ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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奈落に落ちたハジメの話、始まります。基本的に原作と同じところはカット(ザ・ハンド)してます。いや、真新しいところだけやろうかな、みたいな感じでして────(言い訳)


奈落の底

ピチョン、と。

顔面に落ちてきた水滴で、ハジメの意識はようやく覚醒した。ゆっくりと開かれた目蓋を凝らすと、ハジメは見知らぬ洞窟の湖に下半身だけ浸かっていた。

 

 

「うっ………ここは………痛っ」

 

 

起き上がろうと体を動かし、全身に伝わる痛みに声が出る。途中で身体を打ったのか、動かすだけでも痛みが響いてくる。だが、幸いなことに痛みはそこまでではない。立ち上がったハジメは水から上がり、現状を思い出そうとする。

 

 

脳裏に浮かぶ光景────転移で招かれた石橋、魔王ガイアドゥーム、片腕を失い魔法の雨を突破しようとする魔王。そして────

 

 

 

────石橋の下から這い出て、ハジメに襲いかかった謎の魔物。それに襲われたことで、自分が奈落に身を投げ出されたことを思い出す。

 

 

「っ!?傷は────無い、よね?」

 

 

首に噛みつかれた事を思い出して慌てて触れるが、怪我は一つもなかった。噛みつかれた痕もないことに安堵したが、寸前に魔物を倒した咲夜の事を思い出して、どうしようもない程の感謝が心の内に留まった。

 

だが、そうしている間に、こうしてはいられないとハジメは行動を起こすことにした。ゆっくりと立ち上がり、洞窟の先へと進む。動くごとに体は痛むが、ずっとここにいる訳にもいかない。

 

 

ハジメがいる洞窟は、迷宮とは言い難い場所であった。整備されている様子も見られず、正しく自然が造り出した天然の迷宮というべきか。どれだけ進んでも、出口らしきものも満足に見つからなかった。

 

 

その代わり、ハジメはそこで何度も魔物を目にした。今まで見たこともない、自分が戦ってきた魔物とは桁違いなモノを。

 

尻尾を二つ有する狼。脚だけが異様に発達した兎。少なくとも、ハジメ達が攻略していた二十階層以上の魔物である。魔王ガイアドゥームを相手にしたハジメが恐れるものかと思うだろうが、少なくともハジメにとっては圧倒的な怪物に変わりない。

 

そもそも、ハジメがガイアドゥームに傷を与えることが出来たのはその相性故にだ。無機物などに作用する錬成しか使えないハジメが、一体どうやってこの区域の魔物に勝てばいいのか。

 

(師匠から渡されてた火薬と燃焼石は………十個。でも、ダメだ。無駄使い出来ない。ここはきっと二十階層よりも下、そこから地上に戻るには、どうにかして戦闘を避けないと───)

 

そうしてヒッソリと、脚が発達した兎が狼を瞬殺した光景を尻目に立ち去ろうとするハジメ。バレないように息を潜め、隠れるように動いたハジメだが、結局無意味な行動であった。

 

 

 

カラン、と石が転がる。そろりと前に踏み込んだハジメの脚が、地面にあった石ころに触れたのだ。小さな音ではあるが、洞窟のような密閉空間には響きやすい。何より、あまりの音の大きさに、ハジメは慌てて振り返った。

 

 

「…………」

 

パチクリ、と兎は此方を見ていた。不味いとハジメは蒼白した顔のまま、唾を飲み込んだ。あの魔物は間違いなく此方を認識している。狼の首を折ったあの攻撃を受ければ、最低辺のハジメであれば骨折どころでは済まない。よくて即死かもしれない。

 

距離を取って隙を見て逃げ出そう。そう思ったハジメだが、逃げ出したのは兎の方だった。ビクッ、とハジメから視線を離し、暗闇を見据えた兎は大きく震え───急いで闇の奥へと飛んでいく。

 

呆然としたハジメは気付かない。

魔物は基本的に、弱い生き物は倒すものである。生物的な本能もあり、草食であるはずの兎も先程のように狼であろうと、倒せる生物は率先して倒す。

 

そんな魔物が楽勝な獲物を前に逃げる理由など、一つしかない。身の危険、自分では勝てない捕食者───自らを狩る存在が来た時だけである。

 

 

 

───ズン、と重量のある踏み込みが響く。怯えるように肩を震わせたハジメがそちらの方を見ると、暗闇から大きな影が浮かび上がり、光に照らされた姿を晒した。

 

 

その魔物は、熊であった。白い毛皮に二メートルの巨体。下の歯から生える二本の牙が目立つその熊の腕には、牙よりも鋭く尖った爪が三本も片腕ずつ伸びていた。

 

 

ギロリ、と血走った瞳がハジメを捉える。殺意しか感じられぬ視線を向けた熊はハジメを獲物として認識したのか、唸り声を上げて腕を振り上げた。

 

 

「う、うあああああああ────ッ!!?」

 

 

恐怖のあまり、ハジメは逃げ出そうとした。しかし間に合わず、熊が腕を振り下ろした瞬間、生じた衝撃によって吹き飛ばされる。薙ぎ払われるように洞窟の壁に叩きつけられたハジメは、脳を刺すような激痛に悲鳴すら出ない。

 

 

地面に転がったハジメの視界は霞んでいる。その先で大熊が動き、ハジメに向かって歩いているのが見えた。殺されるのか、或いは生きたまま喰われるのか。意識が朦朧としているハジメには分からない答えであったが、現実が示す正解はどちらでもなかった。

 

 

「…………あ、れ………?」

 

 

微かに漏れたハジメの声は、疑問である。目の前の大熊はハジメに襲いかかる事もなく、何かを貪っている。爪で突き刺した何かの物体を、口に咥え、容赦なく噛み砕いている。

 

口からはみ出したそれは、見覚えのあるものであったのだ。五本の突起物がくっついた太い棒のような塊。薄らいだ視界の中で見えたそれは、人間の腕のように────

 

 

「…………え、あ……………は────」

 

 

意識が覚醒し始める。それが何なのか理解しかけたハジメの左腕が熱を帯びた。咄嗟に右腕が、左腕に触れようとする。だが、どれだけ伸ばしても、右手が左腕を掴むことすらなかった。

 

 

何故なら、左腕は肘の部位から────失くなっていたからだ。

 

 

「あ、あ─────あがああああああああああッッ!!!」

 

 

脳が腕を失ったことを理解した瞬間、激しい痛みと切断面から血が溢れ出る。今まで以上の痛みに、ハジメは耐えられなかった。絶叫を響かせ、呻くハジメに、腕を食した熊が顔を上げる。

 

顔に付いた血を舐め取った大熊が、今度こそハジメに歩み寄る。殺される、そう思ったハジメは顔を涙や鼻水で汚しながら、這うように逃げるしかなかった。

 

 

「あ、あああああああぁぁああああっ!!」

 

(に、逃げっ、逃げなきゃ、逃げなきゃッ!)

 

 

だが、這いずるように動くハジメでは、逃げきれるはずがなく、大熊はゆっくりと距離を縮めていく。獲物を弄ぶつもりなのか、狩りのつもりなのか、大熊は着実に歩み寄る。

 

 

何とか壁にまで近づこうとしたハジメだが、大熊もハジメをなぶるつもりはないのか鋭い爪を勢いよく振り下ろす。振り返ったハジメがそれを眼にし─────死を覚悟した。

 

 

しかし次の瞬間。

ハジメの胸元から光が生じる。彼が装備していたネックレス、そこに組み込まれた小さなクリスタルが光を強め、周囲に広がっていく。

 

ハジメも、大熊も、思わず眼を瞑ってしまう。何が起こっているのか戸惑うハジメだったが、そのネックレスが光の原因だと気付いた時、ある言葉を思い出していた。

 

 

 

『…………何かあった時の為のものだ。今、身に付けておけ』

 

 

魔王ガイアドゥームの足止めを申し出た時、咲夜から渡されていたもの。正直、お守りのようなものだと思っていたハジメだが、それはハジメにも知らない本来の用途が隠されていた。

 

天聖術式。

咲夜が禁書から覚えた神聖系統の究極形。エヒト神に不浄として禁忌とされたその魔法は術式と呼ばれる魔力で構成されたプログラムのようなものだ。

 

咲夜がそのネックレスに組み込んだのは、究極の守護魔法の一つ。術式の対象者の命が危険に晒された時のみ、遠隔にいる咲夜の魔力と対象者の僅かな魔力である術式を構築する。それは、ハジメの目の前で形作られていく。

 

 

白い光が、魔方陣を形成した。彼の前に浮かぶ魔法は転移のものとは違う、何か特別なものであった。その光の暖かさに一瞬だけ心が落ち着いたハジメ。彼の前で正気を取り戻した大熊が、獲物を喰らわんと爪で切り裂こうと迫る。

 

 

だが、次の瞬間。

 

 

 

バチンッ!! と、大熊が放った爪の一撃を、光から飛び出した何かの尻尾が弾き返す。攻撃を弾かれよろける大熊に、追撃するように束ねた光が放たれた。

 

 

バジュンッ! と、大熊の顔が焼かれる。唸り声を響かせ、のたうち苦しむ大熊。ハジメは魔方陣の光が消えていく中で、そこにいたモノを目にした。

 

 

 

「────な、なにが…………」

 

 

宙に浮く、蛇らしきモノ。生物的なモノに見えるが、その実体は無機物で構成されてるのか、金属の装甲を有している。羽のように、首を中心として円状に浮遊する透明の板。エリマキトカゲのように見えるが、その頭部は槍のように鋭利に尖っている。

 

ハジメは知らない。その生物は魔物でもなく、天聖術式により召喚できる、守護聖霊というモノだと。当初は魔物と疑っていたハジメだが、いくら自分を目にしても攻撃すらしてこないその生物を、自分の味方だとようやく理解した。

 

 

しかし、その生物が突如動く。自身の体を捻り、何らかの攻撃を受け止めた。何が起きたのか、怯えていたハジメの前で大きな影が動いた。

 

 

「────グルゥアアアアアア!!!」

 

 

自身の顔を焼かれ、激昂する大熊。何もない空間に爪を振り下ろし、守護聖霊が空中で動き回り、何かの攻撃を受け止めていく。

 

硬直するハジメは、目の前で乱戦する守護聖霊が自分が逃げる隙を作ってくれていることを理解する。未だ血が止まらず、痛む左腕を押さえていたハジメは────

 

 

 

「────錬成ェ、錬成!」

 

 

───その場から、逃げることを選んだ。腕を奪われた恐怖がハジメの心を支配し、目の前で戦う守護聖霊を助けることも頭になかった。

 

とにかく壁を錬成し、逃げられる空間を作り出す。必死に錬成を繰り返し、小さな空間に潜り込むように、ハジメは奥へと逃げていく。

 

戦闘の音を耳にしながら、ハジメはひたすら錬成を続ける。生き残ることを優先した彼は、魔力が尽きるまで壁を削り続けたハジメは、自然と意識を失った。

 

 

◇◆◇

 

 

 

───………、……………

 

 

───……………………

 

 

───……、……………

 

 

掠れる意識の中で、ハジメは誰かの声を聞いた。薄れた視界で確認できたのは、近くで話し合う二つの影である。自分を見下ろし、何事か話し合う声も聞こえず、次第にハジメの意識は完全に消失した。

 

 

 

「────う、あ」

 

口に何か冷たいものが当たったことで、再び目覚めたハジメは起き上がる。上半身を持ち上げて目を擦っていたハジメは「…………え?」と硬直し、周りを見渡した。

 

自分がいたはずの空間は、いつの間にか広くなっていた。自分が錬成してきた道だけは記憶と同じ小さな通路であったが、ハジメが倒れていた場所だけが十メートル以上の高さを有した空間となってるのだ。

 

 

それにハジメが倒れていた近くには、青白く光る石が落ちていた。何故か出来上がっている水溜まりの中に置いてあるそれを手に取ったハジメは、その石から水が垂れていることに気付くと同時に、他の事実にも気付いた。

 

 

「っ、左腕の傷が………塞がってる?」

 

 

切断された左腕の断面から血が出ないどころか、傷口が閉じていることに困惑するハジメ。他にも自身の魔力が回復していることも知ったハジメは、それが青白い鉱石によるものだと確信した。

 

 

(でも、一体どうして────いや、誰が?)

 

 

こんな鉱石が、偶然自分の近くに落ちるはずがない。そして、異様に広いこの空間。意識が消える前に聞いた誰かの声。

 

間違いなく、誰かが自分を助けてくれたのだ。そう確信できる理由が、彼にはあった。先がない左腕が痛む、幻肢痛に苦しむハジメはふと、ここから抜け出そうと小さな穴を覗き込もうとする。

 

 

そして───左腕を失った時の事を、思い出した。

 

 

「────ヒッ」

 

 

怯えるハジメは穴から距離を取り、壁に寄り掛かるように蹲った。彼の脳裏にあるのは、自身の腕を奪った大熊への恐怖。そして一番だったのは、自分を助けてくれたあの守護聖霊を見捨てたという事実。

 

 

「…………ごめん、なさいっ」

 

 

抵抗することも、戦うこともせず、逃げることを選んだ自分。自己嫌悪と罪悪感にうちひしがれるハジメは、恐怖を乗り越えることも出来ぬまま、その空間に閉じ籠っていた。

 

 

 

彼は、気付かない。

空間に差す影、暗闇の中で蠢く『ナニか』。赤黒い液体でもあり、生物のような鼓動を繰り返すそれが近付いていることを。

 

 

◇◆◇

 

 

何時間が、何日が過ぎたのか────ハジメには分からなかった。壮絶な幻肢痛と飢餓に苦しんだハジメは、絶望の淵の中で自問自答していた。答えのない問題の答えを、望むように。

 

 

(どうして僕が───こんな目に)

 

 

答える者はいない─────はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

【どうしてこんな目に?そんなことを知ってどうする。その身を蝕む苦痛と飢えが、失くなる訳でも無いのに】

 

(…………だ、だれ……なん)

 

【そうやって己の不遇を不当なものと断ずる。人間らしく、傲慢で、愚鈍で、無自覚だ。実に素晴らしく、おぞましい】

 

 

声は頭の中に響いてきていた。無数の人が同時に発しているのではなく、一つに強制的に束ねられたような不気味な不協和音。ハジメはその声に対し、強い嫌悪感を覚えた。

 

 

【だが、キミがこうなった事に理由があるとしたら────】

 

 

だが、同時にその言葉を無視できない。事実として、現実として強制的に耳に入り、鼓膜に届く。

 

 

 

【────運がなかった、それだけだ】

 

(それ………だけ?)

 

【それ以外に何がある?まさか自分の不幸に全て理由があると、自分が不幸なのは陰謀があると思っているのか?傲慢で短絡な思考だ。まるで世界が己の中心にあるかのような言い方だ。貴様の考えを訂正してやろう。

 

 

 

 

 

貴方が苦しもうが、キミが死のうが、世界は変わらない。お前は世界を変えるような、必要とされたモノですらない。その悲劇は、当たり前な事に過ぎないのだから】

 

 

たったそれだけの理由で、こんな苦しみとこんな痛みを味わっているのか。絶望が、ハジメの心を支配した。しかし声は止まらない、絶望したハジメを否定するように言葉を紡いでいく。

 

 

【その絶望が、何になる。意味などない、何一つ。貴方の憎悪では、誰かを殺せない。キミの怨嗟は、誰にも届かない。お前の死は────誰にも、理解されない】

 

 

(ちが───う)

 

 

【現にお前に何が出来る。こうして奈落の底で、誰かを恨み、自分の不幸に絶望するしか、貴方に出来ることなどないのに。貴様が無能なのは、キミ自身の問題だ。己の無力さを嘆くことしか出来ず、絶望しながら死に果てるのがそなたの結末だ】

 

 

何度も、何度も、言葉はハジメの心に語りかけてくる。その度に彼の考えも、思考も否定し、全てを踏みにじろうとする。

 

喰らい感情に染まったハジメは、最早その声に応える気力すらなかった。口を開かなくなったハジメに、声は趣向を変えるように切り出した。

 

 

【安心するといい。君は独りじゃない。大勢の、無意味で、無価値な、不必要な命の一つ。我等の────一部に過ぎない】

 

(一、部?)

 

【望むなら、貴方をその苦痛から解放しよう。お前からその飢餓を解き放とう。貴様の理不尽な憎悪を、満たしてやろう。

 

 

 

我等の手を、取れ。さすれば、キミの憎む全てを殺し、壊し尽くす力を与えよう】

 

 

その時だけ、ハジメの心に希望が持てた気がした。徹底的に否定された自分を、無能なハジメを、肯定してくれた声に好感が持てた。

 

その声が、自分を容赦なく否定し、打ちのめした声であると脳は理解しない。暗く、黒く染まった感情が、その声に喜んで手を差し伸べようとする。その声に、応えようとする。

 

 

直前、記憶の中の声が響いてきた。

 

 

 

『────私が南雲くんを守るよ』

 

 

月下の元で誓った、少女との言葉。どうでもいい、そんなこと頭になかった。今はこの痛みと苦しみから逃れたい、そう思いながら今度こそ、その声に従おうとして。

 

 

『お前、それでいいのか?』

 

 

再び、記憶の海から声が出てきた。己に呼び掛けられたその声に、動きを止める。知っている。この声は、掛け替えもない親友のものだ。

 

 

かつて、道端にいた子供とおばあちゃんを恫喝していた不良相手に、ハジメが頭を下げていた時。突然現れた暴君が、不良を撤退的に殴り倒した。

 

そして、どれだけ痛めつけられても笑顔を絶やさなかったハジメに顔をしかめ、暴君は言ったのだ。それでいいのか、と。

 

 

『───何も出来なかったって、諦めていいのかよ。お前はそれで、ずっと諦める気か!?』

 

 

誰かを守るために不良に痛めつけられていたとは知らなかった、暴君の言葉だった。ただ受け身であり続けるハジメに、どうせなら足掻けと彼は言ったのだ。お前がそうすることで、誰かを守れるのならそうするべきだと。

 

そうだ、その通りだ。自分が無能と言われてたのは、足掻こうとしなかったからだ。常に受け身で居続けたから、自分は他者に傷つけられてきた。優しいと言われればそうだが、それでも諦めるのは別だと思う。

 

結局自分は、簡単な方に逃げてきただけなのだ。

 

 

だけど今は、今だけは違う。

 

 

「────いや、だ」

 

【何?】

 

「僕は………生きたい────帰りたい」

 

 

自分には何もないわけではない。無意味なんかではない。守ると言った笑顔の少女が、自身を親友と認めてくれた人が、他にも何人も、自分を仲間として受け入れてくれた人達がいる。

 

そういって、瞳に光を宿したハジメが立ち上がる。腕の先は痛むが、それでも耐えられた。ここで折れた方が、もっと辛いと分かるから。

 

しかしその声は、さっきまでの優しいものとは違い、ハジメを貶すように冷たく変わる。声はどんどん歪み、変容していく。

 

 

【────望め、諦めろ。生きてどうする。貴様のような臆病者に、未来があるとでも?お前のような弱者に、希望があるとでも?】

 

「─────黙れ」

 

【は?何を────】

 

「誰が、お前の言う通りになるか。僕は………いや、俺は違う」

 

 

ビクッ、と赤黒い世界が震えた。ハジメは形もない声の主であろう赤黒い世界を睨み、歯を剥き出しにして笑う。

 

かつての親友と同じようになろうと決意し、彼は敵意を向ける。自分ではない誰かが、親友と何かが発した声を思い出しながら、それを見据え、告げた。

 

 

「────邪魔だ、失せろ」

 

 

それっきりだった。

赤黒い世界が、一瞬で元の空間へと戻る。夢だったのか、と戸惑うハジメの視界の隅で、赤黒い液体らしきものが不気味に蠢く。

 

しかし震えを隠さなかったそれは、洞窟の壁に染み渡り、何処かへと逃げていくのだった。

 

 

謎の経験をしたハジメだが、彼は首を横に振り、立ち上がる。当初は怯えて近付くこともしなかった穴を覗き込み、ハジメは躊躇うことなくそこから抜け出した。

 

 

諦めない、絶対に生き残る。その意思を強めたハジメはただひたすら、前に進むことにした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

それから何日か経った頃。

安全な圏内であるその空間を拠点としたハジメは、持って帰ってきた魔物の肉を食らっていた。無論、火を通していたが、この世界の住人が見れば真っ青どころではない。慌ててハジメを殴り飛ばしてたかもしれない。

 

魔物の肉なんて到底食えたものではない。何なら毒よりも凶悪で、魔物の肉を食ったものはボロボロに砕け散ったという。比喩ではなく、肉体が物理的に。

 

実際、初日に狼を殺し、その肉を喰ったハジメを容赦ない激痛と肉体が砕けるような感覚に襲われた。そのまま死にかけたハジメであったが、彼には傷を癒す薬となる青白い鉱石があった。

 

それにより、肉体の破壊と再生を繰り返したハジメの肉体は強靭なものへと生まれ変わっていた。発狂しかけたハジメであったが、諦めないという強い意思に従い、彼は何とかそれを乗り越えた。

 

 

結果、ハジメの肉体は変化した。頭髪は真っ白に変わり、服の下にある体には魔物特有の赤黒い線が伸びることになった。その変化に戸惑いはしたが、自分の肉体が強化されているだけで、特に気にすることはなかった。

 

 

近くで魔物の肉を焼いていたハジメの近く、壁に空いた穴から這いずってきた何かが、ハジメのいる広間に入ってきた。その存在に驚くことなく振り向いたハジメは、何ともなさそうな調子で声を上げる。

 

 

「何だ、お前か」

 

『────!』

 

 

数日前、ハジメを助けた守護聖霊。自分の腕を奪った大熊を討伐したハジメは、暗闇の向こうで無数の魔物を殲滅していた守護聖霊と対面した。

 

ハジメを見掛けた途端、守護聖霊はハジメを主と認識したのか簡単に懐いてきた。最初は鬱陶しいと思いかけたハジメだが、自分の危険を救ってくれただけではなく、見捨てたこともあり、とやかく言わずに守護聖霊と行動を共にすることにしたのだ。

 

 

「………っていうか、お前食わなくてもいいのか?」

 

『────!────!』

 

「もう食ったってわけか。本当に何食ってんだ?」

 

 

実際は大気中に僅かに残る魔力を吸うことで活動しているのだが、ハジメはそんなこと知る止しもなかった。焼いた魔物の肉を食らうハジメだが、

 

 

『─────!!』

 

突如周りを漂っていた守護聖霊が壁に向かって威嚇する。臨戦態勢を取った守護聖霊に反応し、咄嗟に身構えるハジメ。変化が起きないと思われていたが、目の前の壁が大きく変化した。

 

 

内側から膨らむように盛り上がる壁。隆起する地盤が、別のものへと変わっていく。金属質な肉体、いや鎧を纏うそれが壁から分離するように地面に足をついた。

 

 

『…………悲惨だな、小僧』

 

「魔王、か」

 

 

魔王ガイアドゥーム。

ハジメと同じく、奈落に落とされた魔王が目の前にいた。巨体を失い、初対面の時と同じ全身鎧がハジメを見下ろし、呟く。

 

 

『魔物を喰ったか、随分と凄まじく変異したものだ』

 

「…………っ」

 

『構えるな。もう手は出さん』

 

 

咄嗟に錬成で武器を造り出そうとするハジメ。それをガイアドゥームは片手で制した。今にも攻撃をしそうな勢いのハジメを言葉で諭すようにガイアドゥームは言葉を紡ぐ。

 

 

『我のやることは、あのエリアで奴等を捕らえることだ。そこから離れた以上、貴様も奴等もどうしようもあるまい』

 

「………信用する理由はねぇだろ」

 

『ならやるか?今の貴様自身、我に勝てると思い上がれる程、強くはあるまい。もし望むなら、貴様を連れてくことも悪くないだろう』

 

「…………チッ」

 

 

明らかに自分が不利な状況だと気付いたハジメは大人しくする。今、魔王に喧嘩を売るべきではない。あの魔王自体、此方に仕掛けるつもりがないのなら、ハジメとしても良いことだ。

 

信用できる話ではないが、今は受け入れるしかない。警戒は解かずとも、臨戦態勢を解いたハジメに、ガイアドゥームが何かが入った袋を投げ渡してきた。

 

 

「………これは?」

 

『ここで拾った鉱物だ。好きに使え、貴様ならば使いようはあるはずだ』

 

 

触ってみると、確かに幾つかの鉱物が入っているようだった。何故これを、と聞こうとしたハジメに、ガイアドゥームは静かに口を開く。

 

 

 

『──────小僧』

 

 

ハジメを見下ろした魔王が、壁の向こうを指差す。そこが示すのは、真横でもなく上でもなく、はるか下を指し示していた。

 

 

『貴様一人では、この地下から抜け出すことは出来んだろう。我の力でなら早く出れるが、人間は連れていくのは不可能だ』

 

「…………意外だな。助ける気があったのか」

 

『出る方法は一つ、下に進め』

 

 

壁に同化していく魔王。同じように姿を消していくガイアドゥームは去り際に、囁くように言い残した。

 

 

『そこでどうするか、貴様次第だ。………だが、貴様が心を捨てていないことを祈る』

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

時は遡り。

錬成を繰り返した通路の中で意識を失っていたハジメ。いつの間にか、広い空間で倒れていた彼にその空間に入り込んだ蜥蜴が見る。

 

所詮は魔物は魔物。獲物としてハジメを認識したのかゆっくりと近付き、ハジメに食らいつこうとした────次の瞬間。

 

 

ドォン! と、蜥蜴の前に足が踏み込まれる。あまりにも異様な魔力を前に、蜥蜴は怯えたように足の主である全身鎧を見上げた。

 

ギロリ、と鎧の隙間から覗く瞳を向けたガイアドゥームは大した興味すら向けず、告げる。

 

 

『────邪魔だ、失せろ』

 

 

それだけ言うと、蜥蜴は逃げ去って物陰へと戻っていく。つまらなさそうに視線を外したガイアドゥームは、その場に倒れていたハジメを黙って見ていた。

 

そんなガイアドゥームの後ろから、ユラリと大きな影が動く。

 

 

『御無事デシタカ、魔王サマ』

 

『エレメンタス、か』

 

『ソチラノハ…………人間、勇者一行ノ仲間デスカ』

 

 

三つの頭部を有した岩石の魔人将、エレメンタスがガイアドゥームの目の前に転がるハジメの存在に気付く。人間の存在に高揚し、殺戮を望む頭部の一つを諌めていた他の頭部が口を開く。

 

 

『…………ナルホド、運ガ良イデスネ。一人ダケナノハ残念デスガ、コレデモ大魔王サマヘ持ッテイケルデショウ』

 

『─────』

 

『………魔王サマ?』

 

『エレメンタスよ。我は、この者を見逃そうと思う』

 

 

自分達の魔王の宣言に、三つの首を有するゴーレムは驚きを隠せない。各々の反応を示しながら、彼等は主に聞いた。

 

 

『魔王サマ!デスガ、ソレハシカシ────』

 

『分かっている。大魔王様の命令に反する、我の独断であることは。しかし───我は、この者をどうしても見逃してやりたい』

 

『…………魔王サマ、オ気持チハ理解シマスガ…………』

 

『─────この者は、裏切られたのだろう』

 

 

ポツリと、呟いた魔王ガイアドゥーム。沈黙した配下の前で、己の意見を口にした。

 

 

『我を襲う魔法の中で、この者を狙う魔法があった。石橋から現れた魔物も、奴を狙った。我が奴を捕らえようとした時も邪魔が入った。……………奴等の中に、この者を裏切ったのが隠れていただろうな』

 

『─────魔王サマ』

 

『大魔王様への裏切りと言われればその通りやもしれん。だが、この小僧を見逃すだけは許して欲しい。我に傷を与えた好敵手を、こんな場所で死なせてやるには惜しい』

 

『…………分カリマシタ』

 

ガイアドゥームの意思に応えたのは、レフトスという青い魔石をコアとして頭部であった。それは自身の頭部に腕を突っ込み、何か小さな鉱石を取り出した。

 

青白く光る石をハジメの口元に備えたエレメンタス。何も言わずに兄弟の行動に従う他の頭部。彼の行いに、ガイアドゥームは静かに聞く。

 

 

『良いのか、レフトス』

 

『魔王サマノ意思ナラバ、俺ニ迷イナドハアリマセン。シカシ、ドウシマス?ソノ少年ガ強くなり、大魔王サマの敵トナッタ場合ハ』

 

『その時は────我がこの手で討ち滅ぼすのみ』

 

 

そう言い、ガイアドゥーム達はその場から離れていく。近くの壁を戻して自分達の通る道を塞ぐ魔王とその配下達は、意識を失ったハジメの元から離れていくのだった。

 

合間、後ろで倒れたままハジメを見つめた魔王が口を開く。強い敬意と僅かな心配────そして、魔王の身には過ぎた期待を瞳に宿しながら。

 

『小僧、強くなれ。もっと強く、この迷宮から生きて出られる程に強くなるがいい。願わくば、我を打ち倒せる程に』

 

 




守護聖霊

ハジメが殺されそうになった直後に喚ばれた召喚獣みたいなもの。咲夜の天聖術式で喚び出されたものであり、召喚主であるハジメを守護する為に活動する。この生物の助けもあり、ハジメの性格も割りと軟化している。


???

意識を失っていたハジメに接触したモノ。飢餓と苦痛のあまりに暗い感情剥き出しだったハジメに接触して、何かしようとしていた。そのナニかに応えようとしていたハジメだが、親友の言葉で立ち上がり、ナニカのことを拒絶する。


原作のハジメだったら無理でした。今作のハジメは色々と救われていた、味方が何人かいたから、それだけでも彼は希望を持って前に進むことが出来た。親友が残した言葉がハジメに『諦めない』という呪いを与えた、ということで、今作のハジメは原作ハジメに近くても少し優しいみたいな感じです。



なんか雑じゃね?とか言わないでください、お願いします(必死な泣き顔)

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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