ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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氷帝と死神、侵攻

「…………何で俺は周りに居座られてんだ?」

 

「何って、ジンを放置してたら危なっかしいじゃない!こうして見守らないと、ね!シノ!」

 

「激しく、同意。主様は危なっかしい」

 

「ガキかよ俺は………」

 

 

胸に巻き付けられた包帯を撫でていた刃は、隣に居座っている少女達に疑問を吐露すれば、何を言うやらと言わんばかりのため息が返ってくる。まぁあんな風なことをすれば当然か、と困ったように刃は口を閉ざすしかなかった。

 

ラナールによる治療された後、彼女やソーナ達からお叱りを受けた。説教することは構わないが、わざわざ自分を傷つけることはないだろう、と。その方が分かりやすいと言ったが、いつも大人しく弱気なラナールは反論を許さず、強気で言い切った。

 

 

────そういう所は明らかに悪い所ですっ!刃さんは自分を少し大事にして下さい!私が相手だから良かったですが、団長が相手なら半殺しにされてましたよ!?

 

 

仮にも治癒師のトップが半殺し?と思うところはあったが、割と治療に関しては暴走しやすい人らしい。そういうのは普通にありそうな展開だな、と漫画やアニメなどに毒されている刃は特に違和感を持たなかったが。

 

溜息を漏らしながら、刃は目の前で訓練を繰り返すハウリア族の面々を見る。ハジメの時は違い、男女含めた混合の訓練は今も続けられている。当のハジメは言うと、彼は既に樹海には居ない。数日前に仲間達と共に、この樹海から旅立っている。

 

 

『大樹の迷宮はまだ攻略できないみたいだしな。他の迷宮を攻略しに行くってことで、一先ずお別れだ。………お前はまだここに居るからって、アイツらを任せて悪いな』

 

『気にすんな。やりてぇって言ったのは俺さ。お前こそ、今度こそ無茶すんなよ』

 

『お前もな………じゃあな、刃』

 

『また会えるさ、ハジメ』

 

 

大樹の大迷宮に必要な神代魔法があるらしく、それを手に入れる為に他の迷宮の攻略に出る為に離れることにしたハジメ。未だ樹海に残る予定の刃にハウリア族の特訓を任せ、彼は数日前に離れていった。

 

一先ず、旅の目的の一つ────親友の安全が確認できたので、己の迷いは消えた。後はこの旅のやるべきこと、旧き神々への接触が残っている。それ自体はすぐにでも可能だとアルフレリックは言っていたが、ハウリア族の特訓も終わらせてからでも問題はないだろう。

 

 

「────教官!お時間よろしいでしょうか!」

 

 

そう現れたのは、カムであった。

先日、暴走しかけていた彼等を止める為に手荒な真似をしてしまい謝罪をしたが、カム達は気にしてないどころか逆に謝られてしまった。

 

────大変無礼を働いて申し訳無い、願わくば教官殿の心構えをご教示戴きたい、と。そんな彼等の勢いに気圧された刃は自分は大丈夫だと言い、短い間になるが特訓を預かることにした。刃の自論を説き、今日は戦闘訓練に移っていたが、今は何か用件があるらしい。

 

 

「俺は大丈夫だ………何かあったのか?」

 

「────フェアベルゲンから使いの者が。教官殿をお探しになられているようで、お呼びいたしますか?」

 

「ああ、頼む………ちゃんと、手厚く案内してくれよ」

 

「ハッ、望む所であります」

 

 

不敵に笑うカムの表情には、先日見た危うさはない。

この特訓のお陰で彼等も殺しや暴力を楽しまないようになって良かった。あんな風に墜ちることは彼等自身も望まないことだろう。

 

そんな最中待っているとカムに案内された虎人族の男、前に刃達とフェアベルゲンの前で対面した男────ギルが駆け足で刃の前へと駆け寄る。荒い呼吸の中、息をつく間もなく虎人の男は勢いよく跪いた。

 

 

「────剣帝殿っ!どうかハウリア族と共に、フェアベルゲンに来ていただきたい!一大事なのです!」

 

「その様子…………何があったんだ?」

 

「樹海に近付く影が、いや吹雪があります!四大魔王が、魔王フリューゲルが動いたのです!!」

 

 

その言葉に、その場にいる全員が驚愕のあまり言葉を失った。魔神連合の尖兵、教会や人類の戦力を大きく削った四大魔王、その一角の侵攻が信じられなかった彼等は、ふと空を見上げる。

 

しんしん、と降り始めた白い粉雪。それは少しずつ勢いを増していき、吹雪へと化していく。彼等はすぐに実感した、天候すらも書き換えるほどの強力な魔力を放出した存在に。

 

 

◇◆◇

 

 

ギルに案内され、急いでフェアベルゲンへと辿り着いた刃達。彼等は即座に緊急の会議を行っていた長老たちと対面した。アルフレリック達長老の顔ぶれは険しいものばかりで、この事態がどれだけのものかが明確に分かる。

 

 

「来てくれたか、刃殿」

 

「…………状況は?相手は魔王一人か?」

 

「────最悪なことに、五万だ。殆どは魔物であるが、一部訓練された魔人族の兵士が構成されている。魔王フリューゲルが率いる『氷帝の矛』は半数が動員されているだけで済んだのが幸いだが……………」

 

「相手が魔王の精鋭、無理もねぇか」

 

 

ハイリヒ王国での勉学から、魔王に関する情報は共有している。魔王フリューゲルは常に軍団を率いて侵攻を繰り返しており、敵対した国を幾つも制圧して回っている。

 

精鋭ばかりの魔人将で構成された魔王クレイドの覇竜軍とは違い、フリューゲルの軍団は鍛え抜かれた兵士や魔物を統率した本物の軍隊である。今回の軍団は五万、大半が魔物であるがそんな魔物を率いる魔人将が最低でも五、六人は見られている。何より魔王本人という、戦力差は圧倒的であった。

 

 

「奴等は未だ樹海の前に陣取っている。此方の出方を伺っていると思われて、今対処法を練っている所だ」

 

「…………いや、奴等は既に動いてるぜ」

 

「?何を────」

 

 

 

「お見事。私も気配を殺してましたが、こうも簡単にバレるとは…………流石は剣帝、と呼ぶべきですかな?」

 

 

戸惑う長老たちの前に、一人の男が立っていた。誰もが気付けなかった、いやいち早く感じ取れたのは刃とシノだろう。それほどまでに男の気配は、空気に溶け込んでいた。

 

立ち上がり、身構える亜人族の長老を人差し指で制する男。指にナイフを引っ掛けた男はクルクルと回転させながら、机の上に刃をナイフを置く。

 

 

「おっと、手荒な真似はお止めいただきたい長老殿。………無論、私も手荒な真似は晒しませんので」

 

「………魔王フリューゲルの使いか」

 

「如何にも。『氷帝の矛』第四軍隊長『雪灰霧』のレアミストと申します。此の度は我が魔王様のお言葉を伝えに参りました」

 

 

白一色の装備に、人間の肌よりも白く冷たさしか残ってないような肌の色。髪の下に生えた小さな角から見ても────彼等が魔人族に区分される存在だと理解した。

 

魔人族は基本的に褐色の肌を持つ。それは南の大地に住む魔人族の大半がそうであろう。だが、大魔王が侵攻を始める前から南の大地は其々の別の国があり、そこにいる種族も厳密には違うものであった。

 

その中でも強国バーゼルの魔人族は環境による変化を遂げていた。陽の光も当たらないほどの大吹雪と何百年、何千年も続く永劫の冬。そんな環境の中で生き延びてきた彼等は『雪白族(ウィルヴィル)』と呼ばれ、永らく他の魔人族と対立してきた。

 

そんな彼等が魔人族として受け入れられたのは、大魔王として魔人族全てを統治した王の存在と、彼等『雪白族(ウィルヴィル)』の統一した魔王がいたからだ。

 

 

「えぇ、我々魔人族は人間族との全面戦争を画策しているが、その上で亜人族の立場を明らかにしたい。万が一人間族の味方をする場合も考慮した上で立ち位置を決めてもらおう…………と言うのが、表向きな侵攻の理由です。カバーストーリーというやつで、今のやつは忘れてもらって構わないのです」

 

「…………それで?本当の目的とは?」

 

「我が魔王様の要求は一つ────お前等が匿ってる旧神を引き渡すこと。さすれば、フェアベルゲンの存在は容認する、とフリューゲル様は仰られております」

 

 

その言葉に、アルフレリック達含む長老達の殺気が異様に膨れ上がる。フェアベルゲンの歴史を、亜人族が大神アストラトスを信仰する理由は分かっている。そんな彼等からすれば、自分達を救った自然の神を売り渡すなど、殺されても頷くはずがない。

 

むしろアストラトスを狙うということが分かれば、亜人族は絶対に外敵を許さないだろう。神を守るために、命懸けでの戦いを決意する。

 

 

「────断る。我々は偉大なる大神により救われた。その神を売ってまで生き延びようとする者は、亜人族にいない」

 

「あーあ、残念。折角魔王様がチャンスを与えてやったのに、まぁいいや────喜べよ。お前等がそれを選んだ瞬間、亜人族の敗北が決定した!!」

 

 

断言した長老たちの敵意を浴び、レアミストが笑う。直後、白装束の全身から霧が噴き荒れた。真っ白な霧が室内一帯を覆い尽くし、長老達が慌てふためく。そんな彼等に────鋭い刃が迫る。

 

 

「────まずは大将首一つ!死ねやぁ!…………っ!?」

 

 

机の上に突き立てられたナイフを引き抜き、壇上へと飛び上がったレアミストが霧の中動く。他の護衛に護られそうになっている長老 その一人、アルフレリックの背中を切り裂かんと背後から襲いかかる。

 

そんなレアミストの凶刃が、防がれる。

慇懃無礼な皮を被っていた男が怪訝そうにしていたが、すぐに凶刃を受け止めた存在に気付く。全身黒一色の装束を纏う、黒髪ポニーテールの少女 シノ。彼女の小太刀が、レアミストのナイフを阻止したのだ。

 

 

「………させない」

 

「ハッ!俺と同じ匂いがするなぁお前!まぁいいや!ついでにお前を殺すとしよーかな!」

 

「…………っ!?」

 

 

そう言うや否や、レアミストは一瞬で標的を切り替える。即座にシノを殺そうとナイフの一撃を繰り出す。見えているはずなのに、ナイフの刃自体が見えない。霧に擬態するように迫る暗刃に身構えるシノに、レアミストは躊躇なく殺そうとする。

 

だが、それを許さない男が、その場にはいた。

 

 

「────シノに何しやがる!テメェ!!」

 

「うげぇっ!?」

 

 

霧の中から伸びた腕がレアミストの首を掴み、地面に叩きつける。たったそれだけで魔人将一人を制圧した刃は、シノへ向けられた殺意に激怒していた。

 

命を狙われかけたアルフレリックは他の護衛に守られながらも、刃達に感謝を告げる。

 

 

「すまない、ジン殿、シノ殿。また救われてしまった」

 

「気にすんな。それよりもまずはコイツだ」

 

 

ようやく地面に組み伏せられたレアミストが苦しそうに呻く。忌々しそうに現状を確かめた彼は、刃に静かに問い掛けた。

 

 

「ガハッ………何で俺の動きに気付けた?見えないはずだろ?」

 

「………声さえすりゃ、後は気配を狙えばいい」

 

「俺の霧ってそんな簡単に破れるものじゃねぇのよ………!けど、これで確信した。剣帝、お前は強いが、魔王様の敵じゃあない!」

 

 

直後、レアミストの全身から再び霧が噴き荒れる。首を絞め上げようとしたが、一瞬で掴んでいたものが消え去った。その代わり、意気揚々とした声が霧全体から響き渡っていく。

 

 

────俺が戻った瞬間、魔王様はフェアベルゲンへの攻撃を開始する!非戦闘員くらいは逃がしといたらどう?徹底抗戦のつもりなら止めないけどね!ははははッ!!

 

「クソ!舐めやがって!」

 

 

霧に紛れたレアミストの気配は既にフェアベルゲンから消え去っていた。身を隠して逃げたのかもしれないが、総攻撃がされるのは時間の問題だ。どうするべきかと思い悩む刃は、アルフレリックに語りかけた。

 

「────急いで兵力を集めろ。俺もやるが、アンタ達の力も必要だ」

 

「ジン殿………相手は魔王、勝てると思いますか?」

 

「じゃあなんだ?勝てねぇからって相手から逃げるのが男ってのか?そんなつもりはサラサラねぇ。見捨てるなんて、意地が悪いだろ」

 

「…………我々を救っていただけるのであれば、可能性の高い方にかけるべきだろう」

 

 

気に入らないと言わんばかりに戦意を滾らせる刃、しかしアルフレリックは別の方法があると言わんばかりに諭してくる。どういう意味だ、と怪訝そうに睨んだ刃にエルフの長老は一つの可能性を提示した。

 

 

「────我々が時間を稼ぐ、その間に大神アストラトス様との契約を果たされよ」

 

「っ!?アルフレリック!何を言っている!?」

 

「覚悟を決めよ────我等が負ければ、魔王はアストラトス様を滅することだろう。フェアベルゲンを、我等が大神を護る為には、ジン殿の力が不可欠だ。あの御方が神の力を受け継げば、魔王にも戦えるはず」

 

「………………それしかないか。ならば、剣帝殿を信ずるのみ」

 

 

当初は反発するかと思われた他の長老たちも、アルフレリックの言葉に納得するしか無かった。神々が剣帝との間に交わした契約、それが神の力の継承であることは既に聞いている。彼は一度その力で一国を襲う厄災を退けている。ならばそれに頼るしかないと団結した亜人族に、反対を示すのは他ならぬ刃だった。

 

 

「待て!話を勝手に進めるな!俺が契約を果たしている間、お前等があの大軍を止めるっていうのか!?無茶だ!何人死ぬか分からねぇんだぞ!?」

 

「────なら、私達も戦えばいいでしょ!」

 

「ソーナ!シノ、ラナール…………だが、相手は五万だぞ?三人が加わった所で…………」

 

「────教官殿。お忘れですかな?我等ハウリア族の事を」

 

「っ、お前等まで………!」

 

 

シノやソーナ達に続いて、声を上げたのはカム達ハウリア族である。彼等は皆等しくそう願っているかのように、膝をついていた。唖然とする刃にカムは筆頭となって笑みを浮かべる。それはあの時の熊人族達を痛めつけた時とは、明らかに違うものだった。

 

 

「ボスに鍛え抜かれ、教官殿に教えを説かれた我等は既に一騎当千。何より教官殿が迷い、力を必要としているのならば、この力を振るうに値することでしょう。────ご心配せずとも、フェアベルゲンの一つや二つ、護り通して見せますとも」

 

「…………カム殿」

 

「勘違いされても困る。我等ハウリアはお前達への恨みもなければ不満などない。この戦いはお前達のためではなく、我らの為のものだ。ボスの名誉と名を護り通す為、教官殿の教えと共に苦難を救う一助となるべく、我等ハウリア族は貴様らに手を貸す。故に罪悪や謝罪などは不要だ」

 

 

冷たくあしらうが、それでも助けるという言葉は事実。一度は一族もろとも追放にされかけたが、そのことを気にするなという意味でもあるのだろう。静かに頷くアルフレリックを他所に、ハウリアやシノ達を見た刃は改めてその覚悟を知り、静かに決意を深めた。

 

 

「………分かった。俺が戻るまで、頼む」

 

「了解、主様」

 

「任せて、余裕で護り切っちゃうんだから!」

 

「………は、はいっ!私も治癒騎士として何とか頑張ります!」

 

Yes Sir(イエッサー)!教官殿のご期待通り、果たして見せましょう!」

 

 

声高らかに応じるカム達にソーナ達。そこまでの覚悟と意思を見せられて、弱気なことは言っていられない。一度信じたのであれば、最後の最後まで信じ抜くつもりだ。

 

 

「それで?神樹まではどう行けばいい?」

 

「戦力は表に出すので、案内役は限られる…………アルテナ、ハーヴィスト殿、案内を任せたい」

 

「はい、お祖父様」

 

 

アルフレリックに呼び出されたのは彼によく似た金髪碧眼の森人の少女であった。彼女はその手に小さな精霊、ハーヴィストを乗せた上で刃に深く一礼した。

 

 

「アルテナ・ハイピストと申します。今回は神樹の元へと貴方を案内する係を任されました。宜しくお願いします、ジン様」

 

「あぁ………悪いが、急いでやりたい。早速案内を頼む」

 

『道案内は任せて欲しい。アルテナ姫、頭を借りたい』

 

「は、はい、是非………」

 

 

ちょこんとアルテナの頭に張り付いた精霊。絵面が絵面ではあるが、こんな状況でなければ毒気が抜かれていた所だ。だがもうすぐ戦争が始まるのだ、時間を潰すわけにもいかないと刃はアルテナの案内を受け、神樹の元へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

────特異点、神降ろし、確認。

 

 

彼等は、気付かない。遥か上空から此方を観測する存在を。ソレの狙いが他ならぬ、剣帝であることに、誰も知る由はない。

 

 

◇◆◇

 

 

刃がアルテナの案内を受け神樹と向かってから数分後、樹海の前に並ぶ軍団に動きがあった。統率の取られた大軍の最奥に座する本陣。そこで魔王は、使いとして送ったレアミストの言葉に耳を傾けていた。

 

 

「────連中、やるってよ。魔王様」

 

『そうか』

 

 

魔王フリューゲルは静かに立ち上がった。地面に突き立てた斧を握り締め、氷雪の魔王は淡々と口を開きながら歩いていく。自身の周囲に並ぶ精鋭、魔人将達を。

 

 

『第五軍隊長、ケントゥリオ』

 

「やっと出番か、先陣はオレだなぁ!!」

 

 

ジャラジャラと鎖を鳴らす屈強な大男。両手首に鎖付きのトゲ付き鉄球を備えたその大男 ケントゥリオはフリューゲルの呼び声に、待ってましたと言わんばかりに大声を響かせる。

 

 

『第四軍隊長、レアミスト』

 

「大将首、今度は沢山獲ろっかな」

 

『第三軍隊長、シモン』

 

「………………す」

 

 

報告をしていたレアミストはナイフを指先で回しながら、そう嘯く。その一方でレアミストよりも大厚着の青年がフリューゲルの声に応えた。大型のクロスボウを両手で抱えた青年は立ち上がり、寡黙にも小さく呟いて答えていた。

 

 

『第二軍隊長、キャトライン』

 

「はぁ〜い、聞こえてるわぁ〜」

 

 

気の抜けたような一声を上げた露出の高い女性。機械的に思える甲殻の尻尾を伸ばした魔人族の女性 キャトラインはウィンクをフリューゲルへと送る。魔王はそれを一瞥するだけで、最後の一人を呼んだ。

 

 

『第一軍隊長、サルヴァトーレ』

 

「此度の戦も楽しめれば宜しいのですが………まぁ、亜人族に期待でもしましょうか」

 

 

ワイン入りのグラスを片手に、逞しい偉丈夫がほくそ笑む。口に含んだワインの味を確かめながら、その男は貴族のように気品さを保ちながら立つ。

 

彼を筆頭に、軍隊長────魔人将が魔王フリューゲルの命を待つ。ただ一つの、絶対的な指令を。魔王はその命を、躊躇することはなかった。

 

 

『────侵攻せよ、フェアベルゲンを。抵抗する亜人族を叩き潰し、樹海を永劫の凍土に晒せ。旧き神を滅ぼすその時まで、あらゆる敵を全身全霊で掃討せよ。我が不屈、強国の戦士達』

 

 

返答の代わり、魔人将達は其々の反応で応じてみせた。

背を向けて動き始めた彼等が魔物や兵を率いて、樹海への侵攻を開始する。フリューゲルは魔人将たちの気が済むまで、自分が出る時を座して待つ。

 

────フェアベルゲン対魔王フリューゲル直下『氷帝の矛』、その戦争の火蓋は大吹雪の中で来られることになった。

 

 

◇◆◇

 

 

────その一方、南雲ハジメはハルツィナ樹海から離れ、ライセン大峡谷でそれを見つけた。解放者ミレディ・ライセンの遺した大迷宮を。

 

山崖の隙間に入り口を用意された大迷宮に最初は拍子抜けであった。『────おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』と、いうメッセージを見た時は半信半疑であったが、迷宮の内部はオルクス大迷宮とは別の意味で難易度が高かった。

 

ライセン大峡谷のように魔力の分解作用が迷宮全体にあり、その作用は峡谷よりも強くなっている。魔法を使わずに物理や肉体を使用して攻略することになるのだが────全体的に嫌らしい。

 

迷宮の大半にはトラップが仕込まれており、少しの挙動でも発動する仕様になっている。何より、そのトラップを突き進んだとしても強制的に入り口に戻されてしまい、それを予見していたのか変化したメッセージに煽られる始末だ。

 

 

冷静さを保とうとしていたハジメやユエも苛立ちを隠しきれず、遂にシアが爆発した。今では解放者ミレディへの鬱憤を晴らすべく怒りを宿す獣と化している。因みに聖霊のグアンは普通に楽しんでいるらしい、その純粋さには呆れても不満はない。

 

そうしてようやく、次のエリアへと突破することに成功したハジメ達。だがしかし、その場所には明らかな異変が存在してきた。

 

 

「…………何だこれ」

 

周囲に散乱するゴーレムの残骸。ハジメ達が戦闘したものではない鎧の残骸の数々がその場に散乱していた。あまりにも異様な、山のように積み上げられた瓦礫の山にハジメ達は困惑を吐露する。

 

 

「な、なんですか?これ、こんなに集まって………まるで」

 

「────何かと戦って………防衛していた?」

 

 

無数に集まった残骸はまるで何かを護るように戦って、撃破されたのだろう。凄まじいほどの切り傷と魔力の痕跡、魔法を使えない空間であるはずのここで魔力を使い、突破していった何かがいるというのか。

 

 

「────行くぞ」

 

 

無理矢理こじ開けたかのような扉を前に、ハジメ達は突入することを選んだ。そして彼等は────開けた空間へと辿り着く。そこは、明らかな戦いの跡であった。辺り一帯にはブロック状の物体が墜落して山をなしており、崩落した後のようになっている。

 

その瓦礫の中で、動くものを発見した。警戒しながら歩み寄ったハジメは、それの正体に気付く。半壊した、巨大なゴーレムの騎士がいた。全身を切り裂かれたかのような痕を遺したソレは、ハジメ達の存在に気付き、声を発する。

 

 

「………やあ、君達は…………ははっ、本来は私が出迎えるはずだったんだけどね」

 

「ミレディ・ライセンか?どうしてそんな姿を………いや、一体何があった?」

 

「────やられちゃったんだよねー。あはは、流石に強かった。ありゃ勝てないよ、『魔王』ってのはホントに面倒だね」

 

「っ!?魔王だと!?」

 

 

信じられない言葉に動揺を隠せないハジメとユエ。まさか魔王の一人がこの場にいるのか、そう認識したハジメは巨大鎧 ミレディ・ライセンを問い詰めようと近付く。

 

 

「────ッ!!!」

 

「お、おいシア!?何して────」

 

 

そんなハジメとユエを、シアが抱き抱えたまま飛び出す。突然の事に戸惑いの声を漏らしたハジメの前で、巨大なゴーレムが破壊された。内側から生じた禍々しい赤黒い鎌が、ゴーレムのコアを破壊して────ミレディ・ライセンの意識を消し去る。

 

愕然とするハジメ達を他所に、シアは未来視で見た光景を口にした。

 

 

「あの鎌………二人を狙ってました。巻き添えにして、殺そうとしてたんです」

 

「見りゃ分かるな…………これも、魔王の仕業か?」

 

 

「────キキ、キキキキ」

 

 

悍ましい声が、鳴き声が響き渡る。

周囲の空気に不気味な影が、蝙蝠が空を駆けていく。バサバサ!と音を立てる蝙蝠を撃ち落とそうと思ったハジメだが、手にしたドンナーを向けられない。

 

向けてしまえば、死ぬかもしれない。そんな感覚が、全身を縛っていたのだ。奈落で感じたものとは違う、紛うことなき死の気配。それはハジメの意識に、強く根付いているようだった。

 

 

「これは、生命の気配。有り余る生命力、体躯に流れる血脈、輝かしき生の波動を感じさせる魂。一つ、二つ、三つ…………四匹。四匹の命が、今も胎動している」

 

「…………ッ」

 

「────ああ、ならぬ。ならぬ、ならぬぅ。生命が在るなど、生者が在るなどぉ…………余の前で、生命が存在することは赦されぬのだ。ならばこそ、それこそが罪。それこそが断罪、汝らの罪は────その生命を差し出すことで、贖われん」

 

 

粘り付いたような不気味な声と共に、蝙蝠の大群が無数に殺到する。無数の群れが織り成す黒い檻、暗闇の影を引き裂き────ソレは姿を現した。

 

全体的に痩せ細った男。ボロボロの黒衣を深く被っているが、全身を纏う服はなく、露出の目立つ姿である。半裸の身体には特殊な紋様────右下角部に黒い印を刻んだ三角陣が描かれている。

 

顔を覆う白貌面が特徴的な、異形。背中から蝙蝠のような羽を広げたソレは、画面から覗く口を不気味に歪め、ハジメ達を見下ろした。

 

 

「キキキキ!なんと言う不遜、なんと言う傲慢な眼差しよ!神すらも殺さんとするその殺気、実に感心!実に不愉快!余に敵意殺意を向けるなど、万死に等しく!自死に相応しき!その蛮勇、愚かさに免じ!余の名を、天地大海に至るまで響く魔王の名を知る権利をくれてやろう!

 

 

 

 

────余は魔王!ダンテ・インフェルノ!遍く全てを死に導く魔王!その一人である!!」

 

「魔王………ダンテだと………っ!?」

 

 

名乗り上げた異形、魔王ダンテに息を呑んだハジメ。かつて相対したガイアドゥームのソレとは違う、死と血の入り交じった狂気の魔力が、全身を震わせてくる。怯えるシアが、不安を吐露するように叫ぶ。

 

 

「ま、魔王ダンテって!?あの四大魔王の一人が、あの怖そうな人なんですかぁ!?」

 

 

 

「────違う」

 

 

凛とした声が、否定の意思を断言した。

思わず振り返ったハジメやシアは、真剣な眼差しで魔王を見上げるユエを見る。二人も初めて見るユエの姿は気丈に振る舞いながら、微かな震えを押し殺しきれていない。

 

ユエ、かつて魔王と対峙した吸血鬼の姫が一度出会ったはずの魔王を見上げる。その瞳には、強い怯えと困惑、それをひた隠そうとする敵意があった。

 

 

「貴方は、ダンテじゃない。ダンテの姿は、よく覚えている。それに、ダンテの魔力はもっと静かだった…………貴方は、ダンテじゃない」

 

「………ああ、真祖が居たな。スッカリ忘れていた、貴様はダンテと対峙していたのだったな」

 

「でも、だからこそ分かる。────貴方の魔力は、魔王のソレ。ダンテの魔力と類似してる………一体、何者なの?」

 

「────フゥム、致し方無し」

 

 

ユエの問い掛けに、魔王は心の底から嗤う。キキキキという音に、空間が揺れ動く。周囲の暗闇からも同じような鳴き声が響いているようであった。

 

 

「ダンテの名を名乗ったのは、嘘ではない。余は確かに魔王である。だが、ダンテとしての名の方が通っておるのでな。当初は人間どもへの対策として隠しておくつもりだったが、まぁ殺すのだ。どうせバラしても良かろう。

 

 

 

 

 

────如何にも。真名を名乗らなかったことは詫びよう。だが、事実を明かすのであれば────ダンテが魔王、それは正しい。そして、余はダンテではないが、魔王でもある。両者のどちらが魔王に限らず………これ以上、言わずとも分かろう」

 

 

狂ったような笑みを浮かべる魔王の言葉に、ユエは困惑したようであった。何を言っているのか理解しようとした彼女は、驚きのあまり言葉を失う。そして目の前の魔王を見て、口にした。

 

────自分の予想した、一つの事実を。

 

 

「貴方も、魔王────ダンテと同じ、二人の魔王………!?」

 

「否、否である!真祖の娘、造られし器よ!余は、余達は魔王────死神、冥王、地獄の女神、即ち三位一体!余が魔王であり、ダンテも魔王!余達は三柱に分かれた身でありながら、皆等しく同じ一つの魔王であるのだ!!

 

 

 

 

────そしてぇ余こそは!タナトス────死の魔王が一人、『死神』タナトス・タルタロス!遍く命を刈り取るモノ、魂の簒奪者!貴様ら生者を殺し、地獄へと送る運び手!余は生を為す全ての生命の敵対者である!!

 

 

 

 

 

迷宮の攻略者よ!神代魔法は貴様らには渡せぬのでな!次世代の解放者の遺志を継がぬよう!余が直接貴様らの生命を刈り取るとしよう!!」

 

 

息の付く間に、魔王ダンテ────と同一存在である魔王タナトス・タルタロスが狂笑と共に翼を広げ、飛翔する。そのまま振り降ろした両手から、膨大な死の魔力が放出されていった。

 




魔王フリューゲルと魔王ダンテ、其々の襲撃の話です。

複数の魔人将と屈強な兵を率いるフリューゲルの軍隊『氷帝の矛』、そして三人で一つの魔王というダンテ、もとい今回の相手のタナトス。

今回ハジメ達を狙いライセン大迷宮でミレディを襲ったタナトスは『死の魔王』の中で、『死神』の役割を担う個体です。ダンテは『冥王』、もう一人が『地獄の女神』、この三体で一個体という神話も真っ青なバグ的存在。

因みに三人で魔王一人分という訳ではなく、ダンテ一人でも他の魔王と同じ強さです。振れ幅はあると思われますが、タナトスも充分ダンテに匹敵する強さです。まぁ強さ順でなら

ダンテ>タナトス=地獄の女神(特定条件下)>>>>>地獄の女神(ノーマル)

と、なります。


フリューゲルとその配下については次回に詳しく描写する予定ですので、是非ともお楽しみくださいませ!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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