ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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勢いが、速すぎる………!ノリが良すぎて一日で書き終わってしまった………次の話にも早く取り掛かるぞ!!


双対、水神光刃

────少年の存在は、罪であった。

 

彼はある貴族の生まれだった。小さな辺境の領主を務める、一介の貴族。民に愛され、小さな土地で手を取り合って過ごしてきた領主の実の息子。まだ物心幼い少年は、ある日罪人の烙印を押された。

 

 

────迷い込んだ魔人族を助けた罪。辺境の村の人々が怪我した魔人族の少年を保護したことが理由で、村の人々は聖教教会に捕らえられ、罰されることになった。領主の夫妻の罪は、その村人達を庇ったことによる神への不敬だった。彼の息子も、例外なく罪人の咎をかけられた。

 

 

『────おい!何時まで遊んでいる!さっさとあの子供を殺せ!』

 

『まぁそう言いなさんな、騎士様。俺達だって訓練をしたいんだ。動く的を撃つなんて、良い訓練になるだろ?』

 

『ハッハッ!一匹逃げたぞ!あっちだ!追え!』

 

 

少年は他の村人達と共に集められ、森へと放たれた。逃げる彼等の背中を、教会の手にある騎士達が弓矢で射始める。既に神への反逆の罪をもたされた彼等は死刑になるのが明確であり、彼等の命はいとも容易く弄ばれた。

 

大勢の大人や子供が殺される中、少年はわけも分からず逃げていった。肩に刺さった矢も、擦りむいた膝も、走り過ぎて呼吸を繰り返す喉も、何もかもが痛い。それでも止まれば死ぬと分かっていたからこそ、少年はたった一人になっても逃げ続けた。そんな少年を、騎士達は遊ぶのように笑いながら追い掛けた。

 

 

────そんな少年が死ぬ直前に、救いは訪れた。

 

 

『────可哀想に』

 

 

突如として、燃え盛る騎士達。生きたまま身体が炎に包まれた騎士は馬から飛び降り、悲鳴を上げながら焼き尽くされていく。片目を潰され、死に体であった少年は彼等の様子など目にもない。

 

彼はただ、見上げていた────此方を見下ろす、慈悲深い眼差しを。聖人のように白い肌を有した、穏やかな表情の男を。

 

 

『私が、君を助けてあげよう』

 

 

────大魔王と名乗った存在は、少年を救った。死にかけであった少年に自分の魔力を与え、名を与えた。少年は見る間もなく傷が癒えると共に、生まれ変わった。とある貴族の息子ではなく、レヴィという大魔王に選ばれたモノとして。

 

 

 

『────大魔王様!ボクは何をすればいいでしょうか!?』

 

『………レヴィ、私は君に何かをして欲しくて助けたわけじゃないんだよ?』

 

『でも!ボクは大魔王様に救われました!少しでも、貴方に恩を返したいんです!』

 

 

 

『────なら、いずれ私の手助けをして欲しい』

 

『………?』

 

『遠い日に、私は大魔王として神と戦う。その時に私に力を貸して欲しいんだ。それまで、もっと強くなってくれ。私の為に』

 

『────はい!分かりました!』

 

 

────少年は気付かない。かつて自分を救った優しき大魔王は、壊れていた。ある悲劇を境に魔神として覚醒した彼は、優しさを持ちながら魔神としての狂気を有していた。大魔王はその狂気をある程度は抑えられていた。

 

それは、少年の心をも蝕んでいた。ある程度強い精神を有する大魔王とは違い、少年は未だ幼かった。彼の心は、魔神の狂気に取り込まれるのは時間の問題であった。

 

 

『────旧神、それが人類の希望。エヒト神に対抗する切り札』

 

『そんなもの、放置は出来ない』

 

『大魔王様に、あの御方の障害になるものは何一つあってはダメなんだ』

 

 

大魔王は魔神であり、その概念は『戦争』。争い、奪い、傷付ける。無数の概念渦巻く魔神の狂気に影響されたレヴィは、次第に狂い始めていた。

 

彼はある一つの可能性によって暴走し、大魔王の魔力を使って暗躍を始めた。唯一神よりも最古の神々、人類に味方する六神を放置してはあの方の脅威となる、と。彼は心から信じていた。

 

────『戦争』の概念の一つ、疑惑による侵攻、疑いから生じた闘争の概念が、少年を歪めていたのかもしれない。

 

 

『全ては大魔王様の────『戦乱の魔神』様の為に!!』

 

 

そして、人知れず狂ったレヴィは神眠る地────水の都への侵略を始めた。自分が敬愛する大魔王が、そんなことを望んでいたことも知らず。敬愛する主が、誰であったのかも、彼には定かではないものかもしれない。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………ジン」

 

レヴィを殺したばかりの刃に、ソーナが何かを言いかける。次の瞬間、二人はすぐに気付いた。その場に起きた、明確な異変に。

 

 

────胴体の切断面から伸びた触手が、暴れまわる。うねり狂うその触手は地面に転がった首に繋がり、一瞬で引き戻す。

 

 

「ボクは────死なナいッ」

 

 

綺麗に戻ったはずのレヴィの首から、無数の触手が漏れ出す。いや、触手ではなく魔力だ。粘りきった禍々しい魔力が、泥のように血のように、その場に滴る。地面を染め上げていた赤色が、黒く濁り始め────レヴィがうわ言のように、ブツブツと呟いている。

 

ふと、彼が顔を上げた。顔の半分を隠していた前髪が揺れ、隠れていた目が顕になる。ドス黒い魔力に染まった、黒い虚無がそこにあった。レヴィは血走った隻眼で刃達を睨みながら、叫んだ。

 

 

「あの御方の役に立てるのなら────人の姿なんて、要らないィィイイイイイイイッッ!!!」

 

 

直後、黒い虚無が割れる。縦に裂けた闇に浮かんだのは、見たこともない紋様────瞳であった。ソレが勢いよく開いた途端、変化は顕著になる。

 

 

 

「────オオオオオオオオオオオオオぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

 

 

地面に濡れる赤黒い液体が、レヴィの姿を飲み込んでいく。それだけではない、赤黒い液体は周囲に散乱する海魔獣の死骸を取り込み、集めていく。

 

無数の生命の痕跡を吸い上げた液体のようなソレはレヴィの肉体を包むヴェールのように渦巻いていき、一つの柱のように天に伸びる。その赤黒い塊が、内側から引き裂かれ────ソレはまろびでた。

 

 

四本の腕を有した、異形。浮き出た骸骨のような骨格に蠢く生肉を張り付けたような歪な全身。右腕は異様なまでに肥大化しており、指かと思われた五本の突起物は捻じれ回った触手であった。左腕は巨大な骨のような槍と同化しており、腕も含めた射程距離は尋常なものではない。残り二本の腕は背中から伸びており、複数の関節を有したその腕はキコキコと指を鳴らしている。極めつけにはその頭部、三角形状の甲殻に包まれたその頭蓋、割れたヒビの亀裂から覗く黒色の瞳は赤い眼光を宿し、刃とソーナを睥睨する。

 

 

「なに、これ………」

 

「ヤロウ………強化形態になりやがった………!」

 

 

漫画やゲームをある程度嗜んだ刃は、その明確な変化に歯噛みする。体を覗かせたその異形は声にならない雄叫びと共に、自身を包んでいた赤黒いヴェールを引き裂いて飛び出す。ソレは、瞳をギョロギョロと蠢かせながら声を発した。

 

 

「────そうだ。その顔だ、圧倒的恐怖に絶望した顔。それこそが、お前達には相応しい」

 

「お前………まだ意識があるのか?」

 

「ボクは、眷属。大いなる魔神の使徒。我が主の望み、『戦乱』を以ての人類の破滅、世界の崩壊。それこそが、ボクの使命。ボクの、存在意義」

 

「……………お前は」

 

心の底から酔いしれたような声。レヴィ本人のものと似ているようで、違う。刃はそれを感じ取った。彼から感じた大魔王への忠誠心は、何処か歪んでいるように思える。だからこそ、違和感に気づいた。

 

 

「────レヴィじゃねぇな。それと、魔神って………ああそうか、大魔王って確か魔神だったな」

 

「ボクは、『虐殺壊将 レヴィアタン』。『戦乱の魔神』の眷属にして虐殺を冠する使徒。我が主の宿願、あらゆる生命の死滅が為に────滅びろォ!!人間!!!」

 

 

恍惚とした声のまま、巨大な異形────レヴィアタンが槍と同化した左腕を勢いよく振り上げる。慌てて刃がソーナを庇い飛び出した時には、振るわれた槍の一振りがその場の建物を粗方消し飛ばす。

 

 

「────この威力!さっきまでとは違う!」

 

「あのヤロウ!何が強化だ!さっきまでとは別モンだろうが!!」

 

 

ここまで変貌させることができるのが大魔王の、魔神の力なのか、と刃達は戦慄する。桁違い過ぎる力だ、あんな人間一人もここまでの怪物になれるというのなら、自分達が呼び出されたのも理解できる。あんなもの、この世界でマトモにあってはならない力だ。

 

 

「ジン!早く退かないと!あんなの、私達じゃ太刀打ちできない!」

 

「…………いや、駄目だ」

 

「何で!?」

 

「────あんな化物、大勢でやっても何とかなる相手じゃねぇ。後ろにいる奴等を連れてきても、犠牲を増やすだけになる」

 

 

両手を掴んで引っ張ってくる少女に、刃は敢えて払い除ける。それで必死に食いかかるソーナを優しく押しのけ、刃は端的に言う。

 

 

「お前は下がれ、ソーナ。このことを女王様に伝えて、皆を逃がすように言え」

 

「そんな………!まさか一人でやるの!?無茶だよ!?死んじゃうよ!」

 

「────死なねぇよ、死んでたまるか。こんな所で」

 

 

まだ親友に会えてねぇんだ、と刃は不敵に笑う。恐怖に怯えるソーナの肩を掴み、諭すように語りかけた。

 

 

「………お前は、この国の王女だ。俺なんざと一緒に死ぬなんて馬鹿な真似はすんな。他の奴らを助ける為にも、行けよ」

 

「……………どうして?怖くないの?死ぬかも、しれないんだよ。貴方は、この国の人間じゃないのに………命をかけられるの?」

 

「────なら見捨てて逃げるか、俺は嫌だな。そんな腑抜けになるくらいなら、死んだほうがマシだ。俺のこの手は自分を守る為にあるんじゃねぇ、誰かを傷つけて笑う奴等をぶん殴ってやる為にあるんだ」

 

 

それこそが、彼の本質である。

口ではそう言いながらも、基本的に誰かを救うために戦う。感謝すら求めず、感謝を必要とされない悪としての立場を選んだ。その行動の真意には、純粋な善意しかなかった。

 

 

「俺は、『剣帝』だ。片手間でだって他の奴等を救えるさ」

 

 

────黒鉄刃は、底抜けの優しさを持った人間である。

彼が戦う理由は素直なものではない。本質では助けるために動いても、その理由を適当なもので繕う。彼自身は否定するが、人はそれを『英雄』と呼ぶのかもしれない。

 

 

刃はソーナを置いて、飛び出していく。両手に作り出した魔剣を、そして浮遊させた魔剣と共にレヴィアタンへと戦いを繰り出していく。

 

 

「そう、だ。あそこに人が、いる。人間を殺すのが、ボクの使命。殲滅、虐殺────虐殺ぅううううううううう」

 

「テメェを先に進ませるワケ、ねぇだろうが!!!」

 

 

此方を無視して王宮へと動き出す異形に、刃が怒りのままに攻撃を放っていく。両手の剣と共に、無数に生成した剣を雨のように降り注がせる。剣刃の奔流は、レヴィアタンの肉体に突き刺さり、抉り飛ばしていく。

 

 

「あがガガガガガガガガガ────邪魔ヲ、する!する!するな゛ァアアアアアアアっ!!!!」

 

「此方の台詞だ!邪魔なのはテメェだ!!このイカれ野郎!!他の奴等より前に、俺を殺してからいけやァッ!!!」

 

 

大槍と腕を振り回し、そのまま王宮へと突っ込もうとする巨大を兎に角切り刻んでいく。少しでも自分自身に注意を引き付ける為に、全力で戦い続ける。創り出した大量の魔剣を身体に突き刺し、それを爆裂させることでダメージを増やし、それ以上の大きさの魔剣を叩きつけていく。

 

あまりの猛攻に肉体が破壊されていくレヴィアタンだが、すぐに肉体が修復されていく。レヴィが扱ってた『超再生』、大魔王の魔力がまだ残っているらしい。

 

だがいつまで続くものではない、『再生』が低下するまで殺しきればいい。そう思っていた刃は、ふとあることに気付いた。

 

 

「………あの魔物が、集まって────!?」

 

 

王宮への攻撃を繰り返していたはずの海魔獣が、此方に殺到してきている。邪魔になった自分を始末しに来たのかと思ったが、違った。

 

 

「殺す。殺ス!生命を、全部!全部、全部喰らい尽くして!殺して、コロす!!」

 

 

足元に殺到する海魔獣を、レヴィアタンは右腕で丸ごと取り込んでいた。再生力の低下で塞ぎきらない傷口も、即座に修復を始めていく。

 

 

「クソが!雑魚どもを取り込んでパワーアップだと!?ジリ貧にも程がある!どんだけいると思ってんだ!!」

 

 

大量の海魔獣を取り込みながら暴れ続けるレヴィアタンに、攻撃の手を緩めない刃。少しでも数を減らそうと海魔獣への魔剣の雨を降り注がせるが、始末し切れるのは殆どであり、何体かはレヴィアタンに吸収されてしまっている。

 

ふと、近くの建物の壁に着地した刃の全身に突き刺すような痛みが走る。ふと足を見れば、壁から伝うように黒い触手が肌を貫いて這ってきていた。

 

 

「グッ……!コイツ、触手を伝わせて────!?」

 

 

動きを止めた刃に目掛け、レヴィアタンが槍を振るう。あの槍の直撃だ。即死は避けられても、怪我は避けられないだろうな、そう判断して防御しようとした刃は、見た。

 

 

「────ジンっ!!!」

 

必死な形相で、ソーナが此方に飛び出してきたのを。操った水を足場にして距離を詰めたソーナは刃へと手を伸ばし、届かないと判断するや否や彼に体当たりする。槍の直撃と、ほぼギリギリであった。

 

近くの建物の屋上に転がった刃は「お前………っ!」と思わず言葉に詰まった。地面に転がるソーナの体に所々傷が出来ている。海魔獣の群れを自力で突破してきたのか、刃は歯軋りをして怒鳴ってしう。

 

 

「馬鹿野郎!!何故戻ってきた!?死ぬ気か!?」

 

「────私、貴方の事が気になってた!」

 

「はぁ!?」

 

 

こんな時に何を言ってるのか、と呆れかけた刃。しかし彼女は真剣な顔で、刃へと叫んだ。

 

 

「あの時、出会った時から!悪そうな態度してるのに、優しそうな感じにする貴方が気になってた!…………自分のこと、なんとも思ってないような感じがして、放っておけなかったの!」

 

 

ポロポロと涙を零しながら叫ぶ少女に、刃は言葉が詰まってしまう。いつも天真爛漫で、自信に満ち足りたような彼女から見て取れない…………ソーナという王女の重圧を背負う者の本心であった。

 

 

「今だってそう!ジンは一人で、どれだけ辛くても何ともないって顔して!自分の為って言い訳して、皆を救おうとしてる!自分を誤魔化して生きようとしてる!まるで、私みたいに!」

 

「………ソーナ」

 

「そんなの、放っておけるわけない!この国は、私の国!私の生まれ故郷!貴方一人に、助けさせるわけない!もう、貴方だけに背負わせたくない!だから!私にも背負わせてっ!!」

 

 

頭から血が滴る。恐らく、刃を庇った際に出来た傷なのだろう。必死に此方に呼びかける少女の言葉に、刃は何も言えなかったが、否定する気力はなかった。

 

────だが、そんな二人の状態を黙って見ていられないモノもいた。

 

 

「あぁああああああ!!邪魔、邪魔!殺して!殺して、殺しテ!虐殺うううううううううううううううううう!!!!」

 

 

散々邪魔された苛立ちもあるだろう。大暴れしながらレヴィアタンが此方に突っ込んでくる。その怪物の動きを理解した刃がソーナと共に離脱しようとした途端────ソレに気付いた。

 

 

「っ!なんだ!?」

 

「王家のペンダントが………光って?」

 

 

ソーナが胸元に掛けたペンダント、王家由来のものが光を発し始めていた。彼等は気づかないが、変化は別の場所でも起きていた。王宮の一室、巨大な物体が輝き始めていたのだ。

 

────破損したはずの女神の力を宿す装置、メルトリアが光と共に修復される。それと同時に輝きを増していき────刃とソーナを呑み込むほどの光を、ペンダントが発した。

 

 

その瞬間──────世界が静止した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

────時は、満ちた。

 

凛とした声が、反響する。目を覚ました刃やソーナが居たのは、先程までの戦場ではなく、水に包まれた神秘的な領域だった。周囲が蒼に染まった空間、神殿と思わしきその場所には見覚えがあった。

 

 

「ここは………まさか」

 

「…………王宮?」

 

────待ち侘びました、新たな継承者と新たな巫女よ

 

 

その声に、刃とソーナは言葉を失った。目の前の巨大な水の塊が、人の姿を見せる。いや、それは人と呼べないものだと二人は確信していた。

 

海のような色をした、美しい藍色の長髪。宝石のような水色の瞳。透き通るように綺麗な肌を最大まで露出させ、一部の部位を最低限隠しただけの装飾。水中のようにフワフワと浮かび上がる女性の存在に、ソーナは思わずといった様子で呟いた。

 

 

「………『フローネヴェーテ』様?」

 

「っ!コイツが、旧神なのか!?………だが、何故俺達の前に?」

 

 

愕然とする二人に、目の前に浮かぶ女神が穏やかな笑顔で語り掛ける。

 

 

────私の力は、永らく失われていました。巫女たちに受け継いだ力のみであり、今私自身は独力で顕現することも出来ないほどに、世界から忘れ去られていた

 

「………だが、スティシアで崇められているはずだ」

 

────えぇ、ですが一国だけでは信仰は乏しい。今では私達を追放した忌まわしき悪神……エヒトの力により、世界は影響下にあるのです。私達旧神が現界することは叶わず、こうして巫女の血と魔力が強く共鳴した合間を介して話すことしか出来ません

 

 

要するに、ソーナと共にいたこの瞬間────彼女との対話の瞬間だけが、女神が干渉することの出来た機会なのだろう。道理で出会えなかったわけだ、と納得した刃に女神は優しく語り掛ける。

 

 

────継承者、貴方には契約を果たして貰う必要があります。その身に、我が力を授かって欲しいのです。私が分かつ、神の力を

 

「俺に………?可能なのか、そんなこと」

 

────貴方だからこそです。あらゆる剣を造り出せる天職、剣帝に目覚めた貴方以外には、それは成し得ない

 

 

ふと、フローネヴェーテが両手を優しく握る。その掌から一雫が零れ落ちる。透き通る程に青く、水のように綺麗な一塊の水滴は刃でも感じられるほどの力を秘めて、そこにあった。

 

その水敵に触れようとした途端、女神がふと口を開いた。

 

 

────契約者、そして私の意思を継ぎし巫女よ。貴方達に、一つの頼みを

 

「私達に………?」

 

「………その頼みってのは」

 

────どうか、此度その力で………私の愛する民を、スティシアをお救い下さい。あの、狂気に囚われた魔神の眷属から

 

 

そう、女神は深く頭を下げた。自分の愛した子供のような民と国、その二つが危機に陥っている状況で、黙ってみていることしかできないことが相当辛かったのであろう。彼女の表情に宿る感情が、それを顕にしていた。

 

刃は何処か居心地が悪そうに、露骨な態度で顔をしかめた。

 

 

「………ふん、アンタに言われずとも────」

 

「────私達が!皆を助けてみせます!だから、安心して下さい!」

 

 

そんな刃に寄り添い一緒になって叫ぶソーナに、刃はおいと言いそうになった。「全く素直じゃないんだから!」と元気に宣う少女の言葉に反論できず、刃は自然を反らした。

 

水の女神は、辛そうな表情を破顔させた。彼女はまるで呟くかのように言葉を零す。

 

 

────貴方が、継承者で良かった。心優しき人よ、どうか私の巫女と共に────

 

 

そして、刃は神の力とも呼べる水滴に触れた。直後、信じられないほどの力の奔流が彼の全身を襲った。

 

 

「────────ッッ!!!?!!?」

 

肉体が、内側から張り裂けんほどの質量のエネルギーが走る。膨大かつ強力過ぎる神の力に、肉体が追いつかない。弾かれそうになりながらも、刃はその手を水滴から放さなかった。破裂しそうになりながらも力を受け止めようとした刃だったが、

 

 

────恐れないで。貴方は、一人ではないのです────

 

 

「…………っ!?ソーナ!?」

 

 

力を受け止めようとする刃の隣に、ソーナが立つ。同じように掌を重ねた彼女の全身にも、神の力が伝う。「うぅっ!!?」と叫んだ彼女の顔が、苦痛に歪む。離れろ、と叫ぼうとした刃は、涙を堪えた瞳によって止められた。

 

 

「言ったでしょ!?私にも、背負わせてって!!」

 

「………!はぁ、勝手にしろ!足は引っ張るなよ!!」

 

「勿論!ちゃんと追い付いてみせるからっ!!」

 

 

二人の身体に、水神の力が浸透していく。

強烈な光と共に神の力であった雫は、消え去った。いや、消えてなどいない。その力は既に受け継がれている。女神に呼び出された二人の人間の身体に。

 

 

────契約の刻、果たされた。どうか世界が、貴方達の平和と共にあらんことを────

 

 

消え去った二人の姿と共に、水神フローネヴェーテは水となって消えた。その顔に恐怖はない。世界の人々への慈愛を以て、彼女は一つの水となったのだ。

 

恐れることはない、彼女達が待ち続けた『契約者』が────約束を果たす。その時が来ることを信じ、彼女は再び永い眠りについた。

 

 

◇◆◇

 

 

────その変化を、彼等は感じ取っていた。

 

 

「……………この脈動は」

 

人界とは隔絶された巨城の王座で、戦乱の魔神と呼ばれる大魔王は静かに感じ取った。何処か懐かしい、いつか感じたことのある旧き神の力の片鱗を。

 

 

「────はははっ!!やっぱり、そうだったな!彼こそが、あの人達の願いを継ぐ『継承者』だったか!!お前も感じてるか!?エリュシオン!俺達には為せなかったことを、彼は叶えてみせた!彼こそが、俺達の希望だ!!」

 

海上で多くの魔物と殺し合っていた男は、心の底から嬉しそうに喜んでいた。何処か壊れたように、複雑そうな感情を秘め、男は無限の亡骸の上である王の名を呼んだ。

 

 

「─────黒鉄刃。やはり、そうか」

 

そして、一国の王を担う青年は静かに呟く。複雑そうに、何処か悲しそうに────杖でもある槍を強く握り締める。ある意味ではそうなって欲しくはなかった、と迷いを見せながらも。

 

 

そして────その力は、スティシアの地を、相対する怪物を照らしていた。

 

 

「そ、その力………か、カミの…………旧神の、力」

 

 

二人の少年少女に宿る力に、レヴィアタンは怯えていた。彼の人格ではなく、魔神の力が、それを恐れていた。魔神の眷属へと蝕まれた少年はそれがなんであるかも忘れ、ただ本能で恐怖し、怯えていたのだ。

 

 

「神の力!我等を否定する理の力ぁ!!?あってはならない!我等の破滅を、殺戮を、戦争を否定するものなど!あってはならないぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 

 

大槍が、戦争の概念を宿す武具が、二人を否定せんと振るわれる。大振りの槍は周囲一帯を消し飛ばすほどの力を有しており、人間二人なんて纏めて薙ぎ払えるほどの質量と威力を誇っていた。

 

────だが、その槍は届かない。

 

 

二つの斬撃が、一閃する。

神速で振るわれた輝かしい光を伴う剣と、同じような光を宿す水の刃が、レヴィアタンの腕でもある槍を真っ二つに両断したのだ。唖然とするレヴィアタンの前で、二人の少年少女は立ち尽くす。

 

 

────左腕に青い紋様を刻まれた黒鉄刃、黒髪の先が輝きを伴っているのはその身に溢れる力の膨大さを秘めている故なのだろう。彼はその手に握る光の剣────神の力を宿す神剣を軽く振るう。

 

そして、彼の隣り立つ少女 ソーナも同じ力を秘めていた。左右に束ねられていたはずの青い長髪は同じように光を伴い、今は全てから解放されたかのように広く伸びている。彼女は周囲に浮かぶ水をまるで手足のように操り、自信に満ちた笑みで笑う。

 

 

「────これが神の力か、力が有り余って仕方ねぇな」

 

「えぇ。そうね────私達の国に土足で踏み込んだ悪い奴等をぶちのめして、勝利で終わらせたい気分!」

 

「んじゃ、決めるか。完璧なハッピーエンドってヤツ」

 

「?ハッピーエンド?」

 

「悪い奴をぶちのめして万事解決。皆で幸せってやつ、誰も死んじゃいねぇんだ。これで終わらせて、そうしようぜ」

 

「────そうね!なら、見せましょう!私達のハッピーエンドって景色を!!」

 

 

刃とソーナはそう言って笑った。そんな二人の宣言を受けてか、レヴィアタンは怯えを深める。或いは、魔神の眷属としての本能か、怪物は国を揺るがすほどの方向を揺るがせた。

 

 

「こ、殺せぇええええええええええ──────!!!!」

 

 

眷属の咆哮に、残っていた海魔獣達が一斉に二人を狙う。生命を殺し尽くすはずの存在が周囲の生命を無視して、二人だけを殺そうと牙を剥く。

 

 

「数にして数千、そんなもん────」

 

「────蹴散らしてあげるわ!!」

 

 

無数の大群の波に、二人は臆することなく突っ込んだ。

前へと突き進んだ刃はその神剣で纏めて斬り捨てていく。剣に切り裂かれた海魔獣達は死骸すらなく、霧散する。圧倒的な神の力を前に、存在すら許されず。

 

ソーナはまるで踊るように、周囲の水を操って前へと歩み出る。指先で動かす水滴は音速で海魔獣達の全身を撃ち抜き、地面から現れた津波は魔獣を押し流し、それだけで消滅させる。

 

あまりにも圧倒的な、無双である。

二人に突っ込んでいく海魔獣達は跡形もなく消し去られていき、遂にはスティシアに上陸していたはずの海魔獣は全て根絶された。

 

────そして、ようやく一息ついた所で二人はソレに気付いた。

 

 

 

「殺、すぅうううううううううううううう!!!!!!!」

 

 

海を揺らすほどのレヴィアタンの咆哮。それはこの街からではなく、海面から聞こえていた。咄嗟に海の方を見た二人は、ソレの姿を目の当たりにする。巨大な鯨のような魔物を浸蝕していき、取り込もうとしている怪物の姿を。

 

 

「はん、悪足掻きの最終形態か。一緒に連れてきた化け物を取り込めば俺達に勝てるって────本気で思ってるらしいな」

 

「全く、呆れたものね。それなら、見せてあげるべきかしら?」

 

「────そうするか」

 

 

二人は即座に飛び出す。肉塊蠢く海上へと、出来る限りスティシアへの被害を出さないように。一瞬で海の上に移動した二人の前では、巨大な肉塊となったレヴィアタンが形を取り持とうとしている。

 

そんな怪物の前で、刃は神剣を持ち上げる。それと同時に全身に流れる神の力を一気に解き放つ。同じ力を宿すソーナと共に、彼女と共に神剣を、天へと掲げた。

 

 

轟ッ!! と。

純白な光が、神の力で構成された光刃が暗雲を切り裂く。目の前に伸びた恐れるものの塊に、レヴィアタンはヒッと喉を震わせた。それは、恐怖そのものである。相容れない絶対的な相反するもの、自分自身を消し去るものであると理解したからこそ、レヴィアタンは鳴き叫んでいた。

 

 

「い、イヤだ……!消える?きえ、きえ?…………し、死、死、し────助け、たすけ…………?」

 

 

少年だったモノは、自然と助けを求めた。

自分を救ってくれた存在に、自分が憧れた唯一の恩人に。でも、それが思い出せない。それが誰であったのか、どんな人だったのか、少年だったモノの思い出には欠落していた。

 

────魔神の力に蝕まれ、暴走したレヴィと呼ばれる少年。彼の脳裏にあるのは、戦争という概念の狂気。全てを殺し尽くせという魔神という存在のもたらす狂気に呑まれた怪物は、目の前に迫る光の刃に────────最後の最後に、我を取り戻した。

 

 

「■■■■■様ァアアアアアアアっっっ!!!!!?」

 

 

────ソレが呼んだのは、自分を救った大魔王か、自分を歪めた魔神か。あらゆる生命を奪い蝕み続けた少年は、己の記憶すらも狂気に蝕まれ、誰が主かも忘れたまま消え去った。

 

巨大な光刃が、レヴィアタンであった怪物を完全に光へと還す。二人はようやく神の力を抑え込む。荒れ狂う海面から海魔獣達の亡骸が全て塵となる。魔力の根源であったレヴィが完全に消えたことで、その支配下にあった海魔獣たちも全て滅びた。

 

 

「────終わった、な」

 

「うん、そうだね…………ジン!?」

 

 

ゆらり、と刃が海に落ちる。強力過ぎる神の力の反動によるものか、彼は意識を失って落下していく。ソーナも同じように意識を朦朧とさせながら、空中で彼を抱き寄せる。そこで意識を失った少女は共に海面に落水した。

 

 

────沈む直前だった二人を、誰かが掬い上げた。ぷはっ、と水から飛び出したその人物は、困ったように笑う。

 

 

「危なかった、何とか間に合ったな。………無事とは言えないが、流石だな君は」

 

 

その男────メルドは二人を抱え、近くの船に向かう。『帝国』の旗を掲げる一隻の船へと。




ハイスペースだけどレヴィ戦終了のお知らせ。こんな感じにしないとペースが悪いし、どこかちょっと雑に終わりそうだったのでこうしました。

因みに最後に出てきたメルドさんに関してはご本人です。事の経緯は『残った者達の成長』にて騎士団長が明言しております。

次回もお楽しみにくださいませ!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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