ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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原作のハジメ達が二か月くらいオルクス大迷宮で鍛練してるので、刃達の物語がこれからは基本的なものになります。そういうことで!よろしく!


第二章 青き水の国
青き水の都


「う、うぅ…………うっぷ」

 

 

大海原を進む商船。沢山に荷物を乗せるついでに人々を運ぶ役割も担うその船の甲板で、刃は力なく柵に垂れ下がっていた。青ざめた顔で揺られていた彼に隣にいた二人、シノとラナールに心配されていた。

 

 

「………主様………大丈夫?」

 

「あ、あの………船の中にいた方が良いのでは……?」

 

「い、いや………中の方が揺れて、キツイ………風に当たった方が、まだ落ち着─────うっ」

 

 

真っ青になった刃が、慌てた様子で海の向こうへ上半身を乗り上げる。最も船酔いのダメージを受けている刃は口元を手で拭い、震えた声で呟いていた。

 

 

「クソッ、情けねェ………俺だけこんなに弱っててよ、本っ当不甲斐ねぇ」

 

 

「ハッハッハッ!仕方ないさ!慣れない奴はすぐには慣れないもんだ!気負うことはないぞ!人相の悪い少年!」

 

 

力なく柵にもたれかかる刃の声を聞いてか、屈強な男性が笑って答えた。盛り上がった筋肉でピッチピッチになったシャツを着た糸目の男。この商船を動かす船長であり、刃達が訪れた海港で一番の人気者である彼は、ファンディム・ザッカーという名の者であった。

 

その港に訪れた刃達が『スティシア』に向かいたいと港とにいた船乗りに言うと、柄の悪い奴らに絡まれた。シノやラナールの二人に手を出そうとしたので、刃は迷うことなくボコボコにしてたら、ファンディムの元へと案内された。

 

 

彼曰く、『スティシア』に行く方法は一ヶ月に一度商船が出るのだが、人は滅多に乗せられないらしい。だが、刃達がエリュシオンの頼みで来たと言った途端、ファンディムはアッサリと乗せると答えた。

 

 

その理由として、ファンディム船長とエリュシオン王が知り合いだったらしい。

 

 

「しかし、あのエリュシオンの少年が今や王か。………フム、時は過ぎるのは長いようで短いな」

 

「………王様が少年て………アンタ一体何歳なんだ」

 

「フッ、まだピチピチの四十代だ。海の男は生涯現役だからな!」

 

 

こんなガチムチのオッサンに、ピチピチとか使って欲しくないと思う。というかピチピチなのは肌ではなく、筋肉に圧迫されてはち切れんばかりのシャツなのかもしれない。

 

ある程度船酔いも落ち着いた頃、ファンディムが感心したように顎を擦りながら口を開いた。

 

 

「しかし、『スティシア』に行くとは物好きだな」

 

「…………そんなにか?『スティシア』って国に来客が少ないとは聞いてたが、なんかあったのか?」

 

「───俺としてわかっていることは、二つくらいだな」

 

 

両腕を組みながら、ファンディムが話し始める。

 

 

「一つ、海上にあるあの国に向かうには海路を使うしかない。だが、一部の海域では、危険な魔物が出るとも聞く。最近、遠方から来た教会の一団を乗せた船が沈められたらしいしな」

 

「沈められた?魔物にか?」

 

「────巨大な化け物。流れ着いた船乗りの奴が錯乱したように口にしていたらしい」

 

 

船を襲った巨大な怪物。生き残った船乗りは自分達の船が怪物に引きずられ、海に沈んでいくのを見たと言ってるらしい。大半の人間がトチ狂っただけと思っているようだが、海で生きる者達は本当の事として警戒しているらしい。

 

何故信じたのかと、ファンディムに聞いてみると、『生き残った船乗りは嘘を付かない』との事だった。刃自身も疑念はあるが、嘘とまでは考えていない。

 

そこまで話したファンディムは咄嗟に口を閉ざす。人の視線を気にするように周りを確認したファンディムは「あと一つ」と小さな声で続ける。

 

 

「…………『スティシア』は神を信仰している。エヒト神とは違う、自分達の神を」

 

「……………」

 

「それでな。それをよく思わない聖教教会が『スティシア』へ政治的な嫌がらせを繰り返したことで、『スティシア』は外部の人間を良くは思っていない。最近は、外部の人間を排除しようと考える過激派もいるくらいだ」

 

 

教会からすれば、エヒト神こそが絶対の神と信じてやまない以上、別の神を信ずる『スティシア』は異端と認識されてもおかしくない。なのにそうしないのは、何故なのか。教会の末端はそんな『スティシア』をよく思っていないのに、教会自体は動こうともしないのだろうか。

 

少し風に当たると言って、ファンディムやシノ達から離れ、船の後方に行った刃。たった一人で、船の物影に座り込んだ刃はあることを思い出していた。

 

 

「………神、か」

 

 

エリュシオンが語った、『旧き神々』という単語。まるでエヒト以外にも神が実在しているような言い分だ。いや、エヒト神も存在してるのかは分からないが、その言い方からするとエヒトより前の神がまだ生きていると仮定するべきか。

 

 

「っていうか、スティシアの神って一体どんなもんだろうな」

 

 

 

 

 

「────あら、『フローヌヴェーテ』様のことも知らないの?」

 

 

真上から突然響いた声に、「あ?」と刃は顔を上げた。瞬間、目を細める。いや、どちらかというと見ていいか迷っている。

 

上に立っていたのは、青髪ツインテールの少女であった。季節外れのマフラーと、上半身を包むコートの下にスカートを纏った彼女は腰に手を添えながら、彼女に勇ましい笑みを浮かべる。

 

 

「…………お前」

 

「おや、フローヌヴェーテ様の事よりも私を知りたいの?意外と顔の割には情熱的な人なのね。けど残念、私と仲良くしたいならまずは────」

 

「いや、そこからだとパンツ見えんぞ」

 

「……………」

 

 

瞬間、沸騰したように真っ赤に染まる少女。無言で高台から降りた少女は、刃の前に立ちコホンと軽く咳き込む。瞬間、ドヤ顔を見せつけるように、ポージングして、堂々と告げた。

 

 

 

 

「────残念!私と仲良くしたいなら、まずは誠意を見せることねッ!」

 

「………勢いで誤魔化しやがった」

 

 

何だコイツ、という感じが否めない。こういうタイプとは、今まで出会ったことがない。流石の刃も体面を気にする余裕もなく、面倒そうに顔をしかめた。そんな感じな顔をする刃に何を思ったのか、少女はフフンと嬉しそうに笑う。

 

 

「フフン!どうやら(おおの)いてるようね!私の圧倒的なカリスマに!」

 

「………は?いや、別に俺は」

 

「いいの、無理に言わないでも分かるわ。貴方はただちゃんと理解してるだけなの。私の素晴らしさを感じ取るのは罪じゃない。むしろ誇りよ────何せ私は!未来に名を残す存在だからね!」

 

「……………うっぜぇ」

 

 

ホントに距離を置こうかと考えてしまうほどの少女の元気さ。鬱陶しいと困っていると、少女はそんな元気さのまま、自己紹介を始めた。

 

 

「自己紹介が遅れたわね!私は、ソーナ!家族名を知りたいなら、もっと仲良くしてからねッ!」

 

「………刃、黒鉄刃。別に進んで仲良くしなくてもいいぜ」

 

「ジンね!覚えたわ!それと、仲良くしない理由はないわ!どうせ、目的地は同じなんだし!」

 

「………あ?」

 

 

何を言わんとするか、理解はしていた。しかし実際にどういう意味か、そんな風な疑問の声に、ソーナは平然と、活発的な振る舞いのまま、答えた。

 

 

「スティシアに行くんでしょう!?安心して!私の故郷だから!案内してあげるわッ!」

 

 

◇◆◇

 

 

「主様、知らない間に………また連れてきた」

 

「まるで俺がハーレム主人公みたいなこと言うのは止めろ」

 

 

はぁ、とハジメのラノベで学んだ知識から、自分が似たような扱いをシノから受けていることに溜め息を漏らす。そんな彼に、ラナールは後ろで「アハハ……」と困ったように笑っている。

 

そんな彼等の前で、ソーナは嬉しそうな声も隠さず、堂々と道を歩いていく。

 

 

「さぁ!私達の故郷 スティシアの事を一から教えてあげるわ!私の後ろを着いてきながら、拝謁してねッ!」

 

 

────海原に浮かぶように存在する都、スティシアに着いてから、ソーナは長々と説明を続けていた。

 

 

青き都、スティシア。

大陸から大きく離れた、魔物すら出ない海域に存在するその国は、巨大な装置───アクア・クリスタルという魔力結晶を媒体とした装置で、海水を純水へと還元し、その水を街全体に届けることで、特殊な機関によりエネルギーへと変換し、街全体の生活を安定させている。

 

 

そして何より、スティシアは大陸とは違い、一つの神を信仰している。その神の名は、『フローネヴェーテ』。青き水の神、スティシアを創設した女神と呼ばれている彼女の存在は、スティシアの民にとっては絶対に近く、不変の理に近い。

 

国自体は、フローネヴェーテの巫女たる一族から国を統括する女王が抜擢され、女王の管轄下にある『水月軍』が都を守護している。女王と水月軍はフローネヴェーテの恩恵を受けており、彼等は水の魔力に特化しているらしい。

 

 

「………つまり、スティシアのトップは女王って奴か?」

 

「実質的はね!でも女王だって、権威は完璧じゃない!フローネヴェーテ様の巫女は女王と権威は同じだから、女王の暴走を止めることが出来るってこと!」

 

「…………それは」

 

ラナールが気になったのか、呟こうとする。しかし咄嗟に彼女は自分の言わんとすることに気付いたのか、口を閉ざした。

 

そんな彼女の様子を見た刃は険しい顔をしながら、代わりに答えた。

 

 

「────逆に言えば、巫女の意思でなら、女王への反逆も正当化されるってことか?」

 

「………さっすが、私の目に狂いはなかったね」

 

 

思わず二人が止めようとしたが、それを制したソーナはニッコリと笑う。先程までのドヤ顔とは違った、落ち着いた笑顔。そこに含まれた感情に気付いた三人に、ソーナは静かに口を開いた。

 

 

「────数ヵ月前から、スティシアで巫女が女王に反逆したんだ。巫女は大半の『水月軍』を率いて、女王を捕縛して、都の何処かに軟禁した」

 

「………」

 

「私、ある人に助けられて、ずっと逃げてたんだ。巫女を、姉さんを止めてくれる人を見つけるために」

 

「姉さん?なら、お前は────」

 

 

静かに語るソーナに声をかけようとした瞬間、隣にいたシノが叫んだ。

 

 

「主様ッ!気を付けて下さい!」

 

「ッ!?」

 

 

周りを見ると、大通りを歩いていたはずの自分達の周りから人が消えていた。さっきまでいると思っていた人々が忽然と消えたことに、シノとラナールが身構え、刃は新たに出てきた気配に気付く。

 

 

 

バシュンッ! と。

地面から水柱が伸びた。それが複数、いや何十にも。大通りの中央を囲むように刃達の周りに展開されていく。その水柱の中から、人の形が浮かぶ。

 

青い鎧を纏う兵士達。自ら現れ、槍や剣に盾を装備したその一群に、シノは黒い布の下から取り出したナイフを構えながら呟く。

 

 

「───水月軍ッ!私達の事に、気付いてた!?」

 

「皆!逃げて!私が時間を稼ぐから────」

 

「違う!ソーナ!後ろだッ!」

 

 

鎧の兵士達、『水月軍』を止めようと両手を掲げるソーナに、刃が叫んだ。彼女の後ろの空間から、水が溢れてきた。無から有を作り出すように、水は徐々に増えていき───人の姿を作った。

 

 

そして水は、青いロングヘアーの目立つ大人しそうな女性へと変化した。彼女は歌うような声で、振り返ろうとする少女の名を口にする。

 

 

「…………ようやく見つけた、ソーナ」

 

「姉、さん」

 

 

その声を聞き、相手の姿を見て、明らかに硬直するソーナ。そんな彼女の額に、女性の指が触れる。直後だった。ソーナの体が水へと変化した。パシャン、と落ちる水は────女性の掌に集まっていく。

 

 

 

「────ソーナッ!!」

 

 

いち早く、刃が動いた。『縮地』により飛びかかった刃は造り出した魔剣で女性へと斬りかかる。しかし女性は片手を突きつけ、掌から生じた大量の水で斬撃を防いだのだ。

 

しかし、もう片方の手に魔力を集中させた刃が、新たに剣を造り出す。女性の反対側、自分に意識を向けている彼女の喉元に切っ先を突きつけようと、無数の剣を配置した。

 

 

そして、気付いた。

 

 

女性の喉に届いたはずの剣は固定されていた。だが女性は、逆に剣先に自身の首を近づけていた。自ら傷を負う行為に戸惑いを隠せなかった刃だが、彼女の首から血が出ていない、それどころか彼女自身が水のように透明になっているのを目にする。

 

 

(自身の体を水に変化させた!?これが、巫女の魔力ッ!)

 

 

「─────平伏なさい、外から来た人間達」

 

 

冷徹に呼び掛ける声に、刃は創造した剣を解除させることなく聞き届ける。臨戦態勢を崩さないシノとラナールの近くに移動し、大勢の敵兵に囲まれながら、目の前の女性を見据えた。

 

 

「私は、ソフィー・F・スティシア。フローネヴェーテ様の現巫女、女王に代わりこの国を統治する者よ」

 

「代わり、か………騙して閉じ込めて、自分の意見を通してるだけだろうが」

 

「外部の人間にしては詳しいのね。やはり妹が入れ知恵したのは、間違いじゃなさそうだわ」

 

 

刃の皮肉に、女性───ソフィーは嘆息した。あくまでも妹に対する感情。一方で刃達への態度はあまりにも刺々しく、険しいものであった。

 

 

「………妹に口添えされたみたいだけど残念ね。この国に、私達の故郷に、貴方みたいな外部の人間を土足で踏み込ませるわけにはいかないの」

 

「過激派………か。話に聞いてるぜ、外の人間を敵視する奴等がこの国にはいるってな」

 

「随分と失礼な言い方ね。貴方達のような内陸の人間、エヒト神を信仰する教会ほど過激じゃないわ。私達に害を為す存在を嫌悪するのは、悪いことかしら」

 

 

んな奴等と一緒にすんな、と吐き捨てたくなる。どうやら彼女達からすれば、自分達の国の外にいる奴等は、皆敵という感覚らしい。ファンディムの話やソフィーの口からして、間違いなく教会が関係している。というか、あいつらのせいまであるだろう。

 

最早教会に良い印象すらない。ここまで迷惑をかけてくると、奴等が人類の敵では、とすら感じてくる。人類は魔神連合よりも先に聖教教会を滅ぼすべきやもしれない。

 

 

「で?俺達をどうする気だ?まだ何もしてねぇのに、こんな殺気を向けられる謂れはねぇぞ」

 

「あら?ついさっき私を傷付けようとしてなかった?巫女に手を出すなんて、重罪以外無いと思うけど?」

 

「肉親に手を掛ける奴が言えることかよ」

 

「───怖いわね。けど、安心して。貴方達を捕らえる理由はちゃんと用意してるわ。公的にも、ね」

 

 

クスリと笑いながら、ソフィーは冷えきった瞳で此方を見据える。口調や態度の割には、何一つ気にしていない無機質な言葉を口に出した。

 

 

 

「─────罪状は、妹を誘拐したこと」

 

「…………ッ」

 

 

濡れ衣を被せる気だと、すぐに確信した。おそらく彼女はそれを理由に、自分達を処刑するかもしれない。そう思ったのであろうシノが小さな声で囁く。

 

 

(………主様、撤退しましょう)

 

(ソーナは、助けられねぇのか)

 

(今は、無理。………この状況だと、私達が不利………だから逃げて、体勢を整えないと………)

 

 

刃は強く、歯を噛み締める。一度知り合っただけとはいえ、彼女を見捨てたくないと思っている。だが同時に、シノの提案が正しいと思うのも事実だ。

 

迷うことすら許されない。たった数秒の沈黙の間、何十回も考えた果てに────刃は悔しさを隠さず、叫んだ。

 

 

「───クッッソォ!!!」

 

 

腕を振り回し、周囲の空間に無数の剣を創造する。巨大な鉄剣を雨のように全体へ突き立て、砂煙を巻き起こす。水月軍がその無数の剣に戸惑う中、ソフィーは迷うことすらなく煙を一気に吹き飛ばした。

 

そこから、刃達の姿は消えていた。あの剣を落とした際の煙に紛れて逃げたのだろう。周りに目を向けるソフィーに、水月軍の兵士の一人が駆け寄ってくる。

 

 

「ソフィー様。如何しましょうか」

 

「私は退きます。今は妹を捕らえることが出来ましたからね」

 

「奴等の方は?」

 

「…………皆さんにお任せします。スティシアの平穏のためにも、出来る限り早く捕らえてください」

 

 

ハッ、と答えた水月軍の兵士が駆け出していく。部下達が消えた広間で溜め息を漏らしたソフィーは手の中にある水の玉を大事そうに抱えながら────水となって、その場から消えた。

 

 

◇◆◇

 

 

刃達は、人すら歩いていない街中を走っていく。広間から離れた三人は急いで逃げていた。一瞬で人の気配が消えたことに困惑はしたが、家の中に微かに気配が感じられる。

 

 

(事前に国民に戒厳令でもやってたか!?随分と手の込んだやり方じゃねぇか!………だが、俺達としても都合が良い!)

 

 

一般人が巻き込まれる可能性が少ないことに安堵する刃。しかしすぐに、そんな事を考えてる暇ではないと理解させられた。

 

 

刃達が通路を曲がった直後、目の前の地面から水柱が立つ。水柱から姿を現した水月軍の兵士達が、前の道を塞いでいた。

 

 

「黒鉄さん!後ろにも!」

 

「クソッ!囲まれたか!」

 

 

水に変化する力。それが彼等に与えられた魔力、その一端なのであろう。地面や壁の隙間から現れる兵士達に囲まれた刃やシノ、ラナールは武器を構え戦闘態勢を整える。

 

前と後ろに並んだ水月軍の兵士達が同時に動こうとした、次の瞬間だった。

 

 

「………ッ」

 

「お、おい!?どうし、た───」

 

 

兵士の一人が顔を蒼白にさせ、ふらつくように倒れた。その異変に気付いた仲間の兵士が駆け寄ろうとするが、同じようにして意識を失った。そうして、刃達の後ろに集まっていた兵士達は一瞬で無力化された。

 

何が起きた、と刃達とその前で構えていた水月軍の兵士が、近くで起きた異常事態に困惑する。水に変化する事の出来る力を持つ彼等が、何故倒れたのか。

 

その理由になるかは分からないが、近くの建物の影から一人の青年が現れた。

 

 

腰まで伸びたボサボサとした銀髪、しかし無造作に伸ばしているわけでもなく、ファッションとして遂げ遂げさせているような長髪。ギラギラと光ながらも、優しげな碧眼。動きやすい身軽な服装の下に引き締まった筋肉を目立たせる青年。

 

彼の視線が、刃達に向けられる。一気に警戒する彼等を安心させるように、ウィンクを投げ掛けた刃が微笑みながら、口を開く。

 

 

「───君達、念のために伏せてくれる?」

 

 

青年が腕を持ち上げたことに気付いた刃が二人の名前を呼び、一斉に体を伏せた。シノやラナールも目の前の青年への警戒はあったが、いち早く信用した刃の意思に従ったのだ。

 

何かをしようとする青年に気付いた兵士達が攻撃の構えに移る。しかし、先に動いた青年の方が早かった。

 

 

 

 

 

「────────“ドゥン”」

 

 

飛び出した兵士達が、地面に叩きつけられた。地面に引き寄せられたのとは違い、まるで上から強力な力で地面に押し付けられているように、兵士達は地面に叩き伏せられる。

 

 

「力ってのは、このくらいがちょうどいいよね。他人を殺さず、傷も与えずに無力化できるくらいが」

 

「が─────ぐッ───」

 

「出来ることなら、殺さないことを恨まないでくれよ。親父の理論で言うなら、君達が弱いのが悪いからね」

 

 

抵抗しようと努力する兵士だが、圧倒的な力に抵抗も出来ず、何人も意識を落としていく。全員が気絶したことを見計らった青年が両手を叩いた瞬間、彼等を押し潰さんとした力は消失する。その光景に刃は記憶から似たような情報を取り出した。

 

最も、実際に経験したこととは違い、漫画などやアニメで学んだ知識だが。

 

 

「……………重力」

 

「───、俺の魔法を見抜いた?っつーか、何で神代魔法の事を?」

 

「あ?神代魔法?」

 

 

青年が反応した際に口走った言葉に、刃が困惑する。知らない単語で話されても困ると顔をしかめていた刃を見た青年も疑問を隠せない表情であったが、ハッと気付いたように周りを見る。

 

 

「着いてきてくれ。ここではロクに話せない」

 

「………主様」

 

「分かった。アンタに着いていく。どのみち、奴等から逃げなきゃいけねぇしな」

 

そう言い、建物の路地に走る青年の後を刃達は追いかけた。それなら少しして、他の兵士達がその場に辿り着いた時には、気絶した水月軍の兵士だけが残されており、彼等は周囲を一斉に捜索し始めた。

 

 

しかし、どれだけ経っても────彼等が探す敵は見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「────ここまで来れば、大丈夫。アイツらはこの場所には気付いてはないから」

 

 

無数に入り組んだ地下通路を歩いていた一行が、ようやく安堵についた。道案内のために先行していた青年がそう言ったのを期に、刃達は全身から力を抜いて深呼吸する。

 

 

「ありがとうな、さっきは助かった」

 

「何、大丈夫さ。今回の事を一つの借りとして覚えてくれれば、それでいいんでね」

 

 

不適に笑う青年だが、刃はまだ気になることがあった。

 

 

「所で、どうして俺達を助けたんだ?」

 

「────この国に来たのも、同じ目的だろうからね。エリュシオンから言われて、この国の神『フローネヴェーテ』を探しに来たんだろ?」

 

 

自分達の目的であるこの国の神の存在と、エリュシオンの名を口にした青年に、刃達は直後に警戒を高める。しかし彼はそんな三人に気にすることなく、むしろ親しげな笑顔を向けて口を開いた。

 

 

 

「改めまして、俺はクライス・ストラーダ。エリュシオン同様、迷宮攻略者。ま、『解放者』の遺志を継ぐ者って事でね」

 

 

 

◇◆◇

 

 

タロンガ海域。

別名、『死の海』と呼ばれるその海域は凶悪な魔物の多さと数年前から原因不明の海難事故が多く、船乗り達からは魔境、悪魔のいる海として恐れられていた。

 

 

その海域の中でも最も、禁域として名高い船の残骸の山。まるで巨大な怪物が船を破壊し、その残骸を集めたように連なるその場所は、海域を支配する魔物の住みかではないかと思案されていた。

 

 

厳密に違う。

その船の墓場と呼ぶべき一帯は、普通の魔物すら立ち寄らない。その代わり、別のものがその残骸の山を根城としていた。

 

 

『───ッ!』

 

『─────ッ!』

 

 

触手を有した海の生き物らしき魔物が、喚く。何百匹も奇声らしき鳴き声を叫び、蠢いている。そんな生物達がいつにもまして騒いでいるのには、理由があった。

 

 

「………どうして、どうしてこんな目に……」

 

「ああ………神よ、我等をお助けください………」

 

 

近くの海域を船で移動していた時、魔物達───それ以上に恐ろしいものに襲われ、生きたまま鹵獲された者達。

 

巨大なクラゲのような生物に連れられ、船の残骸の内部の広間に人々が集められていた。その大半が一般人らしき人々であり、聖職者らしきシスター達と露骨に怯えている司教である。

 

禍々しい海の生物が変容した姿の魔物達は、囲むようにして喚き声を響かせる。獲物を前に興奮しているのか、魔物達は今にも飛び出しそうな勢いだ。

 

しかし、そうならないのには理由がある。魔物達に備わった本能が、自らの行動を抑止しているのだ。自分達海の魔物を統べる首魁、魔物達を従えるボスの存在が。

 

 

 

 

 

「────ホント騒がしいよね、この子達。ボクのこと慕ってくれるのは良いけど、元気すぎるから少し着いていけないなぁ」

 

 

カツン、と大広間の一番の上にある場所から足音が響く。船の甲板を再利用した足場の奥から届いた声は、まだ若い青年のものだった。

 

残骸の山に重なる甲板から出てきたその人物は、ゆっくりと階段を歩きながら降りていく。

 

 

「ま、人の言葉を話すより何倍かはマシだね。むしろ心地良いくらいだよ。人間なんてクソみたいな生き物の声を聞くよりかは…………そうは思わない?」

 

 

青と黒の間のような色合いの長髪。右半分を隠すように整えられた前髪、後ろの長髪はゴムらしきものでまとめられ、ポニーテールの髪型になっていた。

 

顔を半分を隠したその青年は、黒いコートらしきものを着込んでいた。恐怖に震える人々に侮蔑の視線を下す青年は、ヘラヘラと笑いながら魔物達の合間を通っていく。

 

 

「に、人間………?」

 

「魔人族じゃない………どうして人間が魔物を、私達を襲うの………?」

 

「人間?───ハッ!ボクが人間なのは事実さ。けど、同族扱いだけはイヤだね。君達みたいな害獣と一緒にされるなんて、ボクの気分が酷く滅入る…………それにボクは、大魔王様から与えられた名前があるんだ」

 

 

話し掛けられること自体、嫌悪感を剥き出しにした青年。しかし、何処か満足そうな笑顔を浮かべながら、仰々しい振る舞いで一礼を示した。

 

 

「ボクはレヴィ。偉大なる大魔王様より遣われし、人類を抹殺する使徒。君達みたいなゴミクズどもを一人残らず殺し尽くす者さ」

 

 

レヴィ、そう名乗った青年に、司教は思わず震えを止めた。大魔王た口にした彼を睨み、喚くように叫ぶ。

 

 

「貴様………ッ!人間でありながら、魔人族に与するか!恥を知れ!」

 

「へー、自分達の立場理解して言ってるの?ボクがその気なら、君達全員を捻り潰すことだって容易いんだよ?」

 

 

ふーん、と興味すら無さそうなレヴィ。しかし目の前の司教達への嫌悪感だけは隠さず、不快なものでも見るように侮蔑に染まった目を向けている。

 

自分と同じ人間が出てきたことで恐怖が和らいだのか、或いはレヴィを軽く見ているのか。恐怖に怯えていた司教の顔が明らかに緩み、それどころか見下しながら捲し立て始めた。

 

 

「黙れ!貴様ような我が身可愛さで大魔王に媚を売り、寝返った奴と一緒にするな!反逆者に頭を垂れて生き永らえ、エヒト様に仇なすのであれば、それこそ死んだ方がマシだろう!」

 

「………言うねぇ。ボクが保身で大魔王様に従ってる、みたいな言い方は止めてくれない?不愉快だけど、主を裏切らないように覚悟を決めてる君達には少しだけ敬意を評しているんだよ?」

 

 

眉をしかめながらも、嫌悪感剥き出しにしながらも、レヴィは司教を相手に笑みを崩さない。しかし、司教は下手に出ていると思ったのか、レヴィを甘く見ていたのか、嘲笑を深めながら罵声を浴びせる。

 

 

「ふんッ!敬意などと笑わせるな!偉大なるエヒト神と大魔王なぞ、対等どころか比べ物にもならん!魔人族なぞというものを統べる、神ではすらない王がエヒト神の足元にも及ぶはずがないだろうッ!!」

 

「……………………………へぇ、今何て?」

 

 

笑顔が一気に、冷えつく。

表情を硬直させたように停止させるレヴィの瞳が司教を静かに見据える。あまりの殺気にシスター達が小さな悲鳴を上げ、司教を止めようとするが、興奮しきったのか司教の言葉は止まらなかった。

 

 

「ハッ!何度でも言ってやる!貴様が慕う大魔王なぞ、我が主の威光に比類などせん!足元に及ばぬ虫に等し────」

 

 

その言葉は、これ以上続かなかった。司教の顔を、レヴィの右手が掴んだのだ。一人の老男が、青年の片腕によって容易く持ち上げられる。ジタバタと手足を振り回す司教だったが、変化がすぐに起きた。

 

 

「あば──────あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

「───はぁ?腐ってんの?大魔王様が、エヒトなんつー神の足元に及ばねーとか。おい、もう一回言えよ。大魔王様が、虫とかだっけ?言えよ───ほら、言えよ!はーやーくー、言えってたんだよ!このボケが!」

 

 

ビキビキビキ、と司教の顔の血管が浮かび上がる。いや、血管ではない何かが、顔の内側に入り込んでいるように蠢いていた。苦痛に呻く絶叫を響かせて悶える司教を睨み、レヴィは苛立ちしそうに怒鳴り散らす。

 

言葉にならない司教にレヴィが「チッ」と舌打ちを漏らし、足元に投げ捨てる。ジュルル、と右手から伸びる何かを戻したレヴィは、顔を押さえながら震えている司教の顔を覗き込む。

 

右半分を前髪で隠した顔を近づけ、低い声で呟く。

 

 

「ボクの神は、大魔王様だけだ。それ以外もそれ以下もない」

 

「───ひ、ひぃっ!」

 

「ボクの前で神を侮辱したな、人間風情が。その命、苗床にする価値もない。─────海魔獣(メシス)、コレを喰い殺せ」

 

 

そう言った瞬間、レヴィは踏みつけていた司教を足元から蹴り落とした。バウンドして、地面に落下した司教が顔を打ち付ける。そんな司教の男に────近くにいた魔物達、海魔獣(メシス)が一斉に飛び掛かった。

 

 

次いで、喉から張り裂けるような悲鳴が響いた。司教の男に張りついた無数の海魔獣がその全身に噛みつき、喰らい砕く。キィキィ、ピィピィ、と高い鳴き声を上げながら、その魔物達は人の血肉を、臓器を啜り喰らう。

 

 

そんな光景を前に、恐怖と絶望に染まった悲鳴が木霊する。怪物達に人が生きたまま喰らわれる光景にシスターや一般人達は絶望するしかない。

 

 

「『魔海竜蛇(メシス・ハーカー)』」

 

 

一回り大きな海魔獣、竜種に形状の魔物が呼ばれる。レヴィの指示を確かめるように首を上げた複数の魔海竜蛇。彼等に下された指示は、生き残った者達を絶望のドン底に落とすものであった。

 

 

 

「魔力がない方の一般人も、餌にしていいよ。他の海の魔獣にもあげといて。その代わり、そこのシスターや魔力有りは残しといてね。そいつらは何時も通り、苗床に利用するから」

 

 

魔海竜蛇はそれに従うように、生存者達の元へと近寄る。悲鳴を上げて逃げ出そうとした者が、無数の海魔獣に群がられ生きたまま喰われる。許して、と叫ぶ者が魔海竜蛇によって魔物の大群へと放り投げられた。

 

その光景をニタニタと笑いながら見つめるレヴィ。怯えも恐怖もない、酔いしれるような恍惚とした顔に、シスターの一人が震えた声で呟いた。

 

 

「………ど、どうして」

 

「んー?」

 

「どうしてこんな、残酷なことが出来るのですか!?貴方も私達と同じ、人間なのに!」

 

「どうして…………ねぇ」

 

 

そのシスターの叫びに、レヴィは考えていた。首を傾げながら悩んでいたが、すぐに答えた。

 

 

「────動物ってさ、新鮮な方が美味しいでしょ?」

 

「………え?」

 

「殺した人間の肉はさぁ、栄養が少ないんだよ。それに、さ。人間には少なからず魔力があるし、生きたまま食えば魔力は新鮮だし、育てるのに都合がいいのさ。

 

 

 

 

 

それに、他に理由があるとすれば。ボクが楽しい、」

 

 

 

そう言って、レヴィは周りを見渡す。生きたまま喰われ、悲鳴を上げたり、泣き叫ぶ一般人達の死に様。彼等を見下ろした青年は─────歓喜と愉悦に身を奮わせた。

 

 

「───はぁーーーー、最ッ高!いいよ、君達!もっと苦しんで!もっと惨めに!もっと愚かに!最後の最後まで絶望して、ボク達の為に死んでくれ!でもね、間違えちゃダメだよ?全部、ぜーんぶ君達のせいなんだからッ!」

 

 

悪魔だ、とシスター達は絶望した。目の前の青年は、神に反する邪悪の権化である。そうでもなければ、ここまで残酷に、無慈悲になれるはずがない。そしてここが、地獄であるのだと理解させられた。

 

 

「いや!いやァ!来ないで!来ないでェ!!」

 

 

ふと、一体の海魔獣がシスターの一人に近付く。恐怖の余り涙を流しながら叫ぶ少女のシスターに、海魔獣は口を大きく開き噛みつこうとする。柔肌にその牙を立てようとした瞬間。

 

 

────周囲から伸びた触手が、海魔獣を縛りつけた。右手で指を鳴らすような形を作っていたレヴィは、きつめの拘束に苦しむ海魔獣に不適に笑いながら、言葉を投げ掛けた。

 

 

「ダメだよ、ソイツは君達の仲間を作る素体なんだから」

 

『ピ、ピィ───』

 

「分かってるならいいさ。ボクの前で摘まみ食いは止めてよ、ただでさえ頭が悪いんだから」

 

 

触手を離し、海魔獣を解放する。先程まで引きちぎらんとする力で縛られていた魔物は、ピィピィと先の事を忘れたような元気さで、群れの元へと戻っていく。

 

呆れたように嘆息したレヴィが、その場から離れる。特殊な魔物に持ち上げられ、必死の抵抗と拒絶を示すシスター達の絶叫を耳にしながら、彼は自らが間接的に作り出した地獄から離れた。

 

 

「………海魔獣はそろそろ充分かな。作り過ぎても、ここに置いとけないだけだしね」

 

 

残骸の山の通路を歩くレヴィが外に出た。黒く濁った荒海を見つめ、彼は前髪で隠された右目を薄く光らせながら、狂気の笑みを刻んだ。

 

 

「グランドラーガとハルドラーナがいる限り、ボクは誰にも負けない。水の都も、そこに眠る神も」

 

 

ゴォォォォォォォ、と荒波の中で不気味な唸り声らしきものが響き渡った。嵐と雷で荒れ狂う海の下に、大きな影が二つ浮かぶ。

 

竜のように長く伸びた、細い影。そして、大きく異様な形の影。荒れ狂う死の海域の中央に位置する残骸の城を囲むように、二つの影は大きく回っていた。

 

 

大雨と激しい風に晒されたレヴィの前髪が払われる。その下にあった禍々しく光る右目。そんなことも気にする素振りすら見せず、レヴィは偉大な存在に酔いしれるような高揚に包まれ、舞台の上で盛大に振る舞うように両腕を広げ、決意と覚悟に染まった言葉を紡いだ。

 

 

 

「人間も、勇者も、神も、全部ボクが呑み込んでやる。大魔王様に選ばれ、魔力を与えられたこのボクが!」

 

 

 

水の都と、そこに眠る神を狙うおぞましい悪意が、重い腰を上げて動き出そうとしていた。

 

 

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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