ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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ハウリアブートキャンプ【天国と地獄】

「────さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらう」

 

 

フェアベルゲンから離れた樹海の一帯に呼び出されたハウリア族の面々に、ハジメはそう言い切った。腕を組んだ青年の一言に、ハウリア族はやはりポカン………とした表情を浮かべている。

 

そんな一族を代表して、シアが疑問を口に出した。

 

 

「ええっと、ハジメさん………戦闘訓練っていうのは………」

 

「どうせ大樹に行くまで十日間時間を潰さなきゃならないしな。ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み込んだお前等を、一端の戦闘技能者に育て上げようと思ったんだよ」

 

「な、なぜそのようなことを………?」

 

「そうだな。ちゃんと説明してやるべきか────相棒、任せた」

 

ギラギラとした威圧感を剥き出しにしたハジメの言い分に、当然ながらシアから絞り出したような問いが出てくる。そこでハジメは隣にいた親友にバトンタッチした。おう、と軽く答えた刃はハウリア族を見渡して、告げる。

 

 

「まずハッキリ言う────お前等は優しすぎる」

 

 

 

 

「………お前が言うとブーメランだな」

 

 

ボソッとハジメの溢した一言に、数名が噴き出した。ギロッと睨んだ刃はそこまで怒ってないのか軽くため息を吐くだけで済んだ。話を戻すぞ、と彼は不思議そうなハウリア族へと懇切丁寧に話を始めた。

 

 

「ハジメがお前等の身柄を預かることになったが、ずっと連れておくのも無理な話だ。だが、お前等は放逐させておくのは流石に危険過ぎると、俺やハジメは思った」

 

「…………」

 

「魔物に対して逃げるか隠れるしか出来ないんじゃ、どのみち全滅してしまうのが目に見えている。俺達がいなくなった後も、自分達で生きていけるように最低限鍛えようって、結論を出したんだ」

 

そこまで言ってから刃は彼等の顔を見た。まだ完璧に理解しきれていないのだろう。困惑したように互いを見合う彼等に、刃は深呼吸をする。

 

 

「────覚えてるか?大峡谷で魔物に襲われた時のこと」

 

 

その一言と共に、刃は近くの切り株に座り込んだ。急に空気が変わった彼の様子に狼狽えるハウリア一同を無視して、刃は淡々と話し始める。小さな木の棒を弱いやつに、大きい棒を強いやつに例えながら、彼はハウリア族に語りかけた。

 

 

「世界ってのは不平等だ。弱肉強食って言葉があるが、それを口にする奴は自分の強さを悦に浸ってる奴だ。ソイツは自分の相手が弱いと思ってるからこそ、そう言う。強い奴は、弱い奴を傷付けて笑うんだ────そして弱者の言うことを嘲笑う。お前等が弱いから悪いってんだって」

 

「…………」

 

「あの時、あの魔物はお前等を痛めつけただろ。何も出来ないお前等を、一方的に。挙句の果てに、子供を傷付けようとしてやがった。やめてくれって叫んだお前等の言葉を、アイツらは聞く耳も持たなかった。…………それが悪なのか?弱いことが、傷付けられることが罪なのか?」

 

「……………違う」

 

彼の言葉は、ハウリア族の心に染み込んでいった。思い起こされるのは、あの時の理不尽。魔物達に人質に取られ、一方的になぶられた記憶。あの時の絶望と、悲しみ、そして僅かに込められた怒りが、彼等の中で湧き上がってくる。

 

その感情に呼応するような、震えんばかりの大声が彼等の中にあった理不尽への怒りの燃料となった。

 

 

「────ああ違うさ!弱い奴が悪いなんて、強い奴が自分のやることを正当化させるための大義名分だ!悪いのは結局、誰かを傷付ける奴等だ!!だがそれは、何もしなくていい理由にはならねぇ!お前等は、家族を大切に思っているはずだ!見たいか!?目の前で家族が傷つけられる光景が!隣にいる大切な人が悲しむ姿が!何も出来ない自分に、理不尽を認められないはずだ!違うか!?」

 

「そうだ!もう二度と、あんな光景見たくない!私達の家族を、傷つけさせたくない!」

 

「なら立て!世界を変えるのは強者なんかじゃない!諦めない奴だ!どれだけ弱くても、理不尽に怒って立ち上がって前に進んだ奴が、一番正しいんだ!強くなれ、そんな奴等をぶちのめして、大切な人の笑顔を守れるくらいに!!────その為に、俺達がお前等を鍛えてやるッ!!」

 

 

熱に動かされていた刃がそう言い切った時には、座り込んでいたハウリア族は皆等しく前を向いて立ち上がっていた。皆決意を胸に前を向いていた。傍らにいたシアも既に決心したように頷いている。

 

そこからハジメが話の続きを語った。かつて自分が無能と呼ばれ、一団の中では底辺に等しい存在だったことを。死の逆境に置かれ、生きる為に手段を選ばず戦い続けたことで、今のように強くなれたと。だからこそ、お前等も強くなれるとハウリア族を叱咤激励する。

 

 

「まぁそんな訳で戦闘訓練をするが…………流石にこの数を俺一人でやるのも効率が悪いんでな。刃と分担することにした。大人や若い男は俺が鍛えてやるが…………」

 

「女性や子供の皆は、俺が担当する。十日間は短いし、少し厳しく、容赦のないことがあると思うが…………お前等が強くなれることは約束する」

 

「言っとくが、俺は相棒ほど優しくねぇからな。途中抜けするような真似を許すつもりはねぇ。徹底的に死ぬ気で鍛えてやるから、死に物狂いになれよ」

 

 

険しい顔ながらも寄り添った発言をする刃、対照的に物騒な表情と口調で威圧するハジメ。対極の二人に震え上がるハウリア族を尻目に、少女たちは不安そうに見ていた。

 

 

「って言ってるけど…………大丈夫?私ハジメのことよく知らないけど、嫌な予感だけするわ」

 

「大丈夫。ハジメがやると言ったから、信じていればいい………内容に関しては分からないけど」

 

「…………ちょっと、不味そう」

 

「ちょっとですか………?私的にはハヤテ団長やヒナ団長みたいに怖そうなんですけど…………」

 

『────?』

 

 

そして、少女たちはその嫌な予感が間違いではなかった事をすぐに悟ることになる。

 

 

◇◆◇

 

 

「────いいか!!?貴様らは薄汚い■■■共だ!この先、■■■されたくなかったら、死に物狂いで魔物をブチ殺せ!!今後、花だの虫だのに甘ったれたこと抜かしてみろ!!貴様ら全員■■■してやる!その腑抜けた脳味噌で理解できたなら、さっさと魔物を狩りに行け!!この■■■共がッッ!!!」

 

 

「………………………」

 

 

離れた場所から響いてくるハウリア族の悲鳴と怒髪天を衝いたハジメの怒号に、少女達は絶句していた。直後に響き渡る悲鳴と銃声からして、彼等がどれだけの地獄にいるのか見て取れる。正直見たくない気分である。

 

 

「…………ユエ。大丈夫って言ってたけど、これでも言えるの?」

 

「…………………………さぁ?」

 

「目ぇ見なさいよ。私流石に不安になってきたわよ、大丈夫?皆死なない?私はね、今すぐラナールを助けに行きたい気分っ!!」

 

 

活発的な少女ですらドン引きするレベルの地獄が起きているであろう現場。信じているパートナーへの疑いもない確信を口にしていたユエすら擁護できないレベルだ。

 

ソーナが心配しているのは、治療役として多忙なラナールである。気の弱い彼女にとってあの地獄の中でハイリアの皆を治療していくのは辛いなんてものではないだろう。臆病な彼女はきっとハジメの怒号一つに肩を揺らして震えているはずだ。そして自分が癒した相手が速攻ぶちのめされていく光景は、心身ともに辛いはず。

 

 

「ソーナさん!?ユエさん!?本当に大丈夫なんですよね!?信じていいんですよね!?────いたッ!?」

 

「────余所見、しない。実戦なら、死ぬよ?」

 

「でぇえええい!………って!全然当たらないですぅ!シノさん!もうちょっと手加減してくださぁい!いだぁ!?」

 

「訓練に、手加減────不要。私達素早さが売り、当てに行くしかない」

 

 

うわぁ〜ん!と泣き言を漏らすシアを鍛えているのはシノであった。刃の護衛を任されるかつ特殊な暗殺者一族出身でありシノはシアを一方的に圧倒していく。マトモに相手されていないが、これも訓練の一環ではある。

 

 

「………ジンの方は?ハジメみたいに声が聞こえないけど」

 

「気にはなるけど………心配いらないと思うわ!ジンの事だから、案外皆をちゃんと鍛えてるかもしれないわ!」

 

「ハジメと同じ可能性もあるけど………」

 

「………………私、信じてるから」

 

 

◇◆◇

 

 

一方で、刃の方の訓練はと言うと。

 

 

「────いいか、お前等。正直に言えば、俺はお前等の優しさを悪く思ってはいない。むしろ好ましく思っている」

 

 

ハジメの軍曹式訓練とは違い、基礎的な心身的な強さを鍛える為の訓練である。それ故に、まずはハウリア族の心構えを変えることにした。集まった女性や子供のハウリアに向け、刃は全員に語り掛けるように話し始めた。

 

 

「だが、優しいだけではこの世界を生き抜くのは難しい。その為に力が必要だ────その力を与える前に、お前等に教えておくことがある」

 

 

直後に刃は、自分の周囲に無数の剣を生成した。

ハウリア族の訓練に使用するものとして出したが、一つを手に取り刃は話を続ける。根が優し過ぎる彼等が強くなるには、まず少しずつ寄り添っていかなければならない。

 

 

「武器とは、人を傷つけるものだ。だがな、それは使い方次第でもある。お前等の持つことになる武器は人を殺せるが、同様に人を救えるものにもなれる。────お前等も、それを理解して使えば大勢の人を救える力になる」

 

「魔物や動物を殺すのが怖いか?それは正しい感情だ。お前等が命を奪うことを、どれだけ重いことか理解しているからこそ泣けるんだ。だがな、この世界ではその感情が時には重みになる────自分達をや他者を傷付けるような奴に迷うな。迷えばそれが命取り、一つの命が失われることになる」

 

「忘れるな。命を奪ったことを後悔する必要はない。大事なのは、命自体への尊ぶ感情だ。その感情があるからこそ、お前等は他人に優しく出来る。その心を忘れれば、外道に変わりねぇ。お前等は、絶対にそうなるなよ」

 

 

それから行った訓練は当初のハジメと似た、動物と戦わせるものである。動物の命を奪い、その日の食事とすることを厳守させた。自分自身で他の生き物を殺すことの重みと、命自体を無碍に扱わないようにする方針である。子供や辛い者には無論、強制はさせなかった。だが、彼女達は刃の言葉に思うことがあったのだろうか、迷う者は少なかった。

 

 

それから、ようやく訓練は大きく進捗した。

命を奪うことの重みと心構えを説いた刃はハウリア族に武器を持たせ、一人対全員の模擬戦を行うことにしたのだ。無論、刃は手加減をしており、彼らの実力を磨くためのものであった。

 

 

「────一人がダウンしたぞ!誰か代わってやれ!」

 

「は、はいっ!」

 

「遅ぇ!テメェ一人が遅れれば、仲間の傷が大事になる!僅かでも気を抜くんじゃねぇ!戦いは一秒一秒が命取りだ!────あと、テメェは動きが大きい!短刀なんて大振りである必要はねぇ!最低限の、少しの動きで倒せるように動け!」

 

 

刃一人が全員を相手することもあれば、一人ずつ組手をしていくこともある。武器の使い方や体に合った戦い方を教え、場合によっては大きく戦い方を変えさせる。近くの木を切り、弓や盾を作らせてそれを武器として扱わせたりもする。

 

過酷ではあるが、全員が基礎的な強さを得られるような特訓である。遠くから聞こえる悲鳴と罵声はすぐ聞かないようにした。最初は怯えていたハウリア族の皆も直ぐに気にしなくなった。慣れたのだろう。

 

────訓練から八日。終わりまで後少しというところだが、個人的に結果は順調だと思われる。

 

 

「陣形を維持したまま、攻め込め!」

 

「魔物が逃げたぞ!構えを維持しながら、囲い込むんだ!」

 

 

戦いが苦手であったはずのハウリア族は今や樹海の魔物とも容易に相手できるほどに強くなってきた。自分達より強い魔物相手には仲間での連携により撃退し、一切の油断や慢心はしない。これならば基礎的に鍛えてこれたと思われる。及第点、と言うべきか。

 

 

「────余所見だよ!教官っ!」

 

「ハッ!やるじゃねぇか!────今のは良かったぜッ!」

 

 

元気な一言と共に、巨大な大剣が刃へと斬り込んでくる。生成した魔剣で受け止めた刃だが、その大剣が魔力と熱を込めたかと思えば、一気に爆発を引き起こす。その爆発に吹き飛ばされた刃は屁でもないと言わんばかりに、声を上げた。

 

目の前に立つのは、ハウリア族の若い女性である。そんな彼女が握る魔剣は二メートルの巨大な武器である。何より複数の外装甲に覆われた魔剣の下は深紅に染まっており、熱を蓄積させて今も小刻みに震えている。

 

────感心したように称賛しながら、刃は真後ろに目掛けて魔剣を振るう。空振るはずの一撃は、後ろからナイフを振るおうとしたハウリアの女性によって防がれる。

 

 

「流石ね………私なりに気配を殺してみせたのに」

 

「────殺気がまだ見え透いてるぜ。今のはギリギリだったが」

 

 

ウサミミのハウリア女性はナイフを片手で回しながら、そう呟く。彼女の手にするナイフは黒一色に染まった刃であり、見覚えのあるものだった。刃が生成した魔剣、特殊な条件下で脆い魔剣としてではなく、ハジメの錬成の協力を経て開発した正真正銘の魔剣である。無論、先程戦った彼女の手にする大剣も同じである。

 

 

「キアさんやラナ姉だってやってるんだ!私だってぇ!!────ふぎゃっ!?」

 

「……………アホ。後ろから斬りかかるのに大声あげてどうすんだ」

 

「うぅ…………なんてね!」

 

 

剣の柄で軽く殴打されたハウリアの少女は涙目で俯いていたが、すぐにしたり顔で笑う。刃が顔をしかめた直後、彼の背後の木々の間から複数の刃が飛来していた。彼女の手にする魔剣、その能力で分離した刃剣がブーメランのように戻ってきたのだ。無抵抗の刃の背後に迫る刃剣に、少女は勝利を確信した。

 

 

「喰らえ!エアストームエッジ────って、えぇ!?」

 

「…………そりゃそうだろ」

 

 

飛来してきた刃剣の数々は、突如飛び出して飛翔した魔剣により撃墜されていった。回転するように弾き返していた魔剣の刃の足元に突き刺さり、自然消滅する。愕然とする少女に、刃は困ったようにため息を漏らした。

 

 

「俺はお前の魔剣の能力を知ってんだ………対策くらいするに決まってるだろ」

 

「そんなぁ…………今のは良い線行ってた気がするんだけどぉ」

 

 

彼女の持つ魔剣も刃とハジメが協力して創り出した、消滅しない魔剣である。現時点でその魔剣は合計三本、『灼焔熔熱剣(レーヴァテイン)』と『深影黒霧剣(カルンウェナン)』、『天風烈刃剣(アメノハバキリ)』である。ネーミングセンスに関してはテンションの高かったハジメとノリノリで決めたので、こうなった。

 

レーヴァテインの持ち手はリカ・ハウリア、カルンウェナンはラナ・ハウリア、アメノハバキリはミナ・ハウリアである。この三人は他のハウリア族よりも呑み込みが早く、強くなることに誰よりも意欲的であった為、刃がこうして鍛えていたのだ。特別に与えた魔剣も使いこなせている。個人的にはもう充分だろう。

 

 

「………正直、俺的にはもう訓練の成果は充分だと思ってる」

 

「?ならもう合流するってこと?」

 

「そうだな、明日には戻るとしよう。ハジメの方も上手くいってるはずだ…………何事も無ければ良いんだがな」

 

不安を隠しきれずそう吐露する刃。普通であれば親友を信じるべきだと言い切れるのだが、今回だけは嫌な予感があった。ソレが的中することは、刃もまだ知る由はない。

 

 

◇◆◇

 

そして、一日後。

 

 

「────ボス、お題の魔物狩ってきましたぜ」

 

「………俺は一体でいいと言ったはずだが」

 

「えぇ、そうなんですがねぇ。殺っている途中でお仲間がわらわらと出てきやして………生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ」

 

「その結果がこれでさぁ────良い鳴き声でしたよ奴等ぁ」

 

「………………お、おう。そうか」

 

 

「「「……………誰?」」」

 

 

引き気味であるハジメの目の前にいるハウリア族。血の気を剥き出しにして不穏な発言を口走る族長のカム率いる男衆。ハウリア続特有の温厚さとは無縁のギラついた目と歯を剥き出しにした不敵な笑み。

 

そんな光景を目の当たりにした刃と分かれていたハウリア一団、シアの心境が綺麗にシンクロした。親友の怪訝そうな視線にハジメは返す言葉もなく目を逸らすしかなかった。

 

 

「────説明しろ、ハジメ。どうしてああなった?」

 

「………変わってない、だろ?」

 

「あ゛あ゛ん?」

 

「いや、俺が悪かったです………」

 

 

言い訳を許さない刃の怒気に流石のハジメもタジタジである。冗談で済まされると思ってんのか、という中々に見ない刃の圧力に流石に気圧されていた。

 

その直後すぐにハウリア族の男が報告をしに現れる。何とも、熊人族達が大樹へのルート付近に踏み込んでいるらしい。アルフレリック達の話通りなら、ハウリア族への不満を持つ過激派の連中なのだろう。

 

 

「なら、アタシ達の出番ってことじゃない?教官にボス、皆にアタシ達の成長を、ね」

 

「俺は賛成だ。コイツらなら、負けることにはならねぇだろ」

 

「ああ、そうだな。全員でやれば多少は………」

 

「───ボス、我等だけに任せていただけませんかな?」

 

 

刃に対して親しく接するリカの言葉に刃もハジメも頷こうとした所で、カムが割り込むように語りかけてきた。ほくそ笑むその姿にハジメは険しい顔で問い返す。

 

 

「………任せていいんだな?」

 

「肯定であります。我等の力がどこまで通じるか、確かめてみたいものですから……………な〜に、そう無様は見せませんとも。教官殿や女子供は黙って見てくだされば宜しいのです」

 

 

そう言って笑うカムは男衆一同を引き連れて霧の中へと消えていった。自信満々というよりも慢心したような様子の彼等にハウリア族の女性陣の反応はどこか険しいものである。当のハジメは悲しそうなシアの様子に────そして、誰よりも険しい表情で霧の向こうを睨む親友を見つめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、ハウリア族への対応に反発していた熊人族の若い衆、彼等を率いていたレギンはハジメ達を襲おうと画策していた。相手の一人が剣帝であることに戸惑う若者もいたが、相手をするのは剣帝の片割れとハウリア族だけだと言って納得させた。

 

楽勝だ、戦いの出来ないハウリア族相手に負けるはずがない。自分達は伝承に従い、剣帝に従うしか無かった長老たちとは違うと言い聞かせた彼等に────絶望という名の現実が襲った。

 

 

「なんだよ大したことねぇなぁ!」

 

「もっと気合入れて避けてくれよ!楽しめねぇじゃねぇか!」

 

 

彼等を襲ったのは、ハウリア族と呼ばれていたバーサーカーであった。一方的な暴力により、集めれた熊人族は一方的に蹂躙されていく。どれだけ反抗しようにも、傷一つつけられず皆が制圧されていく。その光景に、その事実に、レギンの心が砕かれていった。

 

 

(信じられん………!これが兎人族だというのか!?)

 

「さて、何か言い遺すことはあるかね?最強種殿」

 

「…………俺は、どうなってもいい。だが、同族達は………俺が駆り立てただけだ。彼等だけは、見逃してやってくれないか。兎人族の、いやハウリア族の長よ」

 

 

自分の前に現れた屈強なハウリアの族長カムの姿に、背後の仲間たちを庇ったレギンが深く頼み込む。既に自分以外の同胞は瀕死か心が折られて戦意喪失している者しかいない。だからこそ、せめて自分の命だけで済ませて欲しいと彼は恥も捨て去った上で頼むしかなかった。

 

その問いにカムは深い笑みを浮かべる。友好的な微笑みに一瞬だけ希望を見出したレギンは、深い絶望に打ちひしがれることになった。

 

 

「────断る」

 

「な………っ」

 

「貴様らは我々を襲おうとした敵だ。敵は殺すのがボスの教え。それに、なぁ。

 

 

 

────何より、貴様らを嬲るのは楽しいッ!!ハッハッハッ!!!!」

 

 

狂ったように笑い、小刀を振り上げるカム。殺意のままにレギンを痛めつけ、その場にいる熊人族をいたぶり、始末しようと全員が動いた────次の瞬間。

 

 

────叩きつけられるはずの小刀を握る腕が、不意に伸ばされた手に掴まれた。

 

 

「っ!?ジン殿!?」

 

「………何やってやがる、テメェら」

 

凄まじい怒気を放った刃が、低い声で問いかける。その気迫に狼狽えるハウリアの一同。しかし、カムは違った。怪訝そうな、気分が悪そうな様子で目を細めた族長が、刃へと疑問を口にする。

 

 

「どういうつもりですかな?ジン殿」

 

「もう充分だろ、コイツらに戦意はねぇ。これ以上やった所で、意味はねェ」

 

「ありますとも。敵は殺す、それがボスの教え。奴等を殺すことを邪魔するのであれば、貴方相手でも容赦はしませんよ」

 

「………怯えてる奴を痛めつけて、楽しめと。相棒は教えたか?仲間を救おうとする奴の覚悟を無下にして、嘲笑うことが正義だと────ハジメが教えたのか!?答えろッッ!!!」

 

 

爆発したように怒鳴った刃の言葉に、カム達は答えられなかった。しどろもどろに、彼等は言葉が出ない。きっと彼等は過度な戦闘訓練の影響で強さに酔い痴れていたのだろう。そして、大事なことを忘れてしまった。

 

ならば、それを思い出させなければならないと。刃は握った手首を引き寄せた。

 

 

「そ、そのようなことは…………ジン殿!?何を!?」

 

「────お前等にも教えてやる。これは武器だ。人を生かしもすれば、殺しもする」

 

「な、何を…………まさか────お待ちを!待って、止めてくださいっ!」

 

「全員動くな!!────目を離さず、覚えておけ」

 

 

片手で腕を引き寄せる刃に、困惑していたカムの顔が青くなっていく。自身の持つ短刀を握る手が何処に向けられているのか気付いたカムは、途端に狼狽え始めた。

 

他のハウリア族が止めようと飛び出すのを、刃は怒声によって制する。目の前で必死に抵抗するカムや皆を見据え、刃は覚悟を決めたように断言した。

 

 

「────人を傷つけることは、こういうことだ」

 

 

直後、刃がカムの腕を一気に引き寄せた。彼の握っていた小刀は刃の胸部、肩の付近に────深く突き刺さる。肉を切り裂き、骨をかすめた感触に、カムは「あぁっ!!?」と言葉を失う。その場にいたハウリア族の誰もが絶句し、悲鳴を上げる者までいた。

 

刃はカムの手を握り、力を込める。無理矢理動かされた小刀が肉を切り裂き、ねじり始める。改めて慣れることのない激痛に苦悶の声を漏らす刃に、カムは完全に弱りきったように小刀から手を離そうとする。

 

その手を掴み、刃はカムの目を見据えた。

 

 

「俺は、家族を守るために、弱い奴を守る為に強くなった。誰よりも強く、誰もが恐れる暴君になった。何度も何度も、俺はクソ野郎どもをぶん殴ってきた。それが、楽しいと思えるか?」

 

「…………」

 

「────全然、楽しくねぇよ。どれだけ悪い奴をぶん殴っても、どれだけ痛めつけても、拳に残った感触が忘れらんねぇ。相手が家族を傷つけた相手でも、気分なんざ晴れることはねェ。家族からも泣かれるし怯えられるし…………正直、止めたいって何度思ったことか」

 

 

きっと、カムたちは殺すことに慣れてしまったのだ。あれほど過酷な環境で、殺すことが常識の一つとして組み込まれてしまった。それ故に、自分達が忌避していた行為を繰り返すことを誤魔化すために、無意識に楽しいと思うようになってしまったのだろう。

 

そうだとしたら、無理矢理にでも変えなければならない。自分やハジメが鍛えたのは、そんな風に強くさせる為ではないのだから。

 

「殺すことが間違いだとは言わねぇよ。場合によっては、必要な時もある。迷った結果家族が死ぬかもしれねぇんだ。そういう意味では、お前等はよくやれてるさ」

 

「………ジン殿」

 

「けどな。それだけは許さねぇ。仲間を思う奴の願いを無下にして、自分より弱いやつを傷つけることだけは認めねぇ。それだけは、俺は絶対に許さねぇ────このナイフは、テメェらのミスだ。テメェらにこんな真似を許した、俺自身への罰でもある」

 

 

そう言って、深く突き刺さった小刀を抜き取る刃。抉るように突き刺さった武器を抜くのは、やはり痛かった。血に塗れた刀を、崩れ落ちたカムの目の前に突き立てる。

 

根の優しい青年は、再び暴君の皮を纏うことにした。少しでも間違いを許さないと外道に堕ちることをさせない為にも、悪であることを演じたのだ。自分自身が望まないことを、一つの決意として言葉にした。

 

 

「いいか、テメェら。今回は俺が責任を取った────だが、次今回みたいな外道のような真似をしてみろ。一度でも、傷つけることを楽しんでみろ。その時は、俺がテメェら全員殺す────お前等を殺した後、俺はハジメを殺して死ぬ」

 

「っ!?何故ハジメ殿を!?」

 

「────それが責任ってやつだ。お前等を御しきれなかった、お前等をそんな風に変えた奴がケジメを付ける。それが道理ってもんだ。…………忘れるな。お前等が、何の為に強くなるのを選んだのか」

 

 

そう言い残し、刃は背を向ける。ポタポタと、傷口から垂れる血が地面に落ちていく。そんな刃の姿にハウリア族の皆は何も言えない。振り向いた時には、急いで駆け付けたであろう皆がいた。

 

彼等の反応は様々であったが、ハジメの反応が顕著であった。目を見開いた彼は鋭く目の細めた親友の姿に驚きながら、胸に開いた傷に酷く動揺していた。

 

 

「………………すまねぇ、刃」

 

「気にすんな、自分のやりてぇことを勝手にしただけだ。俺はちょっと空気吸ってくるから、後は任せたぜ。相棒」

 

「────隙あり」

 

 

背を向けて立ち去ろうとした刃が、フラリと揺れる。背後に一瞬にして立った少女 シノが手刀で意識を削ぎ落としたのだ。気を抜いていたのか、血を失いすぎたせいか。刃はそれに気付くことなくソーナに受け止められる。

 

 

「ラナールの所、連れていきます。後はお願いします、ハジメ様」

 

「………ああ、任せた」

 

暗殺者こと忍ガールのシノはそう言って刃を連れて行く。意識のない刃を担いでいった二人の少女は治癒騎士の少女の元へ向かう中、互いの思いを吐き出すのだった。

 

 

「全く、ジンも無茶ばかりするわよね!あんなことした時はホントにビックリしすぎて胸が痛かったわ!」

 

「………仕方ない。主様は優しすぎるから、誰かを傷付けるよりも自分が傷付いたほうが良いと思ってる」

 

「異常、ね。まぁ今更────ジンの力になると決めた以上、一緒に支えるだけね」

 

「ん、同感。主様、尽力する………それが私の務め」

 

 

◇◆◇

 

南の大陸国境付近。

魔人族の動向を監視する教会の観測隊は、その日あることに直面していた。この地に突如降り始めた、小さな雪の存在に。しとしとと降り始めた白雪は勢いを増していき、大吹雪と化していく

 

 

「雪?もうこんな天気なのか?」

 

「…………雪だと?そんなはずはない、今週は晴れの周期だ。吹雪の予兆など────待て、まさか」

 

 

陽の光を覆い尽くすほどの氷雪の嵐。一瞬にして天候を塗り替えた吹雪に戸惑う聖騎士達であったが、隊長の男は何かに気付いたように慌てて周りを確かめた。それでようやく、ある事実を理解する。

 

 

「これは、吹雪が動いている………!?隊長、まさか!」

 

「………急ぎ、本国に伝えろ。魔王が動いた、と」

 

 

人類を破滅させんとする厄災、『魔神連合』。その尖兵である大魔王の配下たる四大魔王、その一角が進撃を始めた。その事実に慄きながら、隊長に周りに呼び掛ける。だが、返答はない。

 

何をしている、と苛立ち交じり怒鳴りろうとした隊長の喉が、音もなく切り裂かれる。白い雪景色に隠れるようにひと影が何人もそこにいた。既に始末された部下の姿を最期に、隊長は悪態を吐くことしか出来なかった。

 

そんな彼に、白装束の兵士はトドメを刺す。息の根を絶たれた亡骸だけしかないと判断した白装束の兵士が再び吹雪の中に溶け込んでいった。

 

 

 

「────フリューゲル、いや魔王様」

 

 

大吹雪の中、厚着の男が口を開く。本来は草木の生い茂る平原が様変わりした雪原を、踏み抜いていく重装の存在。魔王フリューゲルは配下は声を聞いて、微かに首を傾けた。

 

 

「教会の斥候を排除した、と連絡が来ました。如何しますか?」

 

「────私達の目的はフェアベルゲン。それは一切揺るがない。道を阻み、邪魔する者は皆等しく叩き潰せ」

 

 

魔王フリューゲルが率いる強国バーゼルの勇猛な軍団『氷帝の矛』は、無敵の軍団である。常に吹雪と凍土という地獄のような環境、そして弱肉強食を是とする摂理の中で、彼等は生き延びてきた。一度立ち上がった彼等は生半可な傷で倒れることはない。

 

そして、彼等の王フリューゲルがいることで、彼等はあらゆる敵を殺し尽くす矛となる。その圧倒的な戦力と不屈な闘気は人類の連合軍を蹴散らし、多くの国を沈めてきた。

 

 

────それらあくまでも、配下だけの話。魔王であり氷帝であるフリューゲルがその気になれば、勝てる者は存在しない。内包する魔王の魔力は強大である。ただ歩くだけで周辺に吹雪を巻き起こし、一帯を雪原へと変える。何より、軍団を率いる魔王の実力は未だ図りきれず。

 

人類の脅威の一つが、今軍団と共に樹海へと突き進んでいた。

 

 

「亜人族、フェアベルゲン。貴様らに恨みもなければ、憐れみもない」

 

他の魔王────ダンテのように人類自体に見切りをつけなければ、グレイドのように人類全てを殺し尽くすほどの憎しみはない。フリューゲルが魔王の冠位を受け取り、大魔王の尖兵として動くことにしたのは──────ガイアドゥームと同様、一つの義理を果たす為であった。

 

 

『───私に何かあれば、兄様を頼んでいい?フリエ』

 

 

かつて、フリューゲルには友がいた。

魔人族の巫女と呼ばれ、大勢の魔人族から愛されていた異端児の双子、その妹。彼女はフリューゲルを友と呼び、戦いしか無かったフリューゲル達の国に安らぎと希望を与えてくれた。

 

 

────その希望を奪ったのは、人間である。

魔人族にとっての希望を、悉く踏み躙ったのは神エヒトとそれに殉ずる狂信者であった。変わり果てた亡骸となった友の姿を目の当たりにしたフリューゲルは、その時から大魔王に力を貸すことを決意したのだ。

 

 

「私は魔王、貴様らの敵だ。悪意もなく、慈悲もなく、我が軍団が悉く踏み潰す」

 

 

怨嗟を唱える気もなければ、復讐するつもりもない。

だが、奪ったものの精算はされなければならない。人類が滅び、神が死ななければ、納得する者はいない。ならばあの邪神を殺し、人々から希望を奪わなければならない。

 

 

故に、フリューゲルは進撃する。

この戦いが、あの邪悪な神の死が誰よりも優しかった巫女の弔いになると信じて、吹き荒れる吹雪の中を、進軍していった。

 




ハジメのブートキャンプとは対象的に、上手くいった刃の訓練。序盤で心構えを説いたからこそ何とかいったわけですね。普通に優しいけど強いハウリア族って欠点ないな。


エリュシオン「…………何か寒気がしてならないんだが」(ハウリア族を大切に思ってる王様)エリュシオン王変貌したハウリア族見たら卒倒すると思う。そして自分の相方ことシアのお姉さんに謝ってそう(小並感)


そして、魔王フリューゲル率いる軍団が樹海に侵攻している所で終わりました。フリューゲル自身人類に攻撃するような過激な魔王じゃなかったのに、エヒトが余計なことしたせいで魔王になったんですよね…………ホントなにやってんだあの神。

因みにほぼ四大魔王に関しては全員エヒトのせいで人類滅ぼそうとしてるまである。ホントに最悪だと思うあの邪神。魔神よりも魔神って呼ばれるべき存在だろ。


大魔王はおろか魔人族が人間族絶許になったのが大魔王の双子の妹の死が原因。全ての魔人族から愛されてたわけですから、彼女を殺した教会とエヒトのせいで、人間族全体が巻き込まれてるんですよ。もう死んでほしいな、あの邪神。

次回もよろしくお願いします!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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