。
それがさっきまで話していたスピカと呼んでいた少女だと気付いた瞬間、刃の頭の中が真っ白になった。
「────────は」
真っ白な脳内が、真っ黒に染まる。子供がクレヨンを塗りたくったように黒で潰された世界が、刃から正常な思考を奪う。おぞましいほどに膨れ上がる暗い感情が、一瞬にして彼の頭を支配した。
自分の意識が、何か別のものに上塗りされていく感覚が浸透していく。
「………まだいたのか、どうする」
「殺すしかねぇだろ。見た奴は殺せって言われてんだから」
「そういうこった。悪く思うなよ、坊主」
立ち尽くした刃に、四人の男達が動く。ナタらしき刃物を構えた男が歩み寄り、刃に向けて振り下ろす────直前に。
その鉈を持つ腕ごと、刃は持っていた魔剣で切り捨てる。
「えっ……?」
腕をぶった斬られたことに、思考が追いつかない。その男の首を刃は同じように横に切り裂いた。首を裂かれ、喉から溢れる血を抑えようと両手で塞ごうとする男の首を、躊躇いなく捻った。
「な、何だコイツ………!まさか、教会が言ってた神の使徒!?」
「ざけんな!こんなガキなんざぶっ殺してぇ────」
そう叫び大剣を振りかざす男の一撃を、刃は片手で受け止めた。掴んだ大剣を砕き壊し、その顔を掴み地面に叩きつける。何度も、何度も。血飛沫が飛び散るのも無視して、ようやく動かなくなった男の頭を魔剣で貫き、的確に止めを差した。
それを成す刃の眼は、どす黒く染まっていた。何も見えないのか、彼は自分の頬についた血すらも気にしない。その瞳に映っている黒が、全てを塗り潰しているように。
もう一人の男も、一撃で斬り捨てた。抵抗する姿勢を見せた瞬間、胴体を両断するように。
「ひぃっ」と最後の一人が尻餅をつく。ゆらり、と黒鉄刃が血に染まった魔剣を持ち上げながら、ゆっくりと近付く。
「た、助けてくれ!俺だって、こんなことやりたくてやったわけじゃ────」
「────」
「俺には!俺には家族がいるんだ!妻と息子が、待っているんだ!だ、だから!殺さないでくれ!頼むっ!」
「────ああああああああああッッ!!!」
必死の命乞いに、刃は咆哮を響かせた。その言葉に心が揺れた訳ではない。いや、言葉する届いていない。既に彼の意識は、別のものに蝕まれていた。今の彼は、目の前の生物に対する殺意で突き動かされているだけ。
振り上げた魔剣で、男を一刀両断しようとする。放たれた斬撃が男の命を奪おうとしていた。
「─────お待ちを。黒鉄刃様」
その刃を男に当たる寸前で止めている人物がいた。魔剣の
彼女は掌で刃の胸を触れると───トンッと、彼の身体を揺らす。その瞬間、刃の目の色がハッキリと変わった。
「────カハッ」
「お気を確かに。先の貴方は正気ではありませんでした。ですので、意識を揺らして戻しました」
倒れかけた刃を、優しく抱き止めたセノ。その後ろで立ち上がり、刃物を抜こうとした男を────複数人のメイドが取り押さえた。
「…………俺は、俺は」
「御安心を。実動隊はこれで全員です。一人だけがいれば、話を聞くには充分です」
「………………違う」
正気を取り戻した刃は真っ青な顔で、セノの手から離れる。彼は男達の死体を通り過ぎ、スピカの元へと駆け寄った。血に濡れた彼女が息をしてないことを理解すると、絶望を隠せぬまま両手で顔を覆った。
「守れなかった………俺は、また………守れなかった……!」
「───」
「何で、何でだよ…………!俺は、もう二度と、失わないって…………あんなこと、見逃さないって………決めたのに、俺は─────何のために、強くなったんだよ!?」
セノがそんな彼に何かを言おうとして、すぐに止めた。下手な発言は激情を買うか、精神を不安定にさせる。セノが王により教えられ、学んだ事実である。
その直後だった。
「セノメイド長!」
「どうしました?」
「新たな侵入者が!結界を破って、城の内部に入りました!他のメイド達も倒れているようで…………向かっているのは愛子様の部屋です!」
「………教会の刺客ですか?しかしそれにしては」
「いえ、それが………特殊な武器を使っており、下手には近付けず────」
新たな侵入者。普通ではない武器を使うとの話らしい。詳しい話によると、どうやら爆弾らしきものを飛ばす武器と小さな鉄の塊を無数に飛ばす武器を使っているのだとか。
セノは悩んだ結果、部下達を向かわせるのは得策ではないと考えた。彼女達では下手に刺激するだけ、爆弾で城に被害を被るだけで終わってしまう。
急いで指示を送るセノだが、直後に気付いた。
「っ!刃様!?」
気配の喪失を感じ取り振り返った時には、部屋に備え付けられていた窓が開いてるだけだった。しかし壁や窓際には血の痕が残っており、刃がそこから出ていったことが伺える。
彼が向かう先は、同じく侵入者が目指す愛子先生のいる部屋だ。
十万の魔物の軍勢だとしても、魔神連合に比べたら雑兵に過ぎないし。
愛子先生殺そうとして、目撃者も全員殺そうとするとか原作の教会でもここまでせーへんぞ…………いや、するか?するよな(不安)
黒鉄刃って、メンタル割りと弱いんですよね。こういうこと根に持つように考え込みますし、絶対後々引きずるでしょうし。
『また守れなかった』、これが刃にとってトラウマなんすよ、これが。
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場